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2010年8月

2010年8月31日 (火)

流石に今日はお疲れ 何時まで続く酷暑かな でも明日から9月

流石に今日は仕事帰りの電車の中で寝ていました。始発の駅から乗るので何時も座れるが時々、満席の時もある。そんな時は宝塚歌劇の観劇のオバちゃん達。電車に乗っても興奮冷めやらぬ感じで車両を変える。親父の帰りは何故か先頭車両の後ろの席。出勤の時は最後尾。何時も決まっている。時々わめくガキが居て親父からしめられる。

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家に帰ると洗濯物が溜まっている。洗濯機に入れると涼しい部屋でパソコンの相手をする。昨日のつぶやきで最近のニュースの事を書いたが、意味が分からないと言われてニンマリとする。意味が分からなければ人に聞く前に考えろ。考えて見ると誰がどんな思惑でそんなニュースを流しているのか考えさせる。円高対策、株価対策、景気対策、そのうち失業者対策で景気の浮揚を計るとでも言うのだろうか?今の政治家と経済新聞オピニオン、リーダーなら言い出しかねない。政局も経済も私達の生活も酷暑の時と反比例して涼しさは無い。

お間抜けな生き方をしているとこの国の未来は出口が益々遠くなる。今日は歩くのは出来ないと思っていたが山麓の道まで歩く。この道は大阪に来て暫くの間、バスで行き来きした道。すっかり暗くなっていたが正面の空はまだ明るい。愚痴を言わないで歩いていると明るい未来が待っているのだろうか?それは無理だな。でも歩け。歩いていると首筋や腰の痛みが快感に変わる。ホンマかいな。本当です。この暗い道がその事を教えている。

P1000051 朝、仕事場に到着寸前、コンクリートの坂道でセミがあおむけになり足をバタバタさせている。蝉も朝から暑いのうとつぶやきながら、制服に着替える。

自販機でお茶を買いながら気になる。坂道に戻るとまだ仰向けで足をバタつかせている。さり気無く指でつまみあげると、足を指に絡みつかせる

この前の蝶とは違って元気がある。芝生の日陰に降ろすと身動きもしない。やっと涼しくなったと思っているのだろうか?

P1000052 暫くして見に行くとその姿は何処にも無かった。何処かに飛び立てたのだろうか?それとも親父の撒いた水を口にしながら、芝生の影に隠れたのだろうか?いずれにせよ蝉の命も短い。それでも良い。それでも良い。近くのバラもそう言いながら、暑い日差しに輝きの時を終えようとしていた。

親父さん、優しい心(自分で言うな)ありがとう。

親父さん、顔はきついし口は悪いけれど、心はホントに優しい。(自分で言わないでも私が証明してあげますよ) by、rose

夏の終わりに良い事しましたね。(自分で言うな)

P1000059 ビュティーフル(美しい)。午後、熱風にツツジの刈り込みもげんなりしていたので、ひしゃくで水を掛ける。

もう何処かに行ったかと思われていた(勝手に決めるな)キリ子が飛び出して来る。段々スリムになり別れの時も近い。そのうち涼しくなれば、水を掛けても飛び出しては来ないだろう。何時迄も何処迄もと言う訳にはいかないよね。

親父さん、止めて下さい。私も一仕事終えたら終わりです。親父さんもメタボな体を私並みにスリムにして下さい。そうでないと長くは生きられません。

今年の夏の出会いと別れ。

P1000053 温度計もうっすらとぼやけている。直射日光を浴びる温度は40℃を突き抜けている。今年はレディの日傘だけでなく男性の日傘も売れると言う。それでも親父は買わ無いな。男は麦わら帽子だろう。べらんめえ。

こんなに暑いと電車の中やバスの中で扇子、団扇を使う人も少なくない。しかし、その風はあなただけでなく私にも来るんだけれど・・・。それが如何したという顔をしているのに言いたい。あなたの匂いも来るのだけれど・・・。

日差しを浴びて歩いている時なら兎も角、狭い室内で気忙しく風を送る非常識。そんな輩ももう少しの辛抱です。暑い暑いと言いながら待望の秋はすぐ其処です。

9月は馬肥ゆる秋、読書の秋、そして食欲の秋

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2010年8月30日 (月)

6枚目の写真 やまぼうしでした お詫びの印ににしきぎを見て下さい

Img_2753 御免なさい。御指摘の通りでした。今日は仕事。家に帰ってから公園に行きました。

今日も暑かったし、家に帰ってクーラーの部屋でゆっくりしょうかとも思いましたが、何故か気になって行って来ました。名札を見てガーン、御指摘の通りでした。

Img_2754 もう一度、アップで挑戦しましたがピントが後ろの幹に合ってしまいました。これも御愛嬌かも。(コラコラ) やまぼうし これで又一つ、賢くなりました。

今迄知らなかったのは、見慣れて無かったのかな?それとも樹木の知識が無かったのかな? お詫びにニシキギを紹介します。

Img_2755_2 錦秋の時はまだ早いけど、この木は既に錦。葉っぱが色付くのも少し早い。も少しするとこの色が紅色に染まる。

北海道にも在るのかな?

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大阪は酷暑の日が続いています。家から公園に向かう途中、振り返ると夕方だと言うのに入道雲が沸き立っている。もうすぐ9月だと言うのにどないなってまんのや。それでも公園の上空は昨日同様秋の空だった。今年の夏も後半月もすると様子が変わるのだろうか?

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日中の暑さが嘘の様に涼しい。それでも子供達は蝉の音を追い掛けていた。行く夏、来る秋,芝生の上を歩いていると石の上に昼間の暑さが残っていた。

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池の鯉と遊んでいると夕闇が迫る。

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誰も居ない芝生の公園の上で雲がデカイ渦巻になっている。チャウチャウ。そう見えるだけ

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段々暗くなるけれどマダマダ明るい。この暗さは空の青さにカメラの明るさを合わせているから。

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実際はこんな感じ。芝生公園一人占め。殿様気分も悪くない。

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もうすぐ閉門。車のヘッドランプの明るさは殿は知らない。ガンガラの火祭りも先週終り。

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では殿、御免でござる。又、参上仕り(つかまつり)まする。御ゆるりとお休み下され。

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夕日も既に西の空に沈み、家の灯り(あかり)が灯る(ともる)。仕事を済んでこんな景色が見れるとは予想外だった。暑い暑いと言っている間に秋はすぐ其処に忍び寄っている。しかし、これからが大変だよなあ。誰も居無い海は寂しいけれど、誰も居ない天守閣の下は素晴らしい景色を一人占めです。池田の殿もこうして夕涼みをしていたのだろうか?

家に帰ってビールを飲みながらニュースを見ていると、なんか侘しくなる。親父がどうだこうだ喚いて(わめいて)見た処で何の事は無いが、この国のニュース操作にはうんざりする。殆どの人は意識しなくても何気なく見聞きするニュースの元は誰がコントロールしているのだろう?。

そんな思いでニュースを見ていると大体最後はチャンネルを回すか、電源を切って溜息をついている。来年になると今のアナログ放送が見れなくなるが、デジタル化の意味も良く分からない。今のテレビはリモコンが壊れているので、それが新しくなり今のスペースが広くなればそれだけで、充分かもしれない。

今年の大阪の夏は全国的にもニュースになったが、エアコンの電気代だけが気掛りだった。その電気代が予想の半分。本当に嬉しくなる。それだけ今の電化製品は省エネになっているのだろう。消費が盛り上がらず景気の先行き見通しも暗い。良い物が安くお買い得になっている事が実感出来れば、消費者の財布のひもも少しは緩まないか?

そのヒモも緩みっぱなしでも中身が少ないと必要最小限の物しか買えない。御尤も。(ごもっとも)。ホント先行きの事を考えると気分的にも落ち込むね。この国のリーダーには分からない人々の生活は、これから先、間違いなく先細りとなるだろう。その事を思えば今日の様に仕事帰りでも公園まで歩き、殿のご機嫌伺いをしなければならないだろう。健康の為に。

肉体的にも精神的にもこれからの最大の悦びはそれだろう。体調が悪い時、手足の先まで伸ばして見ると体の中から、不純物が息となり体の外に出て来る。ウソだと思うでしょう。やってみなはれ。ウソだと思って。手足を伸ばして息を口をすぼめてゆっくり、ゆっくり吐き出せば元気な力が沸いて来る。深呼吸の効果は分かっても、腹式呼吸の良さは体感しないと分からない。

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2010年8月29日 (日)

大阪は熱波だけれど親父の心は前を向いている エライ そうでっしゃろか?

そう。この歳になっても不快の思いも少なくないけれど、めげずに何時かは必ず思い知らせてやる。誰に?何を?それはこのブログを見てくれてもナイショデス。多くの人に多くの情けを掛けても今の処、実りの時はなかなかです。それは親父の心の中に奉仕の心が足りないからでしょう?それとも情けは人の為ならずかな。そんな事を考えながら今日も歩いて来ました。暑さに負けず歩いていると銀杏の実が大きくなっていました。写真に撮りましたが分かるかな?拡大していないので見にくいかも。

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それではこの前ピントが合わなかった山吹の花。

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ベリーグッド。でも花びらが大きくない。まだ小さいな。それともっと接近しないとトホホ。

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大阪の熱波は収まりません。天気予報を見ると今度の日曜まで続く?どないなってまんねん

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それでも誰も居ない城址公園の上空は秋の空が広がっている。○の雲迄出ている。

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イロハもみじも今は緑まっ盛り。これから2か月もすれば少しずつ色付く。紅葉の時はいつ

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これは何の木だっけ?メモをしていない。実が印象的でパチリ。これから池に行く。

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出て来い。出て鯉。池の鯉。水の中で涼しいだろうと思いきやそうでもないらしい。何でわかるんや?姿を見ると分かる。まさか?それではこれで如何だ。

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分からん。アホやなあ。餌を呉れと催促しとるやないか。分からんか?分からん。アホか?

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では一斉に声を揃えて、では無く動きを揃えて、お願いします。ハイハイ分かりました。

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100円の餌を待つ間もバタバタはしていない。餌を投げられると隊列は一変する。

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親父さんありがとうございます。又、お願いします。人間様よりも礼儀正しい。ありがとう。

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今年も泳げなかったけれど、鯉の動きを見ていると自分がその中に入る気がしてくる。不思議だな。秋の海は寂しいけれど池の鯉にはまだまだ暑い日が続く。でも気持ち良さそう。

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空を見上げると秋の色。秋はすぐ其処に忍び寄っても肌に触れる迄は分からない。

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天守閣の上に広がる秋の空。戦国の世の武士もこうして空を見上げたのだろうか?何時の世も人の思いを超越して季節は巡る。この城にこんな立派な天守閣が在ったのかも定かではない。上から街を見下ろせば遠くに六甲の山並みが見える。視界を左に巡らせば伊丹の街並みが見えたのだろうか?今は近くの建物で視界が妨げられている。

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アメリカンドリームとジャパンバッシング

アメリカンドリームと言われても今の君達は知らない。親父達が憧れた豊かな社会。自由で民主主義で経済的に豊かであれば、その言葉も強ち(あながち)夢幻ではないだろう。長い間その思いを強くしていたが、最初にその幻覚が突き崩されたのが親父19の歳の秋、先日のつぶやきで紹介した庄内の駅売店で買った新聞だった。

そのニュースは衝撃以外の何物でもなかった。アメリカの大統領が暗殺されその容疑者として逮捕されたオズワルドが銃撃された事であった。いまだにアメリカンドリームを信じる人がいるが現役の大統領が銃撃され、その容疑者として逮捕された一市民が殺される様な国に民主主義はない。19の親父はあの時言い様の無い深い悲しみに打ち震えていた。

次の出来事はベトナム戦争。共産主義の進出を抑える。今考えて見ると全く馬鹿げた大義名分を抱えて当時の北ベトナムの南進行を武力で押さえようとしてゲリラとの戦いを繰り返した。キリスト教の国が何故罪もない一般市民までも犠牲にしなければならないのか、その事が分からなくてキリストの教えを説く先輩に聞いた事もあった。

今は劇場で西部劇の上映を見る事も無いが、アメリカの歴史を知れば戦いの歴史。そして今もテロとの戦いをしながら同盟の国(特に日本)に経済力に見合う負担を求める。アメリカとの戦いに65年前、原爆迄おとされて国の崩壊寸前まで追い込まれたこの国は、その後、アメリカ最大の同盟国となる。

お馬鹿なマスコミと一部のコメンテーター(解説者?)はアメリカと中国が協調すれば、この国の存在感は失われるとか尤もらしく語り、現実にその状況は進みつつあると言われるが馬鹿野郎、この国がどれだけアメリカに軍事的、経済的に協力していると思っているのだろう。

この国の経済力がアメリカをも凌ぐと言われたバブルの絶頂期(事実では無かったが)、この国の経済界のリーダー達も同じ誤りを犯す。マスコミも同じだったと思う。その頃のベストセラーにJAPAN ワズ ナンバーOne と解説された本もあった。

流石のアメリカも本気になって日本の奇跡的経済回復の原因を分析する。それは先の大戦で旧帝国海軍のゼロ戦にアメリカのロッキード、グラマンの戦闘機が勝てなかった時と同じであった。アメリカの偉大さは其処に在りこの国の間抜けさだろう。

日本の奇跡的経済回復もゼロ戦の優秀さも何故を繰り返し、徹底的に分析をしてその原因が分かれば対策も効果的だった。ゼロ戦の対策は一対一の戦いを避け一対二、それで勝てなければ一対三、。数で勝負をしなければ勝てない戦闘能力。それでもその原因はパイロットの生命を犠牲にして迄のゼロ戦の鉄板の薄さだった。

その鉄板の薄さがパイロットの命と引き換えでは無くて、技術革新、アメリカでは作れない材料だったならそれでも負ける事は無かった。事実、アメリカが戦術を変えて航空戦を挑んでもゼロ戦の優位が変わるには時間が掛ったと言われる。その力関係が決定的に変わった戦いがミッドウエーの戦い。この時、海軍参謀は判断ミスをする。運も味方せず多くの優秀なパイロットを失う。結果論だと言われてもその時の間違いを戦いに負ける迄、問われる事は無かった。否、戦いに負けても尚、その戦いの結果責任を問われる事は無かった。

その違いは国民性なのかもしれないが連帯責任。アメリカの人とその事について話をした事は無いが、この国ほど責任の取り方が明確でない国も少ないのではないだろうか?その反面、政治的責任、説明責任とか訳の分からない事を言いながら事の本質を見失う。

この国の経済がバブルであり実体経済と乖離(かいり・・・かけはなれた)している事が分かればその終焉は見るも無残な結果となる。住宅バブル、土地は上がり続ける、その神話が崩れた時、日本経済はアメリカのハゲタカ資本の格好の餌食となる。

大手の銀行が軒並み不良資産を抱え、国の財政支援を受ける。しかし、その支援を受けたのは限られた大企業だけ、多くが破たんの道しか無かった。あれから20年。十年目に失われた10年とか言われたがあれから更に10年。

その間にアメリカとヨーロッパの一部の国は繁栄の時を迎えるが、今、そのアメリカもヨーロッパも例外では無く深刻な経済危機に見舞われている。その為のユーロ、ドル安。そして景気も財政も決して良いとは言えないこの国の円高、株安。政治的混乱。

親父達のこれからの生き方は決まっている。歴史に学び、歴史を伝える事。尤もらしい事を語るオピニオンリーダーの言葉を無視するのが一番賢明かもしれない。今、坂本竜馬の生き方を尤もらしくドラマで演出しても、明治維新の本当の立役者は名もなき人達であり、ヨーロッパから大量に武器商人から金で買われた武器であった事を知る人は少ない。

坂本竜馬の暗殺はレベルは違うがケネディの暗殺に繋がり、文明開化の喜びを実感する事無く失意の時を過ごした多くの下級武士、農民、商人、職人が居た事を知らなければならない。知った所で意味は無い?そう意味は無い。しかし、歴史は繰り返される。その位の事は知らないとこの国の未来は明るくないだろう。

注) オピニオンリーダー…辞書で引いて見ました。オピニオン(主義、主張)。オピニオンリーダー…世論に影響を与える人。(今はいるのかな?)テレビの影響は少なくないかも。だから尤もらしく語るのか?マスコミが世論調査とやらを盛んに行うのもその影響か?数は力、勝てば官軍、負ければ賊軍 そんな昔の格言も死語となりましたなあ・・・。そうかな?世の中そんなに甘くは無いだろう。新聞の購読者が減リお間抜けなお笑いテレビが多くなったのもその所為だろうか?手を叩きながら猿でもあるまいし笑うあなたが笑われている。

JAPAN叩き(バッシング)はアメリカやヨーロッパの国だけでは無い。何時迄も戦前の戦争責任を追及され、お詫びとやらを繰り返さなければいけない。戦後、何年経っているのかとどうして開き直れないのだろう。そのくせどれだけこの国で稼いでいるのか?いい加減に目を覚まさないと何時迄も何処までも本当の友好の橋は掛らない。

円高対策、株価対策でも同じだろう。円高はドル安、ユーロ安が原因であり日本の為す術はない。間違いなく円は80円に限りなく近づくだろう。今週末には日銀が更なる金融緩和を行うと言われるが、どんなに金融を緩和しても景気が良くなるには来年の事だろう。

その時までにどんな生き方が出来るのか、どんな仕事があるのか、親父には関係ないがどんな美味しい思いが出来るのか、その事を見出せた人が来年は喜ぶのだろう。親父に出来る事、それはしっかり歩く事しかない。親父が若い頃良く見たテレビ番組の主題歌が思い出される。

君の行く道は果てしなく遠い。(今は近くなっている)

だのに何故、歯を食いしばり 君は行くのか

そんなにしてまで。

君の行く道は、希望へと続く

空に又、日が昇る時

若者(親父)は又、歩き始める。  

そう、しんどい時はゆっくりと無理をしないで歩け。最後の時はそれも出来なくなる。

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2010年8月28日 (土)

枕がアカン 首が重い 暑さもいっこうに衰えず 

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大阪駅と阪急の連絡通路から見た商業ビル屋上の観覧車が小さく見える。空は青いけれど今日の大阪はこの夏最高気温とか。ウソでしょう。でもこの観覧車に乗れば結構肝を冷やす。親父は高所恐怖症だけれど大阪駅近くにこんな穴場がある事を、御存じでした?

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こうして見ると如何にも暑そう。画像も少しぼやけている。大阪駅は只今、ホームの上にビルを建設中。完成すると大阪キタの風景が一変する?

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ホームから見上げた工事中の防護壁。何の落下防止のフェンスだろう?

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電車の中の写真にしては良く撮れている?下のブラックは線路のカバー。(ここは鉄橋)川は綺麗に見えるが水の流れが緩やかで、親父の若い頃はどぶ川だった。今は如何なのだろう?車窓に見える川面の色は空の青さを微かに移していた。

この川の先に新大阪の駅がある。親父が大阪に来て2年目に出来た駅。新幹線が完成したのが東京オリンピックの年。昭和39年の秋。日本経済が大きく経済成長の成果を確信とした時でもあった。あれから多くの年が流れる。この川も汚れそして綺麗になる。親父は如何なのだろう?この鉄路も高架になり大きなカーブは無くなっていた。

親父が大阪に来て最初に住んだ会社の寮は此処から最初の駅、庄内だった。今はすっかり様子が変わっているがあの当時はヤクザさんと飲み屋のお姉さん、庶民の街だった。それで親父さん、目つきがきついのですか?まゆ毛の間が繋がりますよ。そうかもしれない。

でも気は優しくて力持ち。今は反社会的とか言われる人達も皆が皆、そうでも無かった。今はガキの喧嘩と同じで堅気の人も、ヤクザさん顔負けの輩も少なくない。幾つになってもあの頃の優しい人は忘れられない。そんな生き方が出来ているだろうか?マスコミの尤もらしい報道を見聞きしながらそう思う。御前らそんな綺麗な生き方をしているのか?

