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2009年12月

2009年12月31日 (木)

そない甘いもんやおまへん。それでもこれからの時代を背負う若さ

今年もあと2時間足らずで終わり、2010年の新たな年が始まる。今年は親父に取って豊作でも不作でも無かった。病気も失業もせず生き抜いたのは評価できても、手にしたものの大きさは満足出来る物では無かった。そない甘いもんやおまへん。

政治の世界でもそうだった。地滑り的大勝で自公政権を倒しても何も変わらず、それよりも政権与党のもたつきと総理のリーダーシップが皮肉にも問われた。それでも保守と公明党の利権の政策は支持を失う。何故だろう?何を見間違えたのだろう?

その事が分からなければ民主党も同じ穴の狢(むじな)かもしれない。同じ穴のドツボにハマる。新しい年はその事も問われる。夏の選挙を待つまでも無く小沢民主党は不動の勢力を固めた時が、ポイントだろう。

間違い無く政治の形は変わっても中身は大同小異の気がする。何故そうなのか?人と国、政治に多くの事を求める人達は、個人的には何もできない。その何も出来ない一人一人が想いを重ねて時に歴史は大きく動く。その事がこの年の政権交代だったのだろう。

新年になり各地の様子が中継されている。独身の頃から見ていた風物詩。多くの人が多くの思いの中に新年の時を迎える。親父もそろそろ生き方を変えなければ、長くは生きられない。その思いの中に寒い日がある。有り難い事に正月休みは5日。今年はどんな生き方が出来るのだろうか?

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今年は歳の瀬の慌ただしさも無し。寅さんの番組見ながら、笑っている

渥美清の寅さんシリーズ。どれ位続いたのだろう。親父が結婚前、同じ職場のひょうきんな若者が寅さんの語り口を真似していたから、40年前位前から始まったのだろうか?ストーリーは毎回同じでも年末とお盆はこの映画が全国の映画館で封切り上映だった。

親父が映画館で見る事も無くテレビで見る様になったのも、大分後になってから。でもあの頃はまだ今日の生き方を知る術もなかった。今回のマドンナの大原麗子も今年、誰にも看取られる事も無く来世に旅立つ。人の生き方は生まれながらにして生きる年が決められていると言われても、誰もその時を知る術もない。これからそのドラマを見るのは親父だけでは無い。

今年も多くのドラマがあり泣きと笑いがあった。本当の哀しみはそんなもんではないと思いながらも、唇を噛みしめる事も少なくなかった。喜びの時は少なかったけれどそれもこれも来年に続くドラマかもしれない。寅さんも今は居ないけれど来年は寅年。きっと多くの事を語りかけて呉れるに違いない。では又明日。今年はもう一日仕事です。

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2009年12月29日 (火)

その鐘を鳴らすのは誰?来年はどんな鐘を誰が鳴らすのだろう。

P1000302_2 鐘の影が大きい。少し笠が流れているのが気になるが来年の課題も同じかもしれない。景気対策、雇用対策、子育て支援、デフレ対策、etc.。自分達に直接関係ない事と思ってもそうではない。その反対にどれだけ尤もらしく語っても何の支えにもならない。それだけに難しい多くの困難。その事がどれだけ分かっているのだろうか?その事がこれから明確になる。

この一年、君とも多くの不毛の論議を重ねたが、来年は如何だろう。親父の硬直したメタボな感覚が研ぎ澄まされた正宗に変わらなければ、今年以上に不快感を重ねるだろう。親父もこう見えて狡猾(こうかつ)。単純に見えて自分を不必要に無用にする事は無い。その為の生き方を今年以上に重ねなければならない。

その鐘を鳴らすのはあなたとゴッド姉ちゃんに言われなくても、そうして大上段に構えなくても、今年多くの鐘を鳴らし喜怒哀楽を繰り返しながら年を重ねる。意識しなくてもある意味競輪のラスト一周の鐘を聞いている。競輪を知らない人でも本当の勝負はラスト一周。ジャンと言われる鐘の合図と共にゴールを目指す。

今年一年、そんなエキサイティング(興奮する)な事は無かったが、それもこれも自分の生き方と考え方、目標設定に有ったのだろう。目標設定?なんやそれ。そう、それの無い生き方をすれば鐘の音も聞く事はない。関係無いと思うなよ。金は聞かなくても関係無いとは誰も思わない。人間の欲望はその程度の物。その事が分かればアメリカの株式市場の始まりと同じ。来年はどんなに些細な事でも自分の鐘を鳴らそう。

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2009年12月28日 (月)

お中元、お歳暮は関係なくなっても?

Img_1247_2 お正月が迫るにつれ南天の実が輝く。今年はこれだけ紹介すれば厄除けも、完全かも。今年は南天の実と重なる事は無かったけれど政治も経済も激動の時だった。

親父レベルの生活の変動は無かったけれど来年は如何だろう?この景色は近くの道。画像は綺麗だけれど実物はそれ程でも。

Img_1248_2 仕事場に通った乗り慣れたバス。どれ位だっただろうか?2年と半年弱。あの歳月は多くの事を学ぶ。あの当時からデフレ社会は始まっていた。どう言う事?スーパーの安売り。

あれから5年近く経ち、業務用のスーパーに一般の客が並ぶ。それ程に安いのだろうか?安い。量が多い。買いやすい?何故か年寄りが多い。

Img_1270_2 6年前の開業時、5,6台しか止められなかったお店前の駐車場も、少し広げられている。それでも手狭。それでも繁盛していた。

今、物が売れないと言われている。何故売れないのだろう?買いたい物が無い時代と言われるが、それは違う。買いたい物が買えない。

そんな時代が続く。

Img_1249 元職場の休み時間、このお寺さんに足を延ばす。寅さんの帝釈天と同じ名前のお寺さん。葛飾柴又との繋がりは無い?

帝釈天が空から下りて来たと言われる松の大木も今は無い。それでも懐かしい風景は何も変わりなく、正月の飾りも済んでいた。

暖かい年の暮。静かな境内。何も変わっていなかった。

Img_1257 仕事の疲れを癒したのではなく、何事にも関心を持つ親父の気まぐれだったのだろう。それでも何も考えず、淡淡としていた。

短い休憩時間、ゆっくりと仮眠でもすれば良いのに何回か来ていた。気分転換になっていたのだろう。

誰も居ない境内。それでも年の暮を待つ鐘つき堂は、再建されていた。

Img_1255 これが今年最後の南天。色んな人が色んな想いでこの色を見ている。でも今年の親父ほど注目して呉れたら南天の実も、赤く染まるに違いない。(座布団一枚)

大阪駅前、北ヤードの再開発にサッカースタジアムの計画がある。日本サッカー協会の要望に大阪市長が「先立つ物が無い」と。これにも座布団一枚。

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どうだ、参ったか?参りました。来年もお守りください。今年もきーちゃんも優理も有難う。帰りに本屋による。五木寛之の本を求める。親鸞の歎異抄。親鸞の教えを多くは知らない。新たな年は間違いなく多くの困難が立ちはだかる。そんな時、精神的な支えの無い人々はどうすればいいのだろう。その答えが分からなかったが先人の教えも学ばなければならない。

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2009年12月27日 (日)

来週の今日はもう新年の3日 歳月は百代の過客にして行きかう人も又、旅人なり 芭蕉

芭蕉の奥の細道はこの言葉で始まる。漂泊の思い。月日は百代の過客にして行きかう人も又、旅人なり。(月日は永遠に旅をする旅客であり、毎年、新旧交代する年も又旅人である)今からどれくらい前だったろう。車で走った奥の細道。一番印象に残ったのは羽黒山、月山そうして鳥海山の遠景の先に合った象潟。今頃は雪の中だろう。

P1000301 関西にはまだ雪は無い。近年積雪も珍しくなりこの樹が雪に覆われる事も無い。この木何の木気になる樹。

名前を覚えたのに忘れた。最近物忘れが酷い。元々、ど忘れが多く大事な事も思い出せなかったから気にもしていなかったが、間違いなく健忘(けんぼう)症。

歳を重ねなくても若年性認知症も有るから気を付けないと。でも歳を重ねる事はそういう事かも知れない。

親父には関係ないと思っても、そうは行かない。行きかう人も又旅人。出会いと別れを繰り返しながら、生きて行くのだろう。

今年の出会いを噛みしめながら、新たなる旅が又始まる。今、鉄道全路線の週刊誌が25まで行く。あと25.

P1000300 柊(ひいらぎ)南天と竹の笹。これだけアップされると異様に映る。笹の葉をかき分けながら仕事をした日々は短かったけれど、地方の山で地質の調査をする仕事も、少なくなったろう。

測量の仕事で飯を食って居た人達は今、公共事業で無い仕事で生きているのだろうか?地方の道路整備の役割は終わったと言われても無理だろう。

ダムも基地も飛行場も無くす訳には行かない。それで飯を食って生活が成りなっている人の生き方も問われている。

柊(ひいらぎ)南天。この樹は綺麗に見えるが、取り扱いは全く難儀。棘があり刺さると痛い。

家の玄関に植えるのも分かる。魔除けとも言われるが本当は人避けだろう。観賞用。その証拠に野山には繁殖しない。

今年もあと僅か。親父の今年の生き方もこの樹の様だった気がする。自分で言うのもなんだが、言葉の端々に棘がある。話に柔らかさと思いやりが無い。

上から目線とも言われたが、ホント何様だと思っているのだろう。本人は自覚していないが、余程の人で無いと扱いは難しい。

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2009年12月26日 (土)

来年度の予算案 こんなにばら撒いてどうするの?

