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2011年3月18日 (金)

被災地の映像 音声を消して見ている。情報の一元管理は何処?

東北、北関東の大地震、その直後の大津波。
人々の思惑を遥かに越えた大災害の爪痕に、親父レベルで何と呟いた所でいかんともし難いが、現地の厳しい現実を映像で見れば見る程、その悲惨さに心が突き動かされる。虚像では無い実像。その現実を突きつけられても政府、行政の対応は後手に回っている。この国の危機管理の甘さではなくこの程度の事しか出来ない政府の動きだろう。福島原発の事故対策も問題の認識の甘さ、真水で冷却出来なければ海水しかない認識と判断が危機の回避策として電力会社と管理監督官庁が持ち合わせて居なかった事が、今回の教訓だろう。しかし、その代償は余りに大きい事を会社も役所もどれだけ認識しているのだろう。マスコミにもその認識は無い。

この国が原子力発電で電力需要の3割から4割まかなわれている事も、必ず見直されるに違いない。そうで無ければ今回の事故と地域住民の避難は生かされる事は無い。原子力発電は言われて来た言葉とは裏腹に、万一の危険は計り知れない事をどれだけの人が痛感したのだろう。莫大なエネルギーは使用済みになっても尚、冷却出来なければ放射能漏れを起こす事に、どれだけの人が認識していたのだろう。

原子力発電の現場関係者の実態、管理監督の原子力保安院。その見直しが求められても今回の事故が収束すれば、電力需要の現実の前には為す術も無いのだろう。放射能漏れの責任は電力会社と監督官庁がどんなに頭を下げても免れる事は出来ない。

地震と津波で多くの被災を受けた地域の住民に避難勧告を出した政府の責任は真に大きい。政府だけでは無いだろう。30キロ先の所からでなければ安全を確認出来なかった国営放送の責任も同じだろう。この無責任な中継の体質は一体何なのだろう。

今日は親父のこのインターネットもプロバイザーが変わる。テレビをデジタル受信が可能な受信機に変えた時、BS放送を見れる様にしょうと思ったのがそもそもの間違い。BS放送なるものが何物なのか恥ずかしながら親父レベルでは、何も分かっていなかった。デジタル対応のテレビを買えばBSも見れると考えたお粗末さ。

その次に考えた事は、今見ているテレビが地域のケーブルテレビだからその会社に話しをすれば見れる様になる。これも間違いだった。今の屋内配線のケーブルではBSは見れない。見る様にするには屋外からの配線工事が必要だった。

その時に考えた事は今使っている電話とインターネットをまとめてBSが見れる様にする。その契約をする。しかし、厄介な事は親父がブログをやっている事。インターネットのプロバイザー(インターネット接続業者)が変わると引っ越しをしなければならない。そのややこしさが何も分かっていなかった。

ブログのアドレスが変わる。今迄の書き貯めたデータが見れなくなる。親父の拙いブログを読んで呉れている多くの人に変更のアドレスを知らせなければならない。処がその心配は不用だった。今迄のプロバイダー(ニフティ)と最小の契約をしていれば今迄通りにブログは使える契約があった。お手軽1コース262,5円。

新しく契約するケーブルテレビのインターネットはブログの時、回線の使用量(定額)となる。パソコンを家から持ち出してネットカフェやパソコン教室で見るのと同じ。何も心配する事は無かった。(工事が済んでケーブルをつないで見ないと分からないが.)この事でケーブルテレビの事、インターネットの事、ブログの引っ越しの事多くの問題を知る。しかし、本当の事は良く分からない。

只今工事中。インターネット立ち上がったら又、連絡します。

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