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2011年1月

2011年1月31日 (月)

夕日が夕日が  夕日がどうしたの?

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帰りの電車。何故か一杯。通勤客ではない遊びの帰り?
それもチョと違う感じの見慣れぬ顔が多い。
男より女性が多い。どの顔も携帯とにらめっこをしている。

始発駅でほぼ満席。流石につり革に下がる人はいないが、親父の指定席には座れない。先頭車両の一番前。運転手の後部座席。3人掛け。1人しか座っていない端に座る。この席は2人掛けのシートの時、1人で座っていたら途中で乗り込んで来たデカイ兄ちゃんが、体をゆらしながら狭いスペースに座られた事が在る。

「このやろう」とぶつぶつ言ったら開き直られ、引きずり出してやろうと思ったが、デカイ野郎で流石にそれは出来なかった。相手も何を思ったか写メを撮る。殴られるとでも思ったのだろうか?バカタレ

そんな嫌な思いをした席で、あの出来事以来、座っていない因縁の席。
座る所が無ければ仕方ないと腰を下ろし、前を見ると若い女性が親父の様子を窺っている。?と思いながら顔をよく見ると大して美人でもない。(オイオイ)
知らない人だったし、普通の人で無視する。(コラコラ)

普通でなければどうする?にっこりするかな?(気色悪ー)
鞄から眼鏡を取り出し何時も手放さない「レ、ミゼラブル」のページを開く。
読み直し2回目第4巻も最終章。

しかし、疲れを感じてすぐページを閉じ眼鏡も取り込んで眼をつぶる。
下車する駅は遠くはなかった。
電車を降りるとホームの向こうで夕日が爆発していた。

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こちらは朝日。親父はバスの運転手?残念でした。乗客です。最前列の珠に座れる一等席。昔、バスガイドのお姉さんがマイクを握ってニコニコしていました。
親父がやると半分眼を閉じている乗客が、固まるでしょう。止めて下さい。悪い冗談

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それではこれでどうだ。(どうだと言われても運転手がバックミラーに写ってるだけでしょう?)見えますか?見える訳が無い。言ってみただけ。そうです。愛想の無い運転手が発車オーライの時間待ちです。7:25分出発進行。駆け込み乗車に見切り発車。少し位待ってやっても。(それをやるときりがない)

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山茶花の花も今朝の寒さで機嫌が悪い。下の影は葉っぱが邪魔している。
大阪の寒さも今朝は一番の冷え込み。噴水の水は出していないが池の水も凍っている。
山茶花の花びらもドライフラワーです。悪戯をするには未だ満開の時が邪魔をする。

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堅い莟が舌を出して笑っている。「夕焼け、こやけの赤とんぼ、追われて来たのは何時の日か」酒を喰らいながらあざけりの眼をしていた輩は今は居ない。人の世の移ろいは糾える縄の如しと言われても、知る由もない。この固いつぼみも花びらを散らすときも遠く無い。何時迄も在ると思うな親と金。無いと思うな罪と罰。(古い)

そう古きを訪ねて新しきを知れ。古きを知らずして新しきを語るな。尤もらしい顔をして山茶花のつぼみに舌を出して笑われている。本当の意味で生きる事とは何かと問われれば「美しさ」でしょう。醜く生きるな。生きる術を知る事は美しく無ければ手にする事は出来ない。そんな言葉をささやいています。生きる事は美しきかな?

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2011年1月30日 (日)

風花が舞って寒い1日 それでも雪国の事を考えれば。

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夕日が眩しい。夏の日差しの様な明るさでも身を切る様な寒さです。雪は無くても少し足を山間部に踏み入れるとタイヤチェンが必要です。親父は運転をしなくなったがノーマルタイヤでチェンもせずに、雪の名神を走ったシビックの時が思い出される。

あの時は九州から帰りの時。途中から降り出した雪の道を渋滞の中を必死の思いでハンドルを握っていた。登り坂で止まった時の発進の怖さは忘れられない。もう一つはスカイラインで雪道の登りでタイヤがスリップして走れなくなった事。いずれもアクセルを踏み込まなかった事が正解だった。

年を取って身体と精神に衰えを感じてもハンドルを握る怖さは、事故の恐怖を考えれば是非は言う迄もないが、車社会の不便さを考えるとそうは行かないのかもしれない。それでも事故の恐怖を思い知ればハンドルは握れない。最近、高齢者の事故が増えているのは他人事では無い。

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青い空。枯れ葉を落とした枝先は寒風に揺さぶられる事も無く、静かに春の到来を待つ。後1月。2月過ぎると選抜が始まっている。関西の春は「選抜から」と言われるが球春の時は間近に迫っている。同時に春の統一地方選挙。国政選挙も重なるのだろうか?明日からの国会論戦はお粗末の一語に尽きるだろう。しかし、その後の戦い前の前哨戦と思えば見方は変わるかもしれない。これからの生活がかかる事を忘れるな。

そんな事を考えていたら野党は何故か審議拒否とか。与党政府は当然野党が審議を拒否しても予算の成立にタイムリミット(日程の制限)が在るので、単独審議を進めるだろう。対立は深まり抜き差しならぬ状態に成るかと思いきや、そうでも無い。

意見の違いを越えて国会の機能を発揮させないと民主主義の危機、国会論戦が信頼されなくなる。既にその役目は終えたと断定する人も少なく無い。衆議院、参議院、2院制の意義は無いとも言われている。立法府としての役目を失った時、その役割を何処に求めるのだろう。見方を変えると尤もらしく言われる民主主義とは、その程度の事なのか?違うだろう。多くの尊い命を犠牲にして勝ち得た平和と自由、平等、民主主義の社会が今、大きな転換期にある。

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スイスのダボスで賢人会議?ダボスまでご苦労様です。とんぼ返り?

スイスのダボス 昨年待望のスイスに連れて行ってもらった時、ダボスの地名を知る。毎年ここで行われる会議に世界の賢人?が招待されてスピーチをするけれど、どれだけの意味があるのだろう?意味は無い。在るのは自己満足。日本の総理も出席して官僚が書いた原稿を代読するのだろうが、前の総理もそうだったが間違いなく「アイアムソーリ」で終わるだけ。これほどの恥さらしは無い。言い過ぎ?そうでない事を願いたいがこの会議の意義が「自己満足」で在る事を考えた時、その代償は余りに大きい。間違いなく有権者の支持を失った総理が、国の代表として出来もしない事を声高々に宣言する事は、どういうつもりだろう。『貿易の自由化』有権者の合意どころか論議すら深まっていない事をどんなつもりで宣言するのだろう?

昨日、有明の堤防の工事で全ての財産を失ったドキュメンタリーを見る。その堤防の一部開門を裁判所から命じられて国はその指示に従うと総理は決断した。それは立派な政治判断と思いきや、地方の知事が声高に反対の言葉を口にしていた。同じ光景をダム工事中止の決定で目にする。「絶対反対」立場の違いは理解出来ても国の方針に異を唱える事は言葉だけではいかんともし難いだろう。そんな分かり切った事をマスコミのオバカは反対者の言葉を取り上げる。反対と賛成。異なる立場を仕切る判定が納得出来なくても裁判で決まった事迄も異議を唱えたら何も出来ない。

その事が問われている。多くの公共工事がそうである様に始めから結論ありきのデータを積み上げて、無駄な工事を進めた責任は誰も取れない。この国の財政が危機的状況だとしてもそれでも景気対策を求める人々は多い。景気対策。国に求めるな。自分達の知恵と痛みを分かち合う志が無ければ、これからは生きて行けない。賢人会議でどれだけの提言が出来るのか?お馬鹿なマスコミもそれくらいの報道すら出来ない。

来週から2月。小学校の学級会以下の国会で論議される事を少しは見聞きしてもらいたい。下品で人の人格を無視したレベルの低い論議が行われている。笑止千万。どれだけ多くの国民がしんどい思いをして生きているのか、爪の先にも知る由が無い。

今、問われている事。それは先の選挙で有権者が求めた「政権交代」です。政権が交代すればこれ迄の多くの問題にメスが入る。その事を期待された人達が自分達の無策に気付かず問題の先送りに終始していたら、失望と不信だけです。この事は親父の独断と偏見ではなく間違いの無い事実です。嘘でない事が証明されるときは目前です。

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2011年1月29日 (土)

止められない 止まらない 00煎餅(せんべい)

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煎餅(せんべい)? 要らないなと思いながら折角の思いも無視出来ないと1枚口にして様子が変わる。26枚が残り一枚となる。丹波黒大豆せんべい。黒豆の味が皮の味だけで何とも美味い。小麦粉、卵、砂糖とのバランスが何とも言えない。柔らかい。

コーヒーを入れる前に完食です。近くの兄と妹の写真のお礼です。仲良しの子供達。二人とも物心つく前から声を掛けていたので、どんなに二人の機嫌が悪くても親父の顔を見るとニコニコです。ふてくされていると何を言われるか分からない事を、理解しているのでしょう。今度はおせんべいのお礼をしないと駄目だな。

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梅ではない。桜だよ。桜。早咲きの10月桜。フラッシュをたいているので綺麗に見えるが、流石にこの寒空に身をちじこませている。親父は久し振りに歩いて体のきしみを感じたが、桜はこの寒さに震え上がっていた。もう1月しないと喜びの時は無い

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日の入りの時はだんだん遅くなっているが閉門の時は間近い。今日は人っ子一人居ないが、整然と並んだ礎石も春の時を心待ちにしている。春の時は遠くない。その前に越えなければいけない厳しい寒さの時があるが、今年は予想以上に寒いかもしれない

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しだれ桜も目一杯の莟を堅くしている。まだまだ、まだまだと息を潜めながら様子を窺っている。(親父さん、お腹だから許せるけれど心迄いくじを無くしたら駄目だよ)そう慰められている。そう、気持ちだけは雄々しく美しく優しくね。無理だな。

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土佐水木(とさみずき)の莟が笑っている。後ろの水の流れは無いが開花の時も暖かさを心待ちにしている。人の思いも一筋縄では行かないけれど、今年の寒さもそんな気がする。それでも嬉しい事はこの寒さに負けずに来てくれた事。親父さん、今年はきっと積年の思いが叶うよとささやいて呉れている。ありがとう。貴方のお陰です。

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花見の時はジャスト、モーメント、プリーズ。後2月です。親父の間抜けなピント合わせが後ろの枝を捕えているのが、何とも優しい。まだまだ寒い日が続くけれど、春はそこ迄近づいているのかもしれない。大阪の寒さも明日がピークです。(今回はね)

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葉牡丹はピースの絵文字から1と0を表している。1と0。意味が分かりますか?
意味は何もありません。唯、淡々と生きる。それだけです。己の姿は中々見えない。その形を表しているのだろう。勇ましさの後に見える物。それはいびつな0かもしれない。これから満ち足りた生き方をするにはそんな思いも求められている。

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不忍(しのばず)の恋

ああ 一途な女です 日本の女です。
みんなに古いと 笑われるけど
忍ぶ忍ばず あなたが好きで
命を捨てても いいほどに
(堀内 孝雄)

散歩コースのお地蔵さん。立ち止まって堀内孝雄の歌を聴かせていたら、母地蔵がこけていた。そう。堀内さん、身勝手な歌は止めて下さい。今日日(きょうび)中々そんな女性はいません。おっしゃる通りです。

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昨日、梅田のデパ地下で買ったお気に入りの稲荷。そう、昨年10月梅田のホテルで食ったジャンボ稲荷2個と小稲荷3個です。これは安くてお勧めです。と言われても売り場が分からない。大阪は安くて旨いものは少なく無い。その中でも稲荷寿司はごまかしが効かない。ジャンボ稲荷は懐かしい味。小稲荷は恋なりの味。若い。

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寒さも明日が一つの区切り。 新年も一月が終わり。

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今朝の朝食はモーニング。(コ−ヒーとトースト2枚。小鉢サラダとゆで卵)

床屋に行って昼はお弁当。(良く食うなー)

昼から部屋でテレビを見ていると競馬中継が始まらない。

京都競馬場が降雪中止と思いきや、放送時間が短縮されている。

競馬番組も視聴率が下がり、スポンサーが付かないのだろうか?

競馬は国営のギャンブル。公共の放送で競馬は無いと言われても、このパターンは長い間続いている。そのパターンが競馬予想専門誌のスポンサーが無くなり崩れる。その理由は分からない。解説が聞きづらい。今迄のメンバーはどうなったのだろう?

中継放送局も変わる。解説者もアナウンサー、アシスタントも替わる。これは何かが変化している。その事実、裏話は分かり次第教えて下さい。実況中継は変わらない。新メンバーの放送は当然、ぎこちない。

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2011年1月28日 (金)

富山は遠く 伊丹は近く でもその内必ず行くから

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春は名のみの風の寒さや。富山は微睡み(まどろみ)の中で消えていた。唯、行って雪を見てブリ大根食って帰るのでは勿体ないとか、ブレザー買わなかったのでどうだとか、自分で口実を考えながら納得していた。意気地なし。しかし口実も尤もかも。

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寒梅を見ながら別の事を考えていた。伊丹の城、なんで有明に城?何で有り?そんな馬鹿な事が気になり出掛ける事にした。偉い。と言うよりアホ。近くの神社で神主に話しかけると予想通りそんな顔をしていた。行くしか無い。盆栽の紅梅が笑っていた。

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伊丹城を攻略した荒木村重は信長から有岡城名を拝命する。以後この城は有岡と呼ばれる。しかし城主村重に信長から謀反の疑いをかけられ反旗をひるがえす。その知らせを聞いた信長は怒り総攻撃を命じる。それでも当時信長は他にも抵抗勢力に手を焼いていた。

その窮地を救うため信長の家臣秀吉の軍師、黒田勘兵衛が単身この城に乗り込む。勘兵衛には絶対の自信があったのだろう。「なんとしても話せば分かると」常識的に考えて信長には逆らえない。冷静に考えると自明の論理。それでも村重は考えを変えなかった。勘兵衛は牢に閉じ込められる。城が落城する迄1年間、生死不明となる。

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城跡はその後、廃城となり今は当時の面影を知る由もない。今は高い建物があるがこの岡から見えた生駒、葛城、池田、能勢、宝塚、六甲、芦屋、須磨の山々と近くを流れる川は、月が美しく見える場所としても有名だった。有岡城の由来も其処からとも言われるが、信長からの拝命を考えると在岡の地名と考えた方が理解出来る。

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城跡は明治27年に国鉄の福知山線開通と共に天守閣の東側を削られる。
残った西側の岡もこの通り。今はロープが張られて侵入禁止。但し子供だけ。大人は自己責任。簡単に乗り越えられる。子供も超えられるが流石に遊び場所としては危険。突き落とされたら軽い怪我では済まない。結構の高さがある。

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右側が天守閣跡。左の堀の方が深い。画像では見えない。山城でない平野の中で1年近く持ち堪えた頑丈な城も城主村重の逃亡で幕を下ろす。逃げた理由は定かでないが、盟友勘兵衛の言葉通り信長の圧力は、恐れ以外の何物でもなかったのだろう。

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天守閣跡の銘盤も今は眼に留める人も少ない。親父も長い間知らなかったこの城跡の場所。この地に立つと村重の想い、盟友勘兵衛の軍師としての戦略、戦国の世の習い、武士として人として戦国の世を生きた人の思いが込み上げて来る。そして今回、埋蔵文化財、発掘調査、関係者の苦労を知る。今迄知らなかった歴史の一面を知る。

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石組みを見ていると当時がしのばれると言いたい処ですが、これは発掘調査の跡、公園として整備の時、組まれた物でしょう。さすが親父。お目が高い。石が新しい。

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公園の登り口。空だけは昔のまま。雲白く有史悲しむ。村重の凛々しい勇姿はこの城を抜け出す時には無い。手にしていたと言われる茶器はどんな思いで抱えていたのだろう。哀れと言うには誠に哀れ。

しかし、信長の逆鱗にふれ京都三条河原で打ち首とされた妻や子の思いが、本能寺の光秀の謀反に繋がる。そんな歴史も晴れた空には微塵も感じられない。村重はその後尼崎の城に逃げ、その城も追撃に遭い落城するも本人は広島安芸に逃げ、信長亡き後秀吉に堺に安住の地を与えられる。戦国の世も現在もしぶとい奴は生き残る。

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尼崎の城。しかしこの城跡は村重が逃げた城ではない。当時の城跡は今は残っていない。信長の軍勢に攻められた時跡形も無く潰されたのかもしれない。この城跡は徳川の時代、尼崎に造られた物。この城は今でも模型が綺麗に残っているが、城跡は何も無い。この画像は通りからこのように見えるだけ。城跡は公園として整備の計画が有るだけで工事は進んでいない。