国債発行 44兆3030億円 来年度の国債発行残高647億円 オイオイ、そのツケは誰が払うの? 景気の先行き不安のこの時に財政の再建より、景気対策が優先?その考え10年前と何も変わらず政権交代の意味も?鳩山さんも先行き不透明 今のままでは不支持が増えるのも納得が行く。誰がやっても同じと言われない主導権が無いと批判に耐えられないだろう。命を守る予算?コンクリートから人へ?増税をせずに国債発行?普天間の基地移転先も決められなくて、何をどうしょうとするのだろう?

マスコミ(主にテレビ)(新聞は日経と日刊スポーツしか読まんので)の批判は如何でも良いが・・・・。親父のコメントはまた明日。眠くなる。

今日は暖かい一日年の暮。今年のカウントダウンも後、5日。来年はどんな年になるのだろう。国の予算は92兆2992億円。この数字は親父の名前と重なるので覚えやすい。しかし、国民に約束した無駄の排除は総理が言うほど出来たとは思わない。

君から又、何も分からない癖にと言われても役人の仕事のやり方とか、予算の見直しが言われるほど進んだとも思えない。選挙前に声高に言っていた事は一体何だったのだろうか?コンクリートから人へと自画自賛しても肝心の景気の先行きが見えない。

言うまでも無く景気の先行き、景気の持ち直しを政府、行政に期待する事は誤りで、政府に期待する事は戦略、政策だろう。それが予算を見ても感じられなければ来年も厳しい歳になる。今、この国に求められている景気対策は新たな産業と雇用の創出だろう。

その取り組みは民間の経営者に任されるが、その支援策位は明確にしなければならない。どんなに自分達で自画自賛した処でこれでは政権交代の意味が無い。多くの国民がその事を思い知る前に1日も早く明確にしなければ、内閣支持率は急降下するに違いない。

マスコミがどんなに新政権を批判した処で何も変わらない。マスコミの批判は一見もっともらしい。しかし、この政権があなた達の思いのままにはならないだろう。その逆に益々批判の種は尽きないだろう。その事をどんなに声高に語っても無視されるだけ。その事が分かっていない。(否、充分分かりながらスポンサーの代弁者として言っているのかもしれない。)

そのスポンサーは広告費を出して呉れる企業、団体で無い事を来年は思い知るかもしれない。的外れの批判ばかりしていると事の本質を見誤る。これまで長い間マスコミと言えばテレビと全国紙だった。それが既に崩れている。

テレビは食い物とオチャラケの視聴率勝負。報道の在り方も問われ興味本位の番組もすく無くない。昔、エロ、グロ、ナンセンスと言われてたが今は芸能とスポーツニュースが主流。新聞は月極めの配達される物では無く、駅売りが中心。読売、産経だけでなく朝日も毎日も大差ない。親父が買うのは日経と日刊。それでも来年から日経が160円。どうしょう?

そのうちパソコンのネット配信を見れば新聞を買う事は無いかも。それは無い。パソコンのネットサービスも其処まではまだいっていない。それでも来年はネット配信が変わる?今年親父の進歩を見れば分かる?親父も来年はもっとブログが凄くなる?それは無い。

今年は侘しく生きたが来年は如何だろう?何も変わらず何も無いと思う事は無い。過ぎてしまえば何たる事かと思っても、まだ見ぬ日々は感動も少なくない。来年の予算は命を守ると自画自賛しても冗談では無い。命を守るのは自分の生き方、健康管理、飯の食い方だろう。

国の予算に子供手当があっても親父手当は無い。親父達は団塊の世代と呼ばれこの国の経済発展に貢献し、今は年金で生きている。これからの時代、年金だけでは満足の行く生活は出来ない。ならば病気をするな。メタボになるな。足腰を鍛えろ。血圧は下げろ。

社会保障費も20兆を超すと言われる。国家予算の2割強。これから益々増える。その財源は如何するのだろう。余計なお世話と言われてもどうして税金の取り立てを厳しくしないのだろう。サラリーマンの様に売り上げから利益に関係なく天引き。無理?ではサラリーマンは無理ではないの?無理だとしたら税金の払えない企業はこれから多くなるよ?

国家の歳入は景気に左右されるのではない。何故なら予算は景気が悪くても要るだろう。それ位の事も自民党の税制で誤魔化されて来た。政権交代はその事も問われている。何時までも消費税は上げられないと言っていると国家の財政は破たんする。しないと思っているのだろう?ひどいね、この感覚。外人投資家がこの国を見限る時は遠くない。

その時この国の金融当局は手持ちのアメリカ国債を如何するのだろう?この国の財政が破たんしないと豪語出来るのもその担保があるからだろうか?どれ位?分からない。アメリカからこの国の在り方を問われるけれど、自分の国は大丈夫なの?今、アメリカの経済は順調に回復していると言われるけれど本当にそうなのだろうか?

沖縄の基地も色々言われるけれど、自国の都合だけで何時までも沖縄の基地をそのままには出来ない。この国の人たちもその事を理解するしかない。その事は来年早々、名護市の選挙でその事が問われる。どんなに地元の民意と国の政策は違うと言った処で、国の都合を地元に押し付ける事は出来ない。その事も多くの人は関係ないと思っている。

来年の事を言うと鬼が笑うと言われるが親父の思いは変わらない。多くの事が期待される新しい年。その年が希望と喜びに変わるにはこの予算では難しい。自分達の生き方を変えながら健康で明るく生きる、その事が求められている。間違いない。

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2009年12月24日 (木)

日は沈み日は又登る 景気と生活と政治は如何だろう

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街の一角に日は沈む。夕日に明るさがあり街の風景が何も見えないが、まだそんなに暗くは無い。この国の行く末も人々の生活も親父の様に悲観的に語る人も少なくないが、日は沈み日は又登る。街の風景と人の生き方がどんなに変わっても、この夕日は何も変わらない。

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西の空が茜(あかね)色に輝いている。親父が18の春、見た風景と全く変わっても大阪梅田の街に活気が無い。こんなにデカイビルが建ち建物に吹き込まれた息吹に活力が無いのは如何してだろう?いやいや、そないもんやおまへんで。大阪の力。大阪の元気。そう言われて久しい。

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右奥の斜めに見える建物が増築された阪急。手前正面の建物が今、増築中の大丸。こんなにデパートの増床で採算の見込みは有るのだろうか?お陰で大阪駅の南も北も大きく様変わり。北のターミナルが活気を取り戻すのは何時の事だろう?

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2009年12月23日 (水)

天皇誕生日 親父達の感覚では4月29日 それでも年末の休日

年末の慌ただしさの中で一昨日は大分出身の大先輩(5つ上)と新年会の約束?をする。サラリーマン時代の余り気が進まなかった大勢のそれとは違い、気儘に話せる人との酒とカラオケは楽しいかも。それでも長らくの間酒を酌み交わし美声?を振るう事もない。内心、寂しさの中に得心の思いを重ねる。当たり前かもしれない。歳を重ねて今更忘年も新年もない。

在るのは一人侘しく年を越し、新年早々の決意表明も初詣も無く元旦早々の初売りに出掛ける事ぐらいだろう。某国営放送の歌番組を半分寝ながら見惚れる訳でもなく、ぶつぶつ言いながら格闘技の番組を見るのだろう。しかし、去年見たのもつまらないショウだった。

今年は歳の瀬の風景を北から南まで伝えてほしいが、それも面白くは無く日本全国同じ番組を見て大同小異の言葉を交わすのだろう。その事はさり気無い事かも知れないが本当の慶びかもしれない。御目出度い歳の瀬と新年から長い間見放されているがそれはそれで又大いなる区切りかもしれない。

大いなる区切りの時からさえも見放されて、失意の時を越える人も少なくない。年末助け合いとか歳の瀬の慈善活動も長い間関係無い生き方をして来たが、いずれ親父も憐れみを乞う生き方しか出来ないのかもしれない。その事を今年も又思い知りながら健康に感謝する。嘆きのセレナーデを多くの人が多くの場所で語るが、愚痴と自己中のおしゃべりからは何も生まれては来ない。又、どんなに不遜(ふそん)な生き方をしていても一寸先は闇で在る事も知らなければならない。

不遜・・・謙り(へりくだり)の気持ちが無い。思い上がり。親父そのもの。上から目線?謙虚さが無い事。年寄りだけでなく若者にも少なくない。老若男女を問わない。

P1000298_2 この木何の木気になる樹(コマーシャルのパクリ)。もみの木?ヒマラヤ杉?近くの八百屋。親父が10年前、市場場内仲卸の仕事のアルバイトをしていた頃、野菜の配達をして回転饅頭を貰った)横の樹。

携帯の写真で樹の全体の姿は良く見えないが、間近かで見ると意外にデカイ。この国の来年の景気と政治、人々の生活を現している気がする。(親父らしい、法螺(ほら) ホラほら、そんな事を言っていると新年も替わり映えがしないよ。…幹の声がする)

でも良く見て見ると蔦の首飾りが下がっている。これは吉兆かも今年も後8日。今日はお休み。仕事もあと3日。今日は室内を片づけをしたら久しぶりに五月山まで行けるかな?

