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2011年3月 3日 (木)

寒の戻り 六甲の山も白い風花で何も見えない 寒そう

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大阪のベルサイユ?中央公会堂です。大正時代の建物。近くに図書館もある。
親父が大阪に来た18の春。始めて足を踏み入れたのは図書館。田舎からの始めてのおフクロの手紙を握りしめていた。あれから半世紀。久し振りに訪ねて見ますか?

この画像は地下鉄構内のポスター。フラッシュが真ん中に綺麗に光っている。
この公会堂は綺麗に改装された事は聞いていたが、ポスターでこれだけアッピールをすれば是が非でも見に行かなければならない。そう言われている。

親父がこの建物を始めて訪ねたのは20代前半。ベトナム戦争反対の集会だった。反戦集会と言っても威勢の良い垂れ幕が下がり、当時革新的な有名人が戦争反対の言葉をがなり立てていた。言葉の意味は全く分からなくても戦争反対の気持は変わらず、然りとてデモ行進とか署名活動とかそんな積極的は行動は何も無かった。

あの悲惨な戦争はそれ迄のアメリカの戦いの歴史を変えたが、それでも40年足らずの歴史の中で完全に過去の話となり、その戦いの現実はテレビや映画の中でしか知る術がない。ルイ、アームストロングのwhat a wonderful  worldが戦争で破壊されるベトナムの農村の静かな風景を歌っている事も忘れ去られている。

昨年の秋、静かな静岡の奥大井を訪ねた時、一緒のトロッコ電車に乗り合わせた御婦人が戦争に正義も不正義も無いと言われていたが、テロとの戦いもそうなのだろうか?そうだとしたらその最前線で今尚、戦っている悲劇は一体何なのだろう?

親父達はこの国がアメリカに焼け野が原にされて、戦争放棄の憲法を受け入れたお陰で再び戦争の悲惨さを味わう事は無かったが、あれから半世紀以上の時が流れても国防の論議はアメリカ抜きには語れない。何たる無様。何たる屈辱だろう。

親父達がこの世に生を受けそして死んで行った時、この国の為に戦った人達は何と言って迎えてくれるのだろう。しかし、親父達には自負がある。この国の経済成長を支えたのは紛れも無く親父達。

今は後進国に追い立てられているが、この国の経済成長はアジアの奇跡とも呼ばれた。これからこの国の新しい國の形が問い直される。その時の主役は言う迄もなく君達。そして君達も間違いなく次の世代に貴方達は何をしたのか問われる。その時に何が語れるか? その事がこれから問われる。

過去の遺産で飯が食える時代は終わったと言われて久しい。世代交代、若者の時代と言われて無策の時が続いている。親方日の丸の時代は終わったと言われても、それはほんの一部に過ぎない。税金を取れる処から取り立てるだけで、企業の7割が税金を払っていない。そんな国の有り様が長く続く道理がおかしい。

今年の予算は成立してもそれを実行出来る歳入が4割が赤字国債。そんな法律を今迄通して来た責任は何処の誰にあるのだろうか?今迄うやむやにされて来た事が今更どうにか成るとでも思っているのだろう?これからその答えを出さなければ成らない。

誰が?あなた方一人一人でしょう?関係ない?そうは行かない。
親父さん答えを教えて下さい。タダでは無理でしょう/そこをなんとか?
国会議員の地殻変動が始まる。人事では無い。アンタも心してかかれ。親父もね。

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今日の山茶花は熟女です。今年も美しさをありがとう。又、来年です。

でもここでの再びの保証は無い。又、いつか何処かで。お会いしましょう。

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