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2009年8月

2009年8月30日 (日)

遅すぎた有権者の審判がこれからどう生きるのか?

今回の国民の審判は歴史の判断に如何耐えられるかは、これから何が出来るかに架かる。政権の交代だけでも大変な事だが政権与党の大敗は、これまでの憲政史上例が無い。政策に瑕疵(かし…欠点、傷)が在っただけでなく、皮肉にも前回4年前の小泉郵政改革の反動がでている。今回の選挙で問われた事はあの時、声高に語られた「これまでの利権体質、自民党の体質をぶっ壊す」だったのだろう。

当選回数を重ね(当然、歳を重ねても)地域、地盤の利益を誘導しても、有権者の生活をより良く出来なければ必然の結果だろう。地方も都市も多くの人の生活基盤が危機的状況になれば、この結果も当然かもしれない。(このブログを書いているのは競馬中継を見ながら。選挙結果は出ていない。)それでも文章の書き直しはないだろう。

民主の大勝も手放しでは喜べないだろう。経済の立て直し、インフルエンザ対策、雇用不安、失業対策、年金、医療、高齢者、子育て支援、その他多くの問題が山積し早急な対策を求められている。外交もアメリカにたてつけばオバマの出方も分からない。

ブログで圧倒的な野党の支持者は「温かく見守り育てよう」と優しいが、マスコミは株式市場、アメリカの対応は果たしてお手並み拝見と行くのだろうか?小沢前党首の影響力は大きくなり多くの異なる考えを束ねる手腕が在るのだろうか?それは無い物ねだりの気がする。

君と電話の度に不快な思いをする行政の専門官僚の出方も分からない。小泉内閣で田中真紀子外相が事務方のトップと対立したあの官僚のふざけた姿が日常化するのだろうか?それも出来ないほど既成の組織をどれだけ変えられるのだろうか?それも難しいかも。

よきにつけあしきにつけ、この国は中庸(ちゅうよう…1つの考え方に偏らず中立。極端に走らない。)を好む。一般の国民ですらそうだから過失、不足を好まない官僚が政権が変わったとしても、変れるのだろうか?難しいだろうな。それでも変われなければ生き残れない。

その厳しさを政治家がどれだけ変えれるのだろう?全ては新政権の影のボス、小沢前総理の思惑が左右するだろう。その思いに自公政権の失策をどれだけ生かすかが問われるが、実権を手にすれば「壊しの小沢」のイメージがいかんなく発揮されないだろうか?

小泉前総理は「自民党をぶっ壊す」と得意げに豪語し、その目的を達成して?引退したが小沢影の党首は本当に官僚支配に政治経済外交の体制を壊せるのだろうか?保守本流の思惑と官僚体制の打破は意外に両刃の剣で、脆くは(もろくは)ないだろうか?

いずれにせよ生活弱者の問題は政権が変わっても変わる事は無い。医療も年金も高齢者の老後の生活も身障者の生活保障もそう簡単ではない。この国の政治体制の変化はその程度の物だろう。唯、間違いなく年寄りがのさばる体制は変わる。しかし、若い政治家に何が出来るかと問われれば、彼等もまた苦渋の選択を重ねるだろう。それが現実の厳しさ。期待しています。選挙民の1人、1人の思いを忘れなければ困難に立ち向かえるだろう。

注目の選挙結果が出る。しかし、笑ってはいけない。マスコミの出口調査と事前分析で公式の選管の発表前にこれ程の報道をして良いのだろうか?今回の結果は日にちが変わる前にはっきりするが政権与党の大敗は、国の内外に与える影響が少なくない。

その大きさがどれだけの物なのか?万歳を叫ぶ当選確実の本人自身が実感しなければ、次の審判に耐える事は出来ない。その重みをこれから痛感しなければならない。開票速報が0%で当選が予測される意味は、余りに厳しい。政権交代が実現しこれから重責を担う政権政党は、イバラの道を歩く決意が求められる。

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2009年8月28日 (金)

無関心の壁が叩き壊される時

穏やかでないがその日がカウントダウンされている。本当の政権交代の実態は多くの人は知らない。親父も64年間生きてきた中でその時を経験していない。長い間、多くの人が多くの事を問題点にしながら、先送りして来た事が今度の政権交代で何がどう変わるのだろう?政治はギャンブルでは無いと政権与党が声を枯らしても、どうしょうも無い所に押し込めた反省が無ければ、予想以上の結果が出るだろう。

それにしても圧倒的優勢が伝えられる政党に何が出来るかと言われると、これも分からない。厚生労働省の役人がこれから新型インフルエンザが爆発的に発症するとコメントしているが、それも同じだろう。このまま行くと対応できないと言いながら、予防と対策が何も見えてこない。この前まで安全宣言をしていたのは何だったのだろう?

親父達は感染の確率が低いというのも、何たる皮肉だろう。一番気を付けなければならない幼い子供達の新学期が始まれば、問題は一気に社会不安となるだろう。新政権が真っ先に対応が求められる。何が出来るのだろう?その覚悟があるのだろうか?