P1000299 もう一人琵琶湖の東岸の運転手と歓談する。話の中に笑い声が絶えない。明るい正月が迎えられる事は他人事ながら嬉しい。暫く振りの再開が年末に実現した事は、これも吉兆の兆しか。

難儀な事も少なくなかったが禍福は糾える(あざなえる)縄のごとしで在りたい。今年の初めに君のお陰でデジタルのカメラを手にしてこれだけの事が出来る様になった。

画像の挿入は意外に多くの制約があるが、慣れるとその理屈が分かる。何が出来て何が出来ないのか。言うは易し、行うは難しだった。これでもまだ駆け出し。綺麗な画像の挿入はもっと多くの事を知らなければならない。

お昼の弁当を買って帰る時から少し雨になる。春の雨を感じるほど大降りには成らなかったが、気持ちだけの小雨。それでも山には行けなかった。昼飯を食って少し横になる。起きたのは3時前、予定通りテレビの古典落語を聞く。今はほとんど聞けない話術に感激を受ける。最近、マスコミの報道と食い物とオチャラケの馬鹿番組。落語の世界も様変わりをしているが何時までも軽い話が受ける訳が無い。

その後の通販の番組で桑の葉のお茶を注文する。ずっと前から気に入りながらも価格と効きめに疑問を感じていたが、物は試しと思い決意する。60パック5685円。今の親父には試す価値があると思って注文したが飲んで見ないと分からない。

その話を近くの総菜を買って居る親父に聞いて見ると、馬鹿にされる。血圧が気になるのなら血圧を下げる薬を飲め。君からも言われたが血圧を下げる薬を飲まない訳は唯、一つ。メタボな体型を変えなければイカン事が分かっているから。90の体重。105の胴廻りでは話にならん。

それと桑の葉とどんな関係があるんやと総菜の親父に言われて、上手く説明が出来なかった。体の中に溜まった脂肪を落とす?それと桑の葉の関係はと聞かれて笑って誤魔化していた。飲んで見ないと分からない。そんな言葉を繰り返していた。

明日も休み。国民健康保険料と住民税、老齢保険料を払いに行く。合計うん万円。最近の生活難民の増加で保険料と税金の滞納も多くなっている。国も地方も財政的に苦しくなっても肝心の歳入が増えない。増えなくても歳出は景気対策、政策支援、地域活性化、医療費、高齢化対策、こども支援、生活支援、国の防衛、減る事は無い。だから来年度も借金が歳入の金額を越える。それでも税の負担は景気が悪くて負担できないと平然と言い放つ。

そのうちこの国は間違いなく財政破たんをする。その時為政者はどんな面をして国民と企業の経営者に負担をお願いするのだろう?これまで多くの為政者と役人同様言い訳をするのだろう。無関心では立ち行かなくなる事をこれから思い知るしかないのだろうか?

天皇誕生日、陛下の言葉を重々しく伝えている報道も完全におかしくなっている。それでも全てがそうではない。今迄捨てられていたサメの肉がこれからお金になる。捨てられていた希少金属がお金になる。来年はそんな話が多く聞かれるのだろう。

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2009年12月22日 (火)

北風小僧の寒太郎、今年も山から下りて来た でももう明日はお帰り?

正月がすぐだと言うのに暖かい日が続いていた。それでもここ数日の寒さはやっと季節感を感じさせてくれる。親父が仕事をした9年前の島根木次、福井の敦賀、あの頃の寒さに比べると…。(比べ物にならない) 雪国の寒さは半端ではない。深深とした静けさの中に寒さがある。寒い寒いと言う言葉を聞く度ににんまりする。この冷ややかな思いは何だろう?

この程度の寒さで震える事は無いだろう。こんな寒さに比べ物にならない寒さが雪国には在る。その厳しい現実を知らないだけでなく、関係無いとしか思えないのだろう。確かに人の寒さに立ち入るお人好しは居ないが、それ位の思いが無ければせこい寒さにも耐えられない。

新型インフルエンザの大騒ぎが一段落して、今はその心配も無きにしも非ずと思いきや、そうでもない。それでも予防の注射はまだ一部の人しか済んでいない。昨日、電車の中でオバはん連れのガキが思いっきり咳をしていた。当然、先に座っている乗客は席を譲る。

ガキのくせに賢い。ちゃっかりお望みの席をわざとらしい咳で確保する。オバはんもガキの悪知恵に口先だけの注意をしながら内心にんまりとしている。親父の横でやられたら張り廻してやるが殆んど文句は言わない。電車内は空いてるし席を変われば良いだけ。

最近、一人では何もできない輩が、おっさん、オバはんでも平然と電車、バスの中でわめく。触らぬ神に祟りなしでさすがの親父でも見て見ぬふりをする。少しの間、不快でも自分で辛抱すれば関わらずに済むから。それを良い事にして無礼に歯止めが掛らない。

最近、爺(じじい)になり頭が禿げ腹が出るにつれて中学のガキにまで舐められる様になる。さすがに小学生は無いが若い女性には無視される。考えて見れば当然の話だが注意されて止める位なら、最初から大人しい。いい歳をした大人でも自分の言葉で大声を出しても何とも思わない。親父でも親しい人なら同じ事をしているのだろう。だから横目で見るか独り言を呟く。

ボケ。唯、そんな親父の思いも無視されて腹立たしい思いも少なくない。(ホント?信じられない) 人間、アホでないと賢くは成れない。賢くなくても良いから人間舐められたら駄目だね。若い頃から血の気が多かったから、未だに体を廻しながら動態無神経を鍛えている。

今日は師走。銭湯でゆず湯に浸かり体の隅々に今年の健康のお礼をしなければならない。今年も何とか病気もせずに生きて来れた。血圧は高くて腹も出て醜い体型になったけど、飽くなき探究心と燃える情熱だけは失わずに来年も、泥臭く歩いて行きたい。行けるかな?

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2009年12月21日 (月)

行く年来る年、それにしても大丈夫?替わり映えのしない政権交代

あの鳴り物入りの政権交代は一体何だったのだろう?野党だから言えた事、自公の政権が余りにもひどかったから出来た事、公民は一体、何を期待して今の政権交代を選択したのだろう?まあ、一回やってみなはれ。やって見れば言うほどに問題は小さくないからと言われているのだろう。

まだ、始まったばかりだから多めに見てよと言われても、このままでは多くの政権公約が反故にされ問題の先送りに過ぎないのかもしれない。保守の政権が長かっただけでなく多くの公民が政治家に期待していないのかもしれない。

郵政の民営化が問題になり選挙の結果でその見直しが進められても、どれだけ問題の本質が変わるのだろう?何とか審議会とか何とか委員会が問題の掘り起こしをするまでも無く、改革の問題点を明確にすら出来ない。あれだけ公務員の天下りを批判して何がどれだけ変わるのだろう?親父の様な問題意識の塊の年寄りに分からないのだから、この先も民営化の問題のみが誇張され公務員のお役所仕事はうやむやになるのだろう。

ホンマにこんな事をしていたら間違いなく批判されても当然なのだが、それも無い。もともと郵便貯金の仕事は民間で無理なのではなく、その進め方が問われてのではないのか?それが完全に問題外にされ、政権と政治家の詭弁に振り回されている。

詭弁(きべん) 辞書で意味を調べて見るとこじつけ。(道理に合わない事を強引に正当化しょうとする弁論とある)。外見、形式を尤もらしく見せかけた虚偽の論法とも言われているが親父には行き過ぎの是正では無く、改善その物さえも否定しその事が正しいと言っているとしか見えない。

同様の事が他の政策に明確に見える。問題の先送り、問題のすり替え、問題の誤魔化しそんな事をしている時間的余裕の無い事に、この政権も気付いて居ないのかもしれない。中国が温暖化の問題に前向きで無いのと同じように。その問題の国がこれからの経済大国になる事に異議を唱えるのは難しいのかもしれない。

皮肉な事に国内の景気は良くない。政治の風呂敷が開けず景気の見通しが立たない。円高が進み国内の物づくりが再び空洞化では無く成り立たなくなった時、この国は何で飯を食うのだろう。その事を政治家は明確にして目指すべき指標をかざさなければならないが、それが無い。収入が多くの人の財布を軽くし安い物しか買えなくなる。

収入の無い人は生活保護?税金を払えない人には免除?生活の困窮者には公的支援?それに子育て支援、地方の税制援助。税金の歳入は増えず国家予算の4割足らず、不足分は国債の発行。国債を国内で消化出来れば国家の財政危機は左程心配ない?嘘だろう?

何はともあれ今年もあとわずか。多くも問題が来る年に先送りされる。しかし、多くの公民には関係のない事。間違いのない事はこの国は決して平等ではない事。その当たり前の事が何故か見失われている。綺麗事では済まない泥水を飲みながら健康で生き延びる。そんな生き方が問われている。

デフレとの戦い。口先だけでは何も変わらない。インフレも同じだろう。景気の良し悪しは金回り。お金が一部の富裕層に偏ればその反動は少なくない。同時に景気は経営者の評価表であるがその認識が経営者に欠ける。税金も払えない。払う気もない経営者がこれ程に多ければ政府にどれだけの支援を求めても焼け石に水だろう。

その事が分かれば自己防衛しかない。その事も来年度の課題だろう。日本銀行としてどんなに金融政策を取ろうとしも金利ゼロでは為す術すらない。金利がゼロでは外国からのお金も魅力も無い。これまでの延長線上で経営を考えている会社が多いのも何たる皮肉だろう。

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2009年12月20日 (日)

歳の暮れに思いがけない言葉を知る 生命の神秘 生命の尊厳

重い言葉を聞いたのは一人で生きる淋しさの中で静岡掛川大雲院の大和尚から聞いた言葉。あれは干支がひと回りした13年のも前の事。あの大和尚も今はいない。煙草が好きで咳き込む事も苦にせずに煙をくぬらせていたあの柔和な顔を再び眼にする事はない。

親父が悲運に暮れていた頃、多くを語らずそれでも重い言葉をさり気無く語って呉れた。人の命はオギャと生まれた時に決まる。どんなに嘆き悲しんでもその事実は変わらない。あなたは今、自分が何をしているのか分かりますか?そう言われても言葉は無かった。

人の哀れは自分がその身にならなければ分からない。オギャと生まれた時に人の寿命は決まると言われても気休めだろうと鼻をくくっていた。それでも和尚の言葉には説得力があり反論する事も無く頷く(うなずく)ばかりだった。あの時は和尚の優しい言葉、教え、悟(さとし)と思っていた。ところが先日の教育テレビでその事を京都府立大学大学院教授の話で聞く。

アポトーシス プルグラム化された細胞死 細胞外より障害を受けて死ぬのではなく、細胞内部で遺伝子により予め決められたプログラム。誰かの意思で決められるのではなく遺伝子で決められる。生まれながらの寿命。和尚の言葉と同じ生命、遺伝子工学。

