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2011年4月28日 (木)

眼に青葉 山ホトトギス 初カツオ

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「眼に青葉、山ホトトギス、初カツオ」
四国高知窪川で念願のカツオのたたき口にしましたとほらを吹きたい所ですが、残念ながらこのたたきは近くのスーパーで買った物。瑞々しそうだけれど本場のカツオはもっと分厚く水気がない。逞しさの中に男の勢いを感じる。

それでもこれも立派なタタキ。稲わらで炙られていなくても水気が多くても、初ガツオでなくても、ぶっとく無くても季節感だけは感じさせて呉れる。季節の変わり目。寒い寒いと思っていた時が、暑い暑いと嘆きの声に変わる。

人間様とはまっ事、間抜けな生き物かと痛感する。賢く生きる事を求めて苦しみの思いを重ねるより、アホな生き方の中に無情の歓びを感じられるほうが、どれだけ楽しいかを少しだけでも考えなければならない。そう考えて見ると人の生き方は180℃変わるに違いない。ベートーベンの最後の交響曲となった第九を聞いて見なはれ。

歓喜、希望、絶望的日々の中でこの歌に託した彼の思いが心に迫る。又、この国の人達が世界のどの国よりもこの歌に思いを重ねたのかも、この歌を聴けば聞く程分かる気がする。音楽家、作曲家として何よりも大切な聴覚を失ってもこれだけに情熱を、五線譜に叩き付けた天才の想いにズービン、メータ氏の指揮で聞いていると言葉は無い。感動とか圧倒されたと口にしないで自分の生き方に重ねなければならない。

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そう。今年のつつじにも活力は無い。きっと来月岐阜の山間で見るつつじはそうではないと思うがどうだろう。東日本の大災害について当事者で無い人の思いは真に冷たい。自粛ムードの行き過ぎを語る前にどうしてこれからの自分達の生き方を語れないのだろう。嬉々としてイギリスのオバカな祝賀ムードを語る。イギリス王室の醜さをどれだけ見せつけられても、その程度にしか思えないのはマスコミのお馬鹿さでもある。公共放送を語るNHKの海外ニュースのキャスター迄もがその事を口にするのだから言わずもがなかもしれない。

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岐阜の荘川桜との出会いは始めてだけれど、吉野の山で見た景色とどう重なるのだろう?今年は永年の思いが一気に叶う気がするけれど、本当の桜の美しさはそれぞれかもしれない。岐阜大垣根尾の淡墨桜も吉野上の千本も、そしてこれからご対面の荘川の桜も違った姿を見せて呉れるのだろう。

今回の旅で一番の楽しみは長良川の源流と分水嶺を見る事。実際に見て見ると期待外れかもしれないが岐阜の美しさが見れるかもしれない。この国の何処にでも見られる美しさ。それは自然の人の思いを越えた景色であるが、その見果てぬ夢を私達は余りに知らない。

その圧倒される力は人間様の思いを大きく越えている。今、淡々と放送される事も無い「音の無い風景」。私達は余りにじゃかましい騒音に包まれて生活している事にいつの間にか飼いならされている。この国の美しさは何時からこんなに変わってしまったのだろう。その事は岐阜の山奥でないと実感出来ないのかもしれない。

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