« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »

2010年12月

2010年12月31日 (金)

もうすぐ除夜の鐘(まだ早いか)カレーうどん食って年は越したし 紅白は見ないし 今年の総括でも? 

年の瀬の静かな夜 微かに隣のテレビの音が聞こえるけれど音楽ではない。親父の様に紅白アレルギーの変わり種もいるのだろう。もうすぐ12チャンネルで「第九」が始まる。N響の演奏会。この多くの人の想いも大変だったろう。今年1年、多くの人の思いが歓びとなって演奏者の指先に集中する。リリング77歳の入魂の合唱です。

今、第2楽章 ゆっくり聞きましょう。ブログはその後にします。

情熱の演奏は終わりました。言葉もありません。今年は年末になってベートーベンとの再会がありましたが、「第九」とピアノソナタの熱情、悲愴、月光、ワルト、シュタイン位でした。来年の事は本当に分からないけれど、自分を変える為に古きを訪ねるクラシックの旅も楽しみになって来ました。

今日の指揮者のリリングさんの音楽に対する飽くなき挑戦、初めて知り感動でした。この歳になってもマダマダ知らない事が少なく無い。知らない事は恥ではないが自慢にもならない。新たなる年は小児の如く求めてやまぬ探究心、これで行きましょう。

皆さん、良いお年を。これから銭湯に言って来ます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

西日本は本格的な寒い一日 大阪も寒い 年の瀬いかがお過ごしですか?

金閣寺は雪化粧 年の瀬の京都の写真を撮りに行くつもりでしたが、余りに寒そうで根性口先だけの親父には、精々近くのコンビニと金融機関に出掛けるのが関の山でした。年末年始の交通機関だけでなく、生活そのものが大きな打撃を受けるので願わくば、穏やかな静かな年の瀬と年の始まりであってほしい。

しかし現実の厳しさは当事者で無いと分からない。雪道の車の走行、懐かしい友との語らい、お酒を飲んでの開放感、たまの休みの限られた日程、そんな多くの要因が重なり思い掛けない出来事も少なく無い。そこには紙一重の幸不幸が気まぐれに作用する事を知らなければならない。

親父は部屋の片付けをして気分が変わらなければうどんで年越しです。そばアレルギーの親父でも年越しの時ぐらいはそばと思っても駄目な物は駄目です。大体、年越しそば自体が言われの無い風習だから、うどんでも良いかなと自分に言い聞かせても何故か今イチ、納得していません。それが許せるのは親父のいい加減な処でしょう。

寒さに言い訳をしながら部屋に居るとテレビに手が伸びますが、今年は本当にうんざりでした。オバかな政治ニュースとご丁寧な解説、意図的に編集された街の声、現実の実態とはかけ離れたコメンテーターの言葉をどれだけ聞かされただろう?

親父のぼやきを聞きながら「それなら見るな」と言われて本当に見るのを止めた。テレビも新聞も見なくなって気付いた事は何も困る事は無かった。反対にうっとうしい尤もらしい解説を見聞きしなくなっただけ心は晴れていた。

今、多くの人達は政治に無関心と言われる。しかし、それはマスコミの政治の伝え方に問題がある事を当事者が意識していないだけで、来年はもっと多くの人が政治に愛想を尽かすだろう。しかし、その事が自分達の懸命な生き方を踏みにじられている事に気付かないとしたら、どうするのだろう?どうでも良いといいながらその程度の生き方しか出来ていない己の貧しさに気付く時は何時の時だろう?

今年は景気が悪い。雇用が悪い。生活が悪い。政治が悪い。何か人事の様に言われた。自分自身の生き方がどれだけ問われたのだろう?おばかな政治はその事を語る事なく、尤もらしく政治と金の問題に終始した。何で今の政治に訳の分からな大金が掛かる事を問題にするなら、個人献金を認めないのだろう。

政治と金の社会的説明責任とか訳の分からない事を言いながら、自らの力の無さをどれだけ認識したのだろう。明日からは新年だから断言すれば間違いなくその事が問われる。他人をどんなに追いつめたとしても、自分にそれだけの力があると思うのは過信でしかない。それは政治家先生だけの問題ではない。

年の初めに多くの事を祈念する国民一人一人の問題に違いない。今年の紅白でそんな思いも無く年が越せる人は幸せかもしれない。偉そうな事をこいでいる親父でもクラシック音楽を聴くのがオチだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月30日 (木)

紅白の入場券がウエブサイトで48万円 これはもう、なんでも有りか?

年の瀬の国民的娯楽番組に目くじらを立てる事は無いが、某国営放送の大晦日の恒例歌番組の入場券がウエブサイトで48万円?驚いた事に主催者もウエブサイトの管理者も為す術が無いとか。嘘でしょう。サイトの管理者はビジネス。主催者は黙認。

今は人気のチケットには転売の規制は無いが、ただ同然で手にした物が48万とはそれはないでしょう。それを許せばこの歌番組の在り方が問われる。放送開始以来そんなぼろ儲けを許したら、過去の伝統と格式は台無しとなり来年の開催は無くなる。

そんな事は無い。そうでしょう。この国の多くの人達はなんだかんだと言いながら、本当の1年の手締めさえこの程度しか出来ない事を最近痛切に感じます。この寒い年の背に年さえ越せない貧しい人の事など、爪の先にもないのでしょう。年末助け合いの思いなどこの程度かと思うと意地でも見たく有りません。(どうぞご勝手に)

紅白を見て初詣の生活が途絶えた時、その安閑としていた生活の糸が切れる事を実感するのは例外ではない事を思い知った時、親父の気持ちが分かるでしょう。今はなんだかんだと言ってもその程度の事です。そんな偏屈、そんなイジケの親父にも年の瀬は容赦なく覆い被さり、そして何事も無かったかの如く新年が始まります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

年の瀬のお買い物 この静かなアパートも出入りが多い

年末。近くの宝塚インター近くの中国自動車道も混雑している。最後に家族で帰省したのは君が中2で兄貴が高1の時か。あの時は夏の帰省。年の暮れの様な混雑にはならないだろうとタカをくくっていたのが甘く、愛知県岡崎位で殆ど進まず。

神戸からのフェリーの時間が気になり次の豊田インターで下道(したみち)に降りる。それでも親父はのんびりとしていた。諦めていた訳ではないのに途中、ジーンズのお店に寄ったり日産の販売店で、フェリー会社に電話をしたりしていた。

乗船切符は乗り遅れると無効と言われて俄然その気になって名阪国道を急ぐ。名古屋から途中迄無料(一般国道)鈴鹿の山越え位から有料になり、びんびん飛ばす。意外にこの道は空いていた。それでも大阪平野に入ると夕方、陽は既に傾いていた。

この時点で完全に諦める。それが良かったのか分からなかったが市内の高速も、道を間違える事も無く神戸青木のフェリーターミナル到着。その少し手前で目的の船は出港。これが本当の一足違いと苦笑しながら、乗船整理の叔父さんに次の便を聞くと「臨時がすぐ出ます」ラッキー。他にも乗り遅れの車と乗船待ちの車が多かったとか。

船の中は当然2等船室。流石に場所取りがきつい。個室は無理でも特2のベッドと聞いてみると空いていた。雑魚寝とは大違い。寝る場所が確保されていた。帰りはこの席も無かったが2等船室。いびきが気になるまでもなく何故かこれが最後の予感が当たる。

別府湾の夕暮れを屋上デッキでロッキングチェアーに座り、1人で眺めていた。四国八幡浜の夜景、来島海峡の狭い急に廻り込む暗闇の海もその後の人生を暗示していたのかもしれない。あれから多くの歳月が流れて親父は今、新たな船出を予感している。

静かな静かな年の瀬 今年も年の瀬のニンマリ出来るおせちを口にしなくても、このipodでベートーベンの「熱情」を聞いていれば年越しそばもうどんで充分だろう。年の瀬と新年早々仕事をしていた時を思えば、心は満ち足りて来る。

今夜はチャンポンです。年末は大荒れの天気が予想されているけれど、関西の年の瀬は北国に負けない程の寒さです。雪の量や風の冷たさを比べ物にならないけれど、それでもこれ迄が暖か過ぎたからだろう、めっちゃ寒い。外に出掛けるのもおっくうになる。

本当はマダマダお正月に準備が出来ていないが、明日は大晦日。年越しは家でなく出掛けるとするか/どちら迄?それは内緒です。昨年迄は本当に寂しい年の瀬だったけれど、今年も間違いなく紅白は見ない。田舎の暖かい座敷で家族揃って無事年の瀬の祝いが出来たあの慶びの時は無くても、淡々としていれるのは特別の思い入れが無くなったからだろうか?否、それだけ寂しい生き方に慣れたのだろう?

今年は秋にレ、ミゼラブルの本が読め年の瀬になってベートーベンの「第九」が聞けた。追い討ちをかける様に長い間聞く事が無かったピアノソナタ23番「熱情」。それだけでなく今、聞いている第8番「悲愴」。これはこれ迄の多くの想いを超える。

嬉しいとか哀しいとか憤りの思い。今年も色んな事が在ったが人の感情にたたみ込んで来るベートーベンは本当に最高です。今迄の哀しみが歓びの時と変わる前に今年の最後に大きなプレゼントを手にした気がする。これ迄人に上げたお返しだろう。

ミゼラブルの主人公も偉大な作曲家ベートーベンの晩年は必ずしも幸せではない。反対に不幸だったろう。それでも後世の人に伝えたものそれは名声や名曲だけでなく生き様だったのだろう。目の前の日常だけに一喜一憂しない生き方、その事をこの年の瀬に教えられた気がする。バカバカしい?そう思いたまえ。ベートーベンもそう言っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月29日 (水)

夏の日の思い出 スイスの思い出

Img_2401

今年の夏の暑さは各地で観測史上最高とも言われたが、佐伯の駅を静かに発車する特急。その後ろ姿を見送りながらデジタルカメラを抱えていたのは、お盆の混雑が始まる前の閑散としたホーム。1人で墓参りに帰り汗を滴らせながらお墓の掃除をした。

Img_2405

ウサギ追いし彼の山、こぶな釣りし彼の川 夢は今も巡りて忘れ難し故郷。志を果たして何時の日にか帰らん。山は青き水は清き故郷。ベートーベン ピアノソナタ 第23番 ヘ短調 作品57<熱情>を聞いていると過ぎし日の思いが込み上げて来る。ベートーベンもこの曲を作りながら何を考えていたのだろう?

Img_2425

田舎のお寺は静かだった。そして暑かった。この枯れ掛けた幹を見ながらこの樹の生命力に仰天していた。枯れ木寸前の親父にこれほどの力強さは無いが、大好きなベートーベンピアノソナタ熱情の鍵盤を叩き付ける命のほとばしりが、静かに吹き上げていた。

Img_2397

車窓から見える風景は何も変わらず、この道を走った遠き日の帰省の時を思っていた。又、あの時と同じ独りぼっちになったけれど、哀しみも溜め息も無く在るのは命だった。その命もその内くたばる。そのとき故郷の山や川は暖かく迎えてくれるのだろうか?余命幾年(いくとせ)と問うて首を振られたあの無念の思いは、今では消え失せている。

Img_2209

スイス グリンデルワルト この景色がインターネットで見れる 今は雪景色 スイスの四季は日本と同じなのだろうか?ライブ画像には雪景色が写っている。右端の山を廻り込んだ処にアイガー北壁が在り、ユングフラウヨッホはその山をトンネルで抜ける。展望台下の食堂で身動き出来なかった親父でも景色には感激でした。

Img_2181

浅田次郎記念プレートの丘から見たアイガー北壁。天気に恵まれ感動の景色でした。

Img_2219

ホテルに上がる道 高級感は無かったけれどレストランの叔父さんアコーディオンの演奏でエーデルワイスのリクエストに応えてくれる。サンキュウでした。

Img_1858

撮影チャンスはどうでしょう?中々動く車内からのこのショット簡単ではない。サンモリッツからイタリアティラノの鉄路は驚きでした。この区間冬期も運転。除雪の量が半端でない事は夏の景色から想像出来ない。

Img_1879

Img_2127

グリンデルワルト駅前の花壇 さり気なく密やかに それでも上品です。

Img_2173

クライネシャイデック駅 グリンデルワルトから上り下りの電車はここでユングフラウ行きの電車に乗り換える。高度調整。それでも一気に富士山の高さ迄登ればメタボな親父はダウン。皆、元気だったなあ。

Img_2166

これからユングフラウ展望台に向かいます。車掌さん、切符の改札はやったのかな?

昨夜ここ迄でブログの作成がトラブり中断でした。原因不明。しかし、同様のトラブルはこれで2回目。結構いい加減。お詫びのメッセージも何も無い。文明の利器は本当に進歩したけれど、それを管理する人の在り方は余りにお粗末。その程度にしか対応が出来ないのだろう。これから続きです。

Img_2151

夏山の始まり。2人でハイキングコースの確認中?ここからどれ位歩くのだろう?一見安全そうに見えるこのルートも歩き慣れたハイカーでないとガイドが必要?

Img_2157

迫り来る山塊 画像ではよく見えないが手前の雪渓の先がウオーキングのコース。その先は大きくえぐられた谷。落ちたらひとたまりも無い。落ちる危険性はない。それでも柵などは無い。自己責任です。

Img_2153

これからアイガーのトンネルに入る。親父の画像はここ迄しかない。登山鉄道はトンネル内で5分間停車する。そこに横穴から北壁の外が見れる展望台が在る。親父はここからじーとしていた。この時は動けたが横の幼い子が体調の変化を喚いていた。姉さんの子供のオーバーアクションを妹がなだめながら皆で苦笑していた。子供は正直です。

暫くの後、電車は動き出すと登りから下りになる。トンネル内の両側は岩盤がむき出し。暫く走ると終点。薄暗い中を廻りを見上げながら前の人に続く。さっき迄ぐずっていたがきの姿は見えなくなっていた。親父も無言になる。

Img_2494

これは君の画像 親父は下の食堂でインドの女性と唯、ひたすらに時の経過を待ちながら時々、近くの景色を眺めながら呼吸を整えていた。(情けなー)。オーバーです。インドの女性とヒマラヤの話をしていた?それも無い。彼女も無言だった。

Img_2495

ホンマに元気や 天気快晴 しかし一旦視界不良になるとここ迄は上がれない?女性の左に立ち入り禁止のロープが見える。天上界の風景?左上にスイスの国旗が見える。

Img_2497

これがユングフラウ、ヨッホ?見ていないので分からない。こうして見るとアルピニストの凄さが分かる。どんなにお金を積まれてもこの頂に立てる人は限られている。世界でどれ位居るのだろう?見ているだけでゾクゾクしてくる。

Img_2536

冒険野郎は何処にでも居るのだろう。このハングライダーはも少し低い所だった?

Img_2502

クライネシャイデック駅 ここ迄下がると元気になる。電車乗り換えの時間を利用して食事。この絶景も見納め。しかしこうして画像で見直すともう一度行きたくなる。けれども、これだけの天気に恵まれる事は余程の生き方をしないと無理かも。

Img_2483

世界文化遺産 アレッジ氷河?ユングフラウヨッホの観光でこれだけの景色が見れたのも環境についての自然界からの啓示(神、又は超越的存在より真理、又は通常で知り得ない知識、認識が開示される事。ウィキペディア、フリー百科事典)だろう。

Img_2471

国旗が証明 新田次郎の「孤高の人」はこの山をどんな想いで仰ぎ見たのだろう?見ていないかもしれないけれど、この君が撮ってくれた画像を見ているとそんな気がする。雲一つない空。もう少し山塊を撮っていたらベストアングルだったかも。(失礼)。動けなかったくせに。あざけりの声が聞こえる。でもあれで充分満足でした。

この日はもう一泊して親父の旅は終わる。6日間の旅。全ての日が天気に恵まれてパーフェクトでした。親父のつぶやきはスイスでも変わりませんでしたが、その度に機嫌を取られて、又、反対に子供の頃の逆襲を受けていました。

泣きたい気持ちで帰って来た旅もこうして見直すと、2度と経験出来ない最高の旅だったのでしょう。本当に感謝しています。旅の最高のおもてなしは何と言っても景色と天気、そして飾りの無い裸の付き合い?今度は彼女と行って下さい。

次はどこに行くかな?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月28日 (火)

今年の総括 自然の逆襲 健康管理 来年の予測

東京太田区で痛ましい交通事故が馬鹿者(若者)が起こしている。車の暴走を繰り返せばこんな結果になる事位が分からないだけでは済まない損害。その償いは一生掛かっても出来ない哀れをこれから思い知るのだろう。ハンドルを握る馬鹿者に警鐘では済まされない不幸な出来事が、この1年どれ位在ったのだろう。

この事故の報道によれば前の車と追い抜きを繰り返しながら、事故の時、左側から追い越しを掛け交差点で信号待ちをしていた小学生2人をはね、1人は死亡、1人は意識不明の重体という。馬鹿たれ、前の車を追い越せなくて左から追い越すか。それがどれだけ危険な運転行為か知らないでは済まされない。

交通刑務所で懺悔の日々を繰り返し、どんなに反省しても幼い命と体は戻って来ない。一緒に居た祖父と祖母も守ってやれなかったと言うには余りに厳しい現実。どんなに大怪我をしたとしても叶う事なら身代わりになりたかっただろう。

このブログを読んで呉れる人には事故の怖さを知らない人は居ないと思うが、車は便利でも運転の仕方を間違うとは知る凶器、棺桶、一生が台無しになるだけでなく、見知らぬ人の殺人者になる事を、ハンドルを握った時から思い知らねばならない。

それが出来ない馬鹿者に運転免許が簡単に渡される。親父の様な安全運転が出来た年寄りでも、久し振りにハンドルを握るとキープ、レフトが守れない。ハンドルにしがみついて道の右寄りを走っている。追い越し?出来る訳が無い。

今年1年の全国の交通死亡事故は減少したと言われても、事故の危険と馬鹿者の運転が減った訳でもなんでもない。今、自転車に乗っていて対向の自転車と鉢合わせに結構なる。親父は当然左側通行。相手は右側。それでも結構避けない。鉢合わせになっても怪訝な顔をされる。馬鹿野郎。自転車も車だと思ってないのだろう。

時々、狭い道で右から抜かれる事がある。最近の自転車は速くて軽いのがあるから。そんな自転車は案外デカイ。でも自転車の追い抜きは広い道で左側からお願いします。そうでないとハンドルを取られる。相手が転けて怪我をしたら賠償責任がある事もそんな輩は知らない。

一度バイクに撥ねられそうになった事がある。あの時は親父が急に右にハンドルを切ったから。(後方確認をしないで)あの時撥ねられていたらバイクにも責任があったとはあの時のオネエちゃん、知っていただろうか?知らないだろうな?絶対このおっちゃん急に曲がったので避けきれなかったと言っただろう。それでも駄目。前方確認が出来るスピードを超えていた事を学習しただろうか?

