暑い暑い、それでも残暑?避暑は山だな!
ウォーキング途中の美術館。でも今は閉館中。先日のブログで紹介したが、もうすぐ新館がオープンする。どんなコレクション見れるかな?
歩けや歩け。歩けば寿命が延びる?それは無い。掛川大雲院の大和尚言ってたな。人の寿命はオギャーと生まれた時に決まると。
親父の寿命はどうだろう?
バラの盛りは過ぎたけれど、まだ残っている。今年は遅れたけれど来年は、どれ位弦(ツル)が伸びるだろう。まだ無理かな。
やっと夏らしい暑さになるが、今年の夏は不順。親父は体が資本だから、ダウンしたらお終いだけれど、深紅の花びらも同じだろうか
又、来年待ってろよ。
若葉して御目の雫拭わばや (芭蕉)
故郷の我が家の入口の階段の上にあった金木犀(きんもくせい)。こんなにこんもりしていなかったが、幼き日々の思い出。
今は見る事は無くても心の中に生きている。人の思いも心の中で生き続けるのだろう。
大阪は暫くは熱帯夜が続く。高原の夜が羨ましい。君と行った先島諸島の波照間の夜は満天の星だったが、故郷の夜も負けてはいなかった。幼い頃、当然エアコンも無かったが熱帯夜も無かった。あの頃と比べて生活は豊かになったのだろうか?比べ物にならないほど変わり、今はあの当時より生活は貧しいかもしれない。しかし、それも自分の生き方で変わる。
長い間、このクソ暑い大阪で汗をかきながら熱帯夜の夜を過ごしてきた。でもそれもそろそろ良いだろう。遠く飛騨、長野まで足を延ばさなくても近くにも涼しい処は幾らでもある。そしてそこに住む人は都会に住む人が感じる以上に豊かな生活をしている。知らないだけ。
お馬鹿なテレビも視聴率しか眼中にない。自然に充ち溢れた地方が貧しいのは若者が少なくなった事かも。それでも農村も漁村も昔のイメージは無くなっている。それを知らないだけだろう。自給自足。地産地消。遠くに出かけなくても少し足を延ばせば涼しい思いが出来る。
涼しいだけでなく心が豊かになる。美味い物が食える。生活も医療も不便でもそれに耐えられる体作り。多くの人は勘違いしても親父はそう思う。1人の田舎暮らしは多くの困難が伴う。元気でなんでも出来なければアウトだろう。後どれ位働けるか分からないが、その時、その事が問われる。ああ。しかし、御同輩、あんたも何時までも元気で居れる保証は無い。
景気回復?官僚発表のマクロ経済指数(今回は国民総生産)が年換算で3%?しかし、株式市場は景気の実態が厳しい事を見抜いている。世界の経済のリーダーがアメリカから中国に変わる?その上海株式市場にも黄色信号が点滅している。中国経済の思惑が外れた時、この国のエコノミストはどんな顔をするのだろう。
4~6月の国民総生産(GDP)が上向いたと言っても、特定の限定された分野だろう。これだけ低所得者が増えれば物が買えない。だから物が売れないのかと思いきやそうでもない。買える人が少なくなっただけだろう。その事が明確になった事に気付かなければならない。
家計を10年後に100万プラス そんな事はないだろう。反対は間違いないだろうが。それどれの家計はそれどれで計るしかない。人に頼らず己の能力を磨け。政党のマニュフェストに成長戦略を書けと言われても無理だろう。今よりマシになるかさえ誰にも言えないだろう。
それでも棄権せず投票権を行使しなければこの国は変わらない。行使しても同じだと言う前にこの国のかたちに風穴を開ける、それ位の気概あっても良いだろう。それがアホだと言われてもこれからの社会はそんな時代になるだろう。格差を無くすと平然と言えるのはお馬鹿な政治家だけだから。
今、ハローワークに行ってみると良い。どれだけの人が職を求めて希望が叶っているか。派遣切りは許さないとか言った処で自分達は何様だと思っているのか?政治家が何でも出来ると思っていたら大きな間違いだろう。世界的な経済不況で中国の成長が期待されているが経済は基本的には技術革新、技術開発、技術創造だろう。
この国がアメリカの優れた技術を真似てコストを下げて、経済大国になった様に、暫くは中国も同じ道を歩むのか?ただ違う事は国家体制、経済体制だろう。共産主義の国で資本主義が幅を利かす。何たる皮肉だろう。今更国家の体制も問題ではないのかと思いきや、多くの矛盾の中でその克服は難しくなっている。その事も問われる。
これからの経済発展の礎は国内の問題点の整備だろう。どんなに経済のパイが大きくなった処で全ての人が満足出来る豊かな生活は無い。生活困窮者は自業自得とも言われるが自分の3年後の生活を設計出来なければ、それも受け入れなければならない。
今月末の選挙でも各党が尤もらしい事を言っているけど、期待する物は何もない。あるとしたら政権の交代だろう。大体出来もしない構造改革とか郵政民営化とか言いながら、この4年間何がどう変わった?その総括だけはしてもらいたい。それが出来るのは有権者だろう。
それも無い?誰がやっても同じ。何も期待はしていない?今迄そう思っていた無関心の人達に今回どんな投票行動が起きるのか?それも何故か眼に見える。それ程の政治しか出来なかった与党の責任を明確にしないまま、有権者の支持を求めるのだろうか?そうらしい。
テレビで博多の屋台の店主が選挙に行かない人に貴重なアドバイスしている。政治を変えるのは組織や団体票だったが、これからは違う。今迄投票行動をしなかった支持する政党が無い無党派層だと言う。親父もそう思う。今迄立派な事を言いながら出来なかったのは、それを許してきた有権者だった。流石に今度はそうは行かない処まで生活が落ちた事に、政治家先生が気付いていないのかもしれない。
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