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2011年3月

2011年3月31日 (木)

春は浅いけれど人の思いは深い。

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スタンバイOK。開花の時を待っています。
今年の春は本当に心が重い。叶う事なら高野山の空海の声が聞きたい。
自分1人の苦しみの時は、時の流れと共に失った物の大きさを、笑いながら語れる様になったが、被災地の人達には未だに何が起きたのか、理解出来ないに違いない。

それでも季節は間違いなく後戻りする事は無い。どんなに悲しい思いをしても、どんなに堪え難い思いをしても時は非情です。テレビのニュースを聞きながら解説者がどんなに説得力のある説明をしたとしても、音声は消している。

余りに無惨な風景、余りに遅過ぎる被災地の救援、関係者の懸命の努力をあざ笑うかの如く広過ぎる被災地の景色。人の不安をかき立てる報道の在り方と行政の遅れ。何だ何時迄同じ様なコマーシャルを流しているのだろう。皆でやれば何でも出来る?今程政府の取り組みの遅さを痛感するのは親父だけでは無い。

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多くの人の思いが多くの困難を乗り越えて、被災地の生活が少しずつ変わる様に今は祈るしかありません。どんなに不自由をしたとしてもその思いが途切れなければ、必ず明かりは見えて来る。今は耐え忍ぶしかなくても希望の光は必ず見えて来る。

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和歌山市紀三井寺の大木は親父に多くの事を教えて呉れた。人の思い。人の嘆きと哀しみ。歓喜の声が遠くなってもいつかは耳元で弾ける時は来る。生きてりゃ良いさとか、とても思えなくても、いつかはその日の為にこの日があるのだろう。

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2011年3月30日 (水)

紀三井寺は開花宣言

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故郷を はるばるここに きみいでら はなのみやこも ちかくなるらん
紀三井寺は今から1240近く昔(宝亀770年)唐僧為光上人によって開基。聖武天皇に招聘(しょうへい)された鑑真和上とは違う経歴でも、この国の仏の道に教えを拓く。御本尊は十一面観音様。厄よけ、開運、良縁成就、子授け、商売繁盛等霊感あらたかな観音様として参拝者の後が絶えない。親父は春を求めて出掛けて来ました。

訪れたのは2回目。一回目は今から44年前の今頃?それでもこの前で引き返したので記憶もここ迄しかない。あの時も一人。生きる道を探していた。それなのにお参りをしなかったのは何故だったのだろう/若かった。

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紀三井寺を久し振りに訪ねた目的は桜の開花を見る為。大震災の被災地の悲惨なニュースを見聞きする度に人事には感じられなかった。親父が観音様にお参りをした位で何も変わらないが、ただ無心に手を合わせながら開花間もない桜を見ていた。

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災難を身代わりしてくれた木像。お参りして来ました。

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少しピンボケですが夕日に映えていた。

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関西はこれから春爛漫の時になる。しかし、被災地の苦難を思うと今年の春は様子が違う。関西は直接的な被害が無いので人事の様に考えられているが、これから復興の費用と関西の産業にも影響は出て来る。復興の費用が20兆円前後と見積られているが、その負担は復興資金として協力しなければならない。

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本堂前のソメイヨシノ標本木。この木が意外に老木。それなのにこの勢いは何だろう?添え木にしっかりと支えられて幹の一部は枯れても元気な枝が伸びている。その枝が元気に一杯のつぼみを広げている。後半月もすれば満開の桜花を見せてくれるのだろう。

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親父が44年前に見れなかったソメイヨシノ。今年は吉野の桜を見れるかな?

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長い間和歌山の市街地を見下ろして来た大木。老いて益々元気。あやかりたい。

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南海大地震が予測されているが穏やかな夕暮れ。災難は何時どんな形で起きるか分からない。何時迄も変わらない穏やかな時はない。親父も今生き方が問われている。今迄とは違う穏やかな生き方が求められている。和歌ノ浦に静かな夕暮れの時があった。

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入山料200円。5時から無料。(花見のシ−ズンはライトアップされるので別料金?)それにしても京都のお寺さんとは違う。空海(弘法大師)ゆかりの高雄神護寺とは大違い。住職の考え方の違いだろうか?なんかほっこりした気持ちになる。

帰りはJR紀三井寺駅から和歌山駅へ。それから大阪南の天王寺そして大阪駅。
行きは南海電車。2000円でバス乗り放題の往復切符を買うが紀三井寺のアクセスはJRの方が良かったが帰りは遅くなる。それでも多くの想いが重なり感慨無量でした。

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今年の春は遅い。それ以上に被災地の春は今年は無い。

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今年の春は遅い。関西でこんな感じなら東北、関東の被災地の冷え込みはどうだろうと心に重くのしかかる。地震、津波の大震災発生からもうすぐ3週間。救援の手が差し延べられてもまだまだだろう。自主、自立、自己責任の言葉だけではどうにも出来ない大災害の跡地に立ち尽くす被災者を目の当たりにすると、政府、行政の対策の遅さに怒りの思いが込み上げて来る。

被災地の復興は被災地だけの問題ではない。親父達が静岡で阪神淡路大震災の支援が何も出来なかった時とは、震災の規模が遥かに違う。当事者で無いと分からない悲惨と絶望の時が長引けばこの国の復活も無い事を、関西からも強く感じる。

この国の総力を上げて立ち上がる為に今何を為すべきか、その事を東京の霞が関でない現地東北と福島で国がやらなければならない事を、何れだけの人が考えているのだろう?間抜けな報道機関はその事を何も語らず、政府と一民間企業の問題として何時迄も尤もらしくコメントするな。今はそんな状態ではない。

アメリカ赤十字の支援金が100億円と言われる。日本の支援金の総額はどれ位なのだろう。日本国民の一人当たりの支援はどれ位集まっているのだろう。内閣府はそれくらいの事はやれ。人事では無い。自分達が被災者だと思えば大概の事は出来る。

それくらいの生き方が出来なければ、この難局を乗り越える事は出来ない。関係ない?そんな事は無い。これからはそんな生き方が問われる。人の事を考えられない余裕の無い生き方は必ず天罰を受けるに違いない。

被災地の解説、これからのこの国の経済解説、景気見通し、多くの予測を聞きながらそう思う。今迄の考えが一夜にして覆される。これからはそんな時代です。アメリカのウォール街の金融機関が14億円の支援。フランスの原発放射能汚染の支援。私達も自分達に出来る事を始めなければならない。

今日はお休み。正午のニュースを聞いていると風評被害の張本人はこのアナウンスだろう。馬鹿野郎。何時迄同じ言葉を繰り返しているのだろう。危険だ、危険だと危ない解説などするな。大変な状況に対してアンタ達は何をしているのだろう?

危ない、危険な状況、改善策が進まないと言っていれば何かが良くなるのだろうか?被災地でこのニュースを聞いている人達の思いを、どれだけ思い計って言葉を口にしているのだろう。このニュース原稿を書いている公共放送の体質をたたき壊さなければならない。

福島の原発だけでなく被災地の支援が何れだけ今日進んだのか、それだけでもトップニュースで語れ。悪いニュースの解説をする。この体質は一体何だろう。こんなニュースは聞かなくても株価を見ているだけで、世界はこの現状をどう見ているのかが良く分かる。最悪の危機を乗り切る為に何が出来るのか、それを語れ。そうでなければこの被害を大きくしている風評は貴方達が作り出している。

枝野官房長官の会見。貴方は確か原発の燃料棒は頑丈で破損の心配は無い。放射能漏れの心配は少ないと言って居なかったか?そんな事も今となってはどうでも良いが、何時になったら自分達の責任でこの危機を押さえ込むのかそれを語れ。

政府の危機管理能力が問われてもこの程度だとしたら、自主避難をしている人が住み慣れた土地に放射能汚染汚染覚悟で戻るのを止められない。この先の見通しも語れない記者会見を聞く度にうんざりです。

今、一番期待出来る事はフランスの一民間会社の支援です。この国の原子力安全保証、対策がこの程度だと国の内外にさらけ出しているお粗末をどう考えているのか?その事を語って下さい。ベートーベンピアノソナタ「熱情」を聞きながら親父の単細胞は爆発しています。

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2011年3月29日 (火)

被災地の復興は何時の事?それでも季節は巡る

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モクレンの花は咲いたけど心は重い。親父のつぶやきも1000回達成。でもこれもこれからの通過点。後どれ位続くか分からないけれど、そろそろ何かを手にしなければならない。それともモクレンの花の様に静かに幕を閉じるのだろうか?

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昨日偶然眼にしたポスター。「つぶやきだけで終わらない、ハルにしょう。」

その通り。そう思ってエスカレターから写した一コマ。

その通りです。親父のつぶやきも1000回。多くの事をつぶやいたが最近はボヤキと怒りの言葉が多い。少しも面白く無いと言われるが、本音は人に見せる事を目的としていないのでこれで良いのかも。

でもこのポスターとの出会いはこのブログの色をピンクに染めるかも知れない。そんな気がする。「今更の変身」それも良いかも知れない。今月初めの大震災はその事をもう一度、考えさせている。

私達の危機管理、私達の生きる証、私達の価値観。もう一度見直しの最後のチャンスかも知れない。「少年老い易く、学なり難し」そんな気がしてならない。その事に気付かないと、神の哀れみを乞うしか無いのかも知れない。知恵とはそう言う物。 つぶやきとはつぶ貝を焼く。つぶやきとはそう言う物です。ハルです春。せめて心の中で思いっ切りそう叫びましょう。

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六甲の山並に日が沈む。西国の空に日が沈む。西方浄土。仏の国。私達は仏の道を何れだけ理解しているのだろう。難しい事は分からなくても神仏を信じなくても、何時かは肉体は滅ぶ。その時、この世で為した罪汚れを何れだけ綺麗に出来るのだろう。そう考えて見ると親父も、親父お袋の生きた姿を思い起こさなければならない。

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桜のつぼみもようやく芽吹いて来ました。開花の時は来週後半かも。枯れかけていた幹が必死の思いで枝葉を伸ばし、その先きに新しい命が開花の時を窺っている。人の世も同じだろう。何時かは花開く。その時はたとえ短くてもそれ迄の道程は決して短くは無い。今年も春を愛でながら被災地の一日も早い復興を祈ります。

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2011年3月28日 (月)

国の一大事 人事では無い 自主避難の対応を急げ

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枯れ掛けた幹から新しい幹が成長して、その幹から小枝が伸び新芽が出ている。福島原発の放射能漏れは報道の領域を遥かに越えて、実態は予測不可能な状態なのかも知れない。それにしては政府、監督官庁の対応は無策。何時迄東京電力の一民間企業の責任として傍観者になるのだろう。

原子力保安院の記者会見を聞きながら「ふざけるな」と怒っている。親父がどんなにほざいても何も変わらないが、あのとぼけた会見は国の危機管理と原子力安全のお粗末さを痛感する。何が日本の力だろう。

総務大臣が何も出来ないのなら復興省を作れ。原発の放射能漏れは一日も早く東電任せにせずに原子力安全委員会が立ち向かえ。この組織のとぼけた対応も存在意義を疑う。なんの対策も取れないと判断された時、この組織の信頼はどうなるのだろう?

「皆でやれば大きな力」冗談を言っていると大変な事になる。この国の危機管理が問われても、この程度の発想しか出来ない間抜けさは誰がそのしわ寄せを受けるのだろう。日本の底力?そんな状況でない事を知れ。一人一人の力なんて天災の前にはひとたまりも無い。被災地の復興。福島の終息。その事を真剣に祈れ。

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つぶやきだけで終わらないハルにしょう。

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駅ホームのポスター。ガラス越しの写真で少し鮮明ではないが憧れの田舎暮らし。出来るかな。出来ないだろうなあ。懐かしさと鮮やかな景色と言われても、よそ者を受け付けない田舎暮らし。それでも珠に訪れる里は親父の原風景かもしれない。

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対照的に増築された大阪駅前のデパート。hiroのお店は見つからなかったが近代的な建物。ショッピングフロアーの背広売り場に懐かしいブランドを見つける。「トロージャン」もう過去のブランドと思いきやそうでも無い。若い頃、心斎橋の同じデパートで袖を通したあの感覚を思い出す。再びの時はもう無いのだろう。

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この建物は完成していたが、大阪駅構内の工事が最終的に終わるのは暫く掛かる。正面の2人は何を話しているのだろう?後1月余の工事が完成すると大阪駅構内はすっかり様相を変える。しかし、本当の活気が戻るのはまだまだ時間が掛かるのだろう。

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しかし、間違いなく言える事は東京一極集中から都市機能の分散だろう。地方分権ではない。霞ヶ関の解体。それが求められても政治家、中央高級官僚の頭の中にはそれはない。何時迄も東京霞ヶ関の居心地の良い環境でないとこの国を取り仕切れないのだろう。だがこれから始まる激動の時にそれで対応が出来るのだろうか?

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親父が18の春、始めて眼にした駅前の風景はこんなに綺麗ではなかったけれど、夢と希望に溢れていた。中央のバス停の屋根の先に大阪市電の乗り場があり、セピア色の風景があった。あれから半世紀。次の半世紀を眼にする事は無いが、この阪神デパートが高層ビルに変わっている事は間違いない。後どれ位生きる?それは親父にも分からない。

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帰りの阪急電車のホームに上がるエスカレター横のポスター。手持ちのカメラで最後の一枚をやっと切り取る。愛知県伊良湖岬の海鮮売り場で口に出来なかったツボ貝が親父にエールを送っている。ありがとうございます。ぶつぶつ言うのは止して頑張ります。何を?それは内緒です。

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今、私に出来る事 それは唯ひたすらに思う事 そして少しの辛抱を

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和歌山紀三井寺の桜標本木が開花。近くの神社の桜もピンクより濃い紅の色が見えて来た。穏やかな日差しの中に昨日迄の寒さはない。今月は東北関東の未曾有大震災に見舞われて、未だに多くの行方不明者の捜索が侭ならず、被災地支援も充分ではない。被災地の怒りの声が地鳴りの様に高まる時、政府、行政は何を為すのだろうか?