太田区の事故の教訓を誰も語る事無く、当事者の愕然とした悲痛の思いだけが癒される事無く、何時迄も残るだけだろう。信号待ちの事故が意外に多く、何の関係もない幸せの時を一瞬にしてたたき壊される時も少なく無い。信号待ちの時、車を運転の時はバックミラーで後方の確認。歩行者の時はガードレールか電柱の後ろで安全を保たなければならない。事故のニュースは本当に悲惨。人事でない。それだけに怒りの思いが込み上げる。全国の幹線道路に設置されているスピード取り締まりのハイテク技術は殆ど生かされていない。

幹線道路のスピード取り締まり、無謀運転の免許停止、取り消しは最近どんなもんだろう。運転をしなくなって久しいので良く分からないが、地域のおまわりさん、交差点で殆ど見ないのは何故だろう?人員不足と思いきやそんな実態はマスコミの報道にも無い。知らなければ調べろ?その必要は無い。自分の体は自分で守るしかない。

官僚の体質だよ。人が居ないのではない。交通取り締まりが出来なくては市民の安全を口には出来ない。この国は何かと言えばマスコミは社会的責任と口にするが東京の閑静な住宅地でこんな悲惨な事故が起きても、社会的責任は馬鹿者にすら負えない。未然防止など出来る術も無い。自分の身は自分で守れ。

今年はこの国各地の天然災害が都会に住んでいると、身の回りの暑さしか知らないが集中豪雨の災害と異常とも言える季節外れの天気、間違いなく環境破壊は進んでいる。貧困ビジネスがこの国でも進んでいる様に環境ビジネスも来年は増々盛んになるだろう。国際会議ではどんなに対策を求められても、自国の経済論理ばかり振り回していては改善は進まないに違いない。

来年はこれ迄の先進国と発展途上の国の図式では描けない環境破壊が、全ての国に対応を迫るに違いない。それでも各国のリーダー達は、自国の損得だけを振り回して問題の先送りしか出来ないのだろう。環境先進国と言われた国の実態が明確になるにつれ、その思いを強くする。環境に負荷をかけない快適な生活環境どころか人が住めなくなる現実が進行しても、世界の賢人には為す術が無い事が明白になる。

大阪万博で問われた人類の進歩と調和のスローガンが踏みにじられても尚、経済発展を優先させる国際感覚に何時歯止めがかかるのだろう。口策だけで痛みの伴わない国際会議にこの国の賢人、学識経験者の声は小さい。発展途上大国に掛けられる期待はそれ程に小さくは無くても、その認識は余りに無い。

来年のこの国の政治、経済、国民生活がまことしやかに語られても、そんなものは屁の突っ張りにさえならない。来年の見通し?そんな物は語るな。明るいとか明るく無いとか言われても、それが何にもならない事は言うまでもない。競馬の予想?いやいやそれ以下に違いない。来年は間違いなく卯年(うさぎ)。亀の様な堅実、停滞はない。心して生きなはれ。眼を充血させて走り回らぬ様自己研鑽に励みなはれ。

親父は?。よくぞ聞いてくれはりました。親父世代は君達の邪魔をせず健康で明るく生きるのみ。(それにしては今年よくぼやきましたなあ。親父の言葉は暗い。もっとポジティブに生きなはれ)はっはっは(笑い)。口先だけで生きていますから気にせんといて下さい。まず、間違いない今年の総括でした。

それでは今年のご健闘を祝してファイナルショット

Img_4954

この干し柿 長野県下伊那郡喬木村原さんの自慢の作 近くのスーパーで買えるが値段は安く無い。それでも生産者の思いが伝わって来る。今夜初めてパッケージの裏に貼られた原さんの名前を目にする。和歌山県産生産者の名前は分からないが甘い。

Img_4936

何ものにも負けない美しさは君の事です。苦しいとき哀しい時(そんな若さも風前の灯)来年も励まして下さい。こちらこそ。頑張りましょう。

Img_4891

鴨が懸命に泳いでいる。人の想いを超えている。あれがしたい。これもしたいと思って見た処で叶う事は多くは無い。それでも懸命に生きる。それが彼女が教えて呉れた貧困からの脱出かもしれない。西成のマザーテレサと言われた彼女の想いは消える事は無い。

Img_4848

生きていると哀しい事も少なく無いが嬉しい事も珠にはある。初めての街で初めて口にしたコーヒー。上に少しだけレ、ミゼラブルの3巻が見える。この巻は作者の歴史感、社会観(フランス革命前夜?)人生観、宗教感、多くが混在して読み返す毎に新な感覚が沸き起こる。上等のコーヒーの味がする。来年は伊丹のRIROに何回行けるかな?

Img_4829

Img_4687

もう花開いたけれど一番最初に開花した白い山茶花。本当に感動した美しさ。人の心もそうありたい。白と紅。なんて対照的だろう。自然の営みは人の想いを遥かに超える。今、この堅いつぼみが開花の時を迎えている。来年、見れるかな?

Img_4703

出ました。この花の妖精が笑っている。誕生の喜びです。

Img_4704

Img_4789 白い花はみんないびつな形をしていたけれど、美しさに変わりはなく懸命に存在感を示していました。今は白い花が満開となっていますが、これからはその姿を紅の花に譲るのでしよう。ありがとう。又、合う日迄。

Img_4594

産みの苦しみとは男には分からないが、そんな感じがしていた。このつぼみ達は今、大輪の花を咲かせている。

Img_4499

京都円山公園から上の道を見上げた時に、虎が吠えていた。「良く来たな」何年振りと言うより初めての紅葉の時。何度もこうようと思っていました。(オイオイ)2人で来たときは新婚の時。花見の時。あの時、見上げた若葉の印象は消えていた。

Img_4228

静岡大井川鉄道井川トロッコ列車の影 親父の自信作 そんな事を自慢すな。

Img_4138

ああ、思い出の大井川塩郷の吊り橋 1人では渡れませんでしたなあ。次の機会はあるのでしょうか?ここから見る大井川の流れは美しかったが水量は多く無い。

Img_3769

京都高雄神護寺参道の茶店 赤い毛氈(もうせん)の上で湯豆腐を食ったのは何時の日だったのだろう?無かったのかもしれない。それでも夏の暑い夕暮れこの下の宿に予約無しで泊まったのは間違いない。シビックの時。今から32年前の夏の日。

Img_3793

神護寺山門の紅葉 朝早く人の数も多くは無かったけれど、弘法大師ゆかりの寺も昔の面影は無かった。(知らない癖に)済みません。いいえ済みました。多くの善男善女を見ながら弘法大師も苦笑していました。(うそをつけ)ハイ、嘘でした。それでも景色は多くの言葉は無用です。心の中で多くを語ればそれで充分でしょう。

今年後半のハイライトでした。夏から思い出のスイスと春のスライドショウは又のお楽しみです。おやすみなさい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月27日 (月)

親父の仕事納め 今年も後4日 しかし、それも通過点

Img_4942

Img_4945

Img_4934

Img_4951

Img_4948

Img_4952

Img_4936

Img_4933

Img_4940

Img_4946 親父さん、一年間お仕事ご苦労様でした。そして私達を今年の始めからズーと見続けて頂いてありがとう。
始めの頃は私達を椿姫と思っていた様ですが、山茶花と気付いても見方は変わりませんでした。

今年の夏は本当に暑かったけれど、水をかけて呉れたり、枯れた葉を摘んで呉れたり肥やしは何も呉れなかったけれど、それだけでも充分でした。

お陰様でこんなに多くのつぼみを抱える事が出来ました。お正月休み、ゆっくりして下さい。お疲れでした。

Img_4947_2

年の瀬とお正月5日迄見れないけれど大丈夫かな?大丈夫です。満開の姿をお見せした花びらは地表に落ちても見て下さい。この一杯のつぼみ。お正月開けが見頃です。もし、心配なら見に来て下さい。(それは無い)そうでしょう。だからゆっくり英気を養って心も新たに私達を見守って下さい。(ラジャー)なんですかそれ? 了解です。

Img_4931

何時も夕日の沈む六甲山の写真が、今日は朝日の昇る家(イエイエ隣の工場)。静かな年の瀬ですが、それも嵐の前のなんとか?新たなる年は心して激動の社会を見なければならない。本当は今年がそのスタートの年だったのだろうが、改革の芽を育む(はぐくむ)試練に見事に落馬する。人を批判するのは良しとしてもその芽を育てなければ、物事の改善は無い。既成の果実だけを求めても渋柿を口にするのが関の山だと思い知るのは何時の事だろう?「政治と金の問題」とか「景気対策」「公平で公正な社会」とか言っている間に抜き差しならぬ現実が待ち構えている事に気付くのは何時の事だろう?今年もお餅つきの杵の音は聞けそうに無い。

Img_4930

今朝のバス停前の風景 停車しているバスに乗り込む前に朝日の輝きを捕える。嘆く事は無い。人は人 己は己 誰もてんでんばらばらの生き方をしている様でそうではない。目的地は違っても目的に大差はない。その事をこの光のポイントは指し示している。自分に出来る事をやりなさい。そして少しは今よりはもっと人の為に生きなさい。そうすれば光のポイントが間違いなく大きく光り輝くに違いない。

お餅つきと美人なんとかの大忘年会。うらやましい。小さい頃、年の瀬に親父とお袋が汗だくになりながら杵碓(きねうす)で餅をつくのを見ていると、なんだか喜びの気分で一杯だった。自分だけでなく我が家がそんな空気に満ちていた。

あんこ餅をほお張りながら満ち足りた年の瀬。あんな幸せの時は幼い時の喜びでしかないのだろう。誰も何も言わなくて無事に越せる年の瀬に感謝していたのだろうか?そうではない。皆元気で餅がつけ食える事に嬉しさが込み上げていただけだったのだろう。今年は久し振りにあんこ餅、口にしますか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月26日 (日)

寒さも一服 穏やかな年の瀬 有馬記念も終わる

Img_4929

今年も残り少なくなりました。今日は有馬記念。来週は箱根駅伝。その次の日曜日は愛知県伊良湖の思い出の砂浜を踏めるかな?名も知らぬ遠き島より流れ寄る椰子の実一つ、島崎藤村に歌われた伊良湖の岬は名古屋港の入り口、出口です。

年の瀬は何かと慌ただしくなりますがこの歳になるとその感覚も無くなり、あっと思う間もなく新年を迎えて又、年を重ねるのでしょう。その年の瀬に無為の言葉を嘆く事無く、歓喜の歌を高らかに歌える時は無理かもしれないけれど、今年も大過なく過ごせた日々に感謝しなければ罰が当たるでしょう。

最近、罪と罰そんな言葉の重みを感じる事も少なくなりましたが、人が思いの侭に生きる事がどれだけ大変であるか、この時期に今一度かみしめてみる事も意味の無い事では無いかもしれません。今年の生き方は大過は無かったけれど余りに無策、その事を競馬場で予想新聞眺めながら、痛感していました。来年は1念発起、乾坤一擲(けんこんいってき)生き様を呼び起こさなければ成らない。国も地域も会社もその事が問われている。

Img_4916

Img_4917

上がスタートして間もないポジション争い。下がゴール前。15番が差し切る。2着は内の馬。一番は人気薄。2番は上位人気。三着は9番。予想の一番人気は着外。予想とはその程度の物。年の瀬の風がゆったりと流れていた。これは阪神第3レースかな?動いている物を捕えるのは難しいけれど、馬番が確認出来る。

会社で現役の頃、勝ち馬投票劵をマークシート用紙で作った頃の厳しい規格を思い出す。人に見易く機械には認識されない印刷設計。投票用紙のサイズ、眼で見る管理。色々在りましたなあ。競馬場の検品。品質保証。今はその仕事も役目を終えている。

たかが競馬、されど競馬です。親父が23の夏、初めてこの地に立って多くの年月が流れている。後、どれ位元気にこの地に立てるか分からないけれど、当時と比べて競馬場も本当に綺麗になりました。綺麗にならないのは現実の生き方だとしたら、どうする?それも又、人の世の果敢なさでしょう。

静かなクリスマスの夜、インターネットの「親父のつぶやき」でスイス、グリンデルワルトのライブ画像を見ながらベートーベンの第九「合唱」1942年のライブ録音をフルトベングラー指揮ベルリンフィルの放送を聞いていると時空を超える感がして来る。今は居ない人の息遣いが聞こえて来る。第九のイメージが全く変わる。

このベートーベンのシリーズは初めて知りました。一度やってみたかった事、それはワインを飲みながらクリスマスの夜にベートーベンの「第九」を聞く事。ワインはコーヒーとケーキに押し切られてまだ口にしていませんが、その思いは半分達成。やりました。このcd1500円。お薦めです。曲調もワインがぴったしハマりそうなバラード。スローテンポが心の琴線に必ず響く事でしょう。

年の瀬はこれも親父の好きな「激情」を聞きたい。梅田のタワーレコードのガイドに何番か聞いてみよう。もし知っていたら教えて下さい。音楽を聴く喜びは長い間封印されていた気がするけれど、それも自分の寂しい生き方だったのだろう。

音楽家として一番大切な音感。それを失っても尚、作曲と指揮の情熱を失わなかったベートーベンの生き方は、必ず聞く人の心に感動と歓喜の思いを重ねて呉れるに違いない。新年になると恒例のウィンフィルのコンサート。これは教育テレビで聞き逃せない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月25日 (土)

クリスマス寒波 やって来ましたサンタクロース 寒波に乗って

自転車をこぎながら近くの喫茶店に向かうと、向かい風、その風がこの冬一番の冷たさ。流石に薄手のズボンとパンツ一丁の過半身を直撃する。北国の寒さと雪かきの苦労を思うとマダマダ天国かも。阪神競馬場も風花が舞っているがこれが平年並みの年の瀬だろう。最近足が遠のいている喫茶店内はそこそこの客。

しかし、足が遠のいた雰囲気の悪さは何も変わらず。相変わらず貧相な客が少なく無い。(偉そうに言うな。上から目線はやめろ。お前も大差ない)そう言われても気分が悪くなるお店に足を踏み入れるのは、久々のモーニングセットを口にする為。

モーニングの味は落ちては居なかった。親父のお気に入りはゆで卵。小皿の野菜サラダもシャキシャキとして悪く無い。難を言えばパンにモッチリ感が無くパサパサ。それでも焼き方でカバーしている。コーヒーが美味いのも商売が下手なマスターをカバーしている。難儀な事は自覚の足りなさか?客商売は水商売とは言い得て妙かも。

コーヒーを飲みながら食事をしていると、横のお客の他愛無い会話、男二人連れが気きになる。別にどうって事は無いのだけれど会話に絶え間が無い。何でこんなに喋れるのかなと思える人が少なく無い。(親父もそう。人の振り見て我が振り直せ)。

これから歯医者です。この続きの話は夜出来そうです。興味ない?ではお見逃しを。

入れ歯の話をする前に眼鏡を新調しました。値段は君の半分。フレームの値段なんて有って無い様なものと言われても、メイドインチャイナではね。眼鏡フレームは何と言っても福井県鯖江でしょう。鯖江の地場産業も海外との価格競争で厳しい生き残りに晒されているが、安かろう良かろうの製品に立ち向かうのは並大抵ではなかろう。

同様の事がこの国にの産業にも求められている。たいした買い物さえも出来なくなっている消費者の財布のひもは本当に固い。固いと言うよりカラに近いと言った方が正解だろう。そんな財布を当てに商売をしてもじり貧は間違いないだろう。

親父が先に口にした様に絶対的信頼と品質。それが分かる人に売れば良い。反対に言えば分からない人にはメイドインなんとかを買ってもらえば良い。たかが眼鏡、その程度です。親父が3年前に手にしたこの眼鏡のメーカーは分からなかった。

それでも自分の顔かたちに合った商品を手に出来た喜び、それは人に自慢したくなる程に嬉しかった。買い物の喜びは何も安い物を手にするだけではない。自分の身の丈を超えた買い物でも満足出来れば嬉しいし、満足出来なくても納得出来ればそれで良い。その為の苦労、その為の屈辱、その為の平身低頭、謙(へりくだり)の言葉使いと思えば屁(へ)でもない。商売は商い(あきない)。仕事とはその程度の事です。

今年、散々、多くの政治家先生と経済のリーダー達が口にした、景気対策は一体なんだったのだろう?この国がアメリカに無策と言われた景気対策をそのアメリカが、大々的に行い成功したかに見えるが、経済の活力は国に頼る事ではない。税金(法人税)も払えない企業が全体の3分の2以上の対策は、今、言われている事ではないだろう?(では何?国の財政出動ではなく企業の節税対策を無くさせるしかない)

そんな事をしたら多くの企業がつぶれる?そんなことは無い。この国の経済体制は企業の利益で成り立ち事が蔑ろにされている。そんな経済体制は共産国家でも成り立たない事がソ連の崩壊、ドイツ統一、東ヨーロッパの崩壊、中国の発展(利益を出すネズミは猫より偉い/)で歴史的に証明されている。歴史に学べ。来年度のこの国の予算は収入より多くの国債(国の借金)で成り立っている事をどう思う?

