ようやく寒波到来 それでもまだまだ暖かい?
親父のつぶやきを検索すると親父のブログはトップ。(どうでも良いが) それでも数年後、自分で見直して見ると感慨深い?だろう。そんな気がする。この拙文もそんな思いで書いている。これから126年の歴史に幕を下ろすオリエント急行の話が始まる。
オリエント急行。パリからイスタンブール迄の寝台列車も今はその面影も無い。スケールは違うが親父の新婚旅行の打ち止めは九州大分佐伯から大阪迄の特急にちりんだった。あの時から夫婦の旅は始まり、フィナーレは家族4人の寝台特急富士だった。
時は移り文明開化の象徴は今は何だろう?先が見えない時代と言われるがその原因は何だろう?豊かな時代、成熟した時代、物から心の時代と言われても、本当は心貧しく、生活も日々の暮らしで精いっぱいなのだろう。旅を楽しむ。生活を楽しむ。人生を楽しむ。今、問われている事はそんな事かも知れない。
暖かい歳の瀬が続いていたが、やっと寒くなる。西高東低。気圧配置が完全に冬型となれば日本海側は大雪。太平洋側は空気が乾燥する。関西はそれでも雪が積もる事は殆ど無い。親父の記憶にも10年前と4年前しかない。それでも4年前は仕事の早仕舞だけだった。
それでも親父は雪の積もった山の中で仕事をした事がある。9年前の敦賀の山。北陸トンネルの上だった。今年の初め、久しぶりに訪ねた現場に雪は無かった。あの時の寒さが嘘の様だったけれど、その雪景色は半端ではなかった。
一日前の穏やかな天気が一夜で一変する。関西で腰の高さまでの雪を見るにはスキー場に行くのが一番簡単だが、その景色が目の当たりに実現する。しかも新雪。踏みしめると半分に圧雪されるが一歩先の雪は蹴散らさないと前に進めない。歓喜の思いが苦痛に歪む迄多くの時を必要としない。雪国の人の難儀の思いが実感できる時。それが仕事の始まりだった。
経験の一番浅い親父の仕事は雪かき。人間除雪。寒いのは仕事を始める前までで一時もしないうちに額に汗が滲む。(にじむ)それでも親父は力仕事には向いていた。口先ばかりで体が動かなければ無用。お役御免。雪をスコップで払いのけると山肌が現れ仕事が出来た。仮設のモノレール。寒風吹きすさぶ尾根から少し下がると不思議に暖かかった。
これからの寒さはあの頃の難儀を考えると、大した事は無い。多くの人は知らないが暖冬の時は琵琶湖の汚染も進むと言われる。今、温暖化が問題になっているが化石燃料の事ばかりと思いきや、寒波が昔ほどで無い事を口にする人は少ない。
琵琶湖の表面温度が比叡、蓬莱降ろしの風で下がる時湖底の水の流れが上に上がり、湖水の循環が始まる。山に雪が無ければスキーは出来ないが、冬の寒さが強くなければ琵琶湖の水が綺麗にならない事を親父が知ったのは最近の事。
今、世界の温暖化が問題になっているが自国の利益と先進国の負担ばかり問題にされれば、解決するとでも思っているのだろうか?そうではあるまい。自分達に有利な援助と負担の軽減を口にする中国。こんな国に環境問題を口にする資格があるのだろうか?
今や二酸化炭素の二大排出国はアメリカと中国。その一角を占める中国の態度は一体何なのだろう?これからの発展途上の国も自国の責任を問われている。こんな国に無償の経済援助を約束する日本と言う国は一体何だろう。其処までしても手にする物は何だろう。
明日から更に寒くなる。デンマークで行われている国際会議に鳩山総理も出席するが、自国の利益だけ求めれば何も決まらず、問題の先送りでしかないだろう。その事を中国とアメリカは認識しなければ何も決まらない。
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