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2011年3月26日 (土)

静かな朝 早朝の雨も上がり日差しは春だけど、風は冷たい

昨夜の総理の記者会見を聞いて「オイオイ、アンタの認識はその程度」と愕然とする。表現は良くないけれどこの大震災が無ければ、貴方は今頃政治生命を終えていました。弁解と自己の事しか考えられない総理、国のリーダーは要りません。

その事がこの未曾有の大震災と津波を経験して、全てを失い国の1日も早い支援を待ちわびている被災地の人達に昨夜の記者会見だとしたら、言葉が在りません。今こそ貴方がリーダーシップを発揮して、現地をつぶさに見て廻り被災者の声を聞いて、国の支援を約束すべきでしょう。それも出来なくて貴方はこれから何を為すのでしょう。

それとも被災地の支援は行政の責任者、担当大臣に丸投げですか?何たる無様な事でしょう。今、起きている被災地の苦難、被災地の怒り、何処にも向けられない絶望の思いを聞けない国のリーダーに言葉が在りません。

この国の人達の被災地の懸命の行動に比べて、国が出来る事はこれほどに拙速で無策だとしても、被災地を遠く離れた親父に出来る事は何も在りません。しかし、国のリーダー、担当大臣、政治家(あえて言います。政治屋)には被災地の人達が多くの1日も早い対応を望んでいるのです。

それくらいの事が出来なければ職を辞して下さい。(そんな事も出来ないけれど間違いなく選挙では惨敗です。その時、何を語っても手遅れです。)新聞、テレビのマスコミ報道も事実のみの報道をして下さい。

親父は新聞は見ないしテレビのニュースも音声を消しています。テレビの番組も段々地震被災の前に戻っています。このオバカな放送はこの国の人達が、外国人から畏敬の念で見られている事を何と思っているのでしょう。ipodのジャズを聴きながら心に春の思いはありません。今日は近くの五月山を歩いて来ます。

先日聞かれた宮沢賢治の「雨にも負けず、風にもまけず」の全文です。今、ユーチューブで渡辺謙さんが被災地支援の朗読をしています。是非、応援して下さい。

「雨にも負けず、風にも負けず」宮沢賢治

雨にも負けず、風にも負けず、雪にも夏の暑さにも負けぬ、丈夫な体を持ち 欲は無く決して怒らず(いからず)何時も静かに笑っている。1日に玄米4合と味噌と少しの野菜を食べ、あらゆる事を自分の勘定に入れずに良く見聞きし、分かり、そして忘れず 野原の松の林の陰で、小さな萱ぶきの小屋に居て

東に病気の子供あれば行って看病してやり、西に疲れた母あれば行ってその稲の束を負い、南に死にそうな人あれば行って怖がら無くても良いと言い、北に喧嘩や訴訟があればつまらないから止めろと言い 日照りの時は涙を流し、寒さの夏はオロオロ歩き、皆に木偶の坊(でくのぼう)と呼ばれ、ほめられもせず苦にもされず、そう言う者に私はなりたい。

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早く山に行かなければと思いながら、音楽を聴きながら横になっていると、一寝入りしてしまう。こんな意気地(いくじ)の無い生活をしていると駄目だと思いながら、苦難の日々を過ごしている人の事を考えると、行動が伴わない。(言い訳をすな)

それでも腹は減る。物資の支援の少ない被災地では、腹一杯の食事も侭ならないとぶつぶつ言いながら久し振りに「エース、コック」のワンタン麺を作る。若い頃、お金が無くて阪急庄内駅近くの友達のアパートで作って貰った、チキンラーメンを思い出す。

昨夜。焼きそばを作った残りのモヤシと卵を一つ落として、懐かしい味を味わう。どんぶり一杯と半分。昨夜の焼きそばと言い一人暮らしでないととても食えない。これで減量を考えているのだから「考えが甘過ぎる」。君の侮りの顔が目に浮かぶ。

麺類大好きの生き方をしているとお腹の凹みは期待薄で、人目だけではなく自分で見ても恥ずかしい。それでも食い気が勝るのだから「言わずもがな」です。(言わない方が良い)。親父のいい加減な食生活もそろそろけじめをつけないと余命は長くない。(と思いながら生き恥をさらしている)節制と欲を押さえて下さい。

これから歩いて来ます。久々の歩きは親父に何を語りかけてくれるのでしょう。

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