眼鏡を新調した理由はそんなだいそれた事を考えたからではない。ただ単に近眼が進み今の軽い度数では細かい文字が見にくくなったから。大阪に来てズーとお世話になっている先生から「勿体ない』と言われたが今の眼鏡を見てもらうと納得される。おまけに親父の遠視が進んでいた。最近眼が疲れるのはそれも影響している。

それでも親父は人並み以上の健康体だろう。久し振りに手にした鏡で自分の顔を見て愕然とする。肌に潤いが無い。毛穴が開いている。まつ毛が異常に伸びている。何時迄も青年時代の若さを求めるのはどだい無理だろう。眼も歯も大事にしたまえ。そう言われている。

次は入れ歯?歯が悪くなれば入れ歯にすれば良い。この考えが間違いに気付かされたのは差し歯の治療に通っていた歯医者の先生のお陰だった。親父の入れ歯発言に先生は実物を取り出して「こんな物を入れるんですよ』と差し出された型を見て眼を丸くしていた。

普通にはとても耐えられない。自分の歯を大事にしなさい。そう言われていた。その差し歯が何度も外れて肝心の土台の歯も駄目になる。「次は入れ歯と言われてどれだけの歳月が流れたろう』その入れ歯が出来上がる。装着。言葉が喋れない(不自由)

慣れる迄食事の時でも外して良いと言われるが慣れるかな?外しっ放しになりそう。他の歯に影響するから早く慣れなさいと言われても、今はとても駄目です。眼と歯が駄目になると老化は進む。せめて太極拳の奥義を極めて仙人に成らないと。無理だな。発想の転換をして下さい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オーマイゴッド 外人さん(マルさん)ならこう言うのかな?

クリスマスイブの昨日、さんざんぼやきながら仕事を終えて自分にケーキ替わりの食事をプレゼントして家に帰る。何気ない思いでズボンを見ると作業ズボン。「アチャー、何たる事」上にコートを着ていたので丸見えにもならず、食事をしたお店でもカウンターに座っていたし、薄暗かったのがせめてもの慰めか?

宝塚と伊丹から乗った電車が始発で空いていたので座った時、前に座っている女性と高そうな黒のコートを着て足を組見直しながらさり気なく、顔を窺っていたおっさんはそれが気になったのだろうか?そうとも知らず「第九」をイヤーホーンで聞いていた。

昨日書いた発想の転換、それを既に無意識の内に実行していたとしても、余りに恥ずかしい親父ぼけ?いくら貧困を口にしても自分からそんな生き様を晒す事は何も無い。どんなにボランテアを口にしたとしても、人の為に何かを為している人を陥れる行為は天の裁きを受けるしか無い。(支離滅裂?)かもね。どうしても話が暗くなる。

世の中には本当に素晴らしい人とどうしょうもない人が居る。福祉の在り方、ボランテアとは、貧困ビジネス、行政の取り組み 多くの思惑が絡み合いながら己の利益を考える前に、どうして人としての生き方が出来ないのだろう?思い上がるな/そうかもしれない。掛川のマルさんも実業家になったかな?

これから朝食をして今年最後の眼の検診。それからズボンを取りに行ってきます。夕方、差し歯の入れ歯?が出来上がります。絶対、使わないな。慣れないと言葉が喋れない?そんな事はおまへんと言われたけれど。親父も頑固だから人の意見は?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月24日 (金)

ベリーナイスなクリスマスイブ?発想の転換

温かかった関西も年の瀬を迎えてやっと寒くなりました。神仏を信じる心も無い貧しい心の人が、ケーキを抱えて帰宅していた時をロング、ロング、ア、ゴウ(昔々)の寂しい想い出として懐かしく感じています。その内、よだれを垂らしながらケーキを食っている年老いた哀れな姿が見えて来ます。(大丈夫、親父は意地でもそんな姿は見せない)。そう思うでしょう。分かりまへんえ。人の生き方は。心して生きなはれ。

サンタの叔父さんが忙しくてプレゼントがありません。お金で勘弁して下さい。そんな嘘を付いていた頃も在りましたが、今時の子供達の喜びはゲームソフトなのでしょうか?親父は自分に第九のcdをプレゼントしました。

今年も寂しい夜ですが1942年3月下旬にベルリン、フィルハーモニーで行われた演奏のライブ録音は東ドイツがソ連に占領された19945年に接収され1991年当時のゴルバチョフ首相から返還されたフルトベングラー指揮ベルリン、フィルの2録音の一部である。このcdに音が消える所も在るがそれも歴史を語るエポックかもしれない

Img_4911

ベートーベンの第九と言うとソプラノ歌手の高い歌声を思い出すが、このスローバラードを聴いていると当時のベルリンフィルの演奏者とフルトベングラーの思いが強い緊張感を伴って伝わって来る。随所で気迫のこもったティンパニーの強打はドラマティックでもある。(吉田光司氏解説)

Img_4908

若い頃、友達の姉さんのコーラスをこの時期、聞きに行った事が在るが観客が立ち上がって聞いていたのが何処だったか思い出すが分からない。合唱の処だったのだろうか?それも定かではない。

Img_4909

1942年の録音と言えば70年近く前。さすがの親父も生まれていない。こうして当時のライブ録音が聞けるのも何かの因縁だろう。合縁奇縁。そんな事を考えながら聞いていると73分38秒の録音が終わる。クリスマスの慌ただしい時にこうしてゆっくりと第九が聞けたのも、何かの縁に違いない。

Img_4892_2

これは昨日撮った阪堺線。路面電車だけど部分的に専用路線もある。空の色が飛んでいるのは夕日を捕えているから。(言い訳すんな)これから帰る所。

Img_4893

この近くは昔は避暑地。このお宮の先は白い砂浜、青い松、綺麗な海だったのだろう

Img_4905

天王寺から堺に伸びる幹線道路の真ん中を占拠しているが、これでも昔はこちらが親分。もうアカンなあ。両側の車に幅寄せられて追い立てられるのも時間の問題かも。(地下に潜らせて暮れる?アキマヘん。地下も商店街と成り満杯ですねん)

Img_4852

中央奥が電車の乗り場。駅の名前は読み取れないが地下鉄動物園前から上がった所。道路は本当に綺麗になって貧困の面影は無い。しかし、この左側の道は中々カメラは構えられない。人通りも穏やかそのものだけれど一般人の往来は多くは無い。

Img_4875

昨日公開の太鼓橋 参道の入り口から見る 初詣の時は一方通行だろう。どっちから?左から右でしょう。それとも左通行かな?親父は久し振りのお参りを済ませました。来る年の来福はどうかな?お賽銭を上げないと駄目でしょう?大丈夫気持です。太鼓橋を支えているコンクリートがその事を教えている。そろそろ発想の転換と行きましょう。神頼みだけでは駄目です。栄枯盛衰。年を重ねて老い朽ちる。少年(少女)老い易く、学成り難し 盛者必衰の事(ことわり)を表す。

今日、ラジオで面白い話を聞きました。(と言っても初めて聞く言葉ではない。それでも何故か手を叩いて喜んでいました。余程、合点が行ったのでしょう)その言葉は「発想の転換」なんだ。目新しくも面白くも何ともない。そう。何ともない当たり前の事。その当たり前の事が大きな変身となるとしたら、どうする?どうもしない?嘘をつけ。目の前に札束を積み上げられて眼の色が変わらないとしたら、長くは無い。

最近、マスコミのニュースにも登場するお猿さんの話。人里に現れて悪さと人に危害を与えていた若い猿。やっとの思いで捕まえてみると神妙に頭を下げている。ふんどり返ると憎たらしいが、その姿に同情の言葉が少なく無い。

仕方が無いので捕獲した行政は動物園に保護を依頼する。その猿が動物園の人気者となり来場者が倍増。近くの商店街の売り上げも増える。そう成ると人間様の思惑はヒートアップ。商売の思惑が重なりお猿のキャラクター商品も企画中とか。今年の大河ドラマのブームと迄は行かなくても、関係者はにんまりとか。これが本当の豚もオダテれば木に登る/違う/猿の恩返しでしょう。

もう一つの話は岐阜の多治見市。今年の猛暑。いよー日本一。やめて下さい。その思いを逆手に取り特産のタイルでヒートアイランドタイルならぬ対策。暑さを吸収するタイルの制作に成功とか?暑さの吸収?そう熱を反射させない。凄すぎない?

景気対策とやらで政府に無駄な税金を使わせるだけでなく、頭を使え。発想の転換。一番でなくても2番では駄目かと問われて一番でなければ駄目と言う前に、この国にはもう国債を税収以上発行しないとお金がない事を、何で考えない/アホか。

消費税の値上げは駄目。景気対策、雇用対策、中小企業対策、子育て支援、高齢化対策、福祉予算、国防予算、学術研究、その為の借金税収以上。そのツケを誰にどうして払わせるの?馬鹿じゃないのか?発想の転換をしないとこの国はつぶれる。

その現実を見る事の無い人達にこそ発想の転換が求められても、釈迦に説法、カエルに小便、結構毛だらけ猫灰だらけ。フーテンの寅さんに説教してもらうしか無いのだろう。来年のキーワードは意外にも言い古された言葉かもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月23日 (木)

鎮魂歌 安らかに高らかに君の思いは永遠です

Img_4891

東京の明治神宮 大阪の住吉大社 通称関西人は親しみを込めて「住吉さん」と呼ぶ
大阪西成の今池から阪堺電車(路面)で来る。停留所近くのお菓子屋さんで有名などら焼きを買う。どら焼きと侮るな。ふんわりとして味が違う。

6個入り1000円。安くは無いけれどそれだけの価値はある。1個は池の鴨を見ながら食う。2個はお土産。1個は親父の食後のお菓子。(計算が合わない?)案ずるな。バラで4個買っただけ。ちゃんとしたお土産を買わなかっただけでした。

Img_4864

境内は思いの外広く無い。 これで初詣の人出を考えると雑踏警備の腕の見せ所かもしれない。正面第一本宮、奥に第二本宮、一番奥に第三本宮、右に第四本宮がある。親父も知らなかった。神様は年末の為?お出ましには成らず。空席でした。

Img_4886

ここで若くして亡くなった西成のマザーテレサと言われた若き女医先生の遺徳をしのび黙祷。西成の渡船場の水はこんなにきれいではなかったけれど、これからも貧困に立ち向かう人々を見守って下さい。多くの無念な思いも必ず報われる事でしょう。

Img_4878

人通りの絶えた橋の上も初詣の時は様子が一変する。それでもこの太鼓橋、傾斜がきつい。足元が悪いと転けそう。信じられない?それではお見せしましょう。

Img_4871

人の世もかくのごとし。奢れるもの久しからず。どんなに事実を押し曲げたとしても、どんなにわが世の春を謳歌(おうか)したとしても、何時迄も人を欺く事はできない。天地人。天知る地知る人ぞ知る。己をどんなに欺いたとしても心の安穏は無い。その事をこれから思い知るに違いない。人の道に外れた生き方にはその末路も又、哀れである。神も仏も信じなくても人としての道を踏み外してはならない。その事を教えている。

Img_4890

祈りの心 古代神話を信じるとか信じないとかそんな問題ではない 古代の昔からこの国の人達は神に畏敬の念を持って生きて来た。農作物の出来が全てに優先し、病は直す事が祈祷でしかなかった。今はお米を感謝して頂く心が無くても生きて行ける。でもこのしめ縄を見たまえ。この大木を抱きしめ愛おしんでいる。見て見ろ。この樹は枯れ木ではない。

Img_4866

この大木もいつかは朽ち果てる。その時、この建物をなぎ倒したとして誰も文句は言わない。それだけの生きた歳月に敬意を表すだけだろう。

Img_4853

大阪西成の中を紀州街道がはしっていました。これは新たな発見でした。この道の東側が大阪の南北の大通り堺筋。親父が大阪に来た半世紀前、路面電車が大阪駅前から天王寺迄走っていました。通天閣、動物園前、そして酔いつぶれた親父達が転がっていました。この通りにも今はその面影もありません。

Img_4854

野宿からの脱出。生活支援の輪も広がっているがこの画像の反対側が、前来た時に見つけられなかった公園。大勢の人がたむろしていた。流石に親父でもカメラは向けられず。それでもなんだか差し迫る緊迫感は無い。それなりに生活が出来ているのだろうか?

現代、大阪市内の生活保護世帯は日本一多い? 大阪西成、東京山谷 昔はドヤ街と言われたが今は貧困がビジネスになると言われる。福祉の最終の目的は自立でも今は再生の時を手にする人は多くは無い。

Img_4855

大阪南から堺浜寺公園を結ぶ路面電車。この電車も乗客が少なく廃止の時が近い。市電は廃止されても沿線住民と通学の足はこの電車が確保している。それでも赤字が続けばそれも風前の灯(ともしび)かもしれない。住吉さんの前で二股に分かれる。

Img_4895

ここは天王寺駅終点。親父が若いときの侭。久々に見た大阪南の街作りは激変していた。

Img_4902

Img_4904

Img_4903

商業施設の立て直し。若い頃 中学の同級生とデートした陸橋も現役でした。

Img_4901

この先の市立病院も建て直されてすっかり街並が変わっている。親父に優しかった事務局の播磨さん。元気だろうか?注文は取れなかったけれど訪問に何時も優しく対応して暮れた。ありがとうございました。元気ですか?もう引退ですよね。悠々自適の生活祈念しています。

Img_4900

この左の建物がJR天王寺駅。親父が入社間もない頃、この街を歩いていた頃は右の建物は無かった。その他は何も変わらず。道路の右から左の流れの悪さが良く分かる。左の道路幅を広げているが、右の歩道橋下は変わらないのだろうか?

