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2010年7月

2010年7月31日 (土)

今夜のお食事 明日から盛夏8月の時 今日、眼医者で定期診断

Img_2370 寿司やー。鮨では無いけれど小振りだけれどすしの味はする。一人での侘しい食事にもすっかり慣れる。親しい人と語らいの中で美味い食事をするのも悪くないが、誰に気兼ねする事も無くこれ位の寿司を口にするのも悪くない。

これに美味い赤だしの味噌汁があれば充分。

Img_2372 カット野菜と細切れ豚肉で野菜炒めを作る。豚肉がぱさぱさで野菜もお付き合いをしている。シャキシャキ感が無い。不味い。それでももう一盛完食。食い過ぎ。左のプラムオ大玉これももう一玉。プラムは美味い。1玉250円なら当然か。久々にニンマリ。お試しあれ。

定例の眼医者の検診。異常無し。視力も眼圧も変わり無し。唯、眼底の血管の端に白い斑点あり。血管内の血液にサラサラ感が無い?これからの課題は血液の改善?肥り過ぎの恐ろしさはこんな所にも在る。動脈の破裂は生命の断絶、眼底の出血は失明に繋がる。

メタボな親父が何とか元気でいられるのは血管が予想外に丈夫とか。血管の強さは生まれつきとか。これ程の不健康な生き方を支えて呉れる血管に、何時迄も負荷を掛けてはいけない。多くの人は他人の不健康は口に出来ても己の不健康は知らない。そんなもんだろう。

人は人。自分は自分。己の至らなさを知れ。そうすれば少しは長く生きられるかもしれない。それでもこれからの人生は重荷を置いて生きて行きたい。家康の教えとは違うけれど。徳川300年の眠りはこの国の島国ゆえの奇跡。その代償は家康でも償えず。徳川の安泰はこの国の安泰とはならなかった。家康にとっての最大の関心事は御家安泰に過ぎなかったのだろう。この国の不幸はこの時始まっていたのかもしれない。青年に信長、秀吉、家康の誰が好きかと問われた時、「誰も」としか答え様が無かった。その不幸は今も続いているのだろう。

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蝉しぐれ ひぐらし、そしてミイミイ蝉 今年の夏は長い?

P1000456_2 暑い日が続いている。暑い暑いと言っている間に涼しくなるのは9月になってからだろう。それでも暦の上では来週末が立秋、下旬が処暑。季節は間違いなく進んでも、お馬鹿な人間様はそんな事も知る由も無い。

勤務先の大事な松の枝先が枯れている。松喰い虫を心配したがよく観察して見ると葉先だけ。その部分に芽がある。

それが喰われている。何と言う虫だろう。食ったその部分だけが枯れ、その元はしっかりしている。虫は柔らかい美味い部分を食って、別の枝に移っている?

枯れた部分に緑が戻る事はない。消毒が済んで虫を駆除したら、この葉先を切り落とすしかない。松の葉先と虫のせめぎ合い。葉先を食わせて枝を守る。

虫もそれ以上の被害を樹に与えない。松くい虫とは違う共存共栄?自然界の営みに人間界の愚かさを教えられる。

P1000455_2 この大木の親父の大好きな大木。親父が大阪に出て来た頃にこの地に移植されているが、樹齢はどれ位だろう。

苔むしたその先を見上げると青い空が見える。残念ながらその形は♡マークにはならないけれど、それも何かの暗示だろうか?(そうです。年相応の生き方をして下さい。ってか?そう、年相応に・・・)

それでもこのアングルで♡マークになれば親父もカメラマンに慣れるかも(笑い)この大木にもようやく夏の暑さが照りつけている。

それでもこの生命力。♡マークを無視しても若葉、青葉の多くの葉っぱは生い茂る。この幹の若さは何を教えているのだろう?

誰にも見向きもされなくても、今年も盛夏の時を静かに蝉しぐれを受け止めている。この樹の根元で成長する幼虫は既に来年の夏の準備をしているのだろうか?

実はこの2枚の写真。携帯の画像。何故かパソコン画面ではこの縦型が横になっていた。お分かりかな?この画面、上(天)が右に倒れて横長になっていた。それではおかしいので直そうとしたが出来なかった。原因は親父が携帯の画面の解像度を上げた(スーパーファイン)事。その事を昨夜、ドコモショップで説明したが何処を如何したのか説明しないと分からなかった。結果的に今朝一番で出直したが原因が分かる。原因が分かれば其処を直せば良い。

しかし、君から良く言われる「分からなければ説明書を読んで下さい」その事をやらない親父はパソコンの不具合はコールセンター、携帯は近くのショップ、デジカメは連絡先が分からないので自分で説明書を見ながらいじくりまわす。そして偶然元に戻すのが関の山。大概はそのまま使い続けるか、投げ出す。

今朝は昨夜対応をしてくれた担当者は休みだったが、責任者に状況を話していたので同じ話を繰り返す事も無く、親父も昨夜パソコンに画像を写しながら原因を探っていたので話は早かった。それでも携帯のカメラ機能は想像以上だった。

親父がカメラの機能ボタンを触って設定を変えた部分を明確にして、元に戻す。デジカメの設定と同じだった。カメラでどんなに鮮明な画像で記録してもそれが自分のパソコンに表示できるとは限らない。出来たとしても自分のブログの画像表示の容量を越えていたら、それも出来ない。(エラーとなる)。綺麗な画像をブログにアップしょうとするならば、デジカメ、携帯だけでなくブログの記憶容量を変えなければいけないな事を再確認する。

この程度の事は分かっていた。大分ブログが出来るようになったし、久しぶりにパソコン教室の先生のレッスン受けるかな。1.5時間6000円。高いかな?安いかな?それも決めるのも自分次第。皆に色々批判されても価値は人が決める事では無い。(ならば聞くな)。ごもっともです。自分でその価値を実感出来ればそれで満足出来る。

ブログの記憶容量をレベルアップするとスイスの旅、君のメモリーで公開していない画像も載せられるかもしれない?かな? この年になっても携帯とパソコンの融合?上手な使い方が学習出来ました。ついでに携帯の料金設定の見直し、パケ(インターネット回線)割引サービスをする。

携帯も本日限りのセールがあってその気になるが、今日は止める。今イチ分からない処あり今、物が売れない時代とか言われるがそうではない。買いたい物が無いとも言われるがそうでもない。バブルの時代の様に右から左に収入が無いから、辛抱できる物は買わないだけ。

買いたくても買えないのが実態だろう。消費が伸びなければ景気は低迷する。景気が低迷すれば企業業績も伸びないので海外(とくに中国)が注目される。企業の海外進出。国内の更なる景気低迷。これは日本だけの問題では無い。ヨーロッパでは国の財政迄おかしくなり多くの国が深刻な経済危機に見舞われている。軍事大国、経済大国アメリカも例外ではない。

今、ヨーロッパはバカンスの時。このクソ暑い(失礼)時、日本人の様に汗水垂らして働く学習を彼等は出来るのだろうか?そうは思わない。勤勉で貧しさの中で豊かさを追い求めたこの国の奇跡は彼等にとって東洋人のお間抜け位にしか考えられないのかも。それ以上に無知かもしれない。その中で国土が廃墟の中から現代の繁栄を築いたドイツの人達は今、何を感じているのだろう?ドイツは遠いけれどその事も学習して見ると面白いかも知らない。

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2010年7月30日 (金)

一週間お疲れさん 先月は天国を見て今月は良く頑張ったね

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独身と新婚の時は花金。今は如何なんだろう?毎日が日曜日の時が長かったから本当の花金の喜びも忘れてしまったのだろうか?イヤイヤそうではないでしょう。良く考えてもみなさい。花金と言ってもせいぜい食い物の喜びか、スケベ心の開放位が関の山だったくせに。

そう言われて見ると返す言葉も無い。悔しいけれど。歳を重ねるとはそういう事なのだろうか?この豪華な?食事もスーパーの総菜では親父の作る料理に勝てない?全てまずくはないが美味くも無い。美味しい物は心を込めて喜びが無ければ口に出来ない。

これからこの国も年寄りが多くなる。所得の水準も下がる。福祉だ医療だ年金だと言われても未納者、滞納者、払えなくなる人は増え、貰う人も多くなる。子育て支援、エコ支援、景気対策、地域の活性化、多くの事が声高に叫ばれ国の財政は借金まみれになっている。

スーパーに行けば食べきれないほどの物を買い、それでも美味くないと言われた日には喜びの明日はない。今年余りに暑くて天然クーラーを諦め窓用のエアコン取りつけても、それ位の事が分からなければ、バラ色の明日はない。(分かっていますよ。それ位の事は・・・)

今月は平日殆どフルタイムで働いた。先月のまとまった休みを除いて一月の仕事日は13~14が平均だったので本当に疲れた。それでも元気で働ける。その事に感謝すれば文句は言えない。生きる事は何だと問われた時、希望と自己満足とあとは好きな事が出来る余裕。そう答える様になってきた。

今日、28の若者に「今までの生き方に点数を付けるといくら」と聞かれる。間髪を入れずに答える「30点」。流石に奴は絶句していた。何で?そう言いたかったのだろうか?親父の人生はあの時から止まっている。それなのに年ばかりを重ねて生き延びている。それでも最近その時計がようやく動き始めている。音も無く静かにそうして少しずつ空回りを気にしながら。

若者に「歴史に学べ、些細な事に不快の思いを重ねるな」と能書きをこいでいる。名前しか知らないくそ生意気な青年に多くを語ったとしても、分かっては貰えない。そんなもんだろう。何かを手にする前にどれだけ多くの間違いを重ねただろう。しかし、青年は笑っていた。

そうだよ。どんなに自分を責めた処でその環境は何も変わらない。相手に何かを求める前に自分が変われ。それが出来ないから不平、不満が多くなる。親父の人生の採点が30点だとしても、それは今の自己評価。一年先は分からない。生きているかさえも。そう考えると心が晴れる。選択と蓄積。この言葉の意味を多くの人は知らない。それが分かれば人生は変わる。

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2010年7月29日 (木)

選択と集中 先見の明

Img_2364 大好きなトマト。安くてうまい。田舎暮らしのおかずはこれに卵とナスの糠漬けがあれば最高かも?それでも贅沢な親父はきっと魚と肉を所望するに違いない。キュウリの浅漬け。

食前に食ってしまう。キュウリもトマトも当り外れは有るけれど、産地を選べば納得出来る。漬物は会社を信用するしかない。

Img_2366 昨日の焼きそば1玉残り。キャベツ4分の1を千切りにして懲りない焼きそば。好きですなあ。同じような物を食っても文句は言えない。

こんな物で満足出来るのなら、何で文句を言っていたのと笑われている。でも味付けは親父の方が上手いかも?オイオイ、トマト手前の塩?これは海水のみを使用した瀬戸の本塩。

血圧上がりまっせ。(下がっています)。

Img_2367 キャベツが残ったのでポークあらびきウインナーと汁にする。生姜をすり下ろし、ダシはシマヤのいりこだしスティック。これにうすくち醤油を落とせばいい味しています。卵を落とせば最高。

今日は食い過ぎになるので止めときます。ご飯は無し。お気に入りの4つ切りトーストパン焼かずに1枚。(それだけ柔らかい)

Img_2368 二杯目いきました?それはなんぼ何でも食い過ぎ。それだけ食っていたら飯は食わなくてもカロリー取り過ぎ。それで横になったらアウト。

そうアウトです。最近足首の脂肪に靴下が喰い込んでいる。ずり落ちるのが嫌でしっかりしたゴムの強いのは跡が残る。凹んでいる。

脛(すね)ノミが喰っても3年痛いと言われる皮と骨の間にも脂肪が付いて指で押さえると凹む。そうだろうなあー。長くはないな。お迎えが・・・。

平均寿命が延びたとしてもこんな食生活をしていたら言われるまでも無い。それでもどんなに長生きをしたとしても達者でなければ駄目だろう。この間、国民健康保険料の通知が無いまま年金から天引きされる。問い合わせをして見ると法律で65歳以上はそうなると言われる。

どんなに若いつもりでもあんたは前期高齢者。国民健康保険料は天引きさせて頂きますと言われている。しっかり年金貰って元気に働ける人はそれで文句はないだろうってか?今までもそうだったがこれからはそれ以上に元気でなければいけない。その事を今、痛感している

Img_1826 スイスZurichの税関で親父が怒られ、怒りが内心ふつふつとしていた頃。Zurichセンター駅で軽食をゲットして落ち着いた頃。

このトンネルを抜けると少し市街地を見てZurich湖、バーレン湖添いの鉄路を走る。スイスらしい高級リゾート。アホやのう。

もう一度、スイスの旅をする事はないと思うが、今度は親父が奥飛騨の旅を接待しなければならない。その為には元気で体力をオーバーホールしないとピースサインは出せないだろう。これからの社会人に求められる事、それは選択と蓄積。そう、企業に求められている事と大差はない。それでも集中と蓄積は大違い。ピースの気持を忘れるな。親父はまだまだやりまっせ。先見の明は学習する心です。学ぶ心が失せた時、本当にお迎えの時です。

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車窓から一生懸命にハイジの村を探していた。何処までも続く牧草地。ハイジは心の中に生き続けています。この時はまだ雨上がりの時で雲が多く前途多難。それでも前に進めば道は開ける。この景色がその事を教えて呉れていた。

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2010年7月28日 (水)

ミミクリ プラットホーム なんじゃそりゃあ

訳の分からん横文字が多い。常識の在る親父でこれだから一般人では分からんじゃろ。ミミクリとは生き物のマネをした賢い、効率的な製品?よう分からん。それでも物造りの最前線は生き物の無駄の無い流れる動きをどれだけ生かせるかと言われる。親父達が汗水垂らして作り上げた大量生産の物造りから、他が真似の出来ない物造り。それが求められて久しい。言うは易し、行うは難しとは正にこの事だろう。

それが出来なければ安売り競争に巻き込まれるか、物造りを国外でするしかない。長い間この国は(Japan as №One)と経済は一流と一目置かれた。それが今は如何だろう?中国を言うまでも無く台湾、韓国にも追い上げられ、厳しい競争にさらされている。

それでも圧倒的に負けない分野もある。この国の物造りは本当に素晴らしい。パートのおばちゃんが改善活動をしていたのは最近の事では無く、現場のラインは正社員ではない。それでもコストが中国、台湾、韓国 その他のアジアの国に負けるのは物造りの選別が無いからだろう。桃栗三年、柿八年は果樹の事。物造りの勝者はミミクリ、オンリーワンだろう。?

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今夜は土用の丑の日にウナギが喰えなかったので、焼き肉と決めていた。久しぶりに肉。肉と言えば当然牛肉。最近お一人様で焼き肉を食いに行く事も無く、侘しい食事を重ねていた。スタミナをつけるには肉に限る。美味い肉を最近、食っていない。

気合を入れて買い出しに行くがスーパーの肉売り場は陳列が寂しい。宮崎口蹄疫の影響で仕入れが少ないのか、高い肉は敬遠されるのか、旨そうな牛肉がない。仕方なく豚。こちらは生姜焼き用のモモ肉。新鮮で美味そう。値段は当然安い。如何だ。親父の腕前。

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もう一品は焼きそば。最近焼きそばにハマっているがこの麺はむしているので、あんかけ風少しどろりとしているが、それが又よろしい。(コラコラ、自画自賛)。見た目は良くないがお試しあれ。麺は程さんの中華風焼きそばです。

プラットホーム。見知らぬ人が見知らぬままに行き過ぎるのでなく、引き合わせる場作り。それがこれからの新しいビジネスモデル?とか。いろいろ賢い人は考えるが殆どは関係ない。それでも工夫の無い処には新しいものは生まれないだろう。料理も同じ事が言えるかもしれない。

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2010年7月27日 (火)

暑い暑い、もひとつおまけに暑い それでも明日は久しぶりの雨?

