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2011年4月17日 (日)

嘆きの時を喜びに変えよう。 起こせ旋風。何時迄も耐える事はない。

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久し振りに見る桜木は満開の時を過ぎ、この前来た時の紅白の交わりが無い。
あの日の感動が無いのはどうした事だろう?それでもこの樹が紛れも無く1本の幹である事を確認する。それがどうしたと言われない為にこの前の感動を次ぎに残す。

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間違いない。感じが変わったのは今日は近くに接近したから?
それだけではない。花の盛りが過ぎてピンクの色が薄まったからかもしれない。
「花の命は短くて 苦しき事のみ 多かりき」(晶子)かも。
いや違う。見方、感じ方、感覚、イメージ、思い込み、その他だろう。

桜の樹の背景がその事を明示してくれている。人も花もこれくらいの関わりが丁度良いのかもしれない。偶然廻したテレビのチャンネルでN響アワー ズービン、メータ指揮のベートーベン交響曲第九「合唱つき」が放映されている。

早速録画。最近デジタル対応にして録画機能内蔵は嬉しい。ボタンを押すだけ。
今年の歓びは哀しみに増して少なくは無い。それが一番の歓びかもしれない。
「運命」と呼ぶには余りに哀しい被災地の1日も早い復興を祈念する。
ズービン、メータさん、ありがとう。歓喜の歌を歌える日が親父にも来る事を。

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今年も綺麗な花びらをありがとう。又、来年です。
ズービン、メータさんの指揮は本当に素晴らしかったけれど、意外に若く感じたのは生き方がそうなのだろう。多くをぼやく前に自分に出来る事をやらなければならない。

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