大阪の街造りのお粗末さはアメーバーの様に延長された地下鉄網を見ると分かる。今日、大阪梅田の通り抜けを試みて案の上アウト。地下鉄梅田のデカサを見ても通り抜けのサービスが求められても可笑しく無い。おかしい?そうかな。一回歩いてみて下さい。地下と地上の回り道、どれ位有ると思います?知らんでしょう。その程度です

| | コメント (0) | トラックバック (0)

暖かい朝です 明日から大阪も寒くなる?予報 いよいよ今年もカウントダウン

今日はお休み 予定では明日仕事をしたら今年の仕事の予定は終わり。いくら何でも今年の年の瀬の心配がないと言われても休み過ぎ。オバカな国会議員と地方の議員はお休みでも少し街中に出てみたまえ。到底、景気の先行きに明るさが見えるなんての状況では無いだろう。

マスコミも今年も又、多くの社会現象の報道とやらを繰り返したが、彼らも又現実の厳しさを正確には伝えていない。報道が既得権益の擁護に走った時、本当は厳しい批判の眼に晒されなければならないが、この世知辛い世情ではそんな厳しさも無い。

大阪市の河川清掃の担当、管理のずさんさが問題になっているがその報道の一端を見聞きするにつれ、本当にこの国のお役人の管理はどないなってまんねんと笑ってしまう。踊る阿呆に見る阿呆、同じアホなら踊らな損そん。阿波踊りならぬアホ踊りと思
いきや実態は3猿(見ざる、聞か猿、言わ猿)とか。愕然です。

その地方にも国にも財政破綻が目前に迫る。親父に偉そうな事は言えないが国の財政が破綻した時、この国は何処に助けてもらうのだろう?中国?韓国?インド?ロシア?それは無い。自分達で自分の国を支える。それしかなくてもその実感が無いのはお間抜けとしか言いようが無いのだろう。

間違いなく今、その事が問われても法人税を下げないと国際競争には勝てないとか、消費税を上げる前に税金の無駄使いをなくせとか、景気対策の為にお金を使えとか、学術、研究、中小企業対策、子育て支援、エトセトラの為に予算の手当をしろと言う。

何処の馬鹿が言っているのかと思いきや、経済界のトップ、国会議員、学識経験者、この国にはその程度の我田引水しかできないのか?ノーベル賞のメダルを掛けて業界の為ではなく国の為に発言が出来ないのだろうか?(イエイエ、国の為に言っている?)税金の手当が出来なくて国家が破綻しても、なんとかなるとでも思っているのだろう?’そうではない。そんな先迄生きていないから先々の心配ご無用だろう。

間違いなく国に信頼が出来ないと尤もらしく怒りの拳を振り上げた処で、落ち着く先は政策の見直しだろう。よってたかって税金の獲得競争をしながら願いが叶わなければ、怒りの矛先を為政者に向ける。その程度の事をマスコミのオバカは尤もらしく語る。

これから洗濯物を干して大阪、新世界に出掛ける。新世界、なんて響きの良い言葉だろう。しかし、現実は貧困と失業、関西経済を高度成長期に支えた人達の残骸が見える。親父が若い頃見た西成の風景とは全く違う綺麗な街。マスコミが今、何も報道をしない街。その街で献身的な生き方をしていた若い医師が鬼籍に入る。

警察の調べでは自殺。本当の処は分からない。何故、死ななければならなかったのだろう?無念の想いを誰が継承するのだろう?そんな哀しさも哀れな生き方も、多くの人は知らない。それでも地球は回るとはガリレオ、ガリレイの言葉です。

若い綺麗だった(心)と将来の果たし得なかった奉仕の心を思いながら歩いて来ます。先日、久し振りに聞いた「第九』合唱の歌を歌いながら。(これは嘘、cdを買ってipodに入れて何度も聞かないと無理でしょう)。安らかにお眠りください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月22日 (水)

冬至

Img_4845

昨夜来の雨も上がって紅の山茶花集団、色めいて来ました。クリスマスイブにはまだ早いけれど、寒くなればいよいよ真打ち登場です。いよ、待ってました。照れるな。

Img_4843

美しさに言葉が無い。何故か左半分 ボケている 左手が邪魔したかな?

Img_4838_2

まだピントが甘い 葉っぱにピントが合っている でもそれが又よろし

Img_4844

これは又、ベストショット 葉っぱが破れているのは虫に食われた訳ではない 今年の暑さの傷跡です それでも負けずに花開いてありがとう 傷ついた葉っぱも負けてはいない。

Img_4834

柊南天(ひいらぎなんてん)もまだ枯れていない このまま冬眠するのかな?今年も後わずか 暖かい年の暮れも今週末から寒くなる そうは言っても今年の年の瀬は関西は暖かです。雪国では厳しい寒さと思いきや、そうでもない?

10年前の島根の現場は寒かったが、あの霜が降りた田んぼは今年はどうなのだろう?地方が過疎になり限界集落が広がっても、そこに暮らす人々の生活は都会の暮らしより豊な現実を殆どの人は知らない。健康で文化的な最低限度の生活とは何かが今、問われている。

今日は冬至。おかんが風呂に一杯ゆずを入れて暮れていた日々が忘却の彼方にある。ネットに入ったゆずの袋を抱きしめたとしても、あの仄かな香りには遠く及ばない。ゆずの実がポコポコ浮いている風呂に入れる(はいれる)事はもう無いのかもしれない。

景気の短観(短気観測)下期予測がでている。今は今イチでも持ち直しの気配が出ているとか。嘘だろう。景気観測も政局も一寸先は闇とは思わないのだろうか?どんなに景気が悪く無いと言われても、その実感が無いのは何たる皮肉だろう?

景気が悪いのは何故か?色々理由はあるが一番の理由は物が売れない事だろう。何故売れないのか?購買能力についても色々言われるが、安定した収入が保証されなければ物が買えないのも又、必然である。

その一番簡単な事が見失われていないだろうか?お間抜けな役人は(実際は賢いのだけれど)そうは思わないのだろうか?どう考えてみた所で来年の春、景気観測が良くなったと実感出来るのはお金持ちしかいない。その事が分かれば考えは変わる。

政治と金の問題とか地方と都市の問題とか、物造りの空洞化とか雇用の問題、子育て支援、少子化、高齢化、介護の問題、その他の多くの問題を多くの人が多くの言葉で尤もらしく語るけれど、何も出来ない事を口にはしない。どんなに問題提起をしたとしても、その問題認識と共有がなければ何も解決はしない。そればかりか不信の思いが募るばかりだろう。

間違いなく少数の富める人と多数の貧しい人が、共に生きる社会が眼前にある。その問題認識の無い無知とノウ天気の代表が笑いにすり替えられて居る。そうではないでしょう。本当のお笑いとは喜劇であり天才でなければならない。芸の無い低俗なネタで人の笑いを取れると誤解させるメデアも又、天罰が下るに違いない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月21日 (火)

仕事の帰りに遠回り 肉が食いたくて喫茶店?

Img_4829

今年は来れないと思っていた伊丹hiroのコーヒーとケーキ。本当は横に並べてワン、ショットだけど、今日はこのアングルにしてみました。コーヒーはミルクも砂糖
も無しでケーキの甘さだけで充分。イケメンのお兄さんの写真許可取る。

焼き肉は勝っちゃん食堂先客無し 今月初めに初対面のとも君と暫しの時を過ごす。親父の毒舌に爽やかに体を躱(かわ)しながら嫌みの言葉と顔を露(あらわ)にしない。若く見えるけれど30過ぎ。今時の青年とか言われるけれど青年も様々。

親父の帰宅コースから少し外れるけれど、このコース病み付きになりそう。今年は来る事は無いと思っていたけれど、今年のご苦労の褒美にもう一回来たいね。来れるかな?今月の初めのコンサートが無ければこの出会いはなかったろう。

帰りは阪急の神戸線廻り。ラッシュ時に重なり何故かガキと女性、おっさんに挟まれると何故か不快。(あんたもおっさんのくせに)。家に帰ると水洗トラブルで断水。アンビリバブルです。仕方が無いので小雨の中近くのスーパー迄天然水を買いに走る。

ぶつぶつ言いながらブログを更新しているとFM放送ベートーベンの第九「合唱」おまけにアカペラで「故郷」(ふるさと)感激です。この歌は今日昼間に李広宏さんがアンコール放送で歌って呉れて、一緒に歌いながら涙を流していました。

李さんは日本の叙情歌「夏の日の思い出」に心を打たれて1987年来日。上海こ劇で将来を嘱望されていた。日本語を学びながら生活の為にアルバイト。その時に受けた多くの情けの話を聞くと涙が出る。1991年念願のCd自費制作。

親父の中国観も変わる。今、ipodに入っているアルバムに「ふるさと」は無いが李さんの歌う日本の叙情歌は親父の元気の源です。政治や経済とは関係ない掛川の大和尚からも言われた人と人の結びつき。その普遍性を学ばなければならない。

それでは今日の山茶花です。

Img_4815

Img_4816

Img_4818

Img_4819

Img_4820

Img_4823

Img_4825

Img_4826

紅の花が茂みの中で密やかに花びらを広げ始めている 親父が廻りの葉っぱを曲げている。そうでなければこの美しさがこれほどに見えない。本当の美しさを教えている

Img_4785

これは近くの薔薇(バラ)多くの仲間は冬の準備を済ませているが、お前は大丈夫なのだろうか?(親父さん、心配ご無用。私もこれで春迄冬眠です。ごきげんよう)

暖かい年の瀬も今夜は冷たい雨です。雨が上がると一気に寒くなると言いたい処ですが、本格的寒波はクリスマスイブから?親父にはかかわり合いの無い事かも。それでも今年の冬はベートーベン第九「合唱」をしみじみとかみしめますか。

クリスマスキャロルはお呼びで無いけれど、クラシックミュージックを聴きながら静かな夜を過ごすのも、一興かもしれない。島根木次の宿で広島の現場監督とカラオケの一時を過ごしたイブの日は、10年も前の出来事になりました。新鮮な広島牡蠣(かき)フライは肉厚でしたなあ。あの測量の仲間達は今頃、何処の現場だろう?

Img_4812

Img_4813

Img_4827

伊丹に向かう電車の中。宝塚始発。前の席は空いているが発車迄には埋まる。この路線JR西日本列車事故の大惨事。今日から事故責任が裁判で問われる事になる。亡くなられた方のご冥府をを祈る。この新装された車両にその面影は見当たらない。

Img_4828

安全と安心を蔑ろ(ないがしろ)にしなくてもいつの間にか効率と採算が優先された結果責任は誰も負う事は出来ない。尊い命が108人失われてもそれに勝る物は何も無い。悲惨な事故の代償は余りにも大きくその証は何時迄も何処迄も誰にも負えない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月20日 (月)

ヨーロッパは寒波 関西はまだ暖かい それでも今週末は寒いクリスマス?

Img_4810

忘年会もクリスマスも年の瀬さえも関係なくなった侘しい生活にも淡々と生きている。最近ハマっているのはこの堅豆腐。寒い時は湯豆腐が一番だけれど、美味い湯豆腐にはなかなかありつけない。ポイントは昆布とカツオだし。京都南禅寺のそれが美味いのは出汁が違うからだろう。親父の本日の出汁はこれ。少し贅沢だけれど寒さに打ち勝つ体力を付ける為だと思えば、納得かもしれない。これにカット野菜一袋を入れると出来上がり。味付けは薄口醤油だけ。味は今イチだけど豆腐は流石にうまい。

Img_4770

人気の無い朝のホーム。しかし通勤ラッシュは始まっている。大阪行きの電車が出て親父の乗る宝塚行きが来ていない。それでも東京とは違うね。大都市の一極集中。それ程にして迄もと思う気持ちはこれからも変わらない。それが当たり前の生活も一昔前と何も変わらない。情報化社会が口で言う程全国区ではない。それも関係ない。

Img_4809

ドボルダークの新世界?違う。六甲の山に沈む夕日です。今年はこの夕日しか見れなかったけれど、来年は海に沈む夕日を見たいね。愛知県渥美半島伊良湖岬の朝日は海から上るけれど、夕日はどうなのだろう。鈴鹿の山かな。日本各地の海に沈む夕日は日本海だな。いやいや九州は南の海、西の海かも。北海道はどうなのかな?

Img_4790

親父の眼を楽しませてくれる植え込みの山茶花。白い花は横を向き赤い花は固いつぼみ。今迄気が付かなかったのが可笑しいが植え込みは4本の幹が絡まっている。それで白と赤が分かれているのかと思いきや、そうでもない。一本の枝で白と赤?えー?

Img_4795

花の盛りが過ぎても雪の様な白さが眩い。明日のまとまった雨で花びらを落とすのだろうか?ああ、無情と思うのは人の情けなのだろうか?人も花も盛りの時は短い。

Img_4806

愛や暫く。それも言うなら合いや暫く。しばらくしばらくあいやしばらく。

Img_4800

今年の暑さでこんなに葉っぱもつぼみも傷ついても紅の輝きが弾ける時は近い。
去る人、来る人、そして輝く花、その時はもう暫くです。今年は嘆き悲しみも少なく無かったけれどその分、いえそれ以上の歓喜の時は近い。寒気に負けるな。ベート−ベンの第九にも負けへんで。親父さんの嘆息は短足だけで充分です。

Img_4801

ありがとう。君が翼を広げた時に親父は密やかに拍手(かしわで)を打つでしょう。満開の時を愛でる人も少ないけれど、傷ついた莟の(つぼみの)殻(から)を開くと紅の花びらが全開です。年末迄どれだけ見れるかな?きちんと納得いくだけ見せてくれるかな?それでは後はコメント無しで公開です。

Img_4805

Img_4799

Img_4807

Img_4779

今朝は暖かい朝 小雨が落ちた 地面近く迄花を広げている。ガンバレ。キャロル。

Img_4780

Img_4789

ハスの様。葉っぱの海に浮いている。次に続くつぼみも白。この近くは白が多い。

Img_4796

Img_4784

痛々しい木肌を寒風に曝す(さらす)のが忍びないが、どっこい生きている。来春の桜の時が確約されている。ボロボロの幹から芽吹いた新芽の枝はこんなに成長です。産毛の様な紅葉の葉っぱが落ちると冬ごもりです。ゆっくり休んで又、来年です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月19日 (日)

年の瀬は穏やかだけど北国はそうは行かない?

Img_4764

もうすぐお正月 早く葉を落とさないと年を越しちゃうぞ 親父が気を揉んでも自然の摂理を変える事は出来ない 関西は今日もいい天気 無風 暫く暖かいとこの姿来週も見えるかも?まさか?でも最近まさかが少なく無いからひょっとしたら、ひょっとするかも?アン、ビリバブルです。

Img_4760

流石に残り少なくなったけれど 空の青さに負けて来た それでもしぶといね

Img_4766

これも山茶花?親父がウオッチングしている山茶花とは背丈が違う でもこれも山茶花です。小学校唱歌で歌われる山茶花はこちらかも?(親父の独断と偏見)
たき火だ焚火だ落ち葉焚き そんな景色は田舎でも見れない かも。

Img_4763

逞しいなあ その生命力は何だろう これから冬の寒さに立ち向かう姿とは思えない親父さん 人の生き方も多種多様 何時迄も凹んでないで凸 アンタの入社した会社もそんな名前だったでしょう。そうそう凸凹なんとかと中小企業のおっさんに言われましたな。天下の大企業を。世の中そんなもんです。弱さを見せたらボコボコにされるだけです。世の中不景気と言われるけれどそんな時こそこの姿、お忘れなく。

Img_4767

こちらの花びらは落花の時は近い。でもこんなに伸びて宜しいのかな? 良いんです。
Img_4758

穏やかな一日 競馬場に遊びに行く 馬券は買わず 近くの総菜屋のおっか−に何しに行くのかと言われて、社会見学と言って笑われる。それでも上の写真は全て競馬場食堂のベランダの庭木です。阪神競馬場に昔の面影は無い。親父もすっかり意気地(いくじ)が無くなりました。それだけお金の使い方を学んだのでしょう。

明日から今年の仕上げのお仕事です。経済界も政界も(おっと)早(はや)今年の店じまいをしていますが、庶民はそうは行きません。後10日、親父にとっても今年はスイス迄行けましたが、本当の喜びは健康でしょう。口先だけで実行も出来ない施策を語る生き方が問われています。この馬も圧倒的な人気に応える事が出来ませんでした。願わくば新たなる飛躍を祈念しています。ガンバレ、キシュウグラシア。

(お知らせ)

今、インタネット検索で「親父のつぶやき」を検索するとスイス、グリンデルワルトの日本語案内所のブログが出ます。そのブログを見ると今日のグリンデルワルトは勿論、見たい季節のワルトが見れます。

因に(ちなみに)ネクストは親父です。(自慢)しかし、この順序は一時です。その内、回周(それ以上)遅れとなります。ご声援お願いします。(そう言われてもね)


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月18日 (土)

不気味な日の入り 慌てて洗濯物を干す?(取り込むのと違うのか)

Img_4755

夕方日の入りが早くなり(口実)寒くなり(これは本当)ウオーキングシューズの靴底の凹みが深くなり、歩きをさぼっている。それでも今、心がけているのは足挙げ。この歳になると全くだらしのない体型になり、足が腰回りしか上がらない。

マリアに踵落しの冗談をメールした事があるが、案の定、馬鹿にされた。カッコいいと思ったのはだいぶ前(夏の始まり)だった気がするが、青年が(おっさんか?)人通りの絶えた商店街でトレーニング姿で足を顔の上迄挙げていた。

若い時から体が固くて前屈しても手のひらが、足元に付かなかった位だから足が上に挙がる訳が無い。そのくせ体が柔らかい人を見ると畏敬の思いになるのは、何とも皮肉。それだけではなく一瞬でもその気になるのだから面白い。勿論長くは続いた事が無い。

その足挙げがヘソから肩迄挙がる様になれば、蹴りが出来る様になるのだろうか?(オイオイ親父、格闘技のつもりか?)いいえ、太極拳の真似事。格闘技の域には程遠い。それでも体を鍛えるのは若者だけではない。ご同輩、薬に頼るな。己の心に真剣を叩き込め。昨今、ふざけた輩はお兄さんの専売特許ではない。

親父が若い頃、ふざけたやろうと言えば札付きの悪だった。一見してその筋の人。親父も勧誘されたやくざさん。義理と人情に厚く情けに弱い。弱きを助け強気をくじく渡世人。今は法と秩序とかぬかす輩が平然と人をオトシ入れる。1人で悪しきを正す任侠の心など、爪の先にも無い。オバカが多くなりました。おてんとさんが見ている事も知らずに。地獄に堕ちろ。閻魔大王が舌を出して笑っている。

そんな日の入り。年の暮れ。明日は久し振りに早起きして年の瀬の大掃除(する程の部屋も無い)3文の得を手にしますか?お陰様で今年は大過なく過ごす事が出来ました。何時迄も何処迄も安穏な生活は無い事を肝に銘じて、そろそろ反転の時を決めなければならない。人は人に笑われながら成長する。守屋先生、生きているかな?