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この画像は隣接の図書館のロビーから。工事の現状が良く分かる。しかし現状は固定化され有効な活用は先延ばしになっている。何と言ってもこれだけの公共の土地の有効活用は難しいのだろう。私有地ならディベロッパーのマンション建設だろうが、何を造るのかが難しい。公園の予定と言われていたが広過ぎる。

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新旧の建物が背比べをしている。高さを比べるとその差は歴然でも歴史を語れば比べ物にならない。赤煉瓦の倉庫が役目を終えるのはそう先の事ではないが、それ迄はどんな表情を見せてくれるのだろう。

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石に書き込まれている文字はよく見えないけれど、拡大すると「尼崎城址公園」の文字が見える。しかし、公園とは名のみ。何も無い。お奨めは図書館。でもよそ者は中々難しい。一番のお奨めは東に徒歩10分。入館料は無料の尼崎市立の文化財収蔵庫です。昭和の初めに建てられた校舎を利用した施設は一見です。

帰りは阪神電車神戸線で懐かしい電車に乗る。親父が大阪に来て始めて利用した野田の駅は、急行で一駅、淀川を渡ると期待と不安に胸を膨らませ、2年間通った会社が見えて来る。当時は高い建物だったが今は高いビル群に囲まれている。

その後、2年間配属の部門がアメリカの会社と合弁の会社を作り、近くの2階屋の大阪空襲に耐えた汚いビルに移る。そこで6年。(営業2年、工場4年)。よく頑張りましたなあ。と言うより耐えたと言える。今、我々団塊の世代の生き方が批判されるが、この国が経済大国と成れたのは当時の人達の懸命の働きであったに違いない。

高度成長の時代はこの後、4年続き会社は京都と大阪の境に壮大な工場を建設する。あれから40年。高度成長のバブルが弾けて20年。このまま国の財政破綻が続けば5年で間違いなく、経済は立ち行かなくなると言われても、その深刻さを窺い知る事は出来ない。

楽観的と言われてもそうはならない気がする。その前に間違いなくおばかな政権は内部分解と有権者のレッドカードを突きつけられるに違いない。深刻な歳入不足の解消には痛みを分かち合うしか無いと言われても、信頼と説得力の無い話は村重と信長の歴史に学んだ賢さが無いと痛感する。歴史に学べ。歴史を知らずして明日を語るな。

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2011年1月27日 (木)

待望のよもぎ餅 でも食い過ぎです

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よもぎ餅2個頂きました。ごちそうさまです。食い過ぎ。きんつばも2個。(オイオイ)お腹がパンクしちゃうよ。流石にヤバいと思ってキムチの残りを完食。間違いなくお腹が膨れて動けなくなるよ。

そう今日カウンターでカレーを食う前にコートの前を広げたらチョッキがめくれてカッターシャツが出ていました。アチャー。どないしはりますねん。どうもしません。腹が出れば凹ませれば良い。それが出来なければとどのつまりです。

そう、あのトドと同じ体型になって醜くなるだけです。しかし貴方、侮るなかれ。トドの精力。トドは人間様が思う程無様では無い。無様な姿は親父です。年老いて何時迄も若いと思っていると、とんでもおまへんえ。おっしやる通りでおます。

明日の富山は腰が引けています。恐らく行かないでしょう。本当は自分の眼で見るのが一番ですが、雪国の日常の困難を思う時、何の心配の無い物見遊山は失礼です。観光ではなく何かを為す旅でなければ、今回は止めなさいと言われている。(うそ)

中西君、有岡(伊丹)城 荒木村重の信長への謀反 時代背景を調べて見ました。信長が天下を武力で制すと宣言し、その戦いに明け暮れていた時、村重は摂津の国(今の大阪)の大将でありながら信長には勝てない豪族だったのでしょう。

それ故に信長に仕え、誇り高く、粗忽な信長に反逆せざるを得なかったのでしょう。時代が彼の生き様をもてあそび、彼も又、信長ではない権力者を頼る道を選択したのでしょう。哀れであり同情の余地もあり、信長亡き後秀吉に助けられたのでしょう。今日も意外に同様の哀れな出来事は少なく無いかもしれません。

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日本の危機? その前にアンタの危機です。

全く民意とやらを理解していない国会の論戦が始まる。
何も期待していないと言うには余りに情けない現状。
今の世情は世界の激流から隔離されていた江戸時代末期、黒船来航の世と重なる部分が多いのかもしれない。かくいう親父も当時のお粗末な政治経済、武家社会を知らない。
武家社会。厳しい身分制度。一見平和で統制の取れた社会も一皮めくれば、封建的で改革の気風が抑圧されていたのだろう。武家社会と一口で言われても身分的には一番上と言われても、武士の世界も上から下迄様々であったのだろう。

時代は変わって平和で民主的な国の形に変わっても、根本的な豊かさとは多くの人が言われる様な物でない事が、この歳になると良く見えて来る。今、この国は江戸時代にも経験した事の無い長寿、平等、福祉の国となっても人々の生活は多くの矛盾をはらんでいる

1日も早い問題解決の取り組み。そんな賢さが無い人々がこの国を支えている?違う。支えているのは税金を曲がりなりにも払っている人。税金も払わずに多くの事を語る人にその資格は無い。

国会の論戦が始まり何でも有りの感がこれから一層強くなる。小学生の学級会以下の論戦に期待する事は何も無い。1日も早く予算を通し国会を解散しシロクロをはっきりしなければこの閉塞感の打破は無いだろう。

白黒?何ですか?その課題とは?国の財政、国の財布をどうするかです。このまま景気対策、高齢者対策、福祉の名の下に、国債を歳入の半分近く発行して借金を子や孫の時代に付け回すのか?それとも支出を切り詰め歳入の増加を計るのか?

平成の改革とか多くの言葉が踊ってもこのままでは何も変わる事は無い。多くの人が多くの言葉を語ってもそれが自分達の問題とは、爪の先にも感じていないのだろう。この国の危機を語る前にアンタの危機を実感しなければ、生き残りは難しい。

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近くの商店街の活況が絶えて久しい。
日本各地の商店街も例外ではない。その対策を教えて下さい?
その例外のお店がこの商店街にもある。決して楽観出来る状況ではないが顧客層を絞り、店員も年寄りばかり(ベテラン)。お店に来た人が何を求めているのか?
一目で分かれば勝負は決まったも同然でしょう。

その自明の論理が疎かにされ、先の展望が開けなければシャッター通りも必然です。それでも多種多様の人々の求める価値の見定めは容易ではないでしょう。
親父も今日待望のブレーザーを取り寄せて貰いましたが、お気に入りの柄とは違い、寸法的にも余裕が有り商売成立とはなりませんでした。そんなもんです。

その積み重ねでお気に入りの物があれば大概、買ってもらえるのでしょう。
物が売れない時代、物が買えない時代、人、物、金の流れはごまかしが効きません。一時的に安物外に人の心が動いても、物の価値が明確であれば金(お足)はなんとか付いて廻る事をなめてはあきまへん。

この街の商店街の生き残りは、世代交代と厳しい消費者の軽い財布に振り回されています。近くにあるインスタントラーメン館の絶え間ない人の流れを分析すれば、活路は開けるでしょう。近くには親父の散歩コース、城跡公園もあります。

大事な事は人の流れを変える事でしょう。今、無理にそんな事をしなくても、良い物が手軽な値段(自分のお財布。人の財布では無い。)で買えれば少し位の遠回りも苦にしない人も少なくありません。この商店街の活況は容易ではなくても発想の転換です。政治の世界もこの国の多くの問題も信頼感です。信なくば立たず。その言葉を大事にしなければ春の選挙は大敗北間違い無しです。(人の事より自分の事は?)

だから親父さん、アンタの打開策は?それは内緒です。人はそれどれ胸に秘めた物を軽々しく言うものではありません。なーに、それ程の物でも有りません。聞きたければいつでもどうぞ。これからお昼です。では又、見て下さい。

自分の事。それは間違いなくこれから10年の生活設計でしょう。このままでは間違いなくの野たれ死にでしょう。オーマイゴッド。(馬鹿たれ日本語で言え。)日本語に適当な言葉が無い。なんでだろう?この国の多くの人に宗教心が無いからだろうか?

そうではない。長い間の生き方がそうしているのでしょう。自業自得と言う言葉がある。外国人にはそんな自虐的言葉は無いのだろう。本当にこの国の人達は(親父もそうだが)東洋の悟りの言葉を無意識の内に内包(体の中に包み込む)している。

日頃はおとなしい人が些細な事で感情をコントロール出来なくなるのも、そんな心のの発露(心中をさらけ出す。ほとばしる心、感情の有り様)かもしれない。そんな人間はこの国の人達だけかと思いきや最近はそうでも無いらしい。自分を守る為ならピストルの所持を法律で認めているアメリカ。価値観の違いは大きく違ってもアメリカ人を観る眼は民主主義の国?冗談ではない。西部開拓史の時代と大差はない。

野タレ死に。この言葉も最近人事(人ごと)の様に使われる。自分の身の廻りにそんな人を多く見ても身につまされる事も無いのはどうしてだろう? 自分は違うと思わないととても安心して生きて行く事が出来ないのだろう。その反面教師の生き様を学ばなければ当事者になる可能性大だとしても。

そんなこんなで親父の再生は健康です。猪木は「元気があれば何でも出来る。』と声高々に叫びますが、何時迄もプロレスが出来ない様に鍛え上げられた肉体にも、衰えの時は容赦ありません。しかし、これからの高齢者が生きる道は「元気で生きる」これしかありません。元気で生きる。五体満足の体にどれだけの人が感謝しているか?その事を考える人はそれだけでも幸せでしょう。今年は昨年以上に元気で鉄路の見果てぬ夢を叶えたい。そう思っています。(他に無いの?)一杯あるけど内緒です。

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2011年1月26日 (水)

月がとっても青いから遠回りして帰ろう。

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朝日の昇る前、駅のホームの西の空にくっきりとお月さんが残っている。
これだけきっちりと見れるのも何かの啓示(rebelation)。...真理、常識では理解し得ない不可思議な出来事。さり気なく気高くそして雄々しく行こうとささやいている。

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御光が昇る。日の入りの時はどんなに輝いても一瞬で暗くなる。反対に日の出は一気に明るくなる。大寒の時は過ぎ来週の明日は立春。それでもこれからが一番寒くなる。その時背中を丸めて歩くのではなく、大股でガニ股で胸を張って歩こう。

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地面近くにさり気なく花びらを広げてこれからは色あせる。中々ピントも合ってくれないがそれは親父さんの所為でしょうと笑っている。滴る様な色香を見せながら又、来年です。人の一生もそうありたい。(親父さんは無理です。)何故?

(言葉が多過ぎる。)さよか。それは言われる迄もない。若い頃はあれほど訥弁(とつべん)だったのに。(信じられない)そう。今程喋れたら人生変わっていたに違いない。(親父さん、これからでも遅くない。しゃべくりなんとかになりなはれ。)了解です。(そのかわり口先だけは止めて下さい。言うは易し、行うは難し。お忘れなく。)

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明日から4日の休み。仕事の帰りに伊丹で飯を食う。JR東西線。今でもこの路線は何処から何処迄か分からないが、宝塚から乗り込み伊丹で降りる。この先で大きな鉄道事故があり尊い人命が108人も失われるが、その悲惨な事故の記憶は段々、薄れている。有岡城址と言われても分かる人は少ない。伊丹城址。この城に黒田勘兵衛が幽閉(地下牢に入れられる)されるが信長の城攻めで救出される。

この城は信長に攻められる迄は西国と畿内の要衝であった。落城の後、廃城となり城の無い城下町として江戸時代発達する。伊丹はお酒や商人の町として繁栄する。今でも伊丹空港は国の内外の航空路として利用され廃止は難しい。

関西の地盤沈下が叫ばれて久しい。今年の5月には大阪駅がリニューアルオープンするが、知事や関西の経済界が言う様な活力は難しい。理由は一つ。関西の役割が何なのか?今ひとつ明確にならない。関西連合とか言われても意味ないでしょう。

大阪の無様な姿はビジョン無き都市開発に尽きる。それでも大阪駅の北ヤードの変貌は眼を見張る。これだけの投資がどれだけの経済効果をもたらすかは、次の世代の課題かもしれない。好むと好まざるとに関わらず住み難い街となるのは間違いない。

伊丹の街で食事の後、1人で美味いコーヒーとチーズケーキを口にする。前に来たのはクリスマスイブの時。月1回の遠回り。最初の時写真を撮らせてくれたマスター?に新調の眼鏡を自慢する。さり気ない会話。帰りの道はラッシュと重なり電車は満員。何時も空いている電車にしか乗らない親父には最悪です。

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空は青いがこの画像は遠景を拡大したもの。完全なピンぼけです。

明日から寒くなります。明日はお気に入りのブレザーが袖を通せるかも。

今は体型が変わって着れなくなったブレザーはサイズ拡大で着れるかも。

長い間、ジャンバーとコートで過ごして来た生活も少しは変わるかな?

パソコンの変換が英数優先になっていましたが、何処かのキーを触ったのかな?

設定を全てクリヤーにしてみました。今の処okです。

寒さに負けずに頑張りましょう。体に気をつけて。

親父は明後日、富山に行く予定です。久し振りに身の丈以上の雪が見れるかな?。

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2011年1月25日 (火)

メタボな体型を変えよう なめたらあかん 人生なめずにこれなめよう

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(親父さん、それパクリ それに人生なめている そない甘いもんやおまへんえ)
山茶花のつぼみが舌を出して笑っている。山茶花も先発隊が開花の時を過ぎ、親父さんと同じ腹を出している。意味分からん?ではお見せします。

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どんなに綺麗な花びらも盛りを過ぎると後は落花のみ。親父さんも人生に終わりが有る事をようやく気付きはりましたか?人生なめたらあかんと言うよりなめ過ぎ。今更手遅れですが腹のたるみは何とかなるでしょう。なりますか? これをなめたらあきまへん。

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日本海側は雪。大阪北摂、兵庫県南はご覧の通りの青空。今日は寒かった。明日はもっと寒い。多くの人が多くの言葉で多くの事を語るが(親父の決めセリフ)、実際は知らない土地の知らない現実は語る事は出来ない。雪国の画像を取り込まなければいけない。日銀迄もが景気は回復基調?景気はマクロのみで語るな。(意味分からん)全体像でもない。統計数字?これもどうかな?ミクロ(雇用、スーパー売り上げ)が余りにも悪過ぎる。何処を見ているのだろう。政治家とお役人。青空と雪国の空。どっちを見ているのだろう?決まっているやおまへんか。お分かりか。

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残念 ピンぼけです。しかし、それが何とも言えまへん ピンクの花が多くなり白は残り少なくなりました。それでもよく見ると葉っぱの緑がうっすらとにじんでいる。てっぺんの薄紅はピンクの花びらの片割れかな?違うかな?

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2011年1月24日 (月)

今以上 これ以上 社会は異能を求めている?

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閉塞感の強い社会。未来予測、未来感覚が乏しいと言われて久しい。その才覚がある人も変わり者として相手にされない。その厳しい現実を乗り越えて行く支援者の輪はバラバラで繋がりは言う迄もなく、成功の可能性は殆ど無い。

その時の流れは静かに時として奈落の底に突き落とされるが、間違いなくこれからは人とは違うやり方、考え方、行いが求められる。それでも注目される革新的な発明発見は簡単ではないだろう。これから求められる事は人との協調性だから。今迄も。これからも?

この国の最大公約数は一番は何と言っても「人との協調性」。仲間と仲良く出来ない輩は都会でも田舎でも相手にされない。例外はどんなに面白くなくても役に立てる事。自分の為に何か出来る人は大事なパートナーに違いない。どんなに鼻つまみでもそんなもんでしょう。反対にどんなに仲良しでも自分に取って役に立たなければ、何時かはお払い箱入りでしょう。(違う?)そんなもんですよ。世の中は。

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池田呉服神社境内の恵美寿さん。「商売繁盛で酒持て来い」つぶやきの言葉でささは笹では無くて酒だと教えて貰ったが、実感は笹の気がする。笹を持ってもう少し真摯な思いで頭を下げないと、景気回復は無いだろう。景気回復は選挙が済んでからの話になる。(親父さん、話が難しいと言われる。)これほど単純な話は無いと思うけれど。いやーそんな話と違う。意味が違うと言う事か?

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今夜は医療保険の見直しをする前に、最近足が遠のいていた喫茶店でシーフードピラフを久し振りに食う。本当に久し振り。間違いなく半年以上口にしていなかった。殆ど毎日の様に口にしていたのが、不思議な日常だった気がする。考えて見ると味が問題だったのではなく、1日の区切りを付けていたのだろう。

そんな生活に区切りをつけたのは「狭い空間」「程度の低い常連の振る舞い」店の雰囲気が合わなくなっていた。その店で食ったピラフの味は変わらなかったが進歩も無かった。又、暫く足を踏み入れる事も無くなるだろう。客層は変わっていた。

そんな食事をしていたので今夜の食事は名古屋の味噌煮込みうどん。椎茸とキャベツを刻んでいるが味は最高。別虎の焼きカマボコも入っているし文句無しに美味い。腰のある硬めのめんと八丁味噌入りのオリジナルスープ、これは看板に偽り無しです。

キャベツと椎茸の細切れも何とも言えない味を出しています。名城食品カクキューお試しあれ。太鼓判です。

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鍋の残り これで完食です。(食い過ぎ)イエイエこれでは終わりません。イカイカポッパの輪切りがありました。モヤシの残りと炒めです。(それも食ったの?)

