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2010年4月

2010年4月29日 (木)

風薫る五月 鶯の初鳴きがそうでは無かった 上手すぎ パーフェクト

先日までの不順な陽気がようやく五月空に近付いて来る。世間一般は既に連休模様。高速道路は前政権のお間抜けな何処まで行っても千円とかで、近くのインターは31キロの渋滞とか。親父も子供達が幼い頃遠くに出掛けていたので偉そうな事は言えない。

今は車も無し。仕事は休みでも予定は無し。連休も来月の1日から5日迄。昨夜、銭湯で顔を合わせた同じアパートの青年が連休も関係無いとぼやいていたが、大型の休みが取れる人、そうで無い人、様々です。お馬鹿なマスコミはワンパターンの情報を垂れ流しているが、世の中そんなに単純ではない。景気は持ち直し薄型テレビもエコポイントとやらで売れているらしいが、連休明けの景気動向はそんなに甘くは無いだろう。そんなアホな事を考えながら体を動かす。

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城址公園内の茶室で(-。-)y-゜゜゜。新茶と静寂の時は親父クラスでは望むのが無理です。

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あんたもカメラアングル上手く撮れる様になりましたなあ。山吹の花。茶室に如何だ。

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庭園の花華月。白とピンクの花が重なっている。空は抜けるような青。それでも2本の花は存在感を誇示している。パチンコ台にこんな名前の台があったが花を愛でるとはこんな事なのか?「願わくば花の下にて春死なん。」西行の句にそんな文句があったけれど、その花は桜では無くこんな花では無かったのだろうか?

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これも同じ花。手前の花が後ろの景色を邪魔している。この花は遠景が似合う。

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これは幼い時田舎で見た山の景色。圧倒される緑の息吹が感じられる。木の名前が土佐水木と言うのも納得。花華月に土佐水木。人生色々と何処かのお馬鹿が言ったけれど、アンタに言われたくないとどれだけの人が思った事だろう。関係無い?失礼しました。

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これは何の花?お茶の葉ではありません。

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「若葉して御目の雫 拭わばや」 芭蕉 これはもみじの若葉です。秋には真っ赤になります。 真っ赤なウソ イエイエこれは本当です。名前はイロハもみじ。うそー。ホント。

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景気、カネ廻りの良さを祈念して目出度い植物の紹介です。この名札の花が千両。右の赤い葉の花はそうではありません。この花にあやかりながら金回りを良くしましょう。時は金なり?その金とは違います。万両の画像を今日消したのでこれで我慢?名札の大きさが何とも印象的でした。

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大手門の入口。昔はこんなに立派な橋だったのだろうか?それはそれとしてこの橋の左向こうに樹齢が相当な大木がある。多くの時を静かに見続けたのだろう。時は過ぎし時は幻の時を刻むだけかもしれない。時には先人の想いを城内の花を見ながら探るのも良いかも。

連休前の静かな午後でした。元気なら此処から山に登ったのだけれど今日はそんな元気なし。明日は連休前のお仕事です。4年前、派遣の出勤チェックの仕事をしていた頃、連休の渋滞で混雑している国道の車の流れを横目で見ながら、仕事をしていた。

あの時の会社の名前は公開できないが中国で作られるパソコンの蓋を作っていた。厳しい品質を満足させる為の検品は不良品の山を重ねるだけだった。安い物づくりをしても厳しい品質が求められるその矛盾。それをこの国の派遣の人の労力で支えている。それは何とも皮肉な現実。安物を求める多くの人はその現実を知らない。

今でもあの当時感じた矛盾は乗り越えていない。それでもあの不良品の山を乗り越えなければ今の安売りパソコンはない。あれから4年。この国の物作りの技術は巷で言われるほど中国には負けていない。景気が一時期の最悪期を抜けつつある。そんな事を改めて痛感しながら当時の派遣の人達の顔を思い出していた。生きる事は厳しい。その事に負けていないだろうか?物造りの現実は実に厳しい。その厳しさを知らないから経済がおかしくなる。

この突き当たりを右折すると下り坂になる。左手が老人介護ホーム。いずれお世話になるのだろうか?その時迄は歩かなければならない。歩ける事は考える以上に素晴らしき事だろう。坂道が平らになる時、家の主を無くした廃屋がある。その敷地内に在る大木。その中から城址公園内で聞いた以上の鶯の谷亘りが聞こえる。ケキョケキョケキョ。ホーホケキョ。

去年聞いた時とは時が遅れている。その分鳴き声はパーフェクト。文句のつけようがない完全無欠。人の生き方もそうでなければならないのだろう。そうでなければ鳥の鳴き声、自然の息吹(いぶき)に耳と目を傾けて下さい。 「目に青葉、山鶯の(やまうぐいすの)、谷亘り」 お粗末。

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2010年4月28日 (水)

たあかく伸びる銀杏の様に元気で行こう 嗚呼○●は延びている

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昨年の秋、見上げた黄金の葉っぱは今、新緑の衣に替わっている。田舎の小学校の高く伸びていた銀杏の樹は切り倒されて久しい。学童数が減り木造の校舎も古くなり2つの学校を統合し新築の鉄筋コンクリートに変わり、村の中心に建設されたから。グランドの懐かしい大木は今は無い。グランドは老人ホームの一部となる。あの大木に負けない銀杏の木が近くの森に在る。早苗の森。名前は可愛らしいが樹齢は300年を越える。

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これは銀杏のてっぺん。夕日が沈み残照が明るく照らしている。銀杏の若葉が羽根を広げている。これから一気に緑が濃くなり密集の時を迎える。夏の暑い日差しを遮り日陰の下でハンモックを広げたら最高だけれど、残念ながら簡易のロッキングチェアーが関の山だろう。

やっと寒い日から解放されて暖かな日差しの中で爽やかに日々が過ごせると思いきや、現実はそんなに甘くない。それでも疲れた体もこの銀杏のてっぺんを見ていると気持が晴れやかになる。嫌な事、辛い事、寂しい事も一時の残照。すぐ暗い闇が全てを覆い尽くす。

その程度の事でしょう。難しい事を語れば株式市場の乱高下。多くの一般大衆は親父を含めてお呼びではないが、そうでもない事に気づいてもいないマスコミの報道に社会的責任が問われる事は無いのだろうか?このお馬鹿な人達は激動のこの時に何も変わらず、何も感じないのだろう?それとも親父の様にこんな生命力溢れる銀杏と会話をする方がおかしいのかも知れない。

アメリカの格付会社スタンダード、プアー(標準的な貧しさ?…直訳が違う)がギリシャ国債の評価を2段階下げて市場は大きく下げている。それでも世界の金融市場に一昨年秋の反省は無い。この国の財務大臣がいくら円高は困ると言った処で、デフレの克服の為に金融緩和を声高に叫んだとしても、ユーロ(ヨーロッパの統一通貨)が下がるのは困ると言った処で、経済の自然の流れをせき止める事は出来ない。仮に一時的にやろうとしてもお金の流れを逆流させる事は水の流れを川上に向けるに等しい。その事を口先だけで変えられると政治家と経済界のリーダー達は考えているのだろうか?世界経済の流れが分からない親父でもそれ位の事は分かる。あんたは如何だろう。

この国の経済政策の失敗をアメリカ、ヨーロッパのエコノミストから散々批判された。今、イギリスの経済紙エコノミストの編集長のこの問題に対するコメントを聞きたい。ヨーロッパの金融危機はアイスランドに始まり東欧、そしてギリシャ、ポルトガル、イタリア、最後はイギリス、フランスに繋がる。日本経済を批判したあのお間抜けなエコノミストは今、何を語るのだろう。ギリシャの金融危機はギリシャで解決するしかないが、その負担をギリシャ国民がどれだけ深刻に考えているのだろう。そのぎりぎりの処が見えて来ない。

これはアメリカも日本も同じだろう。財政の健全化?国債に頼る政策に余りに問題意識が無い。それは何故だろう>国の財政支出は当然だとでも思っているのだろうか?否、問題の大きさと深刻さを知らないだけだろう。

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どてっぱらにこれだけの穴が空いても高く伸びている私の地肌を見て下さい。この穴の大きさを見て下さい。全て私を見守り大事に育てて呉れた愛する名も無き人のお陰です。手入れをしないとこれ程の勢いで空高く幹を延ばす事は出来ない。当然の必然。その事を余りにも知らない人が少なくない。嗚呼、それが現実の出来事かも。その代償は余りに大きい。

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タコの足が伸びている。永年の風雪に耐えながらこの国の風景を見つめていた銀杏の大木。親父が尤もらしく多くの事を語るのはチャンチャラおかしい。何も語る事は無い。何かがおかしいと思えばいつでも来なさい。生きるとは何か その事位は語れるかもしれない。今年も若葉の葉っぱを重ねながら静かにそして毅然とした姿勢を、銀杏の大木は親父に語りかけていた。神主とさり気無い会釈を交わしただけの境内は静寂の中にあった。

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2010年4月27日 (火)

太平洋から日本海を結ぶ桜街道

この国が目覚ましい経済発展を遂げたのは昭和40年代後半。今から40年前後の事。親父が25の時、大阪万博が開かれる。今は亡き両親が九州から出て来て京都、伊勢、志摩、そして万博会場を見学した。あの頃は会社も大阪大淀、淀川近くの薄汚い建物だった。

翌年の46年、工場は大阪府三島郡島本町に立派な工場が完成する。この工場は今でも会社の主力工場として活躍しているが、当然工場のメンバーは当時から多くの年を重ねて世代交代をして親父も知る由も無い。