Img_2355 四国伊予産のチクワ。イワシ入り。5㎜幅に切って玉ねぎスライス。マヨネーズで和えるとビールがすすむ。このチクワ最高。玉ねぎは古くて駄目。このまま食らう。(昨日のオカズ)

余りに美味かったので今日も買おうと思ったが売り切れ。残念。

Img_2358 そのかわり宮城塩釜産玉ねぎ天とごぼうと豆のサラダ。これも絶品と言いたいけれど、玉ねぎ天は今イチ。まずくはないけれど・・・。

ごぼうと豆のサラダは深煎りごまとマヨネーズこれがフジッコの定番商品とは言わないと分からない。

Img_2359 レンジでチンする横手の焼きそば。本日はタイマー設定が早かったのかパラパラにならず。それでもソースは期待を裏切らない?

今年の夏は暑いけれど、横手は如何だろう?田んぼの稲は青々と風になびいて居るだろうか?ビールのホップも弦が延びていた。

あの夏の風景は今でも変わっていないのだろうか?暑い暑いと言いながら処暑。不思議な事に今年は久しぶりに赤とんぼを見る。

処暑の意味は旧暦の大暑、立秋、そして処暑親父の感覚の一部に秋の気配を感じる。

日中は熱風の中で暑い暑いと口にする人を見ていると、流石の親父も秋の気配などとは言えない。本当に今年の夏は暑い。こんな時は涼しい山や川、海でのんびりするのが一番だけど、生きて行く事はそんなに生易しい事では無い。額に汗水たらして働く人の思いを何とかとか言った役人の気持はさらさらないが、この世の中は綺麗事だけでは通じない。

この国の洗濯などと叫んだ総理が選挙に負けて何をしょうと言うのだろう?何も出来ないまま苦渋の時を過ごす事が分からないのではなく、一度手にした権力と栄光はそれ程の物かも知れない。洗濯では無く選択。選別されている事に気付かなければそれだけの事に終わる。

その事は凡人には分からないけれど歴史が証明している。何度読んでも新たな発見をする「空海の風景」この国の多くの人の心の中に生き付いている欲望は何なのだろう?人が人として幸せに生きる、その当たり前の事が当たり前で無い事も知らなければならない。

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2010年7月26日 (月)

まだまだ暑さはこれから でも我が家は上高地 電気代が気になるけどね

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オイオイマジかよ。(何故か、やーさん言葉。しかし今日日の女子高生までもが使う。)余りに暑いので温度計を屋外に出して見ると水銀を一気に上昇。熱中症に気をつけて下さい。この暑い中、外で駐車場の案内を真っ黒になりながら熱中症にもならずにやっていたのは、そんなに遠い昔の話では無い。もう一度と言われるとにんまりしながら尻ごみするだろう。

そんな暑さ、人間の有り様が問われてもそんな教えも受けていなければ、人の思いなど眼中に無い。挨拶されても無言。電車の中で静かに眼を閉じていると数人のグループにたたき起される。それでもそんな事に頓弱(とんじゃく)も無く無視される。どんなに年を重ねても仙人になりたい気持に変わりはないが、その前に人として強くならなければいけない。(その歳で?止めて下さい。年寄りの冷や水です。)何の何の。これでも気持は若い。(アカン)

夏休み。子供電話相談を聞いて居ると年齢が若くなっている。そして話し方に差が出ている。しっかりした話が出来る子供は聞いて居て気持が良いが、それでも一生懸命に喋ろうとする気持に心がなごむ。その優しさが何時の間にか失せ天衣無縫の姿が見えなくなる。

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今日は土用の丑の日。仕事の帰り近くのパーの店頭で鰻のかば焼きの煙に誘われるがお買い上げは冷凍ハンバーグ。(可哀想。哀れ。むげねえ・・・大分の方言)。玉ねぎとトマトの茹でもミョウガの付け合わせも最悪。画像のフラッシュに不味いと言われている。

P1000222_2 鰻は何と言っても浜松。でも浜松のお店は知らない。この画像は依然紹介した静岡掛川甚八のうな重。味が評判を呼び今では予約無しだと1時間は待たなければならない。今日は忙しかっただろう。

この画像は昨年11月の物。2度と行くつもりの無かった浜松天竜川、袋井の大型ショッピングセンター、そして掛川。

甚八さんの鰻は小さくなっていたが、味は14年前のままだった。あの時も暑い夏、カウンター席しか会いていなかったが最後の食事となる。

今度は何時行けるのだろうか?何時でもどうぞ。新幹線の往復代プラスして下さい。(高い食事になるけれど、それだけの価値は有り)勿体ない?当たり前。

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今週で7月も終わり。先月はスイスの旅でまとまった休みを貰ったので今月は久しぶりに良く働く。それでもエアコンの効いた部屋で仕事が出来る事に感謝。この歳で働かせて頂くだけで感謝。楽しい事は少なくても思いがけない事も少なくない。友、遠方から来る。又、楽しからずや。元気で仕事が出来れば他に何を求めるのだろう。その事が問われている。

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2010年7月25日 (日)

 テレビの天神祭中継 ひがむな お前の部屋もグリンデルワルト

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本日のメーンデッシュ。これだけ?そうこれだけです。地図は高野山を見ています。空海が究極の修験道場を求めた平安の昔、これだけの食事が出来ただけでも充分だったとすれば今日の人々は何たる罰当りな生き方をしている事でしょう。(失礼)食事中でした。

でもこの豆腐、これで200円。国産大豆の甘みが染み出ています。それに削り節のソフト削りにゴマのすりつぶしをかけ、うすくち醤油を落とせば究極の冷ややっこの出来上がり。大根の漬物が暖かい飯を求めていましたが、ローソン養老山系の美味しい水で我慢しました。

時にはこんな食事をして胃の負荷を軽くするのも大事でしょう。(信じられない。如何したの?)。実は小岩井純粋ブドウジュース500ミリリットル。お気に入りの4つ切りトーストパン1枚食べました。これでお腹が膨れたのでしょう。

後ろの写真は北陸小浜の西、高浜から見た若狭湾の朝やけ。この位置の少し右側から海を見ていた。この写真集の発売が平成14年。今から8年前。何を考えていたのだろう?今は足が無くなったので行く事も無いが、京都出町柳と若狭小浜を結ぶ鯖街道のその先の港の入口。ここから大陸、朝鮮の技術と文化が当時未開のこの国に雪崩れ込んでくる。

その事を知る人も少ない。日本伝統の多くのものがこの国普遍の物では無かった事を知らなければならない。この国の今は寂れた街道もゆっくり歩いて見ると多くの事が分かる。だから如何だと言われても他に語る事はない。唯、それだけ。唯、過去を知り明日を語れ。そうでなければ大事な物を見失っている日常がある。それはそれで大事だけれど・・・。

それでは涼しくなったエアコンの部屋からグリンデルワルトを呼んでみましょう。

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高原の避暑地も今は暑いのだろうか?上高地の夏と同様涼しいに違いない。

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お早う そしてコンニチワ やっと近くの大木も蝉しぐれです

猛暑の7月の終わり。流石のお親父もこの異常気象には勝てず(異常では無い。夏は暑くて当たり前)そう言われても今年の暑さは辛抱の限界を越えています。それだけ体力が落ちたのか?(それは言える)それだけ年老いたのか?(それも言える)それだけ生活に余裕が出たのだろうか?(それはなんとも)。でもスイスまで行けたし結構なお身分?(それは息子のお陰です)。これからの高齢化社会は他人事では無い。久しぶりに小野田さんを見る。(知らない)。そうかもしれない。戦後40年グァム(フィリピン?)洞窟に隠れ住み日本に帰還したのは昔の話だもんなー。その小野田さん。今年86歳。親父より元気に生きていた?(そりゃ無理)

長い間、その程度にしか考えていなかった。突然の試練。そんな言葉では表現できない思い掛けない告知。あの時から人生が変わる。あの年の夏も暑かったが何故か必死に生きていたからだろか?記憶にない。あの時「暑い」と言っていた人に買った扇風機は皮肉に今年も元気に回り続けている。

あの時から生きるとは自分の意志だけでは無い事を思い知る。暑いとか寒いとか言える時は元気な証拠であり、暑ければ辛抱するかそれが出来なければ涼しい所でのんびりすれば良い。それが出来ないから口先だけでぼやいて居るに過ぎない。

その事が分かれば人生は変わる。それなのに命を懸けて教えて貰った事を長い間、見失っていた。干支が1回転しなければその事が分からなかったのかと思えば、何とも情けない話だが、それでも今からでも一周遅れの頑張りを見せれば分かって貰えるだろう。

昨夜、その事を教えられる。長い間、夢枕に立つ事も無かった人が苦笑していた。「元気は如何したの?」そう言われて返す言葉が無かった。あんなに我武者羅に生きた歳月が遠くなっている。喜怒哀楽を押し殺して何を手にしょうとしているのだろう?

そうこれからの生き方は仙人が目標だとしても何も生き方までそうする事も無い。(駄目だ、こりゃ)(仙人の定義が分かっていない) 仙人とは霞を食って生きている人。美食家、贅沢な生活をする人は駄目です。北の国からの親父の生き方か・・・。寒い所も駄目だから。(そんな問題では無い。)

仙人は難しいとしたら百人ぐらいはどうでしょう?(おちょくるな、ちいまわすゾ・・・大分の方言標準語では ふだけるな、殴りつけるぞ かな)。

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祇園山鉾巡行は終わり、京都の盛夏はこれから旧盆の五山の送り火迄続き、その後が残暑。大阪は今夜が天神祭のメーンエベント、船渡御です。

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今朝の食事。楽しかったスイスの地図を広げていました。休日の自宅の朝食はめったにない。(どこで食ってるの?)喫茶店、モーニングコーヒー お気に入りのお店も最近煩い。

お昼を廻りました。洗濯物を干したらお弁当(近くの総菜やさん) まだ有るかな?

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2010年7月24日 (土)

近くのローソンで総菜と揖保の糸 金メダル受賞の缶ビール

長い間天然クーラーで過ごして来ましたが、今年の夏は暑過ぎ。(毎年、同じ事を言ってる。)スイスの涼しさを思い出しながら(嫌味か・・)窓取りつけの簡易エアコンを取りつける。懐かしいエアコン。君が0歳の夏、浜松安松のマンションでとりつけたあの形。30有余年の技術革新を実感する。音が静か。排水工事不要(運転中に出る除湿水をエアコン内部で蒸発させる)電気代は今のところ分からないが・・・。上手な運転に心掛け快適に過ごしたい。(アンタも偉そうな事は言えん。) そう言われても背に腹は替えられない。温暖化の原因、原発の放射能廃棄物。田舎で暮らせば問題解決。もう少し、もう少し。そう言いながら問題は加速している。せめて職場のエアコン温度。不必要に下げません。家も同じです。

夜、オールスターを見ながらぐずぐずしていたら、食事が遅くなりました。近くのコンビニで買い物を済ませました。このコンビニ総菜屋さんを入れ頑張っています。幹線道路に面して駐車場の広さもあり色々工夫しています。親父のお買い物は駅前のスーパーですがコンビニもこれからは良い物を安くの時代でしょう。

お買い物の画像デジカメの電池が充電のシグナルが出て撮っていません。なかなかの物でしたよ。注文を付ければ時間が時間の為売れ残りのパック入れ。でもそれはそれで安いから文句も言えません。揖保の糸もまあまあ。缶ビールは今イチ。ビールは生に限る。

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スイスの鉄道事故 日本の新幹線始発前のトンネル事故

一月前に乗ったスイスの氷河鉄道でパノラマカーが脱線事故を起こし、日本人観光客が亡くなり多くの人が怪我をしている。あの安全を宣伝文句にしていたスイスの鉄道で信じられない。原因は明確にされていないがレールの保全に問題が在ったのだろう。君と行った時は快適だった旅も信じられない人的ミスで脱線転覆では驚きの他に言葉が無い。災難に合われた方のご冥福と一日も早い回復を心から祈念します。

日本の新幹線も開業以来、無事故を続けているがスピードが違う。乗客の数が違う。スイスの鉄道は日本のトロッコ電車。特急と行っても名ばかり。世界一遅い事を売りものにしている。野を駈け山を登り谷を下る。そんな高原列車が脱線する今年のこの暑さ。涼しかったグリンデルワルトの高原の街も今は暑いのだろうか?

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今、考えて見るとパノラマカーの景色は凄いと思ったが安全を犠牲にしている事を、感じていなかった。これ程の解放感は不要だろう。開業以来最悪の事故の教訓は安全の過少評価だろう。親父が高所で感じた恐怖感は強ち(あながち)無意味でも無かったのだろう。

先日、神戸の長いトンネル内で工事車両が追突脱線事故を起こし、始発から午後2時半まで不通となる。事故車両には追突防止の装置が付いていたが間に合わず。親父が現役の頃、天竜川鉄橋の上でも始発前の工事車両が事故を起こし、大阪の会議に間に合わなかった事が在る。あれは笑い話で済んだが今回の代償は小さくない。

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パノラマカーの天井が写り込んでいる。親父がビビっているので画像も手ぶれしているが、この高さを走り下の谷に下りる。これは常識を越える鉄道技術。その高度な技術は先人が作り上げ継承されてもお粗末な事故は起きる。それが繰り返されている事を今度の事故で教訓にしなければならない。男の仕事とはそんなもんだろう。

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親父の熱風の扇風機も涼しげにこの景色に負けていない。流石の親父もこの暑さに勝てず窓取りつけのエアコンを付ける。新婚の時(違ったか、君が0歳)取り付けたイメージと大きく変わる。静か、排水処理、電気代は気になるけれど・・・。

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2010年7月23日 (金)

大暑の時 運良く蝉を見る でも今年の蝉に勢いが無い 何故だろう?

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青い空 枯れ掛けた桜の枝はこの幹には無い。それでもこんなに元気な桜の枝が枯れ掛けているとはどう言う事だろう?そんな親父の心配とは裏腹に桜木は枝葉を伸ばしている。そんな枝(画面中央右側)にしがみ付いて幹と同じ色の蝉が鳴いている。

親父が小さい頃、田舎の神社で追いかけた蝉とは種類が違うのだろうか?ピーナツの様でメタボでは無い。地中にどれ位居たのだろう。暑い朝の日差しの中で尻を震わせながら鳴き声が遠慮がち。良く見ると尻が空の色に同化している。背中の羽を振るわせながら暑さを感じさせるみんみん蝉はまだ、地中なのだろうか?

