« これから始まるあらたな試練、親父も人事では無い4月1日。 | トップページ | 久し振りの卵焼き。殻が堅く黄身がしっかりしていた。カマンベールチーズが消えている »

2011年4月 2日 (土)

春はそこ迄来ているのに被災地の春は遠い。

Img_6075

紀三井寺の桜。今週末には満開となり来週には葉桜となるのだろう。
これから桜前線は一気に日本列島を駆け上る。
今年は多くの桜を見れる予感がするが、桜も愛でる余裕も無い被災地の事を考えると手放しには喜べない。それでもこれから始まる試練のときは他人事とは思えない。

桜の花は日本人には春を告げる代表的な花で、心が満たされている時に見る景色は「春爛漫」そうで無い時はこれ程哀しい物は無い。今年はどんな思いで見るのだろう。岐阜と富山を結ぶ、ひるがの高原で見る桜は、今は旧道をバスは走っているのだろうか?太平洋と日本海に流れ下る清流の分水嶺は親父に何を語ってくれるのだろう?

それよりもその先きの荘川、御母衣(みほろ)ダム湖畔、白川郷 今から半世紀前の名岐バスの車掌佐藤さんの生き方が見えて来る。奥さんや子供の想いを越えた桜への思い込み。太平洋と日本海を結ぶ桜ロードと言われても、自分達の生活を顧みない生き方を否定したとしても私達はその道筋すら辿っていない。

この道にはもう一つのドラマがある。今は水力発電のウエートが下がっているがこの国の経済発展は水力無しには語れない。関東は知らないが中部の佐久間、井川、そして御母衣、関西は黒部。今、電力発電のコストが問題にされていないが、原子力発電の見直しが必然となっている。

御母衣ダムが昭和の30年代建設されて時、湖底に沈む桜の大木を引き上げたのは多くの人の想いがあった。最終的にお金を出したのは当時の電源開発総裁の決断が大きかったと言われている。今の役人、政治家にそんな粋な計らいが出来るのだろうか?

親父達が若かった頃、アメリカの技術者がこの一つ東の谷、下呂の温泉で「日本にも大きな谷がある」と感嘆の言葉を口にしていたが、この国の広さを私達は知らない。狭い、狭い、日常から思いだけでも飛び出して見なければならない。

Img_6107

今夜のお食事はアジのみりん干し。2枚あったので一枚は明日に残す予定が、焼き方を変え一度に喰らう。食い過ぎ。でもご飯は無かったので良しとする。みりん干しも鮮度が勝負。鮮度が落ちると美味く無い。(臭みが在ると駄目)すりおろしオニオンドレッシングもサラダに合う。魚も焼いた方が美味い気がする。(画像は蒸し焼きです)これからお風呂です。一度skypeで電話しましたが又、電話します。

|

« これから始まるあらたな試練、親父も人事では無い4月1日。 | トップページ | 久し振りの卵焼き。殻が堅く黄身がしっかりしていた。カマンベールチーズが消えている »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 春はそこ迄来ているのに被災地の春は遠い。:

« これから始まるあらたな試練、親父も人事では無い4月1日。 | トップページ | 久し振りの卵焼き。殻が堅く黄身がしっかりしていた。カマンベールチーズが消えている »