和尚はそんな生命工学の話では無く、仏の教えとして親父に語って呉れたのだろう。人の命は自分の思いの届かない赤子の時から力を与えられ成長しそして老化し老い朽ちる。そう考えて見ると親父の今のメタボの体型は何たる不摂生だろう。

今年は残り少ないけれど、来年の春には5キロの減量を実現する。腹廻りも5センチの減。そうすれば血圧も少しはマシになるかも。それが出来なければ間違いなく長くは生きれない。何としてもアルプスの少女ハイジに合いに行くにはそれ位の覚悟が必要だろう。

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2009年12月19日 (土)

2009年のカウントダウン

今年も色々な出来事があり後半月足らずで新年です。考えて見れば多くの課題がありどれだけの事が出来たのか自己批判の思いも少なくありませんが、それでも寿命のカウントダウンが始まっている事を考えれば我ながら今年の歳月に感謝でしょう。

本当はそれではいけないのだけれど健康で何かを不自由しながらも、想いのままに生きれる事は何物にも代えがたい財産でしょう。願わくばこれから始まる65からの生き方が幸多からん事を祈るばかりです。(もう始まっているし、それ程の物でもない事は決まっている)

どんなにジタバタした処で何も変わる訳も無し。そんな事よりも些細な事でも己の足跡が残せたら充分かもしれない。長い間見失っていた三年先の自分の生き方、その事を考えなければ、今より惨めな生き方しか出来ないだろう。

何も自分だけの事ではない。景気の先行きが不透明になり口先ばかりの人間が多くなれば生活は厳しくなる事が必然の事となる。その事を自覚して小さな事でも馬鹿にしなければその差は大きくなる。国や行政に何かを求める前に自分に出来る事、それをやるしかない。

デフレスパイラルと言われてもわからんだろうが、働いて手に出来る報酬が少なくなれば高い着物は買えない。安物買いの銭失いと言われたが今はそうでもないらしい。親父はそうは思わないけれど失業者とその予備軍がこれだけ多くなれば、それも仕方のない事かも知れない。良い物を安く、昔、言われた事が今、又問われている。

生産者、製造者、サービス業者の生活が豊かにならなければ、国にどれだけの財政援助を求めても景気の回復は難しい。その事は分かっている様で分かっていない。安ければ安い方が良いと思ってもアンタの給料はそれでも良いのかい?

それと同じ事を国際レベルの会議でも行われている。経済先進国と発展途上国の対立。その原因を造ったのは利害の対立。損得を削減目標に重ねれば話し合いには為らない。資金援助なんか止めろ。資金援助ではなく技術援助でなければ意味が無い。

まあ、そんな事を言った処で今年も終わる。来年は長いトンネルを抜けアルプスを見る長年の夢を適えられるだろうか?親父は外国は香港しか知らない。狭い島国のこの国では知らない世界は近くで遠い。

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2009年12月18日 (金)

お一人様 番組は終わってもお一人様は変わらない 否、親父様かも

先週はうっかりして見れなかったけれど、この番組も最終回。まあ、ドラマは面白かったけれど現実はそうは行かない。現実は小説より奇なりと言われるが生きる事はオチャラケでは無い。苦しい事、悲しい事、情けない事、予期できぬ事も多かったけれど、それだけに反対の事も期待できるかも?それは無い。非情、無情、それでもおひとり様で今年も生きて来られたのは、元気で年金が貰えたからだろう。誰に何かを頼まれるのではなく気儘の生き方もここ数年が山だろう。そんな気がする。その為に自分を支えるのは誰から何と言われても健康だろう。今から来年の事を語るのは早いけれど、今日の血圧の重みはその事を教えている。

2020年には単身世帯が3割を超えるとか。2020と言えば11年先。そんなに遠い話で無くてもお一人様が多く成る事は間違いない。その人たちが今迄とは違う生き方が出来る社会はどんなもんだろう。久しぶりに内科医院に顔を出し病人の多さと高齢者を見る。

この国は働き者が支えていた。言葉を変えれば労働者が汗水たらして国を支えていた。これからは誰がどんな方法で社会を支えるのか?その事が問われても問題の先送りしか出来ない政治と経済に、外国人が見る眼が厳しくなり理解の範疇を越えたのかもしれない。

それでも世界の主流は白人、次が黒人?日本人は土俵にも上がれないのだろう。その事を日本人自身が理解しないと国際会議で馬鹿にされるだけだろう。この国が国際社会に軍隊ではさほど貢献できなくても経済的にナンバー2に近い事を、明確にしなければならない。

デンマークの国際会議のテーマは2酸化炭素の削減。自国の経済発展を優先したいのなら何の為の会議だろう。先進国の尻拭いでは無く発展途上国の援助が多いとか少ないと言われればこの会議の意味は無い。その事を鳩山イニシアチブでどれだけの主張が出来るのだろう。明日の朝には失望の結果しか出ないのだろうか?国際会議では問題の解決は難しい。この話も余程の知識が無いと解らない。

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私も頑張るからアンタも頑張って

25年も前に治療した上左奥のブリッジの歯が何度も駄目になり、10年前には今度外れたら入れ歯と言われていた。そのブリッジが最後に外れたのが1年前、九州名産のアイス、白くまくんを食った時だった。さすがにしつこい親父も観念して近くの歯医者に行く。

それでも先生は最後かもしれないがもう一度、付けて見よう。これで駄目なら部分入れ歯しかない。そう言われていた。その歯がグラついて風前の灯。それでも今度は流石に歯も観念しているのだろう。グラついても今迄の様に簡単に抜けない様に歯茎の肉を巻き付けている。

その歯を見ながら今日も先生に治療してもらう。最後は歯に巻きついている歯茎も諦める。その時まで大事にしてやって下さい。さり気無く言われる言葉にうなずきながら、25年もの長きにわたり親父の健康を支えて呉れたブリッジに感謝する。

親父は知らなかったが歯が駄目になったら入れ歯にすれば良いと簡単に考えていたが、それは見栄えだけ。異物が口の中に入るのは予想外に大変な事を教えてもらう。入れ歯にも保険外の口に優しい物がある事も。それでも安くは無い。医は算術の時代にこの先生に教えられる事も少なくない。

その後に眼医者に行く。(オイオイ、医者の梯子(はしご)かいな。…情けない?)イヤイヤこの歳になるとそんな物。親父はまだ元気な方。健康保険の元が取れない。アホ)。何時もは親父の話が多い診察も今日は様子が違う。女医の機嫌が悪くて冗談が通じない。

検査器具の画像を見ながら血圧の事を言われる。血圧が高いと眼底出血したら一気に視力が無くなる。それでも良い?良い訳が無い。処で血圧が高い事は分かっても今どれ位?。それも知らないで女医に紹介された近くの内科に行く。駅近くの狭い待合室。爺婆(じじばば)ばかりで感じが悪い。どれ位待たされるのか分からない。暫く待って出直しを決める。やっぱし。

知り合いの薬局で血圧を計る。余り信じたく無い数字が出る。190(上)100(下) 最悪。親父でもこの数字の重みは分かる。最近ターミナルの長いエスカレーターに乗らず階段を歩いた後、息切れがするのはこれが原因。腹は出るし体重は80からリバウンドして90.このまま行くとホンマにアカン。薬で血圧を下げなくても食事療法で変えてみせる。そうでなければ偉そうなことは言えない。煙草も止めれたし3カ月先が楽しみ。

各地には美味い食材が少なくない。親父は今、美味い物を口にして太っているのではない。単なる食い過ぎ。それを改めると内心も外観も変わる。多くの事を尤もらしい顔をして語った処で何も心に響かないが、メタボで高血圧な自分を変えられた時、健康の有り難さを知るだろう。

話は変わるが日銀は消費者物価のマイナスは何としても食い止めるとか。ほんまかいな。景気の後退、デフレの進行、円高の推移は金融政策で替えられない事を未だ、分からないのだろう。どんなに金融政策で市場にお金をばらまいたところで、美味しい思いをするのは金融関係者だろう。需要の喚起。それは日銀には出来ない。その事を知れ。

今年はもうすぐ終わる。景気の動向は日銀の判断では緩やかに上向きとか。それは一部分の話だろう。多くの中小、零細の企業はそうは感じていないだろう。それ程に今年の年の瀬は厳しい。それでもそれも自業自得。資本主義も共産主義もカネが無ければ生き延びる事は出来ない。政治や経済の所為にせず、3ヶ月先を見据えられる者が勝利する。勝たなくても良い?しかし、負け犬の本当の惨めさを知ればその思いも変わる。その程度だよ。

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近くの南天。アップより紺碧の空にさり気無く伸びる方がお気に入り。今年これだけ南天に注目すれば難も転じて福となるかも。空は限りなく青く風は無いのに寒さはやっと効いて来る。それでも北国と北陸、山陰、北九州、北海道の寒さを思えばこれは初春の風景。

雪が降り積もるには関係ない風景。背中を丸めて寒い寒いと言う前に雪国の難儀を知れ。無理か。この景色の中で生きていたら雪国の寒さを知るのは無理だろう。普通ならここで小腹が空いて躊躇なく買い置きのインスタントラーメンに手が伸びる処。如何だろう?辛抱できるか?ちなみに今夜はすき焼き。豆腐とこんにゃく、白ネギとシイタケ、卵と肉、どれだけの値段の肉が食えるだろう> 田舎のすき焼きは美味かったなあ。

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2009年12月17日 (木)

ようやく寒波到来 それでもまだまだ暖かい?

