« 2010年1月 | トップページ | 2010年3月 »

2010年2月

2010年2月27日 (土)

近くのマンションが完成 入居が始まる

P1000268_3 近くのマンションが完成し、入居が始まる。このマンションは2棟に分かれているが、駅に近く交通の便は良い。

中は広そうだし眺望も良い。すぐ下を阪急が走り正面に六甲の山並みが見える。その手前は猪名川。大阪空港を離陸する飛行機も見える。最高のロケーションだが、即日完売とは行っていない。らしい。

いくらお金持ちが多いと言われても、このご時世、右から左のまとまったお金は中々でしょう。現金で買い取りの人もいるけれど、多くは一生のお買いものでしょう。そのお買い物も多くの人はお呼びでない。それでも何れ完売。間違い無い。

親父ももうそんなお買い物は出来ないけれど、六畳一間の生活にもそろそろ腰を上げなければならない。

P1000267 2月の時も後一日。奈良のお水取りが終われば一気に春が加速する。関西のホントの春はセンバツからと言われるが最近は寒暖の差が大きく、体調の管理も難しい。そんな時、この言葉。なんかヒラメに言われると返す言葉が無い。

電車の中、バスの中、公共の場所で何かわめく輩がホント多い。親父も同じ人種と言われるが時には目をつぶろう。

そんな生き方をしていないと自分が見えなくなる。そんな思いを苦々しく感じる事も少なくない。そんな時目をつぶる。

瞑目合掌の中に見える物は、太陽に透かして見える掌と優しいほほ笑みかも?ヒラメ君は見上げているけれど、本当は自分が見えないから何時も何かを求めているに違いない。

そんな時、どんなに多くの言葉を探しても心に響く言葉は無い事をヒラメは知っている。だから何時も何かを探しているに違いない。

その事が分かれば、人は本当に自分に優しく成れる。自分に優しくなれば必ず人にも優しい。人を傷つける言葉は自分を傷つけている事に気づけば、人は今年の春も優しい満ち足りた日々を送れるに違いない。

人は変れる。変われないのは自分の中にある我儘な生き方に違いない。チューリップ、桜、若葉の時に本当の自分に会える人は一握りかもしれない。

先日の血液検査の結果は3月の第2週には出る。その時の健康診断で大腸がんと前立腺の検査も合わせて行う。大腸がんは便の検査を行う。この検査、親父達が小さい頃はマッチの小箱に割りばしで取っていたから、結構の匂いがしていた。教室がトイレ状態。誰彼となく顔を見合わせて鼻をつまんでいた。あの頃の面影の無い検査キッツ。何度も見ている間に便秘になり難儀していたが、それも何とか本日提出。これも検査結果は後日となる。

鉄道全路線週刊誌も今週で№33号。待望の日豊本線は36号。後半月。多くの人は知らないがこの国の津々浦々まで鉄路が完成したのは大正の何時頃だったのだろう。九州の東海岸を縦断する日豊本線が門司港から西鹿児島まで繋がったのは何時の時だったのだろう?

それも後半月で分かる。親方日の丸と批判されて国鉄が民営化されたのは何年の事だろう。1987年。今から23年前。親父が協力会社の仕事をしていた頃。協力会社と言えば聞こえはいいが下請。今でも多くの企業でその関係が求められているが23年間で、国鉄が民営化された事も多くの人は知らない。合理化と採算性が求められ人員削減が引き起こした悲惨な歴史を検証する事は、次の世代の課題かもしれない。

親父達に出来る事は鉄道屋の残して呉れた日本各地の鉄路を巡る事。その程度かもしれない。鉄路巡礼。多くの人の思いは時の彼方に消え失せてもこの国の礎(いしずえ)を築いた汗と涙の結晶は今もこの国の各地に残っている。その事を残りの人生でどれだけ証明できるだろう。

親父のつぶやきもブログ検索をすると400万を超す。凄いね。多くの親父が多くの思いを書き綴る。時々、他人のブログを見る事もあるが親父のブログも多くの人から多くの事を言われる。それでも親父のつぶやきブログ検索で今、一番上です。これは自動的に変わるので余り自慢も出来ないが、一昨年の五月にパソコン教室の先生にブログ開設して貰ってから500を超すつぶやきの積み重ねです。

先生、見ていたら又、コメントお願いします。今度はどちら様でしょうかとは言わないでしょう。何時でも電話できますから成長度?チェックして下さい。日頃の何気ないつぶやきの中に親父の今が在り、それは生き方そのものでしょう。親父の大好きな季節、それは五月の若葉の時です。これから多くの草花が一斉に開花の時を迎えます。そして陽炎が沸きたつ頃、それが五月です。

| | コメント (0)

2010年2月25日 (木)

一気に暖かくなる 2月先の気候? それでも明日は春の嵐?

この間まで寒いと思っていたのに。今日は昨日以上に暑くなる。朝はコートを着て夕方もコートだったが流石に池田の駅では暑くなる。それも気候だけの話では無く電車の中、食事をしたお店で不快な思いをする。季節の変わり目。人の心にも人の思いを慮る(おもんばかる)マナーが求められても、叩き延ばされなければ分からないのかもしれない。

ひどい話と言えば和歌山医科大で国の補助金が不正流用され、一月の停職を受けた教授が教授会の推薦で4月から理事長になる話を聞いて、開いた口が塞がらない。政治とお金の話が尤もらしく報道されても誤魔化されてはいけない。この国にそんな道理は通らない。

春一番。関西は未だだと思うがこれから春になるお知らせ。これが吹かないと本当の春にはならないが明日はそんな天気になるのだろうか?未だ早い気もするが来週は弥生三月。早くも無いのだろう。一気に暖かくなり花粉も飛びまくり。親父は花粉ともお友達で何ともないがマスクをしている人を見ると同情の極み。雨もまとまった量が欲しいがそうは行かぬかも。

世の中、人の思いの儘(まま)には行かない。それ故に楽しいと言われた事があるがそうではあるまい。それ故に苦しい。悩み、高いハードルは乗り越える為にあると言われた事が在るが、それなりの苦労も必要で現実は余りに苦しい。

そんな時、砂を噛む思いをする事は無い。音楽が一番。親父の場合はジャズ。聞き慣れたメロディーは一時の清涼感。うっとおしい事を忘れさせてくれる。若い頃、ジャズ喫茶のデカイスピーカーの前で我を忘れた事は在ったが、今は小さいカセットの10センチにも満たないTWOスピーカーで充分。FM箕面のジャズストリー石田さんの選曲はGOODです。

ジャズは黒人の魂そのものとも言われるが、アメリカ南部の黒人霊歌は兎も角、石田さん選曲のメロディーは親父のいじけた想いのオブラートかも。オブラートこの言葉も最近殆ど耳にしない。そんな時代になったのでしょうか?なんか優しさとか思いやりの心がムキ出しです。

そのくせ 人を見て能書きを告(こく)。そんな奴とは口もききたくない。そう思っていると天涯孤独の道を歩むしかないのだろう。後30分で番組も終わる。先日、食えなかったキムチ、サトウのごはんをチンしてこれから食えるかな。

| | コメント (0)

2010年2月24日 (水)

血液検査行って来ました。健康チェックは他人事で無い。

血液検査行って来ました。市民病院の近くに医療の森(眼科、耳鼻咽喉科、内科の開業医院)があり、時間も取られずに本当に便利になりました。総合病院と開業医、専門医、高度医療、老人医療、健康医療、多くの病気と老人医療、これからの健康管理について甘い考えを断ち切らなければならない。

昨年秋の健康診断で行わなかった前立腺と大腸がんの検査も併せて行う。結果は未だ提出していない検便の結果が出てから。検査結果はある程度予想できる。掛り付けの眼科の女医先生から言われた言葉。眼底血管に10年前の生活習慣が出る。その血管に収縮が在る。どう言う事か分かりますか?言われるまでも無い。今更10年前の生活習慣は如何ともし難いがこれからの健康を考えれば、今出来る事は難しい事では無い。(甘い)

今、同年代とそれ以上の人達の老人医療が問われている。高齢者が多くなりその人達の医療と年金を支える現役世代が減少している。当然の事ながら親父達に求められる事は健康管理と生活の自立だろう。その事を今迄何度も痛感しながら安易な思いで生きて来た。その代償は小さくないが願念(がんねん…願いと思い、五体)が適う内に生き方を変えて下さい。

人の体、生命力、生きる力、そして体の全身を駆け巡る血管とその中を流れる血液の神秘は、人の思いを遥かに超えている。どんなに生きたくても生きれない人がいる反面、そんな事は全く関係ない人もいる。それが寿命だろう。親父の寿命。それは自分にも分からない。

しかし、本当は分かっているのかも知れない。酒も飲まず煙草も止めた親父に今求められている事は減量だろう。減量が出来れば鬼に金棒かも?今やっている呼吸法。深呼吸と腹式呼吸。それが真似事で無くなった時、仙人の門をたたけるかも知れない。

まさかと言われた足挙げ、踵落とし。この歳でその事が出来る武道家は少ない。親父の今は正に妊婦の腹。その腹が凹んだ時満天の星が空に煌めく南十字星に重なるのだろう。(オーバーだね)。でもそれ位の価値がある。君と見た先島、波照間の夜空に輝く煌めきを忘れた事は無い。(詩人、気障・・きざ)。これからお出かけです。では又、夜にお会いしましょう。

Img_1405

今日は暑い一日でした。健康診断の後朝食は喫茶店でモーニングセット。お昼はこのお店のお弁当。(よく食べるね。)此処のお惣菜は親父の健康の源です。それでは食材です。

Img_1404 おかずは一杯です。この大きさでは良く分からないのでアップにして見ましょう。スーパーでも同じ献立も少なくないが味も違う。このお店は夫婦で切り盛り。親父が包丁と天ぷら。

おかみさんとパートのおばちゃんが数名。未婚の娘(他人)も手伝っている。親父とお友達。そのうち顔も紹介できるかな?