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そんな思いで見つめていると葉っぱと同化して益々見難くなる。蝉の命も短いがこの桜の枝も良く見ると枝が枯れている。皮肉な事にその衰えを隠そうとして若葉が精一杯の葉を広げている。今年の夏、暑い日差しを浴びながらどれだけの精力を蓄積するのだろう。

夏の日差しは本当に暑い。しかし、桜木はこの時に来春開花の桜花の養分を蓄積すると言われている。人間も同じだろう。青い空、青い海、白い砂、山の空気、海の空気を思う存分吸い込みながら体の新陳代謝を心掛けないといけない。その事をこの枝葉は教えている。

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仕事の帰り、電車の中で久しぶりに読書。前の席に若い女の子軍団が居たが眼力(めじから)で黙らせる。(嫌な親父)イエイエ、親父の様な人は化石です。そんな親父の好物がこれ。久しぶりに美味い冷凍焼きそばを食う。日清の横手風焼きそば。ソースとメンの絡みが何とも言えない。(それ程のもんかい)(ではではお試しあれ) 横手に仕事で行ったのも今頃の季節だった。横手の稲も青々と育っているだろうか?

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西瓜もキンキンに冷やして。(これは冷えていない){瑞々しさも今イチ}。でも親父もこんなもんだろう。スプーンで取らずに横からかぶり付けば水気が多くて意外に美味い。瀬戸の海水から作った塩、かけ過ぎ。これで熱中症の心配無し?有る筈が無い。イヤイヤ、それ程に暑い。洗濯物干して来ます。

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フラッシュたいた方が良かったかな?なんかマヨネーズは分かるけれど野菜が分かんねえ?玉ねぎですか?ピーマンですか?残念でした。レタスの油炒め。これが絶品。親父は長い間こんな物食った事が無いが・・・。見た目と違う。人の生き方も同じかもしれない。そんな体験をする。その意外さが生きて居る証かもしれない。嘘だと思ったら食って見て下さい。

レタスは生でサラダでまずい。油で炒めてしんなりさせてマヨネーズで食えばカエルもびっくりです。上の画像良く見るとカエルに見えない。げー、やめて下さい。一度お試しあれ。

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これもまずそう。コンニャクの油炒め。これもマヨネーズが合う。コンニャクは前から好きだったけれど、何故か味は微妙に違う。親父のお気に入りは決まっている。辛子が入ってピリリともしないが他の味は分からない。それにしても失礼だよね。

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2010年7月22日 (木)

暑い夏 今年の冷夏を予想したのは誰だ?サウナ風呂までは行かないけれど

夜の10時前。この時間になっても涼しさはない。朝から夜まで暑い暑いと言いながら多くの人が部屋の温度を外にまき散らすしかしないので、都会の夜にクールダウンは無い。高原の涼しさを感じるにはもう一度ハイジに会いに行くしかないのだろうか?まさか?上高地の梓川の清流を眺めればそれで充分かもしれない。田舎の最高のもてなしは自然の空気、採り立て、もぎり立ての美味い食物だろう。これからの社会人の最高の贅沢はそれしかない。

その為には健康で生き方を変えるしかない。親父はコンビニは無くても生活は出来るが、自給自足は無理だろう。3日に一回は移動販売のミニスーパーが来るところか、10日に一回位はお買い物に行ける足が必要だろう。(アホか)

何よりも上下水道が在り、トイレは水洗、お尻はウォッシャブルのリクエストではアカン。呑み水は山の恵みでもトイレは和式では用を足せない。(相撲取りか、哀れじゃのう)仕事で岐阜の山間部に入った時、トイレの洋式、ウォッシャブルには感激。共同温泉が又豪華。

そんな自給自足の生活はあらしまへん。おへん。仙人の生活は無理だとしても田舎暮らしは何とかお願いします。それには体質の大幅改造が必要と言われて凹んでいます。風呂好きの親父は五右衛門風呂で辛抱しますから。アホカ。今日日(きょうび)五右衛門さんは贅沢品。田舎で爺ちゃんが作った風呂は北の国の田中邦衛の風呂に負けていなかったなあ。

トイレはくみ取り。それだけは駄目だな。田舎でもトイレと風呂は立派でも山奥は如何かな?山奥は無理でしょう。医者にも行けないし。買い出しにも。こりゃ駄目だ。これから誰もが10年先の生活設計が求められている。気合を入れて考えなはれ。

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2010年7月21日 (水)

蝦夷梅雨?大阪はサウナ風呂 夜も熱帯夜 それでも食ってます

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先日お見せできなかったアイスクリーム。バニラだけのつもりが特売の声につられてストロベリーも買って食っちゃいました。アイスもびっくり。手ぶれで後ろのおーいお茶も存在感無し。先日、メタボ気にしていないと言われたけれど気にしています。それでも睨まれる人が居無ければこの有様です。だらしないと言われると返す言葉もありませんが、穂高の写真を見ながらニンマリしていると扇風機の熱風も気になりません。この暑さの中で生き延びる術は開き直りです。今週末は天神祭。大阪大川の船渡御は流石に見に行く気にはなりません。

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暑さとか熱気とかうっとおしい天気が全く無かったスイスの鉄道。走り過ぎる景色の中に乾いた景色しかない。何も物音の無い風景の中に違う世界があった。

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今夜のおかず。具材より鍋もの、スティック、いりこだしの素(顆粒8g)うすくち醤油味。スープが美味い。ニラと玉ねぎ、チンゲン采にベーコンのイリコだしのスープ これは暑さ対策間違いおまへん。(なぜか大阪弁。大阪侮るなかれ。)これにから揚げの辛口があれば言う事無し。お試しあれ。

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見栄えは悪いけれどスープ味は元気が出て来ます。明日も頑張る℃

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うっとおしい天気、熱帯夜の暑さに暑中お見舞いです。皆さん、元気です。

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2010年7月19日 (月)

クーラーお買い上げの腰が上がらない ぐずぐずしていると行けないよ

今日は海の日。なんのこっちゃー・・・・ 湧き上がる白い雲。空は青く、海は優しい母の様に凪いでいた。湧き上がる歓声、少し不安の思いを顔には出さずに平静さをよそおい、沖の飛び込み台を目指して背の高さを完全に越している水面を泳いでいた。波は静かな入り江の海水浴場。あれは何時の夏の風景だったのだろう。中学3年の夏。そんな時もあった。

神戸須磨の海水浴場。今は綺麗に整備されているけれど、親父が会社の仲間と行った時は砂浜は無く狭いスペースしか無かった気がする。其処に服を脱いで潮の流れの早い冷たい海を泳いでいた。あの頃はスリムで何と言っても若さと勢いがあった。

泳ぎには自信があり、体力は言うまでも無かった。突然、岸の上のその又上のコンクリリートの上からサングラスのお兄さん2人から声を掛けられる。「コラ、オンドレ、何処のガキや」。その言葉にたじろぐガキでも無かった。急いで陸に上がるとショバ代を請求される。

あの頃は今と違って若さがあったけれどお金が無かったから、平然としながらも場所を変える。今はそんな事も無いが反対に普通の人が悪い。今、社会的問題とされている反社会的勢力。この国は法治国家だから違法行為は批判されて当然だけれど、そうでない普通の社会人の反社会的行為は如何なのだろう?最近、本当に人に迷惑を掛けながら生きている人が少なくないと思うのは親父位だろうか?アンタがその張本人でしょうと言われた人には今でも口を聞きたくない。親父は口は悪いし品も無い。それでも非常識だけは無い。

海の日の祝日。こうして静かな時を過ごしていると出掛けるのが億劫(おっくう)になる。田舎の方言で「よだきい」?オイ誰かなんか踏んだか?よだきいとか言ってるよ。誰も何も踏んではいません。私、拙者、おいどんが気乗りがせず億劫と言っています。ならば止せ。

今朝は目覚ましを8時半にセット。久しぶりにハナマル、マーケットをみる。あさみちゆき出演。親父もまだまだ。おっかけを始めた?そんな気分かも?それでも流石にこの歳でおっかけはやらないけれど・・・。番組ではまだまだ新人扱いだけれど、年末、紅白出場も夢では無いかも。ずっと長い間大晦日は格闘技の番組しか見ないけれど、出場すれば必ず見るでー。親父も相当おかしい。でも一度聞いて見て下さい。若い人よりも御同輩の熱狂的応援の気持分かるかも。叔父さん、おばさんパワー侮るなかれ?これから元気が良いのはギャルと熟年パワーかも。親父はミーハーは嫌いだけれどシルバーパワーもね。コラ、お前はゴールドだろう。失礼しました。でもしみじみとした心安らぐ歌は聞いていて一服の清涼感です。

君が行くコンサートは飛んだり跳ねたりだろうけれど。兄貴も君のギターの弾き語りが好きだったからギターの上手い人は一目置けるかな?ジャンル、歌の世界が違うかもね?でもそれはそれでよろしいでしょう?親父も最近は本当に理解が早い?いや、おかしくなっているのかもしれない。暑さの所為でテンションだけがヒートアップしている。

3日間の連休も何の事は無い。マスコミは行楽地の混雑や海川の水難事故をニュースにするけれど、この暑い夏の日、何も日本全国隅から隅まで海の日では無い。暑い時、暑くなければ関係の稼ぎが出来ない人もいる。汗を流しながら働いている人もいる。様々の処で様々の人が様々の思いをしている。そう思って汗を流していると夏の日のアイス、キャンディを思い出す。

母が土間の上り口に腰を掛け団扇で風を送りながら休んでいた。汗を拭く事もしないで仕事の疲れを取っていた。「アイス、キャンディ買って来ますか?」お調子者の親父は中学生だったのだろう。母は苦笑しながら小銭を差し出す。夏の暑い日、近くのお店までひとっ走りしても帰るまでにはアイスは融ける。お店の人も気を聞かせてドライアイスを入れて呉れたのだろう。左程融けてはいなかった。お互い顔は見なくても考えている事は分かる。ささやかな至福の時だったのだろう。喜びの時は短く哀しみの時は長いのだけれど、心に沁みるあの時を忘れなければ、夏の日の再来は在るのかもしれない。イノダコーヒー何時でもお送りしますよ。(笑い)

そろそろ腰をあげてお買い物出かけて来ます。

目的のお店は直線距離ではそんなに遠くないのだけれど、電車で行くと通勤のコース。皮肉にもバス停が同じ。それを思うと明日でも良いかと思う。本当は今日の方が良いのだけれど・・・。結局明日仕事の帰りに立ち寄りにする。明日になると又、気持が変わるかもしれないけれど。それでもこの扇風機の熱風を何とかせんとアカンやろう。大阪は今日も暑い。

夕方重い腰を上げ向かった先は銭湯。最近はサウナの熱風は流石に浴びれなくなったが、首まで湯船につかりボディシャンプーで体を洗い、ヘチマで足の裏を擦れば体の不快感がさっぱりする。最後にもう一度湯船に体を沈めて汗をかき、水風呂に足首からひだ頭、腰と順番に時間差攻撃で入れると体が引き締まる。以前の様に長くじっとしていなくても風呂上がりの気分は最高。首の付け根の血管の圧迫まで解放される。

この時首の付け根をマッサージして貰うと最高だけれど、これだけは自分で腕を伸ばして揉み解す(ほぐす)しかない。マッサージ台で涎(よだれ)を流しながら、プロにお願い出来るのは何時の事だろう?(何時でも出来るよ。タダでは無いけれど・・・)筋肉の開放。これからはそれも大きな健康法だろう。

左手が痺れた時、近くの整形外科医から首のけん引を進められたけれど、長くは続け無かった。何故だろう?療養師のオバはんの個人的な話が耳に障りそのままになっていた。これから歳を重ねる度に体のあちこちで、筋肉と神経、血管と骨は脆く(もろく)なる。

その事を自覚すれば一番の対処方法は呼吸法とストレッチに違いない。葉の様に空手の型は出来なくても自己流で体をゆっくり動かすだけで血液の流れが変わるのが分かる。インド人の体の柔らかさ、中国人のゆっくりとした体の動きは無くても誰でも元気に慣れる。

嘘だと思ったら自分の手足をゆっくり動かして見ると良い。本当にリラッックスが出来る。ゆっくり、ゆっくり動かすだけで不思議な力が沸いて来る。肩の凝り、腰の痛みにサロンパスを貼りながらやって見ると良い。空海は人の体に無限の力が宿っている事を感覚的に感じていた。

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今夜のおかずです。家でビール、しかも缶のラガーを口にするのは余程暑かったのだろう。最近は殆ど口にしなかったが・・・・ビールは何と言っても生ですなあ。一人で口のする回数が最近増えた気がする。それだけ暑いのだろう。それにしても総菜屋さんのオカズ、こってりと違います?でもこれと揖保の糸だけなら結構でっしゃろ。

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そうめんそうめんひやそうめんとバカにしていた小さい頃の罰が当っている。でもこのそうめんはいけまっせ。本当は茹でたてを冷たい水に晒して口にしたい。しかし、パックのそうめんでも口に出来る事は感謝しなければいけないのだろう。御馳走様でした。

これから近くのスーパーでおーいお茶のデカパックと少し高いバニラのアイスを買って来ます。

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2010年7月18日 (日)

台所 換気扇 お手入れの要らない形のフィルター出来ました

梅雨明け10日。スイスに日本の様な梅雨は無いだろうが今は如何だろう?ヨーロッパも暑いのだろう。それでもあの高原の街とアルプスの山々は半袖では寒いかもしれない。あれから早いものでもうすぐ1月。何か夢幻の時が過ぎているようです。日常の生活は平凡でも暑さに負けず自分に出来る事を淡淡とこなすだけです。今年は頑張って電化製品3種お買い上げです。本当は天然のクーラー、冷蔵庫、テレビ無しの生活が夢ですが、仙人の生活をするには暫くの時も必要かも。それだけの幸運を手に出来るかはこれからの心掛けでしょう。

そんな夢も適う事無く老いぼれる人も少なくない。君から何度も言われた「親父は恵まれている」その言葉ほど切ない思いを感じさせ反発の思いが小さくはなかったが、良く考えて見ると勝手気儘な生活が出来るのは健康だからかもしれない。神様がどれ位の時を与えて呉れるかは分からないが、無念の思いを忘れてはならない。

「台所、換気扇、レンジフードの油汚れ、お手入れの要らないフィルター出来ました。」多くの飛び込みのチャイムを鳴らしながら頭を下げていたのは9年前の事だった。図太い顔形とは裏腹のシャイな心は厚かましさが無かった。訪問販売の一番の決め手は押し、2番も押し、3番は無くても4番も押し。品物が良ければそれで充分だった。親父はそれでも大当たりを一回、中当りを2回、小当たりは5,6回手にした。それでも1月足らずで足を洗う。

惨めな思いだった。今、あの会社は訪問販売のルールに違反し業務停止の処分を受けても形を変えて(変えていないかも)生き残っているだろう。商品は悪くない。一枚350円の紙の様なフィルター(紙では無い)。それを既製品の金枠にはめるだけ。親父でも家を手にしていた時、換気扇の掃除は大変だった。しかし、あの商売のインチキは12枚セットの一袋をどれだけ売れるかで決まる。気持ちの優しい?親父にはそれが出来なかった。

今日、簡易の換気扇の汚れたプラスチックのカバーを取り外して、台所用合成洗剤ジョイをスポンジにつけて洗う。油汚れのこびりつきが本当に良く落ちる。泡立ち、泡切れも悪くない。綺麗になったカバーを見ながらあの時の優しかったお客さんの立ち振る舞いが思い出される。文句を言われるより感謝される事が少なくなかったが、訪販の仕事はそれでは勤まらない。あの時のそれどれの人の生き方は今、どんなに変わっているだろう。

本当に優しかった人。本当に綺麗な生き方をしていた人。本当に思いが清らかだった人。今も変わらぬ生き方をしているに違いない。今日も暑い一日だったが汗を流しながら9年前の事を鮮明に思い出していた。あの夏の日は戻らないが親父の思いには涼しい風が吹いていた。

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雲海の中を抜けるとそこはゴルナグラード鉄道の終点。この展望台も標高3000メートルを越えているので動くと息苦しい。団体のガイドが下りは景色を見ながら数駅歩くと説明していたが団体のツアー客にその気使いは無用の様だった。親父はそんな元気な姿を見ながら近くのベンチに腰を降ろしていた。この右上にもホテルが在る。下のホテルが予約出来なかったらここに決めていたかもとの言葉を聞きながら、身震いをする。息が泊まります。(誤字では無い。洒落です。シャレの余裕すら無かった)。こんな所迄登山鉄道を走らせる。凄さに言葉も無い。それでも寒さは無かった。半袖の人もいる。この人達どんな心臓をしているのだろう

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天気に恵まれないとこんな景色には恵まれない。君の思いと親父の思いが重なったのだろう。帰る日の景色。来た時は霧で何も見えなかった。マッターホルンは何処とフロントに聞いた時、眼の前とパソコンの画面を見せられたが嘘では無かった。それでも又の時は無い。

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ハイジが残してくれた登山鉄道からの写真。景色が静止している。又来て下さいと語り掛けているのだろうか?遠くにその姿が見える様でお気に入りのスナップです。

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アイガー北壁。この景色を見ながら新田二郎は眠っている。親父は再び眼に出来るのだろうか?仮に行けたとしてもこの景色は保障できないだろう。ТBSのカメラはこの場所に立てたのだろうか?ガイドブックを見直して見てもここで一本電車を遅らしても雄大な景色をと勧めている。本当にここでのんびりした時間を忘れる事は無い。

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おまけにもう一枚。これがユングフラウに向かう電車。街中を走る電車と一見変わりが無い様に見えるがなかなかどうして。この力強い走りは100年も前から続いている。

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涼しい景色は何度見ても見飽きる事が無い。

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暑い それでも今年は蝉の声が涼しい 何故だろう?