雇用の破壊も大きい。景気の回復が株式市場だけでなく、選挙で大敗が予想される与党経済対策の責任者にもその認識は低い。新政権が経済のかじ取りが出来るのが遅れたら、失業者の増加もネズミの繁殖の様に加速して、他人事では無くなるだろう。

流石に今度の選挙では無関心では済まされないと思いきや、そうでもない人も少なくない。大体、問題の実態が見え難い。自分が当事者にならないと問題の深刻さが分からないのだろうか?そうではないのかもしれない。日々の生活が成り立たなくても何とか出来る、何とかなると思っているのだろうか?そうではない。自ら立ち上がらなければ座して死すしかない。

その厳しさを如何伝えるのだろうか?この国は共産主義でも社会主義でもない。自由で資本主義?その事さえも否定は出来ないだろう。公正で無駄をなくすと言ってもどれだけ出来るのだろう?言うは易し、行うは難しと為らないのだろうか?為るだろうな。為っては困るけれど。それでも誰がやっても同じとは言うな。天に唾(つば)するのと同じだから。

前回の小泉郵政選挙で圧勝した自民公明の凋落は、多くの政治的教訓を残す。昔、言われた「声なき声」、今は何と言うのだろう。「無党派層」 それも違う気がする。怨念、勝ち馬に乗る、小泉の自民党をぶっ壊すと叫んだ言葉がまさに現実の問題となる。

それにしてもマスコミも同罪だろう。政権が交代したら言う事も変わるのだろうか?多くの問題をオチャラケと食い物と旅番組、ノリピーの麻薬放送で尤もらしい報道の無責任を、どう総括するのだろう。何も変わらず同じことを繰り返すだけだろう。

これからの生き方はますます厳しくなる。格差を無くす?共産主義の中国でもそれは無い。この国の経済体制は民主政権でも何も変わらない。生活水準も同じだろう。違う事は今迄と同じやり方は通用しない事だろう。何も変わらなければ次の選挙で自民が復活?それは無いだろう。政界再編、それが進む気がする。

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2009年8月27日 (木)

お願いしますも後、2日。もんだいはそれから・・・

P1000111 久々に職人さんの腕を見る。メタボな親父、少年の頃、柿の木から落ちた親父には、樹の上で身軽に剪定鋏(せんていばさみ)を動かす庭師に眼を見張る。

この画像で姿はぼやけているけれど、確実な庭師としての仕事。其処にはお願いの言葉は無い。

今週末、正確には今度の日曜日、政権交代の選挙が行われるが、候補者と党首のお願いしますの意味は、何だろう。

庭師が見据えている物、それは枝先だけではなく、その先に見える全体のバランスだろう。政府に求められる事は少なくないが、優先順位の選択に混乱は無いだろうか?

在ったとしてもそれもまた、生みの苦しみ。困難に立ち向かう雄々しさ。庭師の目線の先には、政界再編か。そんな気がする。

P1000117 剪定された葉先。枝先から若葉の香りがする。夏が終わり秋が来ると言うのにこの活力は何だろう?

これが庭師の技。枝先の剪定(せんてい)は唯、葉を落とすだけでは無い。陽を入れ、風を通し大木に息吹を掛ける。

これがプロの技と言えるのだろう。近くで見ると若葉の頃を実感し、離れて見るとすっきりしている。

P1000116 春、桜の写真を撮った樹が、無残な姿を晒す(さらす)。でもこの幹は春、既に枯れていた。

美しい花びらを見せて呉れたのは、右下の幹と左上の幹。この幹だけが何故枯れたのだろう?生命力?虫害?

P1000114 ゴムの新しい葉が段々、緑色に変化している。今は見る角度でピンク色が残るが、そのうち完全に緑に変わる。

これからお風呂、行ってきます。

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2009年8月26日 (水)

,大分涼しくなったけど、夏の疲れは出ていないかな?

今年の夏は太平洋高気圧の張り出しが弱く、15年ぶりのお米の不作が予想されている。田舎の生活が分からないと本当は飯が食えないのだけれど、今はコメ余り、野菜、魚、肉も同様。しかし食の安全保障は既にこの国の消費者は放棄している。

自分の体を支える大事な食べ物が、何処で造られどれだけコストが掛り、そして生産地から消費地までどれだけ多くの人の労力を必要としているか、そんな物は考えようとしない。否、考えたとしてもそれだけの価値を見いだせないのだろう。安ければ良い。価格破壊がすざましい勢いで進んでもそれを良しとしている。袋一杯幾、詰め放題、そんなセールをテレビで見るとアンタの旦那の給料も同じで良いのかと怒鳴りたくなる。

価値のある物は高い。価値が無いから安いと思わなくなった消費者は次に何を求めるのだろうか?要らない物、余る物、不要不急の物は買わない。今、大型の冷蔵庫が売れて家電メーカーはにんまりしていると言われるが、国民のどれだけがそんな広い部屋に住んでいるのだろう。そのうちその家のローンも払えなくなる事を予感出来ないのだろう。

これから、大変な世の中になる。人々の財布の中身が無くなり貯蓄も取り崩さなければならなくなった時、明日の糧を何処に見出すのだろう。景気の底は打ち回復の兆しが見られるとお馬鹿な財政当局のコメントと、都合の良い事ばかりしか見ない経済評論家のコメントはそのうち、打ち崩されるに違いない。その反対の数値ばかりが強調されても価格破壊が続く限り個人の生活は楽観を許さない。

今週末の選挙で政権が交代しても、個人の消費を拡大すると言われてもそれは政府の仕事ではない。もし、本当に実行しょうとしたならば(出来る訳も無いが)そのお金は何処から出てくるのだろう?確かに今の財政と行政には多くの無駄使いと税金泥棒も少なくないが、どの行政機関がその掘り起こしをやるのだろう。政府がやる?内閣がやる?それは出来ない事をやろうとした小泉改革と何も変わらない。その事もいずれ明確になる。