太平洋から日本海を結ぶ桜の街道も往時の面影を知る人は今は無い。名古屋の名鉄バスセンターから富山のJRの駅を結ぶ国鉄バスの車掌佐藤さんの夢を知る人も無くなっている。国鉄バスもJRに替わり今は採算悪化で直通バスも廃止されている。

親父がこの話を最初に知ったのは新婚の時。大山崎のアパートでテレビドラマで見る。佐藤さんの夢はバス路線の両側に桜の街道を造る。それは壮大な思いで在り大変な自己負担だけでなく、安くない貴重な苗木も枯れる事が多かったと伝えられている。

あれから40年弱の風雪が重なっている。それでも人の思いは多くのこんなを超越する。歴史は無名の人の思いで造り上げられるとは正にこの事だろう。それでもこの話はテレビドラマ、ドキュメンタリーの話でしか知らない。そんなもんだろう。それでも親父はその偉業を言葉で語れるがその話も知らない人も少なくない。

今年は6月にビッグイベントが控えているが必ずこの道は歩かなければならない。親父の好きな司馬遼太郎の「街道を行く」にもこの話は語られていない。この国には多くの地域を結ぶ街道があるが名古屋、岐阜、富山を結ぶ街道の名を今では高速の道でしか知らない。

名古屋から岐阜を結ぶ国道のほぼ中間に一宮がある。その国道添いに名古屋工場がある。一宮から岐阜の道は会社の慰安旅行でしか通った事が無いが地図で見ると遠くない。昔、信長が斎藤道三の息子を滅ぼし手に入れた金華山岐阜城は長良川畔にある。

この道を歩く事は100%ないがバス路線が在れば行かねばならない。無ければレンターカーだろう。岐阜からは美濃加茂、この街は馴染みの街。此処から飛騨川を北上し下呂、高山までの道、そこから富山に抜けた思い出はある。佐藤さんの桜街道は此処から左に折れ美濃市に出る。この道は10年前(正確には9年と半年)に土方仕事の下見に社長と言った事がある。あの社長元気だろうか?仮設モノレールと地質調査の会社、繁盛しているだろうか?

此処から郡上市、白鳥、ひるがの高原の道はこの街道のハイライトだろう。この先が太平洋と日本海の分水嶺。佐藤さんはこの景色をどれ位見ながら生きていたのだろう。今、この街道沿いには立派な桜の街道が続く。(でもこれは全て想像の世界。実状は如何だろう?)

細かな処は違うかもしれないけれど大筋では間違っていないだろう?そんな気がする。本の半世紀前には日本各地の何処にもあった地方の風景。其処には高速道路も舗装された国道も無かったけれど、この国の原風景があった。

今日、都市の道は言うまでも無く地方の街道も整備され、人々の生活も豊かになっている。それでは人の心は如何だろう?今関西では奈良平城京遷都1300年祭とか言われて大極殿とやらが再建されているけれど、今日言われている程に人々の生活は華やかだったのだろうか?歴史検証を間違うと後世の人は歴史に思いを寄せる事は出来ても学習は出来ない。

1300年の昔の暮らしが人々の大いなる犠牲の上に成り立っていただけでなく、人々の生活は歴然とした身分の差が明確で哀れであったのも事実だろう。その事が全く語られず煌びやかな(きらびやかな)建築物を見せられた時、立派、凄い、唖然とする位の言葉しか言えない。

現代のお金でどれだけの税金が賄われたのか?それは大和の国から藤原の世の朝廷の無駄遣いで在った事を現代の常識人なら考えなければならない。再建された遣唐船の凄さを語る人にこの船が玄界灘の荒海の前では難破船でしか無かった事を教えてやらなければならない。

公共放送なる言葉のいい加減さはこの事実を見るだけで良く分かる。平城遷都の時代、当時の権力者がどれだけ人々を食い物にしていたかは、司馬遼太郎の空海の風景を読むと少しは分かる。確かに物の見方は千差万別。それだからこそ多くの人はその中に其れぞれの思いを重ねられるのだろう。

そう思いながら名も無き人の想いを訪ねると歴史の見方も変わる。司馬遼太郎が書ききれなかった歴史の想い、街道の想い、そうして宗教家、哲学者、密教の思いも其処に在るのかもしれない。太平洋と日本海を結ぶ桜並木、それは又一味違うこの国の歴史街道に違いない。

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2010年4月26日 (月)

明日は又まとまった雨。 それでも五月の薫風はすぐ其処に。

P1000346 象の足(桜の樹)元に桜の花が落ち、春が行き夏が来る。その少しの間、肌寒い日が続き、その間に季節外れの暑い日があり、初夏が来る。

痛々しい姿。痛々しい桜の樹。それでも枯れずに来年も綺麗な花を見せて呉れるのだろうか?それは間違いない事の様でそうではないかもしれない。

ガルフレイスさんだったか、親父が現役の頃の経済学者が不確実の時代と言われて久しい。全てが何一つ変わらない様で実は砂上の楼閣(この言葉の意味も死語となる)。在る様で無く無い様で有る。

有言実行ではなく人の事を批判しか出来なくて何を生みだすのだろう?この桜木でさえ幹をぼこぼこにしながら、新たなる生命力を生まんとしている。

若葉の枝葉は軽く触れただけで折れる。それでもこの若葉は間違いなく、この夏の日差しに負けないのだろう。

P1000353 満開の花が落ち、若い枝葉がこんなに大きくなる。桜木の生命力。しかし私達一人一人の体の中に宿る細胞の力はこれ以上に大きい。その事を何時の間にか忘れてしまっている。

桜餅、柿の葉寿司、筍(たけのこ)。小さい頃、家で作っていた団子餅の葉。今は生きる力より病を治す力が主流となっている。生きる力を無くした時、人も枯れる。

今年初めての枇杷(びわ)を口にする。温室の長崎特産茂木枇杷。甘い。昔、棚井田のオイちゃんの家の枇杷の木に登り勲ちゃんと笑いながら食ったのはもう少し後だった。

枇杷の実の美味さを知る人も少ない。今は枇杷の葉も体に良いとか?ホンマです。

P1000351 この樹はモクレンの木。一月前の冬の姿は何処にも無い。青々と茂る葉っぱの間に日の光が見える。

空海が中国の長安で見たモクレンにこの色は無かったかもしれない。これから迎える五月の空は、一気に暑くなる。その日差しを正面から受けながら、更に葉を広げ長雨に備える。

今、中国はこの国の30年前を踏襲している。偉大なる国力の発展。それを支える多くの労働者に生活の向上が、保障されている?

この国の広さとは比べ物にならない国土と多民族国家。其処には共産主義と言うイデオロギーの変化した怪物が支配している。

長安の繁栄を知る空海は今の中国を見て何と語るのだろう。其処には空海が追い求めた密教のかけらさえ無いだろう。

P1000349 これは藤の花。藤棚の若い木。それでも此処まで育てるには並大抵の苦労では無い。それにしてもこの花の色。汚れなき姿とは正にこの色かもしれない。

藤の花と言えばうすむらさきが定番?静岡県藤枝の公園で見たあの立派な藤棚には遠く及ばないけれど、それでもこの若い力は明日のものかも。

この無垢な花に掛ける言葉は何だろう?人それどれに思いは違うだろうが親父の思いの中に遠い昔の人がいる。

P1000350 藤棚の有名な樹は300~400の年を重ねて見上げても空はなかなか見えない。それに比べてこの枝葉はようやく、天井を延び始めている。

下に見える幹の太さがこの2倍3倍となる時、ようやく上の重なりが空の光を遮る。凄い気の遠くなるような時間。

人間はその時どれ位世代交代を重ねているのだろう?いやその時この場所が保障されているだろうか?

何とも危うい。多分無いかもしれない。それでも生き残れば後の世の人も感嘆の言葉を重ねるだろう。

昔、若かりし頃の姿をハゲ親父がブログに乗せた事等、知る由も無い。

P1000347 今日の青空も明日は雨。季節外れの寒さが少しずつ、東に去り本格的な黄砂の時が近づいて来る。環境破壊の言葉とは裏腹に、発展途上の国には経済発展が優先するらしい。

綺麗事が人の欲望にかき消されている。中国、インド、ブラジル、ロシア、発展途上の国に環境破壊のコストを負担しなくて問題の改善策は無い。

間違いなく中国の空は汚れが進み、人々の健康被害は進むだろう。インドの上下水道の遅れは何時まで続くのだろう?

この国の環境改善の取り組みも非常に遅い。君から知らない癖にとどんなに言われても後出しじゃんけんの体質は何も変わらない。

企業の社会的責任が問題になって久しい。法人税が外国に比べて高いとか言われてもこの国の企業のどれだけが納税の義務を果たしているのかを明確にはしていない。お馬鹿な国だよね。

その反面、働く人は親父の様な低所得者でもきっちり補足される。国の財政が破たんしても負担は総論賛成、各論反対。藤の花が笑っている。

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2010年4月24日 (土)

大阪に来て12年 やっと京都競馬場に行けました

新婚の時が大山崎。京都盆地が一気にくびれ、そしてこの山崎の地から大きく大阪平野に開ける。昔から交通の要。天王山が大きくせり出し戦国の時代、中国高松(四国では無い)攻めの秀吉が主君信長の仇(あだ)を撃つ為に明智光秀を打ち果たした処は近い。

昭和48年11月の終わりから51年の春までこの地で過ごす。此処から京都淀競馬場は近い。新婚の春、桜花賞の時馬券を買って雲雀の囀り(さえずり)に誘われ、歩いて帰った事が在る。流石に遠く田んぼのあぜ道を近道しながら帰った時、汗びっしょりで笑われた。

その競馬場に平成の初め、新製品の検品に大勢で静岡工場から出かけた事がある。高槻に泊り翌日、競馬場内の馬券購入券(マークシート)置き場を手分けして検品をした。あの時は歳の瀬の少し前、京都開催のラスト週だったのだろう。

P1000341 5冠馬 シンザン像 後ろの建物は改築されて久しいが初お目見え。シンザンが眼をむいてお出迎え。よう来たのう。

親父が初めて競馬場に悪友に誘われて足を踏み入れたのは阪神競馬場。その後、改築前の京都にも来る。

検品に来た時もシンザンはいなかった。親父も現役のシンザンは見ていない。当時は日本経済も上げ潮の時、競馬界もようやく日の出を迎えていた。

そんな思いで見て見ると、シンザンも照れている。俺が強かったのではなく運が良かっただけ。君も俺の運を持って行けそんな顔をして語りかけていた。

ありがとうございます。やっと来る事が出来ました。色んな事が在りましたがこれからは少しずつ、頑張ります。

「体に気をつけろ。焦る事は無い。」眼をむいて厳しい視線を投げ掛けていた。でも何故か前足に比べて後ろ脚が弱い。

これからは前足だけでなく後ろ足のバネを磨け。そう教えて呉れている。

P1000343 懐かしい大山崎の駅。37年前と何も変わらず。変わった事と言えば親父が年老いただけ。当然、あの頃の若さは無い。

駅は工事中。何の工事だろう?この駅を乗り降りした3年の歳月は遠いけれど、懸命に生きた12年。その事は仮設の看板も認めている?