梅雨明け10日と言われて、梅雨前線が太平洋高気圧に日本海に押し上げれると、町も村もそして野も山も(当然日本アルプスも)快晴の天気となる。じりじりと照りつける太陽は「俺の時が来た」と笑っている。ついこの間までうっとおしい天気でじめじめしていた日常がガラリと変わる。そうなると暑い暑いと言いながら涼しい日陰が何よりの憩いとなる。

田舎の水泳場は家から歩いて15分ぐらいの処。深さが最高の処で4メートル位で底に潜ると、水面から白いパンツを探すのに難儀した。(何でパンツを探すの?)東京のいとこが帰省した時、田舎の水中のかくれんぼを教えた事が在る。淵の上には大きな雑木が茂り大人は其処で涼しい風に吹かれていた。昔は日本の何処にも在っただろう風景も今は無い。

大雨の時は川幅一杯の濁流もいつもは水の流れも枯れている。それでも今でも田舎に帰ればその川は見れる。しかし、そこで多くの歓声をあげて水遊びをしていた子供達の姿は今は無い。その時の団塊の世代は今、都会や田舎の片隅でひっそりと生きている。昔と変わらぬ思いを重ねている親父でも、神戸須磨の海岸で早い潮の流れに負け無かった勢いは今は無い。

今年の夏は久方ぶりにお腹に海パンを引っ掛けて(失礼)トド顔負けのパフォーマンスと思っていたが短い夏はその時を待って呉れるだろうか?最近冬の寒さに負ける事は無いが、そろそろ夏の暑い海辺の日差しで背中の皮をやかないとオホーツクの冬は見れない。

先日、足の裏を見て愕然としたが皮が剥けている。(不潔)。そう不潔です。でも親父は自分の体臭に気をつけている。この歳になると口臭同様どんなに自分で気をつけてもそれは分からない。その対策で一番の効果は夏の海水浴。塩水と暑い日差しと砂浜。大阪も海水浴場は遠くなっている。青い海、白い砂。親父が高校生の頃、田舎の海にそれは無かった。それでも部活の仲間と見た島の入江は、今でも変わらないだろうか?大入島の海水浴場。

今年の夏は何故か蝉しぐれを聞かない。大阪に戻って最初の夏、近くの寺の竹林から大合唱が聞こえていた。まだ早いのだろうか?それとも今年の蝉の誕生は不作の年、少子化の波は蝉の世界にも押し寄せているのだろうか?それは無い。おかしな気候の所為かも知れない。

今朝は何時もの時間に起きて何時ものテレビは見なかった。そのかわり昨夜録音のジャズを聞きながらトースト一枚にはちみつを付けながらスターバックスのインスタントコーヒーを口にする。本当はこれにゆで卵と野菜サラダがあれば文句は無いが一人暮らしではそうはいかない。それでも食い物にうるさい親父、その内自分で始めるかも知らない。

君から言われる様にインスタントに慣れた食事をしていると長くは生きられないだろう。長い間、そんな言葉に耳を貸す素直な気持ちも無かったが、最近少し変わったいる。良く知人に笑われるが昔の親父を知る君には大きな違いかもしれない。それでも未だ実行力に欠ける。おそらくそれが完全にはできないまま、ジエンドの時を迎えるのだろう。

今日はテーブル一杯の調味料、不用品、台所用品を整理してすっきりします。スターバックスのインスタントコーヒー、ハワード、シェルツの思いが籠っています。2.1グラムが12本で1000円はちと高いがそれだけの味と香りは有ります。かな?近くの喫茶店の女性が「うちは求める物が違う」と言っていたが確かにそれは在る。それでも京都四条烏丸のイノダコーヒーでも変わらぬ味と家庭で気軽に飲めるコーヒーを追い求めている事を忘れてはならない。

多様な価値観。自分だけのカテゴリー{枠、価値観?}で物事を決めていると時代の流れに取り残される。今、多くの人が多くのの事を語るけれどタカがインスタント、されどインスタントです。全英オープンで18歳の石川遼に多くの人が多くの事を期待するけれど、ジ、オープンはそんなに甘くは無い。彼はあと10年もするとどんな選手になっているのだろう?その時親父は?そして君は?その事が問われている。今日も暑い。      

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2010年7月17日 (土)

思いっきりジャズストーリー

今日はお休み。約束していた京都祇園祭りの映像は昨日、宵山を撮ってきたので今日はゆっくり出来た。それでも今日から大阪も梅雨明け。(勝手に決めている)。ニュースを聞いていないが間違いないだろう。それでも最近のお天気は昔とちょっと違う。

今日は余りに暑かったので午後近くの銭湯に汗を流しに行く。体にまとわりつく汗と不快感に小さい頃は近くの川で「河童の川流れ」。水の流れに身を任せ夏の陽に戯れていた。今は故郷にもあの清流は無い。護岸(川岸)をコンクリートでかさ上げされ水の流れは少ない。

それなのに昨今の川の氾濫は集中豪雨だけの所為なのだろうか?田舎の緑色濃き直見杉山も価格破壊と後継者不足で手入れが行き届いていない。山は荒れ川は寂れている。自然の活力が損なわれて人々の再生は有るのだろうか?有る筈が無い。今、自然界からの多くの警告をどれだけの人が受け止めているのだろう?エコエコと言いながら自然界の摂理を考えていなければ、その代償は少なくない事をこれから思い知るだろう。

そんな事を考えているとテレビの画面がおかしい。勝手に画面の上下が切れアナログ放送のタイムリミットをテロップで流している。NHKだけかと思いきや民法も。おかしいのはCMの画面は変わらない。なんのこっちゃー。この大型テレビにもお世話になったので買い替えの催促?部屋は狭いし広い開放的な田舎住まいをする前に、テレビは一足お先に薄型、スリムと行きますか・・・・。

そんな事を考えていると(他に言い方は無いの)テレビの番組に見る番組が無い。一人暮らしの親父はそんな時、本当に困る。そんな時今夜はお気に入りのジャズ、ストーリーが延長放送。もうすぐ終わるけれどテープに録れたし最高。ジャズは文句なしに心のもやもやを揺さぶるだけでなく活力を生む。アメリカの黒人が日々の過酷な労働に疲れた時、このリズム&ブルースが心に安らぎを与えた感じが何と無く分かる。「A列車で行こう」よろしいなあ。

親父が大阪に出掛けた時、欠かさず暖簾をくぐるカレーうどんの得正。カレーは親父の活力。それでも辛いだけでは駄目。甘口は論外だけど美味さと絡みの絶妙の甘さ。辛さが頭のてっぺんから抜ける味わいは無くても細切れのネギがその味を引き締める。

そのお店のバックグラウンドミュージックが何故かジャズ。壁の写真まで女性のジャズシンガー。うどん玉の自家製の思い入れだけでなくもてなしの心、カレールーの秘伝、つゆを残すのが当たり前と言われても料理人中西の丼にその常識は無い。社長の思い入れは武蔵。ジャズとその似つかぬコンビネーションに共通点はあるのだろうか?

テープの録音は最近不慣れで上手く行くか不安もあったが再生に成功。暫くは楽しめる。

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思い出の街 思い出の人

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阪急京都線。親父が若い頃利用していた頃には無かった通勤特急。停車駅は長岡天神。昔は急行の停車駅が何故かこの電車の停車駅になっている。この日は仕事の帰り始発の大阪梅田からではなく、次の停車駅十三(じゅうそう)で乗り換え。予想通り電車は満員だった。

途中の停車駅、長岡天神で偶然デジカメの視野に入ったのは駅前の景色。兄貴が小さい頃、ここでバスを待っていた。住んでいたのがここから一駅大阪寄りの大山崎。あの時1歳足らずの兄貴は既に親父と会話をしていた。「電車、電車」その言葉を今でも忘れる事は無い。反対側から駅のホームに入って来る電車を見ながら彼は興奮していた。当時、君はまだ生まれていない。

当時は駅舎が立体交差では無く当然今より、のんびりしていた気がするが基本的に駅前の風景に変わりは無い。時は流れ30有余年の歳月が流れても。それでも次の同じ年の流れは無いだろう。あれから多くの出会いと別れが合った以上に今度は親父がゲストになる。

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京都四条烏丸交差点南東角の建物。親父が市電を利用していた頃の銀行の建物が建て替えられている。当時をしのぶ市電が地下鉄となってもこの街にその建設費用の返済の目途は無い。京都は観光の街でもあるがスイスと違うのは路面電車の価値を見誤った事だろう。大阪の街にも同じ事が言える。神戸は論外。地上の交通渋滞を地下鉄で回避しょうとしても莫大な建設費用は誰が賄うのだろう。京都の繁華街は今、風俗の街に様変わりし大阪南も同じ轍を踏んでいる。この国の美しさを口にする人は少なくないが、余りに寂しい。

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スイスチューリッヒの街と京都では町の大きさも交通量も違うが、一番の違いは基本的な街造りだろう。偉そうな事を言っても違いは左程簡単な事では無い。それでも間違いなく地下深く電車が潜れば町の主人公はその街の住人では無い。訳の分からない兄ちゃんと姉ちゃん。観光客。その街で生きている高齢者はどんな思いで様変わりの街を見ているのだろう。

どんな思いか知らないけれど着物を着て議会に出席している議員先生に聞いて見たい。聞く迄もない。着物の普及。着物の復活。しかし、京都の街造りはそれだけでは無い。日本を代表する伝統芸術、伝統産業はこの街に少なくない。一見、華やかで実情は厳しい街の活力は他所者には分からないと言われていた。

京都の街はこれから大阪以上に暑い。新幹線の駅を降りると町の熱気が体にまとわりつく。盆地の街は冬は寒く夏は暑い。この街の上京区に住んだのは5年前後。結構長く住めたのは間借のおばさんが優しかったからだろうか?そのおばさんも老いていた。

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2010年7月16日 (金)

祇園祭宵山行って来ました 思い出の街 青春の街

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思い出の街 青春の街 親父が過ごした時と何も変わらない時が流れていました。結婚前の多感な時、夜勤の仕事に出掛ける時、この懐かしい祭囃子を聞いていた。コンチキチン、コンチキチン。四条烏丸の駅から電車に乗って人の波とは反対の大阪に出かけていた。

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夕方、少しの通り雨が在りシートを外していないが余り濡れる事は無い。四条通りは車の往来が規制され歩行者で場所によっては身動きが取れない。それでも其処は勝手しったる親父さん。人の波をかいくぐりながらベストショットゲットしてきました。

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長刀(なぎなた)鉾(ほこ)は有名だけれどここは空いていたので・・・。

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これもシートが無ければ綺麗なショット。上のお囃子は休憩中。尻出しで失礼です。

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提灯もカバー。宵闇が暗がりに変われば提灯の明かりが心を引き立たす。今は平和だけれどこの街も戦乱と餓鬼の時が在り、その怨霊を慰める為にこの提灯の灯りが心を照らす。今から40年近くの昔、この提灯の明かりの下を疲れを知らずに歩いていた。今日はまだ明るい

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お囃子中だけれど遠景で迫力が今一つ。もう少し、接近して見るか。

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凄い木彫り。残念ながら意味は分からない。

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これが一番接近のショット。お囃子(おはやし)も一休み。屋根裏の細工。なかなかの物。このアングルからの撮影もなかなかの物。ここまではタイミングが良くなければ近寄れない。明日は山鉾巡行。凄い人出になるから止めます。見れる絵も最初の画像ぐらいまで。一眼レフの望園を使えば別だけどね。でも良い席は有料になるし何より暑い。それは嫌です。

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明日はこの通りの観光客は左右の歩行者通路しか通れない。身動きが取れなくなる。一番の優良席は四条河原町の交差点。ここで引き廻しの屋台は90度左折する。台車の下に竹を敷き大きく軋(きし)みながら曲がる時、多くの観光客から歓声が上がる。親父は見た事が無い。大勢の人でとても見れない。

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台車は4個。エンヤラヤーの掛け声と共に進む。この台車もここ迄近づいて見た事は無い.