それでも勘違いと見間違いをしてはならない。政権交代がこれだけの支持をされ現実の問題になったのか、その重みを無視してはならない。余りに国民と納税者を馬鹿にした利権集団。その政策がこれ程のひどければ当然の退場要求だろう。政策選択と言った処でその政策が支持されなければ、総理自らが責任を取るしかない。間違いなく選挙の結果は厳しい。

親父の様な年寄りが出る幕は無いが、議員バッチの外れた先生達がこれから生きる道も厳しい。それでも一番大変な人は生活弱者だろう。今度の選挙でもその事も問題になっているが、何故か美味しい言葉だけが空回りしている。多くの問題は政策だけの問題では無い。

民主党のマニュフェストに書かれてある子育て支援、財源は無駄の排除からと言われても、ホントかかなと思う有権者が多いのも、これ又当然だろう。その事も政権獲得後、問われる。(ここで休憩)

豊かな生活、安定した生活、安心できる生活。今それを求める事は無い物ねだりだろう。これからの親父世代は言うまでも無く、働き盛りも若者もその事を見失えば間違いなくアウトだろう。政治に何かを求めるのではなく自分達に何が出来るか問われていると、アメリカのケネディ大統領が就任演説で国民に問いかけたのは親父が19の時。

その事がやっと、この国で現実の問題となっている。その事がどれだけ分かっているのだろう?殆ど分かっていないのだろう。今から45年も前にケネディが問いかけた言葉は、その後1年もせぬ内に本人がダラスで暗殺される。アメリカはその後も国際的にも軍事的にも経済的にも飛躍的な発展を遂げるが、皮肉にもそれを支えた原動力は名も無き国民と無名な英雄で有る事を知らなければならない。

この国でもそうだろう。これからの国の在り方を声高に語るリーダー達も、今週末の選挙で多くの人が唯の人となる。ケネディの様に華やかなパレードも悲劇的な暗殺も無いけれど、過去の人となる。それでもこの4年間の間違いを間違いなく分析は出来ないだろう。

何も知らないと言われる親父でも、それ位の事は分かる。政治の世界は一寸先は闇と言われるが、一寸先どころか長い間、国民無視の政治を続けた代償は小さくは無い事を思い知るだろう。手遅れだけど。政治家先生だけでなくその支持者も失う物は大きい。

親父は今、背中の痛みで難儀している。それでも年の割には健康で生きて行けるのも、両親のお陰だろう。背中の痛みを感じたのは1月位前だったろうか?それでも何時もの就寝ポーズ(横になり掛け布団を抱き込む)を取れば、眠りに落ちていた。

今でも痛みがひどくて寝れない事は無いが、背中の鈍痛が胸にも廻り始めるとやばいと感じる。先日、思案の結果、2年と4年前に行った整体屋さんに行く。「骨がもろくなったのだろうか」「骨が白せん菌(水虫菌)に浸食された?」 笑われる。

電気マッサージと背中の筋肉の揉みほぐしを受ける。(バリバリです。カチカチ。堅い。)久しぶりのマッサージを受けながら体が笑っている。先生が言うには(本当かどうかは定かでない)骨の異常は折れるか、もろくなるか。殆どの痛みは筋肉痛。それが鈍痛となり痛みを感じる。(これ先生のうんちく。説得力ある。)駄目押しに決定打。筋肉痛の対処法はストレッチ。出来るかな?無理だな?これから歳を取るのだから運動をサボると寿命は縮む。

背中を抑えながら笑われる。背中の脂肪を落とすのは腹と同じく難しい。これからその事を忘れずにストレッチして下さいと言われる。暫くは体質のスリム化を求められている。

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2009年8月23日 (日)

24節気(中国の古い暦)では処暑(暑さが和らぐ) 少しは凌ぎ易くなる?

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仕事がお休みのお昼のお弁当。先日、通販で買った簡易のベッドの上に置かれている。この弁当も結構長い。仕事の時、帰りにお惣菜を買うお店のお弁当。肉と魚があり買うのは魚。稀にお店のおばちゃんが注文を聞くとぶっきらぼうに魚と答える程に常連。

時々不快な事を言われたり思ったりすると、暫くは足が遠くなる。2度と行くかと思いながらも弁当とおかずが買えるようになってから、親父の栄養源となっている。お店の主人は親父より年上だがおかんが同じ年。結構、きつい言葉を平然と口にしている嫌な客だろう。

近くにお気に入りの喫茶店もあるが、此処のコーヒーは美味い。しかし、最近客の資質が悪く足が遠くなっている。狭いお店で接近した席ででかい話と常連には閉口する。自分の事を棚に上げてと言われるだろうが、流石の親父もそれは無い。?

食いものは自分で造るのが一番と言われるが、親父は我儘で自己中だから始末が悪い。一世を風靡した(この言葉も知らんだろう。いっせいをふうび-その時代に多くの人に知られる)白馬王子、映画、テレビの人気スターだった人でも最後は憐れだから、多くの凡人は言うまでも無いだろう。それが多くの人の定め。その事をこの飯を食いながら思った事は無い。

このお弁当は500円。安くは無いが高くも無い。物の価値は手にして口にして味わって見ないと分からない。どんなに浮かれてもどんなに落ち込んだも、暖かくて美味い物を食ってみろ。それまでの砂を噛むような苦々しさも、一気に吹き飛ぶだろう。