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美味そう。でも盛り付けが汚い。そうです。フライパンから小さい皿に落としただけです。お見せ出来る姿ではありません。お見せしたのはイカポッポとモヤシ炒めの相性の良さです。これは間違いなくキャベツや他の野菜にも合うでしょう。

では又明日。休養充分。肩の力を抜いて行きましょう。

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のんびりしています 穏やかな平日です

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近くの神社。 併設の保育園。 賢い子供に声をかけられる 元気で大きくなれよ。
子供手当 子育て支援 幼保合体? 待機児童の解消 多くの社会的お粗末な施策、行政が利権優先でそのしわ寄せが子供達、弱い世代にのしかかっている。
少し考えれると分かる矛盾の原因は皮肉にも、この国の政治、行政の実態とも言える。政治に関心があるのは一部の利権を持っている業界、組織ではどもならん。

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呉服神社。中国伝来の呉服(機織り、つむぎ)技術をこの地に伝承した綾、織姫を祀る。今は何気なく手にしている衣料品も、昔は神様の使いとして崇められた事も今は知る由もない。呉服の意味も織り、紬(つむぎ)の意味も知る人は少ない。

呉服の言葉も何となく分かる?機織り、機紬のこの言葉も完全に過去の遺物、言葉となっている。しかし良く考えて見ると、現代人(親父達)は本当に衣食住足りて、礼節を知っているのだろうか?金さえあれば何でも手に入れられると思っているのだろうか?とんでもない。ろくな生活すら出来ていない。その事もこれから問われるに違いない。

礼節?言葉の意味も分からんだろう。礼儀は分かるにしても作法は失われ、知る由もなければ罰が当たる事も教えられていない。罰が当たる?そんな生き方が出来なくても神仏に手を合わせる。この国の季節毎の行事が、その歴史と伝統に育まれている事も否定するのだろう。今に見てろ。その代償は計り知れない。(こらこら、アンタは違うのでは?)

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良い物を見せて頂きました。左に傾いた大木の根元をしっかりと根っこが巻き付いている。この樹が長い間生き抜いた生命力は、この程度ではないだろうが新年早々良い物を見せて頂きました。地に足を着けるのではなく幹に根っこを巻き付ける。心に迷いが生じた時、この画像を教えて呉れている無言の教訓を忘れてはならない。

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瘤(こぶ)。これも凄いよね。感動です。よく見ると多くの思いが込み上げて来る。綺麗な木肌に食いついてこれでもかと自己主張している姿は本当に醜い。しかし、それにも負けないこの木肌の生命力。人はこの姿を見て何を感じるのだろう?

良く反面教師とか人の振り見て我が振り直せとか、色んな事が言われるけれど、人が人らしく生きて行く事は、結構醜い物と感じる人は少ない。最近痛切に感じるアイドル思考(親父もあるけれど)。ゴルフとか野球の新人に多くの人がつめかけるのも、自分の生き方が余りに平凡故の反動かもしれない。当人にとって迷惑な話だけれど。

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本当は人は1人では生きて行けないのだろう? 人は多くの人を犠牲にして生きているのかもしれない。「俺が俺がの考えを捨てて謙虚な生き方をしなさい」と言われて久しいが、そんなもっともな言葉を口にしていた人も今はくたばっているに違いない。(コラコラ)。

 埃(ほこり)に塗れ(まみれ)緑ゴケをうっすらまといなが青空を背にしている大木も、後ろの樹に背を支えられている感がする。実際は交差しているだけ。人の生き方ってその程度の物ですよ。その程度と思えば多くの悩みがちっぽけに見えて来る。

政治と金とか景気対策とか雇用の問題とか多くの言葉を並べても、主権者の冷めた見方に気付かない政治感覚は、今日の大した買い物も出来ない世相と大差ない。今日、久し振りに買い求めた経済新聞の「春秋」の言葉も噛み締め無ければならない。

明治の文明開花と世の中が浮かれた時、明治政府を批判した幸徳秋水は天皇殺害を企てた首謀者として処刑された。今日がその命日。このコラムで改めて紹介されなければ親父とて知らなかった。世に言う「大逆事件」知らんでしょう。

この事件は日本が戦争に負けて歴史の見直しが行われ、当局のでっち上げだったとの見方が定着したとコラムではコメントされている。当局?今の検察か?法と証拠に基づいてと言われても、真実の追求はマスコミが言う程簡単ではない。えん罪。思想弾圧。この国の在り方の根幹を考えて見る事も大事な事だろう。

政治と金の問題を口にする時、それくらいの事も考えてみろ。男の女の関係同様、イヤそれ以上に厳しい現実をこれからせいじの世界でも思い知るのだろう。既成政党の政権交代と言われる時代は過去の遺物かもしれない。関係ない?そうはいきまへん。

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2011年1月23日 (日)

自分の名前 自分の存在感 自分探しの道標(みちしるべ)

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これからの生き方を考えなければいけない。そんな事を考えながら上の樹を眺めていると名前が気になる。それが昨日の一枚。今日の一枚。何時迄も同じ生き方が出来るとタカを括っていると大間違い。上の解(わか)らなかった樹の名前もそんな感じがする。

北米原産の落葉高木。日本名「紅葉楓」とはふざけてないか?。そんな事を考えもしないで写真を撮っていると知らないおっさんに声をかけられる。樹に興味がある人に親近感を感じると言われても人の思いは様々。一概には言えない。親しげに声をかけるな。(オイオイ)

景気の低迷で新卒者の就職内定率が低いと言われるが、これからの雇用の実態を考えると新卒者だけでは無い。働き盛りの40代、50代の職場にリストラの嵐が吹き荒れている。親父達は年金で生活をしろ?企業の活力は失われ雇用の現実は非情に厳しい。景気回復とは余りに違う世相に背を向けて3猿?(見猿、聞か猿。言わ猿)

昨日、ユーチューブの番組でこの国の某業界の実態を伝えていたが、製造業の低迷は報道の実態を遥かに超える。監督官庁のチエックどころか行政の天下り、癒着が進むばかりではない。天下の公共放送は事実を伝えずその弊害が大きくなっても、自己責任の言い逃れしか出来ないのだろう。自己責任を錦の御旗にするのなら、政治と金の問題追求程でたらめは無い。

幸いに親父は地獄を見てその道ときっぱり縁を切ったが、未だに抜け出せない人も少なく無い。大阪の西成、東京の山谷は親父達が若い頃ドヤ街と言われたが、今はその面影すら窺う事は出来ない。それでも「貧困」と言う現実は他人事ではない。

お間抜けな政治家と金融、行政の担当は「景気の先行きに明るさが見える」とか言われるがそれも一部の断面、多くの人が豊かに暮らせる現実はこれ迄も、これからも来る事は無いだろう。それでも懸命に生きる。その言葉の重みを噛みしめるならば、テレビの芸能(芸無う)人のオチャラケに付き合う事は何も無い。

これからは生き方を変えよう。そんな歳になって来た。それだけの惨めな想いもして来た。これからも今まで通りの生き方が出来ると思っていた事が、間違いだったと気が付けば違った道を歩けるに違いない。「僕の前に道はない。僕の後ろに道は出来る」高村光太郎 その言葉の意味をこれから問われている。

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まあ、そんな難しい話はそんな処で親父手製のぶり大根。やりました。氷見のぶりと紀文のじっくり煮込んだ極厚大根の合体。本当は大根の味付けからやりたかったのですが素人の浅はかさ。手抜きです。

それでもちんちんに熱したアルミの鍋に大根を汁から入れて、再び沸騰したらブリの切り身を落とす。味付けはいりこ出汁の顆粒と濃い口醤油大さじ適量。これで出来上がり。氷見のブリは切り身一切れ550円、紀文の極厚大根は190円。これに生姜(しょうが)の千切りかゆずの皮を落とせば文句無しでしょう。

もう一枚で美味しい魚と大根のお味をご覧あれ。

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氷見(富山湾の付け根の街)大阪からどれ位掛かるのかな。調べてみよう。

特急サンダーバードで3時間と少々。琵琶湖の湖西を抜けて敦賀迄は行ったがそこから1時間位かな。車で高山から富山に出た事はあるが雪のこの道は今では走り抜ける精力が無いだろう。この油ギラギラの汁はそんな思いをいたわってくれる。

富山の薬売りは今では全国至る所のドラッグストアーに取って代わられ、往時の賑わいも無いが人の体は置き薬の効果を忘れてはいない。親父の下痢は正露丸、頭痛はバッファリン(これは置き薬と違うな)咳に龍角散。そんな頃だす。

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2011年1月22日 (土)

寒さも一服 でもつかの間の喜びかも 北国の積雪を考えると  

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歯医者の帰りに道ばたの南天 上の奥歯が入れ歯になったが殆ど外している。入れ歯デビューしてもこんなんで良いのかなと思えるくらい、先生はのんびり構えている。「入れ歯はストレスが掛かるから無理に入れなくても良い」今は留めが緩くて簡単に外れるが、その内かっちりと留まるのかな。今は駄目になった歯が歯茎を腫らしている。皆さん、歯は命。ご注意あれ。なんてね。南天。上手い。座布団一枚。

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以前紹介した宝塚歌劇場裏の堰。電車の中から撮った割には良く撮れている。穏やかな天気。雲も無く快晴。春はそこ迄と思いきやノンノンノン。これからが正念場です。フランスの経済学者ジャック、アタリ師がこの国の財政が危機的状況と解説しているが、この国の財政を心配する前にヨーロッパ通貨ユーロの心配をすべきだろう。

これからアメリカドルの国際通貨が世界の通貨の基軸で無くなると言われても、その前にユーロの信頼度を建て直さなければ、フランス経済も人事では無くなるだろう。多くの人には殆ど理解されていない通貨の問題、この事も今年はこの国の経済を大きく左右する事だろう。通貨の勉強もしないと景気対策は語れない。

それでもジャック、アタリではなくハズレにならないだろうか?(うまい)。この人の本を以前期待して読んだけれどデータ量は凄いけれど、結果論が多いと感じた。そう競馬の解説と同じ。データがどんなに多くてもデータ通りにはならない事は結果が証明している。

この国の財政再建を叫ぶ多くの人に欠けている事。それは支出をカットして税金を取る事。この両方が出来なくて消費税を上げる?アホか。今に見てろ、今度の選挙でこんなオバカは打ち首。落選間違いない。当選するのは舌を出して笑っている。

それくらいの事が分からんのか。(親父さん、鴨 長明 行く川の流れはなんでしったけ。行く川の水は絶えずしてもとの水にあらず。流れに浮かぶ泡沫はかつ消えかつ結びて、久しく留まりたる試し無し。)川が逆流している。まさか。そうまさかです。ホンマにこの国の行く末 大丈夫でっしゃろか?

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寒風も今日は無風 桜の莟(つぼみ)も流石に固く身を閉じているけれど、開花の時どんな世界を見るのだろう。「お願いします」「お願いします」「この国を良くする000に清き一票お願いします」騒々しいスピーカーの音に静寂の時をぶち破られているのだろう。

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この国は何時からこんな間抜けな国になったのだろうか? そんな不届き千万(けしからん)事を考えていると、目前に桜の新芽が突き出している。嘘でしょう。うそでーす。こんな寒い時に芽を出すと開花の時迄持ちません。デジカメの悪戯でした。

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マンサク科の落葉樹 圭作は実らなかったけれど満作はどうだろう?その満作ではない。豊年満作。そう今年は立派なコルクを飛ばしてシャンペンを飲みたいね。紅葉の時、どんな顔をしてどんな所でどんな人と祝杯をあげているかな。

これから世界の名峰 マッターホルンの登頂物語が始まります。あの見上げた山を登ると聞いただけでゾクゾクとしてきます。これから始まります。メタボな親父にはとても真似の出来る事ではありません。

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2011年1月21日 (金)

寒さも一段落 明日は小春日和?

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仕事場に行く道 気持ちの良い朝日が見れる 今日は朝日が浮き雲に輝いている。こんな日が今年は続いてほしいがどうだろう?そない甘いもんやおまへんと言われている言葉が聞こえない?。禍福はあざなえる縄の如しとは言い得て妙。あざなえる縄と言われても分からない人が多いが災いと果報は表裏一体と言えば分かり易い。それでも棚からぼた餅ならぬ果報は寝て待てか。もうすぐ今年も一月が終わる。

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12分の1はこの国もこの地域も仕事も自分の生活もまずまず。勝負の時は今年も春先が第一関門か?統一選挙は厳しい結果が予想されるが、その時でも今の様なお間抜けな事が言えるのだろうか?「財政健全化」「社会保障のビジョンを明確にする」何じゃそれ。今、一番求められている事はお金の有効活用。それくらいの事が分からんのなら、選挙に勝てる訳が無い。豊かな生活が出来る訳が無い。ホンマに厳しい現実を目の当たりにした時、思い知ったとしても遅い。その時を知る前にこの花びらも無い。

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親父さん そんな哀しい事言わないで下さい。来年、イヤ今年の暮れには再び合える。その時、又、優しい言葉をかけて下さい。それだけで充分です。了解です。不愉快な事は一時。愉快な時は出来るだけ長く。そんな生き方をしましょう

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2011年1月20日 (木)

大寒 流石に暦どおりに寒い されど今年もパンツ一丁  

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下に見える(よく見えない)バスの発車は7.25分。阪急電車を降りて黙々と連絡通路を歩いている。しかし、この日の出は本当に楽しみ。右を向いて歩いているのは親父だけ。うっかりしていると対向者に激突する。その対応は左手を少し上げている。(親父、親父、親父。)そうぶつかりそうになると拳を固める。

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ここは最寄りのバス停前から会社の誘導路に入った所。空は晴れて冷え込みは充分。それでも戦闘モードにスイッチオンで寒くはない。外気の温度は5℃前後かな。風は無い。穏やかな1日の始まり。気分はニュートラル。黙々とボケている。

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お早う。今日も1日、頑張ってね。満開の時を超えた山茶花の花びらが声を掛けて呉れる。6.30分起床。この時迄トーストパンを一口しか口にしていない。残りは出勤時コンビニで買ったおにぎりを食ってから口にする。仕事の時、このスタイルは変わらない。おにぎりは温かいお茶。パンはお気に入りの缶コーヒー。

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私はもうすぐ開花の時。親父さん、そんな朝食をしていると長くはない。(何が?)健康です。(心配ご無用)しかし、本当に綺麗ですなあ。親父の腹の中と大違い。

それでは今夜の夕食です。(一気に飛びますなあ。中間の画像が無いので)

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親父得意のキャベツとベーコン(厚切り、ジューシー)だしはいりこ顆粒 味付けは濃い口醤油大さじ3杯。卵2個 一度お試しあれ 簡単だけど味は保証。風邪気味の時請け合い。親父は今日疲れ気味。健康回復。視力、精力(こらこら)回復間違い無し。2杯食ったら流石にお腹いっぱい。メタボな体型どないしなはります?

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卵好きの親父のニンマリ顔が眼に浮かぶ。それでも少し遠慮気味。かまへんかまへん。好きなだけ食いなはれ。その代わり明日足をしっかり上げなはれ。足と手を伸ばしなはれ。蹴りと突きを気合いを入れてやりなはれ。其れで帳消しです。

明日はきようの寒さが続きますが頑張りましょう。日本海側は雪。北大阪は低温注意報。体を鍛えて寒さに打ち勝て。人の体は食い物と生き方で変わる。寒い寒いと背中を丸めても暖かくはならない。暖かくなるには体の芯から命を燃やせ。

厳しい寒さは今月一杯とか言われているが、来月はもっと寒い事を知らないのだろう?2月の寒さは半端ではない。親父も脂肪をしっかり燃やさないと乗り越せません。今年の寒さはまだまだ続く。心して健康管理。其れは何気ない食事です。

親父のつぶやき 多くの人が「日記」と勘違いしている。毎日書いているから強ち(あながち)間違いではないけれど、これは日々の記録ではなく日々の親父の想いの迸り(ほとばしり)です。まだまだ勢いが今イチだけどそのうち見ててね。

君からも聞かれたけれど今年の抱負。思いがけなく同じ書き込みがあったけれど、今年は間違いなく激動の年になるでしょう。多くの人に取って自分自身の生き方が問われた時に、これ迄の様に問題の先送りは出来ないでしょう。

その厳しさの認識不足ではない思い違いを感じるのは、政治の世界と経済界、私達の生活だろう。まず政治の世界。国際政治は勿論、国内の政治はガタガタになる。民主党政権は内部崩壊。その現実が目前に迫っても「財政再建」?冗談ではない。

政権交代で約束した事で一番の問題は「有言不実行」。このお間抜け達に「信頼感」の言葉はその場限りに出来ると思っている事だろう。選挙になれば必ず負ける。その事はいくら馬鹿でも分かるから、なんとかしてその時期を先延ばしにしょうとするだろう。時間稼ぎ?残念ながらその猶予は残されていない。

政権交代から政権後戻り?「政治とかね」の問題が改善されると本当に今、問題を口にしている人は思っているのだろうか?その事も白日の下に晒される。政治に金が掛かる事を思い知った時、次は何を問題にするのだろう?この国にそんな余裕があるのだろうか?