それにしてもこの車。邪魔になる事が分からないのだろうか?駅前の限られたスペース。アンタの為に占領されている。

阪急、京都線。乗客が多いけれど何故か落ち着きが無い。じゃかましいガキの所為だろうか?急行が無くなり準急の意味も良く分からない。

P1000342 JR山崎駅前の桜。まだしっかりと花びらを付けていた。親父の思いを慰めて呉れたのではなく、偶々だったのだろう。

この神社の前を通り自転車で会社に行った事も在る。夕方からの勤務、仕事が22時過ぎに終わり風呂に入り、それから会社の裏の坂道をブレーキを掛けながら転げ落ちていた。

この神社は油の神様。長い間この国は油が明かりの元だった。電気が発明されて電球のフィラメントをエジソンが発明したのも近くの竹だった。

今、その白色電球も役目を終えつつある。時を移り文明も変わる。変わらないのは自然の営みなのだろう。

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2010年4月23日 (金)

嗚呼、久々の京都御室仁和寺、今年は遅咲きの桜も終わっていた

満開の仁和寺の桜を見たのは親父が京都に住んでいた独身の頃、歳は25歳前後の気がする。遅咲きの桜が満開の時を薄曇りの空に微笑んでいた。今日の哀れな一人身の親父の姿を予想だにしなかったろう。それとも40年振りの再会に合わせる顔も無く散り急いだのだろうか?何も知る由も無い20の娘は目的のお守りを親切な叔父さんの説明を聞きながら買い急いでいた。

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五重塔は綺麗に撮れる。各層の屋根の大きさがほぼ同じ。江戸期の特徴を示していると解説されている。

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これは御室仁和寺の遅咲きの桜では無い。御室桜の有名な「御室有明」は遅咲きの背の低い桜。今年は完全に散って見る影も無かった。この樹はせっかく来てくれた親父にせめてものお披露目だったのだろう。

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これが散り終わりの姿。園内の花見の縁台の上に花の芯が落ちている。満開の時、此処からの風景は御室仁和寺の代表的な物。葉桜の勢いも無く残念無念。又、何時かお会いしましょう。その時、親父はエネルギッシュな生き方をしているだろうか?ギンギン、ムキムキ。

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京福電鉄の御室駅。四条大宮から帷子の辻(かたびらのつじ)乗り換え。全区間200円。ワンマンカー 電車はレトロで良い感じだがテレビで見た程乗務員に元気が無い。乗客の捌きが悪い。高校生の団体もマナーが悪い。降りる客を無視して乗り込む馬鹿。注意も出来ない。

帰りに太秦広隆寺で弥勒菩薩に再会。この仏様にも若い頃合った事が在るが久しぶりに見る姿は何故か遠かった。前に見た時はその姿が近くに在り、今回は一段高い処に鎮座していたからだろうか?国宝20点 重要文化財48点は新霊宝殿にある。

弥勒菩薩木像は国宝第一号。御釈迦様に替わり全ての悩み、苦しみを御救いになる。慈悲の仏様。「一切衆生をいかにして救おうかと考えている」この木像は一見の価値あり。心に迷い起こらば心静かに己の心と対比すべき。

太秦映画村にも足を延ばすが入場料2200円。流石にその価値見出せず引き返す。四条大宮に戻り若い頃出入りしていた喫茶店探す。区画整理で当時の面影なし。帰りに四条河原町に出て鴨川の流れを見る。四条大橋から見る川面は意外に綺麗な水が流れていた。

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昨日の雨も上がり川幅一杯の水が流れていた。両側の歩道にアベックの等間隔の姿はない。まだ時間も早かったが夕暮れになってもこの陽気では寒いかも?若いカップルは関係ない?そうかもね。四条通りの八坂神社までの道は多くの観光客で溢れかえっていた。

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2010年4月22日 (木)

雨降って地固まる?大地の鼓動を知らない癖に・・・

失われた10年と言う言葉が死語になっている。いやそれよりも政治や経済、日常生活も殆どの人にとって関係無い事なのかもしてない。実際は大いに関係が在っても日々の余裕の無い生活に追われて、関心すら持てないのだろう。 そうだろうか?それもなんか違う気がする。

空海の様に人として如何生きるか、宗教人としてではなく宇宙の真理を求めなくても、何気なく電車やバスの中で無心でいると、いきなり穏やかな心が突き動かされる。瞑目から眼を開けると大概馬鹿がいる。でかい声でしゃべる。デカイ音を立てる。何かを人の眼を無視してやろうとしている。何時からこんなに騒動しい日常になったのだろう。そうかと思うと心地良い位静かな時も在る。それでもそんな時は長くない。大概、馬鹿が登場する。そして我が物顔の言動と相成る。そんな時、昔は決まって強面(こわもて)の兄ちゃんが黙らせていた。

今日、雨降って地固まるなんて言葉も完全に死語となる。諍い(いさかい)は些細な事でももめ事になるので多くの賢人は関わりを否定する。月光仮面(古い)でもあるまいし今日日(きょうび)正義の味方は居ない。大体、正義も悪も判断基準がバラバラで普遍的な価値基準が無くなっている。今、年を重ねて平然と生きるのは容易な事では無い。その事を否定するには相当の迫力と生活力と体力、知力を必要とする。最近その事を痛感する。

失われた10年とはこの国の経済発展がバブル(あわ)の様に弾けて成長が止まり生活格差が広がった2000年までの事。しかし、今は2010年だろう。それではこの10年は何と言うのだろう?正確には失われた20年?まさか。否、それ以上かも。親父が大阪にカムバック?して12年。その前の8年が加算される。この空白の時をこれからも埋められる事は無いだろう。

しかし、その事が最近になって強く心に響くのは何かが起動しているのかもしれない。司馬遼太郎が書いて大河ドラマになった「坂の上の雲」の下調べに熱中していた頃、師は空海全集を読んでいたと言われる。この天才の類稀ない(比べ様の無い稀な)論理は難しくて分からないが、親父の眠っていた探究心に火をつけた事は間違いない。

これからこの国は大きく変わる。明治維新の時は知らないが平成の改革となる事は間違いない。信じられない?イヤイヤ、信じる者は救われる。その事がこれから眼の前に現れた時、説得力のある言葉で語られるに違いない。人は変わる。変わらないのは変革を志さない貧困さだろう。心の貧しさが希望に変わる時、冷たい雨も頬伝う熱き涙と変わるのだろう。

空海、最澄が生きたのは平安の昔。その時から富める者と貧しき人の生活は歴然とし、藤原氏で無ければ人に在らじと言われた。人が人らしい生活を平然と時の権力者に踏みにじられ、多くの人は惨めに生を終えた。現代人の多くはそれも知らない。死ぬまで知る事も無く日常の些細も無い事に嘆き悲しむのだろう。その事を思うと少しは生き方が変わる。

否、変わらなければいかんでしょう。青いと言われてもいずれ老いそして朽ち果てる。その事を考えれば残された歳月を貪欲に生きる。人はお馬鹿ではいけない。間抜けでも行けない。賢人でも常識が無くても良い。思いのまま破天荒に生きる。そんな一面もあって良い。但しアホになるな。関西でアホとは戒めの言葉。その理解さえできない人も少なくない。

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2010年4月21日 (水)

一気に夏?マダマダマダ 明日は又、雨。そして低温?