食事とはそんなもんだ。飯が食えない頃パンをかじりながら腹一杯の幸せを思っていた。その様がメタボ。飯はどんなに食えるようになっても腹8分。食い過ぎは体に負荷をかける。今そんな有様になっている。人は己の不健康を棚に上げ人の事を口にする。人の事はどうでも良い。己の醜さを鏡に写せ。自分には醜さが無い。それが醜さです。

昨日、山に行けず。こんな無様な生活をしているとそのうちベッドの上の生活が、手招きするに違いない。これから涼しくなる。天高く馬肥ゆる秋。努々(ゆめゆめ)忘れるな。 健康法は歩く事。昔の人は平均寿命は長くは無かったが、現代人が考える以上に長生きをしている。

貧しい食事、質素な生活、医療の技術は低くても鋼(はがね)の体が、長寿の日々を支えていたのだろう。「としたけて、又こゆべきと思いきや、命なりけり、小夜の中山」 西行。インスタントラーメン食いながらシニアゴルフの番組を見ているようではアカンな。

ゴルフも長い間していないけれど、クラブも処分しているので貸しクラブではアカンわな。ゴルフ場の近くに住んでも死ぬまで、ゴルフの機会は無いかも。それ程にゴルフが出来る環境は簡単ではない。若い頃、六甲ゴルフクラブの近くで「止まってる球ぐらい打つのは簡単だろう」と馬鹿にしたツケを、払っている。まあみていろ。再びの時は無いかもしれないがシニアゴルフ猿位にはなれるかも。

夕方、散歩に行く。最近は山の手前のバス通りで引き返している。今日もそうだった。夕暮れの写真撮りました。画像挿入します。

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正面の山を見ながら喘ぎながら歩く坂道。今日はゆっくりと休みながら足の感覚を楽しむ。

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夕日が眩しい。静かな夕暮れ。昔のサムライもこの景色見たのだろうか?

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城址公園の花。葉の花。母さんの花。樹の名は分からない。分かったら教えます。

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君に叱られるけれど君に買ってもらったデジカメでこんなに綺麗な空の雲が撮れました。

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調子に乗ってもう1枚。日中はまだ暑いけど大気は少しずつ変わっている。

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道はこんなに暗くない。夕日に焦点を当てて撮って見た。どうだ、ビューティフルなアングル。

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夕やけ小焼けで日が暮れて、山のお寺の鐘がなる。(もうそんな風景は無いな)。あれは9年前の事だったろうか?愛知の揖斐川上流で聞いた有線のチャイム。仕事の終わり、区切りがつかずに聞いていた。自分の置かれた立場を思い知りながら何故か、疲れていた。

あれから多くの歳が流れ、こうして元気に夕日が見れる事に感謝しなければならない。夕日を良く見ると大の字にも見える。親父の歩きに祝福の形を現したのだろうか?それは無い。しかし、この写真が何よりの祝福だろう。今迄の苦労が実るかな?稲穂も実りの時だね。

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2009年8月22日 (土)

公園の手品師

この歌を藤田まことがフランク永井への追悼の言葉を添えてNHKの番組で歌ってくれた時、恥ずかしながら親父は涙を流していた。あの熱き思いは一体何だったのだろう。全ての人が若き時から輝きの時を過ぎてて、老いの時を迎える。今では親父が生きた若き頃と違い大スターは居なくなった。なんか訳の分からない飛んだり跳ねたりしながら、がなりたてる歌手も少なくなったが、しみじみとした歌はほとんど聞けない。そんな歌も聞かないしレコードも無くなった。今はCDと思いきやそれも買いもせず、携帯からダウンロード?年寄りはお呼びでは無い。そのフランクが失意の時、自殺を図る。昭和40年の後半の話。それから長いリハビリの時を姉さんが支える。本当に命の重みと支えの時は長い。

藤田まことの様な大スターにも不遇の時は在り、地方のキャバレー廻りをしていた時、フランク永井の応援を受ける。さりげない追悼の話と歌を聞きながら人の哀れと悲しさを感じたのではなく、優しさと感謝の思いに涙したのだろう。人は嬉しい時、楽しい時ばかりではない。

本当に絶望の淵に立たされた時、支えて呉れる人の思いを噛みしめるのだろう。人は予期せぬ定めに押し流される。その時再びの思いを重ねるには、意外に多くの偶然が重なる事を多くの人は知らない。

「がたろ横丁で、行き暮れ泣いて、ここが思案の 合縁奇縁 おなごなりゃこそ 願かけまする 恋の思案の 法善寺」  大阪ぐらし 作詞 石濱恒夫

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公園の手品師は銀杏の歌です。

銀杏は手品師老いたピエロ。薄れ日に微笑みながら季節の歌を、ラララン、ラララン、歌っているよ。

口上は言わないけれど、慣れた手つきでラララン、ラララン カードを撒くよ

何もかも聞いていながら、知らん顔をしてラララン、ラララン すましているよ。

銀杏が紅葉して黄色の落ち葉を散らすのは11月も終わり。その時どんな顔をして見ているかな?

