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2009年11月

2009年11月30日 (月)

今年の寒さ対策 通販で蓋つきのフライパン注文 どないだろう?

今夜の食事はカット野菜100円とサバ水煮缶詰189円、煮込んだ極厚大根218円、お気に入りの万里風味(本場中国のザーサイにきゅうり、国産帆立貝ヒモをミックスした醤油漬け)218円。レンジでチンするサトウのごはん(魚沼産コシヒカリ)198円 デザートはミカン298円、わかめ醤油ラーメン(お気に入り)…これは明日の間食用) 合計1309円

独り暮らしになって久しいが食いものはがっつり。なんか無駄な買い物も多いが健康管理の為には必要不可欠と自己満足をしていた。当然食い過ぎ。メタボなお腹はなんとも締らない。運動してもしれている。一番良いのは歩く事。手を振って大股で一生懸命に歩けば少しは変わるけれど食い過ぎが一番大敵。一人で何でもフライパンでは当分は減量の見込み無し。がっくし

そんな食生活の改善の為、今日何気なく見ていた通販のテレビでフタがあるフライパンを眼にする。これは良い?何で?信じられない?訳は簡単。今のフライパンの半分の大きさ。今みたいに入れていたら、ひっくり返せない。汁も多くは出来ない。これで少ない量をうまく両面焼きが出来る。しかもテフロン加工だし。でも宣伝文句ほどうまく行くかな?

今は不景気。買う物が無いとも言われる。それは違う。買えない人が多くなっている。買えない人が多くなり高い物が売れなくなっている。しかし、それも全てでは無い。安くなければ買えない人も手にする収入は多い方が良いに決まっている。それくらいの道理は解れ。

デフレスパイラルとか言われても何の事やら分からずに安物しか買えないと思いきや、そうではない。結構お間抜けなお金の使い方をしているから小金持ちにも成れないのだろう。まあ、人の事を何とか言う前に自分の体を何とかしなはれ。分かりました。

ではこれからサトウノごはん、チンしてゴマ高菜の混ぜ合わせ頂きます。あかんわ、こりゃ。では又。明日は仕事です。お休みが多いと緊張感のない仕事になるから、そこん処よろしく。気合を入れてさり気無く、ソツなく下から目線でお願いします。

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明日から師走 風が無いから暖かいけれど木枯らしの時も近い

P1000254 近くの早苗の森。秋の深まりと共に輝きがクライマックスに近付いている。次の木枯らしで一気に黄金の葉っぱを散らすのだろか?その時が本当のクライマックスだろう。

残念ながらその時に立ち会えないかも。今は切られてしまったが故郷の小学校の思い出の銀杏を思い出す。

故郷は遠きに在りて思うもの。近くの住まいは何だろう?早い物でもうすぐ8年。仮の住まいとは言えなくなっている。

P1000256 これは傑作の一枚と思いきや、南天の赤が銀杏の黄色に負けている。凄いよね銀杏のパワー。どんなもんだと自己主張をされても返す言葉も無い。

この南天もその大きさに圧倒される。行く春を惜しむ言葉は耳にするが、行く秋をこれだけ噛みしめて呉れる親父も少ないだろう。自慢している?そうだに。

これでは感動が無い?それではつぎ行きますか?

P1000258 どうだ。これなら南天の赤色も映えている。行く見ると蜘蛛の巣が銀杏の葉の下に在り蜘蛛もいるが、この絵の中で見つけるには、草木の輝きが強くて見えない

まあ、それも有りかな?

P1000271_2 早苗の森の参道の楓(かえで)。紅葉が(もみじが)綺麗に秋を主張している。でも明日からは師走。今年は暖冬と言われているが、これも温暖化の一因かな。

今年は寒暖の差が大きくてもみじも綺麗とか。それでもそれを支えている幹を見る人は少ない。

何も人出の多い有名神社、仏閣迄行かなくても綺麗な景色が見れる。唯、違うのはスケールの大きさ、歴史の違いだろう?それでも負けていない。

見る人も無き紅の色はもうすぐ葉を落とし、寒風の空に何を見せて呉れるのだろう?分かりません。

何事も見方を変えれば違う姿が見えて来る。最近、人の育て方も叱るより褒める事が主流とか。

褒める事はお互いの心を和ませるが褒め殺しも有る事を知らない。余りに自己主張も感心しないが、多くを語らなくても見えて来る感性は、無くなったのだろうか?ああ。

右に見える公園にも子供の姿は無い。これからのこの国を支える人は何処にいるのだろう?年寄りが健康で文化的な生活が出来る保証は、既に何処にもない。

静かな初冬の風景に音が無かった

P1000264_2 朽ちた幹の上に紅葉の小枝が伸びる。暗い絶望の先にこれ程の輝きがある感動は、見る人の心を揺さぶる。

人も樹も永遠の生命力は無いからその一時がこれ程に輝くのだろう。その思いをどんなに否定しても、次の世代に語り継ぐ優しさを持ち合わせているかと問われている。

P1000284 空が見える。輝きの空が。紅葉の北アルプスに今年も足を踏み入れる事は出来なかったけれど、この空は穂高に繋がっている。

河童橋から見上げる空はこんなに穏やかでは無くても、空の色は変わらないかも。いいえ、鼠色の寒々とした風景であっても全てを包み込む優しさは何も変わらないに違いない。

マイ、ドリーム、ディア。ナベサダのサキソフォンを聞いていると上高地を訪ねた若き日と再びの時を思い出す。

それでも何故か遠い日の薄れ掛けた思い出となりつつある。再度の時、梓川の流れを見ながら歩く事は在るのだろうか?ありません。言いきるな。

この風景は幼い頃、田舎で過ごした秋の景色。実りの秋。収穫したサツマイモを袋に詰め、肩に背負って帰った

栗を拾いに行った道。人の家の畑に侵入して追っ払われたけれど、今となれば懐かしい思い出。

P1000259 銀杏の大木の根っこに親父の影が写り込んでどちゅう。何かそんな縄文の土人形を見た気がする。いずれ土に帰る。その時、魂は何に宿るのだろう。親父は銀杏の様な気がする。

先日、京都に行った時昔、泊ったホテルの庭に在った銀杏の木。当時は気が付かなかったが、あの木は結婚前から知っていた。この時期多くの葉が黄色く染まり、そして風に舞っていた

まだまだ元気だけれど、久しぶりに訪ねた神社の庭でその事を教えられる。人の生き方は様々だけど、くたばるまではその事が問われている。

フランク永井が銀杏は手品師と歌っているが、ギンナンの美味さを語れてもハラハラと散るあり様は手品師の表現がピッタシかもしれない。

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2009年11月29日 (日)

秋が行く(しっこい) 処でバラも咲いていたよ バラの季語は?

P1000244 なんか散らかっているけど、やっと昔の人の名前を思い出した感じ。この木の名前はこれで覚えたよ。

看板の文字がこれで記録として残る。掛川の家の入口に植えて枯れた木。名前が分からなくても記憶に残った木。

木は写真を上から撮ったのでバラバラだけど、植えてから間もないのだろう。それでも葉は紅葉し又、年を越す。

今日は風も無く暖かだったけれどこれで風が吹くと裸になるね。寒くなるけど風邪引くな。大丈夫。柊(ひいらぎ)だから

柊の意味分かる?分からん。この木の幹は大きくなると堅くてしなやか。今は細い幹だけで今に強くなる。

P1000245 未だ完全に紅葉していない。それなのに何故か美しい。何故だろう?コントラスト。陰陽。全てが紅葉しなくても緑の青さが何故か、その時を表現している。

一時の輝きは見る人の心を奪う。燃え上がる紅の色に負けない緑。しかし、その時も長くは続かず、全てが紅葉しそして朽ち果てる。又、来年の輝きの為に。

今年も紅葉の名所は多くの人で賑わっている。それでも人の眼にふれなくても自己主張は欠かさない。

紅葉の葉っぱは緑の苔の上で輝くと言われる。その意味がこの薄紅の紋様が教えている。

秋が行く。そして来週から師走の時が始まる。寒さが一段落したとは言え、気忙しさ(きぜわしさ)の中に我を掴め(つかめ

バラの花も只今養生中。養成中か。これから寒くなるのに、花を咲かせて大丈夫?大丈夫。寒さに負けず春を待つ。

処でバラの季語は何時?初冬?でも夏に咲く花も有るし?何時だろ

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この木何の木、気になる木。そんなに言われても名前も覚えていないじゃろ。そんなもんだよ。六甲おろしが吹くと少なくなったこの葉もおしまい。素っ裸。そして来年の若葉の時を待つ。人間も同じ。唯、日々の生活に追われて見えなくなっている。

嘆き、哀しみ、苦しみ、怒り、迷い、秋が行き冬が来るけれど心に迷いがあれば山に行くが良い。丘に行くが良い。近くの公園でも良い。季節の歌が聞こえる。季節の移ろいが見える。季節の色が見える。人の想いの小ささが見える。それが見えなければ心の眼を見開かなければならない。

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2009年11月28日 (土)

寒さも一段落 経済は難問山積 それでも師走 

P1000242_2 寒さが一段落してさざんかの花も光りを反射している。この花びらも手を触れると短い輝きの時を終える。

廻りに一杯のつぼみが次の開化の順番に備えて、スタンバイをしている。花の命は短くて苦しき時のみ多かりき?

国の予算の無駄使いの仕分け作業を色んな人が批判している。学者、政治家、知事、エコノミスト、コメンテーター。

ノーベル賞受賞学者、東京都知事、福岡知事、彼等は予想以上に酷い。来年度の予算はその半分以下の税収しかない事を全く認識していない。

景気が悪いから予算を削減してはならないのかと思いきや、科学技術のお金はそうではない?

学者先生のお間抜けは人のお金で仕事をさせて頂いている認識すら無いのだろう。政治決着?今迄と何も変わらない?

次の選挙で国民の批判に耐えられる選択が求められている事を、何も考えていないのだろう。

P1000243 枯れ葉の先に自販機が見える。景気が悪くて物の値段が下がっても、どっこいおいらは生きている。最近、100円ショップ成らぬ自販機も出ているが、おいらは違うよ。

親父さんのお気に入りは、朝は16茶、お昼も十六茶、帰りは無し。その代わり10時と3時に小銭があればコーヒー。

しかしこの親父、コーヒーにはうるさく、缶コーヒーには満足して呉れない。親父のお気に入りはコーヒーだけのお店の物

桜の葉っぱがもうすぐ北風に揺られて落ちる。木枯らしの時をふるえながら春を待つ。来年の春には又、白い花を飾る

神田岩本町喫茶店のモーニング。430円それには敵わない(かなわない)。伝統の味。伝統の貫録。最近、お気に入りのお店もお馬鹿がウルサイ。

秋が行くんだ、冬が来る。最近は生意気にインフルエンザとか言いながら自己管理も出来ない輩が少なくない。そのインフルとやらも新型とか。新型があるなら旧もあるのか。あります。季節性インフルエンザ。親父さんに説明するなら冬の風邪。ああ昔ながらの懐かしい?