Img_1404_2

どうです。良く見えるでしょう。値段も手頃。この棚からは大体2品。上段から取る事は余り無い。魚は揚げ物が多い。イワシの生姜煮は余り買わないが揚げ物は良く買う。

Img_1403

上段の価格は一個の値段。こうして見ると君の食堂は安いよね。親父も何だかんだ言いながらこんな総菜が食える事に感謝です。食事は血液の源。感謝して頂く気持を大事にしていたら今の生活は無いかも。それでもこれも宿命。神様は人の生き方を見ているに違いない。

Img_1407 大阪市岡崎橋の交差点。前のブログで紹介した事があるが、このビルの谷間を市電が走っていた。野田阪神から玉造、緑橋。今は無くなりこの下を地下鉄が走っている。

市電に乗り降りしていたお年寄りは、今何で行き来しているのだろう。地下鉄の乗降客を見ながらそう思う。青い空にビル群も首を傾(かし)げていた。

Img_1409

立派なマンションが出来る。(大阪市内、靭(うつぼ)公園) 左は家具家電つきの賃貸。右は分譲。(画面は切れているのは何とも皮肉)。マンショウンの売れ行きがうんぬんされても、市内で交通の便が良ければ買い手は幾らでも居る。今景気の先行きが心配されているが、そんなのは関係ない。個人用に売れなくても企業の買い手は一杯だろう。今、都市部は新築のマンションがどんどん建設中。世の中は巷で(ちまたで)言われるほど不景気では無い。

| | コメント (0)

2010年2月23日 (火)

腹の皮が突っ張る 出っ張りだろう 明日は血液検査 

昨夜は流石にサトウのごはんと神戸のキムチはパスしました。小腹が空いたのでその気になりましたが、良く考えて見ると(考えなくても)寝る前、いくらなんでもそれは無いと自分に言い聞かせて食パン1切れと伊予柑にしました。(それでも食いすぎ、トホホ)

血圧は薬も飲み始めたし毎日血圧測定をしているし経過は順調。今迄が異常だったので急には標準値は難しくてもそのうち正常値になるでしょう。次は血液サラサラでしょう。血液検査の数値も最悪が予想されますが、これからの自己管理が問題です。

自分が喫煙していた時には気にもしなかった血液と血管の健康チェック。不健康な時こそその事を痛感しなければならない。このままではアカン。メタボな体型を眺めながらそう思う。これから歳を重ねるにつれその事を思い知るに違いない。手遅れにならない前に決意する。

そんな話をしていたら笑われる。手遅れかもしれない。しかし自慢にもならないが長い間の喫煙を止めたのもそれ程の苦労でもなかった。煙草を元々吸わない人には容易いと思われる事も実際はそうでもない。パチンコもそうだった。今ではあんなうるさい所で煙草の空気を吸いながらイライラしながら遊ぶ事は出来ない。それから足を洗ったのだからアンタは偉い。(当り前。そうです。その当たり前の事が容易でない。そんな例はいくらでもある。)

君から馬鹿にされた国の財政問題。(オイオイ、一気に話が難しくなる。)(まあまあ、そんなに身構える程の話では無い) 知らない事はごまん(一杯)とある事を知れば良い。今日の日経(日本経済新聞)の経済教室(この記事は親父の経済知識では理解出来ない事が少なくない。その親父が記事の内容を馬鹿にしていた。

タイトルは景気の回復弾みつかず。日本経済研究センター主任研究員の竹内淳一郎氏が短期経済予測の記事を投稿している。話は難しいがポイントは分かりやすい。(親父はそうは思わないが・・・)

ポイント

・ 新興国経済(主に中国)に支えられ景気は上向きに

・ 空洞化・市場不安定で内外に腰折れリスク  (これは難しい。国内の物造りがコストの安い海外に流れる。国内の市場が不安定?当たり前だろう。景気の腰砕け?)

・ 企業、家計、政府の三すくみ状況脱却急げ

結論

これは新聞記事をそのまま引用する。(これは本心では無く記事を読んだ人にそう思わせる為だろうか?そうかもしれない。そうだとしたら君の言葉も間違いではないかもしれない)

企業、家計、政府は三すくみ状態にある。(そうは思わないが…親父)

企業…高すぎる賃金、硬直的な労働市場の是正、高すぎる法人税率の引き下げが先決。

家計・・将来不安の解決が先。

政府・・減税は財政事情が許さない。増税より無駄の排除が先

この閉塞感を打破するには消費税引き上げに向けて政治判断が必要だと。おかしいだろう。君と議論した消費税の引き上げをどれだけやれば良いのかの肝心な話が無い。間違い無くこの国の財政の厳しさは増加する。その手当は今のところ無い。その程度だよ。

折角此処まで読んでくれた君の為に季節の話を一つ。今日は本当に暖かい一日でした。親父のお昼の弁当はほっかほっか亭の和風ジャコ弁当(他を注文した事無し。これも凄い。)このお店は夫婦とアルバイトでやっているが、時々娘がバイクで配達してくれる。

この娘ももうすぐ就職。金融機関。勤まるのかな。余計なお世話。冬休みの時声を掛けて結構無視されたが今はお友達。親父のワンポイントレッスンが効いたかな?親父も結構言うからな。でもどんな人でも心底悪は居ない。自分の心を開けば相手も声を掛けて呉れる。最近は相手を理解出来ない人が多いけど、社会に出るとそれでは中々通用しない。

その反対もいるけどね。自分が一番常識が無い事を棚に上げ正論をわめく人。最近は老若男女を問わず狭い空間でも平気に他人を無視して語る人も少なくない。(それはアンタ?)明日は舞鶴も20℃。急に暖かくなるけど関西の春はひと月先でしょう。

Cocolog_oekaki_2010_02_23_18_42

| | コメント (0)

2010年2月22日 (月)

今朝は寒かった。電車の車窓、日陰の田んぼに霜が降りていた。

今朝はこの冬で一番寒かった。ベッドから落ちた掛け布団が久しぶりに恨めしく引き上げていた。電車の中から見える終点手前の日陰の田んぼには霜が降りていた。これで今年の寒さも一区切りと思うと今日は2の数字の5つ揃い。平成22年2月22日。トランプカードではファイイブ、カード。ロイヤルストレートフラッシュより強く最強のカード。(ジョーカーのトランプカードを知らない人には分からない)  そうか・今日は最強の日。そう思うだけでにんまりとしていた。(いつもと変わらない平穏な一日)それでも平穏は何より。今日は親父のつぶやきも一杯見てくれてありがとう。昨日パスしたので今日はやる気充分。戦闘モードです。その前に食事です。今日は久しぶりに能登輪島がんこ漁師の焼きイカが買えたので、カット野菜と京都ぽたぽたこあげの炒めです。イカはいしる(魚醤油)で味付けされてカット野菜と細切りのあげと良く合います。一度お試しあれ。親父の手料理もばかに出来まい。

イカは炒める前に1センチ幅にカットされているので、そのまま食える。1パックに10切れもないので調子に乗ると残りが少なくなる。アゲもワンパック4枚入り。2枚はレンジで2分。チンして土佐馬路村のポン酢しょうゆを落として頂く。これも申し分なし。馬路の村おこしは行政の指導の反面教師。土佐の室戸に近い山村はゆずで生き残る。山村の限界集落の悲哀はここには無いと言われているが、本当の村おこしの現実は容易では無かったに違いない。この村のゆず特産品は安売りで勝負していない。高い。それでも売れる。その教訓はこれからのデノミ経済に多くの教訓を残しているが、その実態は親父も知らない。(中断)

話は変わるがJR宝塚駅が高架になる。現代営業中のホームの上に何時の間にか完成。

一年前、山陰米子の先木次までの切符を買った日の事が、昨日の事の様に思いだされる。この写真は改札前。この正面には駅中のショッピングセンターが来月8日のオープンする。

P1000264

P1000263

親父の通勤はこの駅に入らず阪急の連絡通路からこのお店の直前で右に曲がり、階段を下り少し戻るとバスが横付けされている。7.25分発。始発だからまず座れる。立った事は無い。座る席も決まっているが時々邪魔される事が在る。そんな時はさり気無くネクストチョイス(次の選択)です。

仕事場の工場にいる手前に信号が在り、毎朝大体此処で信号待ちをしながら左手遠くの山を見る。君と走った芦屋と有馬を結ぶドライブウエイ。親父が二十歳前、職場の慰安旅行でバスで走った道。今はその面影も過去の物になっても思い出が消える事は無い。

人の出会いと別れは切ない物であっても偶然の出来事も予測は出来ない。45.6年前に走ったバスの中の出来事を11年前には思い出せなかったが、遠くに見えるあの展望台に再びの時は在るのだろうか?無かったとしても悔いに思う事も無いだろう。

それでもあの時入浴できなかった有馬の金泉、銀泉には入って見たい。温泉は無色透明も良いが白いタオルが染まる茶色の湯も又良しだろう。有馬では雪を見ながらの入浴も叶わぬだろうが、奥飛騨の温泉郷はにごり湯の先に今も雪景色だろう。

後、一月もすれば関西は花見の時が近い。京都丸山公園のしだれ桜、天王山聖天の八重桜、京都銀閣寺の参道、疏水、哲学の道。花見の思い出に京都が多いのは何故だろう?池田五月山の山桜は葦(よし)の様に山肌に重なっている。

P1000262

今年もこの桜木も昨年芽吹いた小枝から新芽が顔を出している。この新芽余程美味いのだろう。カラスがついばみに来る。開化が心配になる。この幹は携帯のカメラを横にしていない。幹が横に伸びている。桜木にも親父の様なへそ曲がりがいる。しかし、この年期の入った幹を見て下さい。生きるとは何かを教えて呉れる生命の感動です。

P1000261

この冬楽しませてくれた山茶花(さざんか)のこの花ももう少しでシーズンを終える。しかしこの花弁はその事を微塵(みじん)も感じさせない。花の命は短くてもこれだけの輝きが出来れば艶めかしき(なまめかしき)かなでしょう。まだまだとつぼみが後に続いている。

この国の在り方が問われても自分の生き方を問わなければ何も変わらない。昨年の11月から咲き続けたこの花びら達の様に永遠の命は無い。開花の時は短くてもこれだけ艶めかしく自己主張が出来れば本望かも知れない。それでも人は花より多くの生命力が在る。

人が人らしく生きる術は目の前の桜の芽吹きや山茶花の花に見る事が出来る。何時かは落ちる花弁もその時が来るまでは誰にも分からない。ましてやこの花達も昨年まではこれ程に見向きもされなかっただろう。人の一生、日常もそんなものかもしれない。

では今夜はこの辺で。夕食に買ったこれもお気に入りの神戸長田のこだわり極(きわみ)キムチ。サトウの魚沼産コシヒカリをチンして食えば怒られるけれど、今夜は少し勉強したから良しとするか。英語のDJ終わりました。うっとうしいテレビの番組を見るよりGoodでした。

ココロ、833チャンネルでした。

| | コメント (0)

2010年2月20日 (土)

関アジ 関サバ 美味いもん市 でも佐賀関では遠過ぎる 

関アジ、関サバがブランド品となっても、今でも知らない人も少なくない。かく言う親父も口にした事は無い。テレビの映像で美味そうに口にしている女の子が羨ましい。大分、佐賀関の市場でも今はなかなか、安値で手に入れる事が難しくなった。大阪の阪神デパチカの魚売り場は有名でも、簡単には手に入らない。それ程の貴重品。それでもここまでの道は容易では無かった。

その苦労の日々を親父は知る由(よし)もないが、今でも地方の各地にはそんな美味い物が少なくない。フグ、ブリ、マグロ、イカ、(親父の頭にはそれ位の魚名しか浮かばない)。肉は松阪、神戸、近江、飛騨、豊後、米沢、まだまだ知らないだけ。白采、大根、青菜、・・・

多くの人はこの国の良さを口にするけれど、ホントは余り地方の良さは知らない。自然と大地、新鮮で汚れの無い空気。そして感動しか言葉に出来ない食べ物。今、週刊、JR鉄道全路線を買っている。今週で31号。50号で終わる。そうすると日本各地の風景が見れる。

この国は大きな国では無いけれど、各地の風景と人々の営み、食べ物の感動を実感できる人はこれ又、ひと握りだろう。長い間見向きもされなかった風景と食べ物が日々の生活に追われる人々の大いなる感動となるのだろうか?人の事は分からないが親父のライフワークになる事は間違いない。知らない街、知らない食べ物、知らない風土、そして思い出の街。

今週の長崎本線号で偶然にも毎週紹介されている鉄道人は今回、辰野金吾さん。江戸の終わり下級武士の家に生まれ明治維新後、唐津藩の洋学校に入り英語を学ぶ。勉学で頭角を現し建築の道に進む。イギリスに留学しロンドン大学で学ぶ。帰国後、帝国大学(東大)教授、建設学の確立、建設家の養成に努める。それでも学会のボス的存在に君臨する事無く独立して建設家となる。(文、鈴木勇一郎、立教大学学術調査員)。