さあこれから五月山に行くよ。 

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2009年8月21日 (金)

小泉改革の終焉 小沢改革に求められる物

P1000110_2 4年前の改革の嵐は一体何だったのか?小泉の問いかけた事は郵政民営化だったが、国民の求めた事はそれだけでは無かった。利権、コネ、不正の排除。民で出来る事は民でやる。

親父はあの時、都会の小泉フィーバーに失望した。都会で暮らす事、仕事をする事、生活をする事はそんなもんでは無いだろう、そう思っていた。

あの時の思いは間違っていなかった。その事は無条件の支持を受けた筈の、小泉改革が後退どころか、方向転換をした時から、風向きが変わる。

小泉の後を受けた安倍の体たらく、福田の誤算、そして解散をするしかなかった麻生。解散の時期は結果論ではなく、去年の暮れがリミットだった

あの時の判断ミスは、一体何だったのだろう?千歳一遇のチャンスと入れ知恵した側近は、今度の選挙で落選する?それだけでなく、選挙結果は結党の危機だろう。存在さえ問われる。4年前の大勝の倍返しと言うには、あまりに無残としか言えない。奢れる者久しからずの格言を忘れてはならない。

このゴムの樹ですら、軌道修正をしている。この枝は今迄紹介した物とは違う。このまま左に伸びたら摘み取られると思ったのか?それは無いだろう。しかし、無意識の方向転換だろうか?赤い部分は花では無い。葉っぱ。この表面がタケノコの皮の様に開けば、それが葉となる。両側に見える堅い緑色の葉になった時、次の成長が始まる。それが定め。政治の世界でも日々の生活でも同じだろう。それを見失ったとき役目は終わる。

この親父のつぶやきは国民の審判が終わってから見直して貰いたい。親父が言うほどの大きな変革は無いというコメンテーターとマスコミの予想が多い。しかし、御同輩、予想の反対は嘘よ(うそよ)。お分かりか。政権交代のインパクトは大きいが小泉と同じ轍を小沢が踏まないとは誰も言えない。問題は小泉の教訓が生かせるかだろう。

生かせないだろうな。なんかそんな気がする。政権交代のマニュフェストに厳しさが無い。美味しい言葉が並ぶ。子育て支援、農家の所得保障、バラマキでないと言うには余りに大盤振る舞いだろう。それでも圧倒的な支持を受けるのは政権の政策が、余りに悪かったからなのか?景気対策にどれだけの税金と借金を重ねても、支持されないのは何故だろう?

答えは簡潔明瞭。上に立つ人の見識と指導力。それが無ければ何をやっても駄目。今、テレビの音量をゼロにしてジャズを聴いている。これは良い。各党の党首に古館がインタビューしているが音を聞くまでも無い。政府が仕事を造る?郵政民営化の見直し?道路財源の確保?革命か継続か?誰もそんな事は考えていない。

何はともあれ、選挙に行こう。そして大きな期待をするな。期待が大きいと必ず失望する。仕事帰りのサラリーマンがいみじくも言っていた。宣伝文句に惑わされるな。この4年間の時の反省が無ければ次に進んではいけない。出来もしない事に期待せず自分は何をすべきか、その事が問われている。尤もらしく多くを語るな。淡淡と清き1票。それで良い。

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2009年8月17日 (月)

暑い暑い、それでも残暑?避暑は山だな!

Img_0666 ウォーキング途中の美術館。でも今は閉館中。先日のブログで紹介したが、もうすぐ新館がオープンする。どんなコレクション見れるかな?

歩けや歩け。歩けば寿命が延びる?それは無い。掛川大雲院の大和尚言ってたな。人の寿命はオギャーと生まれた時に決まると。

親父の寿命はどうだろう?

Img_0667 バラの盛りは過ぎたけれど、まだ残っている。今年は遅れたけれど来年は、どれ位弦(ツル)が伸びるだろう。まだ無理かな。

やっと夏らしい暑さになるが、今年の夏は不順。親父は体が資本だから、ダウンしたらお終いだけれど、深紅の花びらも同じだろうか

又、来年待ってろよ。

Img_0669 若葉して御目の雫拭わばや (芭蕉)

故郷の我が家の入口の階段の上にあった金木犀(きんもくせい)。こんなにこんもりしていなかったが、幼き日々の思い出。

今は見る事は無くても心の中に生きている。人の思いも心の中で生き続けるのだろう。

大阪は暫くは熱帯夜が続く。高原の夜が羨ましい。君と行った先島諸島の波照間の夜は満天の星だったが、故郷の夜も負けてはいなかった。幼い頃、当然エアコンも無かったが熱帯夜も無かった。あの頃と比べて生活は豊かになったのだろうか?比べ物にならないほど変わり、今はあの当時より生活は貧しいかもしれない。しかし、それも自分の生き方で変わる。

長い間、このクソ暑い大阪で汗をかきながら熱帯夜の夜を過ごしてきた。でもそれもそろそろ良いだろう。遠く飛騨、長野まで足を延ばさなくても近くにも涼しい処は幾らでもある。そしてそこに住む人は都会に住む人が感じる以上に豊かな生活をしている。知らないだけ。

お馬鹿なテレビも視聴率しか眼中にない。自然に充ち溢れた地方が貧しいのは若者が少なくなった事かも。それでも農村も漁村も昔のイメージは無くなっている。それを知らないだけだろう。自給自足。地産地消。遠くに出かけなくても少し足を延ばせば涼しい思いが出来る。

涼しいだけでなく心が豊かになる。美味い物が食える。生活も医療も不便でもそれに耐えられる体作り。多くの人は勘違いしても親父はそう思う。1人の田舎暮らしは多くの困難が伴う。元気でなんでも出来なければアウトだろう。後どれ位働けるか分からないが、その時、その事が問われる。ああ。しかし、御同輩、あんたも何時までも元気で居れる保証は無い。

景気回復?官僚発表のマクロ経済指数(今回は国民総生産)が年換算で3%?しかし、株式市場は景気の実態が厳しい事を見抜いている。世界の経済のリーダーがアメリカから中国に変わる?その上海株式市場にも黄色信号が点滅している。中国経済の思惑が外れた時、この国のエコノミストはどんな顔をするのだろう。