親父のつぶやきを検索すると親父のブログはトップ。(どうでも良いが) それでも数年後、自分で見直して見ると感慨深い?だろう。そんな気がする。この拙文もそんな思いで書いている。これから126年の歴史に幕を下ろすオリエント急行の話が始まる。

オリエント急行。パリからイスタンブール迄の寝台列車も今はその面影も無い。スケールは違うが親父の新婚旅行の打ち止めは九州大分佐伯から大阪迄の特急にちりんだった。あの時から夫婦の旅は始まり、フィナーレは家族4人の寝台特急富士だった。

時は移り文明開化の象徴は今は何だろう?先が見えない時代と言われるがその原因は何だろう?豊かな時代、成熟した時代、物から心の時代と言われても、本当は心貧しく、生活も日々の暮らしで精いっぱいなのだろう。旅を楽しむ。生活を楽しむ。人生を楽しむ。今、問われている事はそんな事かも知れない。

暖かい歳の瀬が続いていたが、やっと寒くなる。西高東低。気圧配置が完全に冬型となれば日本海側は大雪。太平洋側は空気が乾燥する。関西はそれでも雪が積もる事は殆ど無い。親父の記憶にも10年前と4年前しかない。それでも4年前は仕事の早仕舞だけだった。

それでも親父は雪の積もった山の中で仕事をした事がある。9年前の敦賀の山。北陸トンネルの上だった。今年の初め、久しぶりに訪ねた現場に雪は無かった。あの時の寒さが嘘の様だったけれど、その雪景色は半端ではなかった。

一日前の穏やかな天気が一夜で一変する。関西で腰の高さまでの雪を見るにはスキー場に行くのが一番簡単だが、その景色が目の当たりに実現する。しかも新雪。踏みしめると半分に圧雪されるが一歩先の雪は蹴散らさないと前に進めない。歓喜の思いが苦痛に歪む迄多くの時を必要としない。雪国の人の難儀の思いが実感できる時。それが仕事の始まりだった。

経験の一番浅い親父の仕事は雪かき。人間除雪。寒いのは仕事を始める前までで一時もしないうちに額に汗が滲む。(にじむ)それでも親父は力仕事には向いていた。口先ばかりで体が動かなければ無用。お役御免。雪をスコップで払いのけると山肌が現れ仕事が出来た。仮設のモノレール。寒風吹きすさぶ尾根から少し下がると不思議に暖かかった。

これからの寒さはあの頃の難儀を考えると、大した事は無い。多くの人は知らないが暖冬の時は琵琶湖の汚染も進むと言われる。今、温暖化が問題になっているが化石燃料の事ばかりと思いきや、寒波が昔ほどで無い事を口にする人は少ない。

琵琶湖の表面温度が比叡、蓬莱降ろしの風で下がる時湖底の水の流れが上に上がり、湖水の循環が始まる。山に雪が無ければスキーは出来ないが、冬の寒さが強くなければ琵琶湖の水が綺麗にならない事を親父が知ったのは最近の事。

今、世界の温暖化が問題になっているが自国の利益と先進国の負担ばかり問題にされれば、解決するとでも思っているのだろうか?そうではあるまい。自分達に有利な援助と負担の軽減を口にする中国。こんな国に環境問題を口にする資格があるのだろうか?

今や二酸化炭素の二大排出国はアメリカと中国。その一角を占める中国の態度は一体何なのだろう?これからの発展途上の国も自国の責任を問われている。こんな国に無償の経済援助を約束する日本と言う国は一体何だろう。其処までしても手にする物は何だろう。

明日から更に寒くなる。デンマークで行われている国際会議に鳩山総理も出席するが、自国の利益だけ求めれば何も決まらず、問題の先送りでしかないだろう。その事を中国とアメリカは認識しなければ何も決まらない。

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2009年12月16日 (水)

継続は力なり?されど何時までも同じ事が続く訳が無い

P1000297 冬支度を済ませた桜木の幹に、鎖の様に小枝が絡まっている。桜木と言うより力強いモニュメントの感じもする。

この樹が彫刻された人工のコンクリートで無い証明は色づいたこの葉が。それでも今にも落ちそうにして、その時も時間の問題だろう。

春夏秋冬、季節は巡りこの桜木も来年間違い無く花を咲かす。花咲爺さんが居なくても、その事は間違いない。

それでも春の前には厳しい寒さの冬が在る。冬が暖かいと春の喜びも大きくは無い。皮肉なもんだね。

今、デンマークで環境問題の国際会議が行われているが、参加国の利害に経済先進国と発展途上国の対立が重なり話し合いが難航している。

P1000293 バラの様にツバキの様に、山茶花(さざんか)咲いている。お茶の葉っぱのボデーガードに囲まれて今が盛りの時。

これから年を越し、暖かくなるまで花の盛りを繰り返して行く。しかし、この花弁も明日には右の花の様に花びらに、活力が消える。

継続は力なりと言われるが、本当はこの山茶花の花達の様に、咲いては消える花のつぼみ達の事だろう。

成功体験の過去の事例にしがみつき、同じ事の繰り返ししか信じていない過ちは、それは間違いと鉄槌を食らわされても、気付かないのかもしれない。

余計なお世話だが、何故負けたのか?何故、景気が悪いのか、人の所為にしていては、立ち上がれる訳が無い。

P1000294 山茶花の花が開いて後は、落ちるだけそれでも嘆く事は無い。後から後から蕾の(つぼみの)花が続く。

この国は曲がりなりにも今は戦争を放棄している。自衛権は放棄していないと言われても軍隊は無いと言われる。

しかし、何時までもアメリカに守ってもらわないとこの国の平和は保てないのだろうか?そんな事は在るまい。

誤魔化しているのだろう?日米安保条約。親父達が若い頃からこの国の安全と平和はアメリカの軍事力が支えている。聞こえは良いが自分の国を自分達で何で守れないの?

これは言うまでも無く憲法で戦争の放棄を規定しているから。何と間抜けな国だろう。それでは自主外交は無い。

P1000229 静岡掛川新幹線のホームの壁の親父お気に入りの西行の句(歌碑)。

大阪では東京のニュースは聞かれても静岡のニュースは余り無い。何故ならマスコミの情報は限定的。断片的。

北海道や東北、山陽、九州のニュースは殆ど無い。今、地方は過疎の村や町が多いと言われてもピンと来ない。

年を重ねて(たけて),再び越えるとは思わなかった(こゆべきと思いきや)、命があったから、元気だったから。小夜の中山。

西行が喘ぎながら越えた峠の下に今は国2のバイパスが無料に成っている。しかしこの道もアップとダウンが激しく、カーブも多い。

車は文明の利器と言われた話も今は昔、西行が歩いた剣が峰を知らない現代人は、環境破壊だけでなく人生と日々の幸せを破壊している。

デンマークで行われている国際環境会議?君と不毛の論議をしたが中国の見識には同意できない。親父はこの国の環境問題の取り組みは行政の取り組みにも問題多いに在りと思う。国益とは何だろう?企業の代弁者ではなく問題の本質を如何に分かりやすく、取り組みが出来るか?その事が問われている。親父は本当に青臭い。

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2009年12月15日 (火)

後半月、そんな実感は無いか?それでも今年は残りわずか

今日は数日来の暖かさが一変して寒くなる。それでも木枯らしも無いし激しい冷え込みも無い。冬の終わり、春がすぐそこの雨上がりの朝の感じがした。本当はこれから始まる冬の時を乗り越えないと、感じる事が出来ない何とも言えない喜びを先取りした感じの朝だった。

気象庁のこの冬の長期予想は暖冬。震え上がる寒さの時は一時かもしれない。それでも今年の冬も又、ズボン下を履かずに足の付け根が触れる事に感謝出来る。今迄何気なく感じる事も無かったがこの前の脹脛(ふくらはぎ)のこむら返り(つっぱり)で、その事を痛感する。その事、それは意識せずに歩ける事。当たり前に感じもしない事がどれだけ有り難い事か。それだけ歳を重ねたのだろうか?

人はどんなに肌を重ねても肉体の神秘を感じる事は出来ないが、歓びも哀しみも無意識の内には無い。言葉を交わす事も言葉を口にする事も意識過剰で口ごもり、訥弁(とつべん)と言われた時に気持ちだけの空回りが輪読の快感すらを手にする事が出来なかった。

上手く行くだろうか?出来るだろうか?自分でマイナスの暗示を掛けながら最悪の状態を重ねていた。その事がこの歳になると意地らしいほどに良く分かる。人は立てなくなると一気に足の筋肉だけでなく体の筋肉を失うと言われるのも知らないだけだろう。

君にマイナスのイメージを重ねるなと言われたが、親父が現役の頃よく言われた。「君はマイナス思考しか出来ないのか?どうしてもう少し楽観的に物事が見えないのか?」その言葉を聞かされる度にマジで考えていた。今になって考えて見るとあの頃、尤もらしくその言葉を口にしていた人達はリタイアしている。リタイア(引退)と言えば聞こえは良いが失脚。

そうしてこの国と多くの企業、地方の行政も問題の先送りしか出来ない。その程度だよ。今多くの課題に楽観的に為れる人は多くの言葉を重ねられる人かもしれない。問題の解決にはサイコロの目以上も以下も無い。イカサマをやれば別だか普通にサイコロを振れば一から六しか目は出ない。その事を思う時これからの寒さが重なる。

それでも今年は後半月。自分にやれる事を労を惜しまず愚直にこなすしかない。愚直と言われても分からんかもしれないが意味は単純。愚かな程に素直、真っ直ぐ(まっすぐ)。なんか最近そんな相棒は少ない。グダグダ訳の分からん事を言いながら問題の先延ばし、問題のすりかえ。何時までもそんな事を繰り返しているとしっぺ返しを食らうぜ。

日米の合意も沖縄の人々の思いも大事?何を言っているんだろう?問題を先延ばしにして何も解決しないと思いきや、他に選択の余地が無いと考えればサイコロは振れないのだろう。先の政権がアメリカと合意した内容が沖縄の人々の思いと余りにかけ離れていた。

アメリカは現政権にどんなに不信の思いを重ねても、ジュゴンの海に環境を破壊してまでも基地は造れない。自国の利益を失うだけでなく不信の思いを強くするだけだろう。君から言われたがではどんな選択が可能だろう?それこそチェンジ、改革、進展、飛躍、発想の転換。他に決めては無い。来年になると基地問題の市長選挙が在る。お馬鹿な政治家はそれとこれは別とか地団駄(じたんだ)踏んだ所で何時までも基地の犠牲を押し付ける事は出来ない。

これからそんな厳しい対立の時を続けるのだろうか?今年の寒さが分からない様に親父だけでなくどんなに賢い人でも答える事は出来ない。それでも間違いないのはどんなに脅されても何時までも沖縄の人々を犠牲には出来ない。それだけは間違いない。

環境問題でも同じだろう。大体デンマークで行われている環境対策の共通目標値の設定は無理だろう。国の利害をこれだけ表に出せば無理だろう。全世界の関係国がこれ程に自国の利害を言い合うのであれば、まとまる事は無い。沖縄の基地問題と同様問題の先延ばしか。何もこの国が高い数値に縛られる事は無い。しかし、発展途上国が自国の利益を優先すればそれこそ天に唾(つば)する事だろう。会議をボイコット?自国の利益の為?