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この鉾が明日の巡行の先頭かな?流石に近ずけず。でも感じはどの鉾も大差なし?そんな事を言うと罰が当たるかな?夕闇が迫ってきました。本当はもう少しゆっくりしたいけれどそんな元気もありません。(一人では寂しいもんです).巡行の日は7月17日。この日は変わらない。梅雨明け前に行われるのは疫病退散。今年も無事、夏が越せる様に。多くの人の思いが籠っている。

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京都ではイノダコーヒーでアイスコーヒーのみ口にする。若い時飲んだ味と少しも変わっていない。嬉しくなる。大阪に戻ってこれもお馴染みのお店でカレーを口にする。フラッシュをたいていないので少し隣のカウンターのオバはんが怪訝な顔をする。良いんですこれで。

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お土産はこれもお決まりの551の豚まん。二つは食い過ぎだけれど、まーいいか。これも暖かいから食えるのかも。お疲れ様でした。明日は暑くなりそう。大阪もようやく梅雨明けです。

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大阪も昨日は大雨。「叔父さん、体気をつけてるよ」と言って呉れたけれど大好きな親父の気合が入っている。ミルは照れてるけれど一生懸命に言葉を探している。体に気をつけてね。写真できたら大事にしてね。

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2010年7月15日 (木)

黄昏(たそがれ)シネマを聞きながらスイスの景色を見ている

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何気ない景色の中にハイジが其処に入る。そんな景色。グリンデルワルトの街が見えると言われなければ信州、九州の親父が見た風景と左程変わりは無い。この画像はマッターホルンが見れなかった替わりに親父のデジカメにハイジが残して呉れたのだろう。、、

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グリンデルワルトホテルの入り口。さり気無く、しかし丁寧なもてなしの気持ち。緑の中に花が生きている。暑苦しさが無い。日本の夏は本当に暑い。昨夜見た上高地の梓川の清流とは違う涼しさ。これからの生き方もそう在りたい。(無理だな) 暑苦しい夏が待っている。それでも気持ちだけは確実に変わっている。3年前のクリスマス、寿司を呉れた優しい娘はスイスの美しい風景を見て喜んでいた。このツリーの様に幸せで輝いてほしい。

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この樹も入口に在った木。枯れ落ちた幹の皮を突き破り新たなる枝が伸びている。どんなに天高く伸びたとしても樹齢100年。(親父は何時まで生きる?)世代交代を繰り返しながら今年も青葉が伸びる。人が生きると言う事。それも同じだろう。適う事なら雄々しく生きたい。

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ホテルのベランダに立つと下は道。しかし、夜は静かだった。道を歩く人の声が何故か心を和ませていた。何故だろう?その先に見える風景が余りに絵ハガキに似ていたからだろうか?。時々車のエンジン音も響いていたがそれも影絵の様に静寂の中にあった。

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これはすでに公開したが駅前の風景。信州の駅前の様に駐車場があり木の看板もある。違うのは迫り来る山塊と残雪。国旗があるのもお国柄だろう。それにしても静か。騒音がない。何故だろう?大きな音でが鳴り立てなくても意思が通じるからだろう。

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これも公開した画像。ベランダから見下ろしている。(内心、足元を気にしている)。正面の木立の横を登山鉄道は登る。遠くの山並みが夕日に輝いている。

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これは別れの朝。朝日が輝いていた。陽は登り陽は沈む。朝の来ない夜は無いと言われても長い間、信じる事は無かった。思いがけない旅で君の優しさに触れながら、この親父の思いに変化が無いのは余りにおかしい。それでもこの景色を見ながら心は無だった。

2度とみる事は無い景色の中に日本の田舎が在るかもしない。この静寂は時を止めている。おかしい事にデジカメの風景は何も語らず、何も別れの時を告げる事は無かった。何時か又、その言葉が口先だけになることが分かっていたのかもしれない。何時か又と言うには余りに君は遠いのかもしれない。だからハイジは眼の前に現れなかったのかもしれない。さようなら。そして又、逢う日まで。Img_2232

入国の時、税関でフラッシュを上に向けてたいた。(こんな感じ)。税関のお姉ちゃんに英語でまくし立てられたが何の事か分からず。その腹いせに出国のフライト時間を写す。何の事やら分からない。親父の意地がこの画像に映し出されているのは何とも面映ゆい。尻が痒い(かゆい)。

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この可愛げの無い我儘な性格も神様は良く見て呉れていたのだろう。君から言われたスケジュールの1週間先延ばし。これはツェルマットのホテルのシーズン明けの予定も重なり、正解だった。成田の出発ロビーで外人にも笑われたが、ツェルマットに向かう前日まで雨だった。

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旅の途中で何度も怒られたがそのお返しです。白目をむいてアホやのう。

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これでも名誉回復には為らんなあ。何も考えていないのが良く分かる。

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これなら良いかもね。ペットボトルも高かったね。親父は結構飲んだけど・・・。

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真剣な顔して車窓の景色をカシャリ。ツェルマットで買って貰った長袖も暑く無かった。親父しっかり観光しているなあ。何時もねるか食うかだった気もするが、こんな時もありました。

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おう、寝ているな。(イエ、外の景色しっかり見ています)。長袖にジャンパーまで来て何かふてくされている。口が今にも動きそう。ヤバイ。無視しよう。おい。後、どれ位?もうすぐです。

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本当にお疲れ様でした。完全に疲れています。髭も伸びて後は帰るのみです。グリンデルワルトから2,3回乗り換えてチューリッヒ中央駅に護送中。飛行機に乗ると長袖では暑かろうとお似合いの買って貰った半袖に着替えている。思い残しも有りません。余り寝過ぎると飛行機で寝れないど。大丈夫。又、頑張ります。オマケでした。

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2010年7月14日 (水)

アホちゃうか?アホちゃいまんねん アホでんなあ アホでっか?

アホ繋がりの言葉は文章にしたり、どんなに親しい人でも不用意に口にした途端、相手にされなくなる。それ程にこの言葉は関西の馴染み出なければ口に出来ない。その禁句の言葉をお互い遠慮もせずに口に出来たのは、悪意の無い事を暗黙の内に理解していたのだろうか?長い狭い退屈な時も往路の機内は意外に早く、復路は席を替わってやった好意もあだになったが、何とか無事帰国。あれから早いものでもうすぐ3週間。一生懸命に働いています

Img_2255 今夜は牛すき焼き丼(温玉いり)。味は辛すぎこってりで駄目。398円。これなら牛丼の方が食えるかな。スーパーのは外れがある。

牛丼の吉野家も価格破壊の波に揉まれ、悪戦苦闘とか。でもお店の暖かいのが良いな。食べ物は冷たいと駄目だな。

Img_2257 一緒に買ったぶっかけうどん。これもうどんの影が見えないが「讃岐うどん」。でも堅くて名ばかり。味は悪くは無かったが・・・。

それでも山盛りのネバネバおくらは期待以上の味。久々におくらの味を噛みしめる。これで腹が一杯になる。

今夜の買い物は他に京みず菜、お気に入りの京都ボタボタこあげ(油揚げ)、豚肉こまぎれ、そしてからしとトマト。これでみず菜のからし和えを作る。如何だ、立派な物だろう。それでもお腹が一杯になると何故か、おっくう。明日にするか。それでもこれからやります。口に出来る量は少なくてもどんな味になるかは楽しみです。美味しく出来たらお見せします。

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材料はたっぷり。手前のあげはこのままレンジでチンすればポン酢で美味しくいただける。画像ではトマトに存在感を奪われているが、今日のメーンは京みず菜。シャキシャキ感は何とも言えない。細切れの豚肉は薄切り。もう少し厚くないと味が負ける。トマトは温めても美味い。

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見栄えは今イチ。味もからしが本当に辛い。それでも山盛りのみず菜は予想以上の味。豚こま切れ肉よりしっかりした肉の細切りの方が間違いなく美味いだろう。今夜もこれだけ食えればОKでしょう。明日は休みです。市役所で用事を済ませてのんびりします。

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昨日、君の優しさで借りたメモリーの写真現像しました。この画像はブログにアップできなかったイタリア、ティラノの写真です。ホームの時計は14.00.この電車は帰りに乗ったパノラマカー。来る時下ろされた車掌が改札に来たな。

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帰りの車窓から。もうすぐトンネルを越えれば分水嶺を越える。

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これは夏季の風景。冬季は一面の雪だろう。冬季運転の苦労は並大抵ではないだろう。

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今週のうっとうしい天気がここでは別世界。でも人の生活感はなかった。

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峠の駅。観光客がホームに降りている。時計が4時近いが寒さは全くない。

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サンモリッツは高原の街。標高1775メートル。この位置は駅から100メートル位上がった所。晴天日が年間322日とか。それでもこの景色。今年は異常気象?雪が降っていた。

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笑いながら乗ったエスカレーター。長い。駅の広場から少し歩いてこれに乗る。駐車場もある

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何処の駅だろう?サンモリッツからクールに向かっている。(と言われても・・・)

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もうすぐツェルマットです。

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到着です。これはホテルに向かう登山鉄道からの画像です。

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ツェルマットの街。ロープウェイの恐怖を味わう事も知らずに・・・。

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ホテルの近くの駅。これから登山鉄道に乗る。

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2010年7月13日 (火)

今夜のおかず。親父、何を食っているの?

Img_2253 今夜のおかず。キスのフライとキュウリもみ。

これだけでも充分だったがこの他にきんぴらごぼうとお豆のサラダ。昨日の残りの卵焼き。

他にお気に入りのパン。完全に食い過ぎです。

それだけ食えたら大丈夫?駄目です。もう少し考えた食事をしましょう。

P1000437_2 お昼のお弁当。ホッカホッカ弁当の和風ジャコ。これしか食べない。お弁当のメニューは一杯あるのに何故?

おかずもご飯も平凡だけれどそれが良いのかもしれない。少し足りないし、気の効いたみそ汁も欲しいけれど、あるのはお茶だけ。

仮設モノレールの仕事をしていた頃はコンビニのお弁当+ミニカップのラーメンだったけれどこれで丁度良い。

食事の時間は早い。ものの十分と掛らない。口をもぐもぐさせながら仕事をしている。それでもこの食事が良いのだろう。

今の親父に必要な食事、それはバランスのとれた小食。良く噛んで食べる事だろう。分かっていたらやりなさい。

分かっている事が本当に出来たなら、こんな無様な体型には為らずにスイスの高い展望台でも胸の締め付けも無かっただろう。人の体は半年で入れ替わると言われているが、今の食生活が体に出て来るのは今年の暮れ。そうして見るとアキマヘンで。キバランと。

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2010年7月12日 (月)

へちまとタオル感覚ボディ洗いと清涼仕立てボディソープ

朝は少しまとまった雨も昼過ぎには太陽が顔を覗(のど)かせて暑い一日でした。それでも先日の様な暑さには為らず旅の疲れも取れて元気になっています。昨夜は不快な思いをしましたがそれでも懲りずに又、電話します。大阪も今週末には梅雨明けかも。17日が京都の祇園祭、山鉾巡行。そして翌週が大阪の天神祭。本格的な夏が来ます。暑さに負けずにmy、going、a、way(我が道を行く・・・違うかな?)です。

今夜の手作りメニューです。Goodでした。

Img_2249 浜松のチンゲン采と地養卵2個。ポークあらびきウインナー137g。

味付けはイリコだし顆粒4グラム。薄口しょうゆ少々。

チンゲン采は茹でるだけで中華のドレッシングを用意していましたが、これはこれでウインナーの歯ごたえが結構でした。

これから暑くなると食欲が無くなりますが親父には関係ない事でしょう。

へちまとボディ洗いのタオル、清涼仕立て?のボディシャンプーを買って来ました。最近の暑さは夜も気付くと汗をかいています。それでも最近は夜寝るのが遅く零時を廻っているので、FMの深夜放送にタイマーをセットすれば寝苦しさを感じる事もありません。

それでもべとついた体を今夜はさっぱり夏ミカンの香りで、汗を流せば気持も爽やかでしょう。ついでにへちまも買いました。スイスの泡風呂で汚れを落とさずに入って叱られましたがそれもこれで無いでしょう。親父の風呂はカラスの行水と笑われていましたが、これからはそれも自慢にはならないでしょう。今更と思われてもこれからはそんな生き方も必要でしょう。

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参議院選挙選挙の結果を見ています。当然の結果でしょう

選挙の結果は予想された結果であり親父的には驚きは少ない。参議院は衆議院と違い良識の府と言われて久しいが、元々良識の定義は難しく今でも曲がりなりにもその精神は引き継がれているとも言われるがそうは思わない。今でもテレビの音声を消した画面に出て来るのは野党の党首。大体、彼等は参議院に何を求めているのか?完全に衆議院のコピーとでしか思っていないのだろう。党利党略と言われるが何を尤もらしく語るのだろう。

今度の選挙は完全に政権交代の流れに逆行しているのかと言われれば、そうではない。政権交代の多くの国民の思いが生かされていないその苛立ちが出たのだろう。それまでの野党が政権を圧倒的支持で衆議院の単独過半数を制しても、政策と党首の発言に不信が重なればこのような結果も又、必然の事だろう。

その事を考えると今回の結果はある意味、多くの事を暗示している。一番に思う事は地方の根強い保守支持。国の財政支援が無ければ成り立たない地域の経済をこれからも今迄と同じ道筋で求められるのか?それとも他に選択の道が無いのだろうか?それが何とも重い。

2番目は選挙も戦い。戦略が無ければ勝てる訳が無い。選挙の直前に党首が交代して勝てるほど国民の審判は甘くない事を思い知らなければならない。政治とカネの綺麗事をどれだけ重ねても地方の結果を見ればそんなに甘くは無い事を思い知らなければならない。

3番目はこれからの自分の生活。これは今迄と変わらない。人に何かを求めるのではなく体に気をつけて淡淡と生きる。政治に期待する事は今までと違う先々を見据えた政策。今度の選挙の様な事を繰り返していると景気の先行きは暫くは暗い。喜んでいるのは政治家先生だけだろう。その先生もこれから多難の門出が待っている。

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2010年7月11日 (日)

青春の忘れもの 歌 あさみちゆき 作詞 さくらちさと

アメリカの詩人サミュエルソンの言葉に青春とは「人生のある期間を言うのではなく心の様相を言う」とある。でもこの言葉は正確に言えば精神的にはの条件が付く。最近その事を痛感する。まだそんなお歳では無いでしょうと励まされても肉体は嘘をつかない。

最近、駅のホームの階段を2段跳びの駆け上がりが、余程の事でも無い限りは出来ない。電車がホームに走り込んで来た時等は、流石に急ぎ足には為るけれど、以前の勢いは望む術も無い。その事をかかり付けの内科医に言うと、返ってくる言葉は「お腹の出過ぎ」「太り過ぎ」。その言葉を受け止めながら納得している自分が情けない。

青春の時には流石にそんな無様な姿は無かった。あの時と今の変わり様は比べ物にならない。それが時の経過であり人が老いると言う事でしょう。どんなに精神的に若くても、体を鍛えてマッチョになったとしても、肉体の衰えを隠す事は出来ない。出来る事は精神的な心がけと節制だろう。それが出来ない親父が肉体の衰えを痛感するのも必然だろう。

最近、意外な処に年を感じる。足のすね、ふくらはぎ、太ももは意外に艶々していても足の裏は悲惨な姿をしている。朝起きてから夜休む迄、そしてこの歳になる迄、どれだけの重みに耐えたのだろう。最近、体に疲れを感じた時、ラジオ体操第二のその場飛びをしているが、つま先で無く踵(かかと)から着地すると悲鳴をあげている。

しかし、皮肉な事にこのピョンピョンうさぎ跳びが足の裏だけでなく、頭のてっぺんまで体のバランスを取り戻す。今は哀れな姿を晒している足の裏も、これからは手入れをしてやれば弾力性に富んだ格闘老子のそれに近付けるかもしれない。

青春の忘れもの。あさみちゆきのこのシングルは今年になってリリースされたが「どこへ 忘れてきたの 熱いその想い。純なそのこころ。」と問われているが、これだけは幾つになっても変わらない。それだけに馬鹿は死ななければ何とかと言われても憎まれ口をたたいているのだろう。

これからの高齢化社会、少子化の時代、景気が不透明な時代、生き残る人は当然元気でエネルギッシュな人だろう。人からどんなに陰口を叩かれても綺麗事は通じない。ふてぶてしく生き残る。そんなに頑張らなくてもいいと言われても青春の思いを忘れてはならない。

今日は流石の大阪も雨模様。それでもスイスの爽やかさは無い。今日は選挙の日。意外と言えば意外だが争点が見え難い今回の選挙も投票率は思いの他高い。有権者は何を思い何を判断基準にして投票行動を取るのだろう?