自分で出来る簡単な事。言う迄もなく心と体を鍛える事。多くの人が多くの事を語るけれど、間違いの無い現実は人に負けない「不撓不屈」の精神と肉体。そして其れを支える生活力に違いない。若者よ、体を鍛えておけ。そして知恵とお金を蓄えて置け。老いぼれの親父達よ。くたばる前に己の道を切り開け。

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2011年1月19日 (水)

雪の京都大原三千院 始めてや 娘2人とデート(オイオイ)

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雪の三千院境内。何時もは参拝の人が絶えない参道。先日の雪が除雪され歩ける。意外に寒く無いのは下のバス終点の駐車場から歩いたからだろうか?一緒になった姫路からの娘2人と歩いて来たからだろう。正面のお堂に阿弥陀三尊像(国宝)が納められている。手を合わせて無事長久を願う。娘達は何を願ったのだろう?

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お堂の縁側から見た庭。雪景色の中に静寂の時がある。数日前の冷え込みの時は深々とした底冷えの中にあった池の水も、氷が解けかけている。寒さは全く感じない。心の汚れだけが落ちている。

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雪の中のわらべ地蔵 親父は子供には優しかった(厳しかった)ので表情は窺い(うかがい)知れない。でも手を合わせて呉れているので感謝の思いは強いかも?。(どうかな?)。雪の中で寒そうに感じられなかったのは良かったな。

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お堂の雪下ろしはしなくても大丈夫かな?大丈夫。寒さも一段落。雪も止んで静かで暖かな軒先です。このお寺も今はこの時期でも観光客(アンタもその1人)が絶えないが、昔は訪れる人も無く寂しい冬の風情の中で、人の世の無情を告げていたのでしょう。春が来れば若葉の時も近い。それでも人の心はどうだったのでしょう?。

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そんな事を考えながら歩いていると年上の娘の携帯が鳴る。業務連絡。ご苦労様です。気を利かせて先を急ぐ。雪道はきっちり整備されて足を取られる事は無い。上に行くと弁財天がある。今年の金運を祈念する。小金を貯めろ。そう言われていた。

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お馬鹿な親父は賽銭も投げずに「今年の景気はどうでしょう?』と呟いていた。私に任せなさいと弁財天は肩を叩いていたが、これも胡散臭い。(コラコラそんな罰当たりの事を言うもんではない。)心してあり難く戴きなさい。叱られていた。今年の景気?間違いなく悪い。しかし親父は春から縁起が良い。若い弁天さんが2人も付いていた。記念の写真も撮ってもらったし今度はゴチします。(コラコラ)

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三千院門跡 おっか−と来たのは秋だったが、あの時と何も変わっていない。変わった事と言えば年を重ねた事。あの時は車でびんびん飛ばしていたが、今はその元気も無い。京都駅から汚い煩いバスで1時間近く掛かって来たけれど、本当はここから北の道が親父の原点です。その峠越えの道は今は整備されているけれど、バスの便は日に2便しか無い。昔の鯖街道。日本海小浜と京都の魚道。今は車無しでは歩けない。
(親父さん、そんな事は無い。その気になればここから歩けるよ。無理だな。)それでも途中の思い出の村、朽木(くつき)迄は何時の日か挑戦します。(止めて下さい。タクシーにしましょう。)

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右側の整備された道を歩かず雪道を歩いているのかと思いきや、左も歩いている。

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参道から少し上の畑に上がると雪景色はそのまま残っている。棚田の風景と言うより畑の見えない雪景色でしょう。雪は根雪とはならず数日もすれば地肌が見えて来る。真っ白な風景の中に豊かさは無い。そこが一番北国と違う。この国の豊かさも同じかも知れない。景気回復に金融緩和だけでは立ち行かない現状認識を、何時、誰が、どんな方法で変えるのだろうか?その道筋は未だ見えない。

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参道のたぬきも怪訝な顔をしている。「ホンマ、今年の景気はどないなりまっしゃろ。」親父さん、教えて下さいよ。親父も分からない。言える事は皆がお金を使う事。先の心配をせずに少し贅沢が出来る事。それ位しか出来ないでしょう。

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親父が現役の時、座右の銘にしていた言葉 今は違う。しかし、勘違いしていたことは先見の明に欠けた事だろう。先見の明と言うより3年先の自分を見通す力。其れが無いとくそ真面目だけでは世渡りは出来ない。そんなせこい事は性分でないと粋がっていた。そうではない。1日一生の言葉は全力投球を絶やさない。そう言う事です。

しかし、息抜きもしないで全力投球は出来ません。そんな事も考えて生きてご覧なさい。そうささやきかけているのでしょう。人が人らしく生きる事はその程度で良いのかもしれません。1人で多くの事に眼を血走らないで、のんびりと寄り添う事も大事でしょう。今更、気付いても手遅れ。それでも雪の帽子はその事を教えています。

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色んな事を話ながら帰っていると長いVサインが出ている。生きていさえすれば良い事もある。これから残された時は多くは無いが、雪の寒さにも夏の暑さにも負けずに。末広がりのVサインに笑っていた。お間抜けに負けるな。雪のエールを背にしていた。

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菜の花畑 菜種油もランプの役目を終えて、今は菜の花漬け物用として僅かに栽培されているだけとか。それでも春を告げる開花の時、里人の想いは一気に解放される。大原女の「お花要りまへんか」の声が京の街に聞こえる時も遠くない。

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帰りは国際会館前から地下鉄に乗り京都鞍馬口で降りる。親父が結婚前に下宿していた時、夕食のお世話になった食堂。肉鍋定食。メニューも味もそのまま。あの頃、何よりのご馳走でした。今でも感謝の思いは変わらない/右側の八百屋さんは店を閉じている。この道が烏丸通り。烏丸中学前の市電が地下鉄となって久しい。懐かしいなあ。あの時の風景と生活が一気にフラッシュバックを始めていた。淡い恋もありました。

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四条烏丸 イノダコーヒー カップも味も昔の侭 あの頃仕事前の一杯でした。

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展望台でデートをしたのは?照れるなあー。

子供達が幼い頃、西日の部屋に案内されキャンルしたのはどの部屋?

Img_5251 京都駅前の市バス案内所でバスの乗り場を聞く。

無愛想。観光都市の名前が泣いている。

乗り場は聞かなくても大きな看板が在るが、始めての人にはこの位置が分からない。その説明だけで良い。

市バスは無く京都バス。15分間隔に出ていた。

バスが又、汚い。運転席の無線がうるさい。

運転手の態度が普通。

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大阪駅の上に凄い光景が見る。今年の5月に開店予定の百貨店。ホームの上にスイスチューリッヒの中央駅以上の空中連絡通路と空間が広がっている。大阪ステ−ションシティー。この反対側に別の百貨店が増築し阪急も改築中。大阪駅周辺の景色が大きく変わる。

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2011年1月18日 (火)

風邪気味 寒いのにコンビニにランチパック(パン)を買いに行く

先日程の冷え込みは無いが外は寒い。
未だ風邪気味。昨日は鼻水を垂らしながら歩いて来たし、今日はお仕事。
帰りに少し遠回りになる焼き肉ランチと美味いコーヒーとケーキも考えたけれど
流石にそれだけの元気は無かった。

最寄りの駅前の3年前迄は働いていたスーパーで買い物する。
お気に入りの元気が出る美味いパンは焼き立てで4枚切りが出来ず。諦める。
お買い物は今節約モードの為、この時期欠かさないミカンは伊予かん。良い予感。

白ネギを買った処で主食はチャンポンに決まる。漬け物は少し贅沢。それでもしれている。これで終わり。昨日はスープ餃子。風邪気味で食欲は無いのかと言われればその反対。君からも言われたがこれだけ食えれば問題ない。チャンポンに餅を入れる

それだけ食えれば風邪も何処かに飛んで行く。
其れなのにお腹が空いたのですか?辛抱しなさい。
それでも寒さ対策のコートを着込んでチャリを引っ張り出す。

それだけの食い気があれば風邪も大丈夫。苦笑いをしながらチャリをこぐ。
コンビニは途中で表通りのおにぎりに気が変わる。
このおにぎりは散歩コースの時、御用達のサケハラミ。

おにぎりをもう一つ。それから暖かいおでん4個。ごちそうさまでした。
新幹線システムトラブル。新卒の就職内定率最悪。知の巨人?ジャックアタリ。ご存知か?フランスの経済学者、思想家。でもビクトル、ユゴーには勝てんだろう。

国家債務危機/対策誰でも分かっている。唯一の施策は増税?其れは違う。旅に出る事。其れは同感です。フランス行けるかな/それだけの魅力があるのかな?レ、ミゼラブルをどれだけ理解出来るかに掛かっている?

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世代交代 政権交代 景気観測 今年の課題

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少しピンぼけの夕日のサーチライト。何を探索しているのだろうか?言う迄もない。
今年の課題。多くの人が多くの事を語るが画像同様ピンぼけの感がしてならない。
もっと辛辣(しんらつ)<手厳しい>な見方をすれば的外れだろう。

今年の大きな課題 それは長い間言われ続けて来た「世代交代」。世代が変わらなければ全ての今日的課題が変わらない。その事は誰が考えても否定はしないが現実は違う。年齢が若ければ多くの課題が解決する程単純でもない事は誰でも分かる。

その誰でも分かる事がごちゃ混ぜになり、最近は「世代交代」の言葉さえ聞けなくなり、年寄りの影響力が強い。その年寄り達の言葉を良く聞いてみると良い。何も変わらず言葉だけが勇ましい。「現状の厳しさを全く認識せず他人の所為にしている」

現状の脱皮はその原因を招いた今の政治経済のリーダー達。その責任者達の成功と失敗の軌跡はもっと明快に解析にしなければならない。何が上手く行って何が拙かったのか、その分析を明確にすれば改革の方法が見える。それがこの国の指導者に欠ける。

先の大戦の成功と失敗 それと同じ事が今起きている事を口にする人は少ない。どうしてそんな不条理がまかり通るのか?この国の国民性か?」そうではない。指導者が個人ではなく合議制で物事を決定しているから、責任の所在を曖昧にしているだけに過ぎない。違う?では具体的な問題の検証をしてみよう。

今一番問題になっている政治とお金の問題。小沢元幹事長、鳩山元総理の問題は事の本質がすり替えられて居る事を誰も口に空いない。政治とお金に綺麗な人なら政治家にはならないだろう?国家国民の問題を考えている?冗談も大概にしてほしい。

間違いなく現政権は近いうちに自己矛盾で崩壊する。そうしたら自民党政権?自民党政権が何故先の衆議院選挙で負けたの?その原因も背景もすっかり忘れ去られている。そう遠く無い時に解散総選挙。その時は元に戻るの?それともドングリの背比べ?その程度です。

世代交代は難しいとしても成功例の検証と失敗の責任の明確化は忘れるな。それが出来なければ問題の改善はあり得ない。親父も例外ではない。レベルは月とスッポンでも今問われている事は世代交代。それでもサラリーマン時代、邪魔者にされたあの教訓だけは忘れてはならない。多くの代償が無駄になったがこれからでも遅く無い。

様見ろ。あの時、我が物顔に永年の成果を手にした輩は、今は一部を除いて影も形もない。今在る存在も風前の灯。活路を切り開くには手にしている武器(技術)の革新が蔑ろにされたお間抜けを、未だに気付いていない。組織はおいしい処だけ親会社に吸い上げられる。その親会社もライバルに差をつけられて今尚活路を見出せていない。

この国の経済が世界ナンバーワンと言われて20年。そのバブルが弾けても尚、その教訓を生かせずに問題の先送りをしている間に、反面教師としたアジアの大国と小さな隣国に追い越されようとしている。追い越されている部分も少なく無い。

その差は一体なんだったのか?決断の仕組み。「皆で決めれば上手く行く事間違い無し」その弊害の認識が余りにお粗末だった歴史の教訓を生かせなかった責任が問われても尚、生かしきれないこの国のリーダーに鉄槌が下るのも今年かもしれない。

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親父さん、話が難しい もっと優しく分かる様に話をして下さい。了解です。
一言で言うなら「お疲れさまでした」何時迄も悪い話ばかりしていないで、成功体験を手にしましょう。人の何かを期待したところで手に出来る物は何もない。

何故なら君と同様、永遠の美しさ、永遠の繁栄、永遠の命はない。いずれ老い朽ちる。君には後に開花が確約されている莟がいるが、今多くの事を語る人間様にはそれがない。財政再建。行政改革、行政のスリム化、無駄の排除は君より悪い。

口先だけの官僚の原稿を棒読みする位で何が改革、何が立て直し。問題の先送りしか出来ないなら総辞職しかない。そんなことは無い?山茶花の花迄笑っている。ホンマに現状認識のお粗末さに、もうすぐ花びらを落とす君に笑われている。

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それとも先ゆきの明るさが見えるのだろうか?
散り行く君が心配する事は何もない。繁栄と衰退は世の習い。不況のシグナルは少なく無いけれど、どんなに厳しい時でもそれが全てではない。苦しさをバネにすれば又来年の再会が約束されている。美しい輝きの時をありがとう。今年の輝きは忘れない

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これも後ろの枯れた芝生にピントが合っている。
何時もは口にしない「ほっとミルクココア」にピントを合わせたけれど、デジカメにも笑われている。(親父さん、撮るなら私でしょう。そんな不味いココアにピントを合わせなくても。)てか。おっしやる通り。青々とした緑の絨毯(じゅうたん)を踏みしめるのは桜咲く頃ですか?
その頃には解散が行われ先行きの見通しは明るいのでしょうか?「其れは無い」。
そうだとしても親父の生き方はスイスで見たハイジの村の様に「若葉」でありたい。
ハイジに合えるかな?

明日は冬の京都に行って来ます。京都大原三千院の雪はどれ位かな?

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2011年1月17日 (月)

鼻水を垂らしながら歩いて来ました。久し振りの散歩コース。股関節が痛い。

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久し振りの散歩コースを歩いていると思い掛けない人に出会う。確率的には低い出会い。それでもこんな事もある。久し振りに見る顔は生き生きとしていた。近くの市民病院で働いているとか。何時か又、何処かで。再会の確率は又々低い。

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建物の向こうに夕日が沈む。何時もの散歩コースもゴールに近いので心地よい。夕日の光も疲れた体を癒して呉れる。久し振りに歩いた気がする。股関節が重い。悲鳴を上げる程の距離でもないが、運動不足は否めない。太極拳の真似事ではなくびっしりと汗をかかないと、醜い体型は良くなりまへんえ。夕日が笑っている。

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散歩コース帰りの道。この道は余り通らないが久し振りに桜の老木を見る。朽ち果てる寸前の幹が青い空に新たなる息吹を吹き上げている。お地蔵さんを見守って久しい幹は老骨に鞭を打ち、今年も桜花を咲かせるのだろう。恐れ入ります。

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この時間は未だ明るいので何ともないが、日が暮れると闇が不気味さを増す。親父は腕っぷしが強いからがに股で歩けるが、その時間の人通りは殆ど無い。見た目の傾斜は無いが足元を固めていないと登りも下りも楽ではない。

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城跡公園天守閣からの日の入り前の景色。遠くに六甲の山並みが見える。日の入り前の穏やかさは無い。天守閣の木の階段をコツコツと靴音を鳴らしながら、上がって来た若い女性の勢いにも負けていない。日の入り前の静けさと猛々しさ(たけだけしさ)が交錯している。近くのラーメン記念館の帰りとか。若い事は素晴らしきかな?