これが現実かも。

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2009年12月14日 (月)

明日はやっと寒くなる。寒いのはしんどいけれど寒くなければ?

暖かい日は長くは続かない。12月も中旬。今日は打ち入りの日。打ち入りと言われても分からない人も少なくないが、忠臣蔵と言えば分かるかも。赤穂浪士の吉良邸打ち入りの日。それでも分からない若者が多くなったがそれも時代の流れかも。時は移り人の思いも様々。

変わらぬ事は何も無いのだろうか?そうではない。如何に普遍であるか思える事も日々刻々、川の流れの様に変化している事に後に為って気付くのだろうか?それさえも気付かずに老い朽ち果てるのも少なくないのかもしれない。

それでも地球は回ると言ったのはガリレオだけど、良く考えて見れば時代の流れも同じだろう。失われた10年と言われた時は今から10年前の事。それではその後の10年は一体何だったのだろう。そう考えて見ればこれからの10年が分かる。

今、問いかけられているこれからの生き方、それは唯単に健康で在る事では無く清く正しく美しくでもあるまい。どんなに汚れていても銭湯に行けば綺麗さっぱりと洗い流せる。どんなに汚い生き方をしていても、自分の心の中に信念が在ればそれはそれで幸せかもしれない。

一番イカン事は挑戦しない事、出来もしない事の言い訳を考える事、自分の手を汚さなくて人の手を汚させる事。そんな輩が多すぎる。人の事は何とも言える。問題は自分がどんな生き方が出来るかだろう。経済界が成長戦略を直訴?何で自分達で出来ない事を政治家に求めるの?

関空の不採算の問題の見誤りは何処に在ったのか?関西経済界にやるべき事は無いの?橋下知事がガス抜きの様に多くの事を叫んでも、何も変わらない。君と噛み合わなかった環境対策も同じ気がする。しかし、何かが変わらなければ何も進まない。

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2009年12月12日 (土)

師走だと言うのにこの暖かさ、でも来週から寒くなるよ。

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ミカンで無いよ。前のブログで紹介した早苗の森に行く途中の家のキンカン。今では口にする事も無いが完熟のキンカンのジャムは何よりの風邪薬。新型インフルエンザ、如何だ。

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黄色の絨毯(じゅうたん)がチョコレート、グレーに変わる時歳が変わる。歳の瀬が迫ってくる。今年の年の瀬はこの銀杏の大木の様にがっちりと大地に食いこんでいるのだろうか?何が?その事が問われている。誰に?その事が分からなければ事の真実が見えて来ない。

今、多くの事が問われている。その事が分からないまま何だかんだ言いながら、誤魔化してきた。関係無いと一刀両断に切り捨てながら実は自分自身が切り捨てられて居る事にすら、気付いて居なかったのだろう。今の自分の身の回りの多くの困難も、良く考えて見れば他人事では無い。そう考えて見れば多くの事に合点が行く。身から出た錆び。身を清めればそれも無くなるかも。その事をこの銀杏の大木は教えている。

この地面をがっちりと捉えて離さないダチョウの足の様な根。これが在るから大きな幹と更に伸びる多くの枝を支えられるのだろう。今、景気の事、地球温暖化の事、沖縄の米軍基地の移転、多くの事が政府、総理には決められないと、多くのコメンテーターが尤もらしい顔をして言っているが、何様だと思っているのだろう。バカタレ、お前がやって見ろ。何が出来ると言うのだろう。

これは親父のつぶやきでもあるが、銀杏のつぶやきでもある。物事の正誤は全て結果論。良かれと思って決断した多くの事がどれだけ後世の審判に耐えれるだろう。ノーベル賞受賞の学者が学術研究の予算削減に唖然とする言葉を口にしたが、アフガンの武力行使に正義の戦いと口にしたオバマの言葉はゲリラとの戦いの教訓を学んでいない。

チェンジとはその程度の物かも知れない。戦争とテロとの戦いを知らない多くの人にとって一番説得力の無い行動は人の褌(ふんどし)で多くの言葉を語る事だろう。アメリカが本当にテロとの戦いを口にするのならアフガンからの徹底だろう。無責任?如何して。

これからこの国も多くの援助を求められるが、ゲリラとの戦いに勝った歴史は無い。ベトナムの戦い、古くはこの国の中国、満州の進攻。しかもアフガンの混乱の原因は大国の思い違いにある。多くの人が無抵抗のまま銃弾を浴びてソ連は勝てなかった。同じ事をアメリカがやらないのだろうか?関係無い。そうはいかんぜよ。

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2009年12月10日 (木)

静かな静かな里の秋、おせどに木の実の落ちる夜は?里の秋(小学校唱歌)

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きんかん。田舎の家にも在ったきんかん。ミカンきんかん酒の燗(かん)。まだ紅葉も有り。

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銀杏も黄色の葉っぱも少なくなり木枯らしの吹き出しを待っている。でも春は遠くない。

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これで樹齢200年を超す。多くの人々の悩みと苦しみを見て来た。喜びの時は如何だったのだろう。今年もあと3週間で終わる。銀杏の年輪は狭いけれど確実に今年も新たな輪が出来る。親父の寿命も後どれ位だろう。黄色の絨毯(じゅうたん)を是だけ綺麗に見れたのは吉兆かもしれない。秋は終わり冬の寒さを凌いだ者だけが春のうららを実感するのだろう。

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ささやかな今は亡き農民の想いが見える本殿奥の伽藍。正面から右に回り込んだ所。

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山吹の葉が冬の装いを済ませている。3本の葉の流れに見えるが1本の樹。これが本当の3本川。9年前、四国高知の窪川で眼にした艶やかな色合いは何も変わっていないだろう。

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南天 難を転じて福となす 来年の事を語るには早いがまだチョイと早いか。そう言っている。でも今日のが画像1枚目のツリー南天を見ると良い事有りそう。単純。まーいーか

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それではこの狛犬でどうだ。後ろの五葉松が新緑の頃と大差ない。心持、落ち葉が晩秋の時を教えている。子供の頃、近くの神さんでこの犬に乗り得意げな仕草をしていた記憶がある。あの時の無礼をお詫びしこの眼力に畏敬の念を抱けば、まだまだ、くたばりはしない。

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過ぎ行く秋を見送りながら迫り来る冬の寒さに身構える。しかし、季節感の無くなった日常にこれだけの想いを重ねられたら、それはそれで又、幸せなのだろう。老いの時を実感する事無く歳を重ねる合わせ技は昔、コマーシャルでヒットした「食う、寝る、遊ぶ」かも。

朝、お気に入りの喫茶店でモーニングのトーストとゆで卵を口にし居る時、年寄り3人の常連が情けない言葉を口にしていた。(幾つに為っても酒と煙草と女は止められないと)。馬鹿は死ななければ直らないのか?良い歳をして餓鬼が言う様な事を口にすな。何時かはお呼びが掛る。

その事を考えて節制をしなければ長くは生きられない。そんな不快な思いも早苗の森で消える。「白鳥は悲しからずや空の青、海の青にも染まず漂う」 若山牧水 牧水はどんな思いでこの句を残したのだろう。自分の想いが変わり過ぎて悲しかったのだろうか?

そうでは無い。九州宮崎生まれつきの青臭さにいい加減、何とかしたいと思っていたかも。人間の出来の良し悪しは人が決めるのではなくて、自分が決めるのだろう。牧水も迷いの時を重ね不遇の人生を歩む。それでも悔いは無かったのかもしれない。

秋が行き冬が来る。幼い頃は正月が来ると思うだけでわくわくしたが、この歳に為るとそれも無い。胸の奥で何かが叫んでいる。体を鍛えて春を待て。お腹を凹ませて春を待て。葉っぱを失った梢(こずえ)の先に日の光が輝いていた。

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2009年12月 9日 (水)

日は沈み日は又昇る(のぼる)

P1000290 今年も山茶花(さざんか)の花が咲いた。正確に言えば咲き始めている。この写真では紹介できないが、多くの開化予備軍(つぼみ)が後に続く。

この花は地面近くに開花し、後は散るだけ。花の命は短くて盛りの時はほんの一時。それでも何も語らず、何も主張はない。

去年はツバキの花と思っていたが、これが山茶花(さざんか)。この葉っぱの堅さを見ると名前の由来が良く分かる。

でも山のお茶の葉でも新芽の時は柔らかい事を、この花も知らない。今年の春未だ浅い時、この花を見ながら「椿咲く春なのにと」歌ったが、その記憶が消えない間に又、山茶花の花が咲く。

景気が悪い、景気の先行きが見えない、デフレスパイラル、円高、国内製造業の物造りの空洞化、金融の信用不安多くの問題が山積しても、日は沈み日は又、昇る。

それにしても外交問題は難しいね。中国が発展途上国?怪人20面相?今は亡き片岡千恵蔵の時代劇。親父が子供の頃の映画だから知らなくて当たり前。親父も家が裕福では無かったので殆ど見ていない。しかし、当時の映画の人気、今は昔の変わり様。

これからは否、今日(こんにち)既に中国は経済大国、2酸化炭素の排出量、世界一。それでも経済発展優先なのか?こんな国がこれからの世界経済の大国に為れる訳が無い。共産主義の国家で経済大国に為るには、環境も民主主義もその程度の物だろう。コップかキャップか知らないけれど国際会議の主導権は結局、ヨーロッパに握られるのだろうか?