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今日はこれでお終い。親父さん首、首、首の話の話、どないなりました?

今日は暑い中、昔の友達を訪ねて不在。それでも満足。大阪阪急三番街の地下で(-。-)y-゜゜゜(この絵文字分かります?一服でした。)

親父さん、首の話。あー首か。首は枕だな。枕が悪い。この枕、結構高かったのだけれど、何でやろう?ソバの実が潰れたのだろうか?中身が少なくなり頭と首の座りが悪い。就寝の時、頭の下を枕から外していても朝起きたらしっかりと掴んでいる。これが原因、分かったか。

それで枕、替えました?替えてません。如何して?買うのを忘れたから。・・・・・。

しかし、枕はなかなか相性があって少し位の事では替えられないかも?

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2010年8月27日 (金)

暑い暑いと言っている間にもうすぐ9月 それでも空には入道雲 信じられません

P1000043 JR宝塚の連絡通路から振り返ると、夏空が広がっている。

それでも朝夕は暑さの中に秋の気配を感じる。暑い暑いと言っている内にこの駅の様に何時の間にか、様変わりするのだろう。

JR宝塚の駅。色んな想いが重なる。通勤でこの鉄路は利用していないが、朝夕何時も見ている。

阪急宝塚線のホームで帰りの電車を待つ時、この駅舎は高架になって、良く見える様になる。

しかし、空は視界に入らない。この場所からでないと見えない。

もう少しの間、猛暑の時は続く。

P1000040_2 雲に隠れた太陽が怒りの雄叫びをあげている。

なんだかんだ言いながら今年の夏は異常に暑い。誰が喜んでいるのだろう?

風が吹けば桶屋が儲かる例えを知らない若者も少なくないが、流石の親父も最新のエアコンを買った。

そう言われればエコポイント、エコカー減税で儲けた企業の利益還元は如何なったのだろう?

円高を何とかしろ、株価低迷を何とかしろ、そのお金は税金から出ている事を知っているのだろうか?

P1000037 親父さん、何をわめいているんですか?何時も言う様にケセラセラ。

私も出産を終えてすっかり痩せましたが、打ち水はやめて下さい。

これから涼しくなりますから大丈夫。親父さんの元気があれば何でも出来ますから。

霧子に会える時も残り少ない気がする。

P1000033 そんなにアップしないでよ。いくらお友達になったとはいえ、厚かましい。

デカイ眼を剥いて文句を言っている。そのうち姿を見れなくなるが、これだけアップの静止画像はなかなか撮れまへん。(自慢している)

カマキリは気持ち悪いと言われる人も、このひょうきんな顔を見れば気持は変わるに違いない。

変わらない?しかし、電車の中で化粧するよりマシでしょう。

P1000030 バラが咲いた。バラが開花するのは春と思っていたが、違うんだよね。秋、秋、晩秋の時がクライマックスかもしれない。

つぼみも何故かスタンバイしている。あなたは盛りの時を過ぎても、私がその後を継ぐ。

任せんしゃい。花弁は枯れ果てたとしても、後が続く。花の美しさは花びらだけで無い事を実感させて呉れるのは、何時の事だろう?

暑い暑い夏の時が行く時、多くの問題を抱え込みながら歩いて行くのだろうか?

シャレにならない位に下腹部が膨らみ手が後ろに廻り難くなっていた。

その腹がやっと躍動的になって来る?まだまだだけどね。歩け歩。

P1000045 夏の終わりに振り返って見た風景。日中はむせ返るような暑さも、後一月もすると秋を迎える。

宝塚の街もすっかり変わる。宝塚ファミリーランド(遊園地)で遊んだのは18の時。

あれからどれだけの年を重ねたのだろう?聞く迄もない。

親父の思いを写しだされた建物が現わしている。今にも倒れそう。

それでも空を見上げて見ろ。何も変わる事無く雲が湧き上がる。

変わったのはお前自身。これからの生き方もお前自身が変える。

今の様な生き方をしていると下の建物の様。今にも崩れ落ちる。

そう見えるだけ。見誤ってはならない。

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赤ワインで煮込んだボロネーゼ。レンジでチンするだけ。宣伝文句ほどインパクトはない。何が悪いのか?生パスタ平打ち麺はレンジでチンでは駄目な気がする。しっかり茹でてほぐさないとパスタに柔らかさが無い。青の洞窟。このパスタ、スパゲッティー やっぱりお店で無いと無理だな。冷凍の398円では余りに多くを求めてはアカンと言われていた。

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反対にお勧めはこれ。豆腐を入れるだけの麻婆ドーフ。とーふだけでも充分だがナスの乱切りと白ネギを5センチカットを加えれば言う事無し。お試しあれ。夏バテが無かったのはこの食欲と探究心だったのかもしれない。

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大阪の猛暑日はまだまだ続く でも親父は秋の空を見ていた

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暑い暑いと言っているけれど秋は城址公園の上に来ていた。しだれ桜の向こうに沈む夕日

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むくげ?の上に広がる空は青く澄んでいた。秋です。秋。待望の秋。まだ早い。

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天守閣の向こうに大阪空港を飛び立ったジャンボをキャッチ。何処に行くのかな?

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暑い暑いと言っているけれど夕方の公園は様子が一変する。それでもこの景色を見る人は少ない。政治も経済も人の生き方も同じだろう。最近その思いを強くする。人の眼は親父が言うまでも無く両眼。片目では見えない視野を片目が補っている。その事を長い間、見失っていた事を最近思い知る。どんなに恵まれたとしても一面だけしか見れない寂しさは味わって見ないと分からない。それでも14年弱もそんな生き方をしたのかと思うと愕然とする。

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親父のそんな思いも入道雲が一刀で横に切り払われている。森の先にスモッグがあり、そのずっと先に夏の雲が沸き上がっている。森が見せる幻想。私達が生きている日常はそんな物かも知れない。微かな希望が断たれてもその先に湧き上がる歓喜の時、その奇跡を君は忘れてはならない。

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うろこ雲とは言えない雲が流れている。この雲達が繋がる時秋は深まるのだろう。

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池の鯉。テグス(白い糸)が貼られているのは鳥避け。水の中で涼しげに泳いでいる鯉にストレスは無いのだろうか?親父さん良く聞いてくれました。餌を呉れたらお話しますよ。足元を見られていた。鯉の餌100円。天守閣の登り口で売られている事を知っているのだろうか?まさか。

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餌をやらずに見ていると背中を見せられる。餌もくれずに見るだけか?残念でした。餌をばら撒く。一転して取りあいを始める。鯉の餌は入場者が気紛れで投げ与えるとまずい。それでも目の前にばら撒かれると、綺麗事は言えない。

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夕日がデカイ。本当はもう少し小さいイメージを持っていたが、日の入りには未だ早い。

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それでは角度を変えてこれ位でどうでしょう。酷暑の時はまだまだですが、少し足を延ばせば静かな日暮れの時がある。駅から一キロ足らずの処に親父の憩いの場所がある。

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飛行機雲が皮肉にも途切れている。それでも夕日を追い掛けながら西へ西へ。

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先客が座っていた木のベンチが空く。持ってきたサンドイッチを食いながら赤とんぼを眼で追っていた。残念ながら動きが速すぎてカメラでは捕えきれない。それでもしっかり動きを見つめていた。トンボは気忙しく一所(ひとところ)に留まる事も無く、飛び回っていた。

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では腰を上げて又来る事にしましょう。

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2010年8月26日 (木)

日差しはきついけれど そして暑いけれど 空は季節の変わり目

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今日はお休み。出来るだけ空の雲だけ撮りたかったのだけれど、地上の景色も映り込む。このデジカメも買って貰って数年になるけれど、未だに上手に使いこなせない。ブログにアップする画像は綺麗だと言われるけれど、内心納得していない。デジカメを使いこなせなくて一眼レフは無理だと言われるが、何処までも好きなだけ撮りたい部分を取りたい願望は、今でも変わらない。

空を見上げると地上の熱波を涼しげに眺めている。今年は猛暑の割にモクモクと湧き上がる入道雲を見上げたのは数回だった。あの時も携帯のカメラを構えたが刻刻と変化する雲だけを捕える事は出来無かった。天にわかにかき曇り稲光と共に夕立が無かったのもその所為だろうか?それ程に今年の夏は暑かった。いいえ、今日も暑いけれど空の景色は夏の盛りから秋の訪れを告げている。

暑い暑いとこぼしていると一時もせず野分の風に、体をよじらせながら寒い寒いと言うのだろう。酷暑の年は酷寒の年になると言われる。今年はそうでも無くても来年早々はシベリア降ろしの冷たい風が北陸にも吹き込んで関西も寒いのだろうか?

親父は変わり者だから暑いとか寒いとか口にする割に、余りその事を口実にするのは本意ではない。子供の頃の生活環境が豊かで無かったからだろう。今の豊かな生活では考えられない貧乏な生活。それでも貧しい思いをしたのは大きな糧となる。

今、侘しい生活をしながらもへこたれないのはその頃の体験が染み付いているのだろうか?大体、多くの自分の生き方を自分の問題としないで人の所為にしていないか?親父もこの歳になってようやくその事が分かるが、人の所為にして不満を並べるだけでは何も変わらない。

円高、株価、景気低迷、政治不信、沖縄の基地問題、地方の疲弊、高齢化、少子化対策、財政再建、多くの問題を多くの人が口にしても何も変わらない。馬鹿の一つ覚えの様に「政治とお金の問題」を尤もらしく語っても、この国の先行き見通しは実に暗い。

今こそ、求められる事は「自分に何が出来るか?」を問いかける事だろう。どんなに暗澹たる思いをしたとしても、砂を噛む思いをしたとしても(分からん?) 人に何かを求めるな。その時、道は開ける。最近その事を痛感する。私達が狭い狭い日常で感じる多くのストレスは、近くの自然でぼんやりするだけで発散される。その事をこの青空は教えている。

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2010年8月25日 (水)

円高 株安 政府、金融当局(日銀、財務省)に求められる事

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鶏肉のトマト煮。(チキン、カチャトーラ…何処の言葉や)。煮込み用ソースに鶏肉とピーマンを入れて煮込むだけ。出来上がり上等。味は今イチ。期待の鶏肉が不味い。100g98円では駄目か?いきいき鶏、宮崎産のうたい文句とは裏腹に味に締まりが無い。親父と同じで脂肪が多い。トマトソースも上品すぎてパンチに欠ける。ピーマンは良い。ソースの残りはパンを付けて完食。トマトは荒々しい方がソースでも合うのかもしれない。

円高、株安、景気に与える悪影響。政府、金融当局は何とかしろの大合唱。しかし、この円高は先日の経済ニュースで財務省のОBが首をかしげていたが、現在の日本経済に外人投資家に評価される先行きの明るさは無い。それなのに何で円高?親父もそう思う。

経済界や経済新聞の論調は政府の「介入」を口にするが、昔と違って国際協調の無い単独介入の効果は容易ではない。為替市場の政府の介入は(円売りドル買い)大幅な税金投入しかない。そのリスクを無責任に口に出来るのは当事者(自分達の責任)で無いからだろう。

日本経済は円高になれば株安が進み、輸出で稼ぐ企業は損失が膨らむ。株を持っている個人投資家も気が気ではないだろう。それでも金融市場の思惑は間違いなく暫くは円高で一進一退を繰り返すだろう。何故なら金融市場のお金の流れは必然的に旨味の在る処に流れる。

ドルを売って円を買う理由は、ドルが下がり円が上がる状態に歯止めを掛けられないと投資家に判断されているからだろう。市場と単独の為替介入のどちらに勝ち目が有るのか。それが明確だから為替の介入は出来ない。それ位は分からなければアカンやろう。

それではこのまま何もしないで円高の進行を黙認するのか?それも出来ないだろう。其処が為替で利潤を上げている投資家の突け目だろう。徹底的に弱点を突き目的を達すれば手を引く。暫くは息が付けない厳しい駆け引きが続く。貧乏人には関係ないが当事者にとって厳しい日々は続く。

市場は対策などは求めていない。対策等は取れない事を見透かされている。大体、市場関係者にマスコミがコメントを求めてる事がおかしい。盛んに単独介入を求めても無理でしょう。それでもこれだけ叩かれると無駄金を使わざるを得ないのかもしれない。

日銀にも金融緩和が求められているが、金融緩和とは金利が限りなくゼロに近い状態を更に下げるのではなく、日銀の貸し出し金利の引き下げ。誰が借りるのだろう。お金を借りても仕事が無ければ使い道が無い。結局旨味があるのは銀行と一部のお金持ち?

政権交代に期待した多くの国民の思いはこんなもんではないだろう。政治とお金の問題で説明責任とか尤もらし事を言っていたマスコミは、どんな顔をしてコメントをしているのかと思いきや、結構厚顔無恥の体たらくをさらけ出している。今、一番求められている事。それは政治改革。少なくとも選挙で国民に約束した事で出来ない事はその責任位は明確にしなければならない。

政党に期待する事は何も無い事を政治家さんは、もっと自覚しなければならないが為らないが自浄能力に欠けるとその事も期待できないのかもしれない。その事が今問われている。政治とカネの問題では無い。一人でも多くの人が熱き思いで政治を語れる。そんな政治家が求められている事に私たち自身も気付いていないのかもしれない。

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2010年8月24日 (火)

暑さが半端ではない 昨日の蝶々は頑張ったけれどダウン カマキリは元気

P1000029_2 今朝は日中の暑さが嘘の様に秋の気配。

昨日、この溝でダウンしていた蝶々も居ない。夜の涼しい間に何処か飛んでいったんかな?そう思うと一安心。

処がそうでは無かった。溝からは飛び出していたが昨日の暑さでやられていたのだろう?体操が済んで事務所に戻る時、広場のコンクリートの上で車に羽根を擦られてパタパタしていた。

羽根をつまんで涼しい草むらに移動する。この時はまだ元気を取り戻せそうだった。

P1000015 涼しい草むらでゆっくり休めば元気になるよ、そう思っていた。しかし、草に朝露も無い。心モチ右の羽が痛んでいる。でもそれは昨日もそうだったから。そう思っていた。

暫くして水を振り掛けてやる。小さな口と細い手を顔の前でかき廻していた。よほど嬉しかったのだろうか?それとも余計な事をするなと怒っていたのだろうか?

それが最後だった。

P1000020 次に水を持って行った時は、既に元気が無かった。

人間でも熱中症でくたばるのだから、出て来る時が少し早かったのだろう?

昨日の帰り、手を差し伸べてここに連れて来たやればと思って見た処で後の祭り。

犬や猫ではあるまいし、口を付けて水を飲む元気は無かったのだろう。そう思うと哀れでもあった。

でもこうして見ると大往生かもしれない。

P1000022 身動きしなくなった羽根をつまんで、大きな植え込みの上に置いて上から枯れ葉を掛けてやる。この植え木の上は大きなクスノキが枝葉を広げて涼しい。蟻に引かれる心配も無い。そう呟きながら枯れ葉を掛けてやる。

ゆっくりお休み。そう思っていると元気な蝶が急降下して顔をかすめる。余計な事をするなと言っているのだろうか?親父にはありがとうの気持が感じられる。

なんか暑い日差しの中で心は爽やかだった。勝手な思い込み。それでも良い。同じ季節を生きた。あさみ ちゆきの黄昏シネマの一節が聞こえていた。P1000023

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親父さん、止めて下さい。いくら暑いからと言って水を頭から掛けないで下さい。カマキリの霧子が身をよじらしながら怒っている。見えます?見えない。ではアングルを変えて。

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これでも分からん。そうでしょう。今日はポーズを取る余裕も無いし。では最後に横から。

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ホラほらこれならいくらなんでも分かるでしょう。背中のしぶきも良く見て下さい。そう言いながら水浴びの感触はまんざらでも無い顔をしている。この前見せてくれた、背中の長さが無い。身軽になったのだろうか?それでも今日はこれでお終い。霧子も産卵が済んだら密やかに土に帰るのだろうか?

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ツツジの植え込みも親父の打ち水ですっかり息を吹き返している。カマキリの霧子は何時の間にか植え込みの中に潜っている。そうではありません。ツツジの↑↑。親父さん。しっかりして下さいよ。まだまだボケないで下さいよ。霧子に言われている。暫くは暑い。北海道の様なスコールも暫くは期待出来そうも無い。明日も暑そう。でも涼風の時もそう遠くは無い。

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2010年8月23日 (月)

蝶もダウン 余りに暑くてもう飛べません 親父は昨日のキムチパワーで元気

P1000013 暑い。暑い。暑い。

処暑の時、様子を見に来て呉れた蝶チョが浅い溝に落ちている。

完全に暑さにやられている。蝶にも熱中症はあるのだろう。

手を差し伸べて涼しい処に移動させてやりたいが、右の羽が折れている。

この暑さの中で力強く伸びている雑草。然し枯れ葉さえもが今にも燃え上がりそう。

生き物もこの暑さの中で精一杯の生き方をしている。

蝶々は一時の失神では無く、羽を折り曲げて身動きをしていないだけかもしれない。

そう願いながら、すくい上げる事は無かった。

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昨日食った大阪鶴橋のキムチ。鶴橋の焼き肉とキムチの美味さは耳にはしていたが口にしたのは初めて。見るからに辛そうでそうでもないのは唐辛子だけで無いマイルドな味付けだろう。秘伝の味。日本人が味噌の味に拘る様に韓国人はキムチの味を大切にしているのだろう。暑さはしばらく続く。今年は盛夏の時に鰻を口にしていないがスタミナは食に始まり食に終わる。いい加減な物しか口にしていないとこの夏の暑さは乗り越えられないだろう。

先日、テレビの九州旅番組で助さん格さんが熊本で鰻を食っていた。静岡掛川の甚八さんのウナギとは一味違うせいろ蒸し。あれも在りかもしれない。大阪でも美味い鰻を食わせるお店は幾らでもある。親父は知らないだけ。それはそうでしょう。親父の若い頃、鰻は口に出来なかった。鰻が食えるようになったのは浜松に行ってから。掛川甚八さんの鰻は全国区になったが大阪では遠すぎて中々口に出来ない。

昨年11月、思い立ったら吉日と新幹線に飛び乗って出掛けたが、今年の晩秋は如何だろう?何か口実を見つけて行けるかな?行けると良いな。親父が苦労した20年弱の歳月は走馬灯のように今年の暑さに負けずに回転している。

過ぎたるは及ばざるが如し。正にその通りです。それにしても親父の執念。恐るべしです。まさかこんな生き方が出来るとは唖然とした顔に乾杯です。酷暑の時ももうすぐ野分の風に攻守交替です。奢れる者久しからず。諸行無情の響きあり。それでも淡淡と生きた者が美味い物を口に出来るのでしょう。

今、景気の先行き不安を多くの人が口にするけれど、多くの人が美味しい思いをしている。無駄の排除、コンクリートから人へ、高齢化、少子化対策、子育て支援、就職支援、環境エコロジー?多くの事が多くの言葉で語られてもその恩恵に預かれる人は少数。

そんな事は無い?親父達の年金、健康保険の医療費補助、安全安心な社会、そのお金は何処から出ているのと言われても、親父達が築き上げたこの国の豊かさはこんな物では無い。失われた10年とか20年とか言われても、無為無策を重ねたその責任は明確にされていない。

今、又、円高、景気対策と喚いた処で何も変わる事は無い。大体、この国の多くの人は味噌とクソをごちゃごちゃにして尤もらしい事を口にする。政治とお金の問題を明確にする?何時からこの国はこんな間抜けな国になったのだろう?何時の時代に政治とお金の問題を明確にしていたのだろう?政治資金の透明性。そんな事が出来ると本当に思っているのだろうか?

こんな品の無い言葉を口にすると多くの誤解を招くがそれは、誤解でも何でもない。本当の事。政治にお金が掛らないのならどうして選挙の時、当選者が万歳を繰り返すのだろう?美味しい思いが出来るから喜んでいる。選挙民の為に多くの事をやろうとしても一人の思いは何の支えにもならない。それ位の事をマスコミは語れ。何様だと思っているのだろう?