Img_4756

今夜のお買い物はレンジでちんする富山産コシヒカリ5色セットとミカン2L5キロ。おかずは冷蔵庫の中にある。ミカンを見てニンマリするが食ってみるとたいした事は無い。最近見栄えは良いが中身にがっかりさせられる事が少なく無い。

こんなに大きなミカンを最近口にした事が無かったので、箱を手にした時は躊躇なし。しかし味が大味、糖度の高い小さなミカンの様な味が無い。まあ、大きさに免じて我慢するか。得意の袋迄飲み込む食べ方は我慢しなはれ。(むりむり)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ああショック 入れ歯デビュー 差し歯がお役目終了

Img_4729

どうですか? さくや教えて貰ったマクロモードで撮影 総菜屋さんの入り口 カメラを抱えている時にあんちゃんが自転車を止める 声を掛けて自転車の停車位置を変えてもらうが、無言、無表情。うっとうしいなとでも思われたのだろう?

Img_4729_2

下がiフォト画像処理の画面 どちらがどうかと言われると言われる様に上の方かも?

Img_4734

歯医者の帰りお弁当買って少し自転車を走らせる 先週行った鎮守の森。しめ縄も替えられて初詣の準備完了 一足早くそれでも今年の健康に感謝の報告をさせてもらいました。ありがとうございます。新たなる年も無事長久を祈念しました。
来年の運勢 しめ縄占い? 吉兆は後半? 右上がり 成る程。

Img_4731

八坂神社の説明 本殿は池田備後守光重子多紋丸が再建している 青年の思いが感じられる。

Img_4741_3

親父 カメラが傾いている しかし 誰もいない本殿前 ご利益は少なく無い

Img_4739

明治元年100周年記念の狛犬 なめたらあかん 信じる者のみ救われる

Img_4740

こちらの狛犬は少し新しい? 子供の頃近くの霧島神社で眼をなで回したなあ。

Img_4747

惜しい ピントが甘い カメラの構え方窮屈だったかな?

Img_4748

それではこれでどうだ まだまだ アングルが悪い

Img_4743

やっぱりこれですか ぶどうの一房の様です

Img_4751

すっかり葉を落としてお正月準備完了 田舎の小学校の銀杏の木は切られて廃校になってしまったけれど、それに負けない大木は来年も四季折々の勇姿を見せるに違いない。空は青く無風です。寒くも暑くも無い。お弁当を食って空を見上げている。

Img_4744

銀杏の葉っぱは後ろの薮にかき集められている 神主さん お掃除ご苦労さんでした

Img_4752

根元もきっちり手入れされて冬眠に入ります。人間もアクセルの踏みっ放しではクリエイティブな生き方は出来ません? クリスマス休暇からお正月休み?そんな生き方をしても良いのかな?景気低迷の原因は景気循環の回転を分からないからと、誰が言えるのだろう?利益も出せない経営環境 税金もマトモに払えない経営者 それでどうして景気が良くなるの?法人税減税?子育て支援?地方の活性化?雇用対策?

何処か歯車が狂っても支持率がどんなに下がっても、政権は投げ出さない?その前に無策の施策にレッドカードが突きつけられて、退場しか無い。間違いない。この國の景気が持ち直すのはその後になる事も間違いない。その時迄冬眠は出来ないだろう。

Img_4749

もうすぐお正月だと言うのにこの輝きは何だろう?それでも間違いなく冬支度は進む。今年もおせちに招かれる事は無いだろうが、美味い物はいつでも口に出来る。それなのに貧しい食事しか出来ないのは天罰だろう。朝、昼、晩毎日同じ様な粗食をしていても、元気に年の瀬を迎えられたのは感謝しなければならない。その事をこの紅葉は教えている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月17日 (金)

あんげ、こんげ へばりつく (あっち、こっち、しっかりとくっ付く)

Img_4713

天気晴朗 無風 朝日が眩しい 宝塚阪急とJRの転落通路から 

暖かかった天気も本日は最高の冷え込み それでも吐く息に白さは無い

寒い寒いと言われてもまだまだです ズボン下は来年持ち越し 明日から平年並みの暖かさが戻る。北国の積雪を考えると大阪の寒さはまだまだ相手になりません。

Img_4724

仕事の帰り梅田に出る。大阪駅前ジュンク堂(本屋さん)5Fに上がるエスカレーターからホテルのロービーを見下ろす。ピアニストが演奏している。クリスマスソングでは無い。目的の本は流石に在庫あり。しかし、難しそう。(活字が2段、本の厚さ4センチ、文字は読める)今回はパス。親父にはチョと手が出ない。本のタイトル。モスクワの孤独 「雪解け」からプーチン時代もインテリゲンティア 本田こうじ ¥4200円 今、ロシアも中国もこの國も権力との戦いは凄まじい。

Img_4719

今年も食えなかったけれど河豚(フグ)刺し お皿の盛りつけの様な白い山茶花

Img_4716

もうすぐ開くよ 待っててね 待ってます。

親父さん タイトルの説明して下さいよ。その前に柿を食いながら休憩です。

今日、懐かしい田舎の方言を聞きながら笑っていました。多くの人が多くの言葉を語りますが核心を突く言葉が無いのに、尤もらしく語る人に「どんこんならん」と印籠を渡すのは誰だろうか?(どんこんならん、、、どうにもこうにも話にもならない)

あんげ(あっち)こんげ(こっち)へばりつく(しがみつく)。

山茶花の花と会話しているとこちとらの思いが、吸収されている。

人は人に褒められながら成長すると言われる事を、山茶花と会話をしていると実感する。今年の夏は本当に過酷だったけれど、これだけのつぼみをつけるのは一体何?昨年はこれだけの記憶が無い。それだけに開花の時が長かったが今年はどうだろう。

写真の撮り方を教えて貰う。接写の方法。マクロの距離感をきっちり出せばピントがもう少し合うと言われる。今迄も写真には結構自身を持っていたが、知らない事がこれだけ恥ずかしい事だと痛感する。世の中の出来事も同じだろう。

尤もらしく多くを語るな。断片的な知識で全てを語るな。謙虚さの無い思い込み、それはそれで生きる術かもしれないが、その代償は小さく無い。あんげ、こんげ 体をぶつけながら飽く無き挑線をしょう。それが若さの泉になる事は間違いない?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月16日 (木)

寒い寒いも一つオマケに寒い。そんな訳で(どんな訳?)今夜はチャンポンです。

Img_4706

昨日と同じ画像?違います。まん丸くこれから開花します。

Img_4704

白い花の方が開花は早い それにしてもなんと綺麗な花びらだろう 人知れず音も無く今、秘めやかに開花する直前。親父だけが見つめている。

Img_4703

植え込みの奥で薄紅の花びらが満開 数日前から開花している。花の妖精が自慢げに笑っている。小さい花。カメラを奥に差し込んで開花の歓びを写し取る。

Img_4707

親父さん 親父さん 私達もお忘れなく 忘れてはいませんよ。慌てなくても大丈夫。しかし、慌てないと来週になるとライバルも一気に開花するか?でも慌てるな。慌てるなんとかは貰いも少ない。固いつぼみもそれなりに美しい。

Img_4711

お気に入りのチャンポン 2人前でなく1人前が嬉しい 今日はカット野菜一袋を入れたので具が一杯。おまけに久し振りの為(?)スープを入れなかったので薄味。塩、胡椒のパッパッ。イチゴがあったから良しとしょう。いやいや結構でした。

下に敷いているのが日豊本線。小倉から鹿児島の旅。故郷は大分と宮崎の県境が近い。鹿児島迄は大阪から新幹線でもうすぐ3時間45分。しかし、この路線は在来線。故郷の駅迄5時間。それでも昔は急行で17時間。近くなりました。

Img_4712

新幹線は鹿児島迄開通しても便利になったと言われても、在来線は寂れる一方。同じ事が他の新幹線でも言える。大阪、東京との距離がどんなに短縮されたとしても飛行機には勝てない。それでも地方の関係者は都市との交通距離が短縮される事は喜びに違いない。「ひかりは西に」これは親父が大阪に来て間もない、今から40年も前の国鉄のキャッチコピーだけれど、来年は西は鹿児島、東は青森迄新幹線が繋がる。

ひかりとかこだまの呼称も過去の言葉となり、西に東に駆け巡る新幹線の愛称は親父も知らない。大阪から浜松が1時間半。早くなったと思うけれど、年にどれだけの人が利用するのだろう?この前の車内で一緒になった人を見ても利用者は様変わり。

便利さは人々の生活と仕事、レッスン、レジャーを変える。その反面、地方の鉄道離れ、一時間一本の電車に乗る人達はまだマシだろう。過疎地は朝夕に一本。他に為す術の無い時刻表を眺めながら、溜め息をつくのは親父世代だけだろう。

これから歳を重ねて健康で文化的な生活は田舎暮らしだと思うが、過疎の村で生きる術は福祉バスに頼るしか無いのか?そのサービスさえ無ければ自給自足の生活しか無い。限界集落の言葉が現実の過疎地に迫る時、この國の知識人にはその解決策を語れない。ひと事では無い。都市の高級住宅地にもその悲劇は迫っている。

老いも若きも男も女も差し迫る現実の問題に余りにも無知である。(親父さん、今夜は難しい事を語りますなあ。どないしはりました?)どうもしない。新幹線の話を語ると静岡掛川の第三セクター天竜浜名湖線の嘆きのセレナーゼが聞こえて来る。

親父の故郷。親父が高校3年の時、通学列車の夕方の不便さ改善をお願いしたダイヤは、JRの民営化で今は跡形も無い。今日の通学の足は親の送り迎えなのだろうか?その親達も間違いなく老い朽ちる。少子化、高齢化の波はヒタヒタを押し寄せている事を、多くの人は知らないだけでなく人ごとだと思っている。(親父さん、アンタも同じ)

そう、その事を人事(人ごと)だと思わず自分の事を思えば、道は開けるのかもしれない。その為には歩け。胸を張り歩幅を広げて素早く歩け。人混みを歩いていると最近、まともに肩が当たる事がある。相手をよける術を知らない輩が少なく無いのか?

最近、そんな時、攻防の構えを取る。攻防の構え、お分かりか?ボクシングのガード、格闘技の構え。手を振り上げられ無ければ分からないのかもしれない。そんな生き方をしなくてものんびりとした生活が求められている。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月15日 (水)

明日は今年一番の寒さ それでも雪国の寒さは知らない

Img_4694

つぼみが開花の時を待っている。これだけ膨れて来ると弾ける時は近い。
今年も残り少ないが多くの思いが交錯して今年も暮れる。
いちばんのハイライトは何と言ってもスイスの旅。オーバーに言わなくても一度は行ってみたいと思っていた永年の夢が適う。

ありがとうございます。生きていればこそと思えた事が意外に実現した喜びは口では言い表せない。苦節何年とか言われるが、願いはどんなに額に汗したとしても、別の風が吹かなければ叶う事はない。今年はその風が吹いたのだろう。

もう一つの喜びは健康。この歳で一人暮らしをしていると不健康な要因も少なく無いが、一番の原因はストレスを貯めなかったからだろう。お金は貯めても叶わぬ思いを貯めてはいけない。その事が身にしみて感じた年だった気がする。

不摂生な食事をしながら太るなと言うのが無理だけれど、メタボな体型は体に負担が掛かる。それでも気ままな生活と性格は変わらなかったが、新たな年はこれを変えなければ惨めな生き方しか手には出来ない。最近、その事を痛感する。

人に多くを語るな。他人は言うまでもなく身内でも以心伝心とは行かない。自分の事を棚に上げて人は多くの事を語るけれど、間違いなく弱者に厳しく、力ある人に媚びる情けない貧乏人根性は今も昔も変わらない。

綺麗事を言う前に厳しい現実を直視したまえ。政府や行政に多くを求める前に自分に出来る事を問え。この国の経済政策は無きに等しいとアメリカから言われる筋合いは無い。お前の國の国債をどれだけこの國は買わされているか(違う、買っているか)考えて見ろ。対等な日米関係。アホも休み休みに言え。

今日は年金支給日。しかし、この國が先進國と形だけでも言われるのは先人の汗と涙の物語が在る事も知らなければならない。この國の財政がどんなに悪化したとしても國の屋台骨を支えるのは金持ちだけでは無い事は間違いない。

一年を振り返るとき、今年は喜びはそれなりに在ったけれど爆発は無かった。新しき年にそれは期待出来ないがそろそろ舵を切らないといけない。面舵いっぱい。よーそろ。これから洗濯物を干してキムチ鍋(うどんと餅入り)です。食い過ぎ注意。

Img_4698

イヤー親父さんやりますなー。でも見栄えは悪い。も少し綺麗によそおいなされ?(入れなさい)。鍋が小さく汁と具が多く先に汁と具のみ汁碗でおかわりしています。そんな感じ。行儀が悪い。構うもんか。美味ければ。味はきつね(アゲ)の出汁(だし)が甘くてキムチの辛さが無い。(違うキムチをケチったから)

それでも味は薄味で奮発していれた堅豆腐(京都 手作り)と焼きかまぼこも悪く無い。流石に切り餅は入れず。色んな美味い物が在るが寒い時はこれが一番。体の芯迄暖まる。ケチをつけるとしたらキムチをもう少し、入れても良かったね。上等。

Img_4695

2番目に開花した白い山茶花。開花の形がいびつになっているのも、何処か親父の生き方に似ている。開花して花びらが落ちる時は長くはない。それでもこの美しさは赤いつぼみの開花を心待ちしているのだろう。白から赤への橋渡し。それも来年の課題だろうか?

Img_4689

毎度おなじみのつぼみ。これから止めどなく開花の時が続く。

Img_4685

これもおなじみの宝塚連絡通路から見た朝日。でかく見えるが本当はこんなに大きくは無い。余りに明るくて光が広がっている。平和そのものの朝が不気味に見えるのは太陽の日差しの強さだろう。朝日も手をかざさずに見れる余裕は肉体的にも難しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月14日 (火)

山茶花 さざんか 咲いた道 たき火だ焚火だ 落ち葉焚き

Img_4676

残念 雨上がりのベストショットが流石の山茶花もアップに耐えられない。(親父さん、恥ずかしい。アップは止めて下さい。もうすぐ開花しますから。)

Img_4669

それではこれでどうだ ピントが甘い 駄目です。

Img_4674

それではこれでどうだ もうすぐです。明日の寒さが続けばお待たせです。

Img_4673

本当に今年の夏は暑くて葉っぱも小枝も、見るも無惨な姿をさらしているけれど、昨年以上のつぼみが開花のスタンバイをしている。昨年は開花の時が春先迄続いたけれど、今年は一気に開花しそうです。明日は今日の暖かさは無いから開花モードになるかな?

Img_4675

桜の紅葉もこれで終わり 小枝間で色づいて落ちてしまうのだろうか?

Img_4677

山茶花の白い花 開花2号をやっとカメラに収める さすがです 美しい

Img_4679

今年は遅かった色づきの時もこれでおしまい。後は寂しい姿で年を越す。

Img_4678

Img_4682

今日は仕事の都合で六甲山に沈む夕日が綺麗に見れる。芝生の上で見とれていると眼の瞳孔が小さくなる。余程眩しかったのだろう。小さな文字がぼやけて見える。ヤバい。それでも少し遠くの樹の緑を見つめていると元に戻る。

どんなにきれいな景色でもそれは一時。日の入りは山でなく海が最高と言われるのは海面の夕日の反射と海に沈む瞬間だろう。山に沈む夕日の残照は最近多く目にするが海のハイライトは海辺の宿に泊まらなければ見る事が出来ない。

今年は見れなかったけれど来年は是非お目にかかりたい。いつでもドコモです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月13日 (月)

靴の中敷き迄買って気合いを入れたけれど、須磨公園迄は行けず すまん? シャレ?雨模様になって途中で気が変わる

Img_4625_2靴の中敷き買って電車の中でハサミでサイズに合わせて敷き込む。でも駄目。何で?この中敷きも親父の体重に負けてすぐ凹む。それプラス安物の靴底のウレタンも凹んでいるので、歩くのが不快。取合えずどうするか?梅田迄出て考える。

それ程の物かと思いながら足は行きつけのカレー屋さんに向いていた。到着、何故か昼時なのに行列は無い。しかし中は流石に満席。外の先頭に並ぶと無視して先に食券を買うおっさんが居る。当然持っていた傘の先で突く。(親父さん、止めて下さい。)みっともない。ふん、それ位して恥をかかせないと駄目。

Img_4626_3

阪急神戸線運転手は小柄な若い女性だった。親父が利用している宝塚線では女性の車掌。女性の社会進出がここ迄来ている。女性の優しい運転と安全確保の取り組みが注目されている。それにしても会社が積極的にPRしないのは何でだろう?親父のカメラに尻込みをした謙虚な運転手。姿が腕だけになりました。これで正解です。

Img_4627

途中下車したのは芦屋川駅。西宮北口駅から2番目の駅。この画像の右手は高級住宅地。関西のお金持ちが住んでいた。何故か今は過去形。それでも今尚リッチなお宅も少なく無い。この道はこの公園の下を潜る(くぐる)。親父が仕事で来ていた時は無かった。この公園も整備されていた。それでも松の大木は残る。

Img_4663

上に公園が見える。この道は市内交通混雑のバイパス?震災後の整備事業なのだろうか?行き交う車は当然ながら少ない。これも震災対策なのだろうか?周辺の道も整備されていた。

Img_4634

懐かしいなあ。この樹の横を必死の思いで(違うな、淡々としてまな板の鯉だった)近くのお店の仕事をしていたのは6年前。あの頃もこの松にバラのとげが絡んでいたが、今も何も変わっていない。針金で締め付けられているが大きさも当時の侭(まま)。今年の冬、花が咲いていないのは何故だろう?もう少し先かな?

