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2010年6月 5日 (土)

焼き肉のたれ ジャン これはイケる 何時もの料理がガラリと変わる

焼き肉のたれと侮るなかれ。これがイケる。眼から鱗(うろこ)が落ちると言われても、その言葉の意味が分からんと平然と開き直るガキが少なくないが、親父がこの歳になって分かった事は料理の美味さはたれ、味付けが全て。味付けが味噌、醤油、塩が全てを左右する採れ立て、新鮮、産地限定は別にして大概はこれで決まる。

一人暮らしの侘しい食事の味付けは専ら(もっぱら)塩コショウ。それも塩分取り過ぎを考えると控えめにしなければならない。そうすると味が薄くて不味い。味にうるさかった親父も流石にフライパンの野菜炒め、細切れや生姜焼き豚炒めでは文句も言えない。

そんな時この焼き肉のたれは重宝出来る。不味い安物の肉も味気ないカット野菜も美味くなる。入れ過ぎに気をつけないと辛くなるがその時は飯を入れると箸が止まらない。(ほんまかいな)ホンマです。この焼き肉のたれは少し高いが焙煎ごまの香りとりんごなしのまろやかな甘さ、ニンニクなどの薬味感が特徴。(宣伝文句そのまま)。肉野菜炒めにぴったり。

日々の生活も同じかもしれない。どんなに頑張って見た処で人の生き方は胡散臭い(うさんくさい)。言葉の意味は何処となくおかしい、疑わしい、インチキ臭いかな。本当は其々が(それぞれが)それぞれの思いの中で健気に(けなげに)頑張って見てもしれている。

その事を自覚した処で何も始まらないが、多くの人は自分自身の事は棚に上げ他人を批判する。人間の性(さが)と言うには余りに寂しい事でも、意識しなければ何も気にする事は無い。歳を取ったからだろうか?最近その事が重く(そうでもないけれど)気になる。

そんな時、焼き肉のたれを口にして見るとその矛盾が氷解する。そう氷が解けるように。それはオーバーでしょう。ウンニャ(大分の方便…否定の言葉)。ごく自然かも。そう思えば多くの不快の現象が陳腐(ちんぷ)に見える。(おや又難しい言葉を口にする)。陳腐・・ありふれてつまらない事。しかし、当事者にとってはそうでは無く大事な事かもしれない。大概は声高に言葉を重ねているから。そんな時鼻先でせせら笑えば良いのだけれど・・・。

6月の始まりから梅雨模様そこのけのカンカン照りの日差しも長くは無い。間違いなく梅雨空の時が来る。じめじめとしたうっとうしい空を見上げながら恨めしそうな顔をするのも近い。その先に来る暑い日差しの事を考えもしないで。そんな時、焼き肉のたれを重宝すればきっと青い空、青い海、白い砂浜、ビキニと黄金色をした肌を見れるかも。(いやらしい)

政権のたらいまわしが始まり当事者が嬉々として多くを語るけれど、人々の生活は如何なのだろう?多くを期待するのは酷だろう。何故なら課題が山積している。綺麗事を言い過ぎる。国民の国民の為の政治。そんな物は世界どこを探しても無い物ねだりだろう。

焼き肉のたれ。 そんな美味しい調味料を誰が用意して呉れるのだろう?空海は堕落した仏教を否定し、それでも最澄の様に奈良の伝統迄もは否定しなかった。なんでも役に立てると思っていたのではなく全てを否定しては、肝心の真言密教の布施の場すら無くなると思ったのだろう。

完璧に迄完成されたその教えも皮肉な事に高野山では彼の死後間もなく継承されなくなる。人の世だけではなく信じる事の無常を知るのは何時の世でも同じかもしれない。今でこそ人は仏に縋る(すがる)思いを無くしても生きて行けるが、そんな罰当りの生き方は平安の昔では考えられなかった事に違いない。

今生を生きる術は己のか細い生命力に縋るしか無いのだろうが、焼き肉のたれ位は誰でも手に出来る。自分で自分の位牌を手にする事は出来ないが、簡単に手に出来る多くの事にもう少し感謝の気持ちを重ねたら未踏の明日が晴れやかに為るかもしれない。

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