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2010年5月19日 (水)

恵みの雨 クールアース 昨夜来の雨はお湿り 程度

昨夜銭湯の帰りに雨に合う。親父さんがぼろい傘(失礼)を貸して呉れたから、コンビニにも寄れたがその雨も長くは続かず朝は止んでいた。その雨が10時過ぎから又、時雨(しぐれ)る。今日もお休みだったから朝のコーヒーは近くのお店で済ませる。

自転車では傘を差さなければならない感じで歩く。春雨では無く5月のこぬか雨。小雨で濡れる程度。久しぶりの休日の雨。仕事の時は6時50分前に時間を気にしながら歩く駅への道も間延びしている。人通りは多くない。

最近この道もお間抜けが多く右側をスタスタ歩いていても、前からも後ろからも靴音を立てて歩いて来るお間抜けを避けねばならない。最近、普通に歩いていても相手を避けないとまともに肩や足が触れる。それだけ年を取り迫力が失せたのだろうか?

そう言えば電車の中でも相手を威圧する眼に見えぬ力が消えている。段々、なんだかんだ言われても年を重ねる事はそんな事だろう。仙人にならなければならない。今は仙人どころか普通のおっさんにしか見えないのだろう。

2年前、首になった職場でガキに「おっさん、かかってこい」と舐められていた。今のガキ達も同じだろう。醜い年寄りになりたく無ければ格闘技と銭を貯めなければならない。今、巷では尤もらしい事が尤もらしく語られているが、奈良平城京の昔から人の世の多くの思いは大差ないのだろう。

その証拠は今夜夜10時からの某国営放送の「歴史、ヒストリア、遣唐使物語」を見れば分かる。今から1300年の昔からこの国には学びの思い、無知、無学、策略があった。今、奈良で多くの税金の無駄使いをして平城遷都1300年のイベントが行われているが、多くの人の思いが踏みにじられた歴史を語る人は居ない。もっと歴史に学べ。無知と無学は違うと思っていたが空海が生きた風景を司馬氏が語る言葉は、非常に厳しい。

何が厳しいか?政治の在り方だろう。政治を司る(つかさどる)朝廷の在り方。平城京、長岡京、そして平安京。最澄の天台宗、空海の高野山。(空海が平安の初期、嵯峨天皇の庇護を受けた頃は高野には居ない)。朝廷は藤原の勢力に取り込まれその藤原も3つの勢力が策略を巡(めぐ)らし、悲惨な権力争いを続ける。腫れもので言えば組織が赤く腐り、膿が膨張して皮膚が弾ける寸前にあったと言いきっている。何たる無様。何たる非道を繰り返したのだろう。空海も真言密教の布教の地を高野山に得るが、現代人が考えるほど聖人では無い。

京都に行く。親父が若い頃利用した市電は既に亡くなり地下鉄。この歴史も古い。久々に利用したが乗降客は多い。それでも本当にこれだけの立派な地下鉄が必要だったのだろうか?これだけの公共アクセスは建設費用を永遠に回収出来ないだろう。

P1000391 烏丸今出川同志社前の出口。流石に年寄りの姿は見えない。若い学生が利用するのだろうが、時間帯がずれると誰も居ない。そうだろう。この階段。年寄りの利用を考えていない。

この狭さ。この角度では手すりを付けるのが関の山。エスカレーターは何処に有るのだろう?有りません。階段のみ。

オイオイオイ。こんな地下鉄。誰の為に作ったの?確かに烏丸通りの車の流れは良くなっていたけどね・・・。

路面電車が無くなり、人の流れは地下深くに潜る。親父が若い頃下宿していた頃に走っていた路面電車は今、広島を走っている。

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お店は若い頃と比べて綺麗になっていた。赤いひさしとショウケースが出来たからだろうか?看板の向こうのお店が昔八百屋さん。今は廃業していた。親父さん、如何したのだろう?もう寿命?若い頃お世話になりました。

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