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静かに雲は流れ物音がしない。人の動きは皆無ではないが時の動きが感じられない。右上の頂上近くに見晴し台が見える。あそこ迄上がるのはもう少し先の事だろう。桜が咲いて鳥の声が近くで聞こえると、心が重い足を引き上げて呉れるに違いない。

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春を待つのは人間様だけでは無い。ハクモクレンの莟も青い空に輝きながらその時を待っている。空海が中国長安の都で見たその景色は知る由も無いが、間違いなく春霞のどんよりと垂れ込めた空だったに違いない。違う?この空を見ているとそんな気がするだけです。

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10月桜が開花しているがいかにも寒そう。伊豆の早咲きの桜でも莟は未だ堅いに違いない。風の便りでは沖縄の早咲きの桜はもうすぐ満開だろう。日本は南から北迄桜の開花の時は続く。一区切りにして政治、経済を語る人間様とは大違いだろう。

内閣支持率、景気対策、貿易の自由化?一区切りに語るアナウンサーとコメンテーターが飯が食えるのも何時迄だろう?久し振りに歩き慣れた道を歩いて見ても新鮮な発見と落胆の二人三脚です。今夜は宇都宮のスープ餃子です。美味く食えるかな?

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伊豆川奈のゴルフコースプロムナードを思い起こさせる庭園。暖かくなれば子供の歓声が聞こえるこの庭も今は閑散としています。寒いけれど休みの時に近くにこれだけの公園があるのは何よりに贅沢です。その恩恵を手に出来る人は何故か多く無い。

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公園事務所。空の青さと雲の白さが切ない思いをさり気なく受け止めている。

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公園入り口の葉牡丹。ピース(平和)を祈念している。お間抜けなテレビが今日1日の「震災16年」を伝えている。人の命の思いは1日やそこらで語り尽くせる物ではない。多くの人が多くの思いの中で予期せぬ出来事を、哀しみ一杯の思いで受け止めている事を忘れてはならない。

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1月17日 阪神大震災 鎮魂の日

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モーニングセット、コーヒーが揺れている 16年前の突然の悲劇も忘却の彼方に置き去られている。当事者で無ければ語れない哀しい思いを共感し、支援して来た暖かい助け合いの思いも親父には無い。親父が体験した揺れは遠くは慣れた静岡掛川の地だった。あの朝、テレビの一報を目にしながら人事の様に考えていた。

そう当事者で無ければ他人事、一時的には天災の大きさと突然の悲痛は叫びを体で受け止めてもどうしょうもない無力。多くの哀しみと混乱の中でその後の人生を歩んだ多くの犠牲者に改めて哀悼の想いを重ねなければならない。何も出来ないけれど親父もその後、想いも掛けない人生の転換を迎える。

それでも生きていれば何かが起きる。何も期待出来ない人生でも自分の想いを変えれば、パンチ一丁(又、それかい)で生きて行ける。嬉しい事、哀しい事、様々とは嘘です。本当に惨めな生き方しか出来なくても、元気で生きていれば明るい太陽が優しい日差しで包んで呉れる。何も手にする物は無くても心に太陽があれば生きて行ける。

「心に太陽」この言葉は本当に重い。心は些細な事で揺れ動く。どんなに強い思いで事に対しても心無い言葉、仕打ち、自分自身の弱さ。人は言われる程強くは無い。自分がどんなに尤もらしい事を言っていても、事に対しては別人になる事も体験する。

今、自分が何を為すべきか?それは多様な価値観を知る事でしょう。自分の殻に閉じこもっていてはその外の現実は見れない。それ位の事が何で分からなかったのだろう?人から言われても耳を傾ける事無く、自分を過信しているとその代償は余りに大きい。今、その借りを返す為にこれからに人生を全うするしかないのでしょう。

若い時から常に考えていた心の支え。自分を支え育ててくれた人達が老い朽ち果てて行く。鬼籍の人は何も語らず夢枕にも立たなくても見守っているのであろうか?それは分からない。多くの人が多くの事を語っても何も実証されることはない。

司馬遼太郎の書いた「空海の風景』(上、下)巻を読んで久しいが空海の生きた時と今は文明文化、生活様式、寿命、仕事の仕方、考え方も大きく変わっているけれど変わらぬ物は人の哀れ、無情、悲哀、感動と歓喜、人の気持ちかもしれない。

人の素晴らしさを口にする人は少なく無いけれど、醜さを語る人は少ない。感情の起伏、感情の成長と衰退、オギャと泣いて生まれた全ての人が涙する事が女々しいと言われ、どんなに雄々しさを求められても、人知れずたもとを濡らす優しさは既に無い。(たもとと言われても着物を着ない現代人には?)

松尾芭蕉の句 「悟られぬ 湯殿に濡らす 袂(たもと)かな。」(出羽三山の一つ湯殿山は神秘な山で山中の事は人には語れない。それだけにありがたみが身にしみて、涙で着物の袂を濡らすばかりである。)ちとオーバーな句でも昔の人にはこんな優しさがあったのだろうか。親父は長い間この句の意味をありがたみではなく難行で涙していると誤解していた。アンタは知らんでしょう。(こらこら、一気にムードを変えるな。)

今、去年の暮れに再会したベートーベンのピアノソナタ ヘ短調 作品57<熱情>を聞いていると、1957親父が13の時ジュネーブで録音された演奏者と作曲者の思いが重なり新たなる力が甦ります。悲嘆の時は短く無かったけれど歓喜の雄叫びをもう一度。(無理かもしれない)

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朝、庭先の枯れ草(一部青草もあるけど)に雪が舞い落ちている。積雪とはとても言えないけれど、少し山中に分け入るとタイヤに滑り止めがいる。スカイラインでびんびんに飛ばした京都亀岡への道も峠越えの立派な道も積雪で通れるのかな?

挨拶代わりに「寒いですね」と言われても親父が仕事をした兵庫県北日本海が近い温泉町、北陸敦賀の寒さを思うと比べ物にならない。人は実感出来る事しか言葉に出来ない。実感出来る事でも人事でなんとかなると思うのだから当たり前かも。

しかし、その当たり前の事も長くは続かない。続く事と言えば生活苦の長さかも知れない。その事が分かれば一喜一憂する事は何も無い。ストレスは貯めないで小銭を貯めよう。それが役に立つ時が必ず来る。ベートーベンと言えば暗いイメージがあるがこのピアノソナタは心の底から奮い立つ熱い情けが込み上げて来る。「熱情」久しく忘れていた言葉です。熱き言葉は語る物ではなく叩きつける心の思いです。

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今の愛車はママチャリです。近くのスーパーと市役所、喫茶店、銭湯親父の大事な足です。流石に遠出は出来ないけれど。最近は親父のボケで駐輪所に留め置かれる事も珠にあります。思い出してくれるから未だマシですがその内、忘れ去られるかもしれません。(それは無い。)君に乗れる間は。(親父さん、頼みますよ。)足腰鍛えて転けない様にして下さい。サンキュウです。

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2011年1月16日 (日)

明日も寒いの?それでも今日程寒くはなさそう?

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南国のブーゲンビリア?ノンノン 近くの保健所の山茶花です。フェンスの中にカメラのレンズを差し込んで明る過ぎる日差しをゲット。ここは何処?大阪です。大阪の何処?北摂。少し足を伸ばせば有馬の温泉は近くです。しかし、長い間行っていない。この寒さで有馬の温泉街も閑散としているのだろうか?今度の休みに行ってみるかな?太閤の湯と言われる茶褐色の湯は全国的にも珍しいが、1人で入るのも気が引けるかな?確かに全国の鉄路は走破したいけれど温泉は2人で行くところかな?>

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この前紹介した近くの神社の大銀杏。これだけの高さになると枝の剪定も侭ならず伸びるが侭になっている。今は葉を落として無様な姿を晒しているが、この枯れ掛けたかに見える小枝も息を潜めているだけ。春先になると一斉に芽吹き緑の衣装を身に付ける。親父の春は永すぎたまま朽ち果てるのだろうか?朽木(京都と小浜を結ぶ鯖街道の京都よりの村)の春も今年は見に行くか?車が無いと行けるのかな?

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これも昨年の秋近くの久安寺の大師堂に掛けられていた大好きな看板。弘法大師の呼称遍照金剛空海大師にお任せします。ただひたすらに祈念するだけ。そんな気持ちになった時、多くの思いが消え失せて自己の垣根を越えられるのかもしれない。かも。

罪と罰の意味さえ知らず天上天下唯我独尊。お釈迦様でも眼を疑う生き方をしても罰が当たるとは思わない輩も少なく無いが、何時かその生き方を問われた時にどんな顔をして申し開きをするのだろう?そんな気持ちは更々ない。そうだろうな。

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新婚の春 見上げたしだれ桜は老骨に鞭打つ姿をしていた。今は雪景色の中で春の時を静かに待っているのだろう。岐阜の薄墨(うすずみ)桜より若いと思うがどうだろう?昨年の秋再会した時、痛々しい姿をしていた。(何をおっしゃる親父さん。私はまだまだ春になると大勢の人の眼を楽しませますよ。アンタはどうよ?)すみません。頑張ります。今年の春、又お会いしましょう。親父にも春は来るのかな?(私に聞かないで)重ね重ね失礼いたしました。

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銀杏の木の近くの境内。神主さんが綺麗に掃き清めている。先週、浜松の北 秋葉のダムには行ったが遠州一宮小国神社をすっかり忘れていた。この庭を見て比べ物にならない広さの参道入り口の駐車場は、すっかり砂利が取り除かれても大勢の参拝客で賑わった事でしょう。又、行きます。待ってて下さい。どれ位先になるかな?今度は兄貴にお願いするかな?(笑い)冗談です。Img_4377

春よ春 我が世の春や 春は春 暫く寒いけれどご自愛あれ。親父もね。首のこりは取れないけれど、ゆっくりと攻防の構えを繰り返していると、何か力が湧いて来る。空元気と言われても元気が無ければ何にも出来ない。元気だけでも駄目だけれど元気すらなくなるのも哀れだよね。固い莟が花開く時も遠くは無い。では又です。明日はもう1日お休みです。寒さに負けず歩いて来れるかな。(何処迄?)城跡公園迄です。

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寒い朝 近くのコンビニでパンを買う パンは何時ものパンが買い置き無し

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手作りのパン屋さん。近くにもう一軒おいしいパン屋さんがあるけれど、時間帯が合わない。このお店もこだわりのパン屋さんで常連様御用達でイチゲン様はお呼びで無い。尤も美味しさと味の価値に拘る(こだわる)人には例外かも。朝が早く開店前。

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薄雲はあるけれど快晴微風。堀内孝雄の東京発北国へと言われなくても琵琶湖の北、大阪からでも1、2時間足らずで雪国は見れる。10年前に見た灰色の世界は暖かい服を着て、温泉に入るのなら兎も角、生活をするには過酷な条件でしょう。

しかし、その厳しい環境をバネに生きて行く知恵は、人間でなくても兼ね備えている。言われる迄もない当たり前の事。しかしその当たり前の事が当たり前に生かされているのだろうか?北国の厳しい現実は伝えられても、南の国の厳しさは無い?

そうではない。ニュースとしての食いつきが無い。情けない話だけれどその程度の国であり、私達の生活です。公共性を名乗るのも烏滸がましい(おこがましい)電波、全国紙を見限り、覗き見(のぞきみ)の生活を始めて間もないが、何の支障も無いのも皮肉な話。親父の生活がその程度の物だったのだろう。

テレビや新聞の世論調査。あれほどインチキな物の信頼度は意外に高い。それ程のもんかとタガを括っていると誤算となるのもうなずける。あれはサンプル調査でもなんでもない。世論たる物天気の流れと同様絶えずして移ろい、川の流れと同様元の水にあらず。しかもその判断基準が正確でなければ支持される事も無い。

物事の判断基準。例えば景気は良いですかと問われれば良く無いと答える人が大いに違いない。それでも政府発表の景気観測判断はそうではない。政府の発表だから?違うだろう。日銀もエコノミストもシンクタンクもこの国の景気回復を予想している。

その根拠は金融緩和。お金が市場に充分すぎる程出回りその行き場が模索されている。景気の下支えを金融緩和で行えば景気の回復は間違いない。この誤った経済理論とその政策に何度も煮え湯を飲まされても、お馬鹿な国民はばらまきを期待する。

景気対策にお金を使え?その金は税金(国民、企業、団体の負担)と言う事をお馬鹿なマスコミは何も伝えない。マスコミ自体が景気に左右される広告収入に基盤を於いているから当然と言えば当然だけれど。某国営放送の受信料とて例外ではない。

おばかなオチャラケと食い物、旅番組も見なくなれば楽しみは何も無い。その時のお奨めは趣味を生かす事です。今、電車、バス、待ち合い場所、多くの人が利用する公共の場所で人の行動を見ると愕然とする筈です。しない?ひょっとして貴方も同類。

親父の喋る声がデカイとipodのイヤーホーンを引き抜かれたけれど、親父以上の輩は少なく無い。親父と約束したレ、ミゼラブルの読書忘れてない?君は自分磨きの努力を怠っていないけれど、そして人の事はどうでも良いけれど親父の頑固さは今年も変わらない。そんな気がする。自分の道はこれから嘆く事は無い。そんな気きがする。

今朝、布団の中で両手のしびれとトイレに行かなければと格闘していました。寒さで目が覚めたのではなく、明日からの仕事モードにスイッチが入っていたのでしょう。寒い朝、コンビニで買ったランチパックのメープル&マーガリンはまずまずの味でした。これから出掛けて来ます。では又です。

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2011年1月15日 (土)

久し振りのサウナ 汗が出ない(オロオロ)

大阪は明日は雪。みんな寒いのは嫌だと言うけれど、寒さのレベルが違うとは考えない。「なんじゃそれ」。そう、なんじゃそれです。日本全国北から南迄。殆どの人の生活を知らなくても生きて行ける。そうでもなくて関係ないと言い切れる。

そうです。関係ないのです。どんなに寒くても凍える思いをしてもお天道様ですら見向きもしない。この国には四季があり当然の事ながら冬は寒く夏は暑い。その季節感が段々失われつつあり、危機感を感じる人には嬉しい寒さに違いない。

そんな事を言っていると怪訝な顔をされるだけでなく、変わり者と馬鹿にされる。それでも不景気な昨今、寒波到来は防寒コート、電気製品、野菜、豆腐、生鮮食品、魚、肉迄もが売り上げアップとか。そう寒い時は寒く無いとあきまへん。

そん事を考えながら銭湯でサウナに入る。久し振り。本当に久し振り。この前迄平気の平左で飛び込んでいた水風呂にも、今はとてもそんな事は出来ない。節制と言うよりそれだけ醜い蛙になったのだろう。不整脈、高血圧、高脂肪、高血糖etc.. ああ。

それでもこの親父の凄いところは(間抜けな処です)様子を窺う小児のごとく求めて止まぬお茶目っけ。(フラフラする前に.......。水風呂は止めるから.......)なんだかんだ言い訳を自分にしながらサウナ室に入る。??? 汗が噴き出して来ない。

久し振りのサウナで体の順応が出来ていない。汗が出ないと体内の温度が発散出来ない。年を取るという事はこう言う事?ぶつぶつ言いながら湯船に体を埋める。そう言う事です。年を取るとサウナにも入れません。メタボな体にむち打たれしょんぼりしているとやっと汗が噴き出して来る。ニンマリ。

再びサウナ室へ。今度は前よりマシ。それでも何時もの勢いは無く体が火照って来る。もう一度湯船で汗を流しおしまい。(水風呂。水風呂)アホか。体に言い聞かせながら脱衣所で体を拭いていると軽いのぼせ。首筋に水道水で絞ったタオルを当てる。首を左右に振るとグキッと音がする。オイオイ大丈夫か?そっと首を振るとノープロブレム(問題無し)。これで先日見上げた銀杏の後遺症も解消かと思いきやそうでも無い。(親父さん、親父さん、年を考えて下さい。首は大事にして下さい。)

首が回らなくなる前にこけしの様にクキクキと廻すか。(止めて下さい)冗談です。それでもこれから首筋のマッサージは欠かせなくなる。人体の摩訶不思議な生命力を実感する事が少ないが、首筋にどれだけの血管が集中しているかを知る人は少ない。

アンタはどうなのよ。親父は首の血管が圧迫されていると診断されて忘れた事は無い。ホンマですか?ホンマです。信じられなければ両手を前に伸ばして首の後ろで組んでみて下さい。その状態で首と組んだ手を動かして下さい。快感間違い無しです。

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今日は可もなく不可もなく寒さの前の静けさか?

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他所ん地の山茶花の垣根。見上げる高さが何故が自慢そう。親父がウオッチングしている仕事場横の生け垣とはスケールが違う。しかし、この花も満開の時を過ぎ後は花びらを落とすのみ。誰にも見向きをされなくても気高さは失われていない。

人の生き方もこうありたい。高慢ちき こんこんちき。インチキ。不遜。思い上がり。色んな言葉があるけれど、そんな生き方だけはしたく無いと思いながらも、そうではない自分がいる。それでもそんな事も全て飲み込みながら話が出来る人、生きて行ける人が仙人の条件かもしれない。違う?生まれた時はそうかもね。

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何を訳の分からない事をぼやいてまんねん。鶴は千年亀は万年と言われるけれど、親父のぼやきは訳が分からない。そうアンタには分からない。分かって呉れるのは同じ空気を吸っている植え込みの山茶花だけかもしれない。それも言葉を口にしないだけ?そうかもしれない。しかし、アンタより長く世代交代が出来ているよ。?