この人を知ったのは昨年堺の街を訪ねた時、南海電鉄浜寺公園の駅舎の建物を見た時。この駅舎の設計は辰野さんだった。その建物がこれ。

Img_0932

日本銀行本店、東京駅を設計した明治の建設家は現代進められている東京駅の復元工事が完成する2011年(来年)再び脚光を浴びる。親父がこの駅舎を見て感激したのは明治時代からこの駅舎が生きている事だった。

今週は32号。36号は待望の日豊本線。下関から西鹿児島までの九州東岸のJR鉄路。18の春、故郷佐伯を後にして47年の歳月が流れる。残りの歳月は短くなったけれど、これからが親父の生きる道かもしれない。

君の知らない多くのこの国の事を紹介します。ではではです。

Img_1348

この桜木は大阪に来て間もなく出会った。幹の中は朽ち果てても樹皮がどっこい盛り上がりその中を一杯の樹根がこの樹を支えている。それでも親父の生きた歳月より長い歳月はこの樹にも大きくのしかかる。この画像では良く分からないが幹の上も枯れている。

それでもこの親父は生きている。桜木の生命力の凄さはこの樹を見ると胸を打つ。今年もこの親父は最後の力を振り絞り、幹から伸びる小枝から可憐な花を咲かせる事だろう。この幹を触ると生きる力が沸いて来るだろう。間違いない。オマケでした。

| | コメント (0)

2010年2月19日 (金)

チャレンジ25 キャンペーンウエブサイト なんのこっちゃー

風邪気味の体調も段々、マシになる。流石(さすが)。何だかんだ言った処で所詮独り暮らし。何か有ったら駆け付けて看病して呉れる人も無し。歳を重ねての一人暮らしは哀れその物。それでもこれからもっと大変になる。その事を考えればスリムな体の変身はくーレンジャーから言われるまでも無い。血圧測定も1月を越える。次は体脂肪の減少。血液検査をして血糖値を落とさなければ息切れ、呻き(あえぎ)は直らない。はあー。溜息を吐く前にレッツゴウです。そんな思いで何気なく見ていた日経新聞。環境広告に目が留まる。

なんか、環境大臣のコメントが在るが胡散臭い(うさんくさい)。何処となくおかしい。何でこの取り組みが広告になるの?広告主が誰なの?エコを考えよう?言われるまでも無い。大臣のメッセージが案の定おかしい。これって環境省の役人の作文?

関係が無い多くの一般人(国民、庶民、有権者)にとって、環境問題は関心が有っても無くても無関係ではない。それなのに何を今、求めようとするのだろう。何を為さなければいけないのか明確な説明が無い。その役割が環境省に求められていると親父は思うけれど、君達や他の人もそうは言わない。この国の環境省は何のために存在するのだろう。

大臣の言葉に胡散臭さを感じるのは、第一にこの国の環境対策、温暖化ガス削減目標を1990年比25%の削減としている事。これには条件が付いているがその事を棚に上げては問題外としか言いようが無い。25%削減の条件。世界主要排出国の公正で実効性の有る参加。中国の様に発展途上国にはその数値目標すら無いと言われても尚、この数値に拘る(こだわる)のだろうか?お間抜けとしか言いようが無い。

大臣は国際的合意(削減目標)を得た数値待っての取り組みは遅いと言われるが、それはそうだとしても日本が先行して高い削減目標に取り組むと誰が決めたのだろう。環境関連分野に思い切った投資をする事で、新たな雇用と経済を浮揚させる成長戦略。役人の言いそうな言葉。しかし、その投資に見合う雇用、景気浮揚の保障は何処にも無い。アンタの考えでしょう。そうあってほしいけれど具体策が余りにお粗末。

これからの話はもっと難しいけれどしっかり読んで、あなたもこの国の環境対策を考えて見て下さい。話しの中身は誰でも分かるチャレンジ目標。こんな事で目標の達成は出来るかどうかは如何思います?役人はこの程度の事しか考えて居ないのでしょうか?

そうは思わないけれど、この話聞けば聞くほど親父の怒りがこみ上げる。環境と経済の2つの「エコ」を両立させる成長モデルを世界に示す事が出来れば、新興、途上国も日本と組んでクリーンな経済発展に協力して呉れるでしょうてか。アホチャウか。役人は。

日本の中期削減目標達成の国内目標、チャレンジ25の概要?日本のこれまでのCО2削減活動は身近な生活や地域全体での取り組みが弱く、その見直しをすると言われる。そうは思わないけれど・・・。確かに日々の生活の中にその取り組みは足りないけれど・・・。

その見直しが6つのチャレンジ?①エコな生活スタイル②省エネ製品③自然エネルギー④ビル・住宅のエコ化を選んで行く⑤CО2削減に繋がる取り組みを応援する⑥地域で取り組む温暖化防止活動に参加する事等を呼び掛ける。アホカ。

ハイブリットカーの買い替えポイント。省エネポイント、それって財政支援?何時迄もは続けられないでしょう。エコカー減税、太陽光発電援助、効果が一定で無くても大事なチャレンジである事は認めても具体的対策は法律が無ければ駄目でしょう。

そう思いながらブログを書いているとなんか法律が出来るらしい。しかし、努力目標で達成不可能な数値ではまとまらないでしょう。今の内閣にそれだけの決意と実行力があるとはとても思えない。それ故にこの程度の事を全面広告でアピールするしかないのだろう。

先週の日曜日、不快な思いをしたけれどこの国は今、大きく変わろうとしている。しかし、その意味が多くの人に分からない。分からなければ一方的な広告では無い説明と合意を求めなければならない。それを蔑ろ(ないがしろ)にして尤もらしい言葉を口にしても、何の理解も支持も受ける事は無い。この国は法治国家であり法に基づかない努力目標は何の役にも立たない。ましてや国際会議の問題先送りは話にもならない。

歴史的に見ても国益に反した取り決めが国民の支持を受けた事は無い。その事を理解出来ない大臣に国民の支持は無い。公害の垂れ流しと行政の怠慢、もひどかったけれど今日でも大差ないのかもしれない。警察のスピード違反の身内の見逃し。検察の情報垂れ流し。この国はその程度の国でしょうか?たのまっせ。どんこんなりまへんがな。(どうにもこうにもならない)。お粗末でした。さあ、5日ぶりにお風呂です

P1000260_2 昨年の秋、銀杏の葉っぱを落とした木の前に立っていた親父。公園の魔術師を教えて呉れた藤田まことさんも鬼籍に入る。フランク永井さんと再会できたかな。「口上は言わないけれど慣れた手つきで、カードを撒いて居るだろうか」。合掌です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年2月18日 (木)

静岡県産 三ケ日みかん

風邪気味だけど、床屋行って来ました。何時もはバリカンで無い白髪を刈り上げてハゲ頭だけれど、さすがに今日はハサミでやって貰いました。君の歳位の時はオールバックの黒髪が波を売っていたが今は、その面影すら無い。体型は違うけれど親父の親父(爺ちゃん)と同じ頭になって来た。これって遺伝か?メンデルの法則から言っても間違い無いかも?

メンデルの法則ってなあに。中学の理科で習った気がするけれど辞書を引いて見るか。パソコンの辞書を見る。???さっぱり。メンデルさんがえんどう豆でこの法則を発表した時、学術的に認められなかったのが良く分かる。簡単に言えばそれ程に難しい。

親から伝わる遺伝の法則を発見したメンデルさんはお坊さんだったの?学者では無かったの?それで生きている間は学者に評価されなかったのだろう。学者は自分達が一番だと思っているからだろう。頭は良いかもしれないが独創的な考えが足りない事にも気付いていない。(違う?でもこの法則も気付いたのは学者ではない。認めた学者も異端児だった?)

メンデルの法則は優性と分離、独立の3つに分かれている。詳しくは眼を通さず。スミマセン。又、教えて下さい。人間の場合遺伝子が父と母からそれどれ半分ずつ子に引き継がれる。親のDNA46の半分23をそれどれ。(23X2) 46?分からん。

しかし、この歳になるとその事が実感出来る。自分の体に流れている血潮(ちしお)。体内を隅々まで激しく流れる血液も半年もすれば全く別物となる事を御存じか?その事を知らないから自分の体質が何時までも変わらないと思い込む。変わらぬ物は激しい情熱と感情。

風邪気味の時、特効薬は睡眠と暖かい食事。熱が出るとそれも儘為(ままな)らないから一人暮らしの生活には、禁じ手。自慢ではないが一人身の生活になってダウンした事は無い。それも後どれ位出来るだろう。高血圧、メタボな体型、不摂生な生活。これからはそれが許されなくなる。その事を痛感して節制をした生活が出来るかな?やるしかない。

親父の風邪薬は温かい鍋とみかん。暖かい鍋はアルミの鍋、ネギと白采、ニンジンと鶏肉。ちゃんこのスープ、塩味。値段は380円。ミカンは今迄は有田、和歌山だったが今回は三ケ日。(君は分かるが関西では意外に知られていない静岡三ケ日)。浜名湖に面したみかん栽培の適地の説明でも分からないが味は正直。当り外れ、固い柔らかいの差が少ない。

風邪気味も峠を越えた感じがする。明日は中国の旧暦24節気の雨水。雪が雨に変わり水が温む(ぬるむ)時と言われているが、寒さも今が一番の底かも。朝、仕事場に向かう電車の外はすっかり春模様。雪国では春は名のみでも関西では春はすぐそこまで来ている。

親父の生き方も君の生き方も長い長い冬の時を抜け、輝ける歓喜の時を手を握りしめ野山を駆け巡らなければならない。下を向きながら一人寂しく生きるのも春。上を見上げながら心躍らせる生き方も同じ春。どちらを手に出来るかも自分で決めるとしたら後ろが良い。

そんな春が後、1月もしないで来る。心と体の準備が出来たら今年の春は今迄の春とは全く違う事を実感するだろう。そうでなければ今迄の重い日々が軽くはならない。春を心待ちにする雨水の時にはそんな思いも込められている。

| | コメント (0)

2010年2月17日 (水)

ギリシャの金融危機 最悪の状況を脱した?嘘でしょう

今日の東京株式市場の日経平均株価は200円を越える大幅上昇となったが、その要因を聞いてホンマかなと思う。アメリカとヨーロッパの金融不安がこの国の株式市場に、大きな不安要素を与えているが情報の捉え方が良い所取りの感じがしてならない。

その思いが正か非かは問題が先送りされただけだろう。本当の処は良く分からないが経済がグローバル化(世界的)されただけでなく、国の債務も日本やアメリカだけでなくギリシャもイギリスもスペインもポルトガルも、いや中国だって国の財政はアメリカの格付会社が言うほど良くは無いのかもしれない。世界の景気が順調に拡大する時は過去の話だろう。

アメリカもテロとの戦いとか言う前に自国の経済が債務に塗れ、日本と中国の支え無しに経済と財政が成り立たなくなっても世界の軍事と経済の大国であり、この国の平和と安全の協力を高らかに宣言するのだろう。時代は着実に変化している。その事に気付かないと問題の先送りでしか無い。

今日は久しぶりに(否、最近少なくないが)体調不良。風邪気味。寒気がするが熱は無く食欲も大丈夫。仕事の時は朝寝過ごしはアウト。6.30には完全起床。それをクリヤーすれば後は分刻みの行動が自動的に流れる。仕事場の入門も仕事初めも寸分の狂いも無い。

今週も後2日。くたばらない。風呂に入らないと体が痒いがもう1日の辛抱。寒い日が続いたから親父も人並みに風邪をキャッチしたのだろう。寒さも今が一番の時かも。今年もズボン下を履く事も無く過ぎようとしている。これからの時は不撓不屈の生き方。そして鋼(はがね)の様な肉体かもしれない。

| | コメント (0)

2010年2月16日 (火)

確定申告 一番乗り まさか?

