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2010年11月 2日 (火)

祝 レ、ミゼラブル完続 最後の数ページは涙を浮かべていました

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最近は日の入りが早くナイスショットが撮れませんでしたが、久々の夕日を思いがけない処でゲットしました。レ、ミゼラブル5巻完続(自慢すな)。ビクトル、ユゴーさん 結構難しい事を書いていたので、細かい描写の処は飛ばしましたが、最後の最後になって、断片的な出来事につながりがある事が分かってきました。

この大作を翻訳された辻とおる氏が大学教授の肩書きより、フランス文学者であった事が良かったのだろう。1916年に生まれ2000年に亡くなっているが、その素晴らしい翻訳の妙をこれから何度も噛み締めなければならない。

この本で作者が表現したかった事は主人公「ジャンバルジァン」のみならず人の生き方だったのだろう。今迄理解して来たこの本の日本語のタイトル「ああ、無情」は、ほんの一部分で「困窮にあえぎ、恥ずべき暮らしや行いをしているみじめな人、恵まれぬ人」をジャンバルジャンの生き方を通して描いている。ラストの50ページでこの長編小説の全てが理解出来る。もしこの本に興味があればそれを楽しみにして下さい。

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主人公ジャンバルジャンの生き方は壮絶。作り話。それでもどこかにモデルはいたのかもしれない。一巻と5巻は一気に読める。ストーリーがある。2巻の最初のワーテルローの戦い、その後に続く当時のフランスの時代背景、作者の主観は結構難しい。そこは飛ばしているので、これから何度も読み返してみる。

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もう一人の主人公コゼッタはジャンバルジャンが育ての親。母親は自分の子供の為に多くを犠牲にして貧乏のまま、ジャンバルジャンの助けが今一本の処で命を失う。現実はここでおしまいだけれど、コゼッタはジャンバルジャンに救われる。この辺りの話は本当に感激する。Img_3476

朝の出勤時(ジャンバルジャンではないよ)親父が見た今朝の風景。朝日です。

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桜の葉っぱも色づいてきました。京都高雄の紅葉は何時頃かな?
神護寺の石段を上り詰めた先の境内は、一人で歩くには寂しいかな?空海が唐から帰って数年後、ここで密教の教えを披露した時、季節は何時だったのだろう?

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