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2009年12月23日 (水)

天皇誕生日 親父達の感覚では4月29日 それでも年末の休日

年末の慌ただしさの中で一昨日は大分出身の大先輩(5つ上)と新年会の約束?をする。サラリーマン時代の余り気が進まなかった大勢のそれとは違い、気儘に話せる人との酒とカラオケは楽しいかも。それでも長らくの間酒を酌み交わし美声?を振るう事もない。内心、寂しさの中に得心の思いを重ねる。当たり前かもしれない。歳を重ねて今更忘年も新年もない。

在るのは一人侘しく年を越し、新年早々の決意表明も初詣も無く元旦早々の初売りに出掛ける事ぐらいだろう。某国営放送の歌番組を半分寝ながら見惚れる訳でもなく、ぶつぶつ言いながら格闘技の番組を見るのだろう。しかし、去年見たのもつまらないショウだった。

今年は歳の瀬の風景を北から南まで伝えてほしいが、それも面白くは無く日本全国同じ番組を見て大同小異の言葉を交わすのだろう。その事はさり気無い事かも知れないが本当の慶びかもしれない。御目出度い歳の瀬と新年から長い間見放されているがそれはそれで又大いなる区切りかもしれない。

大いなる区切りの時からさえも見放されて、失意の時を越える人も少なくない。年末助け合いとか歳の瀬の慈善活動も長い間関係無い生き方をして来たが、いずれ親父も憐れみを乞う生き方しか出来ないのかもしれない。その事を今年も又思い知りながら健康に感謝する。嘆きのセレナーデを多くの人が多くの場所で語るが、愚痴と自己中のおしゃべりからは何も生まれては来ない。又、どんなに不遜(ふそん)な生き方をしていても一寸先は闇で在る事も知らなければならない。

不遜・・・謙り(へりくだり)の気持ちが無い。思い上がり。親父そのもの。上から目線?謙虚さが無い事。年寄りだけでなく若者にも少なくない。老若男女を問わない。

P1000298_2 この木何の木気になる樹(コマーシャルのパクリ)。もみの木?ヒマラヤ杉?近くの八百屋。親父が10年前、市場場内仲卸の仕事のアルバイトをしていた頃、野菜の配達をして回転饅頭を貰った)横の樹。

携帯の写真で樹の全体の姿は良く見えないが、間近かで見ると意外にデカイ。この国の来年の景気と政治、人々の生活を現している気がする。(親父らしい、法螺(ほら) ホラほら、そんな事を言っていると新年も替わり映えがしないよ。…幹の声がする)

でも良く見て見ると蔦の首飾りが下がっている。これは吉兆かも今年も後8日。今日はお休み。仕事もあと3日。今日は室内を片づけをしたら久しぶりに五月山まで行けるかな?

P1000299 もう一人琵琶湖の東岸の運転手と歓談する。話の中に笑い声が絶えない。明るい正月が迎えられる事は他人事ながら嬉しい。暫く振りの再開が年末に実現した事は、これも吉兆の兆しか。

難儀な事も少なくなかったが禍福は糾える(あざなえる)縄のごとしで在りたい。今年の初めに君のお陰でデジタルのカメラを手にしてこれだけの事が出来る様になった。

画像の挿入は意外に多くの制約があるが、慣れるとその理屈が分かる。何が出来て何が出来ないのか。言うは易し、行うは難しだった。これでもまだ駆け出し。綺麗な画像の挿入はもっと多くの事を知らなければならない。

お昼の弁当を買って帰る時から少し雨になる。春の雨を感じるほど大降りには成らなかったが、気持ちだけの小雨。それでも山には行けなかった。昼飯を食って少し横になる。起きたのは3時前、予定通りテレビの古典落語を聞く。今はほとんど聞けない話術に感激を受ける。最近、マスコミの報道と食い物とオチャラケの馬鹿番組。落語の世界も様変わりをしているが何時までも軽い話が受ける訳が無い。

その後の通販の番組で桑の葉のお茶を注文する。ずっと前から気に入りながらも価格と効きめに疑問を感じていたが、物は試しと思い決意する。60パック5685円。今の親父には試す価値があると思って注文したが飲んで見ないと分からない。

その話を近くの総菜を買って居る親父に聞いて見ると、馬鹿にされる。血圧が気になるのなら血圧を下げる薬を飲め。君からも言われたが血圧を下げる薬を飲まない訳は唯、一つ。メタボな体型を変えなければイカン事が分かっているから。90の体重。105の胴廻りでは話にならん。

それと桑の葉とどんな関係があるんやと総菜の親父に言われて、上手く説明が出来なかった。体の中に溜まった脂肪を落とす?それと桑の葉の関係はと聞かれて笑って誤魔化していた。飲んで見ないと分からない。そんな言葉を繰り返していた。

明日も休み。国民健康保険料と住民税、老齢保険料を払いに行く。合計うん万円。最近の生活難民の増加で保険料と税金の滞納も多くなっている。国も地方も財政的に苦しくなっても肝心の歳入が増えない。増えなくても歳出は景気対策、政策支援、地域活性化、医療費、高齢化対策、こども支援、生活支援、国の防衛、減る事は無い。だから来年度も借金が歳入の金額を越える。それでも税の負担は景気が悪くて負担できないと平然と言い放つ。

そのうちこの国は間違いなく財政破たんをする。その時為政者はどんな面をして国民と企業の経営者に負担をお願いするのだろう?これまで多くの為政者と役人同様言い訳をするのだろう。無関心では立ち行かなくなる事をこれから思い知るしかないのだろうか?

天皇誕生日、陛下の言葉を重々しく伝えている報道も完全におかしくなっている。それでも全てがそうではない。今迄捨てられていたサメの肉がこれからお金になる。捨てられていた希少金属がお金になる。来年はそんな話が多く聞かれるのだろう。

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