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2010年12月10日 (金)

山茶花の花 開花一号 

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今年の開花一号は白。恥じらいの思いが後ろ向きとなる。ピントも合っていない。

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細い枝をつまんでこちらに向けても手を離せばこの通り。何番目の花が正面を向いて呉れるのだろう?

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君達の出番も近い。今年も色んな事があったけれどそんな事は関わりありません。

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枯れ葉を落としてハクモクレンのつぼみが勇ましい。この勢いで開花するのだろうか? 空の青さが師走の移ろいを感じさせない。今年も後3週間。忘年会も良いけれど、都会の空でも今年の反省会が出来るかも?無理だな?時の早さは矢の如し。

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今はすっかり葉を落として冬支度。しかし見て下さいこの生命力。根元に近い所から小枝を伸ばすのは、この幹が養分を上迄揚げる活力が無いからと言われる。それでもこの息吹は何だろう?親父もこの幹と同じ元気があるだろうか?

今日、何度も外れた上の歯奥の差し歯が長い間の役目を終える。「今度駄目になったら部分入れ歯」と言われながら何年持ったかな?お役目ご苦労さんでした。これからは不自由すると思うけれど、災い転じて福と為せ。プラス思考で行きましょう。

これからの親父世代の生き方はこの桜の様に生きられるかに掛かる。それでもこの桜の幹も間違い無く役目を終える。どんな役目を果たしたのかは完全に無視され、その存在感も忘れ去られる。人の生き方もそうなのかもしれない。そうだとしてもその無情を乗り越えて行くしか無いのだろう。頑張れ。精々残された時は限りがある。

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何時もの朝の景色。日の出の輝きにも眼もくれず行き交う人の顔に輝きが無い。人は何時の頃からこんなに無表情な覇気のない顔をする様になったのだろう?そんな思いも最近はない。それでもカメラを取り出して構えるのは親父の間抜けな処だろう。

今迄何気なく見過ごしていた景色の中に、人の心を揺さぶる何かがある。文明の進化と生活の豊かさが、心の成長に何の支えとなっていない事に気付いた時、人生の夕暮れは近い。その感動が無くなった時、その後ろ姿に躍動感が無くなるのかもしれない。

今年の世相を漢字で表すと「暑」とか。親父は違うな。世相は様々だと思うが親父の思いは「無」多くの大切な人と物を無くしてもその侭(まま)にしてはいけない。弘法大師の0(ゼロ)の教えは無限の可能性を教えている。「無」のままでくたばるな。

己の生き方の見直しが出来ないで人の事を語る恥ずかしさの認識が無い。どんだけの生き方をして人の事を語れると思っているのだろう>。そんな物は何も無い。も少し謙虚な生き方をしなければ、その罰はその身に降り掛かるに違いない。

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