サラリーマン時代には全く関係無かった確定申告。この言葉は正確には確定収入自主申告だと思うが如何だろう?サラリーマンで年末調整を受ける人はこの申告には関わりなく、年間の収入が明確であるが、例外として給与の収入額が2000万円を越える人(どんな人)は行わなければならない。

親父の場合厚生年金受給が確定申告の対象となり、アルバイトの給与がそれに加わる。年金を貰っていたら10万と5千円が収入の限度と思っていたが、これが勘違い。いくら稼いでも良い。稼げる訳も無いが。親父ほどの常識人でもこの程度だから、年金、税金の知識はまるで無いと言えるだろう。年寄りでも元気でバリバリ働いている人は少なくないが、どれだけの税金を払っているのだろう?(所得税は大したことは無い。問題は住民税と国民健保、老齢健保)

確定申告の記入用紙は3枚複写。そのうちの1枚が市役所に行く。これで何故市役所が個人の所得を確定できるのか初めて分かる。サラリーマンが毎月、給与明細で天引きされる住民税が確定申告で補足される。組合健保で無い国民健保加入者の保険料もこうして決まる。

それならば何で確定申告者の住民税、国民健保の未納者が今、多いのだろう?景気が悪く仕事量が減り収入が減り仕事が無くなれば、払う物も払えない。そんな悲劇が更に悲劇を加速する。滞納者の増加は市の財政と保険制度を破たんに追い込む。それに対抗するには住民税と国民健康保険料の値上げ。状況は更に悪くなる。

それに比べると所得税は本当に安い。国の惨憺たる財政破たんを考えると住民税の5分の1、保険料に至っては7分の1だろう。こんなアンバランスな税の負担は如何して起きたのだろう? 所得税の控除額に対して住民税と国民健康保険料が余りに高い事を痛感する。

確定申告の追加納税額は7100円。今年から65歳を越えるし給与所得も25万も減ったし何で追徴と思いきや、天引きされた税金が昨年より少なくなっている。それも税務職員に聞かないと分からない。

今回の確定申告は多くの事を学ぶ。一番の問題点は申告できる所得者が減り、所得税の国の歳入が減る事が問題にされても、住民税と国民健保の歳入不足は意外に知られていない。前のブログにも書いたが医療費の増加と健康管理は他人事ではない。

そんな事を学習する。確定申告1日目は多くの人で賑わっていた。お間抜けなマスコミは便利な国税電子申告EーTAX(タックス)を宣伝していたが、税金の補足はそれ程に簡単ではない。どうすれば公平で公正な税の負担を国民に求められるか、税金の無駄使いしか出来ないお役所と政治家にその事を求めていては、この国は間違いなく後世に税の負担を先延ばしするに違いない。今こそ歳入確保を計るのは税金Gメンしかないと思うのだが、その頭数が増えないのは何故だろう?今こそその事が求められている。

| | コメント (0)

景気持続力なお不安?経済新聞のコメント

全国紙、テレビの存在感が薄れている。個人の年間購読、民間企業のコマーシャル契約の減少が原因と言われているが、そうではない。高コスト体質と安易な新聞紙面、テレビ放送の政策の体質を変えなければ、状況は更に悪化するに違いない。その事が問われていない。

皮肉な事にテレビ、新聞は盛んに政治家と政治の在り方について「自浄能力」とやらを求めているが、自らについてその事を語る事は無い。新聞が読まれなくなった原因には昔の頑固親父が減り、オカンが強くなり朝飯を食いながら紙面を広げる習慣が無くなった事だろう。

サラリーマンが通勤事情でゆっくり新聞を広げる事も無くなり、電車の中は無言、ヘッドホンで音楽を聞くか携帯のメールをチャカチャカ打つか位だろう。本当に新聞はタイトルの拾い読みか解説記事の斜め読みが関の山となる。テレビについては言葉が無い。

関係者はマスコミの影響力の大きさを色々言われるが、報道の公共性、普遍性、社会的責任は既に失われ、一方的に独断と偏見で多くの言葉を重ねているだけにしか思われない。説明責任とか社会的責任の判断根拠は何処にあるのだろう?この世の中にそんな物が在ると本当に考えているのだろうか?あるとしたら見せて貰いたい。現実の社会に問題があるからこそ多くの人は苦労しているのではないか?それともこの世の中は天国なのだろうか?

一番問題の本質を見失ってはいけない。テレビや新聞ほど公共の言葉を蔑ろ(ないがしろ)にしながら尤もらしいコメントを重ねる体質に、何時までも賢い人達が影響される事は無い。問題はそんな事も考えずに、突き付けられたマイクにアホなコメントを重ねる輩が多くなっている事かも知れない。数日前の就寝前に見たニュース、ジャパン、あれはひどかった。

そんなひねくれた見方をしていると経済新聞のコメントに「景気の持続力、なお不安」とある。景気の底入れとか言われて今は回復基調にあるとか。昨年10月~12月期の実質国内総生産(GDP)は前期比年率で4.6%の増とか。しかし、そんなもんお役人のデータの数値でしょう。政策の無策を問わずに何様と思っているのだろう?何の役にも立ちはしないとは思わないのだろう?お間抜けなマスコミが尤もらしく大見出しで報道してくれるから?

良い所、悪い所、経営の明るさ、暗さ、雇用の良さ、悪さ様々でしょう。政治に一番求められている事はきめ細かな対応ではなく、大局的な景気対策、戦略、先行きの明るさだろう。昨年の選挙で多くの言葉が語られたが、具体的な見通しは?。子育て支援でどれ位変わるのだろう? 全ては今国会で審議すらされていない予算次第とは酷過ぎないか(ひどすぎないか)?しかし、マスコミまでもがその事を問題にせず何かの一つ覚えの様に、説明責任とか止めるとか止めないとの責任追及?でしか無い。それで景気が良くなる訳が無い。

そんな状況の中で個人消費と設備投資の数値が改善したとは言え、景気回復力に不安が残る?当たり前だろう。失業率が5%台、名目雇用者報酬が前年より10兆円の減少。エコポイント効果の有った家電、自動車の伸びは何時までも期待は出来ない。(これって税金でしょう)。しかも衣料品、サービスの伸びはもっと厳しくなる。スーパーの衣料品売り場に行って見る。親父のハゲ頭の散髪もその間隔がどんどん延びている。お役人や政治家にはそんな事もわからんだろう。

これからの景気の回復力は間違いない。しかし、問題は名目雇用者報酬、衣料、生活必需品、サービス品の伸びだろう。これは厳しい。景気の良さを実感できる時は先になる。その時、どんな生活が出来るのか?その事が今問われている。その事を忘れてはならない。

今日はお休み。これから床屋。それから確定申告です。親父の様な低所得者でも確定申告になるのは年金収入と給与所得が在るから。今迄もそうですがこれからは益々、国の歳入は不足です。それも多くの納税者、滞納者、未納税者には問題解決の為の方策を、国は示さず問題の先延ばしをしている。この国のお金持ちの多さを考えれば今の国債残高は、財政の破たんでは無いのだろう。痛みを感じる改革は批判されても赤字国債の増発は許されるのだろう。税金で飯を食っている多くの人にその深刻な感覚は無い。

| | コメント (0)

2010年2月14日 (日)

瞑目合掌

仏門の関係者、宗教の信者でない無神論者、簡単に言えば罰当たり。でもどんな罰が当たるかは定かではない。眼を閉じて口づけをした若さも無ければ、手を合わせて心を静める穏やかな気持も無くなれば、親父が不快な思いを重ねるのも強ち(あながち)理解出来ない事もない。それでも日々の生き方で足らざるを不満に思えば、満足とは何かを考えなければならない。そして心を掻き乱して迄も考えた事を実行しなければ意味が無い。

瞑目合掌 この聞き慣れない4文字熟語にはそんな言葉の魂が在る。言葉に魂が籠る(こもる)事を知らなくても無縁では無い。この国の人達は生まれながらにして八百万(やおよろず)の神の畏敬(いけい)…恐れ敬う(うやまう)を忘れた事は無い。

そうだろうか?最近は訳の分からない爺、婆、おっさん、おばはん、兄ちゃん、姉ちゃんが多くないだろうか?親父もその中かもしれないがそんな輩に共通する事は力関係。本当に強い人、豊かな人はオーラが違う。その力を身に附けなければならない。その迫力が無い。

最近の景気と政治の流れ、人の生き方を見てもその事を痛感する。余りにも何気ない生き方をしていると踏み台にされている自分がある。今、日韓のサッカーを見て居るとその事を痛感する。上品なゲームをするな。解説者も同じ事を言っている。パス回しは良い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年2月12日 (金)

花金 そんな時も合ったかな?何時の事だろう?long、long、ago?

最近あまり聞かないが花の金曜日。親父もこの歳になると飲みに行く事も無く、お馬鹿な仲間と肩組み合って闊歩(かっぽ)する事も無い。寂しくないかと言われてもこんな生活にも慣れて久しい。しかし、良く考えて見るとこんな安穏な日々は久しく無かった事かも知れない。

何時も肩を怒らせ眼を充血させながら、何かを追い求めて居た気がする。ライオンの様に確実に獲物を仕留めるでもなく、チルチルミチルの青い鳥の様に何かを求めてさ迷い歩いて居た。何の為に、何の目的を探していたのだろう。自分に足りなかった物。それは己を知る事だったのだろう。この歳になるとその事が良く分かる。だから平穏なのだろうか?