Img_4636

花が巻き付いているが薔薇(ばら)とは違う。真っ赤なバラが巻き付くのは何時頃かな?それにしても(親父さん、口癖ですね)この幹道路に少しはみ出している。それでもガードレールでしっかりガードされている。どこかのお間抜けとは大違い。ボデーガードは付いて居ないの?ボコボコにされるだけでは済まないよ。

Img_4641

市内を一気に流れ下る天井川(てんじょうかわ)。この下をさっきのバイパスはトンネルで潜っている。これからお見せする山陽本線も同じ。(今はJR神戸線?)

Img_4660

正面上が大阪。親父が夜行の急行高千穂で田舎から出て来たのは左の路線。そして多くの思いを乗せて帰省したのが電車が走っている右側の下り。あの時の感動が今は無い。この冬空の様に冷たい雨が流れていた。ああ、無情と嘆きの歌も無い。

Img_4643

この歩道を占拠している桜の老木も今は薄汚れてみる影も無いが、これも人間車社会の排ガスの所為。老木が倒れるのも時間の問題と思われて久しい。この桜並木が毎年桜花の時を楽しませてくれる。柵の外は段差が背の高さほどある。そう見えないでしょう。右側の道が国道2号線。この橋の建設が大正14年です。と言う事は戦渦にも震災にも耐えている。平家の軍勢が西国に落ち延びて行った道でもある。

Img_4644_2

業平橋 各地にゆかりの地は多いがこの橋の由来は市役所に行って聞かないと分からない。東京スカイツリーの地も業平の地名がある。こっちが本家?そう言われても。

Img_4646

この横断歩道を渡りながらこの豪邸を見上げていた。この画像に建家の写り込みは無いが(遠慮している)それは凄い。どんな人が住んでいるのだろう。個人ではなく法人の持ち物かと思える敷地と建物。世の中にはピンからキリが在ると言われるけれどさしずめここは別格でしょう。上には上が在りまんなあ。

Img_4647

この道の先にお店が見える。半年近く通ったお店も今は見る影も無い。あの時の仕事仲間も今はどうしているのだろう?画像迄もがピンぼけになっている。あの時、助けられた感謝の思いは、口には出来ない程に胸の奥底に堆積(たいせき)している。

Img_4650

あの時、昼飯を食っていた公園 回数は多く無かったがここも当時の面影は無い。6年の歳月はこれほどに公園の姿を変えるのだろうか?綺麗になっている?それはどうかな?あの頃の方が賑わいが在った気がするけれど。

Img_4658

憩う人も無い公園。水がきれいな訳は流し放っしになっているから。それでも良し?

Img_4654

あの頃はこんなに水が流れていなかった。水は循環しているのかな?余計なお世話。

Img_4649

親父が弁当を食っていたのは建家の向こう。大きな石の上に腰を下ろして無心で食っていた気がする。貴重なお弁当。感謝して頂いていた。あの頃の思いは今でも変わらない。健康管理の必然性を多くの人が語るが、健康とは何かの認識は定かではない。

Img_4662

雨は上がったが雨露はしっかり残っている。これから寒くなる前に又、暖かくなる。心に迷い起こらば困窮したる時を思い起こすべし。このケバケバしい名前の知らない葉っぱもいずれ枯れる。その時、どんな思いで何を語るのだろう?安息の時、この地を歩くとこの先の道が見えて来る。その為の途中下車だったのかも。

Img_4665_2

仕事の帰りに何気なく向かいのホームを見ていた。そのホームの壁に多くの人の顔が在る。若い女性。(コラコラ所為のどっこいしょ)。それは携帯の広告?親父の観る眼は違うでしょう?いやいやその程度の物ですよ。一度上がった雨が又落ちて来た。

Img_4666

大阪駅前に戻る。大阪駅東口。今は呼び名も変わる。御堂筋出口?来春のオープンを控えて工事は急ピッチの様だが、今はホンマに歩き難い。今日はこれから阪神百貨店にウオーキングシューズを見に行く。何十年振りだろう?新婚の時以来?

Img_4667

すっかり忘れていたがこの左下に阪神百貨店と梅田の地下街に行く階段がある。しかもエスカレーターがある。昔は階段しか無かったき気がする。百貨店催場のウォーキングシューズは期待外れ。程度が悪い。安くても靴底がペコペコでは駄目。親父の体重を支えきれない。安物買いのなんとかはもうご免被る。(こうむる)

靴は結局地下街で買う。それでも満足した物ではなかった。(それなら何で買ったの?)適当な所で手を打ったのだろう。靴はこれからの貴重品になる。メイドインチャイナ。ウレタンの底靴で安い悪かろうから手作りの高い良かろうになる日は近い。昔の旅人が良い草鞋(ぞうり)を手にした様にこれからは間違いなくそれが見直される。

もうひとつ、君から貰ったipod. イヤーホーンが雑音が多くなり聞きずらくなる。ヨドバシで捜し廻り結局専用の物を手にする。2480円。ポイント1000円使って1480円。親父的には満足の行くお買い物でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

幸いの事に雨は落ちていない 早速気が変わらない内に出掛けるつもりがトホホ

天気予報が外れて今の処どんよりとした天気で、雨は落ちていない。それでもすぐにでも泣き出しそうな天気。気が変わらない内に出掛けるつもりがカメラのバッテリーの残量が少ない。夜の内に充電する習慣がまだついていない。時間がかかるけれどこのまま出掛ける術もなく、トーストを焼いてお気に入りのインスタントコーヒー(香味焙煎)を口にする。どれくらい時間掛かるかな。2時間?最悪 でも仕方が無い。

その間、今年6月のスイスの旅の未公開映像(一部はお見せしている)を整理する。これは親父の画像処理の練習と君へのサービスですので、嫌みに感じたら見ないで下さい。でももう一度見直してみると親父の思いが甦る。それにしても画像の取り込みは結構しんどい。も少し簡単にやれる方法教えて貰うかな?無理かな?自分でやれ?そんな事言わないでお願いします。(笑い)時間つぶしには丁度良いけれど疲れる。

Img_0025

出発前夜、成田に泊まる。夜、この横のコンビニでおにぎりとインスタントラーメンだった気がする。それでも意外に高揚していた。思いは既に13時間の旅に飛んでいたのだろうか?香港に行くのと訳が違うものと気合いが行っていたのだろうか?

Img_0038

次に泊まる事は在るのだろうか?大阪なら在るかもしれない。(成る程)

Img_0044

スイスエアライン ボーイング737? 全日空と共同運行? 乗務員のサービスは良かったが会社の体質は最低。2度と乗りたく無い。日本と現地の搭乗手続きが余りに不親切。旅慣れた人でない爺婆は個人旅行は無理と痛感。団体の旅でないとガイド無しでは親父世代は外国には行けない。

ああ、電池充電完了。ではコメント無しでスライドショウと行きましょう。

Img_0108

Img_0113

Img_0106

Img_0116

Img_0119

Img_0120

Img_0121

ハイ、お昼前になったので今日はここ迄 この駅はチュウリッヒ。日本とはおもむきが全く違う。発車のベルや行き先案内、マイク放送が全くない。自分で案内板を見て行く先を確認する。何番ホームと言われても自分で確認しろと言われるのだろうか?違う乗り換えの駅でそんな事言われたな?その点日本は本当に親切です。余計なお世話と言われるくらいにじゃかましい。こうして見ると人口密度が違うな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月12日 (日)

久々の阪神競馬場は鳥取境港祭り しっかり歩いて来ました

Img_4616

阪急今津線から見た宝塚劇場の裏 昔、この堰(セキ)でボートに浮かんでいた。あの時と大きな変化は今も無い。この左の住宅群で確認は出来ないけれど、マンション建設測量資材の運搬仮設モノレールの仕事をしたのは10年前。ああ、あれからどれだけの進歩があったのだろう?苦節10年?まだまだその実感は無い。その証はこれから問われている。たおやかな日差しの中に静かな水の流れがあった。

Img_4617

競馬場入り口のプロムナード。この通路は阪神大震災の後に整備されたのだろうか?当時は静岡に居たので分からない。親父が青春の頃来た時には在った様な気もするが定かでない。初めて競馬場に来たのがここだった。あれは23の秋?懐かし過ぎる。

Img_4618

入場門上の看板。空は歳末の雰囲気ではない。久し振りに来た競馬場。機動隊が不審者のチェックをしているがこれは歳末の警戒なのだろう。姿が映り込まない様にカメラを上に上げる。大阪市内西区の中国領事館前の警戒を思い出す。ご苦労様です。

Img_4619

食堂の定食 写真だけ 買ったのはお気に入りのお寿司500円 昼食時はこのお店も満席となり行列が出来る。一度、万馬券をゲットした時に桶のお寿司を食った事が在る。あれは何時頃の事だろうか?大阪に来て間もない時だった気がする。

Img_4620

もっとアップで撮れ もっと空の色を出せ それでも臨場感は出せていない。アチャ

馬券は買わず。理由?特に無し。このレース2頭で決まり。人気通り。親父は穴狙い

なけなしのお金で夢は買えない。夢を失っていた時、勝ち馬を追い求めていた。

Img_4622

メーンレースが始まる前に競馬場を後にする。ブラブラ歩くのに疲れたから。競馬場には多くの指定席と一般席が在るが、それでも競馬開催日には全ての人は座れない。今日はグレイドワン(g−1)レースが行われるので指定席も満員。お疲れです。

Img_4624

お土産の焼き鯖寿司 山陰境港小倉屋謹製 ネタ良しシャリ良し見栄え良し それでも1000円はチョと高い。馬券を買わずに食事してお土産を手にしてメーンレースの前に帰る。(オイオイ、何しに行ったの?)遊び。冷やかし?歩きです。

明日はもう一日お休み。天気が良ければ平家の夢の跡、須磨の海を見に行きます。都から須磨に逃れた平家を追倒したのは源氏。義経の戦いが有名だけれどそれは華々しかっただけ。この後義経さえもが悲劇の運命を辿る。

人の世の哀れは当事者で無ければ知る由もない。そんな歴史の一コマが見えるかな。須磨の海はこの時期でも明るい日差しの中で、哀しい人の生き様を淡々と語って呉れるに違いない。古きを訪ねて新しきを知るのも又、哀れかもしれない。

冬の海、日差しは何を語るのだろう? 一杯写真撮って来ます。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月11日 (土)

近くの神社に行って来ました。

Img_4613

銀杏の葉っぱは殆ど落ちてしまったけれど。神主さんと話が出来た。「ようお参りしてくれました」と言われてなんだか気持ちが高揚していた。紅葉の葉はそれを見て冬支度の手を休めていた。冬が来る。体を鍛えて風邪引くな。食い過ぎに注意しろ。

Img_4596

柵の外の銀杏の葉っぱは無惨にも踏みつけられている。神主さん曰く、これから時雨がありそれを乾かしてかき集める時に、小石を別にしなければならないと。親父も落ち葉を集める時、それが気になるので葉っぱだけ集める苦労は良く分かる。

集められた葉っぱを乾かして落ち葉焚きが済めば今年も暮れる。後3週間。神主さんも忙しい。慌ただしい生活をしているとそんな事も知る事は無い。限られた知識の中でお粗末なぼやきを重ねていると、今年も又成長の無い一年が終わる。

Img_4599

今年も色んな事がありました。多くの出会いと別れがありましたが来年は今年以上の感動の時があるのでしょうか?それは貴方の生き方次第。そう言われている。年の瀬の慌ただしさから解放された一時、そんな事を感じさせてくれる大きな首飾りです。

Img_4595

心だに誠の道にかなひなば、いのらずとても神やまもらん。菅原道真
(心にさえやましい所がないのであれば、祈らずとも神様は守って下さるだろう。)
意味深のお言葉だけれど現実はチョと違うかも。心にやましい所が無くても謙虚さを持たなければならない。賢い人のおばかな所は少なく無い。(こらこら)

Img_4603

この時にひっそりと紅葉しているやまぶきの葉っぱ。誰も見てくれなくても良いんだよね。人に見せる為に色づくのではない。葉っぱを落とす為に冬を迎える為に。まだ若い幼い木がこれからどれだけの歳月を重ねるのだろう?

Img_4614

銀杏の若木。マダマダ時間はあるよと余裕を示しているが。今週末には見事に葉を落とす。そうでなければもう一週間。間違いなくクリスマスが来る前に冬支度を済ませるだろう。今日も暖かいけれど一雨毎に寒くなる。間違いない。

これからお昼。今日は予定無いのでゆっくりします。又、見て下さい。

Img_4597

もうすっかり紅葉の時は終わりと思いきや、これでどや。(と言われても)どやどや。でもこれもカメラのトリック。流石に紅葉の盛りの時は過ぎている。それなののこの青さは何だろう?人は思いで若く楓の樹は銀杏のお陰で色付きの時が遅いのだろうか?(まさか)

Img_4611

空が白いのは今にも雨が降りそう。時雨の時が来る前に帰ろう。

Img_4609

葉っぱを落とすと細身に見えるがなかなかのナイスボディ。風雪流れ旅の歌が聞こえる。今年はライトアップ迄させてもらった様で、よござんした。又来年です。

Img_4615

来年の春、どんな花を見せて呉れるのだろう?仕事場前の桜とは元気さが違う。

Img_4592

それでも負けるな。来年の春、この小さな枝先からどんな息吹を見せて呉れるのだろう?上の幹と木肌の違いはいかんともし難いが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月10日 (金)

山茶花の花 開花一号 

Img_4587

今年の開花一号は白。恥じらいの思いが後ろ向きとなる。ピントも合っていない。

Img_4590

細い枝をつまんでこちらに向けても手を離せばこの通り。何番目の花が正面を向いて呉れるのだろう?

Img_4594

君達の出番も近い。今年も色んな事があったけれどそんな事は関わりありません。

Img_4591

枯れ葉を落としてハクモクレンのつぼみが勇ましい。この勢いで開花するのだろうか? 空の青さが師走の移ろいを感じさせない。今年も後3週間。忘年会も良いけれど、都会の空でも今年の反省会が出来るかも?無理だな?時の早さは矢の如し。

Img_4592

今はすっかり葉を落として冬支度。しかし見て下さいこの生命力。根元に近い所から小枝を伸ばすのは、この幹が養分を上迄揚げる活力が無いからと言われる。それでもこの息吹は何だろう?親父もこの幹と同じ元気があるだろうか?

今日、何度も外れた上の歯奥の差し歯が長い間の役目を終える。「今度駄目になったら部分入れ歯」と言われながら何年持ったかな?お役目ご苦労さんでした。これからは不自由すると思うけれど、災い転じて福と為せ。プラス思考で行きましょう。

これからの親父世代の生き方はこの桜の様に生きられるかに掛かる。それでもこの桜の幹も間違い無く役目を終える。どんな役目を果たしたのかは完全に無視され、その存在感も忘れ去られる。人の生き方もそうなのかもしれない。そうだとしてもその無情を乗り越えて行くしか無いのだろう。頑張れ。精々残された時は限りがある。

Img_4585

何時もの朝の景色。日の出の輝きにも眼もくれず行き交う人の顔に輝きが無い。人は何時の頃からこんなに無表情な覇気のない顔をする様になったのだろう?そんな思いも最近はない。それでもカメラを取り出して構えるのは親父の間抜けな処だろう。

今迄何気なく見過ごしていた景色の中に、人の心を揺さぶる何かがある。文明の進化と生活の豊かさが、心の成長に何の支えとなっていない事に気付いた時、人生の夕暮れは近い。その感動が無くなった時、その後ろ姿に躍動感が無くなるのかもしれない。

今年の世相を漢字で表すと「暑」とか。親父は違うな。世相は様々だと思うが親父の思いは「無」多くの大切な人と物を無くしてもその侭(まま)にしてはいけない。弘法大師の0(ゼロ)の教えは無限の可能性を教えている。「無」のままでくたばるな。

己の生き方の見直しが出来ないで人の事を語る恥ずかしさの認識が無い。どんだけの生き方をして人の事を語れると思っているのだろう>。そんな物は何も無い。も少し謙虚な生き方をしなければ、その罰はその身に降り掛かるに違いない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月 9日 (木)

今日はお休み 洗濯を済ませてパソコン廻りをちょこっと清掃 次は何?