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親父自慢の花びらです。後に続く莟(つぼみ)が顔を覗(のぞ)かせて、桜が咲く4月の少し前迄会話が出来ます。桜の美しさは讃えられても山茶花にこれだけのエールを送るのは親父だけかも。(それはそうかもね)

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2011年1月14日 (金)

風邪気味?大丈夫。アホは風は引かないから。でも例外もないの?ありません。ショック。 

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粕汁風のチャンポン。このチャンポン冷凍でも親父のお気に入り。ニッスイの一人前。鍋に280cc~330ccの水を入れ沸騰したら具とスープ、麺を入れてお好みの固さになれば出来上がり。親父は必ず白ネギを一本みじん切りにして入れる。ネギが多いと思えるけれどお試しあれ。疲れ気味、風邪気味の時、効果間違い無し。

これで君から貰った布団乾燥機で暖かくなった布団に潜り込めば最高です。先日、銀杏の木を見上げたからだろうか?腰と首が痛い。それも体のバランスが取れていないからだろう。その対応は腰と首をゆっくり廻す。首は首の後ろを指で押さえる。何処でも良い。一通り指で押さえたら手のひらでつまみ上げる。加減は自分ですれば良い。腰も首も痛みは中々取れないが変な湿布より充分効果がある。

これからは健康が余命を決まる。後10年の自分生活に自信を持つには「血の巡り」だろう。血の巡りが良くなれば医者要らず。血の巡りが悪いから体が信号を出している事に気付く人は少ない。体の節々が痛くなる季節。丸くならないで背筋を伸ばして歩け歩け。明日は関西も雪?どんなに寒くてもパンツ一丁で上がりです。

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正面の山並みが六甲山。夕映えの光が今日1日の無事を祝福して呉れている。「ご苦労様」誰にも言われなくても正面の明るさが頬を染めている。明日は寒いけど風邪引くな。アホが風邪を引いても誰も看病して呉れないよ。温かいものでも食って寝なはれ。そう言われている。

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2011年1月13日 (木)

中西君 ありがとう。今年もよろしく。

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今年最初の本社の帰り何時ものお店でうどんを喰らう。このライフスタイルも早いもので3年続く。毒舌の親父のくだらない話を聞いて貰うのはお店の休憩時間。(16.00〜17.00)歴史に詳しい中西の話は親父と話が合う。気を使わずに話が出来る事は親子以上の年の差を超越する。人と話をするとき黙っていても意思の疎通が出来るのはストレスが無い。しかしそれも親父の独断と偏見以外の何物でもない。

余りいける口ではないビールも生をコップで一杯。これで言葉も滑らかになる。1時間の休みの時間、お土産(ケーキかたこ焼き)持参とは言え、付き合わされる労力は並大抵では出来ない。それが苦もなく出来るのは彼の人徳で親父の悟得(ごとく)かもしれない。(悟得...当て字 親父の能書きです。五徳そんな大それた物ではない)

帰りに腹が空いていれば阪急3番街でインディアンカレー(狭いカウンター)。今日はお腹が空いていなかった(うどんを食ったから)お土産のきんつばと栗まんじゅう(美味そう)お供え物を手にして電車に飛び乗る。何時もは電車を待って座るが今日はその疲れも無い。レ、ミゼラブルの本を読んでいると次の停車駅で込んで来る。

今読み返している処は(3巻)主人公(ジャンバルジャン)の養女が子供から大人に変わる処。恋が始まる。娘を育てていない親父にも主人公にも理解出来ない処。それでも二人の気持ちは微妙に変わる。その話はサウンド、ミュージックでもある。

息子でも思春期から大人に変わる時、親離れをするのだから当然の事だろう。今迄、子供だと思っていた娘が自分の手の中から離れて行く。嬉しい事を嬉しいと思えない複雑な心境。その話は最初に読んだ時、飛ばして読んでいるので興味深い。

電車で本が読めなくなり視線を窓の外に移すと、すっかり暗くなっていた。池田の駅で降りると駅前のスーパーに足が向く。一緒に帰った女性とはここで分かれる。スーパーで久し振りに肉を買う。すき焼き用。1パック777円。これに吊られる。

味付けは濃い口醤油と砂糖適当。お気に入りのネギと豆腐、カット野菜で味は一発で決まる。君にも言われたが良く食う。我ながら感心する。メタボ改善は暫くは無理かも。それでもマリアに笑われた足挙げは続けているので、意外に腹は凹むかも。

久し振りのすき焼きもどきの鍋に乾杯。(お酒は無し。酒もタバコもやらなければ食うしかない。食えば太る。)きんつばも栗まんじゅうも食ったし、食えば運動しないとあきまへんえ。明日もう1日仕事です。

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弁当を買いに行き近くの神社の景色を見る

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お昼の弁当買いに行き総菜屋の風邪を引いていた女将に憎まれ口を叩く。帰りに真っすぐ帰るには勿体ない天気。近くの神社に自転車を走らす。少し風は出て来たが快晴。陽の光も暖かい。北国の吹雪の空を知る親父にはこの景色だけで感謝です。

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今年も明後日は小正月。と言われても何のこっちゃと言われそう。この国の昔からの風習(ならわし)。そんな事も知らなくても別に生きて行ける。確かに。昔は女正月とも言われ正月休み何かと忙しかった女性を労う(ねぎらう)意味もあったと言う。

今日(こんにち)のお正月 そんな情緒は花街位にしかないのだろう。花街もない。失礼しました。親父には雪国のかまくらの中で餅を焼く子供の姿が眼に浮かぶ。(見た事も無いくせに)日本の原風景も今は昔の幻影になっていまいました。

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雄の銀杏が舞を舞っている。(何で雄なの?)名札が下がっている。見えないけれど。しかし、見るからに雄。親父の様にメタボではないけれど天高く見上げていると腰が痛い。「たあかく伸びる銀杏の様に元気で行こう。ああ五年梅(組)伸びるクラスだ」親父作詞の小学校5年のクラスの歌。アホ過ぎて歌われなかった。

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そんな事を呟いていると大木に「喝」を入れられる。私の木肌を見なはれ、触ってみなはれ。天高く伸びる意味は何も無い。何かを求めるな。何かを乞い願うな。浅ましい。高く伸びる事はアホではない。アホなのは伸びるクラスと一緒にした事。そう言われていた。今日は手を差し伸べる事は無かったけれど次の機会、鼓動を聞かせて下さい。(それは無理。元々銀杏には人間様の様な心臓がない。有るのは生命力のみです。)

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私が銀杏のオカンです。気が向いた時、何時でもどうぞ。次の芽吹きの時も近い。今年の冬は例年に無く寒いけれどこれが普通。冬、暖かいと夏も暑い。今年は寒いから夏も昨年の様な事は無い。そうかも。それでもお間抜けな人間様。温暖化の責任は発展途上の国には無いとか言っている。そんな国際会議止めなはれ。日本の四季を見続けて来たオカンが優しい言葉を投げかけていた。冬来たりなば春遠からじ。

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冷え込みも一服?叱られるかな?無風快晴 でもこれもこれからの激動の前触れ

欧州の通貨(統一通貨とも言われるが完全ではない。イギリスやスイスは違う。)が値下がりの危機を脱出したとか言われて株価が持ち直している。休みの日に見る11時の経済ニュースも嬉々として株価値上がりを伝えているが、ヨーロッパの財政不安は解消された訳ではない。(そんな事はどうでも良い。そうも言えない。)

今年の経済動向を占う必要がない人は誰もいない。この国の景気動向は長い間良く無い。それでも一時は長い間最長の景気拡大を続けた。(庶民はその実感は無かったけれど)その意味する処は経済の拡大は金持ち、運用出来る人、当事者の話。一般庶民はお呼びで無いだけの話。その厳しい現実が知られていない。知っている?失礼しました。

それでは具体的な話。(聞きたく無い?ではここ迄で/)
景気ウオッチャー調査なる数字がある。内閣府政府の間抜けな調査。何故そんな
事を言うのかと問われれば、どれだけの税金を使ってこんな仕事をしているのか分からない。景気が良いのか悪いのか?その事実を指し示す数字は消費動向と雇用統計、住宅着工、建設(建物、道路、港湾整備)etc. 何でこれだけのパソコン時代に時代遅れの数字がもっともらしく語られるのだろう。

今、賑々しく伝えられている内閣改造と同じです。そう興味ない。いくら何かをやろうとしても砂上の楼閣です。信頼を失った管総理が何をやろうとしても、支持率が0になっても辞任しないと開き直る様では問題外です。

景気も同じでしょう。どんなに良いとか悪いとか持ち直しとか言われても、関係ないと言う人が多ければ良くは無いのです。そんな当たり前の事が当たり前に語られなければ仮に一時的に改善されたとしても、厳しい現実は良くはならない。

親父はこの歳になってやっとその事が身に染みて感じる様になりました。「遅い」そう遅いと切実に感じられても元気な間にその事が分かっただけでもマシです。ですからお間抜けなオチャラケ番組には見向きもしなくなりました。

少しでも幸せに生きようとするのであれば、自分磨きと自分探しと自己研鑽(体と心)しかありません。多くの問題を抱えながら人は生きています。人が人らしく生きるその有様は様々でも能書きで物事が何か変わる事はありません。変わるとしたら力関係位でしょう。慇懃無礼(いんぎんぶれい)から無礼そのものの生き方をしても、何も感じない人は男から女にも感染しているのでしょう。そんな人にも哀しい人生があるのでしょう。その程度の事です。

ぶんなぐれ 偉そうな面を ぶんなぐれ 手のひら握り 堀内孝雄の「ちぎれたボタン」。いつか旅に出たいと言えば君は言葉を無くさず、笑ってどうぞと言うに違いない。芭蕉は人生の最後に「奥の細道」を辿るが親父の旅は、「大地の発見」創造の旅をしたい。昔は品行方正でした。

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2011年1月12日 (水)

祝 777号 ブログネタは日常の記録 それでも良く続いたね 

このタイトルは記念のスリーセブン号 でも今回はあれから111回を重ねてスリーエイト号 記念の888号です。万歳。万歳。万歳。もう一つおまけに。止めときます。因に777号はおよそ3ヶ月前。10月?どうでも良いけどね。

お間抜けなニュース番組 日ハムの新人アイドルを特集している チャホヤされるのもオープン戦が始まる春先迄 公式戦が始まれば哀れなもんかも。それが勝負の世界。負け続けても追っかけられたのは高知競馬場の引退した「ハルウララ」位の物だろう。公式戦が始まってボコボコに打たれても、この人気が衰えなければそれが本物だろう。にこやかに解説するお間抜けな古館を見ていると、この番組の間抜けさが見えて来る。こんなシーンが見られるのも一時だろう。

888号の次が999号 三ヶ月先 4月の君の誕生日の少し先だろう。その時には桜の開花も始まっているし、競馬の桜花賞(4月10日)。今は寒い寒いと言っているけれど、その頃は昨年満開の時を見れなかった、京都御室仁和寺の桜も満開の時を窺っている事だろう。今年は誰と花見が出来る事だろう。その時記念の1000号を迎える。今年は盛大に吉野の花見見物と行きますか?それとも永年の悲願をかなえますか?悲願の花見?太平洋と日本海を繋ぐ愛知、岐阜、富山、そして荘川桜の旅。
夢は果てしない。アイドル探しの旅は親父も変わらない。

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アクセスが一桁多くなる 何でだろう 心当たりが無い

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昨日のアクセス件数が一桁違う 今迄に無い件数を見ると誰かがいたずらをしているのか、少し気になる。それでもこのブログを始めて人の悪口は出来るだけ個人的な事は書いていないので、気にはならない。ブログ炎上の危機は無いので(ある訳が無い)悪戯は止めて下さい。そうでなければ山茶花の怒りは小さく無い。(笑い)

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バス停前の夕日 今日は鎮魂の思いを込めて福祉センターの正門から写す。3本のポールは国旗掲揚の物です。福祉とか介護とか関わりのない生活をして来たが、その内、お世話になるのだろう。人は元気に明るく笑いながら生きて行きたいけれど、そうも行かない現実が目の前にある。空海、弘法大師は肉体の衰えを自覚して息を引き取るが凡人はなかなかそうは行くまい。元気な時に英気と元気をどれだけ発散出来るかその事が問われている。空海もビクトル、ユゴー(レ、ミゼラブルの作者)も人の生き方を問うている。はばかりながら(恐れながら)そんな生き方が問われている。

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ジャパンシンドローム?なんじゃそれ? 検索いたずら?炎上?

昨日の親父の書き込み おかしかったのだろうか?そんなおかしい内容とは思えなかったけれど?シンドロームは日本だけの専売特許ではなく、問題提起をされたイギリスの経済誌特派員もそれ位は分かっての事だと思うけれど。

この国の経済政策を馬鹿にしたアメリカがその上を行く経済対策をしているとはとても思えない。それにしてもマスコミの問題提起の仕方、末期的と思うのは親父だけかもしれない。問題提起の基本的手法が蔑ろにされて我田引水(自分達に都合の良い考え、行為)的コメントに気付いていない。

消費税の問題を語る前に税金を払え。利益が出せなくても社会的責任を果たせ。法人税が払えない経営者が消費税を語るな。収益の補足が出来ない経営者と財務当局に財政再建が出来る訳が無い。今日出来る事をやらなくて明日に事を語るのは誠に滑稽。

世論調査 政党支持率 政治とお金の問題 何をマヌケな事を尤もらしく言っているのだろう?自分達の保身 自分達の考え そんな物は間違いなくこれからの変革の時、何の支えにすらならない。その時が目前にある事を思い知れ。

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2011年1月11日 (火)

暖かい日が続いていた大阪も今日は寒い

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久し振りの寒い朝 山茶花の花も冷蔵庫の中に入っている。
朝の挨拶も「寒いですね」。
それでも山陰と北陸の寒さを知る親父にとって内心は違う。
「北国の寒さはこんなもんやおまへんで」北国の寒さも知らない癖に馬鹿にしている
北国の寒さも慣れるとそれが普通になると言われても、暖かい関西人にそれは無理だろう。親父の様に今年もパンツ一丁な薄着は、ある意味クレージーかもしれない。
テレビの報道では関西の「真冬日」最低気温が零度以下の日は。めっきり少なくなり年に片手で数える位しか無いと言う。
地球温暖化の影響は猛暑日だけでなく真冬日にも現れている。

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もう見飽きた?そうかな?よく見るとこの花びらは開花の盛りを越えても尚、美しい。この冬の寒さが満開の時を長持ちさせているのかもしれない。山茶花の花の盛りは意外に長い。その意味する処は人の美しさも同じかもしれない。スッピンで勝負?電車やバスの中で化粧する輩には無理な姿かも?

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殺風景な仕事場に持ち込まれた名も知らぬ鉢植えの花びら。親父の好きな色。デジタルカメラのトリック撮影でアップされているが実物が実に小さい。春を待つ間もなく音も無く花びらを落とす時は何時の事だろう?

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夕暮れの時 六甲の山並みに日は沈む 夕日が黄金色に輝き西国浄土を照らしている。朝日のご来光とはひと味違う穏やかな景色。1日の仕事の終わりにこの景色が見れるのも心が緩む。何も感じなくなった心が深呼吸している。パクパク。

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バス停前の福祉センターの向こうで夕日がメッセージを送っている。ドボルザークのユーモレスクが聞こえて来る。1日の終わり。最近は日の入りの感動も少ない。昔の人が眺めたその感動は今では見向きもされなくなっている。

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ジャパンシンドローム?なんじゃそれ?