そうではない。人間の盛りをとうに超え老い先を考えた時、身の丈を知っただけかもしれない。それって諦め。そうではない。今、自分に出来る事をやれば良いと感じたのだろう。花金は無くなったけれど、こうして好きなジャズを思い切り楽しめばそれに優る事は無い。

お気に入りのカセットから流れるジャズ、ストーリー。伊予かんをふさのまま頬張りながら無心に食っている。他に何かを求めるとしたら香りの良いコーヒーかもしれない。この無精者。家でコーヒーを入れる事も本当に少なくなる。

さあ、これからが本題。数日前のブログで健康保険料の事を書いた。今、医師不足の事は問題にされても医療の本質を語られる事は少ない。大体、医療とは何だろう?辞書を引く。医療とは医術、医薬で病気、怪我を治す事とある。治療、療養、それだけか?違うだろう。

殆どの人は健康である。それ故に日々、病を意識する事は少ない。意識すれば予防の気持も湧くが殆どの人にそれが無い。親父もそうだった。否、未だにそうかもしれない。体に変調が起きれば医者に行く。そうして殆どの人が元気になる。しかし、手遅れ、原因不明も少なくない。その事を多くの人は知らない。

その事を忘れたらアカン。その事を知らない人が多いから病人が減らない。医療を生業とする人は兎も角(ともかく)、医療費を減らす事をしなければ長生きは出来ない。出来たとしても医療器具、医療薬の助けが無ければ駄目だろう。

この国は医療費が全額負担の人は原則少ない。誰もが何らかの保険に加入していたからである。(過去形になる)処がその保険制度が壊れている。景気の低迷と共に失業者が増え組合健保(企業別、業種別健康保険)から抜けた人が無保険者になっている。保険が在れば医療費の個人負担が3割。無ければ全額。そうなると医者にも掛かれない。

今、社会的問題となっているセイフテーネットワーク。貧すれば貪すとは正にこの事だろう。仕事が無くなれば保険も無くなる。(国民健保が有るだろう?)有るんです。それも最低保険料13000円。それが払えなければ保険は無い。生活保護?それしか無くなる。そしてそんな人が多くなっている。どうすればいいのだろう?その事が問われている。

自営業者が加入している保険は国民健保。これもひどい。保険料が高すぎて払えなくなる。仕事が減り稼ぎが減ってもすぐに保険料は減らない。保険料は1年前の収入で決まる。一年前の仕事が出来たら苦労は無いと思っても容赦は無い。

当然の事だが国民健保の保険滞納者は多くなっている。加入者の三分の一が滞納している市町村が少なくない。そう国民健保は市町村で管理している。保険料も違う。おかしいでしょう。しかし、その実態はほとんど見えて来ない。

それだけでは無い。診療報酬の請求と無駄の見直しが進まない。理由は医師会の反対。これだけコンピュターが進歩してこれだけ診療報酬の事務が進まないのは関係者に責任が無いと誰に言えるだろう。親父が医者と行政を信用しないのは強ち(あながち)間違いでもあるまい。

その親父が近くの内科医院に血圧を下げる薬を貰いに行く。当然医者は診断。薬は薬局。薬は一回2錠。朝食後。心臓の収縮をゆっくりさせる?血管や心筋を収縮カルシウムの動きを抑える?今回は28日分。診断の結果は良好。それでもまだ高い。

これからは医療費の保険だけでなく健康管理が各自の意識に求められる。そう言う生き方をしなければ満足の行く生き方が出来ない。酒は飲まない。(飲めるけど)煙草は吸わない。後、メタボな体質を変えれたら20年は生きられるかも。問題は如何生きるかだけど・・・

| | コメント (0)

2010年2月11日 (木)

ねんごくせえ奴やのう (大分の方言で小生意気な奴やなあ)かな

今日はお休み。5年前、半年間働いた職場を見に行く。北摂箕面外院で2年と8ヶ月、それから甲子園で1月足らず、その後だった。あの年は台風が週末になると関西を直撃し、大きな爪痕を残したが親父にとっても、厳しい時でもあった。あれから5年。懐かしさと人の生き方が考えさせられ感無量になる。それでも感情の起伏は何も無く年の流れさえ感じる事は無かった。それでもあれから間違いなく多くの歳月が流れ、多くの事が思い出として残る。

Img_1395 あの時は冬の始まりの前だったが今年は冬,真盛り。それなのにこの松に絡まる赤いバラは何も語らず親父の今を祝福していた。加藤登紀子の100万本のバラに優るとも劣らないこのバラは、一人の思いが松に絡んでいる

Img_1396 この道を歩いたあの頃は未だ君に助けられていた。冬の丁度今頃、この松にこのバラの棘は無かった気がする。無かった。間違いない。そうでなければ到底優しい目でこの松の樹も見れなかったに違いない。おかしいよね。反対を見ると綺麗な花の喝采。しかし、裏で支えているこの厳しさがあの時の親父には欠けて居たのだろう。そう思う。でもあの時それが分かっていたら今の自分は無かったかも?

Img_1394_2 この金網に手を掛けて下を覗き(のぞき)込む事は無かったが、この橋の下を走るのが昔の山陽本線。今のJR神戸線。上下4本の線路は九州大分に続く鉄路。この道を何度行き来した事だろう。若い時から多くの思いを込めた路。今はその面影もないがこの頑丈な金網も足元すら及ばない大動脈。久々の再会。

Img_1382 このお店は今でも繁盛していた。この画像では見えないがノレンの下に良く見ると客が立っている。この右外に行列が出来る。通りを隔てた反対には競合店があるが、今でも負けていない。味が良いのだろう。この左50メートル先に職場があり仕事振りも変化が無い。このお店同様、どっこい生きていた。

流石にお店の前は通らず画像もなし。何故か照れる。別に遠慮は要らないのに何故だろう?何も変わっていなかったがそれは外見だけで、それが分かるから遠慮したのかもしれないが、親父の心の奥底に恥ずかしさがあったのだろう。知られたくない秘め事。それ程の物でもない。知り合いに顔を見せたくなかったのだろうか?それも違う。知り合いも5年経てば変わるだろう。変わらなくても過去の話。過去の思いは忘却の彼方に過ぎ去って懐かしさしか残っていない。そんなもんかも。余り大事にもされなかったし。(オイオイ、愚痴か)

Img_1383 これは近くの公園。暖かな晩秋の時、何度か此処で食事をした。店で買った弁当を食いながら何を考えて居たのだろう。寒くなると待機していたボイラーの前で食っていた。(蟹工船と大差ない待遇にも不満の思いはなかった)。何だかんだ言った処で人は落ちる処まで落ちれば、己の無策にすら思いが消える。この仕事は春、4月で終わるが、何の未練も無かったと言えば嘘になる。

Img_1384 南天、千両の実ではない。それは昨年で終わる。この実はクロガネモチ。5年の間にこれだけ大きくなる。何時までも後ろを見ないで明日を見よと教えている。君の行く道は果てしなくと遠いと歌われた若者達は、今、後ろを振り返らずに実りの明日を探せと教えているのだろう。だのに何故、その事を思い知らないのだろう。good, by good, by good by, by. 次に合う時はマングローブの林の中かもしれない?

Img_1397

この道は半年間通った道。でもこの松の古木の印象は無い。何故だろう?その当時から在った筈なのに。その先の工事中の▲コーンはこの下をトンネルで道を造っている。バス通りの右側は川。天井川。前のJRの複複線の鉄路もこの道と川の下を走っている。

Img_1398

ハイハイ ドウドウ 私に腰かけて飛び跳ねて下さい。

Img_1392

この道が国道2号線。この橋が業平(なりひら)橋。御存じないだろう。藤原の業平。今は昔藤原の業平が神戸兵庫の港に通った橋?当時も道は有ったのだろうが画像中央の自転車が、信号待ちをしている位の幅だったのだろう?この正面の家。豪邸です。お金持ち。

Img_1389

この石橋の重みが分かる。先の阪神大震災にも先の大戦の神戸大空襲にもびくともしないで凛としている。地震と爆弾の直撃が無かったとは言えこの橋の力を学ばなければならない。何を?不撓不屈(ふとうふくつ) 何物にも負けない何物にも屈しない。何者にも。

Img_1400

仕事を終えて何時も眺めていた下りのホーム。当時と何も変わっていない。変わった事と言えば親父が5つ年を重ねて事。あの当時血圧が高い事も無く、無い物と言えばお金だった。今は如何だろう?帰りの電車を待つ間疲れていた。確かに歩いた事もあるけれど着実に体力の衰えが進行している。お金の心配が無くなっても体に老いを感じたらアカンでしょう。

Img_1401

帰りも西宮北口で特急乗り換え。流石にこの時は疲れていた。時間は1時過ぎ席は空いていた。右隣で外人がイチャ付いて居た。元気が在れば一言ある親父もすぐ目をつぶる。停車駅十三はじゅうそう。ここで乗り換え。君にメールしていた5年前を思い起こす事も無かった。

| | コメント (0)

2010年2月10日 (水)

海千里 山千里 越え去り行かば早春に、バスの中無表情

サラリーマン川柳 天下の国営放送迄もが紹介するか・まあ、何でも有りだから親父も一句。字余り。分け入っても分け入っても山の中。山頭火の句を思い出す。自分ではまだまだガキには負けないと空元気を出した処で、迫り来る老いの時は既に重なり合っている。

何時までも若くは無いんだからと人に言っていた言葉が、皮肉にも今、自分の頭に降りかかる。苦笑いする相手も居なくなって久しいが、そんな事もお構いなく飄々(ひょうひょう)と生きている。親しい人に憎まれ口を聞きながら。そうでない人には口も利かないで無視をする。

ここで中断。国営放送が高血圧のためしてガッテンを始める。謎の高血圧?なんじゃそりゃ。長崎ちゃんぽん(インスタント)食いながら見るか・・・。アカン メタボ 肥満

高血圧はある臓器が影響。腎臓の上にある副腎。あるホルモンを出している。アルドステロン。原発性アルドステロン症。副腎のおでき。但し、原因は分からず。しかし血液検査で分かる。血圧のバラツキも計り方も良く分かる。結論 塩分は控えめも過ぎたるは及ばざるが如し。お分かりか?最低限は必要だと。親父もそう思う。

健康は失わないとその有難みが分からない。しかし気付いた時は遅い。そんな当たり前を多くの人は知らない。親父も同じだろう。それでもその事に気付けば手遅れにはなり難い。血圧が高い時が続いたけれど、その不健康に気付けばそして何かを為せば、必ず変わる。

ちゃんぽん、味のマルタイ、モチモチめんにゴク旨スープ。これはなかなかのもんです。でも誘惑に負けないで焼きイモにしました。

Img_1376_2このフライパンは乱雑に置かれても、焼きイモだけは上手く出来る。どんな焼き芋屋に負けないオリジナル。大きさと数に制限があっても親父のお気に入りです。上蓋の焦げは落ちないけれどそれでも充分です。

Img_1378 これがお勧めのインスタント。君から馬鹿にされるけれど親父の食い物では上等です。それでも今日辛抱した様に最近は何時、食ったか思い出せない。眺めるだけでお預けです。可哀想。

それでは今日の本題。高齢化社会、医療費の増加、社会保障費の自然増。医療費の伸びを抑える施策を小泉改革でも進められたが、圧力団体、利益団体の反対で進んで居ない。意外に知られていない現実。国民健康保険は既に破たんしている。

それでも問題にならないのは何故だろう?赤字を政府が負担しているからなのか?そうではない。足りない部分を取れる処から取っているだけ。それでも足りない部分は政府の補助が有るのだろう?しかし、それも税金。限りがあるから組合健康保険からの援助もある。

必然的に医療費の抑制と無駄を無くさなければ、この制度は破たんする。否、破たんしている。その事を有耶無耶にしながら医療費の問題が解決しないのは、医療関係者の問題意識の欠如だろう。医療機関が作成する診療報酬明細書(レセプト)のオンライン化が進んでいない。未だに医者のミミズが這った様な手書き。そのレセプトの審査をして診療報酬の支払いが行われるが、おかしな請求も少なくない。全てがそうではないだろうにどうしてそれが出来ないのか?手間が掛る。医療機関にやる気が無いだけではなくお金のチェックがされる事が許せないのだろう。医者のレベルはその程度ではあるまい。

そんな医療機関の御託を何時まで先延ばしさせるのだろう。先の政権が野党になり政治とお金の問題を毎日のように問題にしているが、命にかかわる医療費の問題もこの程度の事だろう。尤もらしい事を言う前にこの程度の改革は先延ばしさせてはならない。否、されている。何たる事だろう。口先では立派な事を言いながら医療でも利害が優先するのか。