親父の過激な発言は今日昨日の思いでは無い。苦節10年?違う。20年?違う。情けは人の為ならず。歴史に学べば明治維新も敗戦の時も高度成長の時代もフーテンの寅さんから言われた様に反省の無い労働者だったのかもしれない。

武士の世から文明開化の時となっても、この国は神の国と言われ続けても物量(経済力)の国に負けた時、もはや戦後ではないと言われた高度成長の始まりの時、そして惨めなアメリカとの貿易摩擦、戦後60年。明治維新以後120年の時を重ねても後世に語れる歴史は無い。

今年の異常気象はその事を暗示していると言われても、目先の事に追いかけられてその対応で精一杯なのかもしれない。羽を落として身じろぎもしない蝶は、その事を教えてくれていた。明日、もういないだろう。涼しくなって羽を広げて静かな木々の下で体を休めていれば良いのだが・・・。

体調は悪くないが昨夜は睡眠不足。就寝1時、起床6.30分ではナポレオンの睡眠時間と大差ない。通勤時間の50分は電車もバスも乗り継ぎ時間も短く空いているが、これではアカンやろう。人の事を何だかんだ言う前に自分の生活スタイルを変えなければならない。

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2010年8月22日 (日)

明日は処暑 ようやく盛夏の時も峠を越えるかな? いいえ、もう越えています

処暑。大好きな言葉。大暑の時も言葉に勢いがあって「負けへんで」と何か自分に気合を入れるけれど、処暑、この言葉は何故か抱きしめたくなります。親父もそれだけ歳を取り気持ち的に優しくなったのかも?それが又、気持ち悪いと思われるのかも。しかし、気にしていません。

どんなに取澄まして見た処で本当にそうだと思える事が最近、目に見えて少なくなりました。このブログのタイトルは「親父のつぶやき」ですがボヤキが多いと言われても、これも大好きなケセラセラです。為る様にしか為らない。情けは人の為ならずではなく、人の思いも生き方も千差万別です。最近自分の生き方で心地良く思える事はその事でしょう。

暑い、暑いと額に汗しながら嘆く人と「朝夕は涼しくなりましね」と言える人の違いも、やっと分かる様になりニンマリです。そんな変人の日常は廻りの人がおかしく思うほど変わってはいません。普通に季節の移ろいを感じても感覚が鋭いのかもしれません。(いやな奴だね) そう?

昨日は一番暑い時(お昼前から午後3時前)、芦屋雁之助さんの山下清画伯放浪の旅姿?で頭にはタオルを巻き、足は下駄で無くしっかりと靴下はいてウオーキングシューズ。歩く姿はテレビの映像そっくりだったかも知れません。でもテレビの姿は演出だし親父の姿は何だったのでしょう。今でも足裏の土踏まずには心地よい疲れがあります。

歩いて見ると昔の人の足裏の固さが良く分かります?(ちがう、柔らかい?) しかし街道や街中の歩く姿を想像すると、やわな足では幾らも歩けない事が良く分かる。現代人は寿命が長くなったとは言え、歩ける体力は明らかに昔の人には勝てない。歩いて見るとその事が本当に良く分かる。今日は昨日行けなかったハードな高原コース行ってみるか?(本気ですか?) なんか歩く事が病み付きになりそうです。これに自分の足にフィットする靴があれば最高(サイコー)です。明日からの仕事に備えて夕方行ってみますか?

昨日、アップできなかった散策コースの映像アップしました。北摂のこの地も足を延ばせばマダマダ自然は一杯です。暑い暑い日差しの中で小さい秋の微かな息ぶきを感じていました

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この樹何の樹気になる樹(で無く花) アップにしていますが実際はこんなに大きくは無い。

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そうサルスベリ。でも漢字凄いと思いません?百日紅 紅色の鮮やかな花 中国人に愛された感じが良く分かります。猿滑(さるすべり) 日本人が名づけそう でも百日紅覚えてね。

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バラのアーケード。季節外れ?多くの花は無く画像も少しボケている。それが又、宜し。

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花壇の花もしおれている。暑い。暑い。お水を貰ってね。

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バラのアーケード 花は着けていなかったけれど名前だけはゲット。何時咲くのかな?

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これは昨日も紹介?した親父が久しぶりに行った展望台。前の樹が伸びているが定期的に伐採されている。天気が良ければ大阪平野は言うまでも無く、神戸から淡路が見える。後、1月もすると空気が済んで見晴らしは良くなる。ここから見える景色は親父の生きた証かも。

お昼はお気に入りの総菜店、日曜はお休み。(何故か、サラリーマンお休みの日は儲からんとか?unbelievable 信じられまへん)。お弁当は仕方なく近くのスーパーのお寿司。柿の葉寿司548円 ちらし298円 どちらも駄目。その他大勢の客に受ける食品は難しい。

Img_2589 柿の葉寿司、ネタも悪くない。すし飯がつぶれている。お寿司は6個入り。製造元の違いかな?。このインスタントのわかめスープの勝ち。わかめとゴマの風味が何とも言えない。

日本人だなと思うのは、お米の味がしないと折角のネタの旨味が生きない。面白いね。そんなお寿司は中々、口に出来ないのに。

Img_2588 五目ちらしは値段通りかな。可もなし不可も無し。でも次買うかと言われれば買わない。

見た目も悪くないしお手頃価格だけれど、旨味が無い。何故だろう?298円ではこれで精一杯なのだろうか?

ちらし寿司も桶で作らないと駄目なのだろうか?夜になると売れ残りを半額にするから、買い物客の本当の気持は、分からないのかも。

今日も大阪は猛暑日。室内はエアコンが効いて涼しいが一歩外に出ると熱風が絡みつく。今の仕事をさせてもらう迄は、こんな日は近くのパチンコ屋にいた。暑さに耐え切れず仕事をしていないエアコンの無い部屋は何をする気も起らなかった。

多くの人から助けられたのにこれではいけないと思いながらも、為す術が無かった。仕事の無い人にやる気があれば何でも出来ると言われても、確かにそうだけど現実はそうは行かない。仕事を求める人にも価値観があり何でも出来ると言われても誇り迄は掃えない。(はらえない)。この暑い日差しの中で必死lの思いをしながら仕事を求めたあの思いは過去の物になっている。

生きる事は実に厳しい。その事を考えると暑いとかゴタクを並べる事は出来ない。今度の民主党総裁選挙でも多くの人が綺麗事を語るが、政治の世界も同じだろう。何とかの一つ覚えの様に同じ言葉を並べているだけでは、事の本質を見誤るだけだろう。

事の本質。それは結構いい加減な事の集積回路だろう。綿密に無駄な事が排除されている様でも、思い通りには行かない。こんな人が何でリーダーと思われても大きな歴史の流れを変える事は出来ない。今、大河ドラマの中で坂本竜馬の生き方が注目されているけれど、誰が何の為に暗殺しなければいけなかったのかは、明確にはされない。明かされる事の無い歴史だけでなく日常の出来事もレベルは違うけれど、多くの偶然と打算でしか無い。その程度だろう。阪神の快進撃が止まる。0.5ゲームの中に3チームが犇めく(ひしめく)。

夕方、5時を廻りました。これから歩いて来ます。

Img_2591 城址公園手前の美術館。(と言っても個人のコレクション展示…小林一三記念館)。

小林一三氏は阪急電鉄の創設者。

お金持ちは凄いです。ここは食事も出来てマダムも少なくない。住んでる世界が違うなあ。

親父は眺めるだけ。でも旧館は一度入館。茶室前の縁側に座る。やりますね。でもそこも改築され山荘レストランになっている。

今はデートぐらいで無いと一人では無理。

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城址公園の夕暮れ。今日は日の入りが見えない曇り。画像も鮮明の様で今イチ。人っ子一人居ないと思っていたら、売店の方で娘の声が聞こえる。それでも暫くぼんやりと池を見ていた。昔の武士のサムライもこうして池を見ていたのだろうか?そんな暇は無かったでしょう?

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芝生の中で石の腰掛けると昼間の暑さが残っている。これも幼い頃の思い出に似て少し熱い。石が熱い。ウソでしょう。ウソです。little(すこし)です。腰を芝生に降ろすと土の匂いがする。芝草の匂いがする。これも懐かしい子供の頃の遠足の匂いです。そんな事を考えていた

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静かなひと時。池の水も鯉が居るので汚れていない。綺麗に浄水をしているのだろう。これだけの憩いの場所が無料。それでもこの暑さでは散策の親父位。昨夜は花火大会がありこの公園も閉園時間を2時間延長。21時迄でした。今年の花火大会は盛り上がりも今イチ。

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ゆっくり園内を一周して引き返す。本当は山に登るつもりだったが体は正直。此処までが精一杯。無理をする事は無い。ここ迄歩けただけで充分。片道20分の道のりをゆっくり歩いていた。歩ける事は幸いなるかな。親父は走る事は出来ないけれど歩けるだけで感謝感激です。

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ここは駅前の公園。ここの土のグラウンドは何故か懐かしい。正面に見える小さいベンチ。失意の時、今はいない前の大家さんの親父に励まされる。今はしんどい時でも必ず良い時も来る。その時を信じて頑張りなさい。あの時ペコペコしながら感謝していた。あの時があるから今がある。公園に明るさが戻っていた。

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しっかり歩いたので桃がごほうびです。背景は剣岳。2999メートルの空を飛んでいます。桃も味に外れがあるがこれは美味い。うまい。手で皮は今一剥けなかったが水で洗ってそのままかぶりつける。瑞々しい。(みずみずしい)。2個598円。それだけの価値がある。写真も良い。

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うわ―めちゃくちゃピンボケ。試食で美味かったので買ったけれどこれで611円。たかー。しかし、キムチご飯にして気持が変わる。うまー。辛さの美味さ(うまさ)が市販品と全く違う。かんしょく。その時間的経過を見て下さい。

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オイオイ、これもピンボケちゃう。顔をくっつけるとくらくらして来る。離して見ると良いですよ。

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いやー参りました。祭事のお兄さん。1000円のキムチ買えるかと悪タレついて済みませんでした。でも1000円分買っていたら全部食ったかも。鶴橋のキムチ。考えを変えます。この残りも綺麗に野菜を付けて完食。本当のキムチを知りました。見た目は今一だけだったけれど。

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アジの開きも島根浜田産。野菜炒めと良く合いました。では又明日。

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2010年8月21日 (土)

大阪は朝から30℃を簡単にオーバー 今日はお休み

親父の休日は目覚ましを9時にセット。テレビを付けると経済ニュースを見る。(親父、年寄りの割に経済ニュース好きだよね)。経済ニュースは長い間眼もくれる事も無かったが、知らない事は悲惨な事です。知らない間に頭の良い(?)、お役人と政治屋さんがぐちゃぐちゃにして、この国は外見とは全く違う財政破たんの一歩手前です。

嘘だと思うでしょう。こんなに豊かな国が対外的には(外国のこの国の財政評価)、その格付アフリカの発展途上の国並み。知らないでしょう。借金大国。国の予算の収支は完全に赤字でその不足分を国債で賄う。その国債を国内の金融機関、投資家、お金持ちが買っているから問題ないと言われますが、それも限度があるでしょう。それ位の事は知らないと大変な事になるでしょう?為らない?そうそう思わないと無関心ではいられない。実際はそうでない事が分かれば経済ニュースに耳を傾ける事も強ち(あながち)無駄ではないかもしれない。

親父達が現役の頃何度も言われ円高の危機。輸出で成り立っている国が輸出で手に出来るお金が少なくなれば経済は悪くなり仕事は減る。仕事が減れば景気は悪くなる。だから円高は国の存亡にかかわる。会社も成り立たなくなる。そうならない様に今出来る事は無駄の排除。そうして改善活動が徹底して行われた。今はそのネタも無いと言われる。

そうだろうか?そうは思わない。形を変えて無駄は国の形、行政の形、会社の形、家庭の形親父のささやかな生活の形の中にも、深く食い込んでいる。その証明が現実です。外は30℃を超すと言うのに涼しいエアコンの効いた部屋で、くそ生意気にもジャズなどを聞きながら尤もらしい事を抜かしている。その生活を変えなければならない。

そうその生活。これから山登りに出掛けて来ます。この前頓挫した一番しんどい展望台への道。ダラダラ汗をかきながら、部屋の中では幻覚の様に聞こえる蝉の声もライブになります。先日歩いた時意外に快適だった靴をはきながら、これから行って来ます。どれだけ大変か帰って来たら画像挿入します。

行って来ました。暑い暑い日差しの中を黙々と歩いて行きました。余計な事を考えているとアホらしくて歩けない位の日差しの中でした。流石に途中の公園で休憩。元気な親父もすっかり形無しです。去年はまだ何とか歩けた気がするけれど、今年はアキマセン。

Img_2546 あそこまで歩けるのかな?そう考えながら一服する。この時点では迷いは無かった。足取りも軽くは無かったけれど、重くも無かった。

Img_2547 城址公園の大手門手前の橋を渡る。

流石に今日は人影も無い。

蝉の声も聞こえる。

噴き出していた汗も一服。

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今日は水が流れている。そう説明されないと分からないかも。上から流れている水も暑さに呑み込まれている。正面の石は一枚岩。。何時もは水は流れていない。さあ、休憩も終わり。出掛けるど。

Img_2555 山の入口で気が変わる。山の麓に温室がある。誰もいないベンチを見つけると、ポカリスゥエットを置いてパチリ。腰は降ろさずに横の樹を写す。

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この木何の木気になる樹。むくの樹。かぶとの角を出して戦闘態勢ですが優しい樹。

ここから温室には入ります。意外な美しさに目が天になる。ではご覧あれ。

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Img_2561 この花は?ピンボケ。

ここからは冷房が効いている。

花も冷房が効いていないとくたばる?

親父さん、余計な事を言わないで綺麗に撮って下さい。スミマセン。

Img_2562 それではこれで如何だ。気合を入れて撮ったけどフラッシュの按配で今イチ。当然、名前も分からない。花も人もベストアングルは難しい。

言い訳をしないで下さい。親父さん、ピントの合わせ方がずれている。ばれたか。

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それでは気分を入れ替えて。温室のスイカです。違います。サボテンです。りっぱやな。

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美しい。汗が一気に引き込む。温室なのに何でだろう?ガラス戸開けています。さよか。

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イケてますねえー。暑い日ざしの中で一服の清涼感?

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では最後にもう1枚。森林公園の温室でした。暑くて見物の人影は少ない。

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ゆっくりしていると山に行けない。気分は楽なコースに向いている。

Img_2574 やっぱし。ひょうたん島コース。このコースは幼稚園生の運動コース。親父には一番楽なコース。それでも侮る事無かれ。ご覧あれ。

暑い日差しの中で、気合が無ければ歩けない。気合があっても体力に余裕が無ければしんどい。親父位のもんだろう。

このクソ暑い中を歩くのは。

Img_2577 久々の木漏れ日の道。気分は爽やかと言いたい処だが、少し息が切れている。まだ登り口からそう遠くは無いのに、このコースにして正解。ハードな高原コースにしていたら心臓が悲鳴を上げていたに違いない。

ゆっくり蝉の声を聞いていると何故か哀しい。暑い暑いと言っている間に秋が来る。嬉しいくせにとちゃちゃを入れられても、一人ではね。

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哀しみの原因が分かる。幼稚園児でも歩ける道を息を切らしながら歩いている。オイオイ。大丈夫かいな。これからそんな体力で如何するんだ?そう言われても同年代より若いつもりと弁解していた。段々、息苦しい。大丈夫ですか?大丈夫。もうすぐ休憩所。

Img_2585 朽ちかけたベンチも相撲取りの親父が座るとつぶれそう。ゆっくりと腰を降ろしながら廻りを見渡す。静かな静かな午後の一時。

こんな所で心安らぐ人とコーヒーが飲めると最高。そんな事を考えていると行く夏を惜しむ蝉が気を使いながら、背中を震わせている。

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視線の先に展望台が見える。久しく来ていない。前に来たのは何時頃だったのだろう?

Img_2581 着きました。一見何も無い様子。誰もいない。

裸になれる。汗びっしょりに下着はなっても、

裸になれば日差しもここち良い。

大阪の街はスモッグで大阪ドームの屋根の反射しか見えない。

P1000012 親父、まだその体では仙人は無理。ドラム缶のふろに入るのが関の山。田中邦衛さんにも勝てないよ。久々の展望での日光浴は日陰に入らないと駄目でした。

この展望台に来ると田舎の川で泳いでいた子供の頃を思い出します。水泳では無く森林浴をしながら裸になれば幼い日々が走馬灯のように高速回転をして、お風呂に入っているようです。

久しぶりに一番易しい展望台に来ました。難しい顔をしていますが内心は笑いが止まりません。息を切らせながら喘ぎながらでもここに来る事が出来ました。

苦しい時、哀しい時、楽しい時、喜びの時、原点は展望台です。親父さん、も少しムキムキになって下さい。

P1000011_2 この道は親父の健康のバロメーター。しんどい時に歩くと本当に体の何処が悪いか自分で診断が出来る。メタボな親父がどれだけ歩けるか片道1時間の散歩道は、これからも感謝して歩かなければならない。

人の体は歩くとその倍以上のお返しがある。だらしのない生活をしていると体のあちこちにその証しが明確になる。最近、目にする事が少ない姿見の鏡。

歩く姿勢も変わって来る。それがお金を掛けずにできるとしたら、それはやるしかないでしょう。

Img_2584 モチノキの樹液?で鳥を捕まえるのは鳥獣保護条例で禁止されているが、お金を捕まえる事は禁止されていません。親父のメタボな肉体を見せたお詫びです。お金と健康捕まえて下さい。この樹を見る度にその事を考えます。アホやのう。イヤイヤそれ程でも。謙遜かい?

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この道は散策コースから外れている休憩所から下りて来た所。足腰がしっかりしていないと転げ落ちそう。そんな心配のお方は左に階段がある。それでも結構急な坂。侮るな。今日びの園児は元気。親父はどれ位歩けるかな?心配ならまたおいで。そう声を掛けられていた。

Img_2587

この先を曲がると出口に繋がる。心地よい疲れがあっても足腰はしっかりしていた。

又、来て下さい。又来ます。まだまだくたばらないで下さい。まだまだくたばりません。

木漏れ日の中で爽やかな気分になっていた。世の中厳しいが生きて行く事は容易ではありません。大地をしっかり踏み締めて頑張るしかありません。弱音を吐いても誰も助けては呉れません。その事を考えればその先に在る幸せを自らの力で掴み取るしかありません。

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2010年8月20日 (金)

久々の御対面 五月の植え込みの中から出て来ました

P1000008_2 久々の御対面。

嫌いなカマキリも何故か愛おしい。

それでも良く見ると何かが違う?なんだろう?

袴(はかま)をはいている。この暑い猛暑の中で何をしていたのだろう?

(お昼寝です。私も流石にこの暑さにはうんざり。それなのに親父さん、上から水をぶっかけて)

暑さで葉先が枯れ掛けた五月に打ち水したらカマキリのオカン登場。

それって腰巻ですか?

失礼しました。

暑い暑いと言っている間に秋の準備をしている。背中の腰巻?は2世の為かも知れない。

自然界はもう秋です。

P1000009 やらせではありません。大阪は完全に赤道が真上に来てしまいました。

外に出した温度計は目盛りを完全にオーバー。外を歩いていると吸い込む空気はサウナの一歩手前。

今日の大阪の平均気温は37度。皆、外を歩く人は汗まみれです。

冷房の効いた部屋で涼しい顔をしながら、能書きを垂れている人も、先行きの景気の動向は見通しが厳しい。

天気と同様、暫くは円も天井知らずか。来週総理と日銀総裁が会談し円高対策を発表とか。

スイスの教訓生かせるだろうか?(スイスは自国の通貨フランの単独介入失敗 一兆円以上の損失)

大丈夫。介入はしない。しかし、金融の緩和は進める?これ以上?