この国の地方の崩壊 都市の高齢化、少子化、核家族化その他諸々の症状をジャパンシンドロームとして外国から注目されていると言われる。しかし、本当はそのような問題に対して効果的対策を打てないオバカな政策、オバカな国民性が引き起こす症状がひと事では無いと外国から注目されているのだろう。何故なら日本の深刻な現実は自国の未来を暗示していると予測出来ているからでもある。(勿論、この国特有の問題も少なくは無い。しかし、それさえもジャパンシンドロームとして裸にすれば、お間抜けな教訓として生かされる。) ああ、何たる現実だろう。この国は立ち直り不可能かもしれない。

そんな事は親父がぼやいた所でなんの効果もない。ところが親父ボケシンドロームと聞けば門外漢とも言えない。夜、近くの銭湯に自転車で出掛ける時、駐輪場に愛車が無い。「何でかな」頭が一気に記憶を呼び起こす。買い物に行ってスーパーの時間制限のパーキングに入れて忘れている。その時は昨日の事と思い込んでいたが料金は2時間無料が2600円。がっくし。ところが領収書を見直すと先週金曜日の夜から。

記憶を呼び起こすと旅行鞄を手にして食料品の買い足しをして、自転車で来た事も忘れて歩いて帰ってその侭になっていた。駐輪時間3日3時間12分。何たる事。時々自転車で行って歩いて帰る事もあったがこれほどボケが進むとは。まだ思い出すだけマシと慰められてもショックは小さく無い。これからはそれも笑い事では済まない。

その為の2600円と思えば安くは無い授業料か。日にちが変わりました。では又、明日。

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2011年1月10日 (月)

多分こうなる 今年の自分大胆予想 やめて下さい

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阪急宝塚歌劇場裏の堰 電車の中からのショットにしては良く撮れている。(自画自賛)行く川の流れが絶えずしてもとの水にあらずと鴨 長明さんは言われたが水の流れも風の音も聞こえない。堰から流れ落ちる水の音さえも。電車の中だから。

ブログのネタで今年の自分の予想を募集しているが、自分の予想は出来るのかな?遊びにしてもオチャラケ過ぎる。人は誰でもささやかな願望があるけれど、人に言える事は多くは無い。尤もらしい話が出来るのは政治家か競馬の予想屋さん位だろう。

その当りの確率は誠に低い。最近政権公約でマニュフェストとか言われることすら、破られて当たり前とは開き直る輩がいるが、自分達の都合で変えられる約束は予想よりたちが悪い。今年の自分の約束。それは信頼です。信頼感のない政権は間違いなく交代です。仕事も仲間もお金さえも信頼のない所には不用です。それ位明言して下さい。親父の今年の自分予想。それは健康と経済的な自立。その程度でしょう。

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今年最初の写真は枯れた竹笹 熊笹はパンダの好物?野生の笹は最近眼にする事も少ないけれど、この花壇の笹は静かに冬の寒さに耐えている。と言っても関西のこの笹には積雪が無い。北国の寒さに比べると寒いと言うのもおこがましいが、知らないとは言えないと一応、冬の寒さを葉先を枯らして照れている。イヤイヤ立派です。

今は冬眠の時。身を潜めて春の暖かさを待っている。この国の春夏秋冬の移ろいは様々だけど、竹笹の枯れた景色に似合う雪は程々、うっすらと言うのは仲々難しい。出来る事ならそんな景色に赤い南天があれば、生け花にも最適かもしれない。

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そんな事をぶつぶつ言っていると柊(ひいらぎ)南天の枯れた葉っぱが顔を出す。葉先の棘(とげ)が目立たない。なんか昨日教えられたミクロ撮影のスキルが伴っていない。しかし、これが言われる程の植物には見えないでしょう。冬の寂しい花壇も良く見て見ると人も眼を気にしていない。親父の今年の生き方。2番目です。

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城跡公園の閉門時間は暫くは5時ですが、日の入りは少しずつ遅れています。これから暫くは寒い寒いと言いながら春を待つのでしょう。この写真を撮った時には気付かなかったけれど、左端にプラスチックのコップが転がっています。

この国の人達の生き方は外国に行った時、本当に素晴らしいと思いますが一概にはそうは言えなくなりました。本当に心無い生き方をしていると、その程度の生き方しか出来ない事を思い知るのは息を引き取る時かもしれません。それでは遅い事が分からないのも哀れです。今年の生き方3番目は人に笑われない生き方です。

昔は不良だったじゃないかと堀内孝雄に言われているが、そう見えるだけです。いつか全てを捨てて旅に出ると言った処で止める人もいないけれど、そう言えるときが来た時、自分の生き方に誇りが持てる生き方をしょう。これは少し難しいかも。4番目の生き方です。

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浜松で楽しみにしていた鰻(うなぎ) この鰻は掛川甚八さんのうな重(松)。浜松の鰻屋さんは予約をしていなかったので値段のワリに味は伴わず。美味い物は一朝一夕には出来ず。美味い物を食いたければ努力と運も必要。その事も思い知る。何事も勉強。たかが食い物。されど食い物。食の欲望が無くなった時はお迎えが近い。今年も飽くなき食への関心。それが5番目の生き方です。早め飯、早食いはどうなのよ?それは直らんでしょう。美味い物を口一杯にして眼で笑うそんな親父が眼に浮かぶ

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大阪発北国へ 今年はそんな旅が出来るかな?昨年から今年に掛けて静岡迄行けたがこれも堀内孝雄が歌う様に焦がれる物を一つずつ物に出来るかな?高所だけはアカンけれど。(笑い)鉄製の橋でも(鳴門大橋)でも歩いては渡れない気がする。今年の目標6番目は旅です。どれ位行けるかな。春夏秋冬 4、5回そんなもんかも。

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7番目の目標は元気で仕事ができる事 愛しい桜木、山茶花の花達と話が出来る事。季節の変わり目と自然を慈しみ、優しい会話が出来る事。そんな当たり前の事が当たり前に出来る生き方。それが全てかもしれない。春は遠く無い。そんな気がする。

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2011年1月 9日 (日)

思い出の伊良湖の岬 天気も良くて良い画像撮れました

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伊良湖の岬 お茶しただけのホテル 本当は泊まる予定だったけれど来週から改装
建物は古くなっていたが景色は何も変わらず。変わったのは歳長けた事。それでも元気で入れば又見れるかも?どうかな?それはこれからの生き方に左右される?

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悠久の時(長く久しい時)を超えて何も変わらない夕映えの時。日の入りにはまだ時間がある。遠くに見える伊勢志摩の岬。神宮の神は優しく微笑んでいた。音の無い風景。風の強さが頬をこわばらせていた。今年も暖かくお守りください。

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水平線が丸い?いやいや地球が丸い。風は強かったけれど日差しがありさほど寒くは無い。伊豆半島川奈の名門ゴルフコースでも同じ様な風景が見れる。川奈でゴルフをした時はリッチな人が多かったが、あれも25年位前の事。あれから干支が2回廻っている。

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来た道を振り返る 最初に来たのは大阪工場の慰安旅行 タヒチのダンスショウとジンギスカン食べ放題の記憶が残る。あの時は今の三分の1の年。次に来たのは半分の年。母さんと最後に来たのが15年前。あれから多くの年が流れても椰子の実は手にしていない。

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椰子の実を探しに砂浜に降りる。砂が引き締まった波打ち際。夕日が段々沈む。しかし、カウントダウンの時はまだ早い。暫くは波と戯れる。島崎藤村もこの風景を見たのだろうか?夕日は綺麗でも椰子の実の気配は無い。

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もっと若ければ波と戯れながら奇声を上げるかもしれないが、流石に声は無い。これくらいの波なら避ける事が出来ても、台風シーズンの高波は避ける事は出来ない。今は秋を過ぎ冬の波、暖かい春の波は3月もすればやって来る。

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夕日に輝く岬のホテル。こちらから見える部屋は夕日の見える部屋。反対側が朝日の見える部屋。日は昇り日は沈む。サンライズ、サンセット。ではその景色をお見せしましょう。

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これは遠州灘の雲の上からのご来光です。海上から(水平線上)の画像ではないけれど綺麗な日の出です。一度泊まりたかった浜松オオクラアクトタワー40階からの景色です。

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高い。見下ろすと足がすくむ。下の白い屋根が浜松新幹線ホーム。この画像を見るだけでもお尻がむずむずして来る。高い所は本当に駄目になりました。それでも下を見なければ平気。窓際にはとても一時しか近寄れない。この画像良く撮れました。

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もう一回泊まります?ノーサンキュウです。下から見上げるだけで充分です。

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天竜川上流秋葉ダム。浜松で車の免許を取ったのが浜松転勤の秋。翌年の早春、このダム迄来る。この上流に佐久間ダムがありそこ迄足を伸ばした気がする。その時、幼かった君の運転でここ迄来たのも何かの因縁。久し振りの再会で親父節炸裂。流石に頭に来ていたが、車の運転はそれ位でちょうど良い。親父は車の運転は出来なくなったけど口先だけはまだまだ達者。その程度です。車の運転テクニックはどんなに経験を積んでも初心忘るべからずです。仕事も生き方も同じかもしれません。一泊二日の短い旅でしたが本当にありがとうございました。これに懲りずに又、付き合って下さい。

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2011年1月 7日 (金)

ご来光は街中でも見れるよ。白銀の世界は何を見せてくれるのかな?

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穏やかな日の出 それでも大気は冷たい 朝、暖かい大阪でもうっすらと白くなっていた。それも表通りに出ると地面が少し濡れているだけで、それも一部分だけ。駅の近くはその面影すら消えていた。明日からの旅用にチョッキを買ったので寒く無い。

宝塚の連絡通路でご来光を拝む。カメラを向けているのは当然親父だけ。廻りの人は皆、見向きさえしない。そんなに急いで何処に行くのではなく、この素晴らしい景色に足を止める心意気も無いのだろう。今年は生き方を変える。感動する生き方。感謝する生き方。何処でも見れる何気ない風景に心を動かす生き方。そんな生き方をする。

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少しピントが合っていないがそれもご愛嬌。明日浜松の遠州灘が見える部屋でマクロの写真の撮り方、教えて下さいね。この花びらも来週見る時には盛りを過ぎている。人の盛りは何時なのだろう?30代?そうかもね。親父の場合は「落ち葉拾い」の時かも。それでも拾って貰える穂はどれくらいあるのだろう?(親父、大丈夫か?)

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上の花より先に開花したがまだまだ、その美しさに陰りは無い。しかし、花芯が開くと落花の時は近い。又来年です。今度は何処の空の下で誰の眼を楽しませて呉れるのかな?(親父さん位のものでしょう。これだけ見つめてもらえば感激です。)

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こうして少し引いてみると親父の話も良く分かる。夏の日差しの影響も上より横の方がマシ。白い花達はもう少しでお役目ご免です。お疲れさま。ゆっくり英気を養って又、来年です。親父以上に愛する人に出会えるかな?

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痛々しい姿をしているけれど開花の時は一変する。左は役目を終えた花。中央上はこれから。表皮は傷だらけでも一皮むければ素肌は美しい。中央下の堅いつぼみはその両方の姿を見比べている。人の生き方も同じだろう。人の振り見て我が振り直せ?

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映画の様な画面 夕日が今年の未来を暗示している 今年の政治経済社会日常の生活
多くの予測がされているが、人事みたいに語られるのが問題認識の甘さかもしれない。その反面危機感のみが強調される。今年はそんなお間抜けは通用しないと思うが、それも違うかもしれない。この国の在るべき姿をこの画像は暗示しているのだろうか?自画自賛。そんな思いに浸りながらこの絵をみている。

これから久し振りにレタスの油炒めです。マヨネーズだけで美味しく頂けるかな?明日は浜松の鰻が食えるかな?寒さも一段落しそうですが新幹線の外は、懐かしい雪景色でしょう。今の年の半分の時、眺めた風景がフラッシュバックして何とも言えない気持ちになるかもしれません。しかし、昨日買った堀内孝雄とあさみちゆきのcdを聞いていれば、それも夢の又夢です。人生80年。その道筋は自分の生き方が決める。白い世界を見ているとスイスでマッターホルンを見上げた時とどれ位、思いが違うのでしょうか?(そんなことを言われても分かりません) 

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2011年1月 6日 (木)

井の頭公園

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一月前のコンサートが艶やかに甦っています。会社に入って間も無い頃のフェスティバルホール、厚生年金会館、サンケイホールのでかさは無かったが久し振りのデカイスピーカー。観客は同世代が多かったのはご愛嬌だったけれど人の事は言えない。

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年が明け今年も静かに始まりましたが今年は君の様に開花の歓びより多難でしょう。それでも勢いは負けていない。次のつぼみ達が開花の時を待っている。人の事をなんだかんだ言う前にやるべき事をやれと言われても、分からないのは人間様だけか?

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昨年の夏は記録破りの猛暑で散々痛めつけられたけれど、それでも負けずにつぼみが顔を覗かせている。小枝迄枯れたけれど暑い日差しを遮ってくれた青葉のお陰で私達は枯れる事は無かった。親父さん、見てて下さい。赤いデカイ花びらは無理かもしれけれど、立派に咲いてみせます。

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今日は大阪も寒波襲来。昼過ぎ迄は日差しが柔らかだったが、夕方一時みぞれまじりの時雨となる。でもまだ本当の寒さはない。暫くは寒いときが続くけれど親父と山茶花の会話は尽きる事も在りません。寒さ知らずの寒の入りです。

タイトルの井の頭公園は東京三鷹に在る公園です。ボートに乗ってデートの思い出は在りませんがこの公園でストリートライブしていた歌姫は、今年も頑張って呉れるでしょう。迷った時、疲れた時、1人で落ち込まないで一緒に笑いましょう。歩きましょう。歌いましょう。そう呼びかけながら歌っています。

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2011年1月 5日 (水)

仕事始め 1年の計は元旦にあり?元旦の計は1年の計?

P1000316仕事が始まりました。
宝塚で乗り換えたバスが何故か空いている。
今日迄お休みの職場も在るのだろうか?
そんな事を考えていると、昨年同じ弁当を食っていたお店が今日迄休みだと気付く。
「アチャア、今日は昼弁当抜き」
流石にそれは出来ない。職場の勤務を始める前にお願いをして、近くのコンビニに走る。(走れない)
交代が少し遅れたが早めに出勤しているので助かる。
そんな仕事始めでした。


P1000318 親父の正月休みは8日。少し気にしていた山茶花の花は親父の仕事始めを心待ちにしていた。
満開の時を過ぎた花びらを綺麗に落として、開花の時を迎えた花びらを揃えてやる。
今年は昨年の暑さが響いて予想以上に開花が早い。
昨年の様に3月迄入れ替わりに開花の時が続くのか心配になる。
これから2月。寒さが続いても親父の心は温かい。
貴方達のお陰です。



P1000317 地面近く迄咲いていた白い花はまだまだ開花の時を続けていた。これは予想外。(勝手に予想すな。)
よそうはうそよ。お分かりか。
競馬の予想は真剣に新聞を読めば読むほど、外れる。
なんで?嘘だから。景気観測も同じ様な物。最近の気象観測の様な精度の高い予想が出来ないのは、人の希望的観測が入り込むからだろうか?
今年の景気予測は良い訳が無い。しかし、全てがそうではない。オセロゲームの様にコンピーターに負ける様ではあきまへんえ。
コンピュター強過ぎる。

P1000315 何はともあれ今年も体に気をつけて。

元気に楽しく明るく行きましょう。(無理だな)

何で?心の持ち様が貧相。

でも今年は何故か心の太陽が明るい。?

何時迄続くかな?