4~6月の国民総生産(GDP)が上向いたと言っても、特定の限定された分野だろう。これだけ低所得者が増えれば物が買えない。だから物が売れないのかと思いきやそうでもない。買える人が少なくなっただけだろう。その事が明確になった事に気付かなければならない。

家計を10年後に100万プラス そんな事はないだろう。反対は間違いないだろうが。それどれの家計はそれどれで計るしかない。人に頼らず己の能力を磨け。政党のマニュフェストに成長戦略を書けと言われても無理だろう。今よりマシになるかさえ誰にも言えないだろう。

それでも棄権せず投票権を行使しなければこの国は変わらない。行使しても同じだと言う前にこの国のかたちに風穴を開ける、それ位の気概あっても良いだろう。それがアホだと言われてもこれからの社会はそんな時代になるだろう。格差を無くすと平然と言えるのはお馬鹿な政治家だけだから。

今、ハローワークに行ってみると良い。どれだけの人が職を求めて希望が叶っているか。派遣切りは許さないとか言った処で自分達は何様だと思っているのか?政治家が何でも出来ると思っていたら大きな間違いだろう。世界的な経済不況で中国の成長が期待されているが経済は基本的には技術革新、技術開発、技術創造だろう。

この国がアメリカの優れた技術を真似てコストを下げて、経済大国になった様に、暫くは中国も同じ道を歩むのか?ただ違う事は国家体制、経済体制だろう。共産主義の国で資本主義が幅を利かす。何たる皮肉だろう。今更国家の体制も問題ではないのかと思いきや、多くの矛盾の中でその克服は難しくなっている。その事も問われる。

これからの経済発展の礎は国内の問題点の整備だろう。どんなに経済のパイが大きくなった処で全ての人が満足出来る豊かな生活は無い。生活困窮者は自業自得とも言われるが自分の3年後の生活を設計出来なければ、それも受け入れなければならない。

今月末の選挙でも各党が尤もらしい事を言っているけど、期待する物は何もない。あるとしたら政権の交代だろう。大体出来もしない構造改革とか郵政民営化とか言いながら、この4年間何がどう変わった?その総括だけはしてもらいたい。それが出来るのは有権者だろう。

それも無い?誰がやっても同じ。何も期待はしていない?今迄そう思っていた無関心の人達に今回どんな投票行動が起きるのか?それも何故か眼に見える。それ程の政治しか出来なかった与党の責任を明確にしないまま、有権者の支持を求めるのだろうか?そうらしい。

テレビで博多の屋台の店主が選挙に行かない人に貴重なアドバイスしている。政治を変えるのは組織や団体票だったが、これからは違う。今迄投票行動をしなかった支持する政党が無い無党派層だと言う。親父もそう思う。今迄立派な事を言いながら出来なかったのは、それを許してきた有権者だった。流石に今度はそうは行かない処まで生活が落ちた事に、政治家先生が気付いていないのかもしれない。

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2009年8月16日 (日)

夜と朝の一杯(今日の新聞のコラムから)

最近休みの日の朝食はお気に入りのお店でモーニングセットが多い。そのとき手にしている新聞が日経。なんか経済新聞を手にしてコーヒーを飲んでいると自分がrich(金持ち)な気分になるから可笑しい。本人に全くその気分が無いかと言えば無くも無いが、結構真剣に1面から紙面をめくっている。

それでも興味のある記事を真剣に読むだけ。最近、お馬鹿が多くなり如何でも良い個人的な話をグダグダ言う人は多くなったがマスコミにもその傾向はある。景気が悪い、雇用が不安だ、先行きの見通しが見えない。多くの事が言われても事実の報道が少ない。結果論は誰でも言えるのに、尤もらしい解説と過去の事例を引きながらの予測ほど、聞き苦しい物は無い。今度の選挙で誰が何と言おうと政権交代が行われるのは、為政者にその反省が無いからだろう。

そんな気持ちも新聞を手にする時は少しは期待もある。今日の記事にそんな思いを満足させて呉れるコラムがある。全文紹介します。これを実行すれば体は変わる。自分の体はその程度の物です。あとは食事。良く噛んで献立のバランスを考えれば体は必ず変わる。

Sunday 日経 水で建やか。「夜と朝の一杯」 藤田 紘一郎 人間総合科学大学教授

暑い夏の日、渇いたのどを潤す一杯の冷たい水ほどおいしいものはない。まさに心身共に生き返るようなさわやかさを覚える。

朝起き抜けにコップ一杯の水を飲んでみよう。その水がおいしく飲める限り、私達は健康な生き方をしていると思ってよいだろう。逆に、ムカついたりすると、食生活をはじめ、生活が乱れていて健康を害しているはずだ。

私たち人間の体はほとんどが水だ。新生児では体重の80%、大人になると体重の60%が水で構成されている。水は体内のいろいろな組織に栄養物を運び、代わりに老廃物を運び出す。水の循環を主につかさどっているのが腎臓で、大人では一日に180リットルの老廃物で汚れた水を浄水している。一升びん100本分の水を再生していることになる。

一日に飲料水などによって体内に取り入れる水は、約2,5リットル、また、尿や汗などで体外に排泄させる量も2,5リットル。体重70キロの人だと、約40リットルの水分を常に体内に保持し、2,5リットルの水分を毎日入れ替えている計算になる。