Img_1600 今日はお休み。大阪府庁別館でパスポート受け取る。約30年振りのパスポートは何故か嬉しい。写真館で撮った写真が何故か厳しい顔をしている。偽造防止の処理が華やか。

地下鉄谷町線から中央線乗り換え、阿波座の駅を下車して地上に上がった処。完全に空の景色が夏バージョン。暑い。夏が近い。

Img_1602 岡崎橋交差点のツツジ。満開の時はまだだが早くも開花している。若い頃、営業の仕事でこの交差点を市電で通っていた頃には、考えられなかった景色。あの頃は街中も心も埃(ほこり)に塗(まみ)れていた。

段々失われゆく希望と現実の厳しさ。誇り高い男が失意の中で喘(あえ)いでいた。自分の道は自分で切り開け。そう言い聞かせるだけだった。

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あれから多くの時が流れる。こうして自分が歩いた道を振り返ると多くの思いがこみ上げて来る。日の当る時、日陰の時、木漏れ日の時、長い間自分の歩いた道を振り返る事が無かったが、静寂の中に間違いなく自分の息遣い(息づかい)が見える。

人の一生は重荷を負いて遠き道を行くが如し。焦るべからず。心に迷い起らば困窮したる時を思い起こすべし。(家康遺訓) 怒りは敵と思え。これは守られていない。怒りまくりの単細胞は多くの敵を生み味方を失う。それでも我が道を踏み締めながら貧乏くじを引いたのは自業自得と言えるだろう。大事な人を思いがけなく失っても尚(なお)歩き続けたのは何だったのだろう?この先に見える風景だろうか?司馬遼太郎が見た空海の風景をこの先、見る事が出来るのだろうか? 息を切らせながら汗を拭いていた。

帰りに電車の中で「空海の風景」を読み直していると、ラストに空海の弟子が空海の死を唐長安に報告している。司馬遼太郎氏曰く(いわく) 異域(異なる地域?)小さな国の僧の死が長安に報告される事は、空海以前にも以後も無いのではないかと。

何故、報告したかと問われれば空海は長安の青竜寺で師、恵果に密教の教えを受けている。師の期待に背かなかった事を報告し次の言葉で師匠の死を報告している。「薪尽き、火滅す。行年六二、嗚呼悲しい哉(なり)と。

司馬遼太郎は言う。「われわれ人間は、薪(たきぎ)として存在している。燃えている状態が生命であり、火滅すれば灰にすぎない。」 と。 空海死の報せを受けた長安青竜寺では、一山粛然とし、ことごとく素服をつけてこれを弔したと結ばれている。

(中西君、司馬遼太郎記念館の休館日は月曜です。一度、ご足労あれ。)

アクセス、近鉄奈良線、河内小阪下車、徒歩12分。です。

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2010年4月19日 (月)

春物のコートも流石に暑くなる コートを脱ぐと薄いジャンバーが出番.

今年は天候不順。4月の後半だと言うのにまだ寒い。それでも流石に通勤の風景にコートは殆ど無くなりスーツが多くなる。ビジネスマンで無い親父達はジャンバー。9年前、半年間土方仕事をした事があるが、当時、ゴム長で電車に乗り降りしていた頃、近くの駅でガキに絡まれた事がある。「おっさん、その格好なんや?うっとおしいなあ、オイ」 その言葉を聞いた時、ガキに迄舐められた落ちぶれた姿があった。尤もガキと同じ年頃の時、親父もそんな気持ちがあったから、薄笑いをしながら下を向きながら眼だけは上を向いていた。「仕事の帰り、文句があるか」 開き直っていた。この歳になってもガキに負けない心根(こころね)が在るのはあの時の屈折した思いを忘れていないからだろう。「ガキに舐められたら終わり」その為には目つきを変えるな。腹を無様に出すな。足を頭の上まで上げろ。それだけは忘れていない。出来て無いけどね。腹はメタボ以上。足は肩までも上がらない。やっている事は太極拳の真似事。それでも息をゆっくり吐きながら体を動かしていると、体の中から力が沸いて来る。熱き血潮、燃える情熱、安易を振り捨てる勇猛心、その思いを捨てる時老いが来る。その時は刻々と近づいている。その思いがこの親父には無い。

コートの話に戻る。昨年、11月に静岡掛川に行った時買い求めたジャンバーはポロ。(ぼろではない)。これが少し暑い。生地が厚手か?今、クリーニング中。そんな訳で薄手の初夏仕様のジャンバーを買う。2Lではお腹の張り出しが目立ち窮屈。3Lにする。アチャーパア。

それでもメイドインChinaでは無く喜んでいたら、良く見ると国産では無くMyanmar。何やこれ。昔のBurma(ビルマ)。ビルマの縦琴(たてこと)の反戦映画を知らない人も多くなる。今は軍事独裁政権。そんな事は知らなくても製造コストの安い国で作られたジャンバー3980円。安いと思うか、高いと思うか それは買う人の価値観。親父は着心地と季節感を満足させてくれればそれで良い。価格は微妙。それでも迷う事は無かった。早速今日から着る。

今、物造りは安物に圧倒され国産の現場が淘汰(とうた)されていると言われる。親父達が現役最後の頃盛んに言われた製造の空洞化。海外でしか物が作れない。これ程経営者の手腕が蔑(ないがしろ)にされた言葉は無い。確かにこの国の製造のコストは高い。

しかしそれに見合う付加価値を付ける事が出来たから、この国の製造業は成り立ってきた。その製造業が成り立たなくなったら海外で飯が本当に食えるのだろか?その検証をしないままに製造拠点を海外に求め、物づくりのノウハウを盗まれ今は苦戦している。

経営悪化の原因はコスト高だけでは無かった事が明確になっても、製造コストの切り下げの他には活路を見出せない無策。今日デフレの脱却方法を見出せないのは,、皮肉にも物づくりの方法に在る事を知らないからだろう。いくら日銀にゼロ金利政策とお金の貸し出しを緩めさせても魅力あるモノづくりは出来ない。

親父達が作り上げた大量生産、大量消費の時代は終わり、今求められている事は物の価値。それは価格が安いだけでは駄目。その事を見失えば物が売れない時代は長い。今は買いたい物が無いのではなく、買いたい物を提供できないだけだろう。

だから環境を売り物にしなければならない。エコカー減税、エコポイント、そのお金何処から出ているの?税金だろう。政権が替っても経済政策はこのままではアカンやろ。その代償は安くない事を今政権批判を繰り広げている人達も思い知らなければならない。

これから爽やかな季節となる。自分達の生き方と生活までも爽やかにしょう。人の生き方と考え方を何だかんだ言うだけでなく、おんどれの事を考えて見ろ。おんどれ(自分の事)の初夏の頃が見えて来る。

P1000329 満開の時をとっくに過ぎたのに、若葉がどんどん増えたのに、まだまだ花びらに華やかさが在る。それでも流石に散り行きの時が来た。明日はもっと若葉を増やす。それが時の流れ。何時までも満開の時は無い。

それに比べて人間様の世界は如何だろう。今日の日経の夕刊に日、中、韓の賢人会議が奈良で開催されたとある。

日本の代表世話人が中曽根元総理。オイオイオイ、死ぬまでやる気かい。親父のひと廻り上が石原東京都知事、それよりももう一回り上。90越したらお迎えを待つのが人の道だろう。

そう考えて見ると親父は未だ小僧?そんなコツは無い。どう見てもあんたは親父。昔なら走るのは無理だよな。

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2010年4月17日 (土)

コーヒーの話 パート2

昨日お試しでスターバックスの新製品インスタント、ステック(棒)状お湯を入れるだけがOKだった。開発者のDon、Valenciaと会社の技術力が又一つの壁を越える。そんな事を考えながら10本入りを買う。それでも味は濃い。砂糖とミルクは必要。何故かミルクの販売は無い。

売って呉れないなら買うしかないと昔馴染みのクリープ粉で無く液体パックを買う。一袋20個入り。常温保存可。便利になったもんだ。ネスカフェのインスタントコーヒーに森永のクリープ。親父の青春時代からの飲み物が今でも変わらない。それにスターバックスが加わる。

駅前のスーパーでクリープを探している時、懐かしいお店のプレミアムブレンド、ドリップコーヒーを眼にする。阪急四条烏丸のビル地下で結婚前飲んでいたコーヒー。3交代の夕方からの勤務前、電車に乗る前憩いのひと時だった。

あの懐かしい味をドリップコーヒーで口にする。これはクリープ無しでイケる。お店で飲む時はクリームとシュガーを入れて澄ましていたが、あのお店、何故か女性が多く年若き心をときめかしていた。それでも今の様に喋りではなく出会いの時も無かった。真面目で在りバカだった。ドリップの味も昔と何も変わらず40年弱の時がタイムスリップしていた。

京都西京極の小川コーヒー プレミアムブレンド。京都のコーヒーショップのコーヒー豆の多くを提供しているのだと言う。コーヒーの味は深い。コーヒーを愛する人の思いはこの国の伝統である茶道にも通じるのだろう。人の心を捕えて離さない。それ故に奥も深い。

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2010年4月16日 (金)

コーヒー党の親父がにんまり やったね、シュルツ

親父のコーヒー好きは何時頃からだろうか?大阪に出て来る前はそれ程でも無かった気がする。貧乏でも何不自由ない生活をしていた高校時代、喫茶店に入る訳も無くインスタントコーヒーを手にしたのは自分で給料を手にするようになってからだった。18の今頃。

ネスカフェゴールドブレンドを手に入れた時などニンマリとしていた。当時の給料が15000円。手取りは12500円前後だった気がする。寮費に3000円位取られて生活費は9500円位だったろう。今の価値ではどれ位だろう。新人の頃は営業の仕事。給料前は何時もピンチだった。それでも昼の食事はお店の食堂。食後の楽しみはコーヒーだった。

親父の得意先の中にコーヒー製造卸販売のお店があったが今は潰れて無い。兄弟で商売敵の片方が親父の得意先だった。コーヒー豆を貰う事は無かったが商品にケチを付けられる事も無く可愛がって貰った。今頃、如何しているだろう。あの優しかったお姉さん。

その後、工場に入りコーヒーとの繋がりはお店で飲む一杯のコーヒーだった。当時300円のコーヒーは今では4~5千円。御酒を飲まない親父の何よりの贅沢だったのだろう。それでも当時そんな感覚は無かった。青臭い事を言いながら生きる糧を探していた。

結婚してからはインスタントコーヒー。それで充分だった。その素地は独身の頃から出来ていたのだろう。そんなにコーヒーばかり飲んでいたら内臓が真っ黒くなるとか言われた事も在るが、今は如何なのだろう。切って見無くても分かる。そんなの関係無い。

それでもこの歳になると流石にインスタントは口にしなくなった。何故だろう。何故か缶コーヒーで済ませている。それでも一度不味いと思ったら2度と口にしない。それだけは徹底している。喫茶店のコーヒーも同じ。たかがコーヒー、されどコーヒーだろう。

そのコーヒーに新たにスターバックスのインスタントが出る。正直、味は半信半疑だったが予想以上に味は濃い。ブラックでは余程のコーヒー通で無いと苦いかもしれない。UCCコーヒーの様にミルクと砂糖が要るかもしれない。それでもスターバックスのCEOハワード・シュルツが言う様にこれならヒットするかもしれない。

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2010年4月15日 (木)

天候不順 サラリーマンは不平で済むけれど農家は死活問題

P1000328 満開の時が行く。それでも雨にも負けず風にも負けず、昨日からの寒さで未だ花は名が残っている。それでも若葉が一気に伸びている。今週末には衣が変わる。

人間様の衣替えは未だ少し先の話だが自然界は確実に季節を先取りしている。寒い寒いと言っても後半月もすれば5月の時を迎える。

風薫る五月。薫風の中で錦鯉が五月の空を泳ぐ。親父はどんな思いで今年の若葉を見るのだろう?

