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2010年11月29日 (月)

久し振りの新幹線 多くの想いが重なる浜松へ

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関ヶ原 兵達(つわものたち)の夢の跡 実際の関ヶ原の戦いはズーと左
ここは古戦場名古屋側の入り口。ここを新幹線でどれ位、行き来したのだろう?
その度に天下分け目の戦いを思っていた。そんな人はどれ位居たのだろう?
石田三成の思いを叩きつぶした家康の思惑。それは大阪を留守にして江戸の先迄兵を進めて、敵の出方をうかがった戦略と家臣の切り崩しで、戦う前から勝敗は決していた。その勝者必然の作戦も実際は小早川の裏切りが実行される迄、成功ではなかった

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尾張名古屋は城で持つ 今の名古屋はトヨタで持つ? 字余り。新幹線のホームからは上迄アングルに入らない。 ここから新幹線不通の会社連絡をしたのは何時の日か?28年前?からかわれた夕焼け小焼けの赤とんぼが、舌を出して笑っている。

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天竜川駅前 昔の侭の風景 でも初めて見た駅前にはこのマンションも無かった。

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懐かしい風景 最初に住んだ安松町近くの小川 水の流れは殆ど無い しかし、当時の悪臭は消えていた。この右側に掛川で一度入ったさわやかがある。ファミレス。げんこつハンバーグが人気メニューになっていた。亡くなった人の供養をしながら思い出を語る。親父と同年代の社長。思い残す事も少なく無かったろう。残った人は寂しいけれど、力を合わせて頑張る事が何よりの供養と励ます。

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分かりますか? 君達が通った小学校。何も変わっていなかった。丁度父兄会の準備をしていたので、声をかけて校内に入る。(少しだけ)

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校歌 忘れたかな?忘れたよな 親父は知らない 聞いた事も無い

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懐かしい人ともしばしの別れ 駅舎も余り変わりはない それでも変わっている
電車の向こうに工場が見える 電車で隠れているのは親父の思いと同じか?違う。人も会社も永遠の命は無い。早いか遅いかは全て神のみぞ知る。神様は何でもお見通しです。

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掛川駅(東海道本線は下の駅)この駅は隣接の天浜線 国鉄二俣線 国鉄民営化と共に第三セクターとして運営されているが、経営採算は近隣沿線の市が援助している。
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東海道線掛川駅の木造駅舎 この大きさで充分なのだろう 駅前の唯、広いだけ。

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それでは天浜線 出発進行 これは第二東名 結構工事は進んでいるが全線開通の目処は立っているのだろうか?これがこの國の公共事業です。

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この沿線 殆ど車で走っていた。電車に乗った記憶が無い。それでも車窓から見る景色は何も変わっていなかった。変わったのは時間の経過だけ。三ヶ日の駅を目前西て時間切れ。引き返す。6時にうなぎの予約を入れていたが間に合わず。6時45分に変更。親父に文句を言われる。

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懐かしい地名 何度も何度も通った駅前の道 でもこの駅から乗ったのは今回が初めて。無人駅になっていた。
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この先には進めなかったが次の機会はあるのだろうか?ここ迄掛川から1時間半。大阪迄帰れる時間。地方の鉄路は廃止されないだけでもまし。これが現実。

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この道は浜名湖新居の関所の厳しい手形改めと荒波の渡しを避けた山越えの道。江戸の昔から姫様道中が行われていた。引き返しの電車を待つ間、向かいのホームの看板を眺めていた。もうすぐ日が落ちる。一時間一本の電車が中々来ない。

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なんとか間に合いました。この前は一年前 甚八さんの鰻はタレが自慢 焼きは炭火からガスに変わったが、味も悪く無い。親父達が住んでいた頃はローカルなお店だったが、今は知る人ぞ知る人気のお店 予約無しでは断られる事も少なく無い

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翌朝の駅前 これから隣の駅 金谷に向かう

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金谷を出た電車 正面の車の降り口から左折(電車から見ると右折)すると大井川添いに北上する。良く走った道 今日は電車です。

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無人駅 狸の歓迎 

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川幅の広さと水量の少なさはダムの所為 それは間違いない

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塩郷の吊り橋 見えるかな?

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下流を見る 川幅と水量が良く分かる

ここで一時間遊ぶ 電車は一つ後 この地に立つのも暫くは無いだろう そんな気がしていた それでも何故か寂しさも悲しみも無い ただ心の中で別の自分と会話をしていた。これから新しい生き方が始まる。長い、長い混迷の時を抜け出して一直線の荒野をひたすら突き進めるだろうか?それは何とも言えない。この天気の様に在るが侭の現実を受け入れるしか無いのだろうか?それも分からない。分かっている事は今回の旅で体験した事、淡々と生きる、賢く生きる、元気で生きる、その事に尽きるのかもしれない。

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