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2010年5月 4日 (火)

連休4日目 休みもあと1日 暑くなり急に匂いがきつくなる

今日は暑い。昨日の高野山の帰り大阪梅田の何時ものカレー屋でカレーを少し窮屈な思いで食い、君が乗ったバスターミナルの横の階段を上がり、自分だけのお土産を買い電車に乗った時、汗をかいていた。高野の山上では流石に汗はかかなかったが、日差しは強く風景は初夏だった。季節外れの暑さは明日まで続き、近くで完成した家の下水に流れ出た汚水の乾いた臭いが部屋の中までしている。何たる事だろう。肩まで凝って来る。

天地の恵み、天から流れ落ちる大雨で排水路の不快な匂いを、洗い流して呉れる時はまだ大分先の事だろう。それまでは久々に消臭剤が要るかもね。そんなお休みの時、昨日行った高野の地を地図で探して見る。

大阪南の難波から南南東に南下し河内長野を経て、和泉山地をトンネルで抜け橋本に至る。其処から一気に山中に分け入り南海高野線の終点極楽橋。そこからケーブルで高野山口に至る。しかし、此処が目的の地では無い。此処からバスで約2キロ、そこが目的の高野山町。女人堂、金剛峯寺は近いが弘法大師、空海がいる奥の院は此処からバスで暫く掛る。それでも遠くは無い。親父は帰りのバスに乗った時、一人がけの席で足を捻る(ひねる)。それでも何とも無かったのはお参りのお陰だったのだろうか?そうではあるまい。この罰当りの親父にそんな御利益が(ごりやく)有る筈も無い。まだまだ足腰はしっかりしているね? そんな事を考え安堵の思いをしていた。(ホント、はずみは馬鹿にならないよ)

空海の平安の時代、こんな山奥に密教の聖地を開いた目的は一体何だったのだろう?それは司馬氏の「空海の風景」(上巻)で説明している。しかし、その事を実感するにはこの観光地化されたルートでは分からないだろう。先人の大いなる思い。特に平安の昔のこの地を求めた鬼才、天才の思いは今日の凡人に知る由も無い。

帰りのバスで足の捻りに脂汗も流さず安堵の思いもつかの間、バスは街中で渋滞にハマる。2キロ足らずの道は途中乗車の人と車で中々進まない。久しぶりに鈴なりの乗車の光景を目の当たりにする。親父は途中空いて居る時に席を前に移して正解。

何とか街中を抜けるとその先はバス専用の曲りくねった道。バスはスイスイと進む。渋滞の中で歩いた方が早いと思っていた思いが間違いであった事に苦笑する。しかし、この思いはロープウエーに乗り換え高野線のホームで乗車の電車を待つ中に逆転する。

来る時、特急の指定席に乗れず何の説明も無く、急行と普通の乗り換えに案内されたのか分かる。ホームに溢れる人の波。電車の数は少なく大勢の人を捌き切れていない。来る時見れなかった急峻の車窓の道を見たくて窓際に立つ。良く見るとホームで後ろに並んでブツブツ言っていた人が、ちゃっかり席を確保している。それでもきしみながら鉄路をゆっくり下る車窓の外の景色に眼を見張る。空海はこの道を歩いたのだと思うと凄いとしか言いようが無い。シーズンオフの時、特急の指定席を手にするか、高野から竜神に通じるこのスカイラインを踏破しなければならない。どれだけの時間が掛るだろう。まず歩きは無理だな。

橋本から高野の極楽橋迄の道。この鉄路が完成した時、高野詣での道はそれ迄と比べ物にならない想いを参拝客に与えただろう。それだけでなくこの終点からロープウェイの完成。信者の歓喜の思いを今日の観光客には理解の術が無い。その事が分かっただけ貴重だったかも。これからの生き方は是までの罰当りの生き方を見つめ直す時。

本当に有意義な高野の旅でした。話のレベルは全く違うが是が本当の百聞は一見にしかずだろう。空海が自分の後継者に指名した最澄が、密教の修行を比叡山の座主の儘、出来なかった訳が分かる?それだけの時間が無かったのだろう。学ぶ事は全てを無にして受け入れる事。それが出来なければ教える事もできない。中途半端な気持ちでは学ぶ事が出来ないと言う事だろう。

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