桜餅、塩味の効いた桜の葉っぱは高所恐怖症の親父でも平気な顔をして、下を見ずに見晴らし台で食うのが良い。

最近は若葉の是より大きい桜の葉っぱに中々対面が出来ない。柏餅も小さい頃の田舎の水餅の方が良い。

わからんだろう?そう食い物は田舎の方が贅沢。美味い物を田舎に行かないと食えない事を多くの人は知らない。

一方、そんな事を何も感じなくても食の安全は当然の様に語られる。当然ではない事が当然の様に求められても、コストが掛る事を何故か知ろうとしない。

中国産のウナギや竹のこと同じ値段で国産の同じ物が買えない事を、最近になって消費者も知る。

それでも安い物しか買えない消費者にアメリカは安い肉を売りつけようとしている。

国内の畜産農家はアメリカやオーストラリアの農家と同じ土俵で価格の勝負が出来ない。これから輸入品の関税が引き下げられればその状況はますます厳しい。焼き肉屋の肉を思いっきり国産品で食いたければ田舎に行くしかない。大分九重高原の肉。都会では食えない。

加えてこの寒さでは農作物も大きな打撃を受ける。死活問題。生活の糧が失われた時どうして生きて行けばいいのだろう。都市の生活者にはそんな苦労が身近には感じられない。しかし生鮮食料品の品不足はこれから深刻な問題となる。今年の春は未だ遠い。

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2010年4月14日 (水)

造幣局の通り抜け始まる でも一度も見ていない 

大阪に来たのが18の時。天神祭は後輩が来た19の夏一緒に行ったけれどこの通り抜けには一度も言っていない。結婚してからも京都丸山公園、銀閣寺、大山崎の聖天さんには行ったけれど2人で造幣局の花見が話題にもなっていない。何故だろう?偶々(たまたま)かも。32から52までは静岡の生活。静岡では浜名湖舘山寺パルパル、フラワーパーク、豊川桜淵公園、天竜川、大井川、引佐、伊豆、富士、多くの桜を見たけれど造幣局の桜は見ていない。

P1000325 満開の桜も雨に打たれて何とか生き延びている。満開の時は短かったけれど懸命に花の命を主張する。

今年はつぼみの時からずーと見れたけど来年は如何かな?無理かな?花のみぞ知る。

人も花も出会いと別れを繰り返しながら歳月を重ねる。今年の春は不順で寒さと暑さが重なる。来年は如何だろう?

変な陽気で来週末の仁和寺の桜は既に満開。遅咲きの桜も待っては呉れず。桜の盛りは人の盛りと同じだろうか?

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満開の桜もこれで今年は終わりです。

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2010年4月13日 (火)

朝から激動の一日?それ程でも・・・

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近くの若い桜の樹。若いしだれ桜。これから何回も満開の時を重ねながら春が行く。

今日はお休み。予定はパスポートの申請。今、行政改革が叫ばれても何も進まないのは関係者の利権。その仕事は主権者の利益に合致しなければいけないが、そんな事は爪の先にも考えもせず自分達の利益を最優先する。そんな事を役所に行く度に痛感する。

パスポートの申請とそれがどう関係するの?パスポートは言うまでも無く海外旅行の時、日本人の身分証明。これが無いと外国旅行が出来ない。今から28年前、会社の業績コンテストの団長で香港に行った時、入国審査でビジネスか観光か聞かれた事を思い出す。「sight、scene(サイト、シーン)」と教えられていた事を思い出す。

パスポートの申請は現住所では出来ない。都道府県で大体2,3か所。其処まで出向くしかない。多くの人は知らないが現住所は住民基本台帳がネットワーク化されパスポート申請の時には役に立つが、もう少し活用できないのだろうか?何が?住基ネット。今、殆ど役に立っていない。この個人情報番号が何でもっと有効利用され個人の所得が補足されないのだろうか?個人情報保護?アホか。それよりもっと大事な事があるだろう?

役人だけでなく税金を納める人の考えも変えなければ、この国の財政は良くはならない。税金反対?税金を払わなければ権利の主張は出来ない。これは国民の最低の義務です。それがおかしくなっている。パスポートの申請に行くと窓口の人は本当に良く働いている。

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今朝、足の引きつり(激痛)でべッドから転げ落ちる。ふくらはぎのつりを抑えたつもりが体が回転して顔面を小物入れの引出しに打ちつける。幸いに打撲はなし。後で考えて見ると無意識のうちに体を反転し、小物入れの中のサロンパスを探したのだろう。反射神経の凄さに我ながら苦笑。それでも足と顔面をさすりながらサロンパスを探す。足の引きつりはこれで何とか収まる。それでも暫くは要注意。脹脛(ふくらはぎ)の筋肉にも老化の表れか?

この歳になると体のあちこちにガタが来る。親父の場合はメタボな体型がこれからそれに輪を掛ける。今日は歯の治療にも行く。左の上の奥差し歯。何度も外れて次は駄目と言われてもその度に入れ直して呉れる。近くの先生のお陰。この歯がこの後梅田でカレーを食っている時にいきなり外れる。前触れ無し。いきなり口の中で異物を感じる。何や?歯や・・。さり気無くテッシュに包んで食事を続ける。さすが・・・。それ程でも。

今日は色んな事が起きる。パスポートの申請は準備万端で問題は無かったが、池田の駅でベルトが切れる。このベルトも息子達に買って貰ったジーパンと一緒に買った物。寿命?イヤイヤ太り過ぎでベルトの締めすぎ?アホか?先日も安物の別のベルトが弾ける。

ベルトは1980円買い直し。これは如何だろう?電車の中で眼鏡も落とす。阪急から地下鉄に乗り換えその中でいくら探しても無い。アチャーパー。それでも帰りの電車に乗る前、阪急の詰め所で聞いて見る。鼻を木で括った(くくった)様な対応。ナメトンのか?イイエ、有りました。それでも何故か若い頃駅長室でキセルの言い訳をした事を思い出す。バカタレ。

外れた差し歯は今朝見て貰った先生に差し出す。何も言わず手慣れた感じで付け直す。大事にしなさいと言うレベルを越えている。帰りにしだれ桜の写真を撮る。明日からは少し温度が下がる。満開の桜が若葉に変わる時、君は何を見るのだろうか?

パスポートの写真、駅前の写真館で2500円だった。2枚で2500円。安くは無い。それでも昨夜撮った写真が今日出来上がる。その写真を見て親父は笑っていた。写真の顔も笑っている。昨夜写真を撮った時、注文を付けられていた。昔撮った写真は背広でネクタイ着用。それが今はカッターシャツで首も開いているラフなスナップ。これが今の親父の素顔だろう。

パスポートの写真は笑っていない方を使ったが、この写真を見ていると掛川大雲院の大和尚を思い出す。煙草が好きで笑いが好きで話が好きだった人の生き方には、遠く足元にも及ばないが喋りだけは段々似てきた気がする。足りないのは説得力。和尚の喋りの上手さは人徳だったのだろうか?親父の喋りにそれが無い。これから求められる事はそれだろう。

しかし案ずる事は無い。説得力のある話をする事は本当は難しい。難しい事を理解出来なければ話をしない事。話をしなければ自分のペースで生きられる。親父の様に余計な事をしゃべるなら絶対的な説得力が求められる。絶対的な説得力。それはある意味宗教でしょう。

今、2度読みしている空海の風景。司馬遼太郎氏でも多くの文献の分析をしているとは言え、難しい言葉の端々に空海の天才的な宗教家としての厳しさがある。今日、人の生き方がどんなに問われても、他人に恥じない生き方が出来る人はまず居無い。

空海は生前最澄の密教に対する考えを批判し、死後、空海の類(たぐい)稀なき完璧性が嫌われる。今日、最澄が開いた比叡の天台宗、空海が開いた高野の真言宗が一般凡人に問題にされず人の生き方が問われるのも皮肉としか言い様が無い。

今日、血液検査検査の結果が出る。医者の説明が必要と言われて次の検査まで先送りする。血圧は下がり血糖値、中性脂肪の数値も改善している。言われる事は更なる改善。今の様に腹が出ていたら間違いなく糖尿病予備軍に違いない。自分の体は自分で知れ。

ではおやすみです。明日から3日間、仕事です。

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2010年4月12日 (月)

満開の桜が雨にぬれている

P1000323 満開の桜が雨に打たれている。一気に暑くなり今朝は流石に春物のコートも、不要になり薄手のジャンバーも手頃の物が無く、さりとてカーターシャツのままでは貧相で着る物を探す。