親父の独断と偏見を言えばこの国の高い見識を期待するのは無理だろう。多くの人が感じている生活の不安、雇用の不安、健康の不安を自分達の生き方に変えない限り改善は無い。政治家先生がどんなに美味しい言葉を連呼した処で国の財政は厳しい。

多くの利害が複雑に絡んでも国庫が破たんしても何とかなると思っているこのお間抜けな政治感覚。どうして明日の生活を蔑ろ(ないがしろ)にしてまでも今日の利害を追い求めるのだろう。それでも取れる処からしか取れないこの国の財政は武士の社会とどう変わっているのだろう?

親父が若い頃から言われ続けた不正はどれだけ変わったのだろう?マスコミが尤もらしく批判する言葉がこの歳になっても空しく響いて仕方が無い。今日の選挙結果は間違いなく政府与党が負ける。昨年の政権交代に託された多くの思いをこれだけ無視しても、変わらない支持を期待する感覚がどう考えても分からない。それでもその批判票は対抗野党に流れるのだろうか?そうだとしたら外国のマスコミはどんな言葉でコメントするのだろう?

この国の政治と経済のコメンテーター(言葉を語る人、解説者の資格は無い)が語る事は容易に予想できる。政治の混迷?そうではない。あなた達の見識が問われている。多くの人が多くの思いの中でささやかな願いを託しても、参議院の意義を理解出来る人はどれ位居るのだろう。親父の思いはその程度だとしてもこれから出かけて来ます。

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2010年7月10日 (土)

大分元気が出て来ました。心配掛けてスミマセン。心配していない?

君が送って呉れたメモリー。改めて見直す。何度もケースに出し入れしている間にケースが壊れる。叱られそう。でも君が小さい頃、逆の事も在ったよな。歳を取ると立場が逆転する。未公開の画像見直しています。

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下が見れなかった思いもこうして見ると凄い景色。落ちたら如何するとわめいていた。

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ここは何処だろう?グリンデルワルドに向かう乗り換えの駅。ブリーク?かもね。

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これは早かったよね。長いトンネルの中は不気味だったけれど。

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読めない(笑うな)。ベルンからの特急?

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電車の乗り換えは後ろをついていたので、余り良く覚えていない。それでもここは覚えている。君の画像には残ってないが気を利かしてカットしたのだろう。親父の画像をお見せする。日本の駅と違うのは改札無し。出入り自由。改札は車内で車掌が行う。

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親子じゃのう。同じ駅の風景。ここで乗り換えにどれくらい時間があったのだろう。

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失礼しました。この画像は君が撮ったこの駅からのものでした。湖はトゥーン?この景色は駅を出て通りを横切って撮った画像。インターラーケンで遊覧船に乗るのを止めて正解でした。その分、ユングフラウ、ヨッホでゆっくり出来たもんね。親父はくたばっていたが・・・

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グリンデルワルドに向かっている。山が迫っている。

操作ミス。ここで中断。まだまだ続きます。

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グリンデルワルトの駅。到着。駅のホームと道路が重なっている。

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この電車がユングフラウに向かう電車?

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グリンデルワルト駅。こじんまりとしている。朝の9時半。これから山に向かう。

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クライネ、シャイデックの駅。この駅舎の裏側にアイガー北壁が見える。この駅迄は快適に登れる。それでもこの駅の海抜は2000メートルを越える。ここからの眺望が親父にとって最高。この駅舎の向こうには目を見張る景色が広がっていた。高所に慣れる為にここで30~40分ベンチに座りぼんやりとしていた。この景色がこれ。

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左がアイガー北壁。正面の景色はこれ。

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何時までも何処までも何処かのトラックの宣伝ではないが、そんな感じ。ユングフラウは此処からは見えない。左の草むらを廻りこみながらヨッホの展望台に向かえる人は幸運な人と言われている。それ程に山の天気は気まぐれで余程の運に左右される。

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親父の画像もここで途絶えている。アイガー北壁とメンヒの山中をトンネルで迂回しながら登るトンネルが完成したのは1912年。16年の歳月を要したと言われる。1912年と言われると約100年前。明治の終わりにこの観光の地が開けていたのかと思うと、国の在り方考え方の違いを思い知る。この国が今、観光立国とか言うのがおこがましい。

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青春の忘れもの 歌 あさみ、ちゆき 作詞 さくら ちさと

ストリートライブと簡単に言うけれど余程の幸運に恵まれないと陽の目を見る事はない。久々の感動と言われるけれど、多くの人はその言葉の意味を知らない。どんなに能力に恵まれていたとしても、その思いが大きく開花するのは偶然の重なりかもしれない。それでもこの世の中にはそんな現実を超越できる一握りの人も居るのかもしえない。この歌を聞いているとそんな思いがして来る。

司馬遼太郎記念館で偶然目にした「空海の風景」。あの時記念館のオバちゃんと菜の花に付いていた虫の話をしながら眼にした「活字が大きくなりました}の宣伝コピー。司馬遼太郎の偉業は親父が青春の時から愛読した「街道を行く」だけでは無かった。多くの著作。その中でも興味を持ちながら何故か手にする事も無かったこの本。

あの時、近鉄南大阪小坂の駅を後にして阪急北大阪池田の駅に帰る迄、その理由を考えながら分からずその文庫本を手にして答えが鮮明になる。「活字が大きくなった?」「これで?」それでも良く見れば文字の大きさでは無く漢字の難しさだったのだろう。「これ当用漢字では無いだろう」そう思っただけで黙読はそれ以上は進まなかった。

それでも諦めなかった。「漢字にルビ(ふりがな)のある新刊本(正確にはハード本)を注文しょう」。希望の本は大阪堂島のデカイ本屋にあった。大阪には親父の青春の頃から大阪駅の正面に大阪を代表する本屋があった。しかし、その本屋も区画整理で今は別の場所に移転している。その本屋を凌ぐ全国区のブック、チェン、ストアー。

そこで手にした(上巻)。それでも読めない漢字、理解出来ない言葉、表現、意味が少なくなかった。そんな時はその漢字に拘らず(こだわらず)飛ばしていた。(オイオイ)。読み終わると下巻。これがまた難しかった。そして、何度も読み返して感じた事は天子、天才、鬼才、そして現在人が感じる空海の理解。親父もそうだったけれどこの国の人には歴史を学ぶ感覚が疎い。それだから些細な事に一喜一憂したり地道な努力の積み重ねを軽視出来るのかもしれない。今、自由、平等で民主主義な時代と言われるけれど、決してそんな時代は何時の世にもなかった事を痛感している。そんなお間抜けな親父が今、この歌手の歌声に涙する

苦節10年と言われるけれどこの言葉も違う。苦節の時を感じていたら何時迄も喜びの時は無いだろう。彼女がストリートライブを始めたその時は知らないが、東京井の頭公園、あの静かな公園で管理者に追いだされる事も無く(在ったかもしれないが)、散策の人の足と止めて語り掛けたメローディーは空海の求道の思いが重なる。(言い過ぎかな?)

空海の生きた平安の時代にも権力闘争が有り計略と策略の人の道に外れる行いが、咎められる事も無く日常茶飯事だったとしても、現代人にとって平城京の都は感嘆の都なのかもしれない。そうでなければ平城遷都1300年等と浮かれる事はできない。そんな時代を生きた空海は仏教の教えに疑問を感じ道教の教えを説く。しかし、今は如何だろう?その意味も教えを知る事も無く四国八十八か所を巡る人も少なくない。

それでもそれは空海の責任ではない。空海は天才であり鬼才で在っただけで後の世の人がそう感じただけだろう。静岡掛川大雲院の亡くなった大和尚が教えて呉れた様に「元は一つ」宗派間の対立は皮肉にも空海が先駆者なのかもしれない。しかし、それも彼の責任ではない。あさみ ちゆきのCDを何度も聞きながらそんな罰当りの事を考えていた。合掌です。

Img_2242 先日、暑さで息苦しくなった日の夕方の買い物で精を付ける買い物の序でに(ついでに)何故かコーヒーシュガーを手にする。

本能的に疲れには砂糖と思ったのだろうか?コーヒーに砂糖を入れる飲み方は基本的にはしない。入れるのはインスタント。

余程、疲れていたのだろう。

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2010年7月 9日 (金)

明後日は選挙 旅から帰ってお疲れ気味だけど やる時はやる

P1000434 仕事の朝の食事は決まっている。旅から帰ってから少し変わっているが、定番はこれ。仕事を交代する前に一気飲み。

それまでのボケた気持ちが一気に引き締まる。オフからオンに変わると誰にも言わないが、そんな気がするから面白い。

たかが朝の冷たいお茶。しかし、これで気分が変わる。コンビニで買ったおにぎり2個も変わらない。

本当はおにぎりは自前で無ければいけないが、今の身分では仕方ないだろう。おにぎりは梅と昆布で変わらない。

P1000435 コンビニの海苔は江戸前。関西は味付け海苔だから初めの頃は、口に合わなかった。海苔が固くて歯にストレスが掛る。何で関西のコンビニのおにぎりの海苔が関東風なのだろう(笑い)

自分で美味い飯を炊いて、お気に入りの卵焼きと鮭を付けて、昆布と梅を中に入れたらご機嫌でしょう。何時の日になるかな?

大体、105円で美味いおにぎりを求めるのが無理がある。そう考えると贅沢は言えないのかもしれない。

桜の葉っぱが何故か彩を添える。親父の好きな柿の葉寿司、マス寿司、サバ寿司は奮発しないと口には出来ない。

P1000436 カルピスの乳酸菌入り?これは疲れた時に一気飲み。そんなもんで元気が出れば安いけれど、世の中そんなに甘くない。それでも人は暗示に本当に弱い。気は心。暗示をかければ人は意外に元気かもしれない。

今週末、選挙です。政治家先生は多くの事を語るけれど、暫くは大きな変革は難しい。そう感じる。人間の愚かさは人の為に何が出来るかではなく、自分の為に何が出来るかを本能的に考える事だろう。

どんなに立派な生き方を口にしても、厳しい現実に背を向ける事は出来ない。だからこそ選挙権の重みを感じなければならない。関係無い?そう関係無い。しかし、自分の生き方を問われた時、その言葉を口にすればその程度の生活しか出来ない。

Img_2243_2 黄昏(たそがれ)シネマ。歌、あさみちゆき。

あなたの 遠い青春の

私はきっと エキストラ

それでもいい それでもいい

同じ季節を生きた

作詞 田久保直見

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2010年7月 8日 (木)

オイオイオイ 最高気温34度 信じられない 半月前に雪を見たと言うのに

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サンモリッツの駅。これからイタリア国境の街ティラノに向かう。ホームに雪が残るが寒くない

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夏山の景色?冬の景色と見、間違う。車内は暖房はしていない。それなのに寒くない。

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サンモリッツのホーム。遠くに霞むのが湖。夏の雪。(春先の感じ)

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並行して走る峠越えの道。綺麗に除雪されている。その向こうは川。氾濫は無いのだろうか?

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峠は近い。

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完全な雪景色。これから峠を越える。この路線、冬季も運転。凄いね。この技術。

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もうすぐ峠を越える。分水嶺の講釈をしたのもこの頃。天気が良ければ正面の山も高い。

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この先のトンネルを抜けると景色が変わる。イタリアの空はスイスと又少し違う。この写真が撮れたのはパノラマカーに乗れず、各停の窓が少し開けられたから。これも結果的にOK。

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トンネルを抜けるとイタリアの景色が広がる。

ベルニア特急。ティラノの旅は思いがけなく雪景色でした。カメラを失くしてがっかりしていたら君のメモリー貸してくれる。画像の解像度が良くて、ブログのスペックオーバー多い。ここで中断。洗濯物干して来ます。

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少し霧が掛っている。こんな崖の上を鉄道が走っている。雪の深い冬季も走る事が凄い。

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ティラノ郊外。街中の写真出るかな?

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ティラノの街中。オイオイ、踏切は何処?電車優先です?

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電車は下の街を走る。湖の様に見える水面は川。残念。此処までです。

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今日は本当に暑かった。最高気温34度。池の鯉は昨日一部水の入れ替えをしていたので元気だったが、親父は完全にバテていた。昨日、池の鯉の水替えに使ったホースを片付けていると蒸し暑さで気分が悪くなる。皮肉にもスイスで大丈夫だったのにと苦笑いしながら、息を整える。冷房の利いた仕事場でゆっくり息を吐きながら、太極拳のマネをする。

上の写真は暑さに負けない様に豚肉とモヤシ、ニラのモヤシ炒め。豚肉は細切れで無くそれなりの肉。見た目は良くないがニラの葉先10センチがモヤシと旨く絡まる。肉も良い。昨日もとんかつを食ったが血液の中にパワーが無くなっている。これで元気が出る。

付け合わせにコンニャクの刺身。からし酢味噌をトッピングすると久々の味に感激。ビールのあてにしたので画像無し。デザートはトマト。トマトは完熟の手前が良い。

Img_2241_2 トマトはヘタ(下)を取ると塩を振り丸かじり。これが一番うまい。医食同源。体に不調を感じた時、睡眠と食事、それが全てです。

今は夏野菜の盛りです。本当はキュウリ揉みと焼きナス。冷たく冷やしたまくわ瓜。ニンマリとしながら、食える食欲。それが有れば大丈夫。

暑さに負けない体力が全てに優る。

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2010年7月 7日 (水)

小暑と言えども蒸し暑い ミーちゃんのベソ顔が嬉々としていた

P1000430 朝顔では無く花びらがぼやけて更に分かり難い。私は誰でしょうと言われても花の名前に疎い(うとい)親父に分かる筈も無い。

今朝、工場の体操の時、正門の外の道路の反対側でミーちゃんがピースのサインをしていた。

パパがお休みの時、保育園の通い道、自転車の後ろのかごに乗せられている。暫く、見かけ無かったので諦めかけていた昨日、半ベソをかきながら「2回も来たのに会えなかった」とパパから説明される。

今日はご機嫌。パパ、お休みでは無かっただろうに。パパも「逢えて良かったね」と語り掛けていた。

P1000414 こうして見ると花の正体も良く分かる。親父はそれでも分からない。それでも花に興味が持てるのは、何故か楽しい。

何故だろう?人が人を愛しむ(いつくしむ)様に、花や植物にかける感動、そんな心を失くして久しい。

否、心の余裕が無かっただけだろう。感謝する心が本当に不変であるならば幼子の様に嬉々として、新たなる命が躍動しなければならない。

昨日、藤棚の藤の枝が一メートルも伸びて剪定バサミで切る。新しい命の躍動とか、言ったその直後に言うのも、おかしいが、新しい力は口先だけでは生まれない。

サンライズ、サンセット。(陽は登り、陽は沈む) 陽が登らぬ朝も沈まぬ夕方も無いと言われるが、本当にその事を実感するのは山か海、それとも早朝の街の景色かもしれない。

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水中の景色の様でそうではない。マッターホルン、グレーシャー、パラダイス。800mの高低差を一気にゴンドラは駆け上がる。頂上右側が終点。展望台は山の裏側に在る。

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2010年7月 6日 (火)

もうすっかり大阪の人 スイスの人は如何しているだろう?