テレビのコメントと情報はその程度です。もうすぐ確定申告の時期ですが、親父の持論は変わらない。もっと取れ。もっと払え。そうでなければ社会的責任を果たせない。トヨタの教訓は他人事では無い。病気も医者を頼るな。医者も赤ひげ先生は過去の話になっている。

この話は難しいので又改めて。明日はお休み。5年前の職場を訪ねる予定です。お楽しみ?

| | コメント (0)

2010年2月 9日 (火)

体にピース マスカット&カルピスのキャッチ、コピーだす

久しぶりにカルピスを口にする。カルピスは幼い頃から在ったが夏の暑い日でも中々口には出来なかった。先生の家庭訪問のお残りかお客さんの御相伴(ごしょうばん)に預かるか、何れにせよハイカラな飲み物で、日々の食いもので精一杯の親父の家では高根の花だった。

今ではカルピス一本貰ってもありがたみも無いが、今日の280㎜ℓマスカット果汁1%入りのカルピスは乳酸菌と純水はGoodでした。昨日のニラ玉の下痢も正露丸のお陰で止まりましたがイマイチすっきりしなかったお腹の調子もこれで一区切りが出来ました。

体にピース この言葉はこれからの健康管理に重い言葉になるでしょう。体にピースと言われてもピースの意味は人により違う。優しさの無い親父が言うのもおかしいがこれからは自分のメタボな体にも、きめ細かなピースが必要だろう。最近、体力の衰えに反して無様なお腹の出っぱりに愕然とする。お腹廻り87位の時は遠い過去の話になるが、親父にもそれ位の時は在った。この歳になって夢よ再びは至難の業。でも先月、血圧計を買って毎朝の測定を欠かしていないから今度は体重計を買おう。 (今夜の最高血圧 146 最低は84 脈拍80) まだ高い?でも1月前の事を思えば上等。懸り付けの眼科の先生から嚇された位の血圧だったのだから。どれ位?上は190 下は100 アホカ)

普通の人ならとてもではない血圧に倒れなかったのは、数年前に脳の血管測定をしてくれた先生の診察が正しかったのだろう。「血管は大丈夫」「ふらつき、むかつきは太りすぎ」「親に感謝して節制をしなはれ。太り過ぎはアカン」。あの時生まれつきの体力に感謝はしても、腹八分を実行しなかった罰が当たるが、これからの生き方でそれも変わるだろう。

自分で言うのは何だが(なら言うな)こんな不摂生が出来るのは、丈夫な血管と骨を与えて呉れた親のお陰だろう。しかしそれもこれからは賞味期限が切れる。後どれ位元気で跳ねまわれるかは分からないが、それも全てこれからの減量に懸ると言える。オーバーではない。

食事制限の一番の効果はカロリー計算と言われても、情けない事に出来ない。今、ブログ書きながら朝焚き納豆(甘納豆)食っているが、これが一袋いくらだろう?半分にしとけ。一人で美味い物(甘いもん)一人占めはやめときなはれ。それでも酒は飲まんから。そんなもの言い訳にもならん。今、あんなに躊躇していた桑の葉抹茶も飲み始めています。如何?まだ効果の程は分からないけれど何でも挑戦です。それもそうだけど食い過ぎが一番アカン。

自分で言うのもなんだけど(まだ言っている)親父の凄い所はやると決めるまでが遅いけれど、決めたら徹底的にやる。(そんな事自慢にもならない) でも言うは易し 行うは難しの格言英語にもあるよ。it,s easy to saything but it,s hard to do them 合ってるかな?spell。

今日の日経 経済教室読みました?何時もは難しくて斜め読みしか出来ないけれど、今日は親父の今関心事(税の補足)だったので、何とか読めたかな。その中で初めて知った言葉個人、企業、会社、自営業者、法人の所得、資産を正確に把握する資力調査をミーンズテストと呼ばれるとか。もうすぐ確定申告の時期になるがサラリーマン(正規社員、契約も含む)以外の所得のミーンズテストは正確ではない。自己申告だから誤魔化しが多い。江戸時代のの方が正確と言ったら怒られるだろうが・・・。

財務省の役人は税収が不足して財政が破たんしていると言いながら、その手当を如何するのか明確に出来ない。企業の法人税が高いと言われてもその手立てがなければ如何ともし難いだろう?高い原因はこの国の税制に在る。税金を取れる処から取るのではなく。取れない所を無くさなければならない。利益の出ない企業、宗教法人、公益法人、どれだけ税金を払わずにもっともらしい事を言っているか、それが問題だろう。

消費税を少し位上げた所で焼け石に水と言われても、その消費税の値上げすら反対して多くの事を求める間抜けさはこの国だけでは無い。今、ヨーロッパの一部の国に財政破たんの危機があるのも他人事ではない。経済大国アメリカも例外ではない。歴史を見ても国家対立の原因は経済危機からだろう。そんな事を考えていた。

P1000335

今日は温かい一日。季節の早送りで桜木もびっくり。幹から昨年突き出した小枝の先にはつぼみが開化の準備をしていました。オイオイ、まだだよ。厳つい(いかつい)幹の親分は嬉しい悲鳴をあげていた。開化の時は40日先だろう。春は名のみの風の寒さや。かな。

P1000334

これはもう芸術です。さざんか山茶花咲いた道。たき火だ焚き火だ落ち葉焚き。あたろうか当ろうよ。北風ぴーぷー吹いている。そんな寒さは微塵も感じさせない朝でした。それでも後一月はこの山茶花の花も寒さに震えるだろう。寒さに負けないで頑張れ。

| | コメント (0)

2010年2月 8日 (月)

立春寒波も一段落 昨夜はニラ玉の食い過ぎで下痢でした

天気予報を見ると冬型の気圧配置が崩れ、一気に暖かくなる。雨模様になるが今週はこれまでの乾燥して寒い天気が一段落する。その後又寒さがぶり返し暖かくなる。3月の初めに奈良のお水取り。それでもこの頃はまだ寒い。マスコミの報道を聞いて一喜一憂する事は何も無い。政治も経済もそうだろうと思いきやこれはそうは行かない。政治のお間抜けは国民のお間抜けだろうが経済は如何なのだろう?これは景気の先行き見通しをする財界人とエコノミストに先見の明が無いからだろう。

この国の歴史をひも解いても時代が変わる時の兆しは、一部の人にしか見えないのだろう。マスコミ、報道の責任が問われた事も少なくないが多くの時にその役割は小さい。何故だろう?それ程に新聞、テレビの影響が大きく変革の動きを伝えられないのだろう。

天気予報は大気の流れと変化、日本各地の観測地点が整備され予報の外れが本当に少なくなったが、景気動向の判断が適格になるのは何時の事だろう。それが出来ると何なのかと言われるかもしれないが、これからはそれが出来る様に学習しなければならない。

それが出来ればこれからの(これまでもそうだったが)厳しい経済、(国レベルでは無い、自分自身の切実な日々の生活)が激変するに違いない。今迄が余りに無知で成り行きに流され先見の明もなく、それ故に惨めだった。要領とペーパーテストに長けた(たけた)輩に何時までもデカイ態度を許すだけの器量はない。反対に生活困窮者に輝ける明日は無い事も知らなければならない。

幼い頃、田舎の霧島神社の急な石段を片足の膝から下が無いおじさんが雨露を凌ぐために上がって居た。子供心に凄い生命力、生活力と思っていた。今の生活、高齢化の生活を考えた時、あのおじさんの柔和な表情を思い出す。明日の生活、明日の命の保証が無くても不自由な体で大地を尺取り虫の様に少しずつ動きながら、何を考えていたのだろう。

とっくの昔に命は無くしても安楽の時を手にしたに違いない。これからの生き方を考えた時あのおじさんから教えられた生き様は出来る術も無いが、五体満足、雨露を凌げ贅沢な食事が出来、貧しいながらも簡易ベッドのうえで眠れる日常に感謝しなければならない。

それだけでなくお腹の出っ張りが凹まなければ、老い先も長くはないだろう。これから先高齢化の人は多くなる。それでも健康で自分の足で歩ける人は間違いなく少なくなる。日々の生活で自分の健康は自分でなければ他人は分からない。どんなに人の事を言った処で自分の体は待ってくれない。酒飲みが太った人を馬鹿にするけれど自分の肝臓の事は知らない。

景気の話も同じである。多くの人が尤もらしく先行きの不安を口にするが、問題は自分に何が出来るかだろうう?人の事や口先では何とでも言える。問題は自分に何が出来何が見えるかである。その一番の事を棚に上げて尤もらしい事を語るから先行きが見えなくなる。

その事はテレビを見ると本当に良く分かる。政治とカネの事を開けても暮れても口角泡(こうかくあわ)を飛ばしても経済の最前線の話は無い。アンタの個人的な話は如何でも良い。どうしてもう少し地道な事実の報道が出来ないのだろう。政治に金が掛るのはそれだけオイシイ思いが出来るからだろう。その本質を棚に上げてどんなに多くの事を語ってもお笑いだと思わないのだろう。それも簡単。それがこの国のお馬鹿な処だろう。

昨日の朝、グルメ番組で(親父も結構見ている)ニラ玉の美味そうなシーンを見る。ジャンボなそれは如何にも美味そうだった。その影響で夕食材の買物に躊躇は無かった。ニラ一束、卵10個入り。にらは久しぶりに手にする。何故だろう?独特の臭みが無くシャキシャキ。卵はプライベートブランド。しかし300円を超す高級品では無い。やっぱリ味に高みが無い。

親父が小さい頃(マタか)、家で卵を買う事は無かった。それ程の高級品ではなく鶏を飼っていたからである。餌の当番は大体親父か博多の叔父ちゃん、餌は近くの道端のポンポン草(正式名称は知らず)と米ぬかと水、それで充分だった。大人しいニワトリで黙々と餌を食い卵を産んでくれた。それが我が家の御馳走だった。それでも贅沢品でもなく何気なく口にしていた。

そう自給自足。今の様にスーパーやコンビニは無く野菜や米は買う事はなく、それでも親父は職業軍人だったので戦後は今で言うフリーター。日銭稼ぎの土方仕事しか無かったが、貧乏だった。それでも親父の恨みつらみを聞いた事は無かった。それだけに未だにアメリカの軍事力の傘の中で尤もらしい国の防衛論議は許せない。先の大戦で多くの人の命と価値観は台無しにされた伝承は過去の物になっている。

戦後50年を過ぎこの国は軍隊を憲法上は放棄しているが、世界のどの国もそうは思って居ない。三権分立(知らんだろう)司法、行政、立法の権限は独立していても、この国に軍隊が無いとは誰もが思わない。それでもそうは言えないのだろう憲法上は。

話を経済に戻せば世界的にはアメリカの経済が今、大きな変革の時を迎えている。戦後50年以上続いた繁栄も昨年の金融危機を境目に崩れている。温暖化の進行で北極海の氷が溶ける様にこれから紆余曲折を経ながら経済大国の座を何処に明け渡すのだろうか?