お気に入りのジャンバーは流石に赤で仕事には着れず、暑さを我慢してコートを着て出勤する。朝早い駅のホームにはコート姿は何処にも無い。

電車に乗り込むと会社に向かう方向が反対だからガラガラ。何時もの席に座る。この前、大声でわめいていた女高生の2人組は次の駅でも乗り込んで来なかった。

親父に注意されて車両を変えたのか?終点までの短い時間、寝る。最近、人の迷惑顧みず、自己中族の輩が多い。

今朝は朝から雨。久々のまとまった雨。やっと満開になった息絶え絶えの桜も雨に打たれながら懸命に咲き誇る。この画像は雨の間にやっと取れた1枚。明日は見れないから明後日に成るとこれ程の美しさは見れないだろう。枝の先は枯れてもこれ程の美しさは当然の様に満開の姿を見せている。

1枚の満開の桜が若葉に変わると枝先だけでなく幹の途中から切り落とされる。そんな姿が嘘の様に思われるこの姿。桜の生命力に言葉が無い。願わくば来年も今年に負けない満開の桜を見せて下さい。そう思いながら幹の根っこを見ているとこぶが出来ている。

こぶを足で蹴っ飛ばすと皮がむける。幹が悲鳴をあげている。除草剤の所為だけでは無いこの樹の寿命だろうか?若葉の時、魚粉を根元に巻いて貰いながら養生出来るだろうか?そうでなければ来年の息吹をないかもしれない。

P1000314 今年の開花の時はこれだけの元気が有ったのだから来年も生き延びれるかも分からない。それは分からないけれどそう在ってほしい。

それにしても桜の生命力はこの幹の瘤(こぶ)だろう。山桜のツルツルの美しさと比べて何と感動的だろう。

見比べてほしい。若さと力強さ。人の生き方もこう在りたい。人の生き方。自分の生き方。他人の生き方。色々、対比して生きて行きたい。

「何もしないで取り澄ましている人間より何かをしてそして恥をかく人間の方がどれだけマシだか分からない。人は人に笑われながら成長する」 守屋語録より。

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今年の満開の時は終わる。この老木も何故か吠えている。桜祭りの花見の大木も良く見ると歳を取り過ぎている。この木が植えられた時と今の環境は大きく変わる。高齢化社会と少子化問題。人間社会の問題も花見をしながら考えなければならない。

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2010年4月11日 (日)

満開の桜は終わり若葉の頃となる

P1000322 満開の桜が散り始める。今年は天気が不順で咲き始めから半月楽しめる。でも来週は若葉に変わる。

公園の桜も多くの花見客が思い思いの桜を見る。それでも折角の桜も見る人のマナーで大きく変わる。

見上げるくもり空の中に今年の輝きが消える時、若葉の時が迫る。親父の大好きな季節。しかし、この時を愛でる人は何故か少ない。寒い寒いと言っていた日々が暑い暑いに変わる境の時。

人の思いは季節の移ろいの中に消える。春夏秋冬。季節の良さを口にしないで貶して(けなして)いては、そんな生き方しか出来ない。この満開の桜も見る角度でその紋様が大きく変わる。

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2010年4月10日 (土)

初夏の気温 いくら遅咲きでも後半月持つかな?

P1000320 薄曇りの空が初夏の暖かさに燃えていた。満開の桜が盛りの時を過ぎ、今、散り行く時の寸前。これだけの花々が一気に風に吹かれる時、4月が行く。

ほんの少し前まではチラホラと咲いていた花がこれ程に密集してそして離れて行く。この花先が若葉の色に染まるのも遠くは無い。

花曇りの時が若葉の頃に変わる時、五月の空に鯉のぼりが泳ぐ。都会の薄汚れた空気の中で生きていても、少し足をを延ばすだけでこんな景色が見れる事に感動です。

明日は雨。其れもまた良し。雨音を聞きながら何を思うのだろう?御室の桜は大丈夫かな?

P1000321 近くの花壇。手入れされた春の花は一気の陽気に咲き乱れていた。これだけの花々が咲き誇ると暑くなる。

長袖から半袖の時となり、アイスが恋しくなる。昨年は海水に足を浸ける事も無かったが、今年は如何だろう?

それでも岐阜と富山の国境は春未だ浅い。親父の積年の荘川桜との思いも出会いの時は今年も無いのだろう。

富山のチューリップは見れなくても御母衣(みほろ)ダム湖畔のまだ見ぬ人には合って見たい。何時の日にか。

これから暑くなる。それでもまだ4月。明日はまだ暑いがその後、又、温度が下がる。これが季節の変わり目。

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2010年4月 9日 (金)

花曇りの時 花冷えの時 花壇にも春の時

P1000318 駅前の花壇。これもボランティア(奉仕)の成果では無い。役所の公園課の下請けの仕事。町の美化を計るには目に見えない労力とお金が掛る。

でもその証を実感する人は少ない。それが奉仕活動、自主的活動では無く、行政の仕事として組み込まれているからである。それにどれ位のお金が掛り、誰の為の物なのか、本来の目的は蔑(ないがしろ)にされている。

これからは自分達の住む町は自分達も参加をして、意見と声を出しながら築き上げる事が求められている。

それでもその旗振りと自活の道は実に厳しい。その事が分からない人がほとんどであり、生活保護を求めても奉仕の心は中々出ては来ない。

今日はお休み。内科の掛りつけの医者に血圧と高血糖を下げる3週間分の薬を処方してもらう。血圧は確実に下がっているがこれは体質改善では無い?薬のお陰。その事は間違いない。高血糖、高脂肪、メタボ体質は何も変わっていない。食事の内容は変わっているが量が減らないと体重は改善しない。それでも着実に薬の成果は出ている。

今日は午後から昔の恋人に会いに行きます。大阪に来て12年。その時巡り合った公園の桜。幹のどてっぱらに大きな空洞がありそれでもどっこい生きていた。今年はどんな姿を見せて呉れるだろう。それでも間違いなく朽ち果てる時は遠くない。

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やあ久し振り開花の時は盛りを過ぎていたが今年も変わらず開花の時を迎えていた。それでも今年が最後かもしれない。幹を撫でながらそんな言葉を交わしていた。初めて言葉を交わした12年前の時と比べて枝先が枯れている。やむを得ないよね。無理すんな。そんな言葉を掛けていた。

Img_1548 そうだよね。幹の途中のダメージは大きい。御年を重ねてまだまだ生命力は衰えて無いと言った処で、この姿を見ると覚悟が必要だろう。

雨風に負けず枝葉を伸ばして花の盛りを見せて呉れたけれど、来年再びの輝きは無いかもしれない。お疲れ様。又、どこかでお会いしましょう。

Img_1544 物造りの空洞化ではない。桜の空洞化。これでこの樹は生きている。親父の挫折の思いを叩きのめして呉れたのは13年前の秋だった。

あれから干支も一周した。親父の生き方はどれ程に変わったのだろう?君に負けない生き方が出来ただろうか?

Img_1549 親父さん、人の生き方は千差万別。波乱万丈。自分の思う様にはならない。親父さんとの出会いは一期一会。季節の移ろいの中で又、お会いしましょう。

桜の老木の生きた歳月は親父のそれを大きく越えている。それはこの逞しい幹を触ると良く分かる。君に教えられた生き方を親父は忘れはしない。

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日は沈みそうしてまた昇る。五月山の334の階段の先には鳥居があるがその横の桜。反対の見晴らし台には若い女性が腰をおろしていたが、フラフラしながら登って来た親父を開花の時を過ぎた桜花が歓迎していた。この花も時を少なくして若葉に変わる。その時、どんな思いで眺めているのだろう。久しぶりの階段は息が切れて一気に登れず。がっくし。

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上の展望台 前の広場の桜 満開の時は過ぎているがそれでもこうして見るとGoodです。

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これは展望台近くの山桜。空の青さに負けていない幹の伸びと花の大きさ。4月の時。輝きの時。これが本当の日本の春の景色かも?ビューティフル。ワンダフル。美しい。

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この樹も凄いよね。左の幹は枯れても右の幹から逞しく新しい命が花を咲かせている。この樹は近くをドライブウェイが走っている。排気ガスのせいで枯れたのではない。寿命だろう。

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公園の桜。満開の時は過ぎている。花吹雪までは言っていない。散り始めか?

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花吹雪の時は近い。花が散ると若葉の時は近い。暑くなる。暑くなるとこの公園で空を見上げる事も少なくなる。駅の近くでこれ程の広場は此処だけ。土のグランドを歩くと静岡掛川の家の近くに在った小学校のグラウンドを思い出す。過ぎし日の思いではこの花の様に果敢ない。それでも土の上の感触は足の裏には心地よい。

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2010年4月 8日 (木)

言うは易し行うは難し

P1000311 今年の開花の時を何とか迎えたが、そうして何とか花を咲かせる事も出来たが見上げると此処まで枯れている。

桜の生命力と無情の掟。青空に映える姿は痛々しい。この幹も開花の時を過ぎると若葉の時は無い。

お疲れさんと言うには未だ早い樹が枯れつつある。原因は根元の雑草。除草剤。桜切るバカ、梅切らぬバカと言われるがこの幹はそれも通じない。

でも諦める事は無い。最後の力を振り絞り新芽と若花が命を開花させている。これが本当の世代交代だろう。

P1000314 来年はこんな姿に成れるだろうか?幹を切らせて樹は生きる。そんな姿を来年も見せる?簡単に言うな。

チェンソーから切られたそのすぐ下から新芽が伸び花が開く。初々しくほのかな香りを出している。

何とも言えない香しさ(かぐわしさ)。人のまき散らす香水の香りが何と鼻につく事か。年を重ねると加齢臭、老人臭もこの香りに包まれると気にならない。

それにしてもこの幹の凄さ。コールタールを掛けられた様に薄汚れても、新芽と桜の花はその面影が微塵も無い。

P1000313_2 桜の花弁がこれ程に美しい事を携帯のカメラで写し撮れる事は少ない。満開にはまだと早いと思われた花弁が、これ程の艶やかさを見せたのは親父の思いに答えてくれたのだろうか?