そうです。あなたも考えて下さい。何を?お金の運用です。お金も大事だけれど体もね。カマキリの教えです。

Img_2545 今夜のおかずは決めていた。暑いから、汗をかいたから辛い物にしょう。豆腐を入れるだけの麻婆豆腐。スーパーに行くと、この商品だけが無い。(考える事は同じか)。どうしょう?

次のステップは豆腐チゲ。野菜と豚肉を加えて煮るだけ。これに決まり。Knorr(クノール)。

豆腐はサイコロ目に切るも良し、親父流に握りつぶすも良し。ベストチョイスは半々かも。

お好みの野菜は白菜などとされていたが、白采にみずみずしさが無い。親父のお気に入りキヤベツの4分の1を使う。豚肉はコマギレ。

見た目は良くないけれど辛さ度最高。辛いのは体に良くないと言うのは間違い。辛すぎるのは良くないけれど暑い時はこれが一番。豆腐チゲ侮るな。親父の食わず嫌いも又一つクリヤー。今度作る時には白ネギ、ニラ、しめじ、エノキ、トマトの握り潰しを入れる。

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久々の御対面 五月の植え込みの中から出て来ました

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2010年8月19日 (木)

信じられなくてもこれが現実 大阪は陽炎が燃えています?

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自販機にくっけて温度を計って見た。こんなに大きな画像にしなくても良かったが、小さい画面では温度計の目盛りが良く見えない。(らくらくほーんか?)これ位の温度になると普通の会話も余り外ではしたくない。流石に冷房の利いた室内では30℃以下でも暑い。暫くはこの高温多湿が続き体調にはご注意とアドバイスされるが、熱中症も他人事では無い。

しかし嬉しい事に体調は良く、駅の階段も上り下りに溜息をつく事が無くなりました。流石に立ち止まる事は無くてもメタボな体は、しんどい、しんどいと悲鳴を上げていました。お盆休み前のウオーキング再会の決意と実行が無ければ、今頃はダウンしていたかもわかりません。

まだ歩く事は公園までですが今週末は久しぶりの展望台までの決意です。近くの山には3つの展望台がありその中の一番の難所。これを征服できると本当の感激です。それ程に登りがきつく足腰だけでなく自分の体力を知るバロメーターになります。

哀しい時、苦しい時、迷いの時、絶望の時、それでも笑いながら、息を切らせながら、何も考えずに下だけ向いて前に進む。苦しい時には休め。心が折れそうな時には愛した人の事を思え。そんな事を淡淡と思いながら登れば展望台も遠くない。

秋になると大阪湾の先に淡路の島がうっすらと見える。今は霞の中の陽炎が視界を閉ざしているけれど、台風一過の空気の澄んだ限られた日も、そう遠くはない。今はそんな景色は見えないけれど少し軽くなった足元を眺めながらニンマリとする。

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久しぶりに立派な巨砲を手にする。亡くなった時は毎日ご飯とお水を欠かした事は無かったのに、長い間余程の事が無い限りお供えは無い。左の雑誌の文章は日本アルプス槍穂高の表現。スイスで見たマッターホルンとはスケールが違うが何故か親父の生き方がダブる。

槍穂高は西穂のロープウエーの展望台からしか見ていないが、高所恐怖症の親父には登る事も近くまで行く事も無理だろう。スイスでアイガー北壁をレストランのベランダから眺めた様にぶどうを食いながら眺めていたい。それも元気で生活に余裕が無ければ無理だろう。

暑い暑いと嘆いている間に秋の気配は其処此処にある。日中は暑く夜になっても涼しい風は無いが、朝出勤時には流石の暑さもまだ息を潜めている。後一カ月もしないうちに野分も風を感じるのだろうか?今年の秋は短いのだろう。秋が来ると寒い寒い冬も遠くない。

今から冬の話をするのもなんだが寒い時、風を引かずに元気に生きるには、夏の間にどれだけ潮風に吹かれるかで決まると言われている。(ホンマか?)今週末には須磨の海が見れると良いな。須磨の海が見える六甲山の展望台からは大阪湾が一望できる。

デートコース。一人で行くのは切ないかも。でもこの歳になればそれもアリかな。?

行く夏を 一人楽しむ 須磨の浜   そんな時も在りましたな―。

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2010年8月18日 (水)

暑い、暑い、午後に出掛ける

Img_2520_2 熱風の中をタオルを頭に巻いて出掛ける。当然カッターシャツと黒ズボンの出勤姿では無い。一度その格好をしたが、暑さに耐えられなかった。

そのお陰で駅迄は元気。駅からも元気だった。隣りの駅で乗り込んできたおばさんが扇子を使う。でも一駅だった。暑かったのだろう。

Img_2522 到着しました。心斎橋商店街。意外に長い。こんなに長かったと思いながら歩く。地下鉄の本町から心斎橋の駅まで続く。

それでもこのアングルではその賑わいは無い。

それではドンと行ってみましょう。

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今日は中国買い物ツアー御一行様は見当たらず。それでもこの間口。この飾り付け。立派。

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このお店子供服のお店かと思いきゃ。違いました。ギャル御用達。凄い。何処から入るんやろ?

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私も負けていないわよ。お花屋さん。このお店も意外。結構、夜のお店もはなやか?シャレ。

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人の流れの合間を急いで撮っているので少しピンボケ。でもそれも御愛嬌。商売繁盛金もて来い。スミマセン。今日は撮影のみで。でもお店宣伝させて貰います。宣伝せんでよろし。

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それでは遠くから一枚。コバヤシさん。頑張ってはります。グンゼ製品だけでいけまんのやろか?いらん事言わんでよろし。ぼちぼちやってます。(これ親父の一人ごとでごわす。)

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何故かお花屋さんの飾り付けが目立つ。画像に無いが着物屋さん(呉服)のお店も目を引く。写真が無いのは販売員の気迫?やる気が違います。とてもカメラは向けられず。

Img_2534 会員制のお店もあり。大阪らしい。この近くのお店は卸のお店もあり。会員制のお店もそれなりに繁盛しているのかな?

一杯買う人、卸の人はこのようなお店で仕入れるのかな?この通りと交差するどぶ池筋の商店街は、卸のお店が多かった。今は如何なのだろう?

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懐かしい衣料品の問屋が並ぶ商店街。この道は心斎橋筋と交差するどぶ池商店街。何故か親父の若かりし頃が一気に逆回転した気がする。会社に入社しやっと落ち着いた3年目の暑い夏、汗を拭きながらしどろもどろになりながら会社説明をしていた。空は青い。それでもあの頃の賑わいは失せていた。繊維産業。今は東南アジアにコスト的に勝てない。ならば高級品で勝負でしょう。高い物は買わない?違う。売り方でしょう。今は快適肌着が高くても売れる。安物で勝負していたらお客は逃げる。それが必然でしょう。御前に言われたくない。

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問屋街も様変わり。高層マンション。どんな人が済んでいるのだろう?それでも繊維の会社もどっこい生きていた。大阪は商売人の街。商いの街。大阪のど根性は薄れたけれど、形を変えて生き残りを模索していた。本町から心斎橋、そして難波に続く戎橋商店街。時代を越えて生きていました。

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商店街を西に折れると御堂筋。この広い道路何故か南行きのみ。この車右から出て左に折れるのみ。この広い道路の下を地下鉄御堂筋線が走る。親父が大阪に出て来て会社の主任さんに連れられて、この近くの会社に同行した。大阪ガス。あの当時、中央分離帯の向こうは北行き(上)だった。この並木が有名な銀杏並木と知ったのもあの頃だったのだろうか?

ここから地下鉄本町の改札口を探す。地下に潜ると懐かしいお店の横を通るが目的の中央線の改札が分からない。流石の親父でもこれだからじっちゃん、ばっちゃんはタクシーに乗らないと目的地には行けない。親父もそのうち、階段の上り下りが苦痛になり歩けなくなるに違いない。今はこうして歩けるけれど都会の地下は年寄りが歩く道では無い。(それは田舎の一本道でも同じ。)歩ける事は生きる証。歩けなくなるとお迎えの時も遠くない。

目的地の駅から地上に上がると熱風がふんわりと体を包み込む。止めて下さい。たまりません。くすぐったい思いではなくじっとりとした暑さが体をよじらす。家から持ってきたタオルを頭に巻いてスタコラと本社に向かう。

帰りは何時もとは足取りが違う。お盆休みの時城址公園まで歩いた成果だろうか?ニンマリとする。近くの中国大使館ガードの機動隊員にちょっかいを出す事も無く、中西のお店を目指す。カレーうどんのお店「得正」は何故か明かりが消えていた。

「節電か」そう思いながら店の前に立つと張り紙があり(5時までお休みを頂きます)。ウソーそう呟きながら店内を覗くと人影が。中西と思いながらも半信半疑。自動ドアーをノックする。オイオイ、間違いだったらどうする?そう思いながらも確信していた。間違いない。彼も親父の到来をまさかの思いで思っていたに違いない。勝手に決め付けていた。

快く開けて貰う。有り難い。地下鉄の通路でジュースのお店があり、は入リ掛けた足を辛抱した甲斐がある。ナマですかと言いながら中々出してくれない。樽の入れ替えをしていた。お待ちどうさま。汗をかいた体に生ビールは答えられない。味わいながら頂く。

うどんは暑いカレーでは無く冷えた、おろしナスのてんぷら。うどん玉控えめ。親父にはそれで丁度良い。画像取れず残念。食う事しか考えていなかったのだろう。何時かは必ず宣伝します。それでも中西に商売のコツを生意気に語る。お客の気持。美味いだけでない事を知れ。聞いて見ないと分からない。その事は親父の仕事、生き方も同じかもしれない。

帰りに梅田の家電量販店ヨドバシでカメラの記憶媒体(メモリー)を買う。初めてのお買い物。売り場が分からない。入り口で案内の女性に聞く。同階後ろのエスカレーター奥です。そう説明されても半信半疑。商品の取り出しは無く商品札のみ。記憶容量の表示は有るが今の容量は最高で5000円を超す。「高―」結局最低ではなくその次2ギガにする。2000円弱。上等。

代金支払い時、ポイントカードを作って貰う。まだポイントは無いが何故か嬉しい。帰りにパソコンを眺めると画面が美し過ぎて感激。親父の君が買って呉れたパソコンも3年。たいして使いこなせてない癖に新しいのが欲しくなる。「お盆が過ぎると安くなる」君の言葉を信じながら購入の時期を思案していた。パソコンは初期設定がまだまだ難しい。それが出来ないと無理だな?そんな納得の言葉を噛みしめながら今日の取材?は終わり。

阪急3番街も馴染みのカレー店でレギュラーを注文する。改札口への長い階段も苦にならず。息も切れず。ウオーキングの成果は間違いなく出ていた。お土産は無し。近くのスーパーで小岩井の純水ぶどうのペットボトル、伊藤園のおーいお茶、ハーゲンダッツのアイスを買う。明日も暑い。暑さに負けず自分に強い肉体と精神を蓄えよう。エイエイオー。若い。気持だけです。

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もうすぐワールドビジネスサテライト(WBS) 経済ニュース

今日も廊下の温度計は既に30℃。室内で風通しが良くてこの温度だから室外の路上の温度は幾らになっているのだろう?打ち水の効果が口にされても、ミスト(細かい水の散水)の涼しさが報道されても、自然の猛威には為す術も無く年寄りは室内で体を休める他はないのだろう?

そう思いながら経済新聞に眼を落とすと、深刻な金融危機の足音にも政府、財政担当のかじ取りは「ヨ―ソロ」でもないらしい。子供たちの夏休みと同様か。そんな国内の状況を見透かしたかのように強くない国内通貨円が、ドル安とユーロ安の反動を受けている。

本当は国内通貨の円の価格上昇は(円高)ウエルカムの筈なのに、輸出で経済を支えているこの国にはマイナス。このまま円高が進むと輸出企業の利益は減少し景気回復も儘ならないと言われる?(親父はそうは思わないけれど・・・)

現実にドイツはユーロ安で大幅な輸出拡大していると言われている。ではアメリカは如何なのだろう。ドル価格下落でアメリカの輸出が拡大し景気の持ち直しは聞こえない。輸出がこの国の経済を支えて来た経済の流れは今も尚、変わらない。

この前のブログで国内国際通貨の事を書いたが、経済の学者、専門家、エコノミスト、解説者を除いて「金融」について語れる人は少ない。為替の問題は本当に難しい。円が固定相場の時は1ドル360円。それが今は変動通貨(固定では無い。変動する。)85円前後。

それでも企業の国際競争力は対外的にまだ大きいと評価されている。(分からない?)そう多くの人は汗水たらして働いても国内通貨(円)の下落で一気に吹き飛ぶ。何処かのお間抜け(検察)が汗水たらして働く人の想いを蔑ろ(ないがしろ)にしないと、啖呵(たんか)を切った事があるし、テレビのコメンテーターも同様の言葉を口にするが、そない甘いもんやおまへんのや。日銀と政府、財務当局が円高介入を口にしても、アメリカが円高を容認すればそんなもんは市場参加者が簡単に見抜いて逆作用となるに違いない。

今日の日経新聞の一面にメガバンク頭取のコメントが掲載されているが、どんなに生き過ぎたと言われても市場の評価は変わらない。政府と日銀の介入をと強い姿勢と言われても一時凌ぎに過ぎない。焼け石に水。政府、中央銀行に多くの事を求める前に、銀行のやるべき事を考えなければならない。銀行の考える事。今の預金金利幾らにしている?その安い金利で集めたお金をどんな形で運用し、預金者に還元している?ホンマにこの無神経。その事が市場から問われている。政府、日銀当局に為す術が無い事もこれから証明されるだろう。

ホンマに今年の夏は暑い。経済も違う意味で暑い。危機的状況に的確な手を打てなければレッドカードを突きつけられるのは、政府日銀、財務当局だけでなく金融のプロも例外ではない。今年の夏は涼しい秋が来る前に厳しい国際通貨の波に晒(さら)されている。?

ワールドサテライトの経済ニュースでも其処までは言えない。私達は永い間本当に経済に無知でこれからも同じでしょう。知識を深めたとしても何のプラスにもなりません。それでも経済金融の知識は間違いなく、自分の生き方、考えを変えるでしょう。興味は天才を越える。

自分の生き方も変えると言われても、本は読まない?難しい?その程度でしょう。テレビも新聞も人の話もその程度と思えば上等でしょう。その前に自分自身の生き方がその程度かも。それは認めない?そうですよね。親父に悪タレをついた小僧も今は少しは変ったかも?

変わらない?それも良しでしょう。今年の夏はそんな人の思いも呑み込んで思考停止にしている。これからお昼です。お気に入りの弁当を食ったら心斎橋に行き取材?です。中国人のお買いもの集団に会えるかな?近くのデパートはお中元の分解セールとか?なんやそれ。

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2010年8月17日 (火)

猛暑続く 室内で涼しい筈なのにふらつく 水分は採っていたのに

Img_2519 近くのスーパーのジャンボ稲荷としんこ巻き。

静岡掛川の今は無いスーパーヤオハンに勢いがあった頃、稲荷もでかかった。あの時のイメージが大きく、ジャンボの言葉につられるが、あの美味さとデカさはない。デザートはお子ちゃま用?親父が口にするのは似合わない?

Img_2518 天丼と季節の野菜丼。美味そうだったので手にするが、味は大した事無い。でも小振りの丼でお腹は丁度良い。季節の野菜も悪くない。

最近食い過ぎが気になっているが、食欲もこれだけあれば、夏バテの心配はない?それでも今日、室内でふらつく。ヤバイ。

今日も大阪は暑く、室外の温度は38℃近くになっていただろう。熱風。それでも今日のふらつきは高温のせいではなく、首の血管の詰まり(骨の圧迫)だろう。首の骨の血管の圧迫は今に始まった事ではなく、整形外科で首のけん引を診断されて久しい。あれは何年前だっただろう?あの後、状況は変わっていない。首の異常は老化の表れであり肉体の衰え。下半身の衰えと共に柔軟な体、スリムな体、足が肩まで引き上げられる体操、両手が掌まで(てのひらまで)地面に着く体操をしなければいけない。(それでなくても体が硬く、踵落としをやろうとしてひっくり返る)。若いな。それでもお酢を飲んで体を柔らかくしないと笑われる。

Img_2264 ラジオ体操大好きのミーちゃんも最近は親父の仕事の都合で顔を見せていないが、親父が倒れたらシャレにならない。

でもご安心ください。今、呼吸法を鍛錬しています。多くの人が多くの事を語りますが、人の健康は神のみぞ知る事を、忘れてはならない。

親父の体もしんどいがこの国の経済もふらついている。何故なのか?それも多くの人が尤もらしく多くの事を語るが打開策は見えて来ない。この国の経済が今直面している課題は親父と同じ老化現象。経済活動が活発で元気一杯の活力が途絶えて久しい。

人間と同じで国の形、国の活力、経済力に親父達が現役時代の勢いが無い。この国の問題を口にする殆どの人にその思いが無い。何時迄も繁栄の時は無い。景気が悪いと政府に何かを求めても政府に出来る事は限られている。その事をどれだけ理解しているのだろう?

税金を払うべき人が払わず、税金のムザ使いを垂れ流しにして財政の赤字を問題にしても消費税は反対で、景気の改善を口にするだけでは問題の改善は望めない。それでも多くの国民は意見は言えても為す術は無い。今、この国の政策立案、実行、評価の改善サークルは完全に停止している。株価低迷、円高の試練は留まる処を見い出していない。

多くの人が支援した政権交代も官僚のトップが交代しなければ意味が無い。高級官僚が戦前の軍隊参謀と同じ間違いをしている時、それにストップを掛けるのはジャーナリストしかないが、新聞もテレビもお笑いとオチャラケ、政権批判を繰り返しているだけでは最悪のシナリオだろう。政治とカネの問題しか社会批判は無いのではなく、それで飯が食えると思っているのだろう。間違いない。これからその事が証明される。

経済対策を何で政府に求めるのだろう?この国は何時からこんな国になったのだろう?エコポイント、エコカー減税?そのお金は何処から出ているの?税金からでしょう。補助金を受けながら景気の回復を計る?そんな国が資本主義経済と言えるのか?自由主義経済とは公正でなければ破たんする。豊かに見えるこの国も本当に豊かな人は少ない。

なんか暗い話になったけれど明るい話も少なくない。この暑さで四国愛媛の温州ミカンは壊滅的被害を受けているが反面、燦々(さんさん)と降り注ぐ地中海沿岸で育つと言われる高級ミカンが立派に成長している。東京のレストランでは温州ミカンの8倍?手を敲く(たたく)

親父の体も日本経済(一緒にするな)も何もしないで取澄ましていると回復不能(機能不全)に陥る。そのシグナルを感じ取れれば少しは変わる。その少しの積み重ねを大事にすればまだまだ元気を失う事はない。今日のふらつきと先日来の下腹部の不快感はその事を教えている。見てて下さい。親父は劇的に変わる。その為には食事制限だね。

明日はお休み。本社に入ってお給料を貰って心斎橋に入って来ます。何で心斎橋?大阪の繁華街?大阪の歓楽街?大阪の活力の街?今、心斎橋商店街は活気に溢れています。その主人公は中国人。昨日の若い女性達は買い物客ではないが、この街は今、中国人の買い物客で異常な空気に包まれている。その様子を見て来ます。写真お楽しみに。

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2010年8月16日 (月)

親父は今日迄お盆休み 大阪は今日も暑い それでも親父の部屋はグリンデルワルド

昨日、夕方、近くの公園まで歩いてきたが、まだまだ下腹部のお腹のシェイプアップは出来ていない。それはそうでしょう。一回位、少しぐらい歩いた処でこの醜い体型が変わる事はない。その事を痛感すれば秋には颯爽と手を振りながら歩けるかもしれない。

AM11.00 この時間は地上波テレビで経済、株価速報が見れるので眺めると面白い。仕事をしている時はPM11.00のワールド、サテライト、ニュースを見る事が日課になっているけれど、何れのニュースもスポンサーの影響が大きい。(どう言う意味?…それは見て下さい)。株価が多くの経済ニュースで一喜一憂している事が良く分かる。(関係無い?そうかもね)

しかし、この国だけでなく世界の経済がダイナミックに変動している現実は、どんなに裕福な人もそれなりの人も、最近頻り(しきり)に耳にする低所得者、生活困窮者さえも無関係ではない。大きな流れのうねりを感じなければ、これも最近耳にする嫌な言葉「負け犬」を痛感しなければならない。(言い過ぎかな?そう不快に感じたら無視して下さい。ならば言うな)

親父はそんな時、速攻で踵(きびす)を返す。踵?・・・(辞書引いて見るね)

引いて見ました。意外に難しい言葉。親父は何時、誰から、こんな難しい言葉を聞いたのだろう?(嫌な感じ…さっと言いなさい)。踵(きびす)とは踵(かかと)の事。でも踵(かかと)返すとは言わないよね。(きびすを返すともいわんだろう)。それはあなたが知らないだけ。覚えて。ね   意味は?そう意味は後戻り、引き返す。親父が使う意味はもっと強くて反転。無視。成る程、そう言われて見るとありますよね。そんな時。一々気にしていたらムカつく事が多すぎる。一度お試しあれ。気分爽快。そうかい?シャレです。(話を戻しましょう)

不快な言葉、不快な振る舞い。そんな時最近これで気にしなくなりました。

今、この国の経済はお金廻りが悪くなっています。企業の景気は回復基調だとは言え肝心の働く人の懐具合は温かくありません。だから政府のコメントも多くの人が実感出来ないのでしょう。難しい経済用語もこれからは少しずつ勉強しないとアカンかも。

(勉強してもアカン?分からん?そうかもね。)しかし、これからのこの国の経済とアメリカ、ヨーロッパ、中国、ロシア、インド多くの国の関わり合いは面白くなる。(面白くも何ともない)。でもそれがこれからの自分達の生活とは無関係では無くなると、話は変わりません?