P1000433 旅から帰って10日目。どうにか元のペースに戻っていますが、椅子に座っていると瞼(まぶた)が重くなっています。

そんな時、シャッキーンとする為に口にするのがこれです。君から馬鹿にされても親父の元気の元はこれ位です。

今月末になると土用の丑(うし)の日も来るけれど、静岡掛川の甚八のウナギは今年も口には出来ないだろう。

今でもリポビタンDは有るけれど、あの商品は歴史が古い。親父が若い頃、あの瓶を手にした時、何とも言えぬ喜びを感じていた。

今では簡単に口にできるけれど流石に口にする事はない。親父は単純だから暗示に弱いのかもしれない。

P1000220 コーヒー党の親父が日本茶をすすることは殆ど無い。それでもこのお茶は流石静岡。画像を覗きこんだだけで香りがする。(まさか)

静岡に20年弱住んだから親父にとっては第三の故郷。第一は18まで住んだ九州大分(my、hometown)、第2は言うまでも無い関西。それぞれにほろ苦い思いが甦る。これからだよ。これから。

美味しいコーヒーを飲んでいると嬉しくなる。美味いお茶は如何なのだろう?お茶には何故か切ない思いが重なる。

おじいさん、お茶が入りましたよと言われる前にコーヒーの美味い店のカウンターにちょこんと座った親父が見える。

P1000222 うーん。出ました。見た目では美味さが分からない。昨年、11月食ってから食っていない。あの時、ご主人が最近大きめの魚が少ないと言っていたが、今年は如何なのかな?

静岡でアメリカ人に御馳走した時、複雑な顔していた。不味いとは言えないし美味しいともゴマをすれないし、眼をパチパチさせていた。しかしこのお店、今では全国区になって予約無しでは、相当待たされる。それでも待ちます?

待ちます。それだけの価値が有るけど予約を入れておいた方が良い。定休日は日曜日。ご主人の家庭を大事にしている気持が表れている。

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スイスで食いたかったチーズのトロトロ。パンにたっぷり付けて。この席に座ったのに。出発の時で時間が無かった。朝食をゆっくり取っていたので小腹も空く間が無かったのだろう。この日、旅立ちの時。マッターホルンが最高の顔をして別れを惜しんで呉れた。次の機会はない。それでも何故か別れの言葉は無く静かにほほ笑んでいた。振り返る事も無く要領を掴んだ重いカバンを押しながら親父もニコニコしていた。

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日本に帰る朝、ホテルを出た時間が早くお弁当を用意して貰う。それにしても紙パックのオレンジジュースしみじみと飲んでるなあ。紙をぺコペコにして最後の一滴まで吸いこんでいる。親父、ご苦労さんでした。そしてこれからもその勢いで頑張って下さい。

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サンドイッチ?違うなあ。固くて不味いパンに(失礼、でもホント)ハムと卵スクランブルが挟み込まれている。見た目もよろしくない。ホテルの人心を込めて作って呉れたのだろうに。目が有ればペコちゃん。半分しか口にしなかったがゆで卵はカラをむかれて口に合う。

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走り去る風景に目をやりながら首からしっかりかばんを掛けてその中に貴重品を入れている。と言ってもパスポートと眼鏡。何故か空海の(下巻)。右手の紙コップは分かるが左手で抑えているのは何だろう?安堵した姿の中に疲れが見える。親父偉そうにしていたけれど緊張していたのだなあ。本当にお疲れ様でした。また行きたい?もう結構です。充分満足しています。

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雲上のマッターホルンはスフィンクスの顔をしていた。(下の食堂テーブルに突っ伏して居たくせに)

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グリンデルワルトの朝。この日、長旅の旅立ちの日。結局スイスで傘をさす事は一度も無し。

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さようなら。そしてありがとう。この風景も親父は見れなかったけれどこんな所、お金貰っても行きたくない。ここどこか分かります?ユングフラウヨッホの展望台。親父は此処でも動けず

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新田二郎の記念プレートから見える風景。左がアイガー北壁。壁が急で雪も落ちてしまう。

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2010年7月 5日 (月)

この夏の暑さ対策 今年も暑い夏が待っている

P1000429_3 蒸し暑い天気を乗り切る為のアイテムが出来上がりました。(ほんまかいな)。

ホンマです。親父の愛飲ペットボトル。この中に桑の葉入り抹茶の一包を半分ずつ入れてシェイク(振る)する。

この抹茶は通販で求めて半年位になるが一箱(180グラム・・3グラム×60包)毎月残していた。飲みきれなかった。

それがこれだと冷たく冷やして何無く飲める。これが良い。ストレスが無い。桑の粉末の沈殿もない。

最初、キャップを開けて抹茶を入れる時一気に一包入れるのは良くない。半分入れて融けるのを待つ。長くは掛らない。

P1000432 それでも空は秋の気配?早すぎる。梅雨前線が北上し、暑い暑い夏の時をふうふう言いながら真っ黒に日焼けしながら駐車場の交通整理をしていたのは、何時の日だったのだろう?

今年はスイスモンブランとアイガーの雪で日焼している。それでも雪と戯れていないので日差し焼けだろう。

今年の長期天気予報は長梅雨、短い夏と言っているが如何だろう>年年歳歳蒸し暑くなっている気がするのは、親父の意気地が無くなったからではあるまい。

夏はトドの様に腹を砂浜に打ちつけながら水遊びも又、格別かもしれない。

P1000049 それでは少し早いけれど、暑中お見舞いです

この鯉は近づくと寄ってきます。餌を貰えると本能的に感じるのでしょう

これ位の鯉が飼える池はもう持てない。それとも晴耕雨読、自給自足の生活をすれば、出来るかな?

この鯉は城址公園の我が良き友です。えー?勘弁して下さい。そんな事は言わないでね。

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2010年7月 4日 (日)

そろそろスイスの旅も終りです。でも日本の暑さはこれから。暑さ対策、それは高原の休息でしょう

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チューリッヒ中央駅。ここから旅が始まりここでスイスの旅は終わる。後はおまけです。

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飛行機の中は本当に窮屈。メタボな親父良く辛抱したな。何を考えていたの?なにも。

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スイスの国鉄車両。最初に乗り込む。チューリッヒ中央駅迄。短い時間でした。

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これは何処迄の電車だったかな?まだ乗客が居ない。

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到着の日はまだ雲が垂れこめていた。天気予報はまだ良くなっていなかった。

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ユングフラウは見れなかったけれど、何故か満足していた。もう来れないだろう。

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若いカップル。2人とも多くは語らず。それでもこのスナップ。最高です。親父にもこんな時あったなあ。お幸せに。スイスの静かな景色もこの時は快晴になっていた。男性の優しい目線が何とも言えない。大事にしろよ。隣りの御婦人もそう語りかけていた。これもナイスショット。空は青く山は高く静かに川が流れているが、二人の心の中にはどんな未来が重なっているのだろう?親父のショットは3人とも気付いていない。それとも知らん振りをしていたのだろうか?このアングルはスイス3日目のグレッシャー・エキスプレスのスナップです。

このショットを探してなかなか見つけられず。3人3様の自然な姿。デジカメの写真を見つめる女性。それを優しく見守る男性。隣りの御婦人は外の景色に見とれている。

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梅雨の晴れ間 蒸し暑い スイスは今日も涼しいのかな?

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チューリッヒ中央駅。旧市街出口?。この時まだ雨が降っていた。路面電車が大きい。

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こちらは反対側。市街地に出る事無く電車に乗り込む。

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パノラマカーの車内が移りこんでいるが何処に向かっていたのかな?

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ツェルマットから下って来た処。何気ない風景の中に鉄路工事の苦難の歴史がある。

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グレッシャー・エキスプレス(氷河特急) 緑の草原もこんな雪景色も見れる。

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これも一回公開?この特急、一番高い処は2000メートル。ゴンドラでは無い。

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雲の上を走る。ここが最高点。冬季もこの路線運転されているから驚きです。

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車窓の下に村が見える。

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山が近くなる。もうすぐツェルマット。

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ツェルマットのお店。公開したかな。これから一気にお見せします。

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ここがツェルマット、ゴルナーグラード鉄道の終点。団体のガイドさんが細々とした説明をしていた。ここから雪道の散策?コースもある。しんどい人は電車で降りて下さいと言っていた。こんな高い処から歩ける人の心臓に敬意を表す。此処で3000メートルです。少し目線を右に動かすとこの景色です。

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これは公開済みのマッターホルン。でもこの山を見に来たのだから本当に感激でした。この絵はプロでも天気に恵まれないと撮れないでしょう。自慢のショットです。大きく引き伸ばしても額縁決定です。今月は蒸し暑い気候が続きますがこの絵を見ていると、そんな気持ちも何処かに飛んで行きます。暑い日が続きますがご自愛下さい。

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スイス ハイジの村には立ち寄れなかったけれど・・・

スイスに行くと言った時、殆どの人が「何しに行くの?」と怪訝な顔をされた。「確かに」そう思いながら長年の屈折した思いを語る事無くハイジを引き合いに出した。誰もが知っている天真爛漫の少女の姿は、アニメの印象でそれ以上の説明は不要だった。

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すでに公開した画像。ハイジが見ている?まさか?

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サンモリッツの駅。湖の向こうの山は昨日の雪が残る。これから3日目の鉄道の旅です。

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これが2日目の朝。サンモリッツの駅。これからイタリア国境の町、ティラノに向かいます。ホームに雪が積もり、天気も冬の景色ですが何故か寒くない。雪も歓迎して呉れたのだろう。

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サンモリッツの駅から市街地を見上げる。駅の横は湖。この画像は君の物。

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駅前の広場。まるで雪景色。親父はカメラを失くしてしょんぼりしていた。慰められる。

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後ろの車両切り離され喜んだのも束の間、パノラマカーが連結される。電車はその後、再び駅に戻る。嬉々として2人で次の駅で移動すると車掌に制止され下車させられる。なんにも無い駅の改札で君が説明を求めると、指定券を持っていなかった。(旅行社のミス?)

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峠越えの踏み切り。こんな所でも歩いている人が居る。何処でも乗車出来るからだろうか?

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鉄道と並行して走る道路。きちんと除雪されている。この時期の雪は珍しくないのだろうか?

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峠ももうすぐ頂上。今は夏季。冬季もこの路線を電車は走る。凄いなあ。この先の下りでその事を痛感する。寒さは全く感じない。完全暖房?そうではない。Img_0388

これはすでに公開した画像。国境かな?良く見えない。

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もうすぐトンネルを抜けると下り。大パノラマが広がる。君の画質親父の無料ブログのスペックをオーバーしているので見れないかもしれない。

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これもすでに公開した画像。こんな絶壁の上の工事と冬季のメンテナンス。想像できない。

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残念此処まで何とかパソコン騙しながら画像の挿入を続けたが此処まで。パソコンに逆襲された。「いい加減にして下さい。スペックオーバーです。このままだとストップします。」

スミマセン。君のメモリーも編集されているのでパソコンも戸惑っているのでしょう。このカメラマンに免じて許して下さい。カメラも良いし良い男だね。では又。

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2010年7月 3日 (土)

欧州の豪華ホテルの朝食の味 どんなジュースだろう?

Img_1930 スイスのホテルの食事は6泊全てモーニングとディナーのセット。どれ位したのだろう?味は文句有りませんでした。全てバイキング。でも日本のホテルの様に最初から勝手にどうぞではない。テーブルに案内されてスープともう一つ料理を聞かれる。それから席を立ち好きな料理を取れる。日本の様に慌ただしさが無い。ゆっくりと時間が流れる。

サンモリッツ、そうカメラが出て来た宿でメインの料理が口に合わなかった時、殆ど喰えなかった。それでも替わりの料理を出す訳でも無くウエイターの男性はウインクをするだけ。料理にもサービスにも誇りを持っている。全体的に食事の時間は長い。そしてマナーにうるさい。それでも堂々としていれば何も気にする事はない。サンキュウーだけは上手くなっていた。

今日の日経のプラス1に「夏に美味しいご当地ジュースの何でもランキングがある。佐賀田島柑橘園の「セニョリータ陽子」が1位にランキングされている。その中のコメントに欧州豪華ホテルの朝食の味と紹介されているが、確かに朝食でも手抜きが無い。

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親父の日常は仕事の時はトースト2かじりと梅と昆布のおにぎりとお茶のペットボトル。休みの時はモーニングコーヒー。トースト2枚とゆで卵、ミニサラダ。昼はお弁当。流石にヨーロッパ人でも貴族か伯爵で無い限り豪華な食事は無いだろううと思いきや、そうでもない。ホントよう食う。人の事は言えないが腹が出るのも良く分かる。メタボの言葉は彼らの頭に無い。

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これはグリンデルワルドのホテルのウエルカム飾り。日本の高級ホテルにもあるのだろうか

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こうして眺めると凄いね。夕食のテーブルです。流石の親父もマナーの確認をしていた。

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何処の料理が美味かったかと聞かれ、ロープウェイを見上げながら土瓶風のコンソメと言って笑われていた。「確かに」 日本のコンソメの味がした。これは?結構でした。

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これは君のスープ。何も言わなかった。

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これは親父が喰った。大麦のの上にホタテが乗っていた。違う?イヤイヤそうでしたよ。

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これは君が喰ったもの。子羊の肉だな?違う?そりゃそうでしょう。食ってないもの。

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このサラダ、余り上手くなかった。それでも美味そうに食っていたな(笑い)。

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これを見た時ニンマリ。米だ。食って見るとタイ米。米粒が小さい。駄目だ。でも残さず。

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これは君の分。美味そうに食っていたが不味かっただろう?違う?失礼しました。

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窓の外見上げると人が飛んでいた。近くに飛び降りる所がある。信じられない。

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これはバイキングのレザート。他にも料理多数。とても勝負できない。それでも彼等は本当にスマートでした。

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叔父さん、エーデルワイスのリクエストに答えて呉れてありがとう。叔父さんは長野にも来ていました。多くの事を一杯喋って呉れてありがとう。君が通訳して呉れたけれど握手で充分

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彼女も仕事に誇りを持って本当に優しい人でした。スイス人かどうかは分からないけれど、日本人が英語を喋るのが大変な様に、この国で英語が喋れる事は大変なステイタスです。それでもそんな事は微塵も感じさせずに、君の英語にも答えて呉れました。(失礼)。この時親父は本当にスイス人のもてなしの心を痛感し感謝していました。お幸せに。

6泊7日の旅はあっという間もなく終わりました。それでも親父のカメラのメモリーだけでも多くの記録が残り、君から預かった2枚を合わせると画像は1000枚を越えるでしょう。暫くは整理に追われても記憶の中には消える事は無いでしょう。

もう一度行くかと言われればノーサンキュウですが感謝の思いで一杯です。この歳老いた親父を連れて廻るだけで大変だったでしょう。人は老いると希望を失うと言われますが、その認識に欠ける頑固さを理解するのは本当に並大抵の接待ではありません。次は親父が接待する番ですがどうでしょう?大泉洋さんなら「大丈夫でしょう」と言いきれるでしょうが、分かりません。そう分からない事が又、楽しみでもあるのです。まだまだ続く。まだ?信じられない。親父は本当に高所に弱く平地では人並み以上のバイタリティーが有りました。

ブログもまだまだスイスの旅、続きます。お楽しみに。(君だけかも)

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スイスから帰った時は雨、今日も雨 日本は梅雨明け、何時?