このスナップは久々のヒット。桜の花びらがこれ程にしっかりと開いて撮れる事は少ない。これで今年の花見が一つ終わり。

花の美しさは花びら。5枚が良く分かる。これで風が吹くと一気に散り落ちる。一つの花びらが輝きの時をこれ程に見せるのは珍しい。

花びらの白い色は幸せの色?輝きの色?春の色です。言うは易し、行うは難し。

P1000316 親父の無知でこの花の付き方は品種だと思っていた。先日のブログでも書いたがそうではない。樹が生命力を無くして養分を上まで吸い上げれないと聞く。

一見、元気に見える樹が生命の危機に在る。来年は未だ生き延びたとしても、その先の保証はない。

人の命もこの国の存亡もこの幹が示唆している。何時までも変わらないと思われていた事が、音も無く崩れている。

他人の事は色々言えても自分自身の事を棚に上げている。その事を忘れた時、哀れな末路が口を開けている。

その事が実感できても為す術が無いのも事実だろう。それでも昨今の状況は無知と無関心が加速している。

P1000317 見上げると空は青い。昔、ソビエト(今日のロシア)の宇宙飛行士ガガーリンが「地球は青かった」と言われたが、地球から見上げる空は抜けるように青い。

その空に桜の花が枯れ木をカバーしている。地球の環境が悪化していると言われても、この国に住んでいるとそんな事は微塵も感じない。何故だろう?

うつくしい国日本と改めて言われるまでも無くこの国は美しい。汚れているのは人の心だろう。それでも嘆く事は無い。

その程度のもんだろう。綺麗事を言う事は無い。空海が生きた時代。その頃から既にこの国の為政者は権力闘争に明け暮れ、醜い争いを重ねている。その中で求道の生き方が出来た人は多くは無い。

その事を知れば今日の難儀はこの空に抜けるかも。ナショナルオーガスタでゴルフのマスターズが始まる。

景気回復?甘い。今問われている事。それが見えなければ開花の時を見誤る。消費動向に変化?そんな物は当たり前。コメンテーターのコメントほどいい加減な物は無い。

雇用、所得の向上、中国の持続的経済発展、何時までも在ると思うな親とカネ。嵐が観光大使?この観光長官。大分トリニータのJ-2落ちの責任者。

御役人、人材不足も此処まで落ちる?組長新党、夏の参院選挙の台風の目?甘い?それもそのうち分かる。立ち上がれ新党が立ち枯れとなると揶揄されている。

確かに棺桶に足を突っ込んだ様な年寄りが立ち上がれと叫んでも何とかの冷や水だろう。ロートルが国を憂うことは人を育てる事。自分達が行動する事は打算以上の何物でも無く、実に醜い。その事が分からないのは愚か意外の何物でもない。それでも人の行動を批判する前に自分の立ち位置を考えて見ろ。口先ばかりで何も出来ない愚人が其処に居る。

何もしないでとり澄ましている人間より何かをして、そうして恥をかく人間の方がどれだけマシだか分からない。人は人に笑われながら成長する。(守屋語録より)人の生き方の厳しさを説いた人は今も尚、熱き思いを重ねているのだろうか?桜の思いは誰にも分からない。

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2010年4月 7日 (水)

新年度の課題

学校の入学式、企業の入社式、役所の新年度が始まる。学校は授業料の無償化、子供の養育の支援、政府の財政は支出の半分に遠く及ばなくても、この国にはそんな危機感が無い。国債の発行が44兆を越えると言われてもピンとこない。当然ながら財政の立て直しは急務でも政治家にその思いが欠ける。今年の夏は参院選挙。国民に負担を求める事はこの不景気の時、出来る術も無い。必然的に美味しい事しか言えない。出来ない。国の借金が1000兆になってもこのままの問題先延ばしをするしかないのだろう。

今年度の景気は明るさが見えると言われてもピンとこない人は少なくない。原因は言うまでも無く働く人の収入が増えない事。働く人がこの国の消費を支えているが収入が増えなければ必然的に物が買えない。今テレビのニュースで日産、ルノーとドイツのダイムラー社の連携が伝えられている。これから益々進む連携合掌。その先に見えるのは何なのだろう?

企業の直面する厳しさとそこで働く人の生活は今年度も改善する事は無い。その為に為す事は少なくないけれど一番求められる事は、先見の明だろう。せめて数ヵ月先が見通せる眼力、情報収集能力、知識だろう。昔、知力、体力、時の運とか言われたが眼力は、自分で意識をして研鑽(けんさん)を重ねなければ手にする事は出来ない。

己の事、自己批判を棚に上げ、他人の上げ足取しか出来ない情けない日常しかない。人の事を言う前に自分の日常が問われる。そんな日々が目前に迫っている。その事を痛感すれば今年は変わる。少なくとも廻りは変わらなくても自分は変わる。それで充分。どんなに努力をしても恵まれない人も少なくないが、その時は自分を褒めてやればそれで良い。

P1000308 この花の開花の仕方に感動したのは親父の無知。この開花の仕方は桜木の終焉の姿だと聞かされて、言葉を失う。

開花の花を枝先に附ける樹の力が無くなっても、これだけの花を開花させる清明の時も、この幹にとって来年の保証でもなんでもない。樹の養分が此処で止まれば、来年の開花はもっと下がる。

そうして枯れて行くのだろうか?それもこの樹の定めだろう。今年は地上近く幹から直接芽が出て開花しても、一時の輝き。その歓喜の時はもうすぐです。

P1000309 頑張れ、頑張れ、頑張れ。花が地上近くの幹にしがみついて咲いている。これが来年の姿かもしれない。

今年、つぼみの時枝先の膨らみは鳥に突かれた。鶯(うぐいす)と桜の組み合わせは季節に無理があるが、最近の鳥は桜の眼も突くのだろうか?

鳥の眼は優しくても背に腹は替えられない。経済も同じだろう。国内の経済の発展に行き詰りを感じれば働く人の収入の芽を摘むしかないのだろう。

今年はその厳しさも昨年以上だろう。デフレ対策に金利ゼロ政策だけでなく、日銀が更なる金融緩和を重ねて、どうして金余りが解消するのだろう?アホか?

立ち上がれニッポンを立ち枯れと揶揄(やゆ)した言葉は冗談にしてはきつい。

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2010年4月 6日 (火)

清明の時、如月の時、寒暖の差が今年は異常   

P1000306_2 清明の時は昨日。今はこの言葉も知る人も少ない。西行法師が今頃の時、満開の桜の下で臨終の時を迎えたいと詠った歌があるが、何故、今頃が如月なのか不思議だった。

如月と言えば2月。一番寒い時なのに何で満開の桜の時が如月なの?と思っていた。如月の時とは旧暦の事だろうか?

根元に近い処から枝が伸び花が開く。この樹の生命力を感じていたが、最後の踏ん張りでもある。養分を上まで吸い上げる力が無くなっていると聞く。

今年は間違いない開花の時も来年の保証は無い。白とピンクの花が重なるのも段々、限られてくる。頑張れ頑張れ。

願わくば桜の下にて春死なん、その如月の望月の頃 西行。(如月の望月とはお釈迦様の命日とか)。流石の親父もそれは知らず。

西行法師の句で掛川小夜の中山を詠んだ句がある。

としたけて又越ゆべきと思いきや、命なりけり小夜の中山。

P1000307 このしだれ桜は別の幼木。これから多くの年を重ねていずれ老木となる。その時を多くの人は知らない。後の世の人がどんな思いでこの樹を見上げるだろう。

右の桜と左の若葉の重なりを本当は写し撮りたかったアングル。空の雲が何故だか笑っている。狙いが外れ。

この桜の満開の時は近い。

P1000309 それに比べるとこの老木の健気(けなげ)な姿は哀れを誘う。根元近くの新芽が枝になり開花させている。何も知らない親父はその事に感動していたが、この幹に養分を吸い上げる力が無くなっている表れと聞いて愕然とする。

幹に活力が無くなり半分の幹が枯れても今年は花を咲かせることが出来た。来年は如何だろう?そんな親父の思惑も無頓着(むとんじゃく)にやっと開花のカウントダウンが始まっている。

明日はお休みで見れないが、間違いなく明後日は満開一歩前迄行くに違いない。

P1000300 昨年枯れたこの幹を見ると何か清々しさを感じる。そう清明の時。今、多くの人が多くの事を語るがこの言葉が語られる事も無いのは、そんな生き方をしていないからだろう。

偉そうな事を言う親父も又、ヘドロの中を生きている様な人間だから、この幹の切り口を見る度に、心が洗われる。

この幹は何度も語られたが昨年枯れた。これから先も新芽が出る事は無い。それでも右の樹が生きる為には不可欠。この世の繁栄も衰退も同じだろう。

支える物があるから、美しさがある。それが無ければ生きて行けない事を知れ。これからの日々の変化はその事を知る歳月になる。

今日は流石に春物のコートも暑い。帰りの電車の中で胸に抱く。処が明日は又、寒さが逆回転。どない成ってまんねん。

鶴は千年、亀は万年、人間は90年足らず。100年の間違い?この樹の樹齢はそんなに無いと言われているが、年輪を見ると読み取れない程に年たけている。

人間50年から80年になったとしてもその程度。生きている時に花を咲かせて下さい。この切り口はそんな事をつぶやいている。

誕生日、おめでとうございます。もっと美しい言葉を重ねないといけないが、君に贈る言葉は「清明」です。親父の様に年を重ねても平安の昔、掛川の小夜の中山を喘ぎながら歩いた西行の年を思えばまだまだです。これからの多くの困難と歓びを考える時、先人の難儀を考えれば自ずと道は開けるかも。アラビアンナイトの呪文「開け護摩」を称える人は少なくなっても、その気持ちだけは忘れてはいけない。体に気をつけて。

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2010年4月 5日 (月)

桜が開花 急に暑くなる 新年度も始まる 今年の暮らしは?