変わると思いますよ。景気に鈍感な人は少ないと思います。親父は暫くは下腹部の脂肪を落とす事に全力を集中します。今日は近くの山を歩きます。本当に久しぶりです。ハードなコース。息を切らしながら何処まで歩けるかな?写真、お楽しみにして下さい。

出掛ける前に携帯にメール着信。7月分の携帯料金未払い。嘘でしょう。支払い控え探すと無い。慌てて請求書控え見て見るとある。暑さで其の儘になっていたのではなく、確認ミス。当然、NТТの支払いも無し。アカンなー。口座引き落としにしないと。でもあの手続き、結構面倒。これからの生き方も変えないと。速攻で近くのコンビニに行く。

ああ。山が又、遠くなく。気が変わらない間に行かないと。大丈夫。お腹の出っ張りがその事を教えている。今日は雪駄ではいけないよ。ウオーキングシューズの中敷きを変えてしっかり歩かないと。暑いから止める。それなら涼しくなって歩け。イヤイヤそれではアカン。

Img_2505 コンビニの帰りに買ったスーパーのお寿司。

イナリは良しとしても巻き寿司は駄目。お米が潰れている。298円ではこんなもんかな。でももう一度は買わないでしょう?買います?

イナリは阪急梅田の地下のお店。あそこまでは行けない。今度、何時食えるかな?

Img_2511 山登りは近くの公園からスタート。

まだまだ日差しが高い。

通りの反対側のサンドイッチのお店で御褒美のサンド?2個を買ってスタート。

オイオイ減量と違うんか?

Img_2514 昨日来た城址公園。昨日の雪駄と違い、今日はウオーキングシューズで足元は軽い。

ここ迄は汗をかきながらでも、さくさくと登る。

問題はこれから。山を見上げると溜息が出る。あそこまで行けるだろうか?行くしかない。そう思いながら、腰を降ろしていると中々、動かない。Img_2516

この展望台。上の草木が切り払われた所。あそこまでは尾根伝いの道を一気に登る。道は綺麗に整備され道幅も広いが何しろ、平坦では無い。階段が多く急な登り。足腰の鍛錬にはピッタシ。息は切れるがあそこまで行けたら文句無し。見晴らしも最高。

Img_2513 天守閣を見上げながら木陰でサンドイッチを食っていると、この暑い日中、若い女性が二人通り過ぎる。さり気無く声を掛ける。

オイオイ親父。歳がいも無く。日本人では無く中国人。日本で勉強しているので言葉が通じる。スイスでもそうだったが、言葉はさり気無く出なければ会話は成立しない。

歴史に詳しい親父の話と若い二人の日本についての疑問が交差する。偏見、差別、希望、未来、親子、恋人、再会と別れ。多くの言葉がスムーズに交わる。親父の知らない中国、彼女らの知らない日本。それに親父の難しい言葉が微妙に言葉を中断させる。それでも親父節と彼女らの優しい気持ちが何とか会話を続けさせる。再会の時は無くても面白い親父さん。今迄の人とは違う味が出たかな?話が長くなる。長居は無用と思いながら腰が上がらない。

結局山に向かったのは短くはない時が過ぎていた。御免なさい。デジタルのカメラも電池切れ。肝心の風景が取れないのでそれを口実に山に足を入れる事はなかった。何時でも行ける。次は必ず夏が終わる迄。そう自分に言い聞かせていた。

帰って来ると流石に疲れる。山に登っていたら更に疲れていただろう?今日は暑かったし無理をせずに正解。長い間親父のつまらない話に附き合って呉れた中国の女性に感謝。この国に来て日本語を学びながらステイタスを掴み取って下さい。御幸運を祈っていた。

気が付くと夕食前、汗まみれの儘、涼しい部屋で横になっていた。お風呂に入らないと、飯を食わないと見えない手で起こされる。食事は後回しにして銭湯に行く。この頃何故か銭湯でも水風呂に入れるようになった。それ程に今年の夏は暑いのだろうか?サウナでなくても湯船でかいた汗を一気に引き締める快感が、病み付きになってきた。それでも心配無用。一気に体を沈めない。最初は足首まで、次は腰まで、そして体を沈める。18数えたら出る。何で18?親父の名前x2の数字。それだけではないけれど・・・。

Img_2517 風呂上がりはキリンラガービール。お買い得の総菜パック。ネバネバのオクラに満足。

左のアイスはレザート?オイオイ。

大阪の夜は今日も熱帯夜です。

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2010年8月15日 (日)

久しぶりの城址公園 日暮しもミンミン蝉も鳴いていたよ

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夕暮れに間に合う。途中で足が上がる。やっぱし雪駄履きではしんどい。足の付け根に負荷が掛る。良く考えて見るとしばらく来ていない。足が上がるのもやむをえないか?

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Img_2474 芝生公園。素足で歩くと気持が良い。

先客のアベックがいるが無視。

本当はゆっくり歩きたいが今日は素通り。

他に人影はない。池の鯉が歓待。

Img_2487 自販機で鯉の餌を売っている。100円。

小銭が無くてごめんね。

折角、隊列を組んで呉れたのに。

この前餌やりの人に注意した罰が当たる。

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天守閣からの景色。絵葉書の様。デジカメも良くなりました。

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少しボケている。足が疲れた?

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それならこれで如何だ。久しぶりの城址公園。歩くと片道20分。雪駄で歩くと本当に疲れる。それでも夕暮れに間に合う。ご褒美はこの景色。久々のウォーキングは脂肪のまわしを意識させる。歩かないと歩けなくなりまっせ。山吹の花がそう語り掛けていた。

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ピンボケでんがなー。そう。そんなに急がなくてもよろしいでんがな。追い打ちを掛けられる。これから気合を入れて歩かないと花に迄そっぽを向かれる。そう言われていた。

Img_2503 今夜のおかず。八宝菜。美味そう。上手。

種を明かせばキャベツを入れるだけ。

お肉と野菜をバランスよく。医食同源。ニッポンハムの中華名菜。白菜でもイケる。イカとサヤエンドウを入れても上品なお味になる。

料理もやれば出来る。

Img_2504_2 久々に梅干しを買う。150g228円。安い。

しかも製造者は紀州農園。でも気付かなかったが梅は中国産。紀州南光梅ならこんな値段では無い。上品な大粒の南光は薬の値段はする?薬の値段=7~8百円。

梅の価値はそれ位に高い。でもお茶付け最高

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終戦記念日?違うでしょう? 敗戦記念日?それも違う

暑い暑い8月15日の歴史を知らない人が多くなり、戦争の悲劇と嘆き、悲しみ、苦しみ、別れ、多くの悲惨で絶望の日々を親父達も知らない。戦後は親父達の生きた歳月とも重なり、今尚、南の島々と深い海の底で遺骨さえ回収されない人も少なくない。インパール作戦。今のMyanmar(昔のBurma)のジャングルには幾万の人骨が放置されたままだろう。信じられないでしょう?この国の戦争責任者(陸軍、海軍参謀)の多くも今は故人となり、多くの悲劇も語り継がれる事もなくこの国は今年も又、今日の日を迎える。午後零時の黙とうも平和の尊さを祈念しても、悲惨な戦いを知る人は年寄りだけとなる。若者に戦いの悲劇は過去の出来事でしか無い。マスコミの反省もない。戦争に加担して多くの若者と広島、長崎の悲劇を引き起こした報道の責任も語られる事はない。今夜の放送で元国営放送の解説者池上氏はどう語るのだろうか?アメリカが多くの犠牲を払ってこの国を単独で占領出来た成果を語るのだろうか?当時のソ連(現代のロシア)が終戦間際の朝鮮半島と北方の島々にドサクサ紛れに進駐し多くの人命と財産を略奪し、戦後の長い間無条件降伏の軍人をシベリアの大地に抑留出来た歴史はどう説明するのだろう?アメリカ大統領トルーマン、ソ連の独裁者スターリンの過ちは未だに捌かれていない。(もっともスターリンはとっくの昔に銅像が引きずり倒されているけれど)。トルーマンの間違いはその後のアメリカの戦争悲劇、そして今尚続くテロとの戦いに引き継がれている事を語れるのだろうか?サラエボの悲劇、戦いの悲劇は今尚、続く。

親父が若かった頃(どれ位だったのだろう…20代前半?)、帰省した田舎の座敷で爺ちゃんとテレビを見ていた。あの当時爺ちゃんは今の親父の歳位だったのだろうか?それよりも若かった気がするが・・・。暑い暑い外の静寂が何とも涼しい風で扇風機の音だけが聞こえていた。午後零時正午の黙とう。爺ちゃんも親父も何も語らず、ばあちゃんは行商の仕事で弟は部活か何かの用事で出かけていた。今は亡き昭和天皇の重々しい追悼の言葉を聞きながら親父は爺ちゃんの言葉を期待していた。それでも爺ちゃんは顔色を変える事無く、何も無かったかの如く新聞の紙面に視線を落としていた。

親父に何も語る事無くやっと手にした安息の日々。その想いを噛みしめていたのだろか?職業軍人の親父の戦後は悲惨だった。台湾沖で戦艦金剛はアメリカ戦闘機の攻撃を受け大破。その時戦死せず台湾に上陸できたのは運が良かったのだろうか?戦争に負けて無条件降伏の時、中国東北部、朝鮮半島北部に取り残されシベリヤに抑留される悲劇も無く、無事帰国できたのは中国の当時の指導者蒋介石のお陰だったのだろうか?

戦後の親父は悲運だった。志を果たし海軍に志願し独学で勉強し海軍兵学校入学。今では考えられない研鑽と努力。親父(俺)が中学生ぐらいの頃、貧しい生活の中でも機嫌が良い時、爺ちゃんは戦艦砲手、大砲の軌跡の話をさり気無くしてくれた事がある。

それでもその後に本当に寂しげに「何にもならなかった。多くの人を亡くした。戦争はしてはいけない」とつぶやいていた。あの言葉は今でも忘れてはいない。爺ちゃんが亡くなりオカンの3回忌を済ませた後、広島呉の江田島の海軍兵学校跡を訪ねた事がある。

爺ちゃん達も走っただろうグランドの片隅には、40キロ先の戦艦を攻撃できる砲弾が展示されていた。明治日露戦争の戦果を昭和のアメリカとの戦いでも生かせると思った戦争責任者の戦術。そのお粗末な思い込みの結果をその後、この国の軍事専門家?は生かしているだろうか?日本国憲法には戦争の放棄を高らかに宣言しているが、戦いの無い歴史は無い。

非武装中立。この国は敗戦の教訓としてこの言葉を親父達世代は国是としてきた。この国の法律日本国憲法でもアメリカと共同でこの国を守るなどの言葉を何処にもない。日米安保(日米安保条約)でその軍事協力が明記されアメリカ軍の日本本土と沖縄の駐留はその根拠とされているが、日本は非武装中立(実際はそうではないが・・・)そのかわりアメリカの軍事力でこの国を守る。それが戦後65年の今でも脈々と続き、その事に国民は馴らされている。

血と汗は流さないけれどお金は出すとアメリカから馬鹿にされても、その見直しは無い。憲法改正反対、核持ち込み反対、軍事基地反対と馬鹿の一つ覚えの様に叫べば、平和は実現するとでも思っているのだろう。国内の治安に警察が不可欠の様に国を守るには最低限度の軍隊が不可欠の事を戦争に負けたこの国の多くの人は認めようとしない。

国の財政は破たんしても消費税反対の思いと共通する。軍隊が無ければ国の安全は誰が守るのか?国の財政が破たんしたらどうすればいいのか?その答えは共産党が答えてくれると言うのだろうか?親父も共産党宣言を読んだ事はないが、共産党国家には軍隊は無いのだろうか?それとも北朝鮮、中国、ロシアは共産主義国家ではなく軍隊なき平和国家なのだろうか?そんな馬鹿な事はない。

親父達が若い頃、原水爆禁止運動が分裂する。帝国主義の原水爆と共産主義の原水爆は違うとぬかされた。どう違うのかと尋ねた時、侵略の為の原水爆と自衛のそれは違うと。いくらなんでもそれは違うでしょう。今日、中国もソ連も当時の仮面は脱ぎ捨てて世界平和を口にするが、民主主義を否定する国にその絶対的な信頼感が無いのは親父だけでは無い。

そしたらどうすればいいのかと問われる?親父に聞くな。それ位の事は誰でも分かる。自分の身は自分で守る。それが出来なければ警察に守って貰う。(今日日の警察はストーカーの被害さえも守れないが・・・)それが出来なければお金を払ってヤクザさん?(やめて下さい)

国の安全はお金を払ってアメリカさんに守って貰いながら非武装中立。バカタレ。それは無いだろうと叫ぶ人は少ない。核廃絶を叫ぶならこの国を核の脅威から防ぐ手立てを明確にしなければイカンだろう。世界平和を口にすればその事が実現できるとは世界のリーダーは誰一人として考えていない。反戦平和、非核三原則の法制化。そんな言葉を口に出来るのも敗戦の教訓なのだろうか?暑い暑い日差しの中で飢えと苦しみの中でこの国の未来を信じた英霊の前に行く日も遠くない。その事を忘れるな。親父の親父は何も語る事はなかった。

Img_2468 今日のお昼。暑いのに良く喰えますなあー。

近くのスーパーの弁当売り場にはサバ寿司が揃えられていたが、今イチインパクト無し。

竹のチクワは298円。期待に適う美味さ。

トマトは如何かな?シーフードのカップ麺アカンヤないけ(無視)

一度に喰ったと思ったでしょう?。いくらなんでもそれは無い。暑い暑い日差しの中で空手の突きの真似をして、今年も海に行けなかった懺悔の思いで涼しい部屋の中で、パソコンをカチャカチャさせながら遊んでいました。君から勧められたパソコンの買い替えも済ませていないので動作が遅く機械も夏休みかと思いきや、システムトラブルとか。ニフティさん、頼みますよ。今は復旧。親父は完全に機器のダウンと勘違い。NECのパソコンでなくても暑さに負けず親父の遊び相手になって呉れてありがとう。お陰で休みもアト一日です。

シーフードのカップ麺。どないしはりました?ハイ先ほど汁迄きっちり頂きました。親父、汁は残せと言ってるだろう。君の声を気にしながらニンマリとしていた。スイスのユングフラウの展望食堂で身動きも出来なかったくせに、激辛の拙いカップ麺食ったがあれに比べると月とすっぽんでした。

あれからカップ麺食っていないので親父にしたら優秀でしょう。涼しい部屋でゴロゴロしていたのでこれから近くの城址公園迄、歩いて来ます。まだ日暮れの時には時間がありお肌が少し焼けますが、それも健康的で又よろしいでしょう。ひぐらしの声、聞けるかな。

ウオーキングシューズも靴底が凹んでアンバイ悪いので、セッタでパタパタ、行って来ます。夕暮れの写真撮れるかな?

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2010年8月14日 (土)

久しぶりのサウナ でもゆっくりは出来ず 心臓弱ったのかな?

大阪はじっとりとまとわりつく湿気と爽やかな風が交差せず、流石の親父もへばり気味。でもどんなに苦しい思いをしても秋の爽やかな時は、そんなに遠い話ではありません。今年は最新のエアコンあるし、電気代は気になるけれど、暑い思いもカネ次第かと思えばニンマリです。嫌な親父だと思われても暑い暑いとこぼすよりマシでしょう。

久しぶりに銭湯のサウナに入りましたが、東京府中、静岡磐田のサウナに入っていた元気は既に失せ、短い間しか入れないのは何とも情けない話です。それでも逆上(のぼ)せて更衣所の座り台にあおむけになるよりはマシでしょう。裸で気分を失くして救急車に乗せられるおっちゃんを馬鹿にした事を忘れたらアカン。水風呂も潜る事は出来なくなりました。

嬉しかった事は少し体重が減りました。夏痩せは良くないと言われても肥り過ぎの腹を触るとまだまだ余裕です。今日はサウナに行く前に少し腰を廻すストレッチもやったし、お腹廻りの脂肪を落とさないと本当にアウトです。親父はその気になれば意思が固く、どんなに思いこみの事でもきっぱりとケジメをつけて来たので見てて下さい。

本当の優しさとはそんなもんでしょう。口先だけの優しさでは到底不可能な事でも、決意が挫けなければ大概の事は出来るでしょう。これまで多くの人が他人になりましたが、それでも自分の事は自分で踏み越えなければ何も前には進めません。頑張れ。そして修験道のはしくれになれ。仕事でも生き方でもそれが男の生きる道です。(オオバーな事ですね)

Img_2466 今夜のおかず。先日の麻婆豆腐の元、一袋残っていたので。九条ネギを入れ見た目は悪いが、味は言う事無し。箸で完食。

これは侮れない。豆腐を入れるだけ。結構辛いので豆腐で調整できる。一袋一丁でOKかな?ネギの風味と香りも意外に合いますよ。

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コンビニの弁当が売れ残る時

Img_2464_2 近くのコンビニ 定番の生姜焼き弁当 見た目ボリュウムたっぷりの弁当も揚げ底。味も辛い。8年前の秋、四国窪川で仮設のモノレールの仕事をしていた頃でも、コンビニで買う弁当は美味かった。腹が減っていたのだろうか?

それだけでは無かっただろう?四万十川の清流を見ながら一時の安らぎを感じていたのだろう。それとも何も思う間もなく食っていたのだろうか?

