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2010年11月14日 (日)

京都高雄神護寺に行って来ました

Img_3749休みの日に仕事に行く時間に起きて、トーストを一口かじって、電車に乗る。若い頃同じ行動をした。あの時は京都出町柳から京福電鉄で鞍馬に行く。帰りは貴船から。

今日は四条大宮から高雄にJRバスで。このバスの始発は京都駅。親父が乗り込んだ時は満席。でも暫くして席を譲られる。親父もそんな歳になった。複雑な気持ち。若い二人。素直に感謝して気持ち良く座る。

Img_3750_2 阪急京都線四条大宮の駅。親父が利用していた頃は特急の停車駅だったが、今は何故か停車せず。今日は急行だったのでOK。

春、御室仁和寺の桜を見に来た時、一つ先の停車駅烏丸から、引き返す。ホームが暗いのは省エネか? まさか。電鉄の感覚?

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バスを降りた所。高尾山神護寺の石碑読めるかな?親父が最初に来た若い頃と何も変わっていない。変わった事と言えば親父が年老いた事だろう。しかし、この時点ではまだその事を知る由もなかった。

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階段をトコトコ降りて朱塗りの太鼓橋からの景色。空海が来た時はこの川の流れも激しかったのだろう?空海はここで最澄以下に真言密教の教えを教示している。当時は京都市内からどれ位掛かったのだろう?一日がかり?今は簡単に来れる。

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朝早く開店間際。昨夜の予想通り。人っ子一人居ない景色。でもこの席も一気に埋まる。この構図よろしいなあ。(自画自賛すな)。赤い紅葉もよろしいが黄色の紅葉も格別。その色を赤い傘と敷布が引き立てている。

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この石段で息が切れる。左の紙袋は夜の照明ランプを巻いている画用紙。石段の上に人が居るがこの先はもっと急になる。若い頃、この石段を笑いながら駆け上がった気がする。年を取るとは肉体が衰える事と知る。(今更?)でもその事は何時もは感じない。(アホやなあ)

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着きました。入り口。前のおっさん邪魔。でもなかなか移動せず。しびれが切れる。怒鳴らなかっただけ増し。それが無ければこのアングルも申し分無し。

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アップに耐えられるかな?この後に紹介する太子堂(弘法大師)で文句を言った罰が当たる。公開出来ない画像がある。一度見たかったお堂。でも拝観料別に取られる。いくら?(内緒です)これだけの紅葉狩りが出来て文句を言うな。その通り。

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五大堂。松島の五大堂は有名だけれど神護寺のお堂も立派です。人影は少ないがこれは偶々(たまたま)。この頃から境内も観光客で賑わう。この景色は空海も見たに違いない。

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弘法大師が掘ったと言われる。立て札の説明も今イチ良く分からない。もう一度司馬遼太郎の「空海の風景」を読まなければならない。空海はここで最澄に教えを説いている。

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板彫り弘法大師像 太子堂に入る時に靴を簀の子(すのこ)の上で靴を脱いで注意される。そうだよね。土足はアカン。それでも何故か文句を言う。この罰当たり。大師の前では手を合わせた事が台無しになる。でもこの木像の作者は誰だろう?


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時代劇のワンカットによく使われる石段。慌ててシャッターを切ったのでピントが今イチ。少し画面から眼を離すと見れるかな?

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これもよろしいなあ。紅の紅葉はなかなかアップ出来ないが人通りも絶えている。

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今回の画像の中でこのショットも最高。綺麗な紅葉も何故かアップ出来たのはこれだけ。それだけに赤とグリーンのコントラストが、何とも言えません。秋の傑作です。

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来た時は空いていたが、段々込んでいる。階段が笑っている。又来てね。来れるかな? マダマダ親父さん 足腰鍛えて体重も減らして下さい。アイアイサー。

帰りは弾みながらとも言えず、この階段を踏みしめながら下迄降りて又、上のバス通りに上がる。ハーフコートは脱いで息絶え絶え。(笑うな)次ぎに来る時は覚悟をしな。そう言い聞かせながらバスに乗る。バスは来た時とは違う市バス。

バスの中は空いていたが何故か、おしゃべりが居る。顔を見なかったが何処にでも居るタイプ。今迄なら顔を覗き込んでいたが、今は音楽が聴けるので無視出来る。外の景色を見ながら李さんの透き通る声を聞いていると、心が晴れ晴れとして来る。

神護寺の境内でもそうだったが、静かな場所で景色を眺めているといきなり後ろでオバカがはしゃぐ。無神経と言うより人の思いを無視。自分しか見ていないのだろう。それでも人並みに生活出来れば、それはそれで良いのだろう。とんだ迷惑。

現在、ヘッドホーンを耳にさしている若者が少なく無いがその気持ちは良く分かる。お気に入りの音楽を聞いていると別世界。親父も若者の仲間入り?これからアルバムの数を増やして心を無にしなければならない。何故?そんな気がする。

バスは来た道とは途中から変わる。龍安寺前は通らず途中下車はせず、四条烏丸の車庫迄直行。イノダコーヒーで音楽を聴きながら若い頃の情熱を思う。あの頃の思いは今は無いが懐かしく思うのは何故だろう?結婚前の穏やかな時。あれから多くの時が流れる。

 

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