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インターラーケンからグリンデルワルトに向かっている。この電車、途中で分かれる。この時はその後。目的地は近い。大分、旅慣れて来たがそろそろお疲れ気味。でも景色がその思いを癒してくれる。ぼんやりと外の景色を見ていると頭の中は空っぽになっている。

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これはすでに公開した画像。それでも緑が濃い。田舎の今頃の緑を思い出す。

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目的のグリンデルワルドは近い。山は高く空は青い。でもいつもがこれが日常だと退屈かも

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そろそろ、着くよ。身支度をしている。正面が目的地。

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着きました。グリンデルワルド。正直、この街は知らなかった。ユングフラウとアイガー北壁が見える。但し、麓の村からは影も形も見えず。登山列車で登る。スイスに行ったらこの駅はお薦めです。でも途中の中継駅から先の料金は滅茶高い。山も高すぎて何も見れずに済みません。それでも満足でした。

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ホテルのベランダから見える麓の村。良く写真で見る風景。これはパンフレットに使えそう。

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登山鉄道で見る麓の村。一気に登る。

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上の画像はこの写真の左上。登山鉄道は良く見えないがこの画像拡大すれば見えるかも。無理だな。右中央を登っている。

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この先はすでに公開のアイガー北壁に続く。

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この駅のベンチで高度に慣れる為、ベンチに座り眼前の風景を見つめていた。新田二郎のプレートはこの駅舎の反対の小高い丘に在る。この景色です。

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ここから上に登山鉄道で上がらず、ハイキングコースを下がる人も居る。2人の御同輩、何を相談しているのだろう?一つ、2つ、3つ、それともした迄歩くのかな?どれ位掛るのかな?

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みんな真剣に観光していた。酔っ払いは居ない。山を愛する人が新田二郎が静かにアイガー北壁と案内の看板を見つめていた。このスナップもなかなか撮れない。それだけの天気。

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ユングフラウ鉄道はほとんどトンネルで高度を稼ぐ。この鉄道は驚く事に1912年(大正元年)から走っている。乗り継ぎになるのはレールの幅がそれぞれ異なり直通運転が出来ない。そして料金もここから先が高い。御免なさい。高い料金を楽しめなくて。トンネルの中で幼児が高度に耐えられなくて泣きわめいていた。大人では途中で2回停車して高度調整をしているので殆どの人が平然としていた。行きも帰りもアイガー北壁の下を走る。

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スイスのお土産。娘に渡すつもりが何故か愛着を感じて手元に残し、他のお菓子にしました。楽しい旅も終り一週間しっかり働いたので部屋の中もただこの有様です。足の踏み場もありません。これからの日常に疲れた時、この人形を撫ぜながら元気を出して行きます。

アメリカの詩人サミュエルソンの言葉に「青春とは心の持ち様」と歌われていますが、今度の旅で痛感した事は「飽くなき挑戦」です。今頻りに高齢化社会とか社会保障の充実とか言われていますが、政府や行政に何かを期待するのではなく自分に何が出来るかでしょう。

人の本当の幸せは健康とそれを支える生活力でしょう。今、多くの人が多くの言葉を声高に語りますが、本当の意味で青春を謳歌出来る時は短く、腹が出ては何も出来ません。今迄、一日一生とか不遜な生き方をしていましたが、これからはスイスで君から問われた言葉の意味を噛みしめながら頑張ります。スイス旅記録、まだまだ続きます。

これから部屋のお片付けです。それからお気に入りのパンを買ってコーヒータイムです。

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そろそろスイスの旅も終わりかな?まだまだ未公開映像たっぷりです

スイスの国土は日本の九州の広さとほぼ同じとか感じとしては九州の南北がスイスの東西だろうか?今回の旅の目的はスイス鉄道の旅。そしてマッターホルンとアイガー北壁、ユングフラウの峰を見る事。鉄道の旅は最高。マッターホルンとユングフラウには高さに圧倒される。

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ツェルマット2泊目の朝。窓の外は快晴。残念ながらマッターホルンの山肌に当たる朝日は拝めず。それでも満足していた。前日までの天気が嘘の様に歓迎して呉れました。

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これが東京放送のテレビクルー。最高の天気。最高のマッターホルンが撮れていた筈。

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これは朝日が既に山を下りている。でも感じは出ているね。

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日は登り太陽が東から西に移動している。この日チェックアウト午後になっていた。前日、ゆっくりして良いか尋ねると全く気にしていなかった。これは別れのスナップかも?

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先のブログ、ロープウエイの場所は左の山を横に移動。展望台は左の高みにある。

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ホテル最寄りの登山鉄道駅迄の送迎電車。来る時は霧の中でした。

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これはホテルの記念品。又来れると良いね。来れるかな。その為には一杯稼いで、一杯長生きをして、一杯元気で無いと。親父は無理だな。上高地の帝国ホテルか伊豆の川奈ホテルにします。(贅沢)。でもこのホテルの思い出は消える事は無いでしょう。ありがとう。

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ツェルマットの駅前のお店で口にしたバナナケーキ。美味いかと言われてうなずいていた。見た目はうまそうでも、量が多い。半分だけ口にしていた。一昨日、駅に着く前、電車のお土産(ピーナッツ)を口に入れようとして叱られていた。あの時恨めしげにいじけていた。暫くふてくされていた。それでもシャツを買って貰ったら機嫌は直っていた。親父、食い過ぎです。

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移動中。もうすぐ乗り換え。

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これが買って貰った長袖。これで暑くなかったから涼しかったのだろう。胸のツェルマットが記念の印。何に感心しているのだろう?ひげが伸びて来た。何時もそんな顔をしていなさい。

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この電車は早かった。ベルン行きスイス国鉄?シューピーツ乗り換え?なんせ金魚の糞でしたから。(それにしては態度がデカかったよ)。親父の親父らしさが分かる人は少ない。

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グリンデルワルトは近い。正面の谷間。

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着きました。グリンデルワルトの駅です。逆光で看板の地図が見えないが人の顔も見えない

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これは親父の画像。正面の建物が駅舎。ホテルもその向こう側。少し歩く。

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これは駅舎側から。アングルが少し雑。疲れていた。早くホテルに行こう。そう思ってはいなかったが・・・。

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これはグットです。正面奥の山がホテルのベランダから見えていました。

スイスの旅は計画任せ。でも希望は聞いて貰っていたので本当に楽しい旅でした。サンモリッ、ツェルマット、インターラーケンそれどれ2泊。ベル二ナエキスプレスの旅はサンモリッツからイタリア国境のティラノ往復。意外に雪の中を峠を越えながら最後はブルージオのループ橋(坂本冬実のコマーシャル・・また君に恋してる)あの橋が見える。

3日目4日目はツェルマット。マッターホルン。三日目のスイス横断のグレッシャー・エキスプレス。サンモリッツからツェルマット迄の7時間半。高さ2033メートルの峠越えは正に圧巻。そして天気に恵まれたマッターホルン。その威容は驚きと感動でした。

5日目と6日目はグリンデルワルト。身動きすら出来なかったユングフラウは見れなかったけれど、君の写真で充分です。本当に感動の一週間でした。最後の君の靴の底が外れるアクシデントが有りましたが、東京駅の靴屋さん、あの修理は見事でした。

親父のブログはまだまだ未公開の映像を公開します。そして親父節炸裂です。お楽しみに。それ位が親父に出来る恩返しでしょう。

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2010年7月 2日 (金)

一週間前は飛行機の中 11時間は長かったね。それでも帰りは2時間早い

成田ーチューリッヒは行きの方が時間長い。それでもそんな感じがしなかったのは何故だろう?まだ見ぬ景色に胸を躍らせていたのだろうか?そうではあるまい。帰りの方が早かったのに楽しみが無くなったのかもしれない。後ろの席の他愛ない無駄話が神経を逆なでていた

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マッターホルンがこのトンネルの右側に広がる。怖かったゴンドラの終着点からこのトンネルを抜ける。途中迄大阪のおっちゃんが君の事を褒めていた。親父もそう思っていた。ホント。

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これはマッターホルンでは無い。近くの山が目前に迫る。美しさを感じる前に別の怖さを感じる。山の美しさはロープウエイトゴンドラで来たグレッシャー・パラダイスからではなく、遠くから眺めたゴルナ・グラードだったかもしれない。

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少しピンボケ。親父の事が心配になっていたかな?

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ゴンドラがこんなに近い。親父の気持も分かるでしょう。分からない。そうかもね。

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それでも此処に立てただけでも満足でしょう。ゆっくり眺める事も出来ずに(親父は見ていない)。この画像アップは2回目。それだけの価値は有るね。君の思いが籠っている。登山鉄道の終点(ゴルナグラード・・3090m)とは迫力が違う。これは大きく引き伸ばします。

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ゴルナグラードの展望台から。これはこれでナイスショット。マッターホルンは登山鉄道が雲から抜けてやっと見える。この画像も2回目のアップ。比べて見るとその違いが良く分かる。どちらが綺麗かと言われるとこちらかも。スミマセン。上の景色見ていないくせに。

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フェンスの先の雪と雲の境が分からない。山の怖さがひしひしと感じる。

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正面マーターホルンの頂上は4478m。この展望台の高さが3883メートル。雲が目線の延長に見える。親父が見れなかったのも分かる。分からない。やっぱり。ホント何しに行ったのだろうか?でも無事に帰れたのだから其れが最高の歓びでしょう?アホか。がっくし。

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これで見納め。少しアップしたのかな?親父が心配だしと思って呉れたのだろうか?親父はひたすら君の帰りを待っていた。哀れと言うより其れが正解でした。山の怖さを思い知らされたのでしょう。(オイオイ、言い訳ですか?)

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これなら如何だ。親父でなくても下は見れない。良くこんな景色撮れたな。尊敬します。親父はひたすら横を見ていた。目線を下げなければ足元がすくまない。お尻はむずむずするけれど。

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良く行けたなあ。これを見ているだけで怖さが甦る。もう2度と行けない。

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それでも叔父さんの顔を見ていると安心。何も説明して呉れなかったけれど・・・

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親父、尻を掻きながら山を見上げている。此処まで降りて来れば大丈夫?

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マッターホルンはホテルの左前方に雄々しくそそり立っていた。到着の日は夕方まだ明るかったけれど霧で何も見えず。ホテルのフロントで山は何処ですかと尋ねると「目の前」と笑われていた。それでもパソコンの画面を見せながら「これが見えますよ」と胸を張っていた。

まだ今シーズンオープンしたばかりのホテルは歴史の古い格式の高いホテルだった。此処でもカップルの旅行と間違えられる。そうだよなあ。親子と言われると分かるけれど。一番、嬉しく感じた事はもてなしの心。日本人は本当に優しいけれど彼ら彼女らはその上を行っていた。

仕事に対する誇り、もてなしの心、日本人に欠ける余裕。あれは一体何処から出て来たのだろう。但し、例外も居たけどね。人の事は言えないかもしれないがその事も痛感する。画像マダマダネタ切れには為りません。親父の拙いコメントもこれからが最高です。

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2010年7月 1日 (木)

一週間前はグリンデルワルト スイス最後の夜 又、来れるかな?

君から笑われたロープウエイで行ったマッターホルン・グレーシャー・パラダイスは親父にとって足元がすくんだだけ。その様子は前のブログを見ればよく分かる。早く済んだのでもう一つの高所、ユングフラウの素晴らしい景色(親父も見ていない)を見て見よう。

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ツェルマットからグリンデルワルトにむかう途中の駅からの写真。トウーンの駅。湖はプリエン。グリンデルワルトでユングフラウに行った翌日遊覧船を予定していたが止める。その分工程がゆっくり出来て正解。多くの事を求めても疲れるだけ。一か所に2泊で正解。

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インターラーケン、オスト駅(東駅)で乗り換え。この時だけは老いては子に従うのみ。

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それでも電車内の態度はデカイ。親父、寝ているのか、起きているのか 聞かれたな。

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グリンデルワルトに向かっている。

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グリンデルワルト。右正面の看板はインターラーケンはこちらの標識。

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これから山に登ります。余裕があったのは途中のクライネ・シャイデック(ユングフラウ鉄道乗り換え駅)迄。ここからアイガー北壁が良く見える。

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ここで暫く休憩していると結構日差しが強い。乗降客は結構団体が多い。それでも車掌は客数をきっちりチェックして定員以上は乗せない。その意味は上に上がると良く分かる。それ程にトンネルの傾斜はきつい。

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左の黒い絶壁がアイガー北壁。右がメンヒ。この山は今は見えないユングフラウに挟まれて余り知られていない。高さはアイガーより少し高くユングフラウには負ける。それでもその差は小さい。

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何を見て感嘆の言葉を発しているのだろう?皆んな見ているなあ。親父、髭も伸びて来たな

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トンネルの先が出口。緊張感より不安が高まる。流石に皆足元が重い。親父は頭が重い。

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展望台の外。トップオブヨーロップ?4158メートル。富士mountainは日本一の山。其れがはるか下。親父はこの時、下のスフィンクステラス(食堂)で身動きせず。しかし、ふらつきは無し。空を飛行機が飛んでいる。

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良くこんな所歩けるな。落ちる心配はないのだろうか?

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君は何処迄行けたのだろう?親父は君の帰りを待つだけだった。それにしてもこの夫婦余裕。アンビリバブルです。ゆっくり景色を満喫できずに面目ない。それでも親父は動き回らずで正解でした。

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早いもので先週の今日はスイス最後の夜でした

今日は君からのメデアが来たので今迄にない感動の記録(親父がビビった所)の公開です。

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この高低差は左程感じられないがこのゴンドラの終点の裏からマッターホルンがまじかに見える。この高さが3883メートル。親父が動けなくなるのも当然。しかし、他の人は本当に動き回っていたから信じられない。テラスの外は銀世界。サングラス無しでは眼が痛い。

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親父は見ていないマッターホルン。食堂でコーヒーだけを飲みながら机に突っ伏していた。

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こんな高い処でスキーをする気分は分からない。命懸けかと思いきやそうでもない。コースは整備されているが親父の様なおっさんにはとても無理。とても出来ない。

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親父はガラス張りの中から見ているだけでした。それも長くは続かず息苦しくなる。

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おいおい落ちたらどうすんんや?安全なリフトの中で喚いていた。氷河が見える。

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こんな階段。何の為に在るの?すごいね。このサービス精神。親父には無用の長物。

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こんな所で落ちたらどないすんのや?それよりもこんな所に立てない。

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ヨーロッパで一番高い展望台。凄い。でも見ていない。スミマセン。

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展望台は書面の尖がり帽子の上。ここから見上げた時、其処だと分かっていたら行けなかっただろう。この区間はゴンドラで最後の絶壁をいとも簡単にせり上がる。今思い出しても怖い。あの時、下は見ず丁度大阪の叔父さんに話しかけられていた。「さすがスイス、景色が凄い。日本では見られない」合図ちを打ちながら親父の顔は引きつっていた。

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このゴンドラです。落ちる心配はないが高さが良く分かる。信じられない事に落ち着きの無いのは親父位で皆平気な顔をして歩き廻る。その度にゴンドラは揺れ親父は内壁にしがみついていた。昔、子供達が小さい頃、余裕綽々(しゃくしゃく)で北アルプス西穂のゴンドラに乗っていたのは何だったのだろう。(いやー比べ物にならない。スケールが違う。)

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親父、腰が落ちている。君の笑い声に返す言葉も無く腰かけているだけだった。この親父が下に降りると態度が変わる。こうして見ると本当に親父です。情けない。

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このロープウエイ。高さが半端では無かった。それでもこれで6人乗り。これは麓に近い。この近くの中継所で食事をする。コンソメのスープが何とも言えない塩味。美味いかと聞かれてニンマリとしていた。その時の写真は無い。

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食事をしながら山を見上げていると時の経つのを忘れていた。

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