Img_2465 幾ら腹がへっていても味に煩い(うるさい)親父にそれは無い。薄味で本当の意味でボリュウム一杯の弁当に満足していたのだろう。

つい昨日の出来事の様な気がする。四万十の川は窪川の先で台地にぶつかり、大きく迂回して太平洋に流れ込む。

日本有数の清流と言われても、中流域からの流れは清流と言われるかどうか?親父が見た窪川の流れは水流が豊富で、水草に戯れながら静かに流れていた。あの川は四万十の名に相応しく(ふさわしく)多くの支流の一つだったのかもしれない。

そんな事を考えながら辛い生姜焼きのおかずを口にしながら、先週の故郷で親戚の豊美さんから頂いたお茶を100均で買ったきゅうすで煎れる(いれる)。故郷の香りがする。渋くない。久しぶりに美味しいお茶で二度と買わないだろう弁当の講釈を終わる。

一人暮らしの親父も最近はお弁当をコンビニでは買わない。理由は今日の思いと同じ。意外に不味い。その上お買い得でもない。味付けが年寄り向きでは無い。これからの年寄りは意外に元気で一人暮らしも少なくない。コンビニの商売も何時でも何処でも何でもから、お客の心を掴まなければ厳しくなる。しかし、このお店、これ程の品揃えでもお客は少なくはない。

駅に行く道、駅から目的地に行く途中のお店だからだろう。それでも流石に年寄りは少ない。親父もこの店の常連だけれど、そろそろ足を洗って出直さなければ美味しいお茶も飲めなくなるかも分からない。物が売れ難い時代。物の価値はお客が決める。大した買い物も出来ないお客の評価に媚を売る必要も無いが、廃棄処分される弁当の多さには一喜一憂しなければ生き残りは難しい。今日から明後日までお気に入りの総菜屋さんの弁当は休み。明日は如何するかな?17日仕事のお弁当屋さんもお休み。お盆ですなあ。

この記事で親父のつぶやき、666件数になりました。ここ数日お盆休みでゆっくりしながら良い暇つぶしです。退屈する事もありません。初めての記事は体調の事。左手のしびれの事を書いています。あの時MRIで体の断層写真を取り整形外科で首の骨の詰まりを診断されましたが、首のけん引も一時でした。今は幸いにもしびれもありません。

最近は足のしびれ(引きつり)が睡眠中に起きて、飛び起きる事がありますが大した事もありません。体脂肪の多さで腰回りが贅肉で悲鳴を上げています。何時も腰かけていると胡坐をかく事が難儀になっていました。体の硬さに脂肪の固まりが重なると本当に動けなくなるでしょう。冗談でなく最近は親父歩きになっています。若かった時の様には行かなくてもせめて腰回りの脂肪の塊はストレッチをして燃焼させましょう。外観は若者に負けなくても中身はボロボロになって来ました。ジャッキー、チェンの体格は無理だとしても武田鉄矢ぐらいにはならないと。今は釣りバカの浜ちゃんにも負けるかも。良い勝負かな。負けていないかも。

煙草もパチンコも止めた様に決意が挫けなければ必ず適う。もう一度腹が凹み、胴廻りの贅肉が取れた時、どんな人生が待っているのだろう?肥満の親父からマッチョな親父に為れるかな?それは無理だとしても修験道のはしくれには成れるかな?空海が笑っている。

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2010年8月13日 (金)

金曜日の13日 キリスト教徒でなくても・・・ 今夜も熱帯夜

夜になっても涼しさが無い。ねっとりとまとわりつく熱風の暑さ。今年の暑さは多くの人が異常と言われるけれど、そして大阪だけかと思いきや、そうでもないらしい。あの快適のスイスでさえも鉄路のレールが曲がり、列車転覆の事故。それでも人間の傲慢さは反省が無い。

この国の形は混迷の時を迎えている。円高で困ると大合唱を上げても如何ともし難い。この国の経済力が強いのではなく、アメリカのドルとヨーロッパのユーロの価値が下がっている。日本が出来る事はやるやる詐欺の口先介入だけ。何とも面映ゆい。イライラ何とかさんもゆっくり休む事も出来ないだろう。

それともお盆休み。親父は先週、久々のお墓参りをして来たのでゆっくりしています。今夜の夕飯です。暑くてもがっつり食っています。

Img_2462 画像では良く分からないけれど、コンビニの総菜が一杯。これで504円。難を言えばチーズ入りのハンバーグが冷たい。

レンジで温めようかと思ったが、冷たさが売り物の様でそのままいただく。味は悪くないけれど暖かくないと料理は駄目だね。

ナマスは冷たくて良いけれど・・・。

Img_2463 夏と言えばこれ。でも水を掛けて頂くそうめんは味気ない。本当に情けないのかと思いきや結構これで満足している。

このいい加減な生き方が許せないと言われていたのかもしれない。それでも完全無欠な人はいない。この揖保の糸をすすりながら何も考えずに美味いと思っている。

それで良いのだ。天才バカボンの声が聞こえる。どんなに気取った生き方をしても、大差はない。人の生き方はその程度の物でしょう。

違います?そうかもしれません。

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久しぶりのモーニング 久しぶりの手作りサンド

前のブログは難しいテーマ。それでもパソコンで「地域活性化請負」を引いて見ると、多くの項目が並んでいる。面白い事に役所のブログ、非営利の団体のもある。おかしなもんだね。これだけ多くの組織と人が地域の活性化の為に知恵を絞っているのに、結果が素晴らしいのが?何でだろう?大体、地域の活性化の取り組みを非営利で行うっておかしくない。

タダより高いものではなく役に立たない典型的な事例かも。(叱られるな)。でも一度ご覧あれ。少し見ただけでウンダリする事、間違いない。地域の活性化のキーワードは何と言っても生き残り。先人が築いて呉れた地域の発展を絶やしてはならない。後の世代に喜んで貰える地域の繁栄。その単純明快な目標すら力を合わせて勝ち取れずに、何を手にしょうとしているのだろう。空海の嘆き?が聞こえるのは親父だけかもしれない。

馬鹿な事を考えていたらお腹がすいたので、お気に入りの焼き立てパン屋のお店に出掛ける。自転車の乗り心地が悪いのでタイヤを触ると、空気が少し抜けている。さてはこの暑さにやられたかと思いきや、あんたの重みと言われている。確かに相撲取りの親父がまたがっているがそれは無かろうと思いながら、自転車屋による。お休み。盆休みか・・・。

そう思いながらその並びのサンドイッチの店を覗く。(のぞく)。マッチョの青年(10年前)視線が交差する。このお店はサンドイッチ美味しいが高い。余程の人か山登りの時でないと立ち寄る事はない。それでも今日は特別と思い自転車を降りる。オーナーの女性もいた。

久しぶりと思って良く顔を見ると細面(ほそおもて)になっている。「おや、痩せましたね。綺麗になりましたよ。」親父の世辞にまんざらでもない様子。更にたたみかける。「お肌も綺麗になり若返りましたよ。」その言葉に「どれ位」と聞き返され片手を突きだす。「まあ、嬉しい。」

幾つになってもお世辞でも嬉しい気持が良く分かる。以前は甘いトマトとバナナクリームのサンドとハムとレタスのサンドだったが、それは流石に控える。ごぼうと薄焼き卵とチーズのサンド。もう一つはトマトとレタスのサンドだった。2つで760円。それでも満足の味。パンも柔らかい。写真を取る迄もなく食ってしまう。

帰りに別の自転車屋さんで空気入れを借り、タイヤの凹みを失くす。パンパン。快適。エコですなあ。コンビニでジョージアのブラックコーヒーを買う。お店の前は放置自転車で一杯。ホンマ、マナーがなっていない。お店の敷地内なら処分されない事を知って置いている。最低。

帰ってクーラーの効いた部屋で美味いサンドとコーヒーを口にする。娘の言葉ではないがプチ幸せ。親父らしくも無い言葉を実感していた。若い女性の言葉は不快な思いが少なくないが優しい気持ちがあれば言葉も優しく聞こえるのかもしれない。

大分佐伯のセントラルシネマは無くなっていたが「思いでシネマ」。あさみ ちゆき 頑張れ。今はメジャーでは無いけれど今年の紅白間違い無し。その時は永い間見向きもしていない親父もテレビにかじりついて声援するに違いない。

10年振りのこの街で

あなたは誰かと暮らしている

ハッピーエンドの黄昏シネマ

涙がぽろりとこぼれて落ちた (作詞 田久保直見)

あなたの遠い青春の

私はきっとエキストラ

それでもいい それでもいい

同じ季節を生きた       歌。 あさみ ちゆき

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伊勢湾フェリーMBОで存続へ

経営危機に陥っていた伊勢湾フェリーがMBОで、事業存続が決まる。伊勢湾フェリーもMBОも知らない人も少なくない。親父はフェリーは一回だけ片道利用していたので知っていた。、経営悪化で廃止の憂き目と聞いていたので嬉しいニュース。しかしMBОは知らない。日本語で言えば分かるけれど、経営者がお金を出して経営に参加する事。しかし、どれくらい出したのかは分からず。(伊勢湾フェリーの株式86万4000株を一株1円で譲渡。) 三重、愛知、両県と田原市、鳥羽市の4自治体が株式の2割を負担し、当面の運営資金として2億円を助成し再建を計るとか。前途多難。何で利用価値を高めないのだろう?

地域の人、フェリーの利用者、地域の活性化、観光の利便を考えるとこのニュースは他所事(よそごと)では無い。先週、故郷に帰省したが、大分佐伯にも四国愛媛宇和島フェリーがある。この経営も定かではないが利用者は限定され採算も厳しいだろう。

もっと大きい目で見ると、この国の地方活性化は自治体の最優先課題であるが、皮肉な事にその成功例は非常に少ない。久しぶりに眼にした故郷の活性化は完全に頓挫していた。座して死を待つ。悲惨な現実の対応は市町村の合併。国からの財政支援。高速道路、地方道路の整備。その他の経済支援だった。その国の援助も厳しくなっている。生き残り策はあるのだろうか?

今、政府、行政の長が尤もらしく口にする言葉。「地方の活性化」策はその程度の物だった。間違いなく地方の限界集落は過疎の山間部だけでなく、集落、村、町、市のレベル迄進んでいる。大分の村々が一村一品運動で活性化した時から多くの歳月が流れ、佐伯の中心地は完全に過疎化していた。行政の努力は分からないが、役所の果たしてきた過疎への取り組みは地方に行けばよく分かる。観光立国?冗談も休み休みに言って貰いたい。

今この国の地方を活性化する為には政府役人、行政の指導に従わない事だろう。東京のお役人がテーブルの上で涼しい顔ををしながら考えた地域振興策は皮肉な事に、故郷の村を遠い市に合併し役場の名前を振興局にしていた。こんな悲惨な現実は全国の地方で日常茶飯事となっている事を私達は知らない。それでも関係無いと嘯くか(うそぶくか)、それも現実と肯定するのだろう。そうして地方が寂れた時、都市で生き様とする親父達は帰る処を失くすのだろう。

しかし、そんな思いは身勝手というもんだろう。伊勢湾フェリーにした処で親父が利用したのは一回だけ。このフェリーの価値は鳥羽の観光を豊橋、浜松、遠州以東、以北の人がどれだけ利用するかと伊良湖岬の観光と農業の発展だろう。伊勢湾入口をフェリーで渡る価値、それが下がれば(下がっている)このフェリーの乗車運賃は高いと評価され敬遠される。

今、正にその時だろう。利用客の激変に歯止めを掛け価値の上昇を計らなければ、いずれこの航路は廃止される。その手立てがあるのだろうか?伊良湖の岬の夕焼けと朝日の上昇は最高の観光価値があっても、フェリーに乗って鳥羽に渡る価値は既に失われている。

浜松から真っ直ぐに伸びる潮騒の道。花と緑のシーサイドコース。免許取り立ての時、どれくらい走っただろう?今でもメロンや温室の菊、海の幸は変わる事は無くても、その良さを知る人は少ない。親父が最初に伊良湖の岬を知ったのは大阪からの会社の慰安旅行。

岬の先端のホテル(今でも営業しているが当時の面影はとっくに失くしている)では南太平洋のエネルギッシュな踊りとパフォーマンス、食べきれない料理と酒が並んでいた。あの楽園の時は再び眼にする事はないだろう。名も知らぬ遠き島より流れ寄る椰子の実の伝説は今は無い。腰を振りながら笑顔を振りまいていたあの踊りはタヒチまで行かないと見れないのだろうか?今の親父の体形とは全く真逆の筋肉隆々の火の踊りも消えて久しい。

今、伊勢湾フェリーの新経営陣に臨む事、それは伊勢湾の観光と伊良湖岬の活性化、それが無ければいずれ会社は行政の支援さえ失う事だろう。関西、関東の観光客の呼び込み。政府や行政の支援を期待せず、新経営陣が背水の陣を敷いて大阪と東京で汗を流す、その他に生き残りの道はない。余計な御世話?そうかも。そうして地方の交通機関は生きる糧を失う。

今年の初め。静岡御前崎の岬の灯台に立った時、レンターカーを止めた町の駐車場のホテルが取り壊されていた。宿泊客が減り採算が取れなくなったからだろう。すぐ近くの新しかったホテルは辛うじて営業を続けていた。御前崎の海。水平線が曲がって見える地球の鼓動。そんな風光明美な処も観光客は激変していた。行政は何をしているのだろう?街おこし、村おこしを自らの手で行わずに誰に期待しているのだろう?やっても駄目?そうは思わない。

それは都会に生きる人の感覚で、地域に突き付けられている現実はそんなもんでは無い。観光客の激変?それでもこれかの年寄りは元気で金持ち。美味いもの、美しい景色、温泉、優しい人情。それだけで地域も活性化される事を行政は教えていない。

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2010年8月12日 (木)

明日からお盆休み ご苦労さんでした 墓参りも済ませたし、ゆっくりして下さい

Img_2456 みず菜を湯煎してたっぷりのトマトソース掛け

ミートソースの様に見えるけど、大好きなトマト

良く見るとミートでは無いけれど、トマトソースには見えない。味付けはトマトソースの味だけ

みず菜のシャキシャキ感を失くさない様に湯煎

Img_2458 缶詰と侮るなかれ。これで鶏肉のトマト煮を作れば専門店の味に負けないぞー。

レシピ(http//kagome.jp/sd/tsau)

缶にも印刷あり。手にとってご覧あれ。

親父も作って見るかな。

Img_2454 今日のメーンデッシュはこれ。見た目は悪いが(サイコロ目の豆腐を胡瓜でつぶしたので)味はベリーグッドでした。

これも豆腐があればすぐ出来る陳、健一の麻婆豆腐(マーボ、ドーフ)辛口。胡瓜はイケると思ったが固くてイマイチ。採り立ての柔らかさがあれば、意外に合うと思うけれど。

Img_2455 みず菜は京野菜と思っていた。このみず菜は北海道旭川産。生産者松野さん。近くのスーパー木曜の市で手にする。

サラダもイケてるでしょう。医食同源。これからの生き方は今まで以上にふてぶてしく生きる。健康で最低限度の生活。他に求めるとしたら何だろう?ナイショです。Img_2460

親父の想いが重なっている道。街道。若狭と京を結ぶ道。通称鯖(サバ)街道。若狭の海は京の台所に繋がっていた。多くの人の想いが多くの歴史を刻んだ道。親父が最初に車で走ったのは君達がまだ幼い頃、車は二代目のシビック。琵琶湖の北端を廻り込みながら右上の安曇川から朽木に入る。あの当時、この街道は整備中で旧道も走った。

あれから多くの年が流れ、多くの想いが望郷の彼方に消える。最初に走った時と今は比べ物にならない位整備されたが、この地図の下は何故かぼやけている。この峠を越えると京都大原三千院。修学旅行の穴場?秋の観光シーズンは観光客が絶える事も無い。

大原の賑わいの道を抜けると京都出町柳は遠くない。今は街道も整備されこの道を若狭から鯖を運ぶ車も少ないが昔の人はこの道が生命線だった。「京は遠ても18里」と言われ、朝若狭の海で水揚げされ、浜で塩を振られたサバは熊川迄は女性、其処からの峠越えの道は街道稼ぎと言われた男衆の健脚に託された。鯖の旨味が頂点に達する頃、翌朝には京都の人の口に入ったと言われている。

鯖寿司。魚の光物があまり得意で無かった親父も、安月給の時から大阪梅田の地下街で一本、口にして昆布の粘りと鯖の旨味、寿司飯の酢加減にニンマリとしていた。夜勤のしんどい思いもあの贅沢な味を口に出来れば帳消しになっていた。

この道は歴史的にも大きなターニングポイントを握っている。天下統一直前の織田信長が北陸攻めの時、同盟を結んでいた近江浅井長政の反乱に合い退路を断たれる。その時、この道は地元の人しか知らない山間の道だった。この道を一目散に京に逃げ帰る。そのしんがりを務めたのが秀吉と家康。信長はその後明智光秀の謀反で本能寺に死すが、秀吉が天下を手にする。そしてその死後、家康が徳川300年の土台を築く。

徳川の世は多くの繁栄と安泰をもたらすが300年は余りに長く、武士の世の終わりを決定的にしたのも徳川だった。今、大河ドラマで坂本竜馬の生き方が描かれているが、その竜馬も明治の世を見る事はなかった。結局、時代の流れは時の流れでしか無かった事を、この街道は今に伝えている。でも多くの人はその時の喜びと悲しみが一時の幻であった事さえ知る由も無い。

変わらない事は車が無ければこの道を通り抜ける事は出来ない。谷間と(谷あい)と峠道と狭い平坦な道も始点と終点の所要時間は2時間も掛らない。でも親父の目的地は朽木(くつき)。今一度の時は最近、運転をしていないので無いかもしれない。寂しいけれどそれが試練かもしれない。愛車で名神高速から琵琶湖バイパスに乗り入れた運転テクは今は見る影もない。

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2010年8月11日 (水)

お肌の曲がり角 経済の曲がり角 政治は凹んで久しい

久しぶりに関西の民報ラジオを聞いていると「近ちゃん」が怒っている。テレビやラジオでパーソナリティが政治ネタ、社会ネタをが鳴り立てる事が珍しくないが、最近、何かにつけてデカイ声で尤もらしいコメントを自己満足の様に語る話を良く聞いていると、自分は何を為すべきかの言葉が無い。世論調査の結果とかひとのコメントを引き合いに出して批判の為の批判でしか無い。そんな言葉を聞いた瞬間、速攻でチャンネルを変える。人の意見を尤もらしく語るな。あなたの意見は語るな。事実を何処まで報道が出来るか?それだけで良い。

関西でこんちゃんと言えば大村昆。そのこんちゃんも関西から全国区のお笑いのタレントとして名声と地位を占め、今は現役引退静かに余生を過ごしている。そんなこんちゃんがどうしてと思いきや、こんちゃんはこんちゃんでも近藤のこんちゃん。歳も芸歴も違う。

それでもこんちゃん。久しぶりに怒っていた。公務員の仕事の仕方、給与のお手盛り、そして天下りの税金泥棒。100歳以上の高齢者の身元確認の不誠実。そう言えば大阪では最近、幼い子供が母親に放置され餓死していた。この出来事は信じられない位の事件。

母親は離婚し、子育てを放棄していた。生活と育児に疲れた時、放置された幼い子供の悲運はこの国では行政のお役所仕事では助ける事は出来ない。子供を育てる事の親の犠牲がどれだけ大きい事か、その手助けが限られた人の限られた優しい奉仕の気持でしか支えられない子育ての貧困さ。少子化担当大臣とその組織は本当にどれだけ機能しているのだろう?この国の子供を育てる環境が優しい親の自然な思いで無くなった時、子育て支援とか言っておれないだろう。一人12000円をどんなに積み増したとしても子供を育てる環境が破壊されたらこれからも悲惨な事件は後を絶たない。国のやるべき事は無い。あなた方のやるべき事は子育ての支援をする事。他に何も無い。やっています?役人はその程度の事しか言えない。まだまだ多くも問題が山積している。お知恵をお貸し下さい。どうしてその程度の謙虚さが無いのだろう?政権が交代しても税金のばらまきでは支持される事は絶対に無い。

高齢者の身元確認。その事もこんちゃんは怒っていた。おば捨て山の昔話より悪い。戸籍上は生きている。安否は不明。どないなってまんねん。個人情報の保護。そんなもんと違いまっせ。個人情報の悪用、詐欺はアカンけど保護責任は行政には無いのか?市民課、住民サービスは何時からこんなにおかしくなったのだろう。親父も仙人になる迄の猶予はどれ位だろう。己の生き方が問われている。長い生きはするもんではない。本当の親孝行が出来なかった天罰はそんなもんでは無い。ボケたら終わりです。

P1000006 昨日、この根元の芝を刈る。植え込みの山茶花の実はもうすぐ落ちる。葉先は相当前に剪定バサミで刈りこまれ今年の暑さにやられているが枯れる事はない。

暑い夏の日差しをまともに受け乍、子孫を次の世に伝えようとしている。しかし、この大きな実が芽を出す事はない。真夏の太陽に枯れる事の無い生命力は、今年の暮れに間違いなく赤いつぼみを開かせるだろう。

親父が椿と間違えた山茶花の植え込みは、親父に人生の無常を語り掛けていた。生きとし生けるもの、盛りの時は短く、老いの時は永い。その事を知れ。

P1000005 これが綺麗に刈られた地面。ビフォー(前)とアフター(後)の対象が無いと何が何だか分からない。それでも親父は一人で満足している。地面が出るほどに刈られた芝生に、ひしゃくで打ち水をする。

熱風の中で枯れ掛けた芝生が息を吹き返している。ラジオの中でこんちゃんが汗の話をしていた。汗は水分と塩分だけが噴き出しているのではない。

体の中の老廃物も一緒に出ていると。そう言われると親父のハゲ頭。白いタオルで撫でまわして、少し力を入れて拭きとると汚れが取れる。体臭の話もしていた。

口臭と体臭。二人で生きている時は左程感じなかった。一人になって歳を重ねるにつれその事を意識する。何故だろう?言われる人がいないからだろうか?個人差があり外人は特に強いから香水をつけるとも言われる。そんな事を知らない若い人がぷんぷん匂いをまき散らすと可哀想な気もするが、今年の春、菜の花を見に播磨の海に出掛けた時、電車の中で良い香りに心が躍る。何とも言えない甘い香り。香水ではない匂い。あれは最初で最後の出会いだった気もする。こんちゃんから言われるまでも無く加齢臭は何とも寂しい。渋柿の石鹸の宣伝だったが風呂上がりの牛乳石鹸の香り、嗅ぐ事は有るのだろうか?コラコラ親父。

今夜のおかず 豚肉肩ロース、キャベツとトマト一個の炒め。ニラ一束と昨日の残り豆腐半丁、モヤシの炒め。最近ニラの炒めにハマっているが茎を5センチ位に切り先に炒め、最後に柔らかい葉先を同じく5センチ位に切り豆腐を握りつぶして炒めると最高。でも食い過ぎ。明日、汗の匂いに要チェックです。夏バテにはこれでNOプログレム(問題無し)かも?