親父さんには関係ないけどね?なんで?年寄りは虫も食わない。風邪も引かない。ちい廻すど?(大分弁で叩き廻す? 叩いて廻す?ネコでもあるまいし。これがホントの廻し猫)親父さん、いい加減にしなはれ。風邪を引いたらあきまへんで。イエス、サー。

株が下がっている。君は2番底も有ると言っていたが東京株式市場、日経平均株価は9000円を切るのだろうか?政治の政策に景気対策が無いとか先行きの見通しが無いとか、経営者の中にも平然とした口調が聞かれるが、それはちょっとおかしくない?

景気の対策は政治家さんには出来ない。出来ない事を何で期待するのだろう?誤解、間違い、先行き見通しの見間違い。政治家が景気の対策をしたお陰でこの国はおかしくなっている。デフレ対策、円高対策、それを政府に求めたからこの国はおかしくなった事に、未だ気付いて居ないのだろうか?木枯らしに葉っぱを吹き飛ばされてもどっこい生きている根性と生活力が無いとこの国の未来は暗い。その事が問われている。

航空行政。運輸行政、農林水産行政、行政改革、政治改革、今まで多くの事が問われてその度に官僚と行政が何をしたのだろう?その検証がこれから行われなければならない。予算の仕分け作業を声高に批判した人もその事が問われているが、追放されるまでその事は分からないだろう。それがこの国の賢さかもしれない。明治の偉人。平成の偉人は何処にいるのだろう?

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2009年11月26日 (木)

金高騰、ドル安、円高、株安、デフレ、そうして先行き不安?

今日の日経に面白い記事があった。各国中央銀行の金保有量。ご存知ですか?知らんでしょう。親父も知らず。親父が知らないのだから知る訳が無い。こりゃ又、失礼しました。

アメリカ   8133.5トン ドイツ3408.3トン イタリア2451.8トン フランス2445.1トン 

中国    1054.0 スイス1040.1 日本 765.2 ロシア 568.4 インド 357.7

さすがアメリカ、そして意外にイタリア。日本銀行の保有量も意外に少ない。

ドル安も進んでいる。お間抜けな海外旅行は円高で喜んでいるが、お土産が少し位多くなっても海外でお得な買い物が出来ても、この国で生きている大多数が負の重しを受ける。?

それが分からん。円高とデフレは意味が違うけどなんか得した気分になるのかな?この国が輸出で成り立っている経済構造を考えると分かる事が、何でか知らんがわかっとらん。直接関わりが無ければその程度でしょう。人の事、地域の事、会社の事、国の事よりも自分の事で関の山?(失礼 精一杯でした)

株安も関係者は深刻に語るけど、株安と景気の関わりをどう説明するのだろう?景気が悪いと株が下がる?これもイマイチ説得力がない。今の株安は景気の先行き不透明もあるが一番の要因は企業に在る事を知る人は少ない。株は企業経営のバロメーター。

その事を企業経営者の考えを変えて利益を出さなければ、株価が上がる筈が無い。政府の取り組みを期待しても無理だろう。その流れが変わるのは何時だろう?この国の通貨もアメリカのドルも今、その事が問われている。我々の生活もそうだろう。

さあ今日は風呂に行かないと。なんだかんだ理由を付けて行かないとそのうち、匂うだろう。アカン。親父の信念と違う。歳を取っても御舟を漕ぐときは(生活をする時は)、ギッチラコ、ギッチラコ、櫓がしなる。しなりを無くした老いぼれに生き残る道は無い。

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2009年11月25日 (水)

さざんか、さざんか、咲いた道 焚火だ焚火(たきび)だ 落ち葉焚き

P1000240 さざんか、さざんか咲いた道、焚火だ焚火だ落ち葉焚き(小学校唱歌)。親父が小学校高学年の頃。田舎の稲刈りが済んだ田圃は(田んぼ)は今頃、休息の時だった。

刈り取られた稲穂のわらが積み上げられ円筒の上が三角錐(さんかくすい)の笠をかぶっていた。

その霜が降りた田んぼの片隅に朝日を浴びながらさざんかの花は煌めいていた。この画像はそんな昔の表現。

と言われても今の日常で眼にするのは難しい。世の中が豊かになるのはそんな事では在るまい。

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2009年11月24日 (火)

京都の街で青春の足跡を辿る(たどる) それでどうでした?

Img_1108 Img_1148 御所には数ヵ所の門があるが、ここは烏丸丸太町の立売門(間違っていたら御免)。青春の時、仕事で疲れた時残業をサボり、ここに立ち寄り、ぶらぶらとしていた。

何の為に生きるのか、何の為に仕事をしているのか、青臭い事を何の抵抗も無く考え、彷徨っていた。(さまよっていた)

Img_1109 親父が歩いていた時はこんな樹あったかな? 在りました。見忘れました?すみません。記憶が飛んでも感動は消えない。

これだけ枝が大きくなると支木が必要だが、今の処不要。凄いね。この活力、生命力。枝が茂り、葉先に青さが残っている。

Img_1110 この水に流れ。防火用水。これも記憶に無い。何でだろう?昔から在ったのだろうか?在りました。でも整備されていなかったかも?

今日では流れている水は井戸水の汲み上げだけれど、明治の昔から長い間琵琶湖疏水から引かれていたとか。

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Img_1131 遠くに比叡の山がみえる。御所の庭は環境省が管理しているのも意外。多くの木々と庭を管理するのは大変だろう。

しかし、昔、天皇の住まいは今でも公開されていない。皇宮警察が常時警護している。春と秋の一般公開はこの一部。

庭は本当に広い。当然昔も圧倒されていた。

Img_1116 庭の松とカエデの木々は良く手入れされ、境内を散策する人も少なくない。それでも親父の写真の中には写り込んでいない。

親父が青春の頃、歩いた時間とは違っていたが、静寂の時は変わらない。あの事考えていた若き血潮は今は見る影もない。ああ。

Img_1132 それでも風雪の重みは受け止めなければならない。あの時があるから今がある。今があるから明日も何とか生きられる。

その事をこの樹は教えている。苔と幹が支え合い助け合っている。苔の生すまでとは正にこの事だろう。

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Img_1126 Img_1161 君達が幼い頃、泊ったホテル。30年振りの再会。昔の華やかな面影はないが、今でも営業中。御所の横のホテル。正にその名の通り

今は無くなった市電。この右端の道が烏丸通り。今この下を地下鉄烏丸線が走っている。

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Img_1168  親父が結婚前に間借りしていたのは2階の真ん中。住んでいたのは4年間。大阪通勤が2年。水無瀬の工場が完成したのが昭和46年。結婚の2年前。

兄貴が高二の時、国際会館のイギリス博士講演受講の時、一緒に訪れたのが18年前。あれから多くの年が流れても、外観は変わらず。

Img_1170 独身の時、仕事帰り休みの時でも、お世話になっていた食堂。店の前の市電が廃止され地下鉄になり、近くの学生の下宿もなくなる。

経済が人の生活を変えている。貧乏学生だけでなく地域その物が変化している。客層が変化し往時の活況が無い。

Img_1172 当時食っていた食事。牛鍋。味は変わっていなかった。あの頃これが親父の定食。他の物を食った記憶が無い。

当時若かった親父も主人も奥さんも、そして下宿の親父も奥さんも皆、歳を取り老いている。誰にも止められない時の移ろい。

久しぶりの京都は親父を暖かく迎えて呉れた。そうでなかったのは時の流れ。

阪急京都線の特急の停車駅が変わっていた。京都の河原町、烏丸駅の混雑は予想外だった。観光客が多い。下宿の近くの大学の建物の建て替えに眼を見張る。大学が完全に金儲けの手段になっているのだろうか?

親父が住んでいた頃の学園紛争の面影は何処にもない。あの武力闘争の過ちは完全に払拭されても今のこのオチャラケは一体、何だろう。親父は働きながら学んだが今の学生は誰に何を学び、そして未来を拓くのだろう。今、その事が問われている。

同志社の建学の親、新島襄の言葉を知る人は今は少なく、烏丸今出川の交差点は何故か高い建物が低くなっていた。暫くは新卒の就職も氷河期とか。大体、何を学んだのか分からなければ職も無いのは当たり前。国家公務員にもその事がこれから問われる。

同志社設立の目的はキリスト教の教えを伝え、広める為の教育者の養成。しかし、戦前のこの国は神の国。当然、異国の宗教は当然異端児とされた。時代が江戸から明治に変わってもこの国の本質は何も変わらず、庶民も又、同様だった。

皮肉にも今日の経済の混迷も同じ轍(てつ)かもしれない。経済の転換?輸出第一から国内消費の拡大?口先だけでは何も変わらない。本当に今やるべき事をやらないと生き残りを掛けた戦いに勝利する事は無い。帰りに地下鉄の階段の深さに閉口する。

トイレで小便をしていたらノズルの向きがズボンの内側に掛かり、派手に濡れる。それでも幸か不幸か目立たず。ハンケチで拭きながら苦笑する。若い頃はこんな事は無かった。デカイ口を叩いても爺になっている。何事も油断大敵。心してかかれ。息子に言われている。

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2009年11月23日 (月)

穏やかな一日、寒気が去って暖かな一日

3連休の最終日。親父は今月の初めと同様もう一日休み。今月の初めは掛川に行って来たが今日は近場で過ごす。本当は京都高尾か洛北三千院と思ったが、多くの人出を思うと思い留まる。同じ市内なら空いているだろうと思いきや、甘かった。近くのバス停ターミナル。不覚にも乗り場が分からず運転手に聞く。ところが目的のバス乗り場に行列。しかもバス会社の案内も無い。混雑が予想されても案内の人を出すサービスも出来なくなっている。

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停車のバスは誰も乗らない。行き先が違う。案内の窓はシャッターを閉めたまま。誰も居ない。

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満員バスに揺られて10分。後ろのオバはんがカニの料理宿が値段の割に如何だったこうだったとじゃかましい。バス停の案内も聞けず後ろのおばばが寄り掛かる。後ろを見ても頭も下げない。オイオイオイ。でも目的の寺は街中を抜けると遠くは無かった。ここが入口。

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久安寺本堂。お参りは初めて。最初にこのお寺の前をレンターカーで通ったのは26の時。あの時はこの大きな寺の事を何も知らず、目的地の天橋立に到着できない事も知る術も無かった。この前の道は能勢街道。京都亀岡に抜ける。あれから39年。道路は改修されているがこの前だけは谷が迫り道幅は当時のまま。交通事故も後を絶たない。

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本堂の裏の庭。池と庭園。背景に杉の青さが心を休める。しばし心を休める。

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本堂横の回廊。右奥でお茶会。左に乱雑に脱ぎ捨てられている履き物が人の心を映してる

Img_1070 ふと下を見ると、池の水が本堂を巡らしている。その流れ出る水面に泡も紋様を成している。暫しの静寂。昔の人もこの紋様に何かを思ったのだろうか?それは無いかも?

ひなげしの花?ひなげしの白い花も紅葉の燃え上がる色とは正反対に何かを主張している。(調べて見ると白菊かも?)

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本堂から庭に下りると庭園を巡る細い道がある。心優しい先代からの想いを感じる。なかなかこれ程に細い道をゆっくりと何の束縛も無く解放している寺も少ない。当然ゴミ一つない。

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水が流れている。実際は風景が暗く画像が心配されたのに何故か艶めかしい。何故だろう

Img_1080 ツバキ科の花。親父も勘違いしていた。小道の仕切りになっている。杉の幹の先に紅葉の木が見える。 サザンカ?

下の池の廻りには多くの声が響いているがここ迄で来ると行きかう人も疎ら(まばら)

秋が行き冬が来る。この花の上に雪が重なる時も遠くない。その景色を見に来る変わり者は居るのかな?

Img_1083 もうすぐ冬が来る。雪の白さに負けない風景だけど後、一月もすると、銀世界になる?大丈夫。また来てね。来れるかな?

来るとしたら来年の春かな?初夏かな?緑の燃え上がる時も元気を貰えるからなあ。そんな贅沢言わんといて下さい。

Img_1084 この境内に四国八十八か所のミニコースがある。南無大師遍照金剛。87番。

四国の本コースを歩き通すには一人では無理だろう。二人でも分割しないと無理だろう。それ程に難コース。修行の道。

人の生きる道はそれぞれ。それでも求道の道は親父を待っているのだろうか?

Img_1089 しだれ紅葉?クライマックスの時が輝いている。ここから急な石段を降りる。

Img_1094入口の池。中に在る石の上で小さい弘法大師が見送って呉れる。又、来なはれ。

Img_1099 寺の空は青くカエデの葉は紅く、白壁は一段と白く眩しく陽の光を跳ね返していた。帰りのバスは空いていた。初めてこの前を通った時、老いたけて再びの時が来るとは思いもよらず、それでも何の思いも無かった。この抜けるような空の様に淡淡としていた。願わくば白壁の上に黄色の柿が数個あれば、最高だったかもしれない。

これから追い求めて手にして下さい。でも何事も思いどうりには行かない。そう考えるとこれから手に出来る物は知れているだろう。それでも老いたけて想いを適うまでは燃え上がる想いを絶やしてはならない。

これから寒くなる。天気予報は皮肉にも寒さが一段落と伝えているが、昨日近くのスーパーでクリスマスソングを耳にする。いくらなんでもそれは早いだろうと思うが、世間はそうでもないらしい。親父も昨日、棒鱈(たら)を口にする。もうすぐお正月。

いくらなんでもそれは早いだろう。冬が来る前にやるべき事をやりましょう。親父はこの冬も元気で我が道を踏みしめるだけです。今、足挙げをしていますが肩まで上がらない。せめて胴廻りを凹ませてお尻を上げましょう。お粗末でした。

明日はもう一日休み。明日は京都に行くか?京都も昔は住んでいたのである意味自分の庭。京都市上京区烏丸相国寺西門前町。間借りの時は今から38年前。元気だった人も老いの時を迎えて今も達者だろうか?

全国高校駅伝の時、ちらりと写っていたお店は今も繁盛しているだろうか?今なら行けるけれど語る言葉は無い。あの時から長い歳月が流れたけれど鴨の水の流れと何も変わらない気がする。全ては夢幻(ゆめまぼろし)。明日は気の効いた手土産を持って行くか?

最後に訪ねたのは今から11年前、大阪に戻ってから間もない頃だった。失意の頃だったので立ち寄る事も無い寂しい時だった。あれから11年。良く利用した市電(今は地下鉄)の停留所前の食堂と親父の帰りを待っていてくれた八百屋さん。主人もお店も今は昔の話だろう。

これで最後と思えば、結婚前にぶらぶらした御所の庭も子供達が幼い夏の時泊ったホテルも一見の価値があるだろう。烏丸丸太町から烏丸中学の道、久しぶりに歩いて見るか?下宿の叔母さん、幾つになっただろう?生きているだろうか?

京都に済んだのは24から28の時。4年間の時は試練の時でもあった。仕事と生活と青春の思いで揺れていた。政治も経済も人々の生活も発展途上だった。今この国は経済の先行きに揺れているが、あの当時もアメリカに痛みつけられていた、日米貿易摩擦。

日米安保、日米同盟の政治体制とは裏腹の経済摩擦。政治家の政治力の無さが経済の摩擦を跳ね返す事が出来なかった。今、政権交代で当時の政治密約が問題になっているがこの国の一番の弱さは、政治家に在るのかもしれない。

本当に沖縄の基地の問題を考えるなら、それくらいの決意があるのだろか?そうは思えない。出来もしない事を尤もらしく語る過ちは繰り返してはならない。その為の政権交代で在るとはどれだけの人が自覚しているのだろう?

期待が不信に変わり政治不信の時は長かったが教訓が生きないのは何故だろう?江戸時代の身分制度を300年の長きに亘り、武士が刀で農民、商人、職人を抑えつけたこの国の伝統と文化は、今でも脈々と流れているのだろう。明治維新、大正デモクラシー、昭和の軍国主義とその崩壊。焼け野が原からの不死鳥の復活。そしてもはや戦後ではないと言われた経済復興。バブル経済。失われた10年。そして今日。

外人からエコノミックアニマル、住宅はウサギ小屋と揶揄(やゆ)されても返す言葉も無くうなだれていた時と何も変わらないのかもしれない。それでもこの国が経済大国ゆえに多くの経済支援を外国にしても、大した評価もされていない。その程度の国になっている。

明日はそんなお間抜けな事は忘れて、梅田から特急のロマンスシートに並んで座って行くか?アホ。JRの快速で懐かしい風景を見ながら行くか?明日は明日の風が吹くといっても今迄とは違う。それが年を重ねると言う事だろう。

当たり前の話だが歳を重ねても眼にする物に老いは無い。風景もそうかもしれない。変わる物、変わらない物。その境目に在る物は歳月かもしれない。どんなに多くの想いを重ねて見た処で去りし日は戻らず、明日の事も来るまでは分からない。

ならば淡淡と行くしかないのだろう。大きな涙と掻き毟られる(むしられる)思いを水に流せた時、本当の自分が見えるのだろう。明日はそんな思いを実証して見るか?其れも又、在りかもしれない。そうして親父の4連休も終わる。

夕食は夕方お気に入りのインスタントラーメンを食っていたので、遅くなる。余り食欲も無くそれでも久しぶりに鍋にする。本当は土鍋が良いのだけれど適当な物が無く、ありふれたアルマイトの鍋になる。それでも味は悪くない。思い切りシイタケと四分の一の白菜。

白采に瑞々しさは無く捨てる寸前の野菜にも、親父の口を満足させる旨味は残っていた。シイタケもクヌギの木で手塩を掛けて作られた物では無くても、肉厚はあった。プラスしたのは豆腐と水餃子。ポン酢は何にするか迷うが高い物は手が出ず安物で手を打つ。

それで充分だった。今迄は独り暮らしと健康管理を口実に結構無駄な食事をしていた。これからは切り詰めた贅沢をしなければならない。簡単に言えばメリハリ。何時も無駄な事をしていてはこれからは生きていけない。

日本経済も企業も政府も地方行政も同じだろう。これからは否応無しにその事が問われる。否、既に民間企業ではコストカットと言う言葉で必要経費まで、手が付けられている。それに比べてお役人と政治家のこの感覚は何だろう?手をこまねくだけでなく、尤もらしい口実を言い訳にして問題の先送り。

その事がこれから許されなくなるだろう。税収が減り支出が増える。間違いなく来年の国の財政は破たんする。新政権の財務担当大臣はお間抜けな事を言っているが、景気対策のお金は何処にもない。郵貯銀行の預貯金があるとどんな顔をして言えるのだろう。

お間抜けなエコノミスト迄も日銀に民間企業の赤字を穴埋めが必要と言う。景気対策の為なら何でも有りか?日航と同じ轍を不況対策の為にやろうとしても無理に決まっている。それにしてもこの政権、前政権と何も変わらないかもしれない。

内閣官房機密費の公表を一年間掛けて検討する?アホカ。何の為に政権を担うのか?国民の期待に答える?何たる発言。馬鹿にするのもいい加減にしろ。公表できないお金は闇の資金。それくらいの事が処理できなければ前政権の様にレッドカードを突きつけられる時は遠くない。

多くの事を語る前に人としてどう生きるかを考えたあの青春の時は、ある意味無駄だった気もする。もう少し人の為では無く、自分の為にどう生きるかを考えていたら違った道も在っただろうか?そんな馬鹿なほろ苦い青春の時が再びの時を、二度と息を吹き返す事は無い。

願わくばあの頃の良き思いだけを心に置いて、これからの短い老い先を生きて行きたいそれ程の物でもないだろう?秋が行き冬が来る銀杏は手品師老いたピエロ。失意の晩年を過ごしたフランク永井も、実際は優しい姉に見守られながらゆったりとした初秋だったに違いない。明日は御所の庭でそんな事を考えているかもしれない。合掌

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2009年11月20日 (金)

デフレの認定 3年5カ月ぶり?どんな問題があるんでしょうか?

デフレスパイラル?デフレが進みますます景気が悪くなる。その対策は金融緩和?これが又難しい。簡単に言えば金利を下げる。ここで言われる金利とは日銀の貸出金利?日銀が誰に貸すの?大体、日本銀行のカネは何処から出ているの?造幣局?印刷と鋳造をすれば幾らでも造れる?イヤイヤ勝手には刷れない。造れない。ではそのお金は誰が何処で都合して誰に貸しているの?国の金庫にどれだけのおカネがあるのか、公表されていない?

公表されている?分からない。分かっている事は民間銀行にお金を貸している事、その金利が今、0.1%?1000万で1万円?何カ月?一月でしょう。今の日本の金利は普通預金でどれ位?殆ど0.ゼロ?銀行から借りたらどんなに安くても2%。サラ金なら8%、ヤミ金なら?

話を戻すと声高に自公政権の政治の在り方を批判し、多くの支持を集めて誕生した現政権。景気の立て直し、てこ入れも求められているが今の処、為す術なし。あれ程に批判した景気対策にクリーンヒットなし。このままでは問題の先送り。しかし、景気対策に問題の先送りは無い。暫くは出口なしの景気が続くのか?そうではない。  食事休憩

デフレの時はこれから3年続くと言われている。では3年5か月前のデフレはどうなったのか?どうもこうも記憶の中にもない。何時しかその事が日常的となりニュースにさえならなかったのだろう。どういう事?安くて良い物が当たり前となり今やユニクロや何とか21は勝ち組の先頭を走り、コンビニまでもが価格破壊の波に飲み込まれている。

信じられない事は今迄の価値観が変わり、価格破壊が進む。しかし、本当にそうだろうか?どんなに靴が安くなり国産のメーカーが中国メーカーにとって替わられても、ウレタンの靴に満足できないお客とメーカーに拘る(こだわる)小金持ちは変わらない。

親父が今は満足できないメイドインChina。そのうちお金を貯めてでも買いたくなる手作りの靴が手に出来た時、本当に満足の思い出でにんまりとするだろう。靴だけでは無い。大根でもトマトでも日常生活品でもパンツですら、安物にはそれだけの満足感しかない事に気付かされるだろう。その時、デフレの時は終わる?

そうは簡単ではないだろう?簡単ではない。2極分化。生活困窮者(嫌な言葉だね) 生活裕福者(ごくごく限られた人)。勝ち組とか負け組とか何様のつもりか知らないが、自分の事を棚に上げて良く言うよね。誰だって好き好んで負け組にはならんだろう。その事が分かっていない。親父は如何なの?後者?生活困窮者?でも今片足抜けかも。両足抜けた時、本当の未来が見えるだろう。

それにしても政治家先生もアカンなー。菅さん、アンタに言われるまでもなくデフレ。だから何とかしてほしいと思った多くの有権者に同じ事を言えるのだろうか?しっかりしないと前政権と同じ穴の狢(むじな)になるよ。

財政金融担当大臣 日銀総裁にデフレ対策を望む前に財政担当の看板を外せ。大臣になってべらんめー調の口だけでなく、政治家として何が出来るかを真摯に問え。アカンとイエローカードがチラついている。静かは名前だけではないだろう。失礼しました。

経済解説のコメンテーターが国債発行の為のアドバルーンと言っているが、国債の重みを後の世代に押し付けるのは前政権と何も変わらないだろう。期待と共に失望の評価を受ける前に問題の先送りをしてはならない。

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寒さも一段落 風邪は引いても熱、出すな

今朝は仕事に出かける時、冬のコートを引きだした。まだ早いかと思いきや、そうでもなかった。流石に通勤客のサラリーマンとウーマンはコートは着ていなかった。親父は電車が逆方向だしジャンバー通勤だから関係無い。それ位寒い朝だった。風邪は大丈夫?マリアも例外では無かった。急に寒くなると体調の管理が難しいが、さすがの親父も疲れ気味。

それでも今月の仕事稼働日は10日。疲れなんて言ってられない。この歳になっても晴耕雨読の日々を夢に見て、目標の実現までパンツ一丁で頑張らなければいけない。これは親父だけの話では無い。これからの日本。厳しく世知辛い。人の事など顧みる余裕も無く己の為に身を粉にして働くしかないのだろう。

しかし、親父は最近になってようやく自分の行き末が見えてきた気がする。20年前、45の時は見えなかったが20年先85の未来は手に取るように見える。何故だろう?あの時、そんな生き方をしていたら今の惨めな自分は無いと思うけど、その代償は充分手に出来るのかもしれない。

これからの10年。ハッピーな生き方が出来る人は限られている。どんなに今が恵まれていたとしても(そんな人はほとんど居ないが)それが続く保証は何もない。禍福はあざなえる縄の如しと言われても分からない。今日日(きょうび)縄(なわ)を見る事も無いがこれは中国の格言。災い転じて福と為す。長い永い苦難のの道も考えて見れば甘んじて歩いた道かもしれない。

今、お金も仕事も生活も先が見えず多くの人が苦渋の選択を迫られている。でもこんな日常でも何不自由もなくお間抜けな生活をしている人もいる。難しい事を言えば(言うな)これからはデフレの社会が続く。(デフレって何や?日本語で言え)。物が安い。高い物が売れない。お金の無い人が増える?(何でや)。会社の利益が出にくくなり会社はコスト削減に努める。

ふーん。それで?それで働く人の収入は抑えられ削られる。収入が減れば支出も減る。安物しか買えない。安物も不要不急な物は売れない。この傾向はこの国だけでなくアメリカも中国も例外では無いのに、この国の政局と経済が問題を加速する。分からん?だろう。

お間抜けなテレビは安売りのスーパーとかお店を嬉々として消費者の味方とかもてはやしても、そうではない事をも少し考えないとアンタもその苛酷な競争の渦に巻き込まれる。安売りは銭失い?安物しか買えない貧乏人にならないとその事は実感出来ないかもしれない。

今夜、8時前、久しぶりにお気に入りのジャズ、フェステバルを聞きながら寝ていた。折りたたみのこのベットは背筋を伸ばすと本当に気持ちまで伸びる。アンタも嘆いてばかり居ないで10年先の自分を想像すると明日の生き方が見えて来る。

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2009年11月18日 (水)

秋が行くんだ冬が来る。でもその前に・・・。

ナベサダのカリフォルニア,シャワーを聞いていると,何故か歳甲斐もなく心に初夏の風が吹く。これから寒くなりつい先週買って自慢したチョッキが、それだけでは寒い。その前に買った薄でのジャンバーも半月前、浜松で汗をかいたのが嘘のように小さくなっている。、

何の何の、気にする事は無い。時は移り晩秋の時に初冬の寒さが重なっているだけ。それも一時の事だろう。今年は暖冬とか言っていた長期の天気予想はどうなったのだろう?。景気予測とか競馬の予想と同じように多くのデータを重ね合わせても、その条件が1つでも違うと全く違う結果になるのだろうか。(競馬の予想と一緒にするな)でも大差ない。

大体予想のカタカナを反対に読んで見ろ。ウソヨ。その程度の物よ。多くの事が尤もらしく語られてもその根拠は多くの人の思惑が絡んでいる。願望、切ない人の思いを超越した変化はホントは誰にも分からない。それだけにこの世の中は面白いと嘯く(うそぶく)人もいるが、根性の単純な親父には寒さも又、よきかな。寒い寒いと言いながら冬の原野で仕事をしたあの時も9年近く前の事となる。

あの時も錦秋の秋を愛でる間もなく年を越し、琵琶湖の北で仕事をするつもりが兵庫の北、日本海の近くだった。雪の積もった幹線道路の則面(のり面…路肩から斜めに固められて道を高くしている?)で仕事が出来る雪かきをしていた。腰までハマる雪をかき落とす作業は結構しんどい作業だった。観光バスから見下ろす客がそんな所で作業をしているのを怪訝(けげん)そうに見ていた。あの頃を思うと大阪の北とはいえ寒さは気にならない。

今年も(来年暖かくなるまで)あの頃から続けているパンツ1丁の生活を続けられるだろうか?去年もそうだったが年寄りの冷や水、痩せ我慢もそろそろ年貢の納め時かもしれない。それでも新婚の時笑われたズボン下(パッチ…古い)も薄くなリ一度手にすると、離せないだろう。本当の寒さが来る前に脂肪を落とし腹を凹ませないと今年はアカンかも。

これから洗濯。そして近くの山で運動してきます。冬が来る前の寒い風景をお楽しみに?

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近くの公園の紅葉した桜木。もうすぐ冬が来る。大阪の冬は雪は無いが風は冷たい。

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この銀杏はすっかり紅葉している。これから風が吹けば一気に葉が落ちる。近くの早苗の森の銀杏はどうだろう?ハラハラと葉が落ちる様は正に圧巻だろが、タイミング良くその時を見れるだろうか?フランク永井の銀杏は手品師、老いたピエロが見れる時が近付いている。

Img_1048

すっかり寒くなり親父も厚手のジャンバーを着ています。こうして改めて見て見ると短足。この後、近くの山を目指して歩く。腹が出ていると言っても見た眼はそうでもない親父。しかし、冬が来る前に腹を凹ませなければならない。

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2009年11月17日 (火)

久しぶりの感動 ごま高菜と魚沼産コシヒカリの混ぜご飯

最近歳の所為か美食感覚が失せている。イヤイヤ歳の所為では無く独り身の粗末な食事がそんな感覚を強くしているのかもしれない。日常の食事は殆ど内食。近くのスーパーでお決まりの野菜と魚、時々肉(豚が多い)。その他に手にするの漬物、季節の果物。それらをフライパンで炒める。食用油だけでカット野菜を塩、コショウで炒めるだけで、一品が出来る。

これだけで何故かイケる。昔、売れない漫画家とか芸能人がキャベツ炒めだけで、美味い食事が出来たと言われるのも強ち(あながち)嘘ではない気がする。それでもそれでは味気無いので魚(焼き)かバラ肉(ぶた)、生姜焼きの豚、時にはフランクフルトのソーセージ。

今日は久しぶりに大分のごま高菜を手にする。水車食品。こちらでは値段の高く余り売れないと思いきや、そうでもないらしい。親父のお気に入りはラッキョウ。ラッキョウは血液に良いと言われるが酸性の血液がアルカリに変われば、何が良いのだろう?理屈では無く血液がサラサラしてくると言えば君に笑われるかも(笑い)

手にした高菜はチャーハン用?そんなに塩けは強くない。その高菜とレンジでチンした魚沼産コシヒカリが良く合う。高菜を入れ過ぎた感じなのに辛くない。久しぶりの御馳走。これに焼き豚の駒切れがあれば最高だろう。食事は贅沢をしなくても美味い物を口に出来る事を知る。

今日は雨になりせっかく昨日買った靴が出番なし。安物の皮靴でも濡れると忌々しい(いまいましい)。それで辛抱して他の靴で我慢した。雨は夕方まで。寒い一日だった。心持(こころもち)元気も出なかったが、これからはそんな天気も続くが意外な処に感動がある事に気付かされた事に感謝する。

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2009年11月16日 (月)

逆境が招く新技術 親父の新たな生き方はなあに?

今日はお休み。今月は10日の仕事。年金生活者と言えども稼働日が少ないとこれからの生き方が問われる。難しい話をすれば(難しくは無いのだけれど)自己中の生活で皆が精一杯。なんだかんだ尤もらしい事を言いながら、人の生活を思いやる余裕すら無い。

もう少し難しい話をすれば(聞きたくない話だが)、この国の経済行動が大きな変化を遂げている。多くの人が自分の暮らしは中流と感じていた20年位前から、最近は底流と変化している。下流では無い底流。ものは言い様。セクハラと言いながら本当のセクハラとは何か知らないお馬鹿と同じかもしれない。今やこの国の国民の三分の二が低所得と言われる。

その実感が無いのは何故だろう?それともその言葉が間違いなのだろうか?この国は1945年の敗戦で全てを失う。今から64年前。今生きている多くの人が生まれていない。その頃も当然知らない。国破れて山河あり。多くの犠牲を払い戦いの無い時代を手にした。

先人が廃墟の中から手にしたものは生き延びる事だったのだろう。その為にはそれまでの価値観、人生観、道徳観すら180度変えるしかなかった。その事も知る人は無くなり今、尤もらしく生きている人に教える事も無い。その為だろう、何たる傍若無人。そんな生き方しか出来なくても咎められる事も無く、注意をすると反対に食ってかかられる。傍若無人。この言葉も死語となる。

(傍若無人(ぼうじゃくぶじん) 中国の史記によれば傍ら(かたわら)に人が無きかの如くの振る舞い。なんのこっちゃ。人前を気にせず勝手な振る舞い。他人を無視して自分の思うがままの行動、態度、言葉使い。解説されると分かるが自分が当事者だとは親父も他人事ではない。)

アメリカで造られた価値観、ラストサムライの社会は今、この国には無い。明治維新で鎖国、封建、身分制度、武家社会が否定され文明開化の社会になっても、下々の生活が大差なかったように今日でもその流れに変化は無いのだろう。上流では無く中流の時も過ぎ、これからは底流の生活が多くの人の生活の基盤となる事に目を向けなければならない。中断。

お昼は近くの総菜店でお魚のお弁当。おかずに肉もあるが魚限定。今日はしゃけと貝柱のフライ。休日で家に入る時は前はパンを焼いていたが、今はこのペースが定番。仕事の時も帰りは近くのスーパーで買い物だが、このお店で総菜と魚のフライを手にする事もある。

今日のAM11.00の経済ニュースでこのブログのタイトル、逆境が招く新技術の紹介の中に興味を引く物があった。今から10年位前に言われた超電導の技術。あれから技術とコストの問題で実現には程遠いと思われた事が、今はそれも時間の問題で技術の進歩は目覚ましいと言われていた。親父は超電導と言われててもリニア、モーターカーしか知らない。

初めて聞いた言葉は、二酸化炭素からプラスチックが出来る研究が、研究室のレベルから実用化?のレベルになるのだろうか?反対は分かるがその逆はどんな技術だろう。日本の研究室の実験が中国で研究が続き、日本の産総研(昔の工業試験場?)でも見直されている?今迄の技術とコストでは実現不可能な事もこれからは変わるのだろうか?

変わらないのは無知と感覚、変化の対応におくれる固定観念と人間の価値観かもしれない。これからは収入の伸びが難しく高い物が売れなくなる?そうだろうか?そうは思わない。安い物しか買えない層と高くても自己満足させて呉れれば安物は買わない。二極に分かれる。テレビが伝えている安売りの商品が全てで在る根拠は何処にも無い。

テレビが伝える一部分のみで全体を語る事は無い。昨日のブログで今年は紅葉も見れないのかと嘆いたが、京都嵯峨野のそれはこれから始まる。来週の秋分の日でも遅くないだろう。常寂光寺、柿落寺?の紅葉を昨夜偶然見る。平安の昔から都人、風流をめでた人の思いを久しぶりに会えるかもしれない。

これから庄内の靴屋に行き仕事で履く靴を買ってきます。ホントは高い良い靴を買いたいのだが親父も低所得者。安いそれでも履き良い靴を買ってきます。今、国内の靴生産者の技術は中国の安いウレタンの靴に席巻されている。親父の様なメタボな体重を支えきれずに靴底がすぐ凹む。その靴を靴修理の親父に見せたらせせら笑われる。

中敷を変えなはれ。それでも靴の底が凹めば用を為さない。安物買いの銭失いとは正にこの事だろう。それでも背に腹は替えられない。安物で我慢するしかないのだろう。足はこれからの健康を支える大事な武器。それを手放した時哀れな末路しかない。合掌。

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左の親指がしびれる事に仕事中気づいた時、愕然とする。大袈裟すぎると感じるかもしれないが足でも手でも指がしびれた時は気をつけた方が良い。決して大袈裟ではない。親父の場合は靴が原因。何で?靴底が凹んでいる。何でだろう?靴を変えてもすぐ左が凹む。

体の重心が左に掛かりそれで一番ウエイトの掛る親指部分が凹むのだろう。こんな単純な事に気づいた時それでも中国製のウレタンの所為にしていた。確かにコルクの靴底では無いけれど何であんただけ、何で左だけ。その事に気が付くのが遅い。

昔の旅人が草鞋ばきだったのは足の健康、足の疲れを出来るだけ軽くする知恵だったのだろう。流石の親父でも大阪で先輩の家に行った時、下駄で入ったが草鞋は無い。げー下駄。あの時は18の秋。大阪に来て最初の秋。先輩はお古のブレザーを売り込む。無論、買う。

写真は久しぶりの庄内。駅のホームは工事中。親父が18の夏から住んだ時と大差ないが少しずつ変わっている。今はホームのリニューアルとエレベーターの工事中とか。良く分からない。今日の目的は靴。行きつけの店は好きなだけ靴が履けるから良い。店員も声を掛けなければ寄って来ない。親父の足は幅広で甲高だから中々合う靴が無い。

今回も時間を掛けてお気に入りを探す。久しぶりに両足靴下だけになり履き心地を確かめる。仕事靴だから黒で探すが足に合わない。違うだろう。足が合わない。予算も合わない。結局本革のウレタンソール。履き心地は良いが一時もしないうちに凹むかも。仕方が無い。

これでも駄目なら手作りのコルク底の靴にするしかない。最低3万位は必要かも。靴だけでなく本当に良い物は4,5千円では手には出来ない。これは靴だけではないだろう。その事が分からなければこれから先の暮らしも見えてこない。

Img_1047 帰りにホームに入ってくる電車を撮る。シャッターがうまく切れずに先頭部分がぶれているが停車前だから仕方が無いか。親父が住んでいた頃はホームの先が出口だった。今はホームのセンターで地下に下りそれから階段で外に出る。お土産のたこ焼きは暖かだった。

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2009年11月15日 (日)

秋が行くんだ冬が来る この前まで暑い暑いと言っていたのにね

P1000237 この前まではこれ位の秋でしたが急に寒くなりました。今年も紅葉の時を愛でるまでも無く、寒い冬を迎えるのだろうか?愛でる(めでる)言葉の意味は?

この風景が先週。今週は一気に寒くなる。明日は最低気温が10度を切るとか。風邪引くな。親父はどうかな?

親父はアホだから風邪は大丈夫?その割には結構難しい事を言う(書く)?そうかもしれない。最近、マジでアホが多い。

それでも最近歳を感じる。どんなに若いつもりでも歳は肉体を間違いなく食っている。もともと固い体がメタボになり、腰が曲がらない。

今心がけている事、それは大股で歩く事。今月の初め14年目の浜松、磐田、掛川に行き痛感した事は、自然は何も変わらず、変わるのは人の思いだけ。

自然を見る自分の境遇の変化に、嘆き悲しむ事は無い。本当に哀しい事は再びの感動が無い事。

そんな事かも知れない。

P1000238 秋が行くんだ冬が来る。でもまだ早い感じもするけれど、明日は最低気温が10度を切るとか。オイオイどうする?

どうもしない。時は巡り又、歳を取る。イヤイヤどうも歳甲斐も無く照れている。しかし考えて見ると(考えなくても良いが)これからの時代を生きる最大の糧は、健康かもしれない。

ナベサダのアニバーサリー50周年を聞いていると歳月の重みを感じる。親父も大阪に出て来てもうすぐその時を迎える。その時どんな生き方をしているのだろう?後、3年。石の上にも3年?

一年365日の3倍。1095日。一口で言うのは余りに長い。50年と言えば、余りに長すぎる。その事をかみしめる。

P1000239 最近の食事にダイナミックな力が無い。肉が少なく野菜も多くない。満腹感を求めても体の底から盛り上がる力が無い。

昨夜は流石に疲れたのだろう?10時に寝る。こんな時間に寝ると深夜に起きると思ったが、案の定午前3時に起きる。

それでも悶悶と天井を見つめる事も、深夜放送を聞く事も無かった。それ程に時間に追われていたのだろうか?

そうではない。気儘な生活が不規則な生活を管理していないのだろう。睡眠不足はダウンブローの様に効いて来る。

足の指にもしびれが来る。左足の親指。愕然としながら指の裏を見ると固い。赤ちゃんの指の裏は望めなくても、柔らかでないとアカン。

これからカット野菜と秋刀魚の塩焼きをフライマンで油炒めです。これは意外にサンマと野菜がうまい味を出します。

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2009年11月13日 (金)

株式市場も勝ち組と負け組?2極化が進む

2極化?何のこっちや?勝ち組と負け組。勝ち負けの基準はお金。どんなに尤もらしい事を言った処で日々の生活に困窮したら単純明快。今でもその事を痛感する。勝ち組とか負け組とか嫌な言葉だが資本主義経済に綺麗事は無い。共産主義でも同じ。

現実の問題に解決策を求めた時(求めなくても良いが)、優先順位は結果だろう。結果に目を向けないでどんなに能書きを漕いでも、ドツボにハマるだけだろう。しかし、問題はそう簡単ではない。人の事は批判出来ても自分の問題を正確には分析できない。

だから現実は小説より奇なりと言われるのかもしれない。昨日、ナベサダのCD2枚組を買う。ナベサダと言われても若い人は知らないが親父世代は若い頃、大阪のフェスティバルホールでジャズの分からないリズムに聴き惚れた。聞きたかった曲はカリフォルニア、シャワー。

ナベサダのCD2枚組の中に収録されている曲は15、15の30曲。それでも聞ける曲はカリフォルニア、シャワーだけ。そんなもんだよ。人生も。お気に入りの曲をイヤーホーンで何度も何度も聞いていると音質の良いヘッドホーンが欲しくなる。人間の欲望とはそんなもんだろう。

日本株式市場。経済ニュースでは東京株式市場の日経平均株価と言うけどね。あいつに聞いてみないと正確ではないけれど平均株価がいくらか知っている?知らない。そうだろうな。親父もそうだが日本人の小金持ちが株買わないと、外国人に買い占められる。外国人マネー、投資ファンド、株式市場も勉強すると株に詳しくなれる?それだけでなく小金持ちにもなれる?それは無理かもしれない。何故?何故だろうね?小金持ちの出る幕が無いのだ。

それなのに勝ち組と負け組とは何なのよ?それは株価。上がり下がりする株価の原因は企業業績。それも言われるまでも無い気がするが利益の出ない会社の株価は投資家から敬遠される。これこそ言い訳の出来ない市場評価かもしれない。かもでは無い。事実。

しかもその見極めが問われている。年末までの平均株価を予測するのは難しいが一進一退10000円前後から大きく抜ける事は無い。(模範解答) 年末まであと50日足らず。どんな評価を外人投資家はするのだろう。今その事が問われている。

今日は寒い一日となる。未だ11月の中旬。本当に寒くなるのはひと月先だが、暖かい日が続いていたのでその感覚は強い。明日の雨が上がると更に寒さは強まる。今日、帰りに念願のチョッキを買う。オールウールで無く混紡。アクリル7:毛3 これで2910円なら安い。でも着心地と満足感はカシミヤだろう。安くても良ければ混紡。満足感が要ればカシミヤか?

今日的不況を乗り切る術はインフレではなくデフレと言われる。親父は違うと思うけど国の政策も経済状況もデフレが進行するだけで、出口すら見えない。どう考えて見ても真っ当に物作りが出来なくなった時、この国の労働者は何に景気の反転を求めるのだろう?

政権交代に求めた物、」それは問題の先送りでは無く問題の改善では無かったのか?明日は寒くない?ほんまかいな。ホンマです。雨が降って風が強ければ寒くならないの?

難問山積。これは国のレベルだけでなく自分の生活でも同じだろう。大事な事を見失う事無く前進あるのみだろう。鳩山総理も綺麗事を言わずに泥水も飲まなければ、、先行きは明るくない。オバマもそうだろう。イラクの後もアフガ二スタンでは話にならない。

問題の先送りは出来ない。どんなに尤もらしい事を言っても出来もしない事を言っていると判断された時、一気に支持が失われる事を未だ理解していない。その事が問題になる事をこれから問われる。どれだけ国益と言う名の偽りの言葉を使えば良いのだろう?

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2009年11月12日 (木)

雨が上がり日差しは強く風は冷たい。秋が行くんだ冬が来る

国内だけでなく新型インフルエンザの流行が伝えられている。マスコミが危機感をあおり、感染の不安が大きい幼い子供、高齢者、病気療養中の人がいる関係者は他人事ではないだろう。その反対に地域医療、行政、国レベルの対応は余りに鈍い。何でだろう?

予防ワクチンが足りないとか言われてもやるべき事は他には無いのかこの間抜けと思わないアホが多いから、今日的体たらくが続くのだろう。マスクと手洗い、うがい他に無いのか?健康管理、健康予防、そして万一の時の対応。

昔、保健婦とか保険所(今でも有る)がしていた仕事を今は誰がして居ているのだろう?先週行った掛川の徳育保健センター、今でも地域医療の最先端として活躍していると思いきやそうでもなかった。お庭の踏み石は14年前と変わらず近くの人に愛されていたが、それでも人影は少なかった。

親父の住んでいる所にも近くに格好の山があり城址公園があり体育館がある。それでも日常的に足を伸ばし利用する人は限られている。住んでいる街、住んでいる地域から受ける健康と安全はタダでは無いのに興味も関心すら少ない。そんな事で真の体力が身に着く筈が無い。

日常的に己の生き方を振り返らずに在るがままに生きる事も悪くない。しかし、己の体の殆どがその時々の生活環境で決まる事を考えれば、もう少し違う生き方も当然あるだろう。人の所為にせず、環境の所為にせず、ましてや行政、医療、政府の所為では無く己に出来る健康管理をしなければならない。

かく言う親父も昨夜、風呂上がりに先週掛川で見た足の爪の長さが気になり、爪切りを手にしてベッドの角に足を乗せ、中腰で腰を折り手を伸ばす。出っ腹が使えて腰の曲がりが足らず、不覚にも息苦しい。息をこらえて爪切りが出来ても目まいがする。

何たる事か。腹が出る事がこれ程に苦しくなるとは。人の事を言う前に自分の体型を変えなければ長くは生きられない。そんな事を思いながら飯はしっかり食っている。(食い過ぎだろう)。そう食い過ぎ。食い過ぎの腹を凹ませる事は唯一つ。腹筋運動。そして歩く事です。

これから弁当食って一休み。それから大阪です。この後、写真入れるからお楽しみ。

大阪行って来ました。雨が上がり寒くなるかと思ったが意外に暖かい。薄てのジャンバーでも腹が出て前を締めると暑い?大阪に出る電車は空いていたが時間に余裕も有り各停で行く。午後の中途半端な3時過ぎ。当然車内も空いている。久しぶりに見る懐かしい風景をゆったりした気分で眺めているとうっとおしい親父が目の前に座る。

電車恐怖症の葉の気持ちが分かる。色んな人が入れ替わりながら2度と見る事も無い人が目の前に入る時、普通の人は相手を直視しない。自然と目線を合わさない。ところが最近は何故か相手を直視しする。無礼、無神経。最近こんな輩が多い。こんな時最近は眼をつぶる。

目をつぶるだけでなく無念無想。何も考えず何も思わない。それが出来ない時は眼を見開き形相を変える。そう仁王の形相。そうすると相手は目線を変える。大体眼を見開いた時相手も目線をそらすか、間抜けな顔をしている。その程度の者。自分が意識するほど他人は思っていない。最近、電車の中でも間抜けが多いが無視すれば一時の精神修養になる。

帰りの電車でもおかしいのが入る。少し行列して始発の電車に乗り込む。次の駅で乗り込んできた高校生が斜め前に立つ。何故かガサガサと音がする。薄眼を開けると袋菓子を口の中にほおりこみながらでかい声で喋る。無視しながら神経を逆なでされる。無神経。

それでも辛抱していた。何時もなら何処の高校かぐらいは聞いて反応を見るのに。何故か冷ややかな思いでそれでも感情の高ぶりを抑えていた。1人が次の駅で降りた所為で静かになる。そうでなければ余計な口を聞いていただろう。

大阪の写真は取れなかった。メモリー(記憶媒体)を入れていなかった。これでは写真を取っても残せない。それでも帰りにいつもの本屋の1階でレコードを買う。ナベサダの50周年記念のコレクション。CG2枚。3790円。でもイマイチ。お気に入りのカリフォルニア、シャワーだけ。

でもそれでも満足。お土産買ったしまた明日。

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2009年11月10日 (火)

三平の祟り(たたり)

P1000174 Img_1040 三平の名前を知る人は少ない。物知りの?親父でさえ三平の名前は知らなかった。

このパソコンも萱野の変換が中々出来なかった。理由は親父の読み方が間違っていたから。

かやの三平。どんな生き方をしたのか、不覚にも知らなかった。別に気にならなかった事が今年は2回の偶然が重なりこのバス停で乗車する。

一回目は新年早々。2回目は近くのシネコンで沈まぬ太陽を見た時。そしてその時過酷な運命を知る。赤穂浪士。しかし若干27歳。

主君浅野匠の上が江戸城松の廊下で刀を抜き、切腹。赤穂の城はお家断絶、取り潰し。お家の一大事を早駕籠(はやかご)で江戸から赤穂迄4日と半日で伝える。

生家はこの写真の左側。右端のガードレールは言うまでも無く道も狭かったろう。舗装されていない西国街道。その道を駕籠で揺れながら偶然母の葬儀に遭遇する。それでも立ち寄ることはなかった。無念の思いで主君の最後を伝え城を明け渡して浪人となる。

今日の失業。三平はそれだけでなく主君の無念の思いを晴らす大義があった。生家には親父が居た。親父に自分の思いを伝える事無く時を待つ。そして江戸に出る許可を求める。

三平の親父の思いは複雑だった。武士の世で一番大事な忠義。主君の無念を晴らしたい息子の思いを誰よりも理解し喜んで江戸に出してやりたかっただろう。それが出来なかった。太平の世の中で主君の家来が仇討を集団でやる事を、幕府が許す事は無かった。

今で言う武力行動。どんなに正義があろうとも幕府の決定には逆らう事は出来なかった。親父は三平に思いを心の中に留め仇討を思い留まらせる。三平の心中は如何ほどだったろう。赤穂浪士47士には為れず忠臣蔵打ち入りの半年前に自害する。御歳27歳。苦渋の部屋の前で深々と頭を垂れる。記念館は無料だった。何もなくても静寂の空間には時を越えた人の生き方があった。願わくば親父の思いを撥ね退けても(はねのけても)自分の忠義を貫いてほしかった。三平は優しかったのだろう。しかし、本当の優しさは親父の思いを越える事だったに違いない。それが出来なかった封建社会。武士の仕官の道。何か今にも通じている。

近くには豪邸がある。三平の子孫が今どんな生き方をしているのか、知る由も無かったが三平も今、どんな思いでこの混迷の時を見ているのだろう。親に孝、君に忠ではないけたたましく自己中心、無礼、無知、無学、多くの無を許して呉れるのだろうか?それは無い気がする。三平の祟り思い知るべし。と言っても何の事やら分からない。

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帰りのバスで阪急箕面線桜井の駅に立ち寄る。親父が20の時から2年間通勤した駅。17年前兄貴が大学受験の時に来た駅。7年前、思いがけなく1月と少し、仕事で来た駅。昔の面影は薄れても今から45年前に乗り降りした駅。あの頃は貧乏だったけど若かった。

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こんな高級住宅地にどうして会社の寮があったのだろう?3階建ての鉄筋コンクリート。17年前に来た時は在ったが今は流石にない。戸建の住宅地に変貌していた。だよな。土地代が半端で無いもん。どんな人が住んでいるのだろう。大手企業の部長クラス?無理かも。

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そうそう。このクラスの邸宅は大手企業のオーナークラス。サラーリーマン社長では駄目。先代が築いた財産を受け継いでいくのも大変だろう。固定資産税いくら払っているのだろう?

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この桜並木も古くはない。それでも多くの人の永年の思いが込められている。街が出来るとはこう言う物なのかもしれない。街の中に家があり古き物が新しい息吹を取り込みながら発展している。古くて新しい。街がそうであるなら人の生活もそうでなくてはならない。

貧しさの中に豊かさがあり豊かさの中に失望もある。それでも紛れないもない事実はこの高級住宅地に来れば分かる。多くの人が貧しく貧困に喘いでいても、それとは全く関係ない豊かさもある。それが現実。綺麗事では何も変わらない。変わるとしたら何だろう?

残された人生はその為に有るのかもしれない。不平、不満からそれを乗り越えた優越感。そんな思いに浸りながら晴耕雨読の日々を夢見ている。そんな思いでこの街を見ていた。今夜テレビを見ているとウィーンの街。これからウィーンの森の物語が始まる。

なんか今の生活と比較すると余りに哀れ。この曲を始めて聞いたのは高校3年のホームルームの時間。あれから長い歳月が流れたが山があり谷があった。これからも死ぬまで続く道。願わくば今日の様に自分の足で歩きながらお気に入りのパンを食いたい。

ウィーンフィルコンサートマスターが日本女性と結婚している。この国は本当に美しい。その自然に負けない心意気を重ねる為には、もっと多くの感動を積み重ねなければならない。

帰りに桜井の駅は学校帰りの中高生で溢れ、乗り込んだ電車の中はいい年をしたサラリーマンがわめいていた。これが現実。それでも親父の心の中に響くのは降り始めた小雨だった。明日は雨。雨を嫌がる人もいるが乾燥した空気を癒してくれる。その事を知れば感謝しなければいけない。恵みの雨とはこの事だろう。雨が上がると寒くなる。

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2009年11月 9日 (月)

椿咲く春なのに?でも晩秋にも咲いてるよ

P1000236 今年も一杯の椿のつぼみ。

前掛け迄して照れている三分咲き。

これから花が開き、椿三十郎から花子に変身。この椿の根元は2つ。2本の樹が一つの植え込みとなり、満開の時はピンクの中に白がある元気な椿です。

それにしても椿の満開の時は春では無いの?調べて見よう。

調べて見ると花の種類は多い。

椿と言えばアンコ椿、雪椿、濃い椿が有名だが、こんなに感動させてくれる椿も有ります。これから親父にどんな思いをさせてくれるのだろう。

一枚の葉っぱの下の花は、今週末には花びらを散らす。

P1000220 静岡掛川鰻の甚八さんのお茶。

一杯のお茶で無くきゅうす一杯のお茶。

如何にも渋そうで淡白な味。きゅうすが空になると、さり気無く替えて呉れる。

14年振りのうな重との再会は長かった。

お店の中は開店直後と言うのに、待たされる。それでも苦にならない。何故だろう?古い思い出を呼び起こすだけでなく懐かしさの中に何かを観察する親父が居た。

待たされる原因は鰻の焼きに時間が掛る事。じっくりタレを絡ませながら焼く。でも良く見ると炭火からガスに、焼くのが親父ではない。仕方が無いか。

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2009年11月 7日 (土)

掛川で取り溜めた写真 コメントは無し 君の為のプレゼント

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2009年11月 6日 (金)

何をどうしょうとするのか?立場が変われば言う事も変わる?

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今日はお休み。今月は仕事日の関係で休みが多い。この歳になると如何に生きれるかも問われる。仕事が出来る日が少なくなれば当然収入も少なくなるが、来年の確定申告を考えるとそれも有りかもしれない。この国の税制のおかしさは少ない収入でもきっちり補足されることだろう。65歳の誕生祝い?介護保険の納入通知(請求)が来る。支払いは国民健保の四ン分の一でも複雑な思い。後期高齢者の保険料のみ論議されてもおかしいのとチャウ。

何気なく訪れた近くの城址公園の菊花展の花が親父の思いを慰めていた。

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お気に入りの城址公園が親父の散歩コースとなって久しい。しかし本当は正面の山に登らなければならない。手抜きと言われても仕方ないがこれだけの景色がタダで見れれば文句もない。これから冬季の公開期間となり5時閉館。それも寂しいが今日の様に少し早く来れば夕日に映える景色も見れる。何もお金を掛けて遠出しなくてもこれだけの景色が見れる。

多くの事を多くの人が多くの言葉で語る。(語れず無言で会話に入れない人もいるが)。何か違和感も少なくない。あれだけ公務員の天下りを批判した新政権が天下りの原理、原則を説く。明治維新と何も変わらない。天下を取れば今迄非とした事を是とするのか?

それでも尤もらしい顔をして訳の分からない事を言っている。先の選挙で多くの国民が求めた生活の改善は何一つ出来もしないで何処に生活弱者の救済があるのだろう。生活弱者と言っても施しを受けるだけの施策で生き延びれるのだろうか?今、アメリカのオバマ大統領が支持を減らしている。当然だろう。

テレビで沖縄の基地が論議されている。広島と長崎にオリンピックの招致を両市長が求めている。その前にやるべき事は国内の米軍基地、沖縄は日本国では無いのだろう。自国の平和と安全保障。それは政府に任せる事ではなく一人ひとりの問題意識だろう。

テロとの戦いと言いながら新幹線に乗って見ろ。機動隊の巡視もパトロールも無いおとぼけの平和な国に愕然とする。新幹線の車内に外人の手荷物が置かれて安全。これって不審物ではないの?この国のテロとの戦いは空港でも痛感する。手荷物の検査を軍隊がしなくても機動隊は欠かせないだろう。それだけ安全な国に住んでいるのだろうか?

国に救済を求め税金の投入を求めても企業年金は財産権?倒産しなければ分からない。国を代表する翼が無くなっても何も困らない事を知らないのは、政治家と当事者のОB達だけかもしれない。でも現役世代にボーナスなし。それはないだろう。政権支持基盤の労働組合にも支持されるのだろうか?立場が変わればこれ程に変れるのだろうか

ここまで読んで呉れた中西君にオマケ。うどんのコシってなあに。カレー南蛮とカレーうどんの違い。これはテレビの所さんの学校では教えてくれないから.コシとはグルテン。グルテンは如何して作るの?今度教えて下さい。カレーうどんには玉ねぎ、カレー南蛮にはネギ。

ネギの産地が昔、大阪の難波だった。今では信じられない変わり様。お粗末でした。

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良い人を止めれば楽になる?

昨夜は12時間近く寝ていた。今週は月曜、火曜日が静岡。水木が仕事(睡眠不足)。少し風邪気味になっていた。昨夜は流石に疲れていた。粗末な一人の内食を食い過ぎて横になっていた。考えて見ると風呂に入ったのも月曜日以来無い。多忙と言うより旅の整理で追われていた。(そのお陰で旅の目的も達成できたが・・・)

今日はお休み。それで体の緊張感も緩んだのだろう。昨夜は野球の劇的な結末を見て銭湯に行く。サウナを止めて深い炭酸水の湯船に身を沈めると頬が緩む。風邪気味だったが熱は無く風呂に入ると疲れが抜けて行く。3日も体を洗わず足の裏も掛川の踏み石を踏んだままだったが、意外に垢(あか)は無い。(きたない)。尻の廻りの汚れもすっきりする。(失礼)

あれから家に帰り、ベッドの中でテレビを見ていた。中身のないどうでも良い番組を見ているとそのまま寝てししまう。気が付くとテレビの定時放送は終わりクラッシック音楽が流れていた。トイレに行き歯を磨き下着に着替えて寝た。起きたのは9時半。流石に体はしゃっきり。

洗濯機に洗い物を入れ経済新聞を買い喫茶店でモーニングセットを注文する。店内は閑散としていたが間もなく婦人と馴染みの年寄りが来る。一気にうるさくなる。最近何処に入っても交通機関を利用してもこの手の輩が入る。何故だろう?あんたも同じ。人の振り見て我が身を語れ。今、一番欲しい物は耳栓になる音楽と短波放送が聴けるコンパクト、ラジカセかも。

家に戻りFM放送を聞いていると読書の秋関連でベストセラーの話をしている。読書の秋、天高く馬肥ゆる秋、食欲の秋、スポーツの秋、多くの言葉で秋を語られるが小さい秋見つけたと、目を輝かしながら語る人は少ない。秋たけなわ、真盛りと言われても郊外に足を延ばせる暇な人か変わり者かもしれない。

そんな事をつぶやきながら放送を聞いていると、面白い本を紹介される。しかしよく聞いて見ると少しも面白くない。大体、良い人の縛り(しばり)、括り方(くくりかた)、区分が良く分からない。良い人、悪い人、普通の人、面白い人、面白くない人、優しい人、優しくない人、人の評価はいい加減で実際は自分の思い込みに過ぎない。その証拠に痘痕(あばた)も笑窪(えくぼ)の格言がある。人の評価はそれ程に主観が多く客観的、普遍的でも無い。

それでもこんな本が出るのは、そして多くの人が読んで見たいと感じるのは、そんな思いが強いのかもしれない。かく言う親父もその典型的な性格をしていた。人の道を外れてはならない。人として失ってはならない尊厳、英知、優しさ。その思いが強すぎたのかもしれない。

この世の中、そんな思いだけでは生きていけない。人の侮りで自分の存在を正当化する。こんな卑しい生き方も現実には少なくない。口では人の身分を差別してはいけないと言いながら現実には歴然とした差別の思いが親父の心の中にもある。その事も否定は出来ない。

今日の厳しい経済環境はその現実を加速している。政権交代と高々に生活弱者の生活向上を宣言した処で、問題解決の具体的政策は遅々として進めない現実も否定できない。その程度の事である。豊かさの分配は政府や経済界が決めているのではない。己の生き方が決めている事を自覚できれば見方も変わるだろう。

そのうえで良い子悪い子普通の子を考えれば良い。この言葉は親父が結婚する前に(今から40年前)欽ちゃんが相方とギャグで教えてくれていた。欽ちゃんも歳は重ねてもいまだにその事を教えてくれている。良い子、悪い子、普通の子。何をしても人の道を外さなければ良い。その事を教えてくれる人も少ない・

無理をして良い子になることはない。悪い子と言われても人を陥れる(おとしいれる)気持ちが無ければ、ホントは良い子かもしれない。良い子も悪い子も生理現象迄無い事は無い。その程度と思えば案ずる事は何もない。親父も賢い子?だったがもっと今の様にふてぶてしさがあれば人生変わったかもしれない。今からでも遅くない。命短し恋する乙女、赤き唇褪せぬまに(あせぬまに)。親父の余命も長くは無い。掛川大雲院の大和尚から言われた言葉を忘れなければ、これからの生き方の指標になる。

人間、自分の寿命は知らない。オギャーと生まれた時に決まっていると言われた。願わくば一日一生の思いを忘れずに感謝して生きよ。親父に一番欠けた生き方を思いだす。良い子にはなれなかったけれど、悪い子にもなれずに中途半端に生きたこれまでの生き方をこれから、どう変えるのか?その程度だろう。今は来世で笑っている和尚に笑われない生き方をするしかない。あの柔和な顔こそ親父のこれからの生き方だろう。

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2009年11月 4日 (水)

掛川のまとめ

掛川駅前のくれたけインに泊る。ビジネスマンの利用が多いとか。宿伯料金が4350円ではお得かも。それでも狭い。寝るだけならバストイレ付朝食付きなら文句は無いか。隣のレンターカーも3時間3500円もお得。唯今回は免許証を持参せず利用出来ず。残念。

1日目は着いたのが夕方。夕飯は唯一人の友と飯を食う。多くの思い出を語る。井戸を掘る人、水を汲む人、水を得る人、そして昔を語る人。会社を興した会長は草葉の陰で何を見ているだろう。30年ひと昔では無く大昔?それは無い。

2日目も良い天気。全国的には寒波到来。足がなく自分の足で着替えのかばんを背負い、保健センターを目指す。14年振りのお庭踏み石を目指す。国一とバイパスの間、生涯学習センターの先にあった。天気は良くそれでも温度は低く昨日ほど汗はかかず。

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掛川城の門番。今で言う守衛。全国でもこれ程の物は残っていない。それでも今は余り見向きもされない。時代の流れか。昔はどんな会話をしていたのだろう?ごめんやす、アホカ

P1000181 鬼は外では無くお庭踏み石、これ位ならどうにか歩ける。この先に行くと悲鳴が上がる。素人は左の芝生にリタイア。

石の表面は綺麗だから今でも歩いているのだろう。年寄りは。はっはっは。それでも年寄りを馬鹿にしていると、形勢逆転するかも。

暫く靴下のまま歩く。本当は素足が良いが久々だしそのまま歩く。慣れてから靴下を脱ぐ。慣れるとどうにか歩ける。

そして一休みの時、足裏を見て愕然とする。白い粉が吹いている。干し柿ならともかく、オー、マイ、ゴッド。

P1000188 どうだ、歩けるか?歩けないだろう。何もそこまでする事は無い?歩いてみなはれ。これは快感。達成感。優越感。

歩いて見ると現代人の足の裏の弱さを痛感する。人間の足の裏には多くのツボがある。ツボってなあにと平然と言われても、その重要度を知る人は少ない

現代人は多くの病を抱える。病気にならなければ病人では無いと思うかもしれないが、多くの内臓疾患を抱えている事を知らなければならない。

それでも足の裏を良く見て見なはれ。俺は私は健康と言える人は1人もいない。ああ、無情です。

P1000189 これはハリセンボンです。足の裏に突き刺さる。それでも柔らかい足の裏は悲鳴を上げても破れる事は無い。

人間の肉体の見えざる力。生命力。考えても見たまえ。内臓と背骨、筋肉、神経。健康で当たり前と思ってもそうではない事にこの上に立てば、良く分かる

14年前の石とは違う。それでも一つとして欠けていない。1つでも欠けるとこの庭は機能しない。そう考えて見るとこの石の管理凄いと思う。

P1000204 この足踏みコースの中にある樹。デカイダチョウの足か恐竜の足にも見える。根元の突き出しも石ではない。樹の根っこ

親父も上から目線と批判されても後どれ位生きれるだろう?その事をこの樹は教えて呉れている。10年?20年?30年オイオイそれは厚かましい。

20年が関の山だろう。20年どう生きるか?その事をこの根っこは暗示している。なんか不気味。それ程に不確実。

それでも左に突き出している拳は何かを語りかけている。握りこぶしが何故か不自然の形をしている。

人の生き方は所詮そんな物だろう。巧くは行かない。拙速を旨とすれば後悔は無い。そう語り掛けていた。

P1000216 街中に戻ると秋の商工祭。周辺地域から多くの人集まり、イベントの開催。これも一つの収穫祭。田舎は貧しくは無い

地域の人の繋がりが薄くなっても地方はこうして楽しんでいる。そうして遠州の空っ風の時も近い。

P1000232 ここは旧東海道。画像では急坂が分からないが、この道は親父が居た頃は途中までしか車で走れなかった。

この坂の上に車止めがあり、道が急で窪みがあった。その道を整備してこの旧道も地元の人の足を確保したのだろう

親父はこの道を歩いていた。参勤交代の時代、この道は箱根の道と並びの難所だった。その面影は今は無い。

小夜の中山も今は知る人も少ない。

としたけて、又こゆべきと思いきや、命なりけり、小夜の中山 西行

親父が居た頃、工事中のバイパスは完成していた。今はその道も無料となり国道1号は殆ど車が走っていない。

今回の旅で何としても来たかった道。しかし車が無ければ足は無い。流石にここまで歩くには遠過ぎて、タクシーを使う

往復で5000円と言われたが駅前から8000円。でもそれだけの値打ちは在った。掛川で英会話を習ったマルさんのお店も分かる。

P1000231 茶畑の向こうに甲斐の山が見えるとか。親父にはどれがそうなのか分からない。それでも昔の句に詠まれている。

静岡らしい風景。この景色には多くの思いがある。多くの先人が見た風景。そして多くの思いを重ねた処。

今度見る時は幾つになっているだろう。どんな思いで眺める事が出来るだろう。その時、どんな顔をしているだろう?

本当はこの景色の左側にもっと静岡らしい風景がある。天気の良い時には富士山が見える。粟ヶ岳。その道も狭い。

兄貴を走らせた道。今、その罰が当っている。勝手に生きた時。それでも懸命に生きた時に悔いはない。

としたけて、又こゆべきと思いきや、命なりけり、小夜の中山。涙も哀しみも遠くの山の稜線に消えていた。

体が一番。元気でいれば又来れる。次は必ず心の大きな人と一緒に来る。親父の了見の狭さを包める人は、居るのだろうか?居る訳が無い。お前が変われ。青空の向こうで誰かが叫んでいた。

そう、人に何かを求めるな。求める事を人に為せ。どんなに優しい人でも心の中までは分からない。

新幹線のホームで誰かが見送っていた。大阪まで2時間。浜松でひかりに乗り換え。便利になったもんだ。野次さん喜多さんが旅した時と今は大きく変わっても人の思いは変わらない。

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浜松、磐田、掛川 写真(no.3)

この記事は浜松、磐田、掛川の写真集。どれ位親父の思いが通じるかな?前の記事の続きです。11月2日出発、3日に帰ってきました。当然ながら浜松と静岡の工場は行く事も無し。40人足らずの現地採用の未経験者でスタートした30年前の事を語る事も無かった。

Img_0955 このマンション左の2階でスタートしたのが32年前。安松マンションは外壁リニューアル済み

Img_0954 国道1号バイパス。前に見えるガソリンスタンドも昔のまま。夜勤明けの時、お出迎え

Img_0958 奥に見えるマンション。買えず。掛川の家が売れなかった。このマンション15年前に完成

Img_0963 磐田駅前。正面のホテル、掛川で泊った{くれたけイン}。

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左の道は昔の商店街。これだけ道を広くして街は寂れている。街づくり、都市開発?

Img_0976 これが昔の商店街。今この区画取り壊し中。でも最後の抵抗をしているお店も在る。

Img_0966 今年6月オープンのららぽーと磐田。駅前の商店街は寂れ東名磐田原のお店が栄える。

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無茶苦茶に広い。右は工業団地と倉庫。駅前が寂れるのもやむ無しか?車社会

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2009年11月 3日 (火)

掛川お庭踏み石、掛西、小夜の中山。

P1000232 これは掛川のオマケ。前の記事も見てね。

P1000178 今日は全国的に寒波到来。でも歩くと汗がにじむ。空が青いし風は無いし静岡は暖かい。これからお庭踏み石に向かう。知らんでしょう。足の裏の刺激。足の裏には本当の多くのツボがある。

それでも駅中心部からは遠い。道を聞いた時、そんなに遠くは無いと言われたが、歩くとメタボの体に効く。着替えのかばんが重い。でも懐かしくて豊かな街並みにキョロ、キョロ。

この先が国道1号線。良く車で走った道。あの日は再びは無いと思う事も無かった。何でだろう?時が未練の思いすら消したのだろう。

P1000179 保健センターの中庭に資生堂の庭にある(あった)足の裏の刺激の小石。小石と言っても驚くな。丸い石から尖がった石も在るだに。(静岡弁)。そうだに。なんか、久しぶりに聞く言葉。

それでも久々の再会は無人。偶々では無く落ち葉がある。こんな立派な道は関西に無い。しかもただ。

P1000195 ここは小石が丸い。足の裏に心地良い。直進すると石の形が変わる。石が小さくなり先がとがってくる。痛さに耐えられず道を外す。これが本当の踏み石を外す。まあ、歩かないと分からない。

右のカーブはショートカット。最初はこのコースでもしんどい。黙々とこの道を歩くと何故か痛みが消える。痛みに耐え切れなければ何処か内臓が悪い。本当にこの踏み石の考案者は凄い。

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静岡浜松、磐田、掛川、13年振りの思い出の地

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31年前に住んだマンション。君が1歳で兄貴が3歳。2回の左から2軒目。

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近くのゴルフ練習場。右側の建物が中華のお店。15,6年振りのオリオン、ポーラの社長兄弟と歓談。お互い年を取り苦渋の時を重ねる。仕事の種が実らず申し訳ない。でもこれから。空の青さがその事を暗示している。考えが甘い?次何時会えるかな?

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ららぽーと磐田。磐田原台地に大型ショッピングセンター。東名からも出入りが出来る注目のお店。全国ネットの経済ニュースでも紹介された。とにかく広い。しかし、駅からは意外に遠い。車社会は買い物の形も替えるのだろう。

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東海道線の木造の駅舎。余り変わっていない。でも駅前は様変わり。

Img_0984 泊ったホテル。激安4350円。但し狭い。泊るだけ。でも快適。安い事を求めればそれ相当のサービスになる事を知れ。

安ければ良いと言ってもそんなもんだろう。今価格破壊とか言われて安ければ良いと言われるが、物とサービスの価値には訳がある事を知らねばならない。

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P1000222_2 甚パチさん。何も変わっていなかった。変わった事と言えば入店したのが開店直後と言うのに満席。

鰻の焼きに時間が掛る。それでもまたされた甲斐は充分。一気にかきこむ。本当に鰻を満喫したければ松でなく、2段重ねかもしれない。

今は焼きを任せている主人が、食事を済ませて店を出た親父を追いかけて来る。お待たせしてすみません。又、お出掛け下さいと声を掛けてくれる。

掛川にいた時、話もしていないのに恐縮する。口コミで味の良さが有名になり、行き届かぬ点を詫びる。

でも変わらぬ味を保てば客は寄って来る。商売の醍醐味だろう。体に気をつけて頑張って下さい。握手をして別れる。

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2009年11月 2日 (月)

いよいよ明日、久しぶりに見る浜松、掛川、何しに行くの?

2度と行く事は無いと思っていた浜松掛川には多くの思いがある。だからその思いを断ち切りたかったのだろう。先月の初め、鉄人28号を見に行った神戸長田のの思いも同じだったのかもしれない。震災前の長田の記憶はほとんどない。皆無と言っていい筈なのに何故か親父の若き頃の思い出を叩き潰された、そんな震災からの復興を信じられなかったのだろう。

本当は今でも足を踏み入れてはいけないのかもしれない。阪神大震災で一瞬の間も無く1階を潰され娘さんを失った親父が探索に来てくれた自衛隊の人に頭を下げ、感謝の言葉を何度も何度も繰り返していたあのテレビの放送を忘れる事は出来ない。

しかし生きて行く事は非情です。どんなに哀しい思いをしても歳月の重なりと共に薄れて行くのでしょう。それだけでなく心の重しを外す為に心の整理をつける為に、やっとその気になったのでしょう。哀しい思いだけでは無く自分が生きた証の変化を見るのも、ある意味期待と野次馬根性も出て来たのだろう。そうでなければわざわざ行く事も無い。

明日(と言っても今日になる)の宿も初めてパソコンで予約する。君達には簡単でも親父にはそうでもない。途中で手が止まるから余計な事を考える。そのうち間違う。(笑う)その繰り返し。でも今回は成功。色々有ったけどね。これからはこの宿泊予約サイト使えそう?

さあ寝ないと明日起きれない。F-1アブザビはパス。着替えを入れて寝ます。Good rack。

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