アメリカも酷いね。(ひどいね)。チェンジかイエス、ウイ、キャンか知らないけれど、日本の政権交代だけでなく自国の利害しか考えられない国になっている。アメリカが民主主義の国と言うのも過去の話だろう。沖縄の軍事基地は日米軍事同盟の要。何時までそんな事を言っているのだろう。マスコミも酷いね。この国の良識が今問われている事を何も伝えず、アメリカの日本不信ばかり。テレビのお間抜けもこれから激震を食らうしかないだろう。

日は沈み日はまた昇る。しかし、沈まぬ太陽も有り昇らぬ太陽も有る。沈みっぱなしの太陽をそろそろ引き出そう。それも太陽の摂理に反するけれど、そろそろ出番でっせ。頼みます。(オイオイ最後は神頼みならぬOUIの奥山か?) 朝日夢見し、飽きもせず。ん?

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2009年12月 8日 (火)

戦争責任は過去の話ではない。今でも同じ事を繰り返している

P1000288 12月8日 開戦記念日?この国は何と愚かな国だろう。しかし、そんな自責の念も今は遠い昔の話になっている。

大体、今更太平洋の戦いと言われても知らない、分からない、関係無いと無視されるか、悲惨な戦争体験から眼をそむけるか、それとも日々の生活の生活に追われてそれどころではないのかもしれない。

親父達が若かりし頃、戦争を知らない子供達と歌われた事もあったが、あれはベトナム戦争の反戦歌だった。

今は悲惨な過去の過ちを語るより、勇ましい愛国心とか国を守る自衛権が声高に叫ばれる。テロとの戦い?

今、沖縄の米軍基地の移転先が混迷している。その原因を知る術が無くてもこの国の敗戦国としての歴史は少しも消えていない事を知らなければならない。

P1000289 何で?何で64年前の無条件降伏の歴史を知らなければいけないの?関係無いよと嘯いた(うそぶいた)ところで、半世紀と14年足らずのこの国の歴史を知らなくて、何が如何だと言うのだろう?

紺碧の空と純白の白い壁。平和の鐘は鳴らす人も無いけれど、未だにこの国と父母、兄弟、姉妹、郷土の為戦い命を捧げた御霊に今日の繁栄を何と伝えるのだろう。

山茶花(さざんか)の植え込みと平和の鐘を見ながら、そんな事を思うのは親父位だろう。それでも国の利害、人の利害は身近に在り常にその有り様が問われている事に変わりは無い。

幸か不幸かその事を切実に感じる時が無いだけだろう。戦後64年の歳月を経ても尚、あの教訓に学ぶ事無くアメリカ政府の顔色を窺う(うかがう)マスコミに公共放送を語る資格は無いと言える。

テロとの戦いを口にしながら、本当に戦わなければいけない自分の子供たちをどれだけの親が、戦場に送れるのだろう。

国の安全と防衛を語る前に、その事が問われている事を、多くの人は語る事は無い。命を賭けた戦いは今も続いている事を多くの人は知らない。

天罰、運命、と言いきるには余りに無情。太平洋の島々には多くの御霊が今も尚眠っている。それが現実。

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北風吹きぬける寒い朝も心一つで暖かくなる 吉永小百合の懐かしい歌

親父が高2の時、田舎の国道2号線が改修され曲りくねった道が山を崩し整備された。親父が小学校に行った道は旧道になり全く寂れた。(さびれた)それでも舗装されたばかりのカーブの手前でオートバイに乗った優しい親戚の一つ違いの従兄は尊い命を失う。20前、本当に無念の早すぎる事故死。親父は大阪で訃報を爺ちゃんから知らされ別れを知る。

あの道が整備された時、親父は高校の卒業前。アルバイトは土方仕事だった。田舎の高校生、しかし肩幅はあり今みたいに無様な腹もしていなかったので、現場の監督の眼に泊る。高校生なら工事現場の事務作業の補助をして呉れと言われる。

その事務所の事務員の女性が仕事の合間に二人きりになった時、吉永小百合の寒い朝を口ずさんでいた。あの頃の寒さが今は無い。あの時優しくしてくれた人達も今は大半、居ないだろう。それでも間違いなくあの人達が今の繁栄の礎(いしずえ)となっている。

今、温暖化とか経済発展とかいろんな人が多くの事を語るが、間違いなくあんた達が生きている間に環境問題が改善する事は無い。今、インフルエンザのワクチンとかスギ花粉とかアレルギーとか問題になっているが、親父が子供の頃はそんな物は無かった。

在ったのは貧乏。それでも食い物に不自由は無かった。食い物が無ければ人の家に行く。それでもタダでは流石に食わせては貰えなかった。何か手伝う。加勢をする。何でもしなければヒモジイ(空腹)思いをするしかなかった。

今は如何だろう?ドル高、景気低迷、失業、生活不安、誰に何を求めるのだろう?今年は震え上がる寒さはもう来ないのだろうか?そんな事は無い。歴史に学べ。少年老い易く、学成り難し。ああ。今日は大雪。大根だき1000円?高くない。さあ、今年も4週。終い良ければ全て良し。

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2009年12月 5日 (土)

こむらが返る。足のふくらはぎがつる。激痛で眼が覚める。

昨夜は風呂に入らなかったが、何のトラブルも無かった。少し遅くなったが午前1時前には就寝。掛け布団を1枚追加したが暑くて元に戻す。その後、寝返りを1度しただけで熟睡していた。朝は休みの日でもこの頃は1度は決まった時間に眼が覚める。今日もそうだった。

一度目覚めて時計の時間を見てまた眠る。どれ位経ったのだろう?2時間?足に激痛が走る。左の足のふくらはぎ(こむら)の筋肉がつる。何と言う痛さだろう。普通なら激痛のカ所を抑えれば痛みも和らぐが押さえると更に痛い。

こんな時、おひとり様は困る。幸い手の届く所だから「貼るはサロンパス」を探す。あれが在れば大丈夫、何とかなると思いながら。何とかならなかった。サロンパスを使い切っていた。仕方が無いのでトクホンチールの鎮痛液を塗り込む。しかし、効き目なし。否、何とかトイレまでは廊下を歩いて行く。でもそれが精一杯で歩くのは無理。メタボの体を支えられない。

せっかくの休みで雨が降っているし、出かけるのは諦めるかと思いながら無念の思いを消せない。歳の割に諦めが悪い。10時になれば薬のチエーン店が開く。それまでの辛抱。自分に言い聞かせながら相変わらずのテレビに眼をやる。政治ネタのタレントの話は聞き苦しい。タレントだけでなく経営者、評論家、経済アナリストの言葉も的を得ていない。人の事は何とでも言える。問題は言うが易し、行うは難しと自分で得心しながらチャンネルを切る。

暫く休むとどうにか歩ける。それでも問題の足は引きずりながら、やっとの思いで靴を履く。外はまだ雨が止んでいなかった。それでも濡れる程では無い。季節外れのいっちょらのハーフコートを着て大地を踏みしめる。これから年老いて足が不自由になるとこんな姿になるのだろうか?自分の体に愛おしさと憐れみの思いをダブらせてゆっくりと歩き始める。

ドラッグストアーは10時を回りすでに開店していた。大きめの湿布貼り薬も探すが適当な物が無い。結局チョイスしたのは398円の「貼るはサロンパス」。これが良い仕事をして呉れる。何時ものコンビニで椅子を借り2枚縦、1枚横に貼る。これで歩ける。

通りを隔ててこれも馴染みの喫茶店でモーニング(トースト、ゆで卵、一口サラダ、コーヒー)この頃になると痛みも和らぐ。年の為にサロンパスを追加してやっと一段落。

Img_1205 オイオイ、関取。部屋を少し片付けなはれ。

お一人様の6畳一間は殺風景。

それでも一時は如何なる事かと思った一大事

何とか歩けて一安心。これも日頃の行いのお陰?オイオイ。

Img_1208 足は綺麗だが後ろの正面、何とかして。

こうして改めて見るとふくらはぎの筋肉は柔らか。ぷりぷり。それが一気に固くなる。

これから足腰が健康でないと、ホンマに何も出来なくなる。偉そうなことを言ってもいずれは介護される時が来る。

その日の為に心して足挙げを励め。

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2009年12月 4日 (金)

おひとりさま

テレビで時々、面白いドラマがある。それだけでなく一人で笑っている自分が居る。一人で笑うのも可笑しいが、それを見る他人は余計に可笑しいだろう。どんなに同じ空気を吸ってもおひとり様で生きた日々は、如何ともし難いのかも。君は優しいからそんな事もないかもしれないが・・・

おひとりさま18から28.それから何の因果か52から65まで。これから命、波照間で(はてるまで)おひとりさまだろう。波照間島は沖縄本島から飛行機で1時間弱だけど、命果てるまでの時はそんな短い時ではない。偶然、チャンネルを合わせた画面に懐かしい大井川の流れを見る。「行く川の水は絶えずしてしかも元の水にあらず」 鴨長明

君と行った波照間の島は暑く、海はその先に台湾があった。親父の親父が戦った海、アメリカの攻撃を受けて戦艦が大破した海、エメラルドグリーンの色が何故か涼やかでは無かった。今、沖縄の米軍基地の再編が問われているが、先の大戦から65年。親父が生きた歳とと同じ歳月を重ねても、沖縄の大地と人々を苦しめている。

エコノミストや大学の先生が尤もらしい事を言っているが、問題の解決には一筋縄ではいかない。それ程に人の思いは純粋では無い。人の褌(ふんどし)で相撲を取る、そんな生き方を厳しく戒めていた親父の親。今日日そんな綺麗事は何一つ通用しない。

カネ余りの中で資金繰りに苦労する中小企業。その支援を声高に語る日本新党のおっさん。郵政民営化の見直しで余裕の出来た郵貯の資金を運用しょうと考えているのだろうか?それにしては国の財政にたかりの根性丸見えで不快感を強くされている。何処で鉾を(ほこを)納めるのだろうか?