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桜のつぼみが開花の時を窺っている。被災地の復興は遅々として進まないが、季節は間違いなく前に進んでいる。私達は今生かされている事に何の疑問も感じていないが、それは決して偶然ではない事に気付かなければならない。

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今、私達はその生き方を問われている。人の事を考える余裕もなく、我が思いのみを声高に叫びながら、何を手にしょうとしているのだろう?私達はそれ程に貧しく人の事を思いやる優しさもないのだろうか?そうだとしたらこの抜け殻に言われる迄もなく行き着く所は天国ではない。政治家よ、その事を語れ。その事を何よりも実行せよ。被災地への対応は余りに遅い。お間抜けな報道は見向きもされなくなる。

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桜の枯れ木と思いきやそうではない。どっこい生きている。間抜けなお昼のニュースで福島原発の被災状況を解説している。避難指示が出されている地域への避難民の立ち入りを禁止しているが、その対策と補償を明確に出来なくて自主避難を呼び掛けるだけでは、無策としか言いようがない。

政治と金の問題を口にした政治家に出来る事はこの程度ですか?マスコミからも散々叩かれた当事者がようやく登場。小沢さん、この難局を切る抜けるには貴方の他にはありません。今こそ、立ち上がって下さい。

この期に及んでも尚、政府が復興の先頭に立たないのは間抜けとしか言いようがない。気象庁の会見、原子力保安院の会見、マスコミの報道の仕方。その在り方が問われている。被災地の現状はそれ程悲惨でも報道されるニュースは人事です。

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必ず春が来る。復興の道はイバラでも這いつくばって大地を踏みしめて下さい。今回の尊い教訓を生かした街造りは、被災されて方でしか出来ない。震災後半月余り。ボランティアではない本格的な復興事業の中心に、地域の人達を生かして下さい。

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2011年3月27日 (日)

今日も歩いて来ました。春は其処迄来ていました。

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旧小林一三記念館前の桜。一杯のつぼみを枝先に着けて開花のタイミングを探っている。後半月ですね。今日の肌寒さが一気に暖かくなった時、満開の時となる。

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つぼみをフラッシュで切り撮ったので背景は暗いが、実際は明るい。

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綺麗なつぼみ。少しピンボケ。名前も分からない。

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これがアップの写真。アップに耐えられる人は少ないがこれは例外。被災地の安息を祈る。

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皆で力を合わせて困難を乗り越えて下さい。親父にもその不屈の精神を与えて下さい。

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帰りの体育館横のオーバーブリッジ。細い花壇に夕日が当たっている。

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心に太陽をと言われても何も考えたく無い時もある。そんな時は息を潜めて再びの時を待つしかないが、そんな時は何時の事だろう?親父に力を与えてくれたのはあなたかも知れない。そんな声を掛けています。

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この蘇鉄も親父に感動を与えてくれました。赤い蘇鉄の実が熟れるのを見た事はないが、これなら奄美のそれにも負けないかも知れない。何故か静岡浜松の工場が出来た時にもあった気がする。あれから30年足らずの年が流れている。この借りは必ず返さなければならない。見上げる蘇鉄はスリムでも親父の思いは熱い。

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幾つになっても若い時と何も変わらない心意気。体は間違いなく老化が進行しているけれど、休みの日にこうして歩くと多くの出会いがある。蘇鉄の下の名も知れぬ花が単細胞な親父を笑いながら見つめている。「馬鹿は死ななきゃ直らない」かもね。

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肌寒い朝 東北、北関東被災地の皆様の難儀を思う

3月最終の日曜日。関西の春は選抜からと言われるが今年は様子が違う。
最近は休みの日が多くて稼ぎが少ないのでセコイ考えが出るが、出掛ける事を止める。被災地の人達の事を考えるとそんな気持ちには慣れない。

被災地支援の為には色んな事が声高に語られているが、立場が違えば考え方も違う。
それにしてもこれだけの広い地域で、これだけの大災害が起きると日頃どんなにデカイことを言っている政治家先生も為す術が無いのだろうか?

そうではない。選挙民から付託された多くの権限をフル回転させて、被災者支援を続けてもらいたい。不自由な生活をしている避難者の生活が、1日も早く改善して下さい。マスコミの報道が少なくなるけれど、被災地の生活は反対に極限の状態になる事を忘れないで下さい。

昨年の今頃は菜の花を見に播磨の海を目指す。20前後の時、主任さんと一緒に出掛けた鉄鋼メーカーの工場は分からなかったけれど、そして海にも行けなかったけれど、車窓の外に広がる田畑の一部に菜の花の黄色い色彩が見て取れた。

今年は新年早々、愛知県伊良湖の岬に車で走る途中に菜の花を見る。
あの時見た伊良湖の岬は年の始まりだったが、これから眼に出来る桜花の時は希望の光が見える春で在ってほしい。

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青い空。青い海。空に一筋の白い雲。今年の春はこんなに穏やかな海も陸地の近くで大きな地殻変動があれば、人の思いなどひとたまりも無い。東海沖地震の可能性が声高に叫ばれて久しい。陸前高田の海にも大きな防潮堤があり、これ程の被害を誰が予想出来たのだろう?無惨と無念の思いが今年の春を重くする。

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親父が14年前に見つめた海。あの頃と変わった事は灯台への道が整備された事だろうか?夕日は何も語らなかったけれど年長けた(たけた)親父に安堵の色を投げかけていた。「親父さん、又、来て下さい。」又の時は何時の事だろう?

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2011年3月26日 (土)

開花の時は未だ先き、それでも準備は出来ていた。

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最寄りの駅近くの公園。日差しが柔らかい。久し振りのウオーキングコースです。

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閉園まじかの城跡公園。花の名前は忘れました。春の香りがしました。

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これは大好きな花。でも、名前は分からない。

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ここが城跡公園管理棟前。トサミドリの花が芽吹くのは何時頃だったかな?

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しだれ桜は珍しくないがこれは梅。次は桜か?梅は咲いたが桜はまだかいな?

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これも梅。さーちゃん、鹿児島で見たかな?

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今月一杯は5時閉園。来月から7時閉園。暫しのお別れ。又、仕事の日でも一度部屋に戻って、来れるね。春の時は一緒に来れるかな。奥の花がハクモクレン。この門は裏門。少し肌寒いがもう少し歩く。親父の相棒が待っている。

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やあ久し振り。相変わらずで何よりです。今年もなんとか開花の時がお見せ出来そうです。土手っ腹の大きな空洞が笑っている。大阪に来て間もない時、親父が腐った幹の樹根を掃除してからどれ位の春を迎えた事だろう。段々、くたびれて来たがマダマダ健在。不撓不屈(ふとうふくつ)とはあなたの事です。お互いに讃え合っている。

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幹を撫でながら近づいてみると若々しい。空洞の上もこれだけ枯れてもこの上に大きな枝葉を広げている。強風に耐えられるのだろうか?廻りの木から英気を貰っているのだろうか?そうではない。生命力とはこう言う物だと見せつけている。今年ももうすぐ開花の時を迎える。「良かったね、今年もありがとう」

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君に会いに来るとなんだか嬉しくなる。親父もまだまだ弱音は吐けない。半月先の開花の時は今年はゆっくり花見をさせてもらいます。多くの言葉を語り合えそうです。

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帰り道の途中でお腹がおかしくなる。でもこの公園2カ所にこんな立派なトイレがある。公園のトイレはその土地柄を現す。最近、これほどの立派なトイレは少ない。たかがトイレ。されどトイレです。トイレを見るとその全てが分かる。スイスの駅もイタリアのお店のトイレもきれいでした。でも外国は日本程お店にトイレは無い。

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公園から街中に戻り狭い道を歩いていると音も無く横を車が走り抜ける。「馬鹿やろう。徐行しろ」車が横を通り抜ける時、反射的に体を反対に側によじる。親父にもまだそんな危機管理の無意識な反応が出来るのだろうか?生死を分ける予期せぬ出来事は意外な処にある。車の運転手は女だった。親父の怒鳴り声にも気付いていなかった。「アンタも気をつけなはれ」夕日が注意をしてくれていた。

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静かな朝 早朝の雨も上がり日差しは春だけど、風は冷たい

昨夜の総理の記者会見を聞いて「オイオイ、アンタの認識はその程度」と愕然とする。表現は良くないけれどこの大震災が無ければ、貴方は今頃政治生命を終えていました。弁解と自己の事しか考えられない総理、国のリーダーは要りません。

その事がこの未曾有の大震災と津波を経験して、全てを失い国の1日も早い支援を待ちわびている被災地の人達に昨夜の記者会見だとしたら、言葉が在りません。今こそ貴方がリーダーシップを発揮して、現地をつぶさに見て廻り被災者の声を聞いて、国の支援を約束すべきでしょう。それも出来なくて貴方はこれから何を為すのでしょう。

それとも被災地の支援は行政の責任者、担当大臣に丸投げですか?何たる無様な事でしょう。今、起きている被災地の苦難、被災地の怒り、何処にも向けられない絶望の思いを聞けない国のリーダーに言葉が在りません。

この国の人達の被災地の懸命の行動に比べて、国が出来る事はこれほどに拙速で無策だとしても、被災地を遠く離れた親父に出来る事は何も在りません。しかし、国のリーダー、担当大臣、政治家(あえて言います。政治屋)には被災地の人達が多くの1日も早い対応を望んでいるのです。

それくらいの事が出来なければ職を辞して下さい。(そんな事も出来ないけれど間違いなく選挙では惨敗です。その時、何を語っても手遅れです。)新聞、テレビのマスコミ報道も事実のみの報道をして下さい。

親父は新聞は見ないしテレビのニュースも音声を消しています。テレビの番組も段々地震被災の前に戻っています。このオバカな放送はこの国の人達が、外国人から畏敬の念で見られている事を何と思っているのでしょう。ipodのジャズを聴きながら心に春の思いはありません。今日は近くの五月山を歩いて来ます。

先日聞かれた宮沢賢治の「雨にも負けず、風にもまけず」の全文です。今、ユーチューブで渡辺謙さんが被災地支援の朗読をしています。是非、応援して下さい。

「雨にも負けず、風にも負けず」宮沢賢治

雨にも負けず、風にも負けず、雪にも夏の暑さにも負けぬ、丈夫な体を持ち 欲は無く決して怒らず(いからず)何時も静かに笑っている。1日に玄米4合と味噌と少しの野菜を食べ、あらゆる事を自分の勘定に入れずに良く見聞きし、分かり、そして忘れず 野原の松の林の陰で、小さな萱ぶきの小屋に居て

東に病気の子供あれば行って看病してやり、西に疲れた母あれば行ってその稲の束を負い、南に死にそうな人あれば行って怖がら無くても良いと言い、北に喧嘩や訴訟があればつまらないから止めろと言い 日照りの時は涙を流し、寒さの夏はオロオロ歩き、皆に木偶の坊(でくのぼう)と呼ばれ、ほめられもせず苦にもされず、そう言う者に私はなりたい。

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早く山に行かなければと思いながら、音楽を聴きながら横になっていると、一寝入りしてしまう。こんな意気地(いくじ)の無い生活をしていると駄目だと思いながら、苦難の日々を過ごしている人の事を考えると、行動が伴わない。(言い訳をすな)

それでも腹は減る。物資の支援の少ない被災地では、腹一杯の食事も侭ならないとぶつぶつ言いながら久し振りに「エース、コック」のワンタン麺を作る。若い頃、お金が無くて阪急庄内駅近くの友達のアパートで作って貰った、チキンラーメンを思い出す。

昨夜。焼きそばを作った残りのモヤシと卵を一つ落として、懐かしい味を味わう。どんぶり一杯と半分。昨夜の焼きそばと言い一人暮らしでないととても食えない。これで減量を考えているのだから「考えが甘過ぎる」。君の侮りの顔が目に浮かぶ。

麺類大好きの生き方をしているとお腹の凹みは期待薄で、人目だけではなく自分で見ても恥ずかしい。それでも食い気が勝るのだから「言わずもがな」です。(言わない方が良い)。親父のいい加減な食生活もそろそろけじめをつけないと余命は長くない。(と思いながら生き恥をさらしている)節制と欲を押さえて下さい。

これから歩いて来ます。久々の歩きは親父に何を語りかけてくれるのでしょう。

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2011年3月25日 (金)

春まだ浅いけれど、春の風は冷たいけれど、貴方は1人ではない

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半月振りの再会。親父ギャグにたじろかず色んな事を話してくれてありがとう。
娘が一生懸命に書いた看板の意味は良く分からないが(失礼)、コーヒーの通が見れば良く分かるのだろう。コーヒーをムードで口にする親父には猫に小判かもしれない。

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コーヒーが好きでケーキが好きでホット出来る時をありがとう。
被災地の皆さんはそんな時は、未だ未だ何時の事か分からないけれど、そんな時が必ず来る事を祈念します。津波の恐ろしさを現代を生きる私達にまざまざと見せつけて、安全神話の防潮堤と原子力発電所の建家を破壊した。これから始まる困難の時。

その苦難を乗り越えて歓喜の歌を歌おう。この看板がその事を教えて呉れている。
後半月もすると関西は春高楼の花の宴、たけなわとなる。何れだけの人が被災地の事を思うのだろう。その時、本当の復興が始まる。

私達に出来る事、それは優しさでしかない。吉野の桜、親父が若い頃から一度も見た事も無い下の千本、中の千本、上の千本は、その事を教えてくれるに違いない。満開の桜の木の下で今年はどんな春を目に出来るのだろう。そんな春は目前です。

今日はお休み。最近休みの日が多いが親父世代はこれから、こんな働き方が当たり前になる。景気が一向に改善しないが失われた20年に、やっと微かな明るさが見え始めた矢先、この災害で私達の生活は厳しさが増す。親父達に出来る事は自分に出来る事を、笑いながら成し遂げる事です。

お陰様でなんとか元気ですがこれから先の事は分かりません。今日、血圧と血糖値を下げる薬が無くなったので掛り付けの医者に、貰いに行きました。血圧は正常値、血糖値は次回診断の時に分かります。親父達の健康法は自己管理でしょう。

腰が痛い時、運動不足で体の動きが鈍い時、踵を浮かさずに大股で歩く事でしょう。歩けば自分の体の何処に問題があるかが分かります。人の体は6ヶ月で全て入れ替わります。自分の体を自分で確かめながら健康に生きる。

その事が親父世代に求められる最大の課題でしょう。太極拳。呼吸法。宇宙と大地の鼓動が聞こえる時、体のストレッチをして下さい。親父は未だ未だ元気です。今日は梅田に出てipodのイヤーホーンをストレスの無い物に変えました。

大阪駅前は今、大きく変身中です。それでも親父が18の時に見た大阪の街が、大きく見えるのは何故でしょう?始めて大阪の改札口を出た東出口は今、何故か呼び名が変わって自動改札になっています。

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あれから多くの年月が流れても大阪の駅前は広場が消え、見通しが悪くなった。

唯、それだけの事かも知れない。大阪駅構内も綺麗になったが、スイスの古い駅の面影は何処にも無い。5月にオープンするホームの上の広場は今の混雑を少しは解放してくれるのだろうか? 災害に強い街造りは何れだけ出来ているのだろう?