アメリカの一国支配の時は終わり世界の富は変動するだろう。日本の繁栄は終わり、これからはじり貧を続けるとか言われているが、国土の狭いこの国が高い人口密度の中から生み出してきた技術力はそう簡単には揺るがないだろう。精密な物造りの技術は暫くは他国の追随を許さないと思うが、それは違うらしい。韓国のサムソンや台湾の新興勢力は一部に置いてこの国の技術を凌いでいる。しかし、その事がこれからも続く保証は何処にもない。

全体のレベルを比べればこの国の豊かさは過少に評価されている。これからはその熾烈な競争が始まる。その多くの現場をマスコミは殆ど伝えないのはそれだけの情報が求められて居ないからでこの国の現場力は言われるほど、空洞化はしていない。そうでなければ飯が食えないからである。これからその事も少しは知らないと先行きを正確には見通せない。

下痢止めには正露丸。親父の下痢はこれで完全に止まる。だから旅に出る時もこれは手放せない。それと眼薬。最近はデジカメも必需品となる。正露丸は独特の匂いがあるが何故かメーカーまでも決まっている。値段は安い他のメーカー品に替えた事があるが駄目。

薬もゼネリックの時代と言われているが如何だろう?親父的には効き目だろう。効き目に変わりが無く値段が安ければそれが一番だと思うが、そうは如何だろう。これからはどんなに安い商品が出ても、価値の無い物は2度と買っては貰えない。

今日、安い商品に人気があるが安さだけではその場限りの買い物になる。価値が認められた物が安くては無くても求められる時が見直されている。多極化。安物競争に眼の色が奪われていたら取り残される事を教えている側面を、これから知るに違いない。

made in Japanが安かろう悪かろうと言われたのは昭和の30年前半。あれから経済の爆発的な発展がありこの国の経済も変わる。それでも人々の生活は豊かになったのだろうか?なりました。親父は元に戻ったけれどこの国の豊かさを疑う人は貧乏人だけ。

今、同じ事が隣の国でも進んでいる。経済大国China でもこの国は発展途上国とか。違うだろう。経済大国の条件に発展途上はないだろう。それとも都合の良い時だけの仮面なのか?この国は私達の国と違って余りにデカイ。そして余りに価値観に飛躍がある。この国が本当に共産主義の国であるならもっと多くの人が豊かでなければならない。

今日はお休み。久しぶりに親父のプロフィールを見ると減量中とある。2年と9ヶ月の間にそれどころか9キロの増量。それが全てお腹廻りの脂肪となっている。お腹の脂肪をつまみ上げ電話帳と比較するお話があるが、電話帳が2冊になっている。どれ位の厚さ?それは余りに言えません。FMの昭和歌謡を聞いて居ると遅くなりましたが、これから歩いてきます。

城 卓也さんの「骨まで愛して」 しらんやろ。親父が22,3の頃のヒット曲。今から43年前の曲。愛の昭和歌謡。来週は口づけの昭和歌謡とか。愛有る一週間とか言われたが人を愛する事は自分を愛する事です。ラジオって良いですなあ。砂山の歌が始まりました。ああ。

| | コメント (0)

2010年2月 6日 (土)

ブログ記事500回達成 おめでとう 次は600回 どんな景色が見れるかな

ブログを始めて2年と8ヶ月。6月に成ると3年。もうそんなになるかな。君からこのパソコン買って貰って始めた。最初は何も分からず文字入力も出来ず、近くのパソコン教室室に通い先生とプライベートのレッスン。そう言えば何か有りそうだったが何も無し。3ヶ月でどうにか一人立ち。去年はデジカメを買って貰ったので画像の取り込みも出来るようになり、一丁前に成った。まだまだだけどボケ防止には丁度良い。これからも馬鹿にしながら眺めて下さい。

それでは500回を記念して親父の大好きな奥の細道。芭蕉の書き出しから。(前にも紹介したけれど覚えていないだろう)。

一、漂泊の思い。

月日は百代の過客にして、行きかう年も又旅人なり。舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらえて老いをむかえる者は、日々旅にして旅をすみかとす。古人も多く旅に死せるあり。予もいずれの年よりか、片雲の風にさそわれて、漂泊の思いやまず、海浜にさすらい、昨年(こぞ)の秋江上(こうじょう)の破屋(はおく)に蜘蛛の古巣はらいて、やや年も暮、春立てる霞の空に、白川の関こえんと、そぞろ神の物につきて心くるわせ、道祖神のまねきにあいて、取るもの手につかず。もも引きの破れをつづり、笠の緒付けかえて、三里に灸すうるより、松嶋の月先ず心にかかりて、住み方を人に譲り、杉風(さんぷう)が別所に移るに、面八句を庵の柱に懸置(かけおく)。草の戸も住み替る代ぞひなの家。

中学の時、どもりながら輪唱した奥の細道。このお歳になるとどもる事も無い。反対に心の奥に響きがこだまする。芭蕉が片雲(へきうん)の風にさそわれて、命を掛けた奥羽地方の旅に出掛けた思いが伝わってくる。親父が住処を引き払って旅に出る事はないだろうが、日本全国気儘な旅に出掛けるのは何時の事だろう?その為には健康とスポンサーが要るのだろう。

(漂泊の思いの解説)・・・旺文社 麻生磯次訳注

月日は永遠に旅を続ける旅客であり、毎年新旧交代する年もまた旅人である。舟に乗って一生を過ごし、馬のくつわを取って老いてしまう者は、毎日の生活が旅であって、旅を自分の住む場所としているのである。昔の詩人たちも旅の途中で死んだ者が少なくない。自分も何時の頃からか、ちぎれ雲が風にさそわれて浮動するのを見ては旅心をそそられ、あちこちをさまよい歩きたいという気持ちが押さえられなくなり、海べなどを放浪し、去年の秋に隅田川のほとりのあばら屋に戻り、蜘蛛の古巣をはらってしばらく住んでいるうちに、やがてその年も暮れ、春になって、空に霞がたちこめるのを見るにつけ、今度は白川の関を越えたいものだと、人の心をそわそわさせる神にでもとり憑(つ)かれたように心を落ち着かず、旅の神の道祖神に招かれている気がして、じっとしていられない有様である。股引(旅姿)の破れをつくろい、笠の緒をつけかえて、三里に灸をすえると、もう松島の月はどんなであろうと、まず気にかかって、今迄住んでいた家は人に譲り杉風(さんぷう)が別所(芭蕉庵)に移る前に、この句を詠み柱に懸けおく。

草の戸も住み替る代ぞひなの家。・・・汚い草庵であるから住み替る事もないだろうと思っていたのに、時世時節でその時も来るもんだ。今度住む人は妻も子供もある人で、折から雛祭りの頃でもあるので、雛人形で飾られることであろう。 訳も難しい。

親父がこの芭蕉の思いに心惹かれたのは最近の事ではない。17年前に思いがけなく友人と車で慌ただしく駆け巡ったが、何時の日かのんびりと足の向く儘、気の向く儘の旅が出来るだろうか?その為にも次の1000回に挑戦しなければならない。

| | コメント (0)

2010年2月 4日 (木)

あいた口が塞がらない(ふさがらない)立春大吉

立春大吉 静岡掛川の大雲院大和尚から貰った唯の紙。それでも親父にとっては唯の紙ではなかった。今は昔、これからも住む事はないだろう大きな玄関にこの紙を貼る。大きな主をなくした日当たりの良い玄関は照れながらも季節の変わり目に目を輝かしていた。

あの時から15年の春を迎える。お間抜けなテレビは春とは名のみの風の寒さとか茶化しているが、言葉の意味と人の思いを理解していない。この日を境に日一日と春めいて来る。関西では本当に春に成るのは選抜の時から。弥生三月も下旬にならないと春にはならない。

立春大吉. この言葉の意味は親父的にはそう理解しているがなかなかそうは行かない。仕事場の窓の外は明るい日差し。屋内に居ると外の寒さは解らないが外に出て見ると風は冷たい。雪国の寒さと大雪に比べると笑われるがこの寒さも一時だろう。

今週末から又、暖かくなる。三寒四温。この言葉も最近は余り聞かれないが段々と暖かくなる。去年は桜の開花の時を愛でる間もなく若葉の時を迎えた。今年は如何だろう?6月に君と約束したハイジの故郷を見る為に血圧を下げなければならない。

血圧だけでなくメタボな体もスリムにしなければ、ユングフラウヨッホの展望台には立てないだろう。14年間の時はその日の為に在ったのだろう。その為にも立春大吉の時があるのだろう。今はどんなに寒い時も一月もすれば様子が変わる。 

そんな他愛も無い事を考えていたら、トヨタの会見の様子が視界に飛び込んでくる。品質保証担当。懐かしい言葉。親父は不良品の対応に振り回されていたが流石にトヨタ。対応がスマート。しかし、平然とした顔で淡淡と語られる言葉にあいた口が塞がらない。

その前に朝青竜が引退した。そのニュースのコメントを限られた人が尤もらしい顔をして、良かったとか遅かったとか言っているが何様だと思っているのだろう。自分が当事者に成れる訳も無いが辞めた人に叱責の言葉は無いだろう。品格とか国技を語る前に人間としてどう有るべきかをどれだけの人が語れるだろう?それ程に人の生き方は人を語れないだろう?それはあなたも同じ。これは又失礼しました。

そう言われるとプリウスのブレーキの問題も迂闊な事は言えないが、製造物責任の言葉の重みが感じられない。担当取締役は感覚的な問題で品質的ではないと言われたが、これはアカンだろう。車は走る凶器。安全を売り物にする車のブレーキは感覚的にもシャープでなければならない。その事を忘れた時王者の座は明け渡さなければならない。

今日はもう一つの事を呟かなければならない。本当は政治の事は如何でも良いのだがそうも言えなくなっている。政治とカネの問題は親父が若い頃から言われている。マスコミの間抜けな処はその問題の本質を明確にせず、短絡的な興味本位の報道は厳しく追及されるべきだろう。新聞やテレビの社会的責任を口にしながら日々何たる報道だろう。

政治にお金が掛ると言われ今は政党助成金なる税金が投入されても、企業、団体の政治献金は禁止されていない。政治資金を明確にして不正なお金の流れをなくすと言われながら、どれだけの政治家がその事を実行しているのだろう。それが出来ていないから政治とカネの問題が事件となる。自民、公明、野党もマスコミ同様不正なお金がないのか説明責任とか言っているが、それだけの事を本当に言えるのだろうか?その程度だろう。

今、この国の民主主義が問われている。親父はこの国の民主主義は形だけと思っているが、憲法には国民主権と明確にうたわれている。しかし、民主主義とは一体どんな物だろう。全体主義、共産主義とは違う国民主権?もっと政治に関心を?自分の生活を変えなければ人の生活は変えられない。

| | コメント (0)

2010年2月 3日 (水)

節分 鬼は外福は内 豆まきは無し 洗濯をした手が冷たい

節分 立春の一日前 関西では巻き寿司一本食い願かけをする。意味が良く分からない恵方巻きの習慣もすし屋のこじつけか?巻き寿司が売れるから商売繁盛、家内安全?スーパーも食料品売場は今日は猫の手も借りたい。おっさんもオバはんも今日だけは違いまっせ。

物が売れない時代。デフレの時代と言っても何だかんだこじつけでも良いから、知恵を出し汗をかき体で勝負しなければあきまへんで。それでも売れなければ買いたい人を探せ。買いたい人が居無ければその気にさせろ。その気がなくても売って見せろ。それが出来なければ商売人やおまへんで。大阪人の泥臭さが関東では笑われるが、お笑いの世界見て見なはれええカッコしてたら売れまへんがな。

不景気な時代、出口の見えない時代、景気回復の出口戦略、政府に求める?アホか。そんなもんありまへんがな。仮にあったとしても皆がおいしい思いが出来る訳がおまへんがな。おいしい思いは一部分、殆どの人が貧しい生活でんがな。テレビもおかしさを越えて見る気にもならない。お気に入りのFMでジャズを聞いて居るとそんなボヤキも消えて行く。