今年の異常気象は世界的でロシアの穀倉地帯の小麦も干ばつと熱波の影響で歴史的不作とか。小麦の輸入国日本は対策は有るのだろうか?国内の消費を外国に頼るとパンも食えなくなるのだろうか?まさか。親父のお気に入りのパンや焼き立ても今は240円。300円にはなるな?今、家電メーカーの炊飯器で米を粉砕してパンが出来る商品が出ている。

これから小麦が不足しても備蓄米の有効活用が求められている。パンを米から作る。それが又美味しい。食料の安定輸入を当然の様に考えている政府も、今、真剣に備蓄米の取り崩しを考えなければならない。コスト的に合わない?其処を出来るようにする頭を使え。お役人の頭は不可能を可能にする知恵はないのだろう。

景気も役人に何かを期待しても税金の無駄使いしか出来ない。エコカー減税、エコポイント、エコ家電。今年の秋には廃止されるが何時まで税金の投入を期待するのだろう?この国の借金は900兆を越すと言われても、税金の無駄使いを止めない限り財政の健全化(国債の削減)を期待できない。こんちゃんの怒りは殆どのお間抜けには理解できないかもしれない。

昨日、円高の事をつぶやいたが多くの人は円安が望ましいと口にする。どれくらいと問われた菅総理は具体的数字を口にする。しかし、今の円の対米ドルレートは85円。9円、10%の円高。その経済的影響はボクシングで言えばダウンブロー。いずれ深刻なダメージを受けて廃業の憂き目にあうのも例外ではないかもしれない。

処がおかしいものでそうはならない。円高は間違いなく今より進むと思うけれどそうなると国内でのモノ作りは難しくなる。そうして国外での物造りは進む。それは間違いない。しかし、国内で消費される商品の多くが意外に国内で生産される。海外で作ろうとしても作れないのも少なくない。反面、輸入品は安くなる。その両方を天秤にかければ生き残りの道も見える。

今、進行中の円高は国内の生産力の強さよりアメリカ、ヨーロッパの経済の要因が起因している。アメリカもヨーロッパもこの国の経済破たんを「奢り・・・おごり」と評価したが同じ道を歩んでいる。間違いなくアメリカもヨーロッパもそして新興国も経済成長に陰りが見える。

その時、何で円が買われるのだろう?円も安定した通貨では無く何時、破たんしてもおかしくない。ドルとユーロの対円レートが過大に評価されている。その事が今、問われているのだろう。経済の活力が見えない今、少しぐらいは勉強しなければいけない。

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円高は困る?この国の成長戦略?景気の先行き不安?

今日も暑い。仕事場の外に出て少し体を動かしただけで汗が噴き出る。皆んな暑いと言いながら爽やかな冗談が出て来ないが、こんな暑さも後、どれ位かな?そんな野分けの風が吹くのはあと2月かも。長い様で短い。秋が深まると今年も残り少なくなる。

そんな事を考える間もなく、仕事を淡淡とこなしていると草刈り機を肩にしたYさんがやって来る。仕事場の前の山茶花の植え込みの廻りの芝生が伸びて来たので刈って貰う。この暑さに枯れる事無く青々としている。

暑い日差しの中、草刈りのエンジン音がうるさい。それでも見る見る内に刈られる。草刈り機も高速回転の短いロープが見事に伸びた芝を刈り取って行く。親父はその芝刈りのロープが撒き散らした芝をほうきでかき集めていた。汗が全身からほとばしる。しかし、気分は壮快。

事務所前の限られたスペースだから30分もしないで綺麗になる。写真に撮れずに残念。又、撮っときます。話を変える。朝、仕事に出掛ける電車とバスの中でぼんやりとしていると大概煩い(うるさい)のが居て気分が悪くなるので、経済新聞を手にしている。160円。

この経済新聞が又、興味を引く記事が少ない。見出しに眼をやりながら拾い読みをする程度には丁度良いが、新聞社、新聞記者の主観が入るとうんざりする。円高は困る。この国の成長戦略は?景気の先行き不安。もっと面白い記事は無いのだろうか?

経済の話は本当は面白い。力強さがあり日々変化する。その大きなうねりは親父の様な低所得者にも無関係ではないが、何故か多くの人はその知識も無い。関心が無いと開き直った所で無関心ではいられない。何故なら景気変動は意外な所で日々の収入と支出に関係している。人は何のために働くのか?経済活動とは無縁な所で生きられる人は仙人位だろう。

その仙人にも慣れない凡人が、どんなに円高は困ると額に眉を寄せても、今の勢いが止まる事は無い。円高と言われてもピンと来ない人も少なくないけれど、対ドルの為替レートが85円を抜けると80円もそう遠くない。それでは輸出企業は困ると言われているが、其処で問われるの経済の知識。企業の体力。競争力だろう。

親父達が現役の頃、経験した円高のレートも80円台だった気がするが、何も困る事は無かった。親父の会社が輸出企業では無かったからでもあるが、会社の競争力が問われるのも今迄と何も変わる事は無い。私達の生活も同じだろう。人に何かを期待すな。今、その事が問われている。

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2010年8月 9日 (月)

8月盛夏 今週から帰省ラッシュ ご苦労様です お気を付けて

P1000003 朝の体操の時、見上げた空、秋の雲になっている。

暑い暑いと汗を拭きながらブツブツ言っていると、すぐ秋が来て今は大勢の砂浜も、人影がまばらになる。

今はもう秋 誰も居ない海 知らん顔をして通り過ぎても私は知っている。海に約束した。苦しくても苦しくても死にはしないと。 トワエモア(歌手)

今更、生きるとか死ぬとか喚く(わめく)事も無いけれど、後1月もしないで、そんな秋がやって来る。今年も砂浜を歩く事は無かったけれど、墓参りが出来て満足。

Img_2440 故富永一郎(佐伯が生んだ全国区の漫画家)でも若い人の多くは知らない。佐伯城山の登り口の山門。何故か傘をさしてお迎え。

右側の頭を抱えて逃げ出している青年は誰だろう?親父はこんなに若くは無いし・・・。何故か左の御婦人は恨めしそう?

お見合いの後、登った参道は今でも変わりないかな?そんな事も知らないのと言われている。

Img_2438 城山は佐伯市民の憩いの場。上に登ると城跡がある。若い頃、大阪から帰省した夏、高校時代の彼女とデートした処。

でもその思いは若過ぎて成就する事は無かった。団子鼻の親父とイケメンの剣士では、勝負にならなかった。

親父の20前後のカルピスの片思い。しかし彼女も又、剣士と結ばれる事はなかった?

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18の春、部活の後輩と父母、弟に見送られて旅立ったホーム。

29の秋、二人の生活がスタートしたホーム。

そして今、見送る人も無い静かなホームで何も感じてはいなかった。

向かいのホームが下り。最初に凱旋したのが18の暮れ。

最後の時はまだ分からない。

今週のホームの賑わいは一時の盛夏だろう。

多くのお土産と小さな歓声が眼に浮かぶ。

親父にはその喜びも哀しみも幻想でしか無かった。

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2010年8月 8日 (日)

故郷は思いの他に近く そして優しく迎えてくれた

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故郷の川 幼き頃、夏の日の何よりの遊びは川 このずーと下流の淵で遊んでいた。小5の夏休みが終わり2学期の始業式の時、担任の先生がどれだけ黒くなったかコンテストをした時、親父ともう一人の決選になった。その時の賞品が鉛筆1ダース。先生のエコひいきで親父が手にする。理由は親父の家の方が貧乏だったから。先生の愛情だった。奥さんも綺麗で優しかった。それでも若くして亡くなる。その事を知ったのは何時頃だろう?大分後の事だった。本当に厳しかった先生。でもそんな優しい一面も持ち合わせていた。

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小6の夏 林間学級で連れて行って貰った島。そして中3の夏と高3のクラブの仲間と行った島。当時の思いが走馬灯の様に流れて行く。哀しみも喜びも幾歳月。昔々の懐かしい島。海は当時より青く南国の太陽が照りつけていた。九州。日豊海岸。イタリアの海にも負けない。

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嘘だと思うでしょう。この景色も電車の中から。この海で皆で泳いだ日々は帰らない。この海を見ながら多くの言葉を語り合った昔の思いは何故か淡淡としていた。イタリアの紺碧の海とは違うけれど親父の故郷。次の機会は保障されていない。

Img_2451 新幹線はのぞみ。700系。大阪ー小倉間2時間。何時の間にこんなに早くなったのだろう。画像も先端が切れている。それ位に早い?それに反比例で揺れが気にならない。

前(と行っても相当前)、怖いほど揺れていた車内が快適になっている。日本の鉄道の技術は見えない人の力で、支えられている。

Img_2389 これが小倉から別府迄乗ったソニック。スイスの登山鉄道とは比べ物にならないが、オシャレになっていた。でもボコボコ。ボデーが軽量化で薄いのだろう。結構早い。2時間。

この電車は次の大分まで。しかし、別府で乗り換え。次のにちりんに同じホームで乗り換え。別府は思い出の地。温泉が豊富。

Img_2401 これが最後の乗り換え。別府から佐伯まで1時間。先端の色は違うが懐かしい特急にちりん。この電車で田舎のホームの降り立つのが帰省の喜びでもあった。半年の間の大阪の苦労が報われる時でもあった。

佐伯、佐伯。長らくのご乗車お疲れ様でした。お忘れ物の無き様にお降り下さい。懐かしいアナウンスは過去の物になっていた。

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佐伯駅前。寂れて昔の賑わいの面影が無い。駅舎は建て替えられて久しいがそれでも親父が小さい頃の活況が無い。驚いた事に普通電車(親父達が通学、社会人が通勤していた)電車が朝夕の2本しかない。その他は特急が1時間に1本だけ。画像の駅舎も傾いている。

親父達が居た頃、人口4万位。今は如何なのだろう。それよりも人々の足が鉄道から車に変わったからだろう。子供達はなんで通学しているのだろう。バス?それも激変したいた。市の中心が変わったのだろう。無くなっていた。

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母校。佐伯豊南。バスの中から一瞬のスナップ。親父達が通学の頃の面影はない。商業科と家庭科があり殆どが就職していた。今は如何なのだろう。同じ市内に進学校がある。

Img_2407 お寺さんの掛け軸。和尚に言葉の意味を聞くが、深い言葉で簡単に説明が出来ない。親父なりに理解した事は寿の山はどんなに畳を重ねても築く事は出来ない。

それ程に優しい行いは簡単に出来る事ではない。この言葉はこれから親父の生き方の戒めでしょう。簡単にブチ切れる親父には難しいけれど・・・。

お墓の写真はアップできないけれど1日目は義兄と墓参りだけ。お水とお花を変えて線香とロウソク。何も語り掛ける言葉はなかったけれど久々の無礼を詫びる。暑い日差しの中、見上げると暮石が少し汚れていた。そうだよな。14年か。あっという間だけれど長かったんだよね。明日、もう壱日来るからその時タワシで擦ってやるとつぶやいていた。

Img_2423 次の日の午後、市内からバスで来る。暑い日差しの中、バスの乗客はまばら。昨日同様、一番前に座った乗客が運転手に田舎の言葉で話しかける。懐かしさの思いやりがない。

唯、煩い(うるさい)だけ。品せい?が無い。世間話を聞く程の思いも無い。懐かしい景色で心の苛立ち(いらだち)をなだめていた。

この日も快晴。暑い日差しが容赦ない。しかし、夏の暑さにはへこたれる事はない。小さい時から慣れている。夏は暑くないと稲が育たない。今年の様に暑いのも稲の病気が心配だけれど暑い方が稲の生育には良い。そう思うと暑いだとかは言えない。それでも暑い。

お寺さんは右上。メタボな体を見えない手に引かれながら坂道を登る。桜の木を見ながら春の時を想像していた。それでも一人で愛でるには余りに切ないかもしれない。お寺の広間で持ってきた弁当を開く。和尚は檀家廻り。奥さんが冷たいお茶を出してくれる。

一服する間もなく暑い日差しの中、帽子もかぶらずお墓の掃除をする。親父の墓と横に親の墓があるので段取り良く進める。最初はシャツを脱ぎ最後は上半身裸。夏の暑さが何故か心地良い。元気な時背中を流してやる事の無かったのに苦笑していた。

親の墓は思いが違っていた。一番親孝行をしていた息子が一番の親不幸。御免なさいとつぶやきながら笑っていた。本当に人の命は果敢ない。これからの人生どんなに長生きをしてもその償いの思いを忘れてはならない。

何度も何度も暮石に水を掛けながらタワシでこすっていると、奥さんが心配して見に来る。大丈夫。これ位の暑さに倒れる事はない。これ位の事では償いきれない思いが暑さの中の時間を超越していた。次は無い。そう思うと時の経つのを忘れていた。

作業が終わるとお寺の客間で少し涼しさの中で寝る。それも一時だった。バスの時間はとっくに無くなり奥さんが宿まで送って呉れる。本当にありがとうございました。

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境内の幹の枯れ掛けた老木。しかし先端にはまだまだ生命力が満ちている。親父もこの樹の様に再びの時があるのだろうか?この樹を見て足を止めたのはその事を感じたのかもしれない。人は花を見て笑い樹を見て生命の神秘を感じるのかもしれない。

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境内に凛としてそそり立つ杉の夫婦。親父が言うのもおこがましいが支え合って生きる。それが絶えた時、人の生き方は本当に哀れになる。その事を身を以って実感しても手遅れ。静かな境内の庭でその事を再確認する。次にこの杉を見る時はどんな時だろう。

Img_2432 泊まったホテル。フロントの女性は後輩。

でもこのホテルの需要はそこそこ。

ビジネスに恰好の宿かも。それでも内部のカーペットは流石にささくれていた。この交換は大変かも。余計な心配をしていた。

Img_2416 一泊の翌朝の食事。豪華 1100円 贅沢

まあ今日はお墓の掃除もするし、元気を付けないと・・・。そう思いながらニンマリしていた。

Img_2427_2 夜は質素に(これで?)海鮮丼(メニューの名前は違っていたが・・・)。前日の夜、フロントで紹介して貰った近くの小料理屋は酔っ払いが居てどもならず。(どうにもこうにもならず)。

それでも味は悪くなくまあまあ。酔っ払いも親父から説教されながら最後まで腰を上げなかった。故郷は遠きに在りて思う物かな?

この日の夜のお店も静かでは無く、マネージャーが頭を下げる。でも味は格別。文句無し。

Img_2428 大分銀行佐伯支店。

Img_2429 たわしとお花と弁当を買ったスーパー。

24時間営業とか。儲かるのかな?

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佐伯駅構内の国木田独歩碑。親父達が高校生の時から、そして夫婦の生活がスタートした時から在る。あの時義理の亡き母から言われた言葉。どんな叱り方をしても良いけど「帰れ」とは言わないで。その約束は守ったけれど先に帰してしまった。

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お寺さんの欄間(らんま)にあったイダ天走り。この体になると喘ぎながら走るのがやっとだけれどイダ天様、どうぞお守り下さい。そしてこれからも尚、生きる力を与えて下さい。今までもこれからも前を向いて歩いて行くだけです。イダ天様の様に早くは無いけれど。

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帰りの車窓。近くは景色が流れている。故郷の夏は優しく迎えてくれた。次に帰る時は元気かどうかはこれからの生き方だろう。そう思うと夏の暑さは心地良かった。ありがとう。そして又、合う日まで。故郷は本当に近くになっていた。そして活力が見えなくなっていた。実際はそれどれの人がそれどれの生き方をしながら生きているのだけれど。その想いを忘れてはならない。帰りの新幹線の中は3人掛け、隣の若夫婦の子供の相手をしながら遊んでいたのも束の間、何時の間にか寝ていた。子供が寝たからだろう。

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2010年8月 5日 (木)

九州往復割引切符 

急にお墓参りを思い立ちJTBの時刻表を買ったのが一昨日。最近は時刻表を買って目的地までの時間と費用を調べなくても、パソコンや携帯で簡単に教えてくれる。時刻表は全国各地の細かい事が乗っているが、不要な部分がほとんどで人気が無いのも当然と思いきや、そうでもないらしい。確かに前と比べて微妙に文字が大きくなり見易い。旅マニアの隠れた必勝本で人気があるとか。それでも多くの人は携帯、パソコンで必要な情報しか手にしないだろう。

親父も若い頃、帰省の時が近づくと本屋で手にして時刻を確認して、何とも言えぬ楽しみを胸に秘めていた。本当に何とも言えぬ喜びをかみしめていた。「あと何日で帰れる」。最初に大阪に出て来た時は夜行の急行高千穂。17時間掛っていた。

数年後から特急。親戚の人が国鉄に勤めていて便宜を図って呉れた。それでもあの頃の帰省の乗降客は半端では無く、数年後から体よく断られた。尤もな事で中々手に出来ない特急券は東京ドームのプラチナシート以上の価値があった。

その後どうしたのだろう?余り苦労した記憶が無い。寝台車に変わり飛行機のキャンセル待ちとなった。結婚一年目は関西汽船の2等。雑魚寝の大きな船室も若い二人には苦にはならなかった。子供が出来てからは飛行機、それからフェリー。静岡に転勤していたのだ。名古屋からの太平洋沿海フェリー。大分までの航路は今はない。

最後の家族そろっての帰省は君が中2の時。あの時が最後となる。子供たちの成長と共に帰省の交通機関は変わる。最高の贅沢は特等一部屋。船の操舵室の下の部屋。親父が最後に一人で乗ったフェリーは台風の余波で大波に揉まれていた。哀しい思いも淡淡としていた。あれから14年。今度はどんな思いで故郷の景色を眼にするのだろう?