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何でだろう?露出オーバー? 駅前の大通り迄迫り出したデパートの建物が、恥じらいの言葉をあげているのだろうか?この勢いは何れだけ買い物客の流れを引き込むのだろう? hiroのお店は奥の食堂街に在るのかな?

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大阪駅前もすっかり狭くなる。親父が大阪に来た時には正面には建物も無く、駅前には広い空間が広がっていた。あの時は経済復興の息吹は無かったが親父は若かった。今こうして眺める風景は何時迄見れる事だろう?元気で居れば20年?それは誰にも分からない。ipodの音楽はラデッキー行進曲からフィガロの結婚に替わる。

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スイス チューリッヒ セントラル、ステーション(中央駅)駅舎もホームも古い

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スケールが違うけれど。人の多さも比べ物にならないけれど。なんか生き方が全く違う。どちらの生き方がどうとは言えないけれど、こんな世界もある。

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駅前の風景。乗り換えだけでトロリーバスに乗る事も無かったが、人の動きが違う。

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何の建物だろう/駅、裏口の建物です。日本では考えられない風景です。

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何時迄も不安を与えるな 福島原発の事故は収束する(No.2)

半径20キロ〜30キロの自主退避?事の重大性の認識が欠ける。
何で国の責任と判断が出来ないのか?何で自主的でなければ成らないのか?
事の重大性の認識が政府、国会議員に無い。彼らはこの非常事態を招いた直接の原因は地震と津波であり、自分達の対応に間違いも責任も無いと思っているのだろう?

とんでもない認識と感覚のずれ、この政府と行政、この国の原子力科学者、原発の会社(東京電力)にはこの責任は取れないのだろう。間抜けな経済財政担当大臣は電力料金の値上げをお願いせざるを得ないと言っているが、その前に貴方達の職責が問われる事を、何れだけ認識しているのだろう?

原子力発電の燃料棒が破損して万が一(伝えられる情報ではそうではなく既成の事実?)にも放射能レベルの高い汚染が止められなければ、どうするつもりなのだろう?そんな最悪な状態に成らない様に英知を集めるのだろうが、何時迄、有効な手だてが取れずに電力会社の現場の作業員に、被爆の危険を押し付けるのだろう?

どうして原子力の安全を口にした原子力行政の責任者をその楯にしないのか?原子力保安院?この行政機関の責任者は誰なの?このままでは原子力発電の信頼性が地に落ち、放射能汚染が収束したとしても福島のこの被災地に、希望の光がともる事は無い。その時でも尚、原子力発電の必然性を口にするのだろうか?その危機意識が無ければ子供達の未来は甚だ危うい。

「がんばれ、日本」と口先で言うのではなく東京の行政を現地に移せ。霞ヶ関の被災地から遠く離れた所で多くの事を語るな。そんな言葉は被災地の人達に何の支えにも成らない。そんな事も分からない人達に被災地の復興はおぼつかない。

被災地の人達が1日も早く希望の光を手に出来る様、ささやかでもそんな生き方をしなければ成らない。宮沢賢治の言葉。でくの坊と馬鹿にされてもそう言う男に親父は成りたい。その為には丈夫な体と思いやりの心。歳は取っても櫓がしなる、そう言う男に私は成りたい。

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2011年3月24日 (木)

春を探して 大切な日々は戻らないけれど きっと見ているよ

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大切な人を失って慟哭の涙を流す人を見ると胸に込み上げて来るものがある。
親父がやっと素直な気持ちで春を迎える様になる迄に、何れだけの歳月を重ねたのだろう。その事を思うとこの紅のモクレンがぼやけて来る。春なのに、春なのに涙を流しながら見上げた空は当時と何も変わりがない。頑張れと言うには余りに過酷な現実。しかし、間違いなく季節は巡る。人の世の果敢なさと空しさを語りながら支え合う優しさが今です。悲しい時は泣きながら、嬉しい時は喜びながら一歩を踏み出すしか無い。宮沢賢治の雨にも負けず、風にも負けずその先の言葉を昨日聞かれる。

仕事の帰りに昨日無くしたipod(音楽プレヤー)を買う。同じタイプは世代交代でなかったが出来るだけそれに近い中古を探す。手に出来たのは無くした世代の後に出た第5世代?ほとんど外観と操作方法は変わらないが音質が違う。さすがです。ニンマリです。これでイヤーホンを変えれば最高です。

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久し振りに「得正」のカレーうどんを注文する。中西の踏んだうどんは親父仕様で少し少ないがこれで充分です。

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完食です。ごちそうさまでした。中西君、日々勉強です。美味い物を更に美味く。
日々、それが出来た人がその道の達人と言われるのでしょう。言い訳や弁解が多い日々の中でごまかしの効かない物、それが味です。味は嘘を付きません。

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昨夜の野菜炒め?サラドレ?

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昨夜の夕食は駅の近くの何時もの喫茶店でシーフードピラフ。数日前にオムライスを食った時に味が辛かったのでクレームをつけていたら、今日は薄味。それでもマスターは塩味を効かせたとか。全然海の味がせず。オイオイ、塩分取り過ぎ。

このサラダ細切れのカット野菜とちぎったレタスを油で炒めただけ。ゴマドレとトマトの味がポイントでした。一度お試しあれ。これから寝ます。今日も1日ありがとうございます。山ガール、お皿の下は穂高岳のガイドブックです。親父は歳と共に高度恐怖症?すっかり意気地は無くなりましたがうんちくは語れます。

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2011年3月23日 (水)

ハクモクレン 紅もくれん?自然界の美しさと人間界の浅ましさ

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会社のモクレンの花が白ばかりと思いきや薄紅もある。画像では確認されないが鳥に中を突つかれた花びらもあるが、春まだ浅い空に拳を突き上げている。人の無力さを痛感する被災地のニュースを見ながら、同じコメントの繰り返しに溜め息が出る。

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親父が昨年の桜が散ってから見守っていた幹が、どうにかつぼみをふくらませる
枝葉の先は養分が行き渡らずに枯れても、根元に近い処の昨年伸びた枝葉から芽吹いている。今年の冬は本当に厳しかったが被災地はそれもこれから始まる。

言葉では言い表せない生きる事との格闘。多くの苦難と試練の道は続くけれど、何時迄も立ち止まる事は許されない。当事者で無いと分からない多くの壁に頭をぶつけながら、それでも前に進むしかない。前に進めた者だけがなんとか生き残れるとしたら、何と無慈悲な話しだろう。生きる事はそう言う事かもしれない。

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2011年3月22日 (火)

ipodは無くしたけれど優しい気持ちありがとう

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今夜の食事です。昨日の料理を見て阿吽のマイスターはほめてくれたが、何時もはこんなもんです。今日は梅田の家電店にipod買いに行ったけれど、親父レベルでは相手にされない。君から貰ったものは旧型で売ってなかった。暫くは様子見かな?

今夜の食事は帰りに何時もの店でカレーを食っていたので、最寄りの駅前のスーパーで中華スープの材料を買うがスープが3から4人前では多過ぎ。スープは取りやめて細切れ肉としめじ、豆腐、ちんげん菜を炒める。見た目は良くないが味付けは塩こしょうと醤油のみ。味は悪くない。最後の汁をトーストのパンを付けて完食でした。

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明日から仕事。気持ちを入れ替えて頑張ります。おやすみなさい。

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今日迄お休み 朝モーニングセット食って近くの神社に行く。

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近くの役所の桜 先日来の暖かさでつぼみが膨らむ。季節は間違いなく進んでいる。
この写真を撮った後、君から貰った音楽プレヤーを無くす。しかし、写真を撮るのにバランスが悪く、後ろに反っくり返って落ちない様にそれだけ集中していたのだろうその時は何も気付かず、神社に行って境内で写真を撮り神主と長話をした時には、耳からイヤーホーンが外れている事に、気付いていなかった。

気付いたのは家に帰り弁当を食って暫くしてから。幾ら探しても無い。もう一度思い出しながら通った道を辿っても無い。今日、梅田の家電店に行くから自前で買わないと。がっくり。君から貰った事に感謝が足りなかったのと親父の物を大切にする心が足りなかった代償です。音楽はパソコンで記憶しているから大丈夫です。

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これは神社に向かう道すがら(途中)のハクモクレン。会社の花は未だつぼみのまま。こんなに花開いていない。見上げる空は穏やかで春模様。被災地の人の事を思うと心の底からは喜べない。空海(弘法大師)に手を合わせる。密教で奇跡を起こして下さい。被災地の人達の生活が1日も早く落ち着く様にお助けください。

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神社拝殿前で正式なお参りをする。お賽銭を入れて2礼2拍手1礼。神様も意外な参拝者に怪訝(けげん)な顔をしている。「何しに来たのじゃあ」「お参りじゃ」「何のお参りじゃ」「1日も早い被災地の平安です」「承る」そんな事を願う。
紅梅が親父の思いを見つめていた。もうすぐ桜と世代交代。その前にやれるだけの事はします。そう言ってくれたのだろうか?

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椿科の花。名前は分からない。垂れ下がった花びらは今にも落ちそう。それでもつぎのつぼみが待機している。人の営みもそうなのだろう。横の大木がそう語り掛けていた。親父の好きな季節の巡り。それでも今年の春は満開の桜を見ても心躍る事は無いのかもしれない。

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久し振りに見る大木は感嘆の声をあげさせる。樹齢は何れくらいですか? 名前は何ですか?何も語らず何も教えて呉れなくても、多くの枝葉を突き上げて枝雀さんの落語を表現している。生きる事は大変ですが自己との戦いです。決して負けないで下さい。薬に頼らないで人に頼らないで、なんとか笑いながら生き抜いて下さい。そんな事を表現している。生きる事は狂気です。しかし人は愛する人の為なら何でも出来る事を忘れてはいけない。そう言われている。

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2011年3月21日 (月)

雨が上がり日差しが出て来る

春分の日。春を分ける日。陽光の日差しがこれから降り注ぐ日。何と皮肉な事だろう。親父の休日も4日目。後1日お休み。しかし、東北、関東の被災地の皆さんはこれからどれ位の日数が掛かるのか、予想も出来ない日々が続いている。

大切な人を失い生活の糧、仕事、生きる支えを失っても尚、頑張れと支援されても、どう生きれば良いやら呆然としている事だろう。地域住民の日常を破壊したのは地震とその後間もない未曾有の津波に間違いないが、その後の対応の拙さはこの国の危機管理の現れだろう。未だにリーダーの顔が見えないのは何とした事だろう。

被災地の人達の苦難を思うと一刻も早い政治家の行動を望まざるを得ないが、声が聞こえて来ないのは何故だろう?彼らはこのような非常時の時、素早い行動が求められている。政治と金の問題を声高に叫んだ彼らは一体、何処で何をしているのだろう?

地域が崩壊して住民の生活が破綻した時、何にも増して温かい手を差し伸べる政治家の姿が被災地に見えないのはどうしてだろう?それともマスコミの報道の仕方に問題が有るのだろうか?今日は流石の親父もぼんやりとしながら、テレビのチャンネルを動かしている。

夕方、銭湯に行き疲れを落とす。この時間親父世代が多いが間抜けが多い。親父もその中の1人だろう。汗を流してさっぱりした気分でデジタルの大きな画面でパリの街並を見ていると、いきなりニュースの画面に変わる。福島の原発3号機から黒煙?