体の水分が失われると熱中症のほかに、血液の粘ちょう度が増える事も問題だ。寝る前にコップ1杯の水を飲むことをすすめている。心筋梗塞、脳梗塞の発症を予防するためだ。

心筋梗塞や脳梗塞、夜中から早朝にかけて多発する傾向にある。寝ている間に水分が放散され、血液の粘ちょう度が高まるからだ。

さらに目覚めの一杯の水も大切だ。夜中に濃くなった血液を薄めるとともに、抑制されていた胃腸の運動を刺激するからだ。胃腸が動き出せば食欲は出てくるし、便意も促される。

さらに、血液やリンパ液となって体内を巡り、滞りがちになっていた老廃物を流しだす。酸素や栄養物などを体を構成する約60兆個の細胞に送り出してくれる。

私たちは寝る前に飲む水を「宝水」と呼んでいる。目覚めの水をおいしく感じることができれば、健康と思ってよいのにはきちんとした理由がある。

親父は寝る前にペットボトルを手放さない。そのうち寝る前に水を飲むと夜小便に起きるとか思うのだろうけれど、今はそれも無い。辛抱しているのだけれど。そのうちそれも出来なくなるだろう。老いるとはそんな事だろう。若い時は水をあんまり飲むと胃液が薄まり食欲が無くなるとか言われたが、今はどうなのだろう?栄養価の高い食物を良く噛んでだろう。

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2009年8月15日 (土)

今年の夏は不順、親父は元気だけれど、何時まで続くかな?

予期せぬ災難、災害、哀しみ。そんな不幸に直面した時、言葉を失う。これからどうすればいいのか?為すべき事が明確にならない。明確でなくても厳しい現実は容赦ない。どんなに嘆き悲しみ心掻き毟られても(かきむし)、ビデオのように現実の巻き戻しは無い。

自分の事は最愛の人でも多くを語りたくないが14年の時を過ぎても、無機質の淡淡とした不安の時を忘れた事は一時も無い。10年前に亡くなった親戚のおいちゃんが言っていたが、2度と喜びの時は無いと言われた言葉は、今でも重くそして納得の思いで受け止めている。

親父も最近はへらへら、ちゃらちゃらしているが心の底をかき混ぜれば、君と同じかもしれない。不安、苛立ち、焦り、多くの負荷をなんで好き好んで掛けていたのだろう?流石に干支が一周すればその思いも軽くはなっても、消え失せる事は無い。

人の思いとはそんなもんだろう。45年前故郷に帰省し風とうしの良い座敷で親父と一緒に聞いた戦没者慰霊式典の放送。あれからいろんな事があり親父も爺ちゃんの当時の歳を越える。人の世の憐れ(あわれ)さは人の思いを超越しているのだろう。

今回の集中豪雨の災難。一家全滅。避難途中の用水路に流される。先に旦那さんを癌で失い、2人の子供さんを懸命の思いで育てていた奥さんの無念の思いを慰める言葉が無い。運命とは時に無情。おいちゃんは神も仏も無いと言っていたが大雲院の大和尚は、今生の別れは来世の再会と言っていた。親父ももう少し頑張らないと皆に合わせる顔が無い。

「今時の若いもんは」 最近この言葉も余り聞かないが他人の事は良い。己の生き方が問われている事が分からない。素直な気持ちで自分を見つめ直す。今年も墓参りも出来ないが元気でいれば何時でも帰れる。その事だけは忘れずに居たい。生きるとはそんなもんです。

最近太り過ぎの自分を自覚するにつれ、休みの日にはウォーキングを欠かさない。以前は気合を入れて街中を抜けお気に入りの五月山、ハイキングコースを歩いていたが、最近は手抜きをしている。それでも城址公園までの道は楽ではない。体調がよくないと片道1.5キロの道は坂道も在り楽ではない。

Img_0663_2 途中の美術館。新築中でオープンは10月。

阪急宝塚線の創始者、小林一三氏の記念館

旧館が古くなり新築される。池田も古くから歴史と文化の街です。生活のレベルも様々です。ふるきを訪ねて新しきを知る。

故人の貴重なコレクションの品々を見ていると豊かさとは庶民の生活臭を超越する。

Img_0662 城址公園の入り口は緑の中にある。歴史はどれ位あるのか分からないけれど、この橋を渡りながら、見渡せば結構薄暗い。

今日は何故か、大手門入口に門番のおっさんが居る。一人ひとり呼びとめて要件を聴いている。先客の相手をしている間に通り過ぎる。

城内で入り口近くで買ったナタデココの清涼飲料を口にしながら、人の気配に不快な思いをしながら淡淡とした表情で一周する。「そうだ、今日は花火。天守閣の入場整理券か」。親父の目的では無いのでベンチに腰を下ろしただけで引き返す。

街中に戻り多くの浴衣姿を見てもいつものお店でパンを買うまでは、花火が近くに猪名川で打ち上げられるとは思っていなかった。この街に住んで何回か見たが静岡袋井見付の花火に叶わなかった。あの花火も中止になり眼と心を奪われる大花火に出会うのは無理かもしれない。今年の花火は家で聞く。音だけは腹に響く。でも時間は短かった。

夕食は何時ものスーパーでモヤシと焼きキス(珍しい、日本海香住産) これはモヤシとキスの炒めで塩コショウの味付け 久々の缶ビールに合う。Good。にんまり。ごぼう天も上々。飯は3個パックあったか御飯に味わいのジャコふりかけ。これもアツアツで御馳走様でした。

これからお風呂です。明日も同じペースかな。

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2009年8月14日 (金)