飛行機も考えたが一人で乗るのは気が進まず、急ぐ旅でも無いので新幹線と九州内特急を乗り継いで5時間。便利になった反面、乗降客も激変している。親父達の頃は就職も進学も県外が圧倒的に多く、君達からも当たり前と言われた事がそうでは無かった。団塊の世代が汗水垂らして築き上げた経済社会は今、脆くも(もろくも)崩壊の危機に在る。否、多くの否定的な見方の中で過去の遺物でしかないのかもしれない。

結局、17時間掛けて出て来た道を5時間で帰って見る。便利になった時間と空間が情けないほどに心を引き裂かれたとしても今は、笑いながら自分に語り掛けられる気がする。どんなに便利な社会になったとしても失われた大切な人と気持ちは戻る事はない。

それでも良い それでも良い 同じ季節を生きた。あさみ ちゆきの黄昏シネマの一節が思いだされる。過ぎたるは及ばざるが如し。過去からの決別、そんな事は出来る由(よし)も無いがそろそろ穏やかな生き方を求めても良い。

交通費は27000円。これで往復特急料金と指定席券込み。安い。しかし、緑の窓口で不快な思いをする。(又かいな。いい加減にして下さい。)そういい加減に。若い担当の一方的説明に怒りの思いが込み上げる。原因は指定席が取れなかったら自由席になりますとの説明。

これっておかしくない。だって最近の自由席は名ばかりの自由。ちっとも快適でないばかりか座れない時や不快な時が少なくない。煩い(うるさい)グループ。オッサン、オバはん、ネーちゃん。料金だって違わない?そう口走る親父にその分お安いと無礼な発言。ここでブチ切れ。

窓口の担当は間違いを言っていないが、指定の希望を聞く前に、取れなかった時はと言う前に、コンピュターで確認してからでも遅くないと怒りの親父。結局指定券は取れる。当たり前だよ。お盆は一週間先。切符の予約もパソコンで出来るようにしないと駄目。何故か窓口で切符を求める人が多い。新幹線と在来線の切符の予約、未だ簡単ではないの?

便利なシステムは出来ても使いこなすサービスは簡単ではないのだろう。帰りは日曜日。お墓の前で多くを語るには未だ日差しがきつい。静かな御堂の前でゆっくり和尚と話が出来るだろうか?行って来ます。帰ったら又、写真とつぶやき(ぼやき)見て下さい。

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2010年8月 4日 (水)

ミーちゃん お土産ありがとう 

P1000469_2 ミーちゃんからのお土産。暫く朝の体操時に元気な顔を見せてくれなかったが、ママの田舎島根境港に帰っていたとか。お土産を買って来て呉れた。どじょう掬い(すくい)まんじゅう。4個入りだが気持が嬉しい。

未だ年中さんだけれど、この優しい気持ち何時迄も持ち続けて下さい。(無理だな) でも子供達の気持、本当に大人たちが大事にしてやれるなら、何時までも変わらないに違いない。最近、嫌なニュースも少なくないがこんな優しい子供もいる。

P1000468_2 青い空、白い雲。枝先が枯れている桜木に蝉がとまり、勢いよく盛夏を告げている。残念ながらこの画像からは蝉君の位置を確認できない。眼では見えたけどね。

桜の枝先は枯れているけれど、この暑さの中に精一杯の幹を伸ばし、桜葉を広げている。この様子だと来年の開花は大丈夫かもしれない。

この暑さの中で力を蓄え来年の春、又、美しい花びらを拡げて(ひろげて)下さい。空の澄み切った夏の日差しに何故か秋を感じる。それでも空気は暑い。熱波。

P1000467 花木蓮(もくれん)?青々とした木々の緑は一片の陰りも無く、盛夏の焼けつく日差しに負けて居ない。これ程の瑞々しさ(みずみずしさ)は若さのほとばしりだろうか?

青春とは一転の陰りも無く、雄々しく空に向かってこの若木の様に羽を広げる事だろう。疑念や薄汚い汚れも無く唯、無垢の儘、静かに密やかに盛夏の時を戯れる。

この歳になり脂肪のまわしを背中に迄、付ける様になったらお終いです。背中の筋肉に手を廻すと脂肪の多さに愕然(がくぜん)とする。私を見てと若葉に笑われている。

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今夜のおかずは八宝菜。でも自慢は出来ず。キャベツ2分のイチを入れただけ。味も具も決まっている。これだけの物が簡単に出来るとシェフの出番はなくなるね。それでも八宝菜は難しい料理だけれど・・・。中華の親分にはそう簡単には勝てないよ。

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これも既製品。手作りでは無い。見かけは美味そう。実際は駄目。瑞瑞しさ(みずみずしさ)が無い。サラダは新鮮な野菜で手作りしないと駄目。サラダだけでは無いかもしれない。

少し難しい話になるが景気の先行き見通しは良くない。多くのエコノミスト(経済解説者)はそうコメントする。この国の経済が世界でナンバーワンだった頃、多くの人が明るい未来を信じて疑う事を知らなかった。その時が今から約20年前。その後、何度かの経済危機を乗り越えて現在がある。現在のこの国の経済的評価は高くない。それでも円の価値は下がらない。

多くの人達に直接関係の無い円の価値。その円の対ドル、対ユーロの価格が今日のこの国の経済を大きく左右している。円の対ドル、対ユーロの価格はドルとユーロの価格下落の結果であり円の価値が上がっている訳ではない。ドル、ユーロの価格が下がるから円の交換レートが上がる。何とも皮肉な現象であるがこの傾向はしばらく進む。

親父の個人的見解は(そんな事は如何でも良いが・・・)現在の対ドル価格85円からまだまだ買い進まれると思う。根拠はドルとユーロの価値が下がるから。経済も金融も圧倒的力を持ち、世界の経済と金融市場を左右すると言われるアメリカの経済界が変化している。

アメリカはアメリカンドリームと多くの国々から一目置かれていた。それは今でも変わらない。その象徴的存在が世界の警察と言われるアメリカの軍事力だろう。アメリカがベトナム戦争の教訓を生かせず今日も尚、テロとの戦いを続けられるのも、それだけの豊かな国力の裏付けが有るからだろう。しかし、流石にそのアメリカにも何時迄もそんな浪費は出来ない。

お金が経済で稼げなくなったのは価格と品質、コスト競争に負けてから。それからは金融の力で国に富を結集していた。その栄光も一昨年の金融危機で一気に叩きのめされる。あれから1年と半年。実質的にはもうすぐ2年。表面的には元どうりに迄回復し危機は克服されたかに見える。でもそうでは無かった事が最近分かって来た。

元通りのレベルにまで回復したのは政府のテコ入れを受けた一部の銀行と大手の企業。彼らと同様、それ以上の打撃を受けた個人レベルの生活は大きく様変わりをしつつある。それはこの国も同様。借金をしてローンを組んでそれで家を買い、大きな買い物、日常の買い物をする生活を改め始めている。身の丈に合った生活。返済の為の返済の借金生活を改めた時、アメリカの消費は大きく規模が小さくなる。その潮流の変化を今、やっと賢い人達が気付き始めたのだろ。そうなるとアメリカの消費を一時事的では無い低迷の時を迎える。

アメリカの経済がそうなると日本の受ける打撃も小さくない。その落ち込みを見越して今、多くの経営者は中国の成長に期待する。しかし、この国は本当にこれからも今迄同様の成長を続けられるのだろか?中国産のウナギが国産の半額でも売れない様に信用のメッキは簡単にはげ落ちる。この国の信用はそれ程に高いのだろうか?

この国の経営者達が共産主義の政治体制を徹底的に排除しょうとした歴史はこの国でも古くない。今は中国の政治体制は様変わりしたとしても国の在りかたに変わりはない。天安門の歴史を知らない人も少なくないが自由で民主主義の国で無い事には変わりはない。

親父が何と言ったとしても中国がこれからの大きな経済体制の中で大国となる事は間違いない。それでも自分達は発展途上の国であり、温暖化対策の義務は先進国から始めるべきだと公然と口にする国に、本当に信頼される未来はあるのだろうか?そうは思わない。結論的に答えを導けば暫くは混迷の時を重ねるだろう。円は対ドル80円に限りなく接近するかも。

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2010年8月 3日 (火)

暑さは最高潮 ひと雨も焼け石に水 まとまった雨も蒸し暑さのみを残す熱帯夜 

Img_2374 冷凍えびドリア、2個入り。498円それだけの価値あんのか?そんな思いで一個チンする。チン出来上がり。片手で何気なく持ちあげた時三分の一がずり落ちる。舐めたらアカン。

味は悪くない。一袋2個でなく1個で量を多くする。値段は398円。それが当りだと思うけれど如何だろう明治さん。

Img_2376 ドリアは食った事無かったご飯のオジヤ?十勝ゴーダチーズを探す。(恥ずかしい)。それ程にチーズの痕跡なし。チーズの汁味。

こうして見るとデカイが実際はデカクない。小振りのお弁当箱ぐらいの大きさ1個で良いのでは・・・。

Img_2377 お気に入りの木綿豆腐に山形の出し(漬物の刻み?)を乗せている。豆腐の甘みとうまく味が馴染んでいる。一度お試しあれ。

食べ物はそれなりの工夫をすれば、それなりの感動に出会う事が出来る。食は文化とも言われるが親父にとっては命そのものかもしれない。

Img_2378 このあげもお気に入りの物。たかが揚げ、されど揚げ。これは京味?

Img_2379 この食材は先日の残り。コンニャクもこれだけでも充分美味い。最近マヨネーズにハマっている。掛り付けの内科医はお薦め出来ないと言われるが、たまには良いでしょう。てか。

揚げさんもそう言っている。今夜はこのほかにキュウリの浅漬け2本頂きました。今週はお仕事後2日。金曜日帰省するかも。時刻表買って来ました。

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2010年8月 2日 (月)

盆くらい 墓参りに帰ろう

P1000458 大きな松ぼっくりが出来ている。運良く生き伸びた松の新芽はこんなに大きくなっている。でもこれは本当に例外。多くの新芽が虫の犠牲となる。でもその虫も消毒され中に食い込んでいた者も、ほじくりだされてあえない最後となる。生きとし生けるもの生存競争は厳しい。それだけでなく人間様の思惑も加わり、力関係だけでは生き残れない。強い者が弱い者を食い物にする。それも必然だけれどそれだけではない事を多くのガキは知らない。

ガキだけでなく多くの年を重ねた人も例外ではない。綺麗事では生きて行けない事をこの松ぼっくりは証明している。人間万事塞翁が馬。その言葉の意味を実感する。

P1000460 これは又穏やかな。山茶花のデカイ実。この実しょうが落ちて芽が出るのだろうか?

P1000461 今月の言葉。そうだよね。でも親父の花は咲くのだろうか?無理だな。しょぼーん。そう盆だな。

P1000459 枯れた松の先端を剪定(せんてい)。元気になるかな?

P1000463 暑い。熱波。室内の温度34度。温度計を外に出して見るとげー40℃を越している。嘘でしょう。嘘です。どっちゃねん。直射日光は40度を越している。熱中症で倒れる人が他人事でない事が良く分かる。この日差しの中で仕事をしていた日の思いを忘れたらアカン。日陰を探して隠れて居た気がする。それでも真っ黒に日焼けしていた。

暑い暑い日差しの中で多くの英霊が尊い命を贖って(あがなって)手にした平和も何時までも続く保証はない。戦争の悲惨さを知らない世代が多くの事を平然と語る時が当たり前になっても広島、長崎の日は消える事が無い。

P1000464 グレープジュース。自販機で買ってそんなに振り回していないのに泡が顔の様に見える。(見えない?)ウエルチの宣伝人形になりそう。(笑い)。カルピスのグレープ濃縮還元100%。ポリフェノールがいっぱいの宣伝につられる。(眼に良さそう…アホか)

眼は年の割には眼力(めじから)があり、今の処大丈夫。眼は意外に脆い(もろい)。歯も同じ。耳も鼻も舌も。人の体の神秘はお医者様でも分からない。

毎日、発信される健康のシグナルを見落とすな。

今月前半の勤務表を見ているとお盆休み(13~16)の前に一日休みがある。この日は奇しくも君と休みを確約できなかった日。今迄一人で帰省したのは独身の時と3回忌の時だけ。あれからずーと墓参りに帰る事も無く、気にもならなかった。

今年もその気に全くならなかったけれどお寺様に帰るか。いずれ親父も入るお墓の掃除もしなければならない。未だ来るなと言っていた人もお墓参り位なら許してくれるかもしれない。お墓の前で涙する事も無かったが今年はそうは行かないかもしれない。(笑っている)

寅さんのドラマも北の国からのドラマも見れなくなったけれど、それは親父も変わりない。皆歳を取った。これからはどれだけ元気に生きれるかの勝負だろう。

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2010年8月 1日 (日)

夏の日の遠い思い出 湧き上がる入道雲の下で見た風景

日曜日の朝、久しぶりに早起きする。何時?内緒。これまでの起床後の寸分違わぬ行動は先ずベッドに腰掛け耳かき?それからトイレで用を済ませて顔を洗い、又ベッドに腰を掛けてお決まりのテレビと一方通行の会話(一人ごとか・・・、つぶやきか・)をしながらトースターでパンを焼きインスタントのコーヒーを飲んでいた。

そのお決まりの行動が最近何故か変わる。先ずテレビを見ない。耳かきをしながら(それは変わらんのか)ぼんやりとしている。唯、ぼんやりとしているのではない。我ながら賢いと思うのは体調と今日一日の行動をチェックしている。家族で生活していた時には考えられなかった事。今日は腰回りの贅肉(脂肪のバンド)を弄りながら(まさぐる…お分かりか)シェイプアップの方法を考えている。

少し前までは御婦人の体型を整える下着を笑っていた自分が、正にそのコマーシャルの男性版になっている。仕事場の大先輩を見てもこの歳になって関取顔負けのアンコは様にならない。「よっしゃ、プールで泳ぐか」と一念発起して近くの体育館のプールに行ったのは数年前だった気がするが長くは続かなかった。夏休み、ガキで一杯になったのを口実に行かなくなった。それだけで無く最近、近くの山にもおっくうで行っていない。それではアカンよな。

そんな事を考えながらテレビは見ずに音楽を聴く。あさみ ちゆきのお気に入り「思いでシネマ」何度も何度も繰り返し聞いて居ると覚えそうな気がするが其処までは行かない。

昨日、5年前の6月、君と言った先島諸島(石垣、西表、波照間、竹富)の海岸で君が買ったゴムのスリッパを失敬して家でも敵の様履いていたが、その踵がすり減って買い替える。とl言っても500円。サイズ大きめの足の負荷の掛らないゆったりめにしたが駄目。スカスカ。

その雪駄(せった)をパタパタさせながら、やっとの思いで近くのコンビニで経済紙とスポーツ紙、それとお気に入りのお茶(エルビーのお茶)、ヤマザキの高級?つぶあんを買う。このパンは生活が困窮した時「うまい」と思って感動したパン。今はそうでもないけど・・・。不味くはない。心に迷い起こらば困窮したる時を思い起こすべし…家康遺訓。

あの時の波照間のサンゴと砂の遠浅の海。親父は砂浜の木陰でぼんやりと沖合を眺めていた。沖に向かってどんどん歩いて行く君を見ながら突然、後を追いかける。子供の頃、静岡天竜川の近くの河口で波にさらわれそうになった姿がダブったのだろう。親バカだった。

あれは初夏の時。それでも砂浜近くの窪地では若い男女が歓声を上げながら泳いでいた。あの海は今は湧き上がる入道雲の下で歓声があがっているのだろうか?このトドの様な体型になってもあの空の下で,行く夏を体感しなければならない.。まあ、幾つになっても夏の海は心が騒ぐ。そんな事を考えながら経済紙に目を通すと同じ事を考えている小説家(女性)がいる。

親父も今よりはもっと若い頃感じた様な表現をしている。「海は広いな大きいな。行ってみたいなよその国」昔の人はそんな憧れを感じたかもしれないが、親父の場合、プライベートビーチ、パラソルの下で折りたたみの長椅子に、体を伸ばしながら青い海と白い砂浜を見る。

新聞のコラムの小説家小池さんは「海に行こうよ」と言いながら、明日から西伊豆に海水浴とか。「水着からはみ出る肉を隠しながら容赦の無い紫外線に、ああ、しみ、そばかすと心の中で泣くいう、優雅とはほど遠い、海辺の日々」であっても一人で何時かは海を見つめたいと表現されているが、多くは謙遜であってもその気持ちは親父も変わらない。

親父の暑い夏は長い間天竜川の支流気田(けた)川の水遊びだったが、最近の夏は汗をかくのが関の山で海も川も見る事はない。それでも何の不足も無いけれど海を見ながらヤシの実の歌を歌える時は有るのだろうか?(親父、何時でも行けるよ。伊良湖岬位は)

あの岬の先端で海を見ていたのも遠い昔の話。「名も知らぬ遠き島より流れ寄る椰子の実一つ」あの灯台の手前の売店で焼きイカを食ったのは親父がまだ独身だった時の様な気がする。ヤシの実の歌の最後は「いずれの日にか国に帰らん」。この歌の作詞をした島崎藤村も同じ思いだったのだろうか?親父にはその前の「思いやる八重の潮路よ」の言葉がぴったりかもしれない。暫くは潮路を彷徨い(さまよい)ながらそれどれの海を見るのだろう。

Img_2373 お昼はメインストリートの向かい側に在るローソンのコンビニでネギチャーシュー。こだわりのちじれ麺の帯掛けに騙される。

不味くはないが美味くも無い。これで435円。親父の評価は235円。おにぎりも九州味わいの文句につられる。3個入り少し小さい。

味は良いがこれも360円は高い。親父価格240円。コンビニは便利だけれど高いと言われるのが分かる。四国窪川の現場で食ったコンビニの弁当も高かったのかな? でもあの弁当お腹が空いて美味かったな。

Img_2351 夜はお気に入りの木綿豆腐の冷ややっこ、程さんの焼きそばと決めていたが、ナイターを見ていて買い物のタイミングを逃す。

結局買い置きのレトルトとキュウリのキューちゃん、チンするサトウのごはん。(哀れやのう)ちっとも。こんな生活にもすっかり慣れている。

貧すれば貪す(どんす)と言われるけれど、人間の対応力は驚く程に抵抗が無い。尤も人による差は有るだろうが・・・。親父の場合、この摂理の無さは如何見られるのだろう?

そんな事を全く気にしていない。

それでも最近、腹だけでなく左右のわき腹の「はみ肉」が背中の方に廻り込み、筋肉を侵略している。そう脂肪軍団の力は衰えを自覚し始めた筋肉組織を圧倒的勢いで覆い始めている。今迄感じなかった脂肪の厚みが脇腹は既に越え、背筋の筋肉を取り込んでいる。

最近、固い体が更に固くなり太極拳のポーズがぎこちない。人間の体はどんなに硬くても手足を伸縮させるだけで呼吸を整える事が出来る。空海の真言密教の教えは今生、今を如何生きるを問うている。人の生き方は様々であっても如何生きるかを問われた時、その答えを明確に答える人は宗教の信者だけではならない。食い物にはそんな重みもある。

能書きを立て板に水の様に語れる人でもその生き方を問われた時、しどろもどろになるのはごく普通の事である。「何もしないで取り澄ましている人間より、何かをしてそして汗を流す人間の方がどれだけマシだか分からない。」 守谷語録。あの先生、今頃どうしているだろう。

そんな事を考えながら久しぶりにストレッチの真似事をする。体の筋肉が本当に硬くなり柔軟さが衰えている。体を柔らかくすれば筋肉の衰えは止まる。腹筋が無くなり背筋が衰えれば健康で爽やかな生き方は出来ない。わき腹の脂肪の厚みが今の半分になった時、間違いなく健康な体となるに違いない。お風呂に行って来ます。

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