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2010年5月16日 (日)

神仙桑抹茶ゴールド 健康茶のすすめ

天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず この言葉は郷土の誉れ福沢諭吉の「学問のすすめ」の初めの言葉とか。親父は中学の時この言葉を学んだけれど、残念ながら家が貧しく(これは良い訳に過ぎないけれど)、高校卒業と同時に大阪の印刷会社に就職する。

印刷会社と言えば町工場を思い出すが、親父の就職先は当時(今でも)日本を代表する印刷の大会社だったが、会社の社会的地位は既に低かった。当時の大阪の代表的企業は松下幸之助さん。明るいナショナル松下電器産業、関西電力、大阪ガス、日本生命、住友生命、etc.。とにかく印刷会社のイメージは高くも無く、事実会社もお世辞にも綺麗とは言えず配属先の営業の仕事も草分け的分野だった。

今でも帳票の印刷と言えば伝票ですかと聞かれる。ハイ、手書きの伝票とプリンター用の連続伝票と言っても胡散臭い顔をされて間に合っていると体良く断られる。その仕事を45年も前に始めたのだから先代の会長の先見の明に今更ながら感銘する。

今、景気が良くないと言われるがあの当時今日の活況を何を見据えて、事業を立ち上げたのだろう?パイオニア精神と言われた言葉をアメリカの先人に学び、製造の技術を貪欲に吸収し日本独自の技術にして今尚、多くの後輩が飯を食える活力を何処で見出していたのだろう?

今、この国の経済は多くの試練の時を迎えて、物造りの活力を後進国から先進国に替わろうとする中国にその座を譲らんとしているが、アメリカに学ぶ事は無いのだろうか?アメリカの経済も日本以上に物造りの活力を失っていると言われるが、そうなのだろうか?

金融の勢いのみをこの国のお間抜けなエコノミストが伝えるけれど、私達が眼を見開いた、否、その前に戦争に負けた原因を爺ちゃん達に思い知らされた、物作り大国の大量生産の力。その活力を我々は本当に学んだのだろうか?そして頂点を極めたその先に見た物はどん底だったのだろうか?ならばそのどん底から這いずり上がらなければならない。

Img_1714 昨日に続いてスイカを食らう。去年までこんなに早く口にする事は無かったのに、味覚が変わったのだろうか?季節の果物では無く季節その物の食い物。

田舎のオイちゃんの家で、この倍の大きさを遠慮せずに食っていたのが、何故か思い出される。このスイカは熊本産。温室栽培だろう。

温室栽培と露地物は何故か味が違う。この切れ端でも300円前後するのはそれだけの価値を見出せるからだろう。その価値を分かる人は少なくても、生産者の思いは変わらない。鍋の横のチンゲン菜と新玉ネギは今日は食えず。鍋で炒めたレタスとお気に入りの蒲鉾で満腹。

他に夕方空腹時、パンを食っていた。相変わらず食い意地は張り時々ベルトが切れる。初めての時はびっくりしたが数回続くとベルトの止め具の弱さに気付く。今迄ベルトの安さにニンマリさせられていたが、留め具の弱さに気付くと今度買う時の視点が見える。

Img_1715

本日のメーンエベント。桑の葉入りの抹茶です。粉末ステック60袋入り 約6000円 高い。それだけの価値が在るとは思えず、月一回の頒布も溜まり気味。今月も断りの言い訳をしなければいけない。それでも桑の葉は体の整腸と便秘には効果あり。それは実感する。

それならなぜもっと飲まないの?一日2回飲んでいないから。成る程。飲まない時もあるから。飲み難いから。それでもトイレで便がスムーズに排泄されるとニンマリ。快調を実感させられる。この生産者は熊本の八女。それでも生産地は中国。これだけ多くの無農薬のお茶の栽培が日本では難しいとか。本当だろうか?この国の物造りの形も変わらなければならない。

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