大丈夫。今年もジャズとチ−チャンと音楽の神様が付いている。大事な事は心の切り替え。禍福は糾える縄の如し その言葉を忘れるな。

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今夜のおかず。見栄えは悪いが味は上等。

一度、トロトロの豚の角煮を食いたかったのでこのトンポーロ(皮付き角煮)は湯煎のみ。カット野菜は油で炒めただけ。

カット野菜が細切れ過ぎ。そうでなければ見栄えも良かったかも。まあ、親父料理だから割り引いて見てネ

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2011年1月 4日 (火)

サウンドオブミュージック懐かしいと言うより泣けて来る

何気なくそう思いがけないこの映画の再放送。オバカでオチャラケのお笑いとなんでもありの正月番組にうんざりしていたのに。最初のロードショウは21の時、しかも2回。3回目は23の時、失意の時。京都の場末の映画館。泣いていた。

何で?自分で求めた現場だったのに?慣れるにつれてやりがいを無くしていた。やり甲斐?自分の時間。何の為に?何の目的の為に?そんな事を考えていたら京都から大阪迄の遠距離通勤に遅刻は日常的になっていた。そんな勤務態度は許される筈も無かった。

その時は何かと面倒を見てくれていた「工場長」も東京に戻っていた。翌日、退職届を事務所に貰いに行った時、皆からちょっかいを出されていた女子から何があってもそれを書いたら駄目と諌められる。それで決意が萎える。情けない話。

あの時会社を辞めたらどうなっていただろう?希望の会計士になれていただろうか?食い詰めて志しを恨めしく思ったのが関の山だったに違いない。その後にこの映画を見たのは1人になって大阪に戻り、今の仕事をしている時。多くの思いは重なっても涙は無かった。

あの時、聞いた懐かしい歌「エーデルワイス」を昨年の初夏、スイスのグリンデルワルドでアコーディオンの叔父さんがリクエストに答えて呉れる。

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嵐の前の静けさ 関ヶ原の戦いの教訓

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予想される波乱の年とは裏腹に穏やかな3が日。お正月でした。山陰地方の大雪も関西には山沿いの一部しか積雪も無く平穏な年の始まりです。
親父も明日から仕事、年末年始にゆっくり出来たのも何かの因縁でしょう。

それでも今週末は静岡掛川、浜松。愛知伊良湖の岬に行って来ます。
掛川、浜松の風景を知らない人も少なくありませんが、伊良湖岬の絶景はそれ以上でしょう。浜松に仕事で大阪から転勤したのが30前半、車の免許を取ったのもその時。

それから浜松近郊の御前崎、浜名湖、舘山寺、三ヶ日、春野、気田、大井川、そして伊良湖の岬、豊川、岡崎、最後は長野、岐阜、甲府まで色んな所に行きました。あれから多くの歳月が流れ、今はハンドルを握る事無く侘しい生活になりましたが、久々の解放の時を太陽が祝福しています。

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今朝は隣の大木にムクドリ?が3羽。親父を見つめています。(違う違う。休憩中)
これから11時半に歯医者の予約を入れているのでここ迄。続きは午後見てね。

元旦に兄貴に合った時。親父のブログ内容とタイトルの因果関を問われる。はっきり言って何の関係も内容で在ると言えば在り、無いと言えば無いのかもしれない。(親父正月早々飲んでない?支離滅裂、意味不明)おぬしもまだまだじゃのう。

人の言葉ほどいい加減な者は無い。真意は言葉に在らず。信無くば立つなと言われて久しいが、元旦2日に見たテレビドラマで黒田勘兵衛は信義無くば天下人に在らずと言われていたがどうじゃろう。そうは思わぬか。思わぬ?さもあろう。

信長の言葉で「であるか」も有名だがこの言葉は全てを語る。お前の気持ちはそうなのかと推し量り短い言葉で飲み込んでいる。うつけと言われ馬鹿にされた素行も心に秘めた天下布武の旗印の意味も一般に伝えられる武力でないとも言われている。

しかし、それも又違うだろう。信長が天下統一の唯一つの「信」。それはそれ迄の当たり前、既成概念の突き崩し、その為なら前例が無い、無謀だ 勝ち目が無い、宗教を弾圧すれば罰が当たると言われてもたたき潰して行くその類い稀な戦略。そのものだったに違いない。

それだけの「であるか」で秀吉を育て本能寺で明智光秀の謀反に合う。今日に通用する強さと危うさが諸刃(もろは)の刃(やいば)となっただけだろう。少しでも武将に対する多様性があれば光秀の謀反も無かったに違いない。

今年の政局を思う時(勝手に断言すな)間違いなく政権交代の幻想は崩れる。数は力なりその厳しい現実に自ら背を向けて青臭い「政治と金』の決別とか言いながら間抜けな事を口にしたら、自分が裸の大将だった先の政権に学ぶ知恵は無かったと思い知るしか無い。それとも信長が何度も為し得た起死回生の策を誰かが書いているのだろうか?そうは思えない。いずれその事が明確になる。

親父さん親父さん、関ヶ原の教訓とは?

関ヶ原の戦いを天下分け目の戦いと学校の授業で習った事が在るが、この戦いに敗れた西軍島津の軍勢が実際は石田三成の懸命の出陣要請を断り、戦況を手をこまねいて見ていた事を知る人は少ない。(アンタも司馬遼太郎氏の本の見かじり)

島津の関ヶ原の参戦には多くの事情で兵力は多く無かった。しかしそれだけで石田三成の西軍に加担しなかったのではないと言われている。負ける戦いに加わり武士の本懐を果たす事より戦後の家康の弾圧を避けたと言われる。戦いの結果もあっけない幕切れ。西軍小早川軍の寝返り。西軍総崩れとなった時、島津の軍勢は徳川本陣に突撃正面突破を計る。太平戦争の南の島で行われた死を覚悟の万歳突撃の玉砕ではない。

関ヶ原の負け戦から殿は勿論、少しでも多くの家臣を鹿児島の国元迄返す。その壮絶な退却は多くの家臣(その中には国元から馳せ参じた農民、町民の多くもいた)が支える。伊賀、上野の山中を駆け抜け大阪の港に逃げ延びた家臣は極僅かだったと言う。

その後島津は徳川の圧力に耐え、国境の守りを固め南海上貿易で藩の財政を強固にする。今、支持率の下がった総理に出来る事は島津の撤退に学ぶ事も無い。「解散のかの字も無い」?そうではない。解散権をどう使うかが問われている。それすら行使出来なければ辞職の道しかない。問題はそれから始まる。

景気回復も同じだろう。「アメリカ経済の回復の恩恵」何を馬鹿なことを言っているのだろう?この国の余剰資金がこの国の経済に廻らなくてアメリカ経済に期待するの?今、郵貯、国債の満期の余剰預金は30兆とも言われている。

国内の資金はその30倍。とらぬ狸の皮算用(かわさんにょう)とは正にこの事だとしてもそのお金を有効に活用する最良の方法は海外投資ではない。この国の株価を上げる。その為には円高圧力を撥ね除けるしか無い。

円の対ドルレートが今年は昨年の様な値上がりではなく値下がりだとか。円高圧力がこの国の経済投資活動を押し下げ、海外投資が活発になっていたがそれも一服する?そんな希望的経済観測も真しやかに伝えられている。

これも違うでしょう。この国の円の価値が正当に評価出来ないエコノミストと企業経営者、証券、金融のリーダーに経済の舵取りは出来ないのかも知れない。それで巧く行かないのは政治家の所為?違うでしょう。

いずれにせよ 年の始まりは嵐の前の静けさと思えるのは、親父の独断と偏見かもしれない。しかし、予測当たったらどうします?そんな生き方の準備はできていますか?正論とも思えぬお門違いの見当は間違いなく外れるに違いない。「であるか」

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銭湯行って来ました。携帯の画像ですがどうでしょう?

湯船に首迄つかりゆったりと時の流れに身を任せていると、無礼な輩が少なく無い。

オイオイ、正月の休み明け早々、ケツを捲ったのかい?イエイエ、無視していました。

さすが生き方が変わりましたなあ?どうかな?3日坊主かも?戦闘モードも銭湯では。巧い。

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凄い日の光 夕日も眩しい 汗を流してさっぱりとした体に静かな日の入りです。

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2011年1月 3日 (月)

お正月も終わり明日から仕事始め?親父はもう1日お休みです

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関西は予想された雪の寒さも無く年の瀬の寒さがピークでした。京都の深々とした寒さも元旦の朝がピークで今頃、大原の里も穏やかな年の始まりがスタートしている事でしょう。平家から源氏の世界になった鎌倉時代の始め、隠遁(いんとん)の生活を始めたの時代にもてあそばれた女性と貧しい人達でした。京都の街は室町の時代から戦国の世にかけて、戦乱に明け暮れ武士の世の中でした。その武士の力をもてあそんだのは公家、未だに京都のイメージが悪いのもその所為でしょう。(それは親父さんのおかしな考え)多くの人の思いを飲み込みながら今日の京の街並にはその面影はありません。年の始まりに古きを訪ねて新しきを知るのも大切な事でしょう。(どうでも良い?そうかもしれないけれど今年はそんな生き方を決意しました。)アホやのう。アホです。朝、顔を洗い開けた窓の先の梢にカラスが心配げに親父を見ていました。ありがとう。お母さん。大丈夫。今年もよろしくお願いします。

今日も箱根駅伝テレビの音声を消して、ipodでベートーベンの「運命」を聞いています。アンカーの勝負も20秒の差は詰まらず。戦前の予想通りとは言え勝負の世界は余りに非情。否、これも今年の政治経済、人々の生き方に多くの事を暗示、占いを指し示しているのでしょう。持ちタイムの優れた人が人並み以上の練習をすれば負ける訳が無い。政治も経済も自分達の生活もブレーキ、アクシデントさえ無ければ結果は必然です。運も必要?しかし運も実力のうち。お疲れでした。

箱根駅伝も終わり、ぱそこんで遊んでいると年賀状が来る。8年前の職場で仲良しになった姉妹も大きくなる。親父は同じ歳を重ねてどれだけの進歩と発展が合ったのだろう?。娘達の顔を見ているとそんな事を考えて苦笑してしまう。

(親父さん案じるな。あの頃と今は大きく変わる。困窮したる時を忘れなければ歓喜の時も、遠く無い事を昨年末「第九」を聞きながら思い知る。それ迄は知る由もなかった事が、今年は既に大きく変わっている。

高校の時から見ていた箱根駅伝。時の流れは変わっても、変わらぬ物は「戦略」かもしれない。先見の明を先見の汚名と馬鹿にした生き方は結果が見えている。この国の経済が失われた20年と馬鹿にされても、それはマクロ(全体)の話に過ぎない。

ミクロ(個々、単体)の多くの成功例はニュース価値が無いのではなく、マクロの数字を語れば飯が食えるだけに過ぎない。そんな後ろ向きの話をいくら聞いても前には進めない。そんな単純な事は発想の転換が出来た者達だけに、今年の年の瀬にベートーベンが声高らかに歓喜の歌を聞かせるに違いない。(単純かな?新年の話は明るい。)

これからコンビニでお気に入りのシャケハラミのおにぎりを買って来ます。(歩いて行けよ?自転車にさせて下さい。駄目。歩いて下さい。最近、山にも行かないし。)そうか、おにぎり食ったら歩いて来るか。口先だけ。寒いし。(笑いで誤摩化すな)。

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近くのコンビニでおにぎり2個 暖かいお茶を買って家に帰らず歩いて来ました。いつもの散歩コースから少し離れただけで、こんなお地蔵さんが歓迎して呉れました。

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この仏様は室町の昔からここに安置され、善男善女の病を治してくれる慈悲深い仏様の能書きは兎も角、今年1年の健康と無事をお参りして来ました。健康の源は歩く事、健康法の礎(いしずえ)は呼吸法です。

息を止めて苦しくなったらゆっくりと息を吐き出し(ここがポイント。吸うのではない。)それから口をすぼめて苦しくなる迄息を吸い込む。そう、腹式呼吸です。合わせて手足をゆっくりとこれも苦しくなる迄伸ばして行けば、体の隅々迄生気が満ちて来る。お試しあれ。不健康な親父はこれでこの冬もパンツ一丁です。(自慢すな)

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造花と見間違える。何と言う美しさだろう。名前は分からない。教えて下さい。

Img_4983 何時見ても圧倒される。クヌギの温もり。

この樹齢を思うと親父の哀れさが身にしみる。身から出た錆と言うには余りに切ない。

この樹齢を重ねても君達には老の時は無いのだろうか?

何をおっしやる親父さん。私達は立派な老夫婦です。

貴方と違うのは慈悲の心。相支え合う気持。私達は双子ならぬ双木です。

これから心を入れ替えれば英気をお分けします。有り難う御座います。

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城跡公園 日の入りに間に合う 今年の多くの見方は様々でも間違いなく言える事は「ターニングポイント」「発想の展開」政治と経済の低迷は政治の混迷が加速し前の保守政権の戻ってもお馬鹿なマスコミが伝える程、人々の生活向上はない。己も道は自分で切り開け。先人達はその事を教えている。

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黄金伝説 この国はマルコポーロの「東方見聞録」に黄金の国ジパングと紹介されている。真意は兎も角、金銀財宝の採掘は幕府の手で行われ、その豊かさを手にしたのは為政者、天下人だった。その財宝が今、都市の不用品の中に埋もれている。

そのリサイクル(再利用)の知恵の輪が繋がった時、この国は再び復活が在るのだろうか?それも期待出来ないとするなら花咲(はなさか)爺伝説の復活か?あれは昔話。枯れ木に花は咲かない。裏の畑を掘っても叱られるだけ。大判小判がザクザクとはイカンでしょう。管のおっさんは首です。次は誰?それは親父にも分からない。

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縁起のいい名前の花をお見せしましょう。大金持ちではなく小金持?ちがう赤い南天の様な実を付けたクロガネモチ。今年は気持ちだけでもリッチに行きましょう。

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今夜もテレビに見る番組が無い。これからお雑煮を鶏肉の味で作ります。

Img_5013 シンプルイズベスト 味付けは薄口醤油大さじ3杯。味はホンマに薄味。

お餅は円餅ならぬ切り餅。それでも形崩れず。惜しむらくは鶏肉が雑煮用とは。地鶏のもも、むね肉でももう少し柔らかく。

親父さん、ダシダシ。出汁が良く出ています。カマボコは無くなっていた。

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2011年1月 1日 (土)

謹賀新年 実業団駅伝が面白い 明日は箱根駅伝

穏やかな新年 底冷えと隣の生活騒音?に起こされる。昨年末から煩くなったがこのおっさんに人の迷惑顧みるデリカシーがない。普通の人なら気に出来る物音がそうではないのがこのおっさん、社会人として最低限度の条件を満たす事は出来ない。

昨年からでは無くズート前から、この手の輩は少なく無くて、ひどいのは裁判沙汰、刃傷(にんじょう)沙汰となるけれど親父の場合は蹴りを一発?(オイオイ)。今年はそんな生き方は止めましょう。ジャッキーチェンおたくの親父には無理かも。

鼻で笑われる生き方、そんな生き方はしたく無いけれど、小さい時から叩き込まれた正義感、見て見ぬ振り、知らぬ振りは出来ない性分は変わらないだろう。上から目線とか「なんやその言い方」とか言われたが自分の無礼が分からない裸の大様は少なく無い。

昨年迄は実業団のニューイアー駅伝は、明日からの箱根駅伝の前哨戦の感があって、今イチ面白く無かったが、今年は各チームの実力接近(どんぐりのせいくらべ)順位が入れ替わり、今年の在り方が暗示されている。前半戦トヨタが一位。優勝候補初優勝なるか?

たかが駅伝、されど駅伝。この時期この国の陸上中距離のエリート達が会社と自分の名誉と栄光、存在感を賭けて熾烈な戦いを繰り広げる。メタボな親父は100メートルも全力疾走は出来そうも無いが、この日の為に練習を重ねた成果が充分発揮出来るのは、運も左右する。

4区22キロ。前半出遅れの日清食品が出て来た。箱根の山登りで優勝に貢献した佐藤選手の走りが安定している。トヨタのエースも負けていない。尾田、大家さんの親戚?ガンバレ。コニカミノルタ宇賀地も負けていない。

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穏やかな年の始まり 心配された雪も風もない 木漏れ日の先に見れる幽霊屋敷(失礼)倉庫か?物音を聞いた事は無い。時々、地主の親父?が大木の下刈りをしている。駅伝は5区に入る。強い向かい風と登り坂。期待の選手はどんな走りをするのだろう。これから正午のニュース。山陰の積雪被害が大きい。宍道湖から中国山地に入る途中の木次駅。積雪の年の始まりだろう。お気をつけて。

これから近くのコンビニで雑煮の野菜を買いに行きます。

でも行きそびれました。駅伝の優勝争いは意外な結果になりそう。眼が離せません。最後のアンカー勝負。2時に兄貴と会う約束をしたので、結果はライブでは見れないけれど満足です。勝ち負けは時の運。問題は経過です。仕事も勝負も生き方さえも結果で評価されますが、それだけではない懸命の走りを見れただけで充分でしょう。

昨年は紅白に出れなかったチ−チャンも年末年始は故郷で虎視眈々と今年の出場を狙っている事でしょう。ガンバレ。そうして彼女だけでない多くの新人歌手、中堅の多くが懸命の努力をしている事を多くの人は知らない。(親父、アンタも同じ)

そう、そうです。チ−チャン「一歩」ではなく10歩位のつもりで頑張って下さい。駅伝も最終区トップでスタートした安川電機が優勝争いから振り落とされたが、親父頑張れ。4位でゴ−ルイン出来れば上出来です。貴方の力走は皆が応援しています。

そして今年最初の勇気です。ガンバレ、ガンバレ、ガンバレ。

兄貴夫婦に合って来ました。駅伝のゴールはライブでは見れなかったけれど、優勝候補の初優勝。新人補強の成果と言えば味も蓋もないが、勝敗は時の運。それだけの勝負をするには有望候補を獲得するのも、結果が証明している。

昨年、セントラルの覇者も日本一には慣れなかったが、所詮勝負は時の運。勢いが無ければ相手を凹ませるパワーを全開にする事は出来ない。天下分け目の関ヶ原の戦いは家康の作戦通りと思いきや、勝敗の帰趨(きすう)は意外にもそうではなかった事も知る人は少ない。戦いの功賞は家康子飼の武将ではなく豊臣の武将。

小早川の寝返りが無ければこの戦いは西軍の僅少勝ちだったかもしれない。それでも石田三成の西軍は味方(豊臣)の分裂が勝ち戦とならなかった最大の要因だろう。(親父、話がおかしくなっている)いやいやおかしく無い。個人の力は必ずしもあてにはならない。その意味で優勝候補の初優勝は凄い。(意味分からん)考えなはれ。

今年の多くの願いを初詣に掛けるが、全国各地の神様仏様も苦笑しているに違いない。その願いを忘れなければ少しは良くなる。しかし、アンタ、多くの人は願いを叶えるのは私達だと思っている。そこが違う。肝心な事はアンタの生き方、アンタの心。私達はそんな一部の幸運な人しかお力になれない。その事を思い知れ。

 

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