何が燃えているのか確認が出来なくて発表をすれば不安を与えないのか?農産物の出荷制限に付いて記者会見をしているが、これでは風評被害が拡大して物は売れなくなる。原子力発電の災害が計り知れ無い。

原子力発電災害補償の責任がこれから問われても、現地の人は本当にこれから計り知れない損失を覚悟しなければ成らない。基準値を超えても人体に問題ないと幾ら強調されても、そんな物を口にする馬鹿が居るか。その保証は国が本当に出来るとでも思っているのだろうか?唖然として言葉が無い。

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昨夜は不安ばかりのニュースを見ながらぼやいていたら寝ていました。どうでも良いけどこれが昨夜の夕食です。一見豪華なお刺身ですが左の讃岐うどんの量と具が多くなり完全に食い過ぎです。親父はもう1日お休みですがお仕事と生活、気を付けて下さい。

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2011年3月20日 (日)

春の雨 季節が変わる この国が動く? (No.2)

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コートを脱ぎ捨てても汗が出る陽気も夕方は春雨となる。
腰の痛みも背筋にサロンパスを縦に2本貼ると心配は無い。午後からどれ位歩けるか出掛けてみる。日曜日の午後、梅田への急行電車で座れる。さり気なくカッコ良い(自分で言うな)眼鏡をかけてお気に入りのレ、ミゼラブルを広げる。

昼飯は2時前、阪急3番街日曜日のこの時間でも、目的のカレーのお店は行列が出来ている。一瞬、並ぶべきか並ばざるべきか考えるが、美味い物を食うには仕方が無い。並ぶ。それでもカウンターの席、お客の流れは早い。余り待たされる事は無かった。

次は地下鉄で移動。目的の駅で降り地下出口から外に出ると小雨が降っていた。傘は持って来なかったが温かい雨で小雨。「春雨じゃ濡れて参ろう」その程度の雨。それでも長く歩くには傘が要る。行きつけのお店で傘を借りる。

ケーキ屋さんの近くのたこ焼きやの叔父さんも相変わらず。お店の親父は夕方勤務とかで居なかったが、雨降りになると売り上げが落ちるとか。このお店も段々馴染みの得意が付けば、商売も軌道に乗るかも知れない。暫くは大変だろう。

桜島の娘は元気だった。ここ何回か忙しくてゆっくり言葉を交わす事も無かったが、親父の拙いブログもよく見てくれていた。本当に優しい心を何時迄も持ち続けて下さい。日曜日、祭日のお仕事ご苦労様です。親父が同じ世代の時、どうだったかを考えると頭が下がります。体に気を付けて花見の時を楽しみにして下さい。

得正の中西も元気だった。日曜日、暇かと思ったが反対だったらしい。商いとは良く言ったもの。商売繁盛の掟は真心。真心とは相手の立場になって考える事。それが出来ると仕事に対する考え方だけでなく、人との関わり方迄変わるに違いない。

帰りに梅田3番街の「高砂」できんつばをお土産を買う。帰りは宝塚線ではなく神戸線。途中で伊丹線乗り換え。伊丹の駅前も春雨だった。コーヒーhiroのマイスターも不在。最近呼吸が合わない。阿吽の呼吸も春うららかもしれない。

腰の痛みは大丈夫。背筋の衰えではなく腹筋のたるみ。お腹の出っ張りは腹筋の強度と硬さを交代させている。親父のストレッチ、太極拳の真似事位ではどうしょうもない。三番街の長いエスカレーターに乗らず階段をとっとと登り下りしないとアカン。

画像は最寄りの駅から帰る途中の花壇。被災地の人達に出来る事は親父レベルでは何も出来ないが、これから巡って来る哀しみの時をどうか乗り越えて下さい。哀しい時が過ぎると長い長い苦しみの時が続くが、多くの人が優しい気持と支援の輪を広げると確信している。

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ちんげん菜の湯煎(ゆせん)上等のソ−セージ 卵も2個。今夜は贅沢な夕食でした。これで?むげねえのう(大分の方言。かわいそう)自業自得と思って久しいからなんの思いもないが、これだけの食事が出来るだけでも有り難い。

画像の陰りはそんな親父の姿を現しているのかも知れない。それでもこれだけ元気に生きていられる事は、只、偶然ではないだろう。親から受け継いだ肉体、18の時から大阪で生きた体験、それから別れの時迄の支え。色んな事がありこれからも続く。

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穏やかな生活 1日も早い支援を 不安を煽るな 

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穏やかな日曜日 今日は近くの喫茶店もお休みだからコーヒーは飲めない。
(コーヒー位は自分で入れなさい。トースト位はトースターで焼きなさい。ゆで卵は無理だな?)レ、ミゼラブルの(5巻目、最終回)は大事に育てた娘の結婚式も済み自分が助けた旦那に本当の自分の履歴を告白した処です。これから涙が溢れる処で仲々読破が進まない。

人が目的を果たして自分の罪汚れを告白すると生きる力を失うのだろう。そう考えて見ると親父は間抜けな生き方をしている。本当に恥ずかしい。このブログはその為の免罪符にすらなっていない。(親父さん、そんな事は無い。神様はちゃんと何処がで見ているから。ばあちゃんが言っていたなあ。親不孝な生き方しか出来ていないからもう少し頑張れと、言われているのかも知れない。)

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昨夜の焼きそばを作った時、細切れ肉が多すぎて大根の細切りと炒めてみました。お腹の調子が悪くて大根おろし用に買った材料は、瑞々しさがなく青みが多かったので炒めて正解。大根はこんな使い方が出来る。豚肉はも少し高いのを買えば良い。

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その後残りの肉と大根で焼きそばを作る。1日前の焼きそばが水を入れ過ぎて柔らかかったので固さはちょうど良い。これで焼きそばのソースが良かったのでニンマリ。横手(東北)の焼きそばでした。これは2人前。目玉焼きが無い。別に1人用があるがそれには目玉焼きがある。代金も高いがお勧めはそちら。(食い過ぎ?)

それは無かったけれど大根を入れたので醤油の味付けが効き過ぎ。塩分取り過ぎ。叱られるな。こんな食事を15年間しながら良く生きて来れた。これも人生か。先は長くない。(だったら生き方を変えろ?無理だな。)ああ、無情です。レーミゼラブルの日本語訳はこれではない事が良く分かりました。人の生き方は波乱万丈です。

ADSLのモデムの電源切れました。(プロバイザーから言われた様に回線はジェイコムに変わっているので電源切るだけでした。

ジェイコムのインターネットのサービス内容、価値が今イチ分からないけれど、それは担当が改めて説明してくれます。by川辺

BS衛星放送がデジタル受信のテレビで見れなかったのは、親父が見ているケーブルテレビの回線にデジタル対応の機能しかなかったから。BS放送は衛星放送受信のアンテナかケーブル機能が無いと駄目。だから親父のテレビにはBSチュ−ナーが必要だった。しかし、このチューナーには録画の機能がない。これについての改善方法は今回契約のケーブル会社で検討する。by川辺

以上息子連絡です。良く説明されると尤も。しかし、その事は説明を求めないと分からないだけの事です。解約違約金の説明も良く分かりました。納得です。昨夜は失礼な言い方御免なさい。(ちっともそうは思っていないけれど)だったら言うな。

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2011年3月19日 (土)

この国の在り方が問われている。

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夕方、川西池田から伊丹の町迄JRで移動する。腰の痛みは完全に回復。サロンパスは手放す事は出来ないが、今回の腰痛の原因は背筋が少し伸びただけだと自覚する。優しいhiroの娘にも言われたが、年を考えた行動をしなければならないが無理だろう。

何で?何でだろう。何時迄も若いとは思わないが、年老いたとも思わない。マダマダ健在。その思いが途絶えた時、どんな生き方が出来るのだろう。今回の大津波、数年前、伊丹近くの脱線転覆事故、日常的にこの国の何処かで多くの人が途方にくれている。親父も長い間、そんな生き方をしていた。生きる事は生きれない事以上に大変な事を、どれだけの間思い知った事だろう。それでも生きている。

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近くの公園の紅梅が親父の命を祝福している。被災地の皆さんは今は其れどころではないけれど、必ず巡って来る春の時をその手で掴んでほしい。その時が何時になるかは誰にも分からないけれど、試練の時を乗り越えてほしい。

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被災地の春は未だ程遠いが、私達に出来る事は温かい支援でしかない。テレビも段々現地の現実から眼を逸らしているが、本当の厳しさはこれからだろう。今回の災害で一番対応が遅れた国と行政の取り組みは、これからが正念場となる。その事を見守って下さい。

これから昨日の食った焼きそばを作ります。昨日は豚の細切れ肉が無かったけれど、今日はしっかり買ってきました。野菜はキャベツが無いので味の保証は無い。それでも元気で飯が食える喜びは当たり前ではない事を、改めて思い知る。

生きる糧を失いどうしょうも無くなった時、仰ぎ見た空の色は何処迄も青かったが、今はその思いも無い。淡々と生きる、そんな時何も考える事は無かった。あの頃の思いを否、その何十倍の思いを被災者の人はしている事だろう。その事を忘れてはならない。


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近くの神社に行って来ました。被災地の皆様のお見舞いを祈念しました。

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東北の大震災を少しも感じさせない近くの神社の大銀杏。
静かにこれから始まる春の時を見据えている。テレビの画面から見える被災地の悲惨な状況はよそ事の様に見えても決してそうでは無い。
帰りの信号機の手前で叔父さんが倒れて救急車が到着していた。
人は自分だけの事を考えていてはいけないのだけれど、日常の生活に人の災難を思いやる余裕は無くても平然と出来るのだろう。いずれその罰を受ける事をこの幹は教えている。人の事を語るな。自分の為だけでなく人の為に何が出来るか考えろ。

今朝からテレビでBSチャンネルが見れる様になりました。スイスの景色が見れて感動しています。平和な日常は決して偶然ではない事を、神様に手を合わせながら感じていました。親父の春はこれからでも被災地の難儀を思えば、手を合わせる他に術はありません。

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まだまだ、これから 復興の道のりは厳しいけれど

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親父が今の職場に通勤出来る様になってもう3年を過ぎました。今はすっかり慣れて問題は無いが、この駅の前で親父の仕事場を確保してくれたMさんと、待ち合わせをした当時の面影はすっかり無くなっている。

JR宝塚ステーションが平屋から2階屋になり、改札口、ホームへのアクセスがすっかり変わる。まだまだ健康に障害がある人、年寄りに優しい建物とは言えないけれどあの時と比べると、すっかり様変わりしている。

今行われている駅前の整備が終わるとこの事業は終わるが、東北、北関東の被災地の復興はこれから始まる。どうかこの駅前とは比べ物にならない規模の復活を遂げて下さい。被災地の今朝の冷え込みと厳しくままならぬ物資の補給体制を思うと、被災しなかった人達が不用の買い物をする姿が浅ましい。人はそれ程に恥ずかしい生き方が出来るのだろうか?そうではない。この国の政治家、指導者、賢人者とてこの程度の事しか出来ない事を痛感する。総理の言葉は貴方自身が噛みしめる言葉です。

国難、国難と言うなら国は非常事態の宣言をして、被災地の救援の為に何をしているのか総務大臣が、情報の一元化をして国民に伝えるべきだろう。この大臣が多くの事を期待されたのは、災害時前の事で在った事が証明されてはならない。

親父のインターネット引っ越しは問題なく終了しました。アクセスの為のアドレスも何も変わっていません。親父が散々気にしていたトラブルも、これ迄のプロバイザーが変わっても最低の契約を残せば、何も変わりません。それにしてもケーブル会社の今回の対応はお粗末そのもの。でも終わりました。

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2011年3月18日 (金)

ケーブルテレビ BS放送が見れる様になる

テレビ放送の悪口をさんざん言って来たが、それは親父が見ていた地上波テレビの事。そのテレビが今年の夏アナログからデジタルに変わる。そのテレビを先月買った。37インチの大型画面。その画面から見た津波の悪夢は想像を絶する悲劇だった。しかし、それは紛れも無い非情の現実。それは決して他人事では無い事を肝に銘じて生きて行かなければならない。

今夜から地上デジタル放送ではないBS放送が見れる様になった。親父の単純、単細胞の知識では地デジとBSが同じだと思っていた。地デジが見れるテレビを買えばケーブルテレビだからBSが見れると思っていた。笑うな。それが今日見れる様になったのだから。

貴方はそれ位の事はご承知だと思うが地上デジタル放送とBS放送(衛星放送)、その違いがケーブルテレビでテレビを見ていたから分からなかったのかも知れない。BS放送を見るにはBSチューナーが要ると言われて、今のケーブル回線では駄目だと言う事が未だに分からない。何は兎も角、工事は無事終了。これでBSが見れる。BS放送にNHKハイビジョン、有料チャンネル(WOWOW、スカパー)等がある。

インターネットもプロバイザー(インターネット接続会社)を変えていないので何も問題は無い。正確に言えばインターネットの接続はケーブル会社のジェイ、コム。ブログの変更は無い。

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被災地の映像 音声を消して見ている。情報の一元管理は何処?

東北、北関東の大地震、その直後の大津波。
人々の思惑を遥かに越えた大災害の爪痕に、親父レベルで何と呟いた所でいかんともし難いが、現地の厳しい現実を映像で見れば見る程、その悲惨さに心が突き動かされる。虚像では無い実像。その現実を突きつけられても政府、行政の対応は後手に回っている。この国の危機管理の甘さではなくこの程度の事しか出来ない政府の動きだろう。福島原発の事故対策も問題の認識の甘さ、真水で冷却出来なければ海水しかない認識と判断が危機の回避策として電力会社と管理監督官庁が持ち合わせて居なかった事が、今回の教訓だろう。しかし、その代償は余りに大きい事を会社も役所もどれだけ認識しているのだろう。マスコミにもその認識は無い。

この国が原子力発電で電力需要の3割から4割まかなわれている事も、必ず見直されるに違いない。そうで無ければ今回の事故と地域住民の避難は生かされる事は無い。原子力発電は言われて来た言葉とは裏腹に、万一の危険は計り知れない事をどれだけの人が痛感したのだろう。莫大なエネルギーは使用済みになっても尚、冷却出来なければ放射能漏れを起こす事に、どれだけの人が認識していたのだろう。

原子力発電の現場関係者の実態、管理監督の原子力保安院。その見直しが求められても今回の事故が収束すれば、電力需要の現実の前には為す術も無いのだろう。放射能漏れの責任は電力会社と監督官庁がどんなに頭を下げても免れる事は出来ない。

地震と津波で多くの被災を受けた地域の住民に避難勧告を出した政府の責任は真に大きい。政府だけでは無いだろう。30キロ先の所からでなければ安全を確認出来なかった国営放送の責任も同じだろう。この無責任な中継の体質は一体何なのだろう。

今日は親父のこのインターネットもプロバイザーが変わる。テレビをデジタル受信が可能な受信機に変えた時、BS放送を見れる様にしょうと思ったのがそもそもの間違い。BS放送なるものが何物なのか恥ずかしながら親父レベルでは、何も分かっていなかった。デジタル対応のテレビを買えばBSも見れると考えたお粗末さ。

その次に考えた事は、今見ているテレビが地域のケーブルテレビだからその会社に話しをすれば見れる様になる。これも間違いだった。今の屋内配線のケーブルではBSは見れない。見る様にするには屋外からの配線工事が必要だった。

その時に考えた事は今使っている電話とインターネットをまとめてBSが見れる様にする。その契約をする。しかし、厄介な事は親父がブログをやっている事。インターネットのプロバイザー(インターネット接続業者)が変わると引っ越しをしなければならない。そのややこしさが何も分かっていなかった。

ブログのアドレスが変わる。今迄の書き貯めたデータが見れなくなる。親父の拙いブログを読んで呉れている多くの人に変更のアドレスを知らせなければならない。処がその心配は不用だった。今迄のプロバイダー(ニフティ)と最小の契約をしていれば今迄通りにブログは使える契約があった。お手軽1コース262,5円。

新しく契約するケーブルテレビのインターネットはブログの時、回線の使用量(定額)となる。パソコンを家から持ち出してネットカフェやパソコン教室で見るのと同じ。何も心配する事は無かった。(工事が済んでケーブルをつないで見ないと分からないが.)この事でケーブルテレビの事、インターネットの事、ブログの引っ越しの事多くの問題を知る。しかし、本当の事は良く分からない。

只今工事中。インターネット立ち上がったら又、連絡します。

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2011年3月17日 (木)

恨みの寒波 生きる事もいばらの道 どうか生き抜いて下さい

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テレビの音声を消して被災地のニュースを見ている。
多くの人が多くの事を語っているが、被災地の惨状を思えば多くの犠牲は甘んじて受けなければならないが、自分達の生活に余裕が無ければそんな事は言えないのだろう。震災、津波被災の日から一週間経っても被災地のこれからの生きる道に言葉が無い。

今回の大災害で痛感した事は津波の恐ろしさ。都市機能の脆さ。そして原子力発電。これ迄多くの対策が検討されて安全神話が声高に叫ばれていたが、実際はその予測と対応を遥かに越える現実だった。これだけの広範囲、大規模な災害に直面すると政府行政の為せる事はこの程度である事を思い知らされる。

これだけの切羽詰まった状態になっても総務大臣が陣頭指揮を取れなければ、総務省とは何をする所なのだろう。民間から起用されて多くの改革を求められても、この国難の時に為す術が無ければ、被災地から怒りの声も当然だろう。

テレビの報道も今朝の報道を見ながら愕然とする。原発事故現場の撮影が30キロ先から。そんな報道はするな。放射能漏れがあるのは何処迄なのか、何処迄なら近づいて報道が出来るの?判断出来なければ報道の責任は果たせない。

民放各社は平常放送に戻っている。この非常時にお笑いはないでしょう。人間はそれ程に非情に生きれるのだろうか?首都圏の食料品に品切れが出ている。気持ちは分かるとしてもそんな生き方には天罰が下る。それ位の生き方が出来ないのだろうか?

自分の大切な物を失わなければその事に気付かないのだとしたら真に哀れだが、偉そうな事を言う親父も又、そうだった。口先では何とでも言える。その事に大事な人が生きている間に気が付けば、又違った生き方が出来たのだろう。その事が分からなかった生き方が何としても悔やまれる。

どうか被災地の為に自分達の欲望は少しセーブして、生きて下さい。何かを為すのではなく自分達に出来る事は少しの情けです。何も自己犠牲を強いる事ではなく少しの優しさがあれば容易い事です。其れくらいの事は出来るでしょう。

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2011年3月16日 (水)

何時迄も不安を与えるな 福島原発の事故は収束する

親父は原子力に知識も学識も無いが、今夜のテレビの特集を見ていて阪大教授の学識を聞いて確信する。外国の原子力の会議から帰国間もないテレビ出演で、不安を煽るかに思えたが、そうではなかった。テレビ、新聞の報道と政府、行政のコメントの仕方が不正確、知識のお粗末さが見て取れる。難しい。難しいと言っているだけでは何も進まない。最悪の状態を想定しても何も心配する事は無い事を明言出来ないのだとしたら、今後危機が収束しても原子力発電は出来ない事を思い知るに違いない。

この国の科学技術に予算をつけろと叫んだ学者先生は、この程度の知識、知恵しか無い事を痛感する。この国の科学技術のレベルは今日の阪大の先生が断言した様に、過度の不安、過度の思い込みは不用な事をどうして明確にしないのだろう?

仮に心配、危険があるのだとしてもその地域に住んでいる人に対して、家の中に居ろとは、どんな感覚をしているのだろう?それでは生活必需品は誰が調達するのか?これはその地域の人達を見捨てる事と同じ事を分からないのだろう?

国の予算だけを食いつぶす学者、学識経験者は不用だと言われても言葉が無い。今回の教訓は全ての国民が今迄の生き方、考え方を変えなければいけないと問われても為す術が無い。明日は我が身である事を知れ。明日は今日よりマシになる事を祈れ。

そうでなければ我々に明日は無い。人事では無いのだ。その事を一瞬にして尊いを命を失った人達が教えて呉れている。「国、破れて山河あり」この言葉を戦後の焼け野が原で噛みしめた先人の思いを今程痛感する事は無い。

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災害時の情報管理 情報の伝え方 解説者のコメントは要らない

今回の大地震の被害は言葉を押しつぶして行く。
一瞬にして失われた人命は日を追って増えて行く。
それだけでなく震災の被害を免れ避難している多くの人達に、充分な救済の手を差し伸べられない現実を私達は忘れてはならない。このような未曾有の災害に見舞われた時、国と地方の助けがどれだけ希薄であるか、私達は忘れてはならない。
そしてこの程度の支援しか出来ない責任者に私達は期待をしてはならない。

尊い人の命をどれだけ大切にしていると言った処で、この厳しい現実は改善されない。今、必要な救援物資を求めている人達に、どれだけの事が出来るのか出来ないのか?その事を見据えなければならない。一刻が争われている時にこの国のテレビも新聞も不安をあおるだけの事しか出来ない。どうしても少し安心出来る情報を提供出来ないのだろう。大変だ、大変だと言う前に自分達に出来る事、出来ない事を人の所為にして尤もらしい解説をするのだけは止めさせなければならない。

多くの大臣、国会議員、あれだけ勇ましく政治と金の問題を追及していたあの勢いで現地に飛べ。評論家、解説議員は要らない。この国難の時、何が出来たかで存在意義が問われる。被災地の悲鳴が聞こえる。一瞬にして尊い命を失われた人の思いを全身に背負え。解説、講釈師は要らない。

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2011年3月15日 (火)

今生の無情 お見舞いの言葉もない それでも生きて下さい

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枯れ掛けていた桜の幹から新たな命が芽吹いている。完全に突然の天災に巻き込まれて逝った人の思いを推し量る事は出来ないが、今年の春は心が重い。今年の春は今週の冷え込みを抜ければ、久し振りの明るい春が目前と思っていたがそうではない。

それでも命ある限り生きたくても生きれなかった人の分迄、前を向いて生きて行くしかない。春の気怠い(けだるい)陽気の中で虚ろ(うつろ)げに、陽炎(かげろう)を追い求めていたのは遠い昔の事ではない。

今年の春は長い間の頭の重しを取り払い、無邪気に花曇りの下を年甲斐も無く小児の如く、跳ね回る予感もすっかり消え失せている。年相応の生き方、年相応の考え方が親父にはお似合いなのかも知れない。

それにしても人間の思い上がりを、これほどに思い知らせてくれた天災は、親父の長い人生でも類を見ない。阪神淡路の大震災は静岡で体験し今回の東北大津波は大阪でテレビで見るしか無かった。災害は忘れた頃にやって来るのではなく、思いも掛けぬ予想外の出来事であり、人の英知など何の役にも立たない事を痛感する。

原発の事故は事故対策が予期せぬ災害ではなく、東京電力と国の原子力保安行政に結果責任を負わなければならない。原子力発電の危険性をここ迄軽視した電力会社と国、地域自治体の責任はこれ以上の放射能漏れを無くす事である。

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2011年3月14日 (月)

阪神淡路大震災の教訓が生かされていない 政府と行政の統治能力

人は皆、日々の生活にあくせくしているが「何の為に生きているのか」と問われた時に言葉を失っている。神も仏にもすがる術も無くあっと思う間もなく、命を失った人に唯々感じる事は「無情」です。本当にこの世の無情。その天災と言うべき被害に為す術が無いと思う事は、刻々伝えられる現地の状況です。

市町村単位の機能が失われた時に素早く機能しなければならない県、国のレベルの対応がこれほどに混乱するのは何故なのだろう。県の全ての力、国の役人の力を結集してもこの程度の事しか出来ないのだろうか?

今回の地震、津波の被害はこの国の全てを投入しなければ、一日も早い回復は望めない。被害が拡大するにつれてその救援対策が、各地方自治体の意思に任されているのは総務省としての機能も失われている。何故、東京の役所で指示を出すのだろう。片山総務大臣は何をしているのだろう?東京電力の対応もお粗末としか言いようが無い。人の不安をあおるだけでなく需要予測はコントロールすべきだろう。

計画停電 それをやるのなら企業も役所も学校も政府がコントロールしなければ、混乱するばかりだろう。朝の通勤時の混雑はその判断を私鉄に任せたからだろう。ラッシュ時の混乱は二次災害となる事を忘れてはならない。

原発の事故は安全神話の崩壊です。原子力発電の怖さをこれほどにこの国で思い知らされるとは、どれだけの人が感じていただろう。万一の時、発電を停止し高温の原子炉を冷却出来なければこのような結果になる事を、知らなかったのだろうか?

そうではない。このような想定外の出来事に対処出来る術を持ち合わせず、原子力発電の安全性のみを強調していたと言われても弁解の余地はない。今は一時も早く災害の進行を止め、安全の確保をしなければ原子力発電の信頼は無くなる。

暫くは大変なときが続く。それでも大切な人と財産を失った多くの被災地の皆さんの思いを考えれば、それは残された者の当然の責務だろう。遠く離れて何の被災もせずにこんな事は言えないが、阪神大震災の後、長い間神戸の町に足を踏み入れられなかった親父の思いです。  

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2011年3月13日 (日)

大阪岡崎橋 一気に春めいている 震災の被害は言葉が無い

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大阪市西区岡崎橋交差点。奥が東。大阪城がある。この手前に大阪湾が広がる。今は海迄は遠いけれど方角的にはそんな感じ。親父が大阪に来た時この道を路面電車が走っていた。今は当時を知る人は少ない。地下鉄がこの通りの一つ南の通りの下を走っている。

この交差点の近くに「大塩平八郎の乱」の跡地がある。今時大塩平八郎の乱と言われても分からないだろう。大阪町奉行与力の職を辞して米不足、飢饉の対策を幕府に申し入れるが断られる。当時の大阪町奉行の権限は大きくない。江戸幕府の飢饉、米不足の対応はお些末で国を納める資質はこの時期から欠けている。その無慈悲に大塩は立ち上がって武力で反乱を起こすが武力の差はいかんともし難く、叩きつぶされる。

この景色からその面影は感じられないが、大塩平八郎の思いを知る人は殆ど居ない。江戸幕府だけでなく歴史に学ぶ事を、今回の大規模災害が教えている。

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想定外の出来事 当事者で無いと分からない事 

一昨日発生した東北、関東の大地震。被災地の悲惨な報道を見ながら言葉が無い。
地震発生直後のテレビの大津波の画像を見ながら、大変な事が起きていると実感したが平和で穏やかな一瞬をたたき壊された被災者に、お慰めの言葉も無い。

人は全く予期せぬ出来事に直面した時、何の最善の策も取り得ない。テレビの放送で尤もらしい解説をして、どんなに沈痛の面持ちを重ねてもそんな物は、現実の苛酷さに比べて何の値打ち、支えにもならない。

「お気の毒」そんな言葉を発する暇があれば被災地に飛べ。そしてがれきの中で泥まみれになれ。空からの映像で何かを語るな。報道の責任を今程問われる事は無い。阪神淡路大震災の時を遥かに越える人命の犠牲。救助、援助の為に現地で仕事をしろ。

原子力発電の地震、津波対策のお粗末さも思い知らされる。原子力発電の怖さを多くの国民は知らない。その対策と現在進行している事故の実態は今後、明確にされなければ原子力発電の見直しは必然だろう。

頭を下げるだけでは済まない現実が突きつけられている。「原子力発電は温暖化対策」放射能の恐怖を蔑ろにしたその代償もこれから問われる。企業も行政も余りに安全神話を過信していたと今回の事故は問題提起をしているのだろう。

原子力発電無しにはこの国の経済も国民生活も成り立たない?そうだとしても今日的課題は安全第一。発電所の周辺の人が被爆する災害は誰1人として認めはしないだろう。企業の安全対策が問われる事は言う迄もないが、監督官庁の行政指導にもその責任は問われる。事故発生時の対応のお粗末さは厳しく追及されなければならない。

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2011年3月12日 (土)

被災地の皆様に心から哀悼の想いを。命の重みを再認識

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腰が痛い。重い物を持ったりしていないし思い当たるふしが無いので歩いてみる。
駅の近く行きつけの喫茶店迄は腰を押さえながらなんとか歩ける。それでも散歩コースを歩いて見るだけの元気は無い。家で休みながら横になっていると寝てしまう。

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ひと寝入りして再びコーヒーを飲みに行く。コーヒーとゆで卵を注文するが流石にそれは無い。伊丹迄行ってみるかと思い立ち左回りのコースを取る。親父の住んでいる池田から車なら最短距離を取れるが、電車なら右からか左から廻り込むしか無い。

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この駅は阪急神戸線の塚本駅。伊丹線乗り換え。親父が21の時、稲野の得意先に行った時と何も変わっていない。変わった事と言えばホーム脇にこ綺麗なお店が出来た事位だろう。稲野の駅前はすっかり住宅地になって当時の面影は無い。

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伊丹行きの電車が入って来る。この景色は何も変わらない。大阪に来た間もない頃、どんな表情をして電車を待っていたのだろう?「青春の忘れ物」は何だろう?一生懸命に生きた当時の思いが甦る。

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後どれ位生きれるか分からないが、こうして電車の中から発車を待っていると、過ぎ去りし時が一気に空白となる。あの時と何も変わっていない。変わった事と言えば老いた。それなのにその実感が無いのはどうした事だろう。過ぎたるは及ばざるが如しだろう。

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腰の痛みの原因は一昨日大阪に出た時、駅の階段を一つ飛ばしに駆け上がった時、腰の筋が伸びたのだろう。あの時は久々の駆け込み乗車に息も上がらずニンマリしたが、その後遺症がこの有り様だろう。腰を押さえると心地好いが年を考えて行動しなければならない。かっちゃん食堂の青年は居たがhiroの彼女は交代していた。看板の書き換えも未だだったが次は書き換えられるに違いない。

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2011年3月11日 (金)

東北、関東大地震

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三陸北陸で国内最大規模の地震が発生している。思いがけない天災。一瞬にして被災した災難に言葉も無い。この景色は伊丹の雨上がりの日の入り。
テレビ報道で広範囲の火災のニュースを見て愕然としている。

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2011年3月10日 (木)

もうすぐ桜開花予想前線が動き出す

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昨夜か早朝降った雨も上がり静かな朝。風は無いが外気は5℃。少し寒いがお気に入りのコートも重く感じる。それでも手放せない。軽くて外気を通さないゴルフジャンバーを買いたいが、ゴルフもやらなくなりそれも忌々しい。(いまいましい)

今日はお休み。午後、光ファイバーの契約があるのでそれ迄は動けない。何時もの喫茶店でモーニングコーヒーを済ませて少し近くを歩く。頬に当たる外気は冷たくても無風の中をのそのそと歩いていると。日差しはすっかり春めいている。

静岡掛川の今頃、春を感じる頃、車の中で河合奈保子の「春なのに」を聞きながら溜め息をついていた事を思い出す。あの頃は何を思い何を考えながら彷徨って(さまよって)いたのだろう。そして今、確信の中で手に出来る喜びを過信している。

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近くの神社の大木。青い早春の空に今年も迎える五月の空を心待ちにしている。
幹はすっかり年老いたが太い枝先からは若いエネルギーが飛び出している。これから始まる春の息吹を独り占めにしながら、今年も輝きの春を迎えている。

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こちらの木はこれからの政局を占うかの如く痛んでいる。怒っている。4本の大きな枝先を振り回してもいかんともし難い混迷の原因は何だろう。これから始まる混迷の序曲は間違いなくこの老木が朽ち果てるより早い。

関係ないとタカを括っているとその代償は小さくない事を思い知るに違いない。多くの人が多くの事を語るけれど今の本当の現実を私達はどれだけ認識しているのだろう。景気の回復の兆し?冗談は止めて下さい。

確かにこれだけお金を市場に供給すればデフレ脱却も近いのだろうけれど、肝心の消費に盛り上がりが欠ければスタグフレーション(デフレとインフレの同時進行)は人事では無くなる。その認識に欠ける感覚は誰が警鐘を鳴らすのだろう。

この国のエコノミストと言われる人は経済の専門家(プロ)ではない。現代進行形の経済解説者。厳しい表現をすれば現実の解説。(その多くも多面的ではなく断片的)過去と未来の分析でも予測でもない。ようやくエコノミストの中に政局の混乱を問題にする人も居るが、多くの意見はそうではない。楽観的にしか見れないのだろう。

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満開の梅ももうすぐ終わり。親父のぼやきももうすぐ桜に変わる。今年も川津の桜は見れなかったけれど、岐阜の荘川桜は見れるだろうか?名岐バスの車掌佐藤さん悲願の「太平洋と日本海を繋ぐ桜街道」は歩けるのだろうか?貴方の決意次第です。

もうすぐお昼。何でだろう?お酒も飲んでいないのに胸焼けがする。胃薬か大根おろしが必要だな。でも食欲はあるし食い過ぎに注意だな。お昼のお弁当の飯、それでも大盛りだな。

お昼のトップニュース。アメリカの日本本部長更迭。それ程のニュースなのか?沖縄はゆすりとたかりの名人と発言した事が問題にされているが、その発言の真意は明確ではない。沖縄県民の反撥は理解出来るとしてもアメリカの日本部長の言葉として、非公式のコメントにこれだけの憤りは頂けない。沖縄の基地を本当に受け入れないと思っているなら実態との乖離に(かいりに)ついてどう説明するのだろう。

沖縄の現実は誠に厳しい。それでも基地を受け入れる為に多くの国の税金が投入されている事も又、事実である。沖縄の基地をこれからも存続させる代償として多くの国の支援を引き出している事も事実である。基地を無くす事と存続させる事はそれ程に簡単ではない事が問題ではないのだろうか?

ジェイ、コムと光回線の契約終了。工事日決定。3月18日の3時から5時の間。親父が見たかったBSチャンネルが見れる様になるのは嬉しいが、インターネットと電話も変わるのは今イチ、面倒で文句が出る。(やっぱし)

少しややこしい話しをすると今迄の電話回線から光回線になると、固定電話の定額料金とインターネットプロバイダー契約の料金が安くなる。その切り替えを自分で連絡しなければならない。(当然だろう)工事が済んだ後パソコンの初期設定サービスを受けなければならない。(自分でやれ。親父に出来る訳が無い。偉そうに言うのが関の山)その時間差が工事の後1〜3時間もある。(ええ加減にしろ)。

ケーブルテレビの営業担当と話しをしながらクレームをつけている自分が哀れだった。前のパソコンでインターネットを立ち上げてもらった事を思い出す。インターネット社会ともネット時代と言われても、親父達の理解はその程度です。

そんなぼやきを重ねていると衝撃的映像が流れている。テレビ放送とインターネットの融合。今迄は公共放送とか放送倫理とか、尤もらしい言葉を並べながらそれが絶対的な正論の様に信じられていた。その価値観がこれから変わる。既にその兆しは現れている。親父もキーボードを2本の指で叩かずに10本の指を意のままに使え。Img_5805

得正のカウンター席。最近は座らないが始めて来た時、入り口近くの席に遠慮気味に座っていた気がする。今は2人掛け向き合いの4人席が指定席。最近親父がハマっているのはオロシ茄子釜揚げ(チョと名前が)違う。

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得正のカレーうどんは絶品ですがカレーライスは無い。カレーライスは阪急3番街のインデアンカレー。阪急のターミナルが北に300メートル(?)下がったのは親父が20代前半の時。あの時余り口にしなかったカレーが今はお気に入りになっている。さっちゃん。今日は元気が無かったけれどもうすぐお花見の時。頑張ってね。

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胸焼けは直っていないけれど、今夜のお買い物で新鮮な地域野菜「ほうれん草」を一束買っていたので、半分湯煎する。少しゆで過ぎたけれどこのお気に入りのゴマドレいけますよ。ほうれん草の甘さが元気を引き出してくれる。これにゆで卵が2個あれば最高。(流石にそれは食い過ぎです)きんつば2個も食ったし。では又明日です。

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2011年3月 9日 (水)

明日は今日より寒い?どんなに寒くても春はすぐ其処

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落花寸前の山茶花が別れの言葉を叫んでいる。今日も寒い一日だったが今年の冬、親父に多くの言葉を語りかけてくれた山茶花の花が、親父に感謝の言葉を叫んでいる。ついこの間迄椿の花に負けない紅の色をしていたが、お別れの時が近い。すっかり色褪せた(あせた)花びらが今年の暮れの再会を語りかけている。ありがとう。

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さいなら。さいなら。又、今年の暮れに何処かでお会いしましょう。

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山茶花の花とこれだけ長い間話しが出来たのは、最初で最後かも知れない。本当に長い間お疲れさまでした。まだもう少しの間、(今月一杯かな?)話しが出来るけれど花の色が変わって来た。人の命も同じだろう。何時迄も若者と同じ気持ちを保つ事は出来ない事を教えて呉れました。親父も最後の花を開かせる事が出来るのだろうか?

花にも色々有るけれどその事も教えて頂きました。ありがとう。39(3月9日)
暫くは寒の戻りを繰り返しながら春が来る。春は色んな春が在ったけれど心底桜吹雪の中で歓喜の思いに浸った事は子供達が幼かった頃しかない。

あれからどれだけの年月が流れた事だろう。そんな事を考えていた。親父が元気で居られる年月は間違いなく20年。その限られた年月をどう生きるのか、もうすぐ花びらが散るそれより早く落ちる水滴が、不安げに親父を見ている。大丈夫。大丈夫。

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2011年3月 8日 (火)

風は無いけれど少し肌寒い 今日はお休み 近くの喫茶店でモーニング

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日本アルプス穂高 標高3190メートル 厳冬期のこの時期にこの山に登れるのは限られた人だけ。その人も又穂高の神に選抜される。どんなに山登りのスペシャリスト(専門家)でも、悪天候の中を征服するのは至難の業に違いない。

この高さを鉄道で登る。しかもその工事は今から100年前の事だとしたら、この国の人達の考えでは発想そのものが無い。仮に今でもあのスイスの鉄路の工事が出来るかと問われればノーだろう。それ程に山に対する情熱、畏敬(いけい)の念が違う。

そんな事を思いながら穂高の夏山登山ルートを眺めていると、かりんとうが一袋空になる。メタボな体型を変えなければと思いながらも、食い過ぎの食生活に歯止めを掛けられなければ改善は無い。これから間違いなく問われる事は健康管理。

高齢者は言う迄もなく若者達、働き盛りの現役世代、老若男女全ての世代が問われる事は元気で生きる事。元気があれば何でも出来ると猪木に言われる迄もないが、現実は元気が無ければ何にも出来ない。その元気の源を食生活と飽くなき探究心だと信じて止まない親父も、口先だけでなくせめてどんなに美味い物も袋を空にしてはいけない。

これは昨夜のお話。今朝の体調が心配されたがお腹は会長。いや社長かな。オイオイ。字が違う。分かってマ。仕事休みでも仕事に出掛ける時間には体内時計にチェックされる。仕事をすると言う事はそう言う事です。その為には決められた時間に決められた行動が出来る事は最低限度の条件だろう。

今、景気対策として多くの事を政府に求め、それが如何にも尤もらしく雇用対策の重要課題の様に言われても、その為にどれだけの税金が使われるかを理解していない。景気は回復基調とどんなに政府、行政、日銀の総裁が口にしても実態は違う事を気付かなければならない。そんな事は分かっている?どうかな?

今迄何度も問われた己の生き方。その集大成の時がいよいよ来る。長い間自問自答を繰り返した「何の為に」「何の支えの為に」その言葉の重みを1人で支えなければ押しつぶされる事は間違いない。

昔(と言ってもそんなに前の事でもないが)水泳の岩崎恭子さんが「今迄生きて来た中で一番の幸せ」と名言を口にされたがその事が問われる。スイスの絶景の中で淡々としていた様に生きたとしても、いばらの道は一歩一歩前進出来る体力と精神力に希望の灯が道標に成るに違いない。

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お休みの日のお昼は大体このお弁当です。最近はご飯大盛り。500円+70円。でも昨日ミカン2個上げたので20円負けてくれる。どうせなら500円と思っていると何時もは美味いご飯が今日は芯が少し残る。オカンならぶつぶつ言いながら口にしているのだろう。この罰当たり。自分でおいしいご飯を炊いてニンマリするのはもう無いのだろうか?(5食セットのうるち米)をレンジでチンする様ではね。

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しかし、このレンジでチンする富山県産コシヒカリ。侮るな。北アルプスの天然水で炊き上げパックされている味はごまかしが無い。それ迄は魚沼産コシヒカリ佐藤のご飯だったがその半分の値段で味は負けない。勝てはしないけどね。

さあこれから山登りだけれど天気が今イチで気が進まない。お間抜けなテレビではなくコマーシャルの無いFM放送を聞いていると切ない桜の歌が聞こえる。長い間、本当に長い間ご苦労様でした。リンゴと桜が一緒に咲いて岩木の山を仰ぎ見る春は来るのだろうか?無理だな。(がっくし)でも気持ちだけは今年の春は違う予感です。

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市役所前の通りに面した公園の紅梅。曇り空から雨がぽつぽつと落ちて肌寒い天気の中に凛とつぼみを広げている。朝日の明るい日差しは無いが親父の春を祝福している。思い上がり?そうかも知れないが見上げる人は殆ど居ない。

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花壇の花は完全に春モード。しかし今日の寒さは心持ち肌寒い。

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梅は咲いたが桜はまだかいな?昨年も撮った写真。少しピンボケはご愛嬌。よく見て下さい。桜です。桜。流石に寒さに震えている。大丈夫。その分長く咲いていられるから。(親父さん、桜はぱっと咲いてぱっと散る。それが春の美しさです。)

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折り返し点の城跡公園は本日休園。しかし、来たのが5時を過ぎていたので今月末迄は閉門の時間。閉じられていた門の上に手を置いて一枚。それでも不思議な物です。又来て下さいと首を傾げて大手門が手を振っている。

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天気が悪く家を出たのも遅くて現在地の先の体育館迄で引き返す。それでも靴の踵から着地しながら歩いていると、心が弾んで来る。体育祭、消防の隊列行進を思い出す。1年で首に成ったと笑われても入団式で宣誓をしたのは親父でした。

田舎暮らしは地域と仕事、生活の両立が本当に大変です。地方の活性化が叫ばれて久しいが活性化するとは何かが分かっていない。よそ者は所詮よそ者です。そのくせ自立が出来ず過疎の波は容赦なく襲いかかっている。間違いなく財政の破綻は待った無しです。都市部の市町村もこれからは合併連合を繰り返さないと生き残れない。

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城跡公園から山に向かうと山麓に体育館がある。その手前の谷に掛かる橋の上から見た夕暮れの時。西に沈む太陽を追い掛けて行っても黄金を手にする事は出来ない。黄泉(よみ)の国もあの世、冥土と言われても「まだ来るな」と叫んでいる。

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これは枯れ木では有りません。今年も間違いなく幹の先に伸びた若枝は枝葉の先に白いピンクの花を広げるに違いない。この空洞の部分は親父が大阪に来て間もなく、枯れ果てた幹の樹根を取り払って出来たもの。あれから干支が一周する。久し振りの再会は親父以上にくたびれていた。後どれ位の命かな?ガンバレ。

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どうだおぬし 生きる事は不撓不屈(ふとうふくつ)どんな困難あったとしても負けない気持ち。幹もその先も枯れ果てても生命力が枯れ果てなければこれだけの事が出来る。生きる事に疲れた時、どれだけこの幹をなで回した事か。

老木は何も語らず何も見せては呉れなかったが、何故か心が癒されていた。しかし、寄る年並には老木も勝てず薄緑の苔が出ていた。今年の桜が見納めに成るやも知れぬ。今年は何を差し置いても満開の写真を残さなければ成らない。

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久し振りの再会は親父に新たな決意を与えている。この老木が教えて呉れた事は「新たなる力」。どんなに苦難の時に押しつぶされていた時も、親父に勇気を与えてくれた大木が今、その時を終えようとしている。ありがとう。そして忘れない。

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この桜木は昨年も紹介したけれど、今年は一段と立派な苔ならぬ草を纏って(まとって)いる。桜のエビ反りならぬ緑反り。昨年は上の老木より元気が無かったが今年は様変わりをしている。この生命力は何を暗示しているのだろう?

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帰り道。何時もはこの下りの階段を腰を落としながら降りているが、今日はそれがない。安全の為に右の手すりから手を離さなかったが、足の疲れは無い。この差は何なのだろうか?ピンボケの画像が笑いながらタマタマと手を振っている。

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階段の上は公園。その側面に水仙が植えられている。これは昨年には無かった事。来年はもっと多くの水仙が楽しめるのだろうか?少し接近が足りずに寂しい景色になっている。

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最後は老舗の酒蔵。この前を抜けると街中に戻って来る。

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2011年3月 7日 (月)

春は足踏み それでも軽いコートが重くなる まだ手放せないけど

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早春賦 春は名のみの風の寒さや 朝方の小雨も止んで一息吐いて(ついて)いる。
「お早うございます」「何時迄も誰よりも見つめて頂いてありがとうございます」
イエイエ、何時迄も何処迄も春の調べをありがとう。もうすぐお別れです。その時迄暫しの憩いを振り撒いて(まいて)下さい。雨だれが花の雫(しずく)になっている。

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新旧の世代交代。親父世代が落花寸前となってもこれだけ輝けば充分かも。景気の先行きが見えない中でもこんな生き方が出来るのだろうか?お間抜けな先行き見通しも神のみぞ知ると言われても、神の存在を意識しない輩に分かる術も無い。

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今日の天気はこの後間もなく雨となる。傘を差さずに歯医者に行くつもりが、流石に冷たい小雨に傘を取りに引き返す。朝、仕事場おばちゃんの天気予報が当たる。明日は晴れの天気予報。関西の春はすぐ其処迄来て足踏みをしています。

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花びらのくちずけ。流石に親父も照れている。ピンボケです。山茶花の花もマダマダ健在。色んな表情を見せながら親父の気持ちを探っている。春爛漫(はるらんまん)の時はもうすぐです。

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もうすぐ山茶花の春は終わる。マダマダ健在の時は続いているがそろそろ店じまい。
後一月楽しんで下さいと叫んでいるがどうだろう?微妙。まだ堅いつぼみも有るから大丈夫かも。でもその頃は隣の桜が満開になっているから無理だな。

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2011年3月 6日 (日)

啓蟄(けいちつ)明日は春の雨 段々暖かくなる

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今日は薄曇りのはっきりしない天気。今にも泣き出しそうな天気は親父の心模様。夕方には天気予報より早いしぐれとなる。それでも傘を差すのか差さないのかは微妙な雨。夕方は近くの山に散歩の予定も取り止める。

山登りの時はこのお店の近くでサンドイッチを買う。今日は商品も残り少なく山にも登らなかったので一個にする。帰りはスーパーで夕食の買い物をする。日曜日の1人の買い物にも慣れたが、あの絶望的な始めての買い物は過去の遺物になっている。

今夜のお買い物。久し振りにイチゴを買う。寒い間欠かさなかったミカンもシーズンが終わる。もう少しすると梨の美味い季節になるが、それまで果物は余り口にしなくなる。

日本の果物はうまくてシーズンオフを余り感じさせないが、それは冷凍倉庫と保冷の技術である事を多くの人は余り知らない。八百屋、果物の商売はこれから難しくなる。それでも生き残る商売人は新鮮で美味い物を安く提供出来る商人だろう。

これからは高齢者が多くなり買い物すら出来無くなる人も少なく無い。今迄は便利で多くの物が揃っていた大型スーパーが、意外に足腰がしっかりしていないと役に立たなくなる。広い店内、ゆったりしている買い物スペースが役に立たない。

そうなると毎日の買い物はしなくなる。その対応をどうするのだろうか?今は眼に見えない買い物難民が増えた時、買い物の仕方も変わるのだろう。今は殆ど見る事もない牛乳の宅配がヤクルトの配達が姿を変えて甦るのも遠い先の話ではない。

街中コンビニ、宅配サービス、インターネットのお買い物も盛んになると思うが、これからのお買い物は家で出来る形に変わる事は間違いない。農山漁村の過疎地には宅配サービスの車がご用聞きに走り回るのだろう?

都会で限られた情報の中で生きていると、何も知らなくても困らないがそれも足腰がしっかりしている間の話し。何時迄も若くはないし何時迄も1人では生きては行けない。その日の為に自分に出来る事は、健康管理だけでは無くてどう生きて行けるかの地域の繋がりだろう。

仙人の様な生き方を求めたとしても霞(かすみ)だけを食って生きて行く訳には行かない。そう考えて見ると究極の生き方は自給自足なのだろうか?この世界の片隅にそんな生き方が出来る安住の住処は難しい。何時迄も元気を保つのは容易ではありません。

明日から又、新たな日々が始まる。新しい挑戦。新しい喜怒哀楽。嬉しい事も怒りの心も心の奥底にしまい込みながら、前を向いて歩いて行く事は容易な事ではありません。哀しい事は忘れられなくても楽しい事は一時です。

それでもあの日から多くの歳月が流れて、多くの事がありました。これからも色んな事があるでしょう。しかし、間違いなく言える事は後戻りは出来ない。唯、ひたすらに自分の信じる道を歩んで行くしか無いのです。

堀内孝雄が歌う様に「泣きたい時は泣け」。どうせ泣きながら生まれて来た人生。生きている時は永遠に可能性への挑戦です。どれだけの事が出来たのと聞かれた時、右手の親指と人差し指を軽く合わせながら、ウインクすればそれで充分です。

面白くないテレビ放送のスイッチを切りラジオを聞いていると、懐かしい「ケンタッキーの我が家」のアカペラが聞こえて来る。もう一曲はスコットランド民謡 この国では卒業式で卒業生が涙ながらに歌っていた歌。今は「仰げば尊し」と言われる先生がどれだけ居るのだろう? 卒業式の日も近い。遠い遠い昔昔の虹の橋です。

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今日は可もなく不可もなく嵐の前の静けさか?

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山茶花の花は何故か純白の花から開花し今は薄紅の色にバトンを渡している。
その花達ももうすぐ今年の開花の時を終え、今年の暮れの準備が始まる。
今日の日は親父にとっても特別な日。身動きが出来なくなる前に動き始めようと思っていたが、何気なく見始めたテレビの前で動けなくなっている。

仕方が無いので出掛ける事を諦め、久し振りに心静かに部屋のお片付けでもしますか?流石に15年も立つと当時の思いは薄らいでいるが、時の流れは余りに無情、人の果敢ない思いを超越して淡々と流れている。

この国の目覚しい経済発展が実態とはかけ離れた夢、幻であったと思い知らされた時、そんな経済社会の中でこの国の経済にささやかなりとも貢献して来たと自負して生きていた親父には、それから始まる苦渋の時が認識されていなかった。

それでも仕事の難儀はそれが終われば解放されていた。サラリーマンの製造技術者と自他共に自認していたのが間違いであったとしても、家に帰れば自分の価値観だけを振り回す嫌な親父でしかなかった。アンタの時代、アンタの価値観は終わりと宣言されてもそれに気付かされる迄にどれだけの時間が掛かったのだろう。

そんな自分勝手の生き方が脆く(もろく)も崩れ落ちたのが15年前の今日。
風邪をこじらして肺炎を起こして入院と思っていた大事な人が長くは生きられないと宣告される。まさに晴天の霹靂(へきれき)雷(かみなり)思いがけない言葉を人事の様に聞きながら、人事では無く自分の事だと思い知るのに時間は掛からなかった。

それから始まる苦難の時。予想も出来ない事に無我夢中で看病した半年間。しかし、苦痛の日々は自分だけでは無い事が一番苦しかった。病の訳を伝えてやる事も出来ず、思いの丈の半分もかなえてやれなかった日々を思うと人の世の無情を忘れる事は出来ない。

あれから15年。同じ様な出来事が今尚、国の内外で起きている。その悲惨な現実に言葉を飲み込みながら手を合わせる人がどれだけ居るのだろう。元気の時、まさかの事を考えずに生きている日常に気が付く人は少ない。

本当の幸せはそう言う事。どんなに困難と思われている事も、その事が分かれば考えも変わるがおやじですら、出来なかった事を普通の人に問うのは無理だろう。長い間大切に出来なかった人の代償は計り知れない。

これからもその購い(あがない)は続くに違いない。でももう良いでしょう。何時迄も何処迄も過去の絆に繋がれていては次のステージには進めない。今年の春はそんな春になりそうです。

次のステージに立つにはそれなりの思いが必要ですが、その事も今、問われています。今日、出掛けられなかった事はその総括を聞かれているのかもしれません。ナーンもありません。在るのは情けないつぶやき、ぼやきです。

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嘆きのセレナーゼを聞きながら春の喜びの時はすぐ其処です。どんなの哀しい思いをしても、どんなに口先だけの優しい言葉を語りかけたとしても、全てお見通しです。綺麗事ではなく誠意を見せてと言葉を口にしても、この世とあの世では抱き合う事も出来ないでしょう。今年の春は親父の好きなベートウベンの田園交響曲第一楽章「春」が聞けるのでしょうか? もちろんです。ipodでね。

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2011年3月 5日 (土)

春がそこ迄 準備は出来ていますか?

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宝塚歌劇場裏の武庫川。 先週この堰が開放されている理由が分からなかったが、今日見ると左岸の堤防が工事されている。その為の開放。この堰の役目は終わったのかも知れない。この堰が無くなったとしても大雨が降らなければ、激流がこの橋の下を流れ下る事は無いと思われているのだろう。それとも目的の工事が終われば堰は元に戻るのだろうか?余計なお世話です。確かに。でも気になるな。

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伊丹郷の発掘された江戸時代の排水路。案内図を読むと酒蔵の排水路として当時はこんな綺麗な鯉は放されてはいなかったのだろう。今はこうしてゆったりと泳いでいるが鳥に突つかれる事は無いのだろうか?網も無いし逃げ場は有るのだろうか?

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お酒好きな人にはたまらない酒蔵の面影がある通り。この道を歩いていると故郷の酒蔵を思い出す。お酒は水が命と言われるがこの地にも、六甲の地下水が流れていたのだろうか?今は神戸灘の酒が有名だがここ伊丹にも、親父の住んでいる北摂池田にも有名な酒蔵がある。

甘党の親父にも酒蔵の風情は、何とも言えない心地にさせてくれる。キョロキョロしながら歩いていると、ボール遊びをしているガキのサッカーボールが飛んで来る。身をすくめながらボールの行方を追っていた。一気に顔の様相が変わる。親父、親父。

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かっちゃん食堂の焼き肉定食。(親父、飯に箸を付けただろう?)ハイ、2口。
バレましたか?しかしこのご飯の量は少なめ。(これで?)そう飯は大盛り。肉は硬いがタレが何とも言えない。良く噛んで胃に流し込めば幸せです。

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これが宝塚の堰。これで見ると右手の堰を開けなくても工事は出来たかも?
余計なお世話です。春の訪れと共にのどかな風景が変わって行く。この堰が満々と水をたたえる事はこれからも無いのかも知れない。

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最寄りの駅からの帰り道、ミカンをひと篭(カゴ)買うと少し多い。総菜屋さんの女将さんに昨日、知り合いのバイクを停めさせてもらったので、お裾分け。手作りコロッケとクリームコロッケを貰う。近くの花壇の花は春の紋様です。

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梅は咲いたか、桜はまだかいな?ホトトギスの姿は見えないな。

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「叔父さん、お土産です。」赤ちゃんの時から声を掛けていたちびからもらったお土産。今はお兄ちゃんになってもうすぐピカピカの一年生。この煎餅忘れない為に再公開。親父は食い物に結構好き嫌いがあるが煎餅は草加位しか口にしない。その親父がこの煎餅には手が止まらなくなる。パソコンで検索出来るかな?

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ここは何処?住吉さん。大阪住吉大社の太鼓橋(正式名称は違う)。正面が大鳥居。今は正月の初詣にも行かない大阪人も少なく無いが、大阪の地盤沈下はそんな処にもあるのかも知れない。大阪人の心意気は今は昔の物語かも知れない。

住吉さんは大阪人の心の故郷です。大阪天王寺と地下鉄動物園前から堺を結ぶ阪堺線(路面電車)も往時の繁栄はない。でもこの電車に乗ると親父の青春時代が走馬灯の様に廻り出す。青春時代の忘れ物?いいえ、心の原点かも知れない。

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この絵を見直しながらジンバブエ(アフリカ)のカントリーソングを聞いていると何でだろう?この国の古とアフリカの草原が重なる。行った事の無いアフリカの自然は人の想いを遥かに越えているのだろう。それなのにリズミカルな音楽は心地好さを揺り動かしている。この国の始まりとジンバブエの自然は何処かで共通点があるのだろうか?

そのアフリカの北端、地中海を望むリビア、チュニジア、エジプトの混乱はこの国では知る術も無い。断片的に報じられる政治と経済の変革は中近東の変革として、この国も無関係とはいかなくなるに違いない。

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2011年3月 4日 (金)

田舎で見た早春賦 大阪の空も春の気配 でも風は冷たい

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春がすぐそこ迄来て足踏みをしている。外気温5℃。それでも見上げる空は春です。
今年の春は久方ぶりの心躍る春になりそう。本当に長い間季節とは無関係の生き方をしていたが、春の訪れは空だけでなく心をも華やいで見せるのだろうか?

一時の興奮、一時の思い上がり。その後に来る気怠い(けだるい)思いも、五月の五月(さつき)の空を想えば、一時の鯉の滝登りの勢いかも知れない。長い間、心の片隅にも無かった親父の情念は、春の勢いにも増して強いのかも知れない。

それも5月の連休の時には例年の収まる位置に腰を下ろして、素知らぬ思いの丈を呟いているのだろう。それでもこの時期にそんな思いに刈られるだけで、親父はマダマダ健在なのかもしれない。菜の花の黄色い畑がレンゲの鮮やかな紫が混ざる時、何処でどんな花を見ているのだろう?

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空は青。雲迄も笑っている。風は流石に冷たい。外気温5℃。大阪の春は「選抜から」と言われるがオープン戦が始まると少しは暖かくなるのかも知れない。それでも春は時間の問題。一気に暖かくなるとこの冬の寒さも忘れられる。

嵐の前の静けさ。一月もすれば政局も経済も大きく変わる。その危機感が無いと言われても実感は無い。何故なら私達の知り得る情報はその程度だからだろう。実際はそうでないと言われても、目前にその現実を突きつけられなければ無理だろう。

その激動の時が新年度の時だとしたら、どうするのだろう?どうもしない。そうは行かない事を思い知るに違いない。難しい言葉を口にすれば「コスト、パフォーマンス」日本語で言えば費用対効果。

どれだけの税金を使ってどれだけの効果があるのか今迄予算と言えば使い切る事しか考えていなかった役人が、これからその事が問われる。国会議員?言う迄もない。どれだけの人がどれだけの政策を実現しているのだろう。民間人とて例外ではない。

考えて見ると一見良く出来ているこの社会も、その実態は誠に危うい。景気は回復基調とか、財政再建の為には恒久的な税制改革とか言われても、多くの国民は全く違うレベルで生活している事を誰もが意識していない。

アナログ放送がデジタルになったとしても、今の地上波の番組が何の役にも立たない事を当事者ですら、気付いていない。今の多くの番組が仮に無くなったとしても(現実には有り得ないが)何も不自由は無い事をそのうち思い知るのだろうか?

中近東のこの国との関わりが全くないと思われる国々で今起きている事が、現実に直接的な関わり合いが在る事を思い知るには、親父達が新婚の時経験した石油危機でも起きなければ分からないのかもしれない。

アラブ世界の大きな地殻変動。それは間違いなくテロとの戦い、貧困との戦い、独裁者、権力者の戦いであり、その凄まじい激流を正確に伝えられない新興国に、次の時代を語る資格など何処にも在りはしない。

なんか偉そうな事をぶつぶつ言っているが気にしないで下さい。本当は皆一生懸命に生きているのです。残念ながら文明発祥の時代から人は平等なんかではなく、弱い人を食い物にしなければ贅沢は出来なかったのでしょう。

お間抜けなテレビ(今はゴールデンタイム)が、その時間に人の財布を気にする様な番組を平然と放映している。この国はその程度の国と思いきや。その感覚が問い直される。放送局とスポンサーの感覚はその程度でも視聴率を侮るな。

その程度の視聴者はこれから物が買えなくなる。食えない。当然、CMの意味が無くなる。それでもこの国は成り立つのだろうか?ハローワークに言っても仕事が無い?新卒者の求人が無い?若者の働く場所がない?アタリ前田のクラッカーそんなコマーシャル知らないでしょう。

これから売れる商品は日本人には造れないのだろうか?親父の今一番欲しい商品。それはどんなに歩いてもストレスの掛からない靴です。草鞋の様な感覚でカッパエビ煎(せん)の様に止まらない、止められない靴。そんな靴を造って下さい。

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これが今日自慢したマッターホルンです。親父の目線は左の崩れかけたロープウエイの鉄塔にあるが、スイスの絶景はそんな親父を優しく見守っている。2度と見る事は出来ない風景を淡々と眺めているのは、天気が良すぎて何も考えていないからだろう。雲一つない快晴。親父の頭とマッターホルンの頂が重なっている。

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この時は雲が出ている。旅立ちの時。別れを惜しむ人も無く息子と帰り支度を済ませた後だろうか?天気に恵まれた旅は最高の思いでです。もう一度行けたとしてもこんな天気には巡り会えないだろう。

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旅から帰った時、真っ先に公開した画像。この右の山裾からロープウエイが上がり真ん中付近を左上迄ロープウエイが続いている。高所恐怖症の親父が息を詰めてゴンドラの中で身を潜めていた所です。信じられません。流石に画像をアップしても鉄塔の位置は確認出来ない。画面中央の谷を一気に降りる。

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それがこの画像。親父の悲鳴が聞こえて来る。この時はゴンドラの中が貸し切り。それでも親父は声も出さずに身を固めていた。因みにこの画像は親父の撮影ではない。ゴンドラが宙づりになる事故は無いのだろうか?そんな事を考えていると乗れなくなる。

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今日は久し振りに懐かしい度を思い出して見ました。では又です。

これから久し振りに銭湯に行って来ます。最近、体のかゆみがお肌のカサカサかと思っていましたが、そればかりではないのでしょう。炭酸泉でユックリ体を温めながらしっとりとした皮膚にしないと、季節の変わり目を乗り越える事は出来ないでしょう。この前も書きましたが幾つになっても体臭はしゃれにもなりません。

スイスに行った時、外人の体臭のきつさが香水の発達の要因と教えて呉れたが、年を取ると何とも言えないうっとりした体臭を望む術もないのでしょう。日本人に好まれる匂いはバラの香りではなくて、桜の香りだとしたらこれはハードルが高くなるかも知れない。そんな事を考えながら背中を掻いています。早く銭湯に行け。

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2011年3月 3日 (木)

寒の戻り 六甲の山も白い風花で何も見えない 寒そう

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大阪のベルサイユ?中央公会堂です。大正時代の建物。近くに図書館もある。
親父が大阪に来た18の春。始めて足を踏み入れたのは図書館。田舎からの始めてのおフクロの手紙を握りしめていた。あれから半世紀。久し振りに訪ねて見ますか?

この画像は地下鉄構内のポスター。フラッシュが真ん中に綺麗に光っている。
この公会堂は綺麗に改装された事は聞いていたが、ポスターでこれだけアッピールをすれば是が非でも見に行かなければならない。そう言われている。

親父がこの建物を始めて訪ねたのは20代前半。ベトナム戦争反対の集会だった。反戦集会と言っても威勢の良い垂れ幕が下がり、当時革新的な有名人が戦争反対の言葉をがなり立てていた。言葉の意味は全く分からなくても戦争反対の気持は変わらず、然りとてデモ行進とか署名活動とかそんな積極的は行動は何も無かった。

あの悲惨な戦争はそれ迄のアメリカの戦いの歴史を変えたが、それでも40年足らずの歴史の中で完全に過去の話となり、その戦いの現実はテレビや映画の中でしか知る術がない。ルイ、アームストロングのwhat a wonderful  worldが戦争で破壊されるベトナムの農村の静かな風景を歌っている事も忘れ去られている。

昨年の秋、静かな静岡の奥大井を訪ねた時、一緒のトロッコ電車に乗り合わせた御婦人が戦争に正義も不正義も無いと言われていたが、テロとの戦いもそうなのだろうか?そうだとしたらその最前線で今尚、戦っている悲劇は一体何なのだろう?

親父達はこの国がアメリカに焼け野が原にされて、戦争放棄の憲法を受け入れたお陰で再び戦争の悲惨さを味わう事は無かったが、あれから半世紀以上の時が流れても国防の論議はアメリカ抜きには語れない。何たる無様。何たる屈辱だろう。

親父達がこの世に生を受けそして死んで行った時、この国の為に戦った人達は何と言って迎えてくれるのだろう。しかし、親父達には自負がある。この国の経済成長を支えたのは紛れも無く親父達。

今は後進国に追い立てられているが、この国の経済成長はアジアの奇跡とも呼ばれた。これからこの国の新しい國の形が問い直される。その時の主役は言う迄もなく君達。そして君達も間違いなく次の世代に貴方達は何をしたのか問われる。その時に何が語れるか? その事がこれから問われる。

過去の遺産で飯が食える時代は終わったと言われて久しい。世代交代、若者の時代と言われて無策の時が続いている。親方日の丸の時代は終わったと言われても、それはほんの一部に過ぎない。税金を取れる処から取り立てるだけで、企業の7割が税金を払っていない。そんな国の有り様が長く続く道理がおかしい。

今年の予算は成立してもそれを実行出来る歳入が4割が赤字国債。そんな法律を今迄通して来た責任は何処の誰にあるのだろうか?今迄うやむやにされて来た事が今更どうにか成るとでも思っているのだろう?これからその答えを出さなければ成らない。

誰が?あなた方一人一人でしょう?関係ない?そうは行かない。
親父さん答えを教えて下さい。タダでは無理でしょう/そこをなんとか?
国会議員の地殻変動が始まる。人事では無い。アンタも心してかかれ。親父もね。

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今日の山茶花は熟女です。今年も美しさをありがとう。又、来年です。

でもここでの再びの保証は無い。又、いつか何処かで。お会いしましょう。

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2011年3月 2日 (水)

春風の巡り会い リチャード、クレーダーマン、知らないでしょう?。

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春風の巡り会いと言うには寒い一日。日差しは明るいけれど目まぐるしく天気は変わる。春はそこ迄と言いたい位の暖かさが嘘の様な寒の戻りとなる。マダマダ健在の山茶花の花も少し日陰の中で照れている。それでも開花は冷たい雨にも負けていない。

明日の天気予報は「冬に逆戻り」とか。冷たい雨が予想されるが季節は「春」。春の巡り会いとリチャード、クレーダーマンは久し振りに聞いた懐かしい言葉。春の時は三寒四温を乗り越えた時、確実な物になるのだろう。

関西の春は「選抜から」と言われるが、後半月もすれば桜の開花が近くなる。長い間恨めしく思いながら見上げた風景が、今年は違って見えるのだろう。その時、昨年末から親父の眼を楽しませてくれた山茶花は、紅の花びらをたたむのだろう。

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陽が当たると流石に美しい。人の表情も心の奥底も同じだろう。山茶花と会話をしていると人の思いと重なる所が多い。多くの人が多くの想いを重ねながら思う事は山茶花の思いと何処が違うのだろう?

人が人らしく生きる優しさと気高さは理屈では言い表せない。もの言わぬ満開の時が多くの言葉を語らぬ様に、親父ももちょっと言葉を飲み込む鍛錬の時を重ねなければいけない。無理だな。馬鹿は死ななければなんとかと言われている。

この親父のつぶやきを聞いて面白くないとおっか−に言われたが、言われる迄もない。山茶花と話をしながら面白い話が出来る訳が無い。しかし、それでも良いんです。長い間つまらない事に関わり続けたが、ようやく離陸(テイク、オフ)の時。

これから面白い話が出来るかも知れない。しかし、期待しないで下さい。本当に面白い話はタダでは聞けない。面白い話はギブ&テイク。自分が面白くなければ相手も面白くない。最近、多くの人が勘違いしている。

面白くないのは自分が面白くないだけ。お馬鹿な話に手を叩きながら大口を開けて馬鹿笑いをしていても、面白い事は何も無い。これから本当に面白くなりまっせ。それは間違いない。それでもそれは他力本願では何も進まない。

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2011年3月 1日 (火)

冷たい雨 風邪気味かな 寒い でもこれが最後の寒さかな?

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満開の時が過ぎると艶やかだった花の色も紅の中に白さが多くなる。
鮭が産卵を終えるとその使命を終えるが、山茶花の花も今がその時かも知れない。
それでもよく見るとマダマダ開花の時は続いている。

昨年の夏の猛暑ですっかりやられたと思われていた上の枯れ枝の中からも、モコモコつぼみの開花予備軍が続いている。永遠の営みと思われる絶頂の開花の時は一時でも永々と続く道。全てが開花の時を終えた時、又、次の営みが始まる。

人の生き方もこの花達を見ていると全く同じ営みを続けていると痛感する。「もう一本」「もう一本」と先輩に声を絞り出しながら食いついていた中学の部活。あれから多くの年が流れたが、どれだけの成長が有ったのだろう?長い間忘れていた「もう一本」をもぎ取る荒々しさ。その思いが消え失せて久しい。そんな事を思い出す。

長い間本当に何を考えていたのだろう?もの言わぬ自然界や動物の生き方、多くの言葉を尤もらしく語りかける人間様、その違いは余りに大きくて比べようも無いが、良く観察すれば大差はない。そんな事にどうして気付かなかったのだろう?不思議とも言えるが残り少ない爺の時。それが分かると少しは変わるかも知れない。

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