日本の物造りあきまへんなあ。技術の日産もゴーンのおっさんに買い叩かれ、販売のトヨタもブレーキに問題が出たら、走れまへんがな。先月、久しぶりの運転でハンドルを握る手に自信を無くす。何かが違う。長年のハンドル捌きが無くなり運転が出来なくなっている。

トヨタの技術屋さんが長年追い求めた安全神話は何処に行ったのだろう?馬鹿の一つ覚えの様にエコを売りにするのも良いが一度失われた信頼はなかなか回復しない事をどれくらい考えて居たのだろう。ブレーキの効きが悪い事は低速の時、致命傷に為る事を深刻に考えて居なかったのだろうか?そう言われても仕方ない。

| | コメント (0)

2010年2月 2日 (火)

久しぶりに山の入口迄行く そこまでがやっと とほほ あー

Img_1345 城址公園はお休み。五月山、一番短いコースに挑戦。しかしこのコースは石段334.足腰が丈夫でないと歩けない。上り詰めると展望台

Img_1361

Img_1358

Img_1363

Img_1368

街並みが暗くなっているがこれはカメラのマジック。六甲の山並みの夕日が明るい為。左下を流れる川が猪名川。六甲の山並みの上に沈む夕日。山並みが左に落ち込む方向が神戸の街並み。中間左端は大阪と神戸の中間。昔はすごい見通しだったろう。ここで石段に座り下界を見ていると多くの人の喜びと悲しみが胸を突き上げる。日は沈み日は又登る。

Img_1364

Img_1356

本当はここから山中に入る。現在地はこの地図の中央少し左側。大一のマークの有る所。それが今日はここまで。ふくらはぎが痛い。運動不足を嘆く事はないが今迄の活力が無い。足腰が弱ると歩けなる。現代人はその前に自らの意思で歩く力を無くしているが、親父の場合、そんな勿体ない事は出来ない。ふくらはぎの弾力性を取り戻し何時までもこの桜木の活力を失ってはいけない。

Img_1348

昨年も紹介したこの大木。幹の中間にこんな大きな穴が空いてもどっこい生きている。この画像では良く分からないが幹の上も枯れている。その横から伸びた枝葉が大きくなり幹の替わりをして今年も桜花を咲かせる。幹の中は腐っても外側の樹枝に樹根が伸びている。何れ枯れる桜木の生命力に驚嘆の思いを重ねていたから、親父も生き延びられたのかもしれない。人間の生命力はこの樹の様に無限ではないが、ふくらはぎの痛みは面目ない。

老木を撫で回しながら樹皮の固さに悦びの思いを重ねていた。今年も密やかに(ひそやか)に輝きの空が見れる。桜花の花弁はささやかでも親父の五体に歓喜の思いが浸み込むだろう。どんなに華やかな桜花の競演より勝るとも劣らない時も遠くない。後、2月足らず。

その時はどんな思いでこの老木を見上げて居る事だろう。願わくば5キロの減量。ふくらはぎを擦らなくても(さすらなくても)歩ける体に為らなければならない。

| | コメント (0)

昨年の今頃が眼に浮かぶ。光陰矢の如しとは正にこの事か

親父のブログももうすぐ記事数が500になる。書き始めた時はこれ程続けられるとは思わなかったがこの調子で行けば1000回も夢ではない。だから何だと言われても答えようも無いがこうしてパソコンに残すと、これがそのまま親父の生きた証でもある。昨年の今頃何していたか問われても明確に答えられる人は少ない。何を考えて何を思っていたかになると分からない事が少なくない。人はそうして生き延びてくたばるのだろう。

昨年の今頃、温暖化が叫ばれていても日常の生活に何の変化も無かった。今年もそうだろう。しかし、全く変わりないかと問われるとそうでもない。CO2がどうだとか排出権がどうだとか知らなかった事が少しは解る様になり、エコとかエコ生活とか多くを人も知る様になった。

環境問題に詳しい人に言わせるとだから何だと言われても、意識の変化はこれからの環境生活に多くの問題を顕在化させる。環境問題の取り組みは避けて通れない。環境対策はお金が掛りそれなりのコストを負担しなければならない。

これからは経済も政治も国民生活までも中国の影響を多く受けると言われているが、それと同じ位、それ以上に中国に求められる国際社会の視線は厳しくなる。今は国際会議の場でも平然と発展途上国の代表気取りに慣れたとしても、政治と経済の矛盾に背を向ける事は出来ない。

この国のおかしい所は経済と政治の大国を使い分ける事である。本当に発展途上の国であるなら問題の解決に謙虚でなければならない。CO2排出№oneの国が問題の取り組みに積極的でなければこの国の信頼は無い。

共産主義の国は時々、決定的な判断ミスをする。そして自国の正当性に他国の批判を排除する。国際会議の場で会議を混乱させ経済後進国の支持を集めた成果の強調は、この国の現状を正確に表している。あの喜びの代償は中国にとっても小さくない。

その国の経済発展が今、注目されている。しかしその事は紛れも無い中国の経済の事情だろうがそれも一部分であり日本もそんな時があった。君達も本当は知らないJapan、as、number、one。この国も経済がアメリカおも凌ぐと言われたのは20年と少し前の頃。

あの時のこの国の勢いは幻だったのだろうか?そうでは無く事実であり思い上がりだった。実力以上の評価、実力以上の信頼、それは日本だけでなくアメリカもそうでありイギリスもそうだった。イギリス病と言われた落ち目の国を再生させたサッチャー政権。しかしその繁栄も長くは続かず、それでも国の豊かさは日本を凌ぐ?。その事を知らないだけ。そのくせ、一時的な繁栄には眼を眩まされる。地道な変革その事を忘れる責任は何処に在るのだろう?

今、アメリカも又イギリスと同じ轍を踏んでいる。否、それ以上にこの国はデカイ。正に政治的にも軍事的にも経済的にも世界の覇者だろう。その国が揺らいでいる。原因は富の流出。豊かな国益がアジアに流れその補いをアジアに求めている。

資本主義の大国が自国の経済発展の礎を日本や中国インドに求め、貯蓄より投資、貯蓄より消費に金の流れが中心になっても世界の王者として君臨出来ると思っているのだろう。アメリカの格付会社スタンダード、プアーズは日本の信用度のランクをうんぬんする前に、自国の財政破たんを心配しなければならない。日本の財政は言われるまでも無く悪い。しかし、アメリカの財政は日本と中国の支えなしには既に成り立たない状態の在る事を、どれだけ明確に出来るのだろう。日本の株式市場も外人投資家に占有されて完全におかしくなっている。

この国の政府機関(厚生労働省)の統計によると給与所得者の金額は前年に同期に比べて3.9%のマイナスとか。しかし、これはお役人を含めた全体でしょう?民間、中小企業だけだとこんなもんではないでしょう。賃上げより雇用の安定。物の価格が下がり(デフレ)給与はさらに下がる(これがデフレ不況)。その歯止め策として多くの施策が求められ、国の財政も税金だけでは賄えない(まかなえない)。今、役所、職安(ハローワーク)に行って見ろ。

経済の持ち直しなんて微塵も感じられない。それでも明日を見つめるしかない。倒れたら起き上がれる人はまだ救いがあるが、そうでない人は如何するのだろう?お馬鹿なテレビはお金と政治、お金とスキャンダル、食い物とお笑いでお茶を濁しているがこの国に変革の時は無いのだろうか?無い。ならばどう生きるか?自分を磨くしかない。

今日はお休み。久しぶりに山に登ってきます。

| | コメント (0)

2010年2月 1日 (月)

歓喜の春は息をひそめて居ない。春の時は来るけれど躍り上がるその時は無理かもね

フードデザート なんか綺麗な言葉だけど直訳すると食の砂漠とか。月の砂漠はロマンチックだけれどこの言葉が昨日聞いた言葉(無縁仏)とこれからの高齢者の深刻な問題だろう。限界集落の聞きなれない言葉が地方と過疎の問題でなく、都市の中心地に住む高齢者にも押し寄せている。行政は何をしているのだろう?地方自治とか高齢者対策とか福祉とか多くの言葉を使いながら行政の長は地域の深刻な問題にすら、気付いて居ないのだろうか?

行政の長は言うまでも無くその実務を取り仕切る責任者達が、問題の認識に欠ける。街づくりと言えば箱物を作り何とか法人が運営すればそれで事足りると思っているのだろう。地方の街並みが寂れ、そこの住み人の生活が貧しくなっていると言われるが都会はもっと深刻になっている事をどれだけの人が認識しているのだろう。

これからの年寄りは美味い物を腹八分(出来ていないが)食い、その日の内に寝て朝寝をしない。決めた時間に起きて決めたスケジュールをこなす。煙草は吸わず酒もたしなむ程度。一日の反省を忘れない。そんな生き方をしなければいけない。血圧を下げる薬のお陰で目標血圧に近付いているがメタボなお腹を凹ませないと走れない。

それでも同年齢に比べると若くは見えるが上には上が入る。小さい頃母に言われた言葉、下を見るな、上を見よ、上には上が入る。今は亡き母も負けず嫌いだったのだろう。弱音を吐きながらいじけていると平然として言っていた。その言葉を今更思いだしても手遅れだが気持ちだけはまだ若い。しかし、そのタイムリミットの時限爆弾にスイッチが入っている。

早い物で1月の時が過ぎ二月(如月)。今週の木曜日は立春だけれどこれから雨水(2月19日)啓蟄(3月6日)が過ぎるひと月が一番寒い。親父は今年もパンツ一丁で過ごせそうだけれど年寄りの冷や水かもしれない。9年前のこの時期、敦賀と兵庫の日本海側で鼻水を垂らしながら仕事をしていた事を思い出せば、これ位のお弁当箱(寒さ)はお昼前(朝飯前)です。何やそれ。心頭滅すれば寒さも又温し。かもね。気合ダ、気合ダ、気合ダ、そうだー。

休憩。おトイレ。お買いもの。(伊予柑とごみ袋)です。

フードデザートの説明。街中のスーパー、小売の生鮮食料品店が販売不振で廃業。街中に住んでいるお年寄りが生活必需品が買えなくなる。郊外の大型スーパーに足を延ばせない。食料品の買い物に不自由する。安くて新鮮な物が変えない。信じられない風景が高齢者に忍び寄っている。若者達も例外ではない。コンビニでは毎日の食事は出来ない。

食は文化と言われても現代人は体の事を考えた食事をしていない。どんなに食事に気をつけた生活をしていても健康の保障は無いがその逆は最悪の結果となる。その当たり前の事が見失われておかしな風潮が常識になる。食は粗食。でも疎か(おろそか)にしてはならない。

今日は冷たい雨。東京は明日の朝大変だろう。足を滑らさないで余裕を持って出かけて下さい。大阪は池の鯉も身動きもせず餌も口にせず糞もせず、じっと水底で春を待っています。水面に顔を浮かせて口をパクパクするには、暫くの時が必要です。

親父には歓喜の春は過去の物となり、今年の春は眺めるだけになりそうですがそれでも春は春、厳しい寒さの先には暖かな時がある事も忘れてはならない。今年も名古屋と富山を結ぶ桜街道を歩く事は出来ないだろうが、一部分は見れるかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年1月 | トップページ | 2010年3月 »