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2009年12月 3日 (木)

大成功 何が?昨日の失敗が今日の成功? それ程でも。

Img_1203 昨日失敗したステーキが今日は焼きイモでうまく行く。親父が小学生の頃、親戚のおじさんが炭焼き釜の前で何気なく振る舞って呉れたあの焼きイモと同じ出来上がり。ヤッターマン。ヤッター芋。君は本当の焼きイモを食った事があるか?ホントの焼きイモはこれだ。

焼きイモはお姉ちゃんにも人気がある。何故だろう?美味いからだろう。

Img_1204 このうまく出来た傑作も点数を付けると80点足りない20点はまだ中が柔らかくなっていない。外の柔らかさが中まで浸透した時、100点。今日は合格点だが手探り。次は自信如何かな。

このイモ一本98円。親父が小さい頃はこれが何よりの補助食品。それがやっと手に出来る。3つに割って1つを食って残りがこれ。

これで大きくなった様なもん。これからも元気の源になる気がする。

独り身の生活はテレビを見る時が多い。時間の無駄使い。時間もカネも生活その物も何気なく考える事も無ければ無駄になる。世の中には99%の無駄な努力と1%の有効な成果があると言われるが、そんな物は誰も求めていない。その証に自分の日常を重ねて見ると良く分かる。何と不本意な生き方をしている事か?それ程に理想と現実の乖離(かいり)は大きい。しかし嘆き悲しむ事は何もない。生きる事、生きる証は其処に在るのだから。

其処此処に転がっているチャンスを殆ど(ほとんど)手に出来なくても、ケセラセラ、為る様にしかならない。今更何かを実現したいと思っても叶う訳も無し、そこそこ豊かな生活が出来れば良いと思う切ない願望もこれからは突き崩されるだろう。その時本当に縋る(すがる)物は何だろう?それが分かれば哀れな年寄りは生きる糧(かて)を見出せるだろう。

年寄りだけでは無い。働き盛りも若者も迷える子羊達も同じだろう。些細な事で悩み苦しみ、頭の中がおかしくなっても、出口を見出せない。立派な言葉を語り学識経験者で在っても、答えは見出せない。この前のブログにも書いたがノーベル受賞学者の予算削減の反対、あれでその思いを強くする。世界的頭脳でも国の税金の使われ方の無駄は見えない。

今、デフレ対策とか景気対策とか中小企業対策とか言われている多くが、国の財政を破たんさせている事に何の問題も感じないのだろう。今のままでは駄目。それは多くの国民の考えだとしても今の財政をこれ以上悪くしたら、増税しかない事をどれだけ考えているのだろう

さすがの親父も最近はオチャラケと食い物の番組は見ない。それでも定時ニュースと経済ニュースは見るが円高対策とか景気対策に思いきった金融と政治判断が求められている。そこが難しいが問題の本質を見誤ると財政のツケはのちの世代に先送りだろう。

しかし、政権交代はして見た物の景気の先行きは見えてこない。これも当然の事だろう。経済のサイクルは3年から5年しないと好不況のサイクルは変わらない。これまでの政策の誤りが今表面化しているのであり、小手先の大盤振る舞いでは問題の先送りにしかならない。

それでも圧力団体はごり押しを重ねる。前政権の過ちを繰り返すしかないのだろうか?今年の暮は厳しい年の瀬が予想される。せめてご自愛あれ。

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2009年12月 2日 (水)

通販で蓋つきのフライパン 久しぶりにステーキを食う

Img_1202 ああ、何たる画動。写真の撮り方が悪かったので拡大出来ず。それでもステーキが食えたのは今日来た蓋つきのフライパンのお陰だろう。それでも肉がこれで700円。安くて美味くない。も少し良い肉でないと焦げ目も付かないのかも。それにしてもこのテーブル。ああ。

タレは左のお茶碗。これタレ。

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これはお口直し。久しぶりの肉は食えただけでも感謝だろう。これは前のブログで紹介しなかったお気に入りの写真。赤の色が青空に負けていない。瓦の白さは光の反射。雪に見えるのは光りの悪戯(いたずら)。おちょくられている。おちょくる・・・からかう。1月の風景?南天の実が魚に見えるのは、親父も海物語の思いが断ち切れていないのだろうか?アホ。

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小春日和(Indian、summer) 木枯らしの時は何時?

花吹雪ならぬ銀杏の乱舞の時は今年は無いかも?それでも銀杏にはゆっくり歓喜の時を噛みしめているのかも。ハラハラと一枚、一枚と少しずつ黄色のカードを撒いていた。

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見上げると首が痛い。紺碧の空に圧倒される銀杏の大木。親父が生まれるどれ位前からこの営みを繰り返しているのだろう。何も答えず何も語らず。それでも愛おしいのは何故だろう

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そりゃお宮さん、生きた歳月の差かも。今日日若いもんが肩で風切って生きているけれど、いずれ老いぼれる。それまで生きれなくても挫折の時は必ず来る。風雪に耐え人の思いを踏み越えて生きていたら、何時かはわしの生き方も分かるだろう。その時まで胸を張れ。

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今年はこれで見納め。又、来年、若葉の時お会いしましょう。それまでお元気で。アンタもナ

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帰りに今年の春に出会った桜の老木と再会する。しっかり紅葉していたが来年の桜は如何だろう?そんな感じがした。それでもこのアスファルトの道の角で生きているパワーは如何だろう?もうしんどいですわ、そんな言葉を樹は語りかけて呉れたが、どっこい生きていた。

今日多くの事が語られているが良く耳を澄ませば本当の事が見えて来る。本当の事、真実は口で語られる事ではない。自分の心の中で大きく伸びる銀杏の様に何も言葉で無くて良い。本当に大切な物は自分でそっと抱き締めていれば良い。その事をこの老木も教えている

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2009年12月 1日 (火)

師走の時 1年締め括りの月 山形のキムチだしを始めて手にする

何処かのノーベル賞受賞者の学者が科学技術の予算を削る事は将来の批判に耐えられないと声高に叫んでいたが、今、沖縄返還時の密約が問われている。学者に言われるまでも無くこの国の為政者は国民の意思を捻じ曲げてでも、国益の為には為す事があると言い続けて来た。その事を引き合いに出す迄もなく政治家や学者先生が考える事はその程度だろう。将来の為、国益の為ではなく自分達の利害の為とは言えなかった事がこれから問われる。尤もらしい事を言いながら事実を覆い隠してきた証言をした当事者に何と語れるのだろう。それとも知らないと言い続けて老いぼれるのだろうか?

今日から師走。昔、師と呼ばれた人も走るほどに慌ただしかったからだとか。しかし、この語源もまことしやかに言われるが定かではない。それくらい昔から歳の暮は何かと忙しかったのだろう。親父の若かった頃?この言葉には実感がこもっていたが、この歳になると何故かあの頃の浮き立つ思いは無い。あの頃は故郷の風景と父母、弟の姿が重なっていた。

今は如何だろう?なんか淡淡としている。沸き立つ思いも激情の高ぶりも無い。そんな一月になるのかと思いきや、政府はようやく政権交代の真価を問われている。どうだっていいと開き直った思いも無いがなんか違うと思うのは期待の思いが強かったからか?

デフレ対策、円高対策、株価対策とわめいている言葉すら問題の本質を突き崩しては居ない。政治家の景気対策は当事者になると野党で批判していた時とは大きく違う。その結果、前政権と変わらない金融政策、いくら金融緩和を日銀にさせた処でdeflation(デフレーション)の流れを変えられなかった教訓を生かせない。

少し難しい話になるがアメリカの通貨が世界の基軸通貨であった時代は長い。今でもアメリカの経済は世界ナンバーワンであり、ドルの信頼度が下がったとはいえ替わりの通貨は無い。アメリカもその事は充分認識している。だからしばらくはドルが円に対して下がっても国内の財政悪化に眼をつぶるしかないのだろう。円は間違いなくまだ下がる。

この国の政治家と経済界の悲鳴が大きくても、為す術は無い。あるとすればこれからの国の経済の在り方をどうするのか施策を明快にして国民に問う事だろう。円安対策で無く通貨の対策。それが無ければ前政権と何も変わらない。

株価対策も同じだろう。親父の様な年寄りが将来の生活に不安を持っていたら、カネは使わないだろう。年寄りだけでなく働き盛りでも貧乏人が多くなれば景気が良くなる訳が無い。景気が悪ければ株価も同じだろう。違う?外人投資家と国内大手の投資家が様子を見ている?同じだよ。株式市場が活性化するのも個人投資家の活力が無ければ難しい。

今夜の食材をなんとなく眺めている時(なんか美味い物あるかな?)、キムチのだしを眼にする。キムチではない山形の食材。キムチの細切れ?ちょと違う。豆腐に掛けて、ご飯と混ぜてのキャッチフレーズに惹かれる。味はそのままでビールのつまみになる。豆腐に合いそう。

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