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2011年3月20日 (日)

春の雨 季節が変わる この国が動く? (No.2)

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コートを脱ぎ捨てても汗が出る陽気も夕方は春雨となる。
腰の痛みも背筋にサロンパスを縦に2本貼ると心配は無い。午後からどれ位歩けるか出掛けてみる。日曜日の午後、梅田への急行電車で座れる。さり気なくカッコ良い(自分で言うな)眼鏡をかけてお気に入りのレ、ミゼラブルを広げる。

昼飯は2時前、阪急3番街日曜日のこの時間でも、目的のカレーのお店は行列が出来ている。一瞬、並ぶべきか並ばざるべきか考えるが、美味い物を食うには仕方が無い。並ぶ。それでもカウンターの席、お客の流れは早い。余り待たされる事は無かった。

次は地下鉄で移動。目的の駅で降り地下出口から外に出ると小雨が降っていた。傘は持って来なかったが温かい雨で小雨。「春雨じゃ濡れて参ろう」その程度の雨。それでも長く歩くには傘が要る。行きつけのお店で傘を借りる。

ケーキ屋さんの近くのたこ焼きやの叔父さんも相変わらず。お店の親父は夕方勤務とかで居なかったが、雨降りになると売り上げが落ちるとか。このお店も段々馴染みの得意が付けば、商売も軌道に乗るかも知れない。暫くは大変だろう。

桜島の娘は元気だった。ここ何回か忙しくてゆっくり言葉を交わす事も無かったが、親父の拙いブログもよく見てくれていた。本当に優しい心を何時迄も持ち続けて下さい。日曜日、祭日のお仕事ご苦労様です。親父が同じ世代の時、どうだったかを考えると頭が下がります。体に気を付けて花見の時を楽しみにして下さい。

得正の中西も元気だった。日曜日、暇かと思ったが反対だったらしい。商いとは良く言ったもの。商売繁盛の掟は真心。真心とは相手の立場になって考える事。それが出来ると仕事に対する考え方だけでなく、人との関わり方迄変わるに違いない。

帰りに梅田3番街の「高砂」できんつばをお土産を買う。帰りは宝塚線ではなく神戸線。途中で伊丹線乗り換え。伊丹の駅前も春雨だった。コーヒーhiroのマイスターも不在。最近呼吸が合わない。阿吽の呼吸も春うららかもしれない。

腰の痛みは大丈夫。背筋の衰えではなく腹筋のたるみ。お腹の出っ張りは腹筋の強度と硬さを交代させている。親父のストレッチ、太極拳の真似事位ではどうしょうもない。三番街の長いエスカレーターに乗らず階段をとっとと登り下りしないとアカン。

画像は最寄りの駅から帰る途中の花壇。被災地の人達に出来る事は親父レベルでは何も出来ないが、これから巡って来る哀しみの時をどうか乗り越えて下さい。哀しい時が過ぎると長い長い苦しみの時が続くが、多くの人が優しい気持と支援の輪を広げると確信している。

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ちんげん菜の湯煎(ゆせん)上等のソ−セージ 卵も2個。今夜は贅沢な夕食でした。これで?むげねえのう(大分の方言。かわいそう)自業自得と思って久しいからなんの思いもないが、これだけの食事が出来るだけでも有り難い。

画像の陰りはそんな親父の姿を現しているのかも知れない。それでもこれだけ元気に生きていられる事は、只、偶然ではないだろう。親から受け継いだ肉体、18の時から大阪で生きた体験、それから別れの時迄の支え。色んな事がありこれからも続く。

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