Img_4200

静岡大井川鉄道トロッコ電車の車窓から。電車が約15分停車して廻りの景色を堪能させてくれる。親父が行った10月の末。天気はよかったが風が強く湖面に波紋が広がっている。画面右上に小型のモータボートが見えるがお分かりかな?

天気晴朗なれど波高し。観光シーズンが終わるとこの湖上駅で廻りの景色を眺める酔狂な人は殆ど居ない。この路線昔のダム建設の資材運搬の軌道だけれど、厳冬の時も運行されるのだろうか?流石に寒いと南アルプスの眺めも一変するに違いない。

Img_0409

こうして見るとスイスの鉄道は凄いよね。基盤、歴史、観光立国の考えが違う。この鉄路はサンモリッツからティラノへのアルプス越えの道。この先にトンネルがある。

Img_0392

前の写真は既にトンネルを出ている。これが正真正銘の峠越え。驚く事にこれが6月の中旬。夏の観光シーズン前。厳冬の時もこの鉄路にはラッセル車が出動。運行が確保されると聞いて驚く。

Img_4211_2

でも日本の景色も捨てた物ではない。流石にこの鉄路にラッセル車は無いがそれ程の積雪も無いのだろう。それよりもこの電車はトロッコ電車。観光のスケールと基盤が違う。

Img_4248

静岡市内とは平成の市町村合併の何たる皮肉。日本各地の過疎地の農山漁村が市ですか?南アルプスが見える井川のダム。ダム湖底に沈んだ村民の生活は整備された高台の村と連絡道路で本当の?静岡市内と結ばれている。これからお昼の定番弁当です。

Img_4523_2

Img_4431

Img_4246

Img_4384

スライドショウでした。少しはデジタルカメラと画像処理の技術上がりましたか?お気に入りは円山公園の合鴨とこの上のピンクの椿?です。人の世もこう在りたいけれど絵の様な風景は絵に描いた餅かもしれない。

ジャズの音色を聞いているとお昼寝の時間が近くなっている。夕方の散歩は大阪本町の乗り換え。中西ときんつば食えるかな?(親父さん、太りますよ)大丈夫その分歩くから。地下鉄の乗り換えは半端ではない。

Img_4583

大阪の地下鉄案合図、路線図。しかしこれを眺めただけでは土地感が無ければ、何処が何処だか分からない。18の時、初めて会社の主任さんと乗った路線は中央セピア色の御堂筋線。今はその路線も上も下も延長されたけれど、それ以上の新路線。

これだけを見ても地下鉄の建設費の償還が市の財政をどれだけ圧迫しているかが分かるだろう。この地図では良く分からないが中央に白い横線が見て取れる。ここに連絡通路がある。しかしこの乗り換えの地下道、急な階段がありとても年寄りと体の不自由な人は利用出来ない。人に優しく無い交通手段はたが為の物だろう?

Img_1824

なんでスイス、ヨーロッパの様な都市のインフラ整備をしなかったのだろう?車の量が多すぎて交通渋滞が激しく経済活動の妨げになった?それで年寄り、体の不自由な人達は犠牲を強いられた?そうではないだろう。その責任を誰も口にはしない。

それでも大阪梅田にサッカースタジアム構想。出来る訳が無い。この國がヨーロッパの人達から蔑み(さげすみ)の眼で見られる都市の整備の仕方、このツケは後世の人達迄もが払わなければならない。

Img_2000

こんな山の上迄(雲の上迄)登山鉄道を押し上げた力がこの國にも有ったなら、大阪の地下鉄網を見てなんと言われるだろう?関西の民間人の鉄路にかけた思いはスイスのそれに勝るとも劣らない。地下鉄の長い乗り換えが苦にならない時は長くは無い。

Img_4584

阪急梅田駅がデパートの中から北に移動して、このターミナルが出来たのは親父が独身の頃。この水路の水が流れて「川が流れる街」が人気を呼んだ。今はその面影も無いが流石に水路は潰されていない。近くの飲食店の栄枯盛衰はあっても入れ替わり、立ち代わり繁盛している?そうでもない?でもそう見えるけれど。親分は汚いからな。そうではない。本当に汚いのはこの花を愛でる余裕も無い輩かもしれない。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月 8日 (水)

穏やかな一日 

Img_4580

至福の一時 一昨日コンサートの前に休憩した喫茶店で食事後の一服。
ケーキはカボチャ味 久し振りのおいしいケーキを口にする。コーヒーもブラックのまま。写真撮るのを断られたがマスターがOKを出す。だからケーキとコーヒー反撥しているのかな?1人で口にするのが勿体ない。次は巧く撮れるかな?

Img_4571

朝、もう少ししたら綺麗な日の出を収められたが、電車が入って来て間に合わず
フラッシュをたいているので運転手から警笛を鳴らされる。スイスでも怒られたな。しかし、撮影禁止の標識無いでしょう?フラッシュがアカン? 失礼しました。競馬場のパドックと同じです。(まさか)

Img_4577

つつじの植え込みの上に桜の葉っぱを置いたでしょう?バレました?バレバレ。でも今日は天気予報とは大違い。無風の為?穏やかな小春日和。でも室内は流石に足下が冷える。電気スト−ブ引き寄せています。日差しは暖かいけれど。

Img_4575

ピント今イチだけど柔らかな色合いが何とも言えません。初恋の人を思いだす。そんな思いで見つけていると、花心(花蕊、かずい)雄しべとめしべが笑っている。(不気味) 初恋は淡い白雪の様に果敢なくも一時の思いで消えて行った。

Img_4576

ハクモクレンの葉っぱが奇麗に落ちてつぼみだけが光り輝いている。初冬の空とは思えない青空。この空が鉛色に変わり白い粉雪が舞い散る時は、大阪の冬空には稀にしかない。関西人が肩をすぼめて歩く時は六甲おろしの強い時。その強風もまだ一回しか吹きすさんでいない。

Img_4578 

開花の時を待っているのは山茶花のつぼみ。これ迄何度もアップしたから又かと思われても綺麗に花開く迄、追い続けて行きます。それくらいのしつこさがあれば大概の事は出来ると皮肉られたとしても、この生命力には感動の言葉しかありません。

環境破壊とか温暖化とか砂漠化とか多くの言葉が並んでも、経済優先が当たり前のご時世では、人が人らしく生きる事すら見失われてこの有様にも見向きもされない。この程度の事ではない大気の汚れ、生活環境の悪化も発展途上の國には関わりの無い事なのだろうか?

そうではあるまい。一部の國に問題を丸投げして手をこまねいているとその代償は計り知れない事を、バカは死なないと分からないのだろうか?そんな事は無い。大阪の穏やかな天気も間違いなくこれから寒くなる。年末のこれから厳しい寒波が来なければ、来年の夏が思いやられる。中国も環境対策は経済発展と共に避けては通れない。

関係ない?そうかもね。それでもこれからのキーワードは環境対策先進国、環境対策先進企業、環境対策エコ生活となる事は間違いない。大都市と地方の経済と環境の両立はお間抜けなとマスコミが語る程、簡単ではない。アンタもそんな生き方をしないと生き残れないだろう。パンツ一丁の生活 質素な生活 仙人の生活、それが課題になる。間違いない。

Img_4572

この桜の根元に親父の来年が凝縮している。良く分からない?そうでしょう?この國の歴史をひも解けば少しは分かるかもしれない。今日は12月8日。開戦の日。知らない?そうだよね。1941年12月8日 帝国陸海軍 南太平洋上 ハワイ真珠湾攻撃 奇襲攻撃成功 しかしその代償は計り知れない尊い人命(300万以上)と財産を失う。この國は焦土(焼け野が原)からの再生である事を知らない若者が多い。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

来年の事を語るのは早いけれど  そろそろ今年の総括も

1人で黙々とレトルトのお気に入りのカレーを食いながら、ニンマリとしている自分に愕然とする。こんなお1人様の食事をしながら、どうしてこんなに長い間侘しい食事をしていたのだろう?そんな素朴な疑問も何故か長い間の一人暮らしで当たり前になっていた。

これ迄年末になっても一年を振り返り新たなる思いを重ねる事が出来なかったのは、それだけの余裕と展望が開けなかったのであろうか?そうではない。無意識の内に秘められた情熱がいつの間にか冬眠してしまっていたのだろう?

自分で言うのもなんだか照れるが、己の可能性を信じていた18の時の思いは、今は全くない。本当に情けないと思う心が失せた時、人の体と心は前向きな前進を躊躇(ちゅうちょ::尻込み)する。その事を忘れて日常の些細な出来事に心を失う時、老い同然の自分が居る。新たなる年はそんな自分を断ち切らなければならない。

苦節何年とか死ぬ思いとか多くの人が多くの事をお間抜けに語るが、そんな物は何の役にも立たない。大事な事は自分に出来る事、自分が自分らしい価値観を手にする事、生きて行く事に夢があり健康である事も最低の条件かもしれない。

来年の事は鬼に笑われると言われるから口にはしないで前進あるのみでしょう。

Img_4377

親父さん 運気も引き込め 今にもつぼみが開きそうな山茶花の花が笑っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月 7日 (火)

明日から寒くなる?

Img_4558

昨日迄の暖かさが嘘の様に寒くなる。明日はもっと寒くなるとか?流石に桜の落ち葉も少なくなる。それでもつつじの植え込みにその存在感を置いている。テレビの立体画面は眼鏡を掛けなければ見えないが、この立体感はどうだろう?惜しい。ピントが甘い。これから六甲おろしが強くなるとこの景色も見れないだろう。

Img_4570

こじんまりとしたクリスマスツリー。昨日コンサートの帰り乗り換えの駅の連絡通路から。この通路本当に長い。歩いている人も若者が多い。だよね。年寄りはとても歩けない。
昨日のコンサートは親父世代が多かったが、これからの生き方がこのツリーにみえる。ラジオから聞こえる「ララのテーマ」を聞いていると過ぎし時代が本当に遠くなる。今度、大阪梅田のタワーレコードでこのcd買いますか?ツリーは買えないけれど

Img_4556

Img_4554

山茶花のつぼみが不気味に白い こちらは間違いなく開花は遅い 来年の何時頃だろう?一番寒い2月の中旬かな?かな。

Img_4555

ピントが合い過ぎてつぼみが痛々しい。今年の夏の暑さがここにも出ている。今年の猛暑来年はどうかな?流石の親父もクーラー買ったし間違いなく冷夏は無いだろう?メキシコで行われている世界温暖化対策の国連会議。

インドや中国、ブラジル、南アフリカの発展途上国(違うだろう?今後、経済発展が目覚ましいと期待されている國?)は温暖化対策の義務は無し?こんな会議は意味ないだろう?ホンマに地球規模の問題に國の利害を持ち込む外交官のお間抜け。

そんな國が本当に次世代の経済発展を期待される資格があるのだろうか? インド、中国は世界文明発祥の地。インダスと黄河、ガンジスと揚子江の流れはそんな政治家の思惑をどんな眼で見つめているのだろう?それはこれから証明される。

Img_4542

京都四条大橋 東山(右)方面に行く車の混雑と市内に向かう車の流れ。この國の車世界と今既に始まっている経済発展著しい國の交通渋滞が見て取れる。大体、京都観光を車でしょうと思うのが間違いでしょう。流れる雲がその事を教えている。

昨日のコンサート、お疲れさまでした。今夜は明石。それでもしっかりと携帯ブログ流石プロです。体に気をつけて又どこかでお会いしましょう。好きな歌を聞いて貰える喜びはひしひしと感じる事が出来ました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

40数年ぶりにコンサート行って来ました。感謝感激。

Img_4563

兵庫県伊丹市伊丹ホール前のクリスマスツリー。電飾が輝いて綺麗。この後ろのホールでコンサート。

Img_4569

JR伊丹駅の歩道橋。大きなショッピングセンターが不夜城の様に浮かぶ。遠くから写しているので小さく見えるが、実際は大きい。親父が若い頃見た伊丹の駅前はのどかな風景。今はすっかり様変わりしている。
しかし数年前の108人の尊い人命が失われた列車事故の現場も遠く無い。人類の進歩と調和。行き過ぎたコストカットと安全軽視の企業体質が失った安全神話は、その代償が余りにも大きい。

Img_4564

阪急伊丹駅 親父が若い頃、この一つ前の駅迄得意先訪問で来ていた。あの会社は畑の中だったけれど今はどうなっているかな?もう無いかな?麺つゆの会社。

Img_4566

伊丹は清酒発祥の地 小西酒造さんのショップもあります。(ここは違うかも/)

親父さん、親父さん コンサートの話 どないなりはりました?
Img_4561

少し暗いけれどコンサート始まる前の勝っちゃん食堂の定食。(ブログあり。勝っちゃん食堂)

あさみちゆきさんのコンサートは最高でした。写真取れなかったけれど、そして今年の紅白も出れなかったけれど、負けずに頑張れ。バンドの皆も最高。バイオリンの彼女 良かったですよ。(コラコラ)。遅くなったので又、明日。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月 5日 (日)

穏やかな一日 日の入りも早くなる ぐずぐずしていたら間に合わず

昨日のカラスやらせだろうと言われる まあどっちやでも良いけれど(良く無い)親父はカラスとも話が出来る。ウソだと思うのも勝手、信じる人は救われる。公園のカラスは本当に賢い。親父を見送ってくれたカラスもよく見ると1羽ではない気もするけれど。2羽です。間違いない。京都も変わりました。親父が年老いたのも無理は無い。

Img_4538

それでも変わらない者も少なく無い、このビルは親父が最初に仕事で京都に来た時に見た。空の青さも市バスの色も何も変わってはいない。

Img_4539

この景色も同じ。変わった事と言えば水面に浮かぶ白鳥と、今は居ない等間隔に並ぶカップルの姿だろうか?懐かしい音楽が聞こえる。ララのテーマ。知っているのは親父と同世代か、映画に詳しい人かも。行く川の水は絶えずして、しかももとの水にあらず。流れに浮かぶ泡沫(うたかた)はかつ消えかつ結びて久しく留まりたる試しなし。人の世も又かくの如し。(方丈記)鴨 長明

Img_4541

Img_4544

本当の京都はこんな物ではありません。暫くは観光シーズンですが本当の京の都を見たければ、新年早々の深々と冷え込みのきつい人通りの絶えた路地を案内します。

Img_4540

歌舞伎座 何故か傾いて見える 気のせいか? そうではあるまい 伝統芸能もオバかな行動で一瞬にして壊れて行く事を、どれだけ自覚しているのだろうか?していない?そうだろうなあ。そう思う。まあ、関係ないけれど。歌舞伎見た事アンのか?無い。

Img_4532

懐かしいな。何に見えますか?祇園花街にあるJRA(日本中央競馬会)のウイング(馬券売り場)親父が独身の頃、何回か来た事がある。成績は?言わずもがな。
Img_4504

お分かりか?分からんでしょう。坂本龍馬と中岡慎太郎像 

Img_4529

では良いお年を。まだまだ早い。明日はあさみちゆきコンサート 行けるかな?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今日もいい天気 それなのに腰が痛い 腰が落ちている

Img_4546

近くの邸宅の庭木 この刈り込みも珍しい 紅葉も気兼しながら盛りの時を窺っている。早く色づかないと冬が来る。晩秋の時は今年は遅い?

Img_4547

こちらの方に勢いがある。暖かい年の暮れ。そのうちに慌ただしくなるのだろうか?

Img_4548

腰が伸びるとこの景色の様に伸びやかではない。腰がぎっくり腰ではないのに落ちている。年寄りが腰を伸ばせず大股で歩けない心境が良く分かる。今日は予定があったが大事を取り、腰にサロンパスを貼って近くの公園に出掛ける。

Img_4551

銀杏の大木は黄金色の葉っぱを大半落としていたが、その落ち葉のカーペットをカメラを下に置いて娘が覗き込んでいた。腰を屈めて(かがめて)お尻の上を出していた。親父から声をかけられる。この紅葉は参道横の公園のもの。盛りの時は過ぎてはいない。

Img_4536

これは昨日の京都花見小路横の紅葉 余程の通でなければこの道は知らない

Img_4535

盛りの時は暫く続く それでも観光客に眼にされる事は無い。

Img_4534

通りを一つ変えると人通りは全くない。上の紅葉は突き当たりを左に折れた先にある

Img_4514

円山公園の入り口で迎えてくれたカラスが見送ってくれた。すみません八咫烏(ヤタガラスでした)知らない?それでは調べてみましょう。(単なる鳥では無く太陽の化身とも言われ強さの象徴。日本サッカーのシンボルマークにもデザインされている

Img_4430

今年は色んな事がありましたが、不撓不屈(ふとうふくつ)ぼやきと嘆きを繰り返しながらそれでも己の不満を受け止めながら、八咫烏の強さと魂に支えられて弱さと負け犬の思いを蹴飛ばしていました。
政治と金とか弱い物が報われる世界とかそんなお間抜けな思いはさらさらありませんが、物思いに耽る(ふける)弱さは来年は無用と言われています。君はある意味、侵略者のシンボル、親父にまだそんなあくどさは無い。上に立つ者の哀れさはある意味、自己犠牲しか無いのだろう。自己中心?そんな輩はザラに居る。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月 4日 (土)

昨日の天気がウソみたいに穏やかな一日でした。

Img_4545

長楽寺行って来ました。来年の干支開運一刀彫。来年の運気上昇間違い無し?

