久々の天空への道 喘ぎながらサボリながら歩いて来ました
街中を抜ける途中のお宅の紅梅。この犬のデカイ白犬は老犬。そのくせ親父を見ると威嚇する。親父も負けていない。「馬鹿犬、人を見ろ」今日は居るかな。居ない。ラッキー。(馬鹿犬もそう思っているよ。)親父の怒声は聞きたくない。飼い主に叱られるから。空は青。紅梅は今が盛り。ウグイスも居ない。
山頂近くの展望台。望遠で写しているから近くに見えるが中々どうして。一気には歩けない。ハードなコースご覧あれ。ところがこのコース走りながら登り降りをしている親父が居る。マラソンランナー?歩くだけでも喘いでいるのに信じられない。
街中を抜ける最後の坂道にある大木。何時からこの街中を見下ろしているのだろう。
隣の桜木 この老木も若い枝を一杯伸ばしている。老いて益々盛んとおもいきや、根元近くにこれだけの小枝を広げるのは、木の養分を上迄揚げる力が無いからとか。人事ではない。親父もそれだけの力は残っていないかも。(イヤイヤ、ご謙遜で)
この景色を見る度にここは何処、アンタは誰と何時も感じる。紛れも無くここは南国沖縄ではありません。「何処ですか?何の用ですか?」枝雀さんに尋ねられている。
赤い蘇鉄の実は成るのだろうか?馬鹿な事を言ってはいけません。すびません。
坂道をゆっくり歩いてやっと登り口に到着。ここからは一気にと言いたい処ですが親父の心臓と体力では、遊びながらでないととてもではないが登れない。
ここ迄92段。これからどん位かなと思っているとマラソン?ランナーから抜かされる。(オイオイオイ)と唖然としていると姿が見えなくなる。このコースで1時間余。上り下りをしていた。恐れ入りました。凄い理由はこのコース見れば分かる。
この散策コースは戦後の復興期、失業対策として人力だけでなく重機を入れて大掛かりな工事をしているが、誰が何時、どれだけの労力と税金使ったのか分からない。それでもこれだけの工事をした先人の思いは歩いてみるとひしひしと感じる。
久し振りに歩いて心地良い疲れを感じました。もっと多く長く歩かないとメタボと笑うだけでは済まない。展望台で大阪平野を見下ろしながら汗を拭いていると、一気に冷めて来る。失意の時、ぼんやり眺めていた松の木は一本枯れていた。
この画像ではどの木か分からないが、そのうち朽ち果てる。生きとし生ける者、人間様とて例外ではない。何時迄も何処迄も手に手を取って喜びの時を味わう事は出来ない。松食い虫にやられた若い松の木はその事を教えている。
眼下に見える伊丹飛行場を飛び立つ飛行機。この街中の飛行場を廃止して泉州沖の海上空港に一本化する計画は頓挫している。地域行政指導者の思惑が変わり関西には3つの空港があって一本化は難しい。神戸空港は右前方。関西空港は左の先。
春霞(はるかすみ)でよく見えないが、三空港の前途はこの空の様です。その中で関空と神戸空港は生き残りすら難しい。地方の権限委譲が声高に叫ばれるが、運輸、航空行政の間抜けさは誰も責任の自覚さえ無い。地方の疲弊、財政破綻は大阪都構想とかで何とかなるんでしょうか?役人天国は死ぬ迄変わらないのだろう。
関空方面を見る。秋の視界の良いときは泉州沖迄見えるが、その時でも関空は見えない。1兆円を超える海上空港の建設費を何時迄に回収出来るのか、その目途も立たなくても認可と建設の責任を問われる事は無い。親父達が若い頃、成田の反対闘争が新宿のホームで争乱となったが、成田と羽田の活用が出来ない事と同じなのだろうか?そんな事を問い直す人は今は何処かに消えている。静かな物音一つ聞こえない景色です。
何時来ても前の景色しか見ないのに何故か、後ろの景色が気になる。折れた松の木が途中から横に幹を伸ばし、それから上に枝葉を広げている。親父にはそんな力は無いがよく見ると、枯れた木々と低い竹笹が笑っている。(親父さん、これから山は一斉に萌え上がる。弱音を吐いていると枯れてしまう。親父さんはそれでお似合いだけれど、私達はそうは行かない。今度来たらそれをお見せしますよ)。
その言葉にパワーを貰いながら来た道を引き返す。今週末は月末。来週は弥生3月。何時迄も凹んで無いで雄々しく逞しく力強く行きましょう。段差の大きい階段に足元を取られない様に歩いていた。
下の広場に降りて来る。デカイ樹が大きな枝葉を広げていた。又、来なはれ。いつでもウエルカム。老いて益々盛んな大木はスリムでした。来た時に走っていた青年が余裕綽々(しゃくしゃく)で降りて来る。恐れ入りました。
散歩コースの大木。今日も元気でありがとう。ピースでお腹を突き出していた。
お疲れでした。夫婦地蔵が久々のチャレンジに頭を下げている。(イエイエ、滅相も無い。お陰様で歩かせて頂きました。又、お願いします。)カメラを構えただけで失礼しました。今度、お供えを持参します。(盗られるし、腐るし、汚れるし、気持ちだけでよろし。)手をあわす謙虚さを忘れたらあきまへん。そう言われていた。
過ぎたるは及ばざるが如し。人の世もかくのごとし。丹誠込めて手入れされた老木に今年も立派な花が咲いている。老梅と侮るなかれ。(侮ってはいません)何時迄も何処迄も元気があれば何でも出来る。(アントニオ猪木)猪木コールは未だ健在?
今日はどれ位歩いたのかな?日の丸展望台迄は行かなかったけれど、約3、8キロの往復。パンツを引き上げながら歩いたけれど、お腹のマワシはマダマダ健在。体脂肪20%目指して頑張りなはれ。今なんぼですねん。内緒です。お疲れさまでした。
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