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夜桜見物としゃれこうべ(おやじギャグ)。フラッシュに浮かび上がる桜紋様も何故か寒い。

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ならばこれで如何だ。ピンボケ?でもこれの方が迫力が無いか?このつぼみの満開の時は今週末。その時もっと綺麗に見える。一度は枯れ掛けた事を考えれると上等だろう。

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これはピントもアングルも良く撮れている。自画自賛。ピンクの花はつぼみだけれど白は花開く。満開の時は一時だけれどそれまでの僅かな時。それが今この時だろう。空の青さに染まらずほんの短い間だけれどその為に咲き誇る。その輝きの時は一時だけれど今年こそ見逃す事は無い。

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枯れ掛けた幹から新芽が伸びて花が開く。今その直前。桜木の生命力は感動そのもの。

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この桜は阪急宝塚駅前ロータリーの10年間に記念植樹された若木。それでもこれだけの自己主張が出来る。本当の輝きを見せる時には親父も見上げる事も無いだろう。新婚の時京都丸山公園で見上げたしだれ桜は、今年はどんな景色を写し撮るのだろう。37年の歳月は本当に重い。あの時偶然写された風景を今はテレビの画面でしか見る事は出来ない。ああ、何たる無情。この若いしだれ桜はそんな親父の嘆きを知る由も無い。

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ずっと前、一人で訪ねた通天閣のビリケンさん。皆に撫でられた足の裏が大きく凹んでいるが、人の切ない思いが溢れている。ビリケンさんもこうして再び眺めると笑顔が無い。足の裏を撫でられるとくすぐったくて体をよじらすしかないのに。悲鳴をあげている。嬉しい悲鳴?まさか?

親父が今年見つめた桜も週末には満開となり、来週には若葉が芽吹く。又、来年。来年はどんな桜が見れるか分からないけれど、永年の夢が叶う事は有るのだろうか?太平洋と日本海を結ぶ桜の街道。名古屋から富山を結んでいた国鉄バスの車掌。佐藤さんが私財を費やして植え続けた桜の街道。自己犠牲の思いは残された人に受け継がれ完成している。

皮肉な事に今はその国道を完走するバスも細切れとなり、訪れる人も高速で一部分を見るしか出来ない。太平洋と日本海の分水嶺となっているひるがの高原。その峠を喘ぎながら登り詰めるボンネットバスも今は無い。その替りこの街道沿いに完成した東海北陸自動車道でこの山間僻地の交通アクセスは格段に良くなる。佐藤さんの思いも知る人は少なくなってもこの桜大トンネルの輝きが消える事は無い。

今年の見ごろは連休明け?見れるかな?一泊しても名古屋から富山に抜けて大阪に戻る工程はしんどい。ひるがの高原の先に御母衣(みほろ)ダムがあり、湖底に沈む運命の桜を移植した荘川(しょうかわ)の桜がある。この道は白川郷の手前白川街道。白川郷か五箇山郷に泊れば2泊3日の日程。今年は無理でも何時かは行きたい。コブクロの桜でヒット曲を聞きながらゆっくり歩く時、親父の春は完結です。イヤイヤ、その先に見える物を追い求める元気が求められている。

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2010年4月 3日 (土)

桜が咲いた 親父の入学式(小学校)の時も満開だった

P1000303 咲いた咲いた桜が咲いた。公園の桜では無いので少し華やかさに欠けるが、これも御愛嬌。少し薄曇りでカメラアングルが悪かったかな?

それでも春の日の華やかさが分かる。花見の場所取りも無し。誰も居ない通路の横にも春が満開。

満開の桜の下で見上げる空は明るい。新年度を迎えて多くの事が否定的に語られるが桜の花が笑っている。

自分の生き方を余りにも悲観的に思う事は無い。最近、お馬鹿な人も少なくないけれど無理に嘆きの言葉を重ねる事も無い。

長い間、本当に長い間お疲れでした。君はまだまだこれからだけど、親父がこうして見上げる開花の時は限られる。

P1000304 こうして見ると桜が小さい。まだ満開で無い事も分かる。それでもこのピンクの輝きは何とも言えない華やかさがある。

桜の花が人々の心に突きささる美しさは無限で広い。限りない広さの中に背負う大きさに言葉を失う。

毎年、色んな場所で多くの思いを重ねてもそれは一時の幻影。嘆きも哀しみも歓喜の幸せも落下の吹雪と共に消えてしまう。

あれ程に揺るぎ無い必然の幸せも満開の時さえも、一時の風と時の悪戯と共に落下の花弁となってしまう。

空海の風景の中にも平安の昔から変わらぬ人の生き方、桜の開花の時がある。楊貴妃の美しさと桜の供宴。

奢り(おごり)と妬(ねた)み。そして落花の時。その春の終わりはまだ。暫くの歓びの時。この花の下で今年はどんな想いを重ねるのだろう。

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春が来る 今年は大きな転機の時が来る 桜の木がそう語りかけている

親父の様に片腕を失い、それでも今年も誰の為でも無い自分の為の僅かのつぼみを、今、懸命に広げようとしている。今日は不覚にも携帯を忘れて君の姿を確保出来なかったけれど、今度会う月曜日お気に入りのデジカメでスケッチ出来るでしょう。

今朝は静かな雨上がり。関東の春の嵐とは裏腹に春の訪れを告げていた。親父も昨日の病み上がりの体もすっかり元気になっていた。体の中から沸き上がる力。朝の空気は冬の寒さから確実に早春の時を越えていた。これから間違いなく誰にも感じられる暖かな時。急に暑くなるけれどその時を今年は久しぶりに感じられるかもしれない。

それにしても5-0から6-5.4-0から5-4.えらい違い。勝負の世界は実に厳しい。ラミネスの「よろこんで」のパフォーマンス。なんやかんや言いながら日々の生活にそれ程の厳しさも無いのは手にするお金の差だけだろうか?プロにもピンからキリがある事を痛感する。

失意の時が無為の時に変わり無感になって久しい。人の生き方を批判は出来ても己の生き方には自己弁解になっても、奮い立つ事が少なくなっている。そんな自分に気付いても諦めていた。何故だろう?出来ないと自分で決めつけていた事の間違いに最近、?マークが付く。これって久しぶりに感じる鼓動。胸の高鳴り。長い間胸の奥底で息絶えていた心の息吹が動き出している。今年は変わる。今年は私が貴方の背中を押してあげる。枯れ木に花を咲かせる花咲爺さんのお話です。心に希望を、心に豊かな思いを。今年の春はどうですか?

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2010年4月 1日 (木)

三年寝太郎 昨夜は寒気がしてダウン 12時間は寝た 

P1000300 昨年枯れた幹は無残な姿を晒(さら)しているが、残った右側の幹はどっこい生きている。これまで公開したつぼみが開花するのそう遠くない。

今朝は温かい雨となり、明日はもっと暖かくなるのだろう。今年の春は暑くなったり急に寒くなったり、不順な天気が続き流石の親父も昨夜はダウンする。

寒気がして体が火照る(ほてる)。それでもメタボとか言われても体力の衰えは未だ無いのだろう。完全にダウンはせず腰が痛くなるほどに寝る。

独身の時は昔々の話だが、その時も体力には自信があった。この歳になると衰える事はあってもその反対は無い。

これからの生き方は今まで同様、どれだけ自己中な生き方が出来るかだろう。その為にはこの幹の断面図を良く見ると良い。

多くの歳を重ねても最後は枯れる。それまでにどんな生き方が出来るかだろう。人の一生は重みを負いて遠き道を行くが如し。

P1000301 つぼみが少しずつ開いて行く。開花の時は来週か?今週末から桜の名所は花見の人波で混雑するが、人の眼に触れる事も無くひっそりと咲き誇る桜も少なくない。花見の時は密やかに秘めやかに愛でたいが、今年は如何だろう?

今日から新年度。多くの企業、組織で多くの人が多くの事を語られるが、景気の先行きは実に暗い。昨日発表の日銀短観は「景気の先行きは明るさが見える」と分析しているがそうは思わない。

日銀短観とは日銀の短期経済観測。景気の現状と先行きの指標、分析と思いきやそうでは無い。企業の景気見通しの良いと悪いの比率?そんな数値で景気の観測してもお粗末でしょう?

桜のつぼみが笑っている。

P1000302 花壇の花。笑っていると携帯を構えたが、こうして見ると笑ってはいない。世代交代の波に押されて枯れ行く時に、最後の痩せ我慢をしているのだろうか?

健気(けなげ)と言うより哀れを感じる。時は移り人の思いは移ろいでも、変わらない物はその黄色い花びらだろう。

又、来年。又、何処かでお会いしましょう。昨日は不覚にも寒気がしてダウンした。これから更に歳を重ねると誰もが感じる健康への不安。

これからの高齢化と核家族の時代を生き抜くのは至難の業だろう。あんなに元気だった親父とお袋の事を思えば、この花の痩せ我慢も良く分かる。

今手にしている健康の証しは以外に脆い(もろい)。その事を強く感じれば暫くの間は何とか生きて行けるだろう。

他人事と思うな。他人事と思っているとあんたも例外ではない。

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