Img_4405

阪急の始発梅田に出て阪急のデパートでお気に入りのジャンボ稲荷2個と豆稲荷2個を買う。お花見の時も買ったがあの時は桜も散っていた。今日も紅葉は半月遅れ。それでも流石京都東山。思い出の長楽寺。その手前の円山公園のはずれで哀れな親父を歓待してくれました。帰りに湯豆腐は食えなかったけれど。何で?決まっているでしょう?稲荷は持っていたし、1人で食うには勿体ないし(成る程)、お一人様3000円を超していたし。しかし、それ以上のおもてなし。見ますか?では行きましよう。

Img_4407

Img_4410

Img_4418

Img_4429

Img_4430

円山公園の板ガラス。イエイエ本物です。ようこそ、いらっしゃいました。

Img_4444

Img_4445

本当の美しさはやっぱり半月前でした?イエイエあなたをお待ちしていました。お帰りにお見せします。お楽しみに。(引っ張りますなあ)

Img_4447

長楽寺入り口の甘味処 覗いただけ。1人では流石にね。

Img_4453

37年ぶり あの時は春 新婚の時 何を話したのだろう?初めて来たのはその7年位前。次は新緑の頃に来れるかな?

Img_4451

Img_4455

この庭を最初に写した時、先代の和尚に一眼レフのカメラを褒められる。その和尚も既に鬼籍に入っていた。

Img_4460

Img_4466

Img_4468

Img_4473

幕末の水戸烈士の墓がある。この國の体制を替えたのは坂本龍馬だけではない。多くの名も無い人の思いがこの街、この國の移ろいを見下ろしている。一見平和そのものの人々の暮らしも又、熾烈(しれつ)である。戦火と戦塵(せんじん)に倒れた多くの人の無念の想いを大切にしなければ、この國も又哀れである。この景色にその面影は全く無いのは、暖かい気候の所為ばかりではないだろう。

Img_4476

Img_4478

東山の清水が樋(トイ)から流れ落ちている。味は優しい。昔は修行僧の行が行われていた?

それでは艶やかな紅葉の景色、堪能して下さい。行きまっせ。息が詰まりそう?

Img_4489

Img_4500

湯豆腐はデートの時のお楽しみ (誰と?貴方です?)千楽さん 表も宣伝しときます。

Img_4501

Img_4495

Img_4499

紅葉も紅はタイムオーバー 黄色は黄金色のタイガーマスクです。(見えるかな?)

これから帰ります。円山公園のはずれで稲荷を食いました。春の花見は御室仁和寺の駅前でした。来年は何処の花見が出来るかな>岐阜の薄墨桜(うすずみさくら)荘川桜、それとも出雲松江の桜かな?何処も違う気もするけれど?来年の事はウサギさんに聞いて下さい。

Img_4505

Img_4506

写真はいっぱい撮りました。37年ぶりに見る風景はすっかり変わっていました。それでも東山の山麓から眺める風景は、穏やかに何も語らず静まり返っていました。「又、来なはれ」「又、新緑の頃」ここの景色はその時が一番です。そんな静かな初冬の風情を感じていました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月 3日 (金)

大阪の再生 浪速の事は夢の又夢 秀吉辞世の句

Img_4339

秀吉の天下統一は彼の類い(たぐい)稀な発想と親方様(信長)の引き立て 家臣の武勲(戦場で立てた手柄)優れた参謀(蜂須賀小六、竹中半兵衛、黒田勘兵衛)寧々(妻)の内助の功 多くの幸運が重なるが、皮肉にも天下取りの後はそれ迄の栄光が泥まみれとなり、多くの悲劇の中で哀れな辞世の句を口にする。

当然、子供の様な跡目、後見の力も無い石田三成ごときの官僚を叩きつぶす戦略は、家康にとって赤子の手をねじる程度の事だったろう。それでも多くの誤算があり豊臣大阪方の戦力を削ぐには策略を巡らし、大阪城を丸裸にするしか無かった。

先日、一年ぶりに訪れた市内伏見町久安寺の大木が、その時の流れを語り掛けていた。奢れる者久しからず。親父も結構言われたが親父ごときの厳しさではなかった事を知る人も今はいない。この木の根元で月見の杯を口にしていた秀吉に、末路の哀れさを知る術も無かったのだろう。人の生き方を問うた空海もその姿を見ながら、何を思ったのだろう?

大阪の再生が口にされて久しい。それでも良く考えて見ると大阪の地盤沈下は大阪城の落城と共に始まり、今も尚その勢いに陰りが無い。何たる事だろう。今、大阪梅田の貨物ターミナル跡地(大阪北ヤード)の再開発が行われているが、その勢いを見ても名古屋にも負けている。

関西は商いの街 ど根性の精神は既に無い。先日のサッカー2022年大会招致の動きを見てもそう思う。8万人収容のスタジアムの建設。大阪市長も其れくらいの施策しか、持ち合わせていないのだろうか?箱もの行政の失敗、補助金行政の失敗、何よりもオリンピックの大阪招致の失敗を少しも学習していない。

行政の長だけでなく関西人の誇りと商いの才覚はどこに行ったのだろう?税金の無駄使いは石原東京都政と似たり寄ったりでは、大阪の地盤は益々下がるしかない。ウソだと思うなら大阪埋め立て地の現状を見て見なはれ。この悲惨なオリンピック招致の代償は後世の笑い物でしかない。

Img_4325

久安寺楼門 秀吉もくぐったのだろうか? そうだとしても駕篭(かご)から降りて歩いてくぐったのだろうか/そうだとしたら家康の手を握りながら幼い跡目を頼む事は無かったろう。家康はどんな思いで秀吉の手を握り返していたのだろう?笑いが止らなかったに違いない。

この楼門は屋根が水平でない。軒反りと言う室町時代の建築美。(國指定重要文化財)今はその脇を通る

Img_4324

Img_4330

Img_4342

Img_4329

Img_4349

Img_4332

Img_4341

Img_4354

御影堂 大師像を拝む 真言禅観法瞑想の道場 摂津大師67番霊場

Img_4365

Img_4366

池を中心に花咲く庭 秀吉はここで月見茶会をしたと伝えられている 参拝者は誰でもこの庭を歩く事が出来る。これは素晴らしい事です。(普通は立ち入り禁止)

Img_4369

庭を上り詰めた処 紅葉の時は過ぎても花を愛でる心があれば、落ち葉もまた美しい

Img_4371

Img_3796

これは京都高雄神護寺 弘法大師つながりでアップしただけです 何の意味もありません。この時が紅葉の盛りでした。もう一枚オマケです。今年は紅葉見物もこれで終わりです。これから年末迄の景色は何になるかな?

Img_3793

神護寺 山門横 今年は何処の紅葉を見ましたか?見ていなかったらこの景色で又来年です。苦節の時を乗り越えて二人で見上げる錦秋の秋はもう無い?それはそれで又良きかも?心の中に生き続ける人は花鳥風月。花、鳥(くじゃく)風(春、五月)月(ススキ、サツマイモ、だんご、竹籠)かもしれません。メールありがとうございます。体に気をつけて頑張れ。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月 2日 (木)

京都長楽寺の予定が近くの久安寺になる。何で?腰が痛くなる

腰の筋が伸びたのだろうか?イエイエそうではありません。お腹の腹筋が緩み背筋が弱っただけ?それも違う。腰の使い方?が悪いのかもしれない。アチャー年やのう。じゃかましい。それでも侮るな。去年訪ねた近くのお寺。今年は開運の鐘を鳴らして来た。今週末、ジャパンカップダート 馬券取れるかな? アホ、そんな処で運を使うな。すみません。

Img_4347

Img_4350_2

Img_4348

鐘つきの作法 きちんと読んでつきました。ご利益(りやく)新か(あらたか)かな

Img_4336

弘法大師にお会いして来ました。

Img_4340

Img_4363

Img_4360

どうだ、参ったか? それ程でも?それではもっと凄いぞ?その前にお出掛け。残りは何時になるかな?お楽しみ。タダ見は止めて下さい。(ジョークです)

それでは一気に行きましょう。紅葉の見頃は過ぎていましたが、そこはデジタルの技術でカバーしています。人の心も実像を見るのは中々難しい。何故だろう?考えた事がありますか?

人が人らしく生きる時はほんの一瞬です。親父を含めて多くの人はその事を勘違いしているのです。その事はこの画像を見ると本当に良く解ります。弘法大師はその事を私達に教えて呉れています。分からない?では見て下さい。

Img_4338

Img_4361

Img_4343

Img_4355

Img_4367

Img_4373

Img_4381

Img_4384

Img_4385

Img_4388

Img_4395

Img_4398

Img_4402

Img_4401

Img_4403

Img_4323

どうですか?弘法大師の世界が見えて来ましたか?

親父も長い間 無宗教を誇りにしていた罰当たり(バチアタリ)です。

そのバチが見事に的中しています。

生きる事は信じる心 信じられる人、信じられる教えを守れる人は幸せです。

どんなに神仏を信じられない人でも、最後の最後は雁首(がんくび)を落として救いの手をかき抱くだけでしょう。人の生き方も又哀れです。

明日は全国的に大荒れの天気です。ご自愛あれ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今日はお休み 久し振りに近くの喫茶店に行く 

モーニングセット450円 この50円がみそ 親父レベルでは気にもならなかったが暫く行かなかったのは、常連が煩かったから。親父も結構毛だらけだったと思うがそれ以上デカイ声の世間話は、一時の静寂を求める親父の神経を逆なでしていた。

もっと近い、その前から馴染みの店もマスターの思いが、親父の自尊心?を傷つけ、もう長い間足を踏み入れていない。何処のお店でもそうだが色んな客がいて、多くの感情と言葉を口にする。

繁盛する迄はそれも気にならず反対に愛想笑いで誤摩化しても、そうではなくなると感情を露(あらわ)にしてしまう。商売も仕事も親しい筈の夫婦でも親子でも恋人、友達、親父と中西の間でもその微妙な阿吽の呼吸(あうんのこきゅう)は難しいのかもしれない。

そんな時、あなたならどうしますか?その事をきっちりと考えずに本音を漏らすから蜘蛛の糸(信頼関係)は切れる。多くの人がそんな筈ではなかったと思う信頼とか絆(きずな)は、その程度と思えばつきあい方も変わって来る。

単純、単細胞、多くの思い込みは殆ど、相手も心を突き動かす前に体をかわされる。猪突猛進でなくても無心の心で在りの侭の自分をさらけ出したとしても、その心が通じる事は難しい。

それだけでなくその思いが通じたとしても、些細(ささい)出来事、何気ない一言で奈落の底にたたき落とされる。ああ無情。人の心の果敢なさ、人の生き方はその程度の物、その程度の結びつきである事を理解出来るのは、何時の時だろうか?

反対にその事を痛切に受け入れた時、人生、人の生き方は変わる。「何で、何で」と思われた事が、その程度の事だと思えば忘れられても、人は多くの事に拘る(こだわる)が為に、憎しみ許せないと思う心も又、大きいのかもしれない。

今日も小春日和。陽の差し込まない薄汚い(それでも不満は無い)部屋で隣のおっさんもぐずぐずしている。親父よりずっと若いおっさん。昨日の電車の中の輩同様、生きる術を無くしている。こんなに天気のよい平日、家で燻る(くさぶる)悲劇は仕事にありつけないからか? 景気は回復基調?冗談ではない。

親父の今日の予定は無しだったが天気に誘われてお出掛け。デジカメの電池が残量少なく充電中。意外に時間がかかる。これは計算外。これからはスイスで教えられた様に夜に充電する事を、習慣にしなければならない。

仕方が無いので11時からの経済ニュスを見ていると、株価が上がりコメンテーターが嬉々としている。おかしいのと違う?株価のアップダウンは投資家の思惑。世界の製造業の景況感が良い?元気があれば株価が上がる?バカも休み休みに言え。アホ。

親父のお気に入りの経済ニュスもこの程度のコメントでは駄目だな。アメリカの株価に引きずられているだけ。アメリカの株価は投資ファンドの動向で決まる。アメリカ経済の分析はこの程度だとしたら、株式市場もその程度かもしれない。

この國の政治の世界に先行き不透明の影が忍び寄る時、景気の先行きにどうして明るさを見出せるのだろうか?それとも君が言う様に政治と経済に相関関係はない?それは間違いなく誤りだと解る。その時は意外に早いのかも。電池の充電終わり。親父も出発進行。発車オーライ。面舵いっぱい。ヨーソロ。(それ程の事でもない)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

頑張る人 頑張らない人 それなりの人

こんなタイトルでブログを書けば、嫌な奴だと思われる。静岡に旅をして色んな人と話をして、色んな事を感じたがその中でも一番の感動は、何と言っても若さとバカさです。誤解を承知で親父の感想を言えば、多くの人に共通する思いは期待感です。

人の事を語る前に自分の気持ちの中にも、今よりの達成感を年甲斐も無く追い求めている情けない自分がいます。今よりの飛躍は間違いなく有りはしなくても、その為の努力すらしていなくても、棚からぼたもち、我田引水の狡い思いを乞い願うささやかな思いは否定は出来ない。

自分は別格。他人はそれ以下。その程度にしか思わなくても、何の疑問も感じずに生きて行けるふてぶてしさは、無知と無能の為せる技なのかもしれない。それでも時代の流れは水の流れと同様で絶対に川上から川下に流れる。

普遍の原理原則。それを知らないから目的を追い求められないのかもしれない。逆説的に述べれば多様な価値観も単純明快、人はパンのみを求めて生きるにあらずではなくて、理想論では飯が食えない事ぐらいは理解しなければいけない。

最近、新聞を読む事を止めた。そのうちテレビも見なくなるかと思いきや、それはチャンネルを変えるか、音声を切るかでグチグチ言っている。しかし間違いなくオバカな番組を見ている限り、その程度の生活しか出来ない事は間違いない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月 1日 (水)

電車の中で写真を撮られる 写真撮るなら景色だろう

Img_4318

色づいた葉っぱが音も無くハラハラと落ちて行く 秋は進む 今日から師走 この桜の色づいた葉っぱが落ちてしまうのも遠い先の事ではない。電車の中でカッコ悪いと言われながら写真撮られる。帰りの電車。
原因は狭いスペースにデカイ兄ちゃんが、声も掛けずに当然の様に座った事に、親父が小言を言う。引きずり出されると思ったのか、車内でぐずぐず言うので次の駅で降りろとカッコをつけると、携帯で写真を撮られる。
馬鹿野郎、何もしていないだろう?この前のおっさんと云い、おかしいのが少なく無い。写真コンテストでも腕ずくしでも負け無い。心配するな。大阪に来てから殴られた事も殴った事も無い。(自慢にはならない)。

Img_4316

孤高の親父 まだ若い 気持ちだけ 体の衰え 年を考えなはれ 葉っぱの片割れが今年の暑さでへばっている メタボな親父も兄ちゃんとの殴り合いには勝てないだろう?やってみないと分からない。(やめて下さい。手を出せばアンタの負けです。)

Img_4307

ASAHIの缶コーヒー新製品 ゆるみの極み このキャッチコピーよろしいなあ ホンマぎすぎすした心の緊張感を緩めて、すんませんの心 ありがとうの気持 苦虫を噛み潰した表情を解放しなはれ。不快 非礼 無礼はお互い様 アンタも同じ穴の狢

Img_4319

師走の空の面影は枯れ葉が少なくなった事ぐらい。よく見えないハクモクレンのつぼみが花開く時、皮肉にも早春の寒さが体を震わせる。マダマダ時間は沢山。怒りが込み上げた時、レ、ミゼラブルの主人公の生き方を思い出せ。親父にはその事が問われている。苦難の時は必ず解放しなければ苦しみに、打ち勝つ事が出来ない。

Img_4322

懐かしい地下鉄の駅 深江橋 緑橋 そして高井田。親父が18から22の時迄、野田阪神から市電を利用していた。今の様に喋れたら苦労はしなかっただろう。当時の大阪はセピア色の青春の街だった。あの頃の貧しさを思えばこの豊かさは何だろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »