今年の夏は不順、親父は元気だけれど、何時まで続くかな?
予期せぬ災難、災害、哀しみ。そんな不幸に直面した時、言葉を失う。これからどうすればいいのか?為すべき事が明確にならない。明確でなくても厳しい現実は容赦ない。どんなに嘆き悲しみ心掻き毟られても(かきむし)、ビデオのように現実の巻き戻しは無い。
自分の事は最愛の人でも多くを語りたくないが14年の時を過ぎても、無機質の淡淡とした不安の時を忘れた事は一時も無い。10年前に亡くなった親戚のおいちゃんが言っていたが、2度と喜びの時は無いと言われた言葉は、今でも重くそして納得の思いで受け止めている。
親父も最近はへらへら、ちゃらちゃらしているが心の底をかき混ぜれば、君と同じかもしれない。不安、苛立ち、焦り、多くの負荷をなんで好き好んで掛けていたのだろう?流石に干支が一周すればその思いも軽くはなっても、消え失せる事は無い。
人の思いとはそんなもんだろう。45年前故郷に帰省し風とうしの良い座敷で親父と一緒に聞いた戦没者慰霊式典の放送。あれからいろんな事があり親父も爺ちゃんの当時の歳を越える。人の世の憐れ(あわれ)さは人の思いを超越しているのだろう。
今回の集中豪雨の災難。一家全滅。避難途中の用水路に流される。先に旦那さんを癌で失い、2人の子供さんを懸命の思いで育てていた奥さんの無念の思いを慰める言葉が無い。運命とは時に無情。おいちゃんは神も仏も無いと言っていたが大雲院の大和尚は、今生の別れは来世の再会と言っていた。親父ももう少し頑張らないと皆に合わせる顔が無い。
「今時の若いもんは」 最近この言葉も余り聞かないが他人の事は良い。己の生き方が問われている事が分からない。素直な気持ちで自分を見つめ直す。今年も墓参りも出来ないが元気でいれば何時でも帰れる。その事だけは忘れずに居たい。生きるとはそんなもんです。
最近太り過ぎの自分を自覚するにつれ、休みの日にはウォーキングを欠かさない。以前は気合を入れて街中を抜けお気に入りの五月山、ハイキングコースを歩いていたが、最近は手抜きをしている。それでも城址公園までの道は楽ではない。体調がよくないと片道1.5キロの道は坂道も在り楽ではない。
途中の美術館。新築中でオープンは10月。
阪急宝塚線の創始者、小林一三氏の記念館
旧館が古くなり新築される。池田も古くから歴史と文化の街です。生活のレベルも様々です。ふるきを訪ねて新しきを知る。
故人の貴重なコレクションの品々を見ていると豊かさとは庶民の生活臭を超越する。
城址公園の入り口は緑の中にある。歴史はどれ位あるのか分からないけれど、この橋を渡りながら、見渡せば結構薄暗い。
今日は何故か、大手門入口に門番のおっさんが居る。一人ひとり呼びとめて要件を聴いている。先客の相手をしている間に通り過ぎる。
城内で入り口近くで買ったナタデココの清涼飲料を口にしながら、人の気配に不快な思いをしながら淡淡とした表情で一周する。「そうだ、今日は花火。天守閣の入場整理券か」。親父の目的では無いのでベンチに腰を下ろしただけで引き返す。
街中に戻り多くの浴衣姿を見てもいつものお店でパンを買うまでは、花火が近くに猪名川で打ち上げられるとは思っていなかった。この街に住んで何回か見たが静岡袋井見付の花火に叶わなかった。あの花火も中止になり眼と心を奪われる大花火に出会うのは無理かもしれない。今年の花火は家で聞く。音だけは腹に響く。でも時間は短かった。
夕食は何時ものスーパーでモヤシと焼きキス(珍しい、日本海香住産) これはモヤシとキスの炒めで塩コショウの味付け 久々の缶ビールに合う。Good。にんまり。ごぼう天も上々。飯は3個パックあったか御飯に味わいのジャコふりかけ。これもアツアツで御馳走様でした。
これからお風呂です。明日も同じペースかな。
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