お休み2日目、ベッドの組み立てで終わる

日差しは一段と厳しく夏の暑さが厳しいがそんな中、注文していた折りたたみのベッドが来た。永年の思いが適って嬉々とした半面、キャスターの取り付け、サイドストッパー等の組み立て図を見て不安になる。説明が年寄りには分かり難い。ねじの締めつけの冶具が弱い。

何とか汗かきながら組み立てを終わるが、年寄りには不親切だと痛感する。物を売る事の難しさだろう。物が売れない時代だと言われる。そうではない。物が買えない時代。そして買い手の身になって物が作られ売られていない。その現実を何故か政治と人の所為にする。

買い物の帰り、前の職場で知り合いのおばはんに声を掛けられる。「今は昼勤か」イイエお休みです。と思いながら何故か不快な思いをしていた。何故だろう>言い方に上から目線が在ったからか?しかし有り難い事にこれでも何とか生きて行けるのは、年金のお陰だろう。

年金の問題は多くの人が多くの事を語る。しかし、これからの高齢者には年金か、生活保護しか生活の保障は無い。長く生きる事がこれ程につらい事だと思い知るには、まだ先の事かも分からないがその事は親父だけの問題ではない。あんただって同じだと言いたかったのだろう。その事を年金を口にする時、他人事で無い事も思い知るだろう。

2016年のオリンピック競技にゴルフと7人制ラグビー。なんのこっちゃー。オリンピックは陸上競技だけで充分と思うのは親父だけか?アマチュアのセミプロ化ではなくプロその物だろう。高校野球も特待生多くして一時期問題になったが、何も変わっていない。アマチュアとはそんなもんだろう。

エコポイントが環境対策?今月末の選挙で政権交代が実現してもこの考えは変わらないのだろう。君と議論する環境省の環境対策とはこの程度の物だろうか?この国の環境対策を如何進めようとしているのか親父でも分からないのだから、多くの人は言うまでも無い。

腰が痛い。風呂に行く。

風呂は空いていた。何時もは11時半を過ぎても訳ありの人も少なくないが、今日は2人の若者。親父を意識する。親父はマイペース。無視する。ところがおとなしそうな1人が何故かオカシイ行動を取る。湯船であおむけに浮く。親父がじっと首までつかっているのに。

それでも知らん顔をして体を洗っていると調子に乗る。泡風呂で奇声を上げ親父の様子を窺う。それでも何気なく様子を見るだけだった。怒ったのは再び湯船に戻り、立ち上がって手を叩いた時、親父から眼を飛ばされる。「兄ちゃん何してんねん」「おんどれ、なめとんのか」

親父の老いぼれた気勢に立ち向かう勢いも無く、今度は逆に無視される。親父の様子を見たのか?アホ。常連を舐めたらアカン。しかし、親父の威勢の良いのも一時だろう。その気持ちと体力が無くなった時、神の憐れみを乞うしかないのだろうか?その気持ちを忘れなければ大丈夫かもしれない?気持ちだけでは駄目。肉体と生活力。それを持て。

ではまた明日。久しぶりのベッドの寝心地はどうだろう?そう言われても独り寝では布団を抱き締めるのが関の山だろう。あああ、ちかれました。明日は歩こう。腹廻りがささやいている。

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2009年8月13日 (木)

児童手当、子育て手当、少子化対策、景気対策、高齢者対策、医療費対策、年金対策、テポドン、テロ対策

今月末の選挙で多くの事が問われている。誰がやっても同じと分かっている様な事を言っても、同じでない事を知る人は少ない。政治に関心が無いと言いながら政治の影響力の大きさを今回の選挙で、痛感するだろう。今迄何度も苦渋の選択をさせられた反自民、反保守の人達が痛快の思いをするのは間違いない。問題はそれからだろう。多くの課題が目白押しとなっている。

政権が交代する事の大きさは想像出来ない。多くの混乱が予想される。この国が今直面している多くの課題は、政治家が何かをわめけば変わるほど簡単ではない。だからと言って誰がやっても一緒ではない。問題は成功体験を重ねる事。失敗したら責任には取らなければいけない。責任の取り方を知らない政治家がこれほど多いのも、有権者に問題が在るのだろう。

政治家に責任は無いと言う人もいる。政治家は政策の可否は問われても、責任は政策の実行者とかタイミングの問題とか平然と言われる。こんな風潮は民間の経営責任の取り方にもあるが、この国の運命を大きく左右した先の大戦でも指導者の戦争責任は、戦勝国の軍事法廷でしか問われていない。この国はその程度の国だとは誰も信じられない。

その事が今度の選挙で問われる。大体民間の会社では60で定年だろう。70も80にもなっても後輩に道を譲らず、政界のドンとして院政をふるう。そんな事が出来たのは地元の政策を優先したからだろう。そんな事が何時までも出来る筈は無い。今迄出来た事が間違いだったにすぎない。

勿論、選挙もそんなきれいごとだけでは通じない。政権交代を目前にして野党が美味しい事を約束するのも理解できる。それにしても絵に描いた餅はバラマキ以外の何物でもない。公平性も正当性も首をかしげる事も少なくないが、一回やってみなはれ。そして何が出来て何が出来なかったか明確にして下さい。自公が出来なかった事はそれだろう。

なんで自民党をぶっ壊すと声高に叫ばれて、前回の選挙で大勝した政権与党が国民の支持をこれ程までに失ったのか、明確に出来るコメンテーターも少ない。なんだかんだと言いながら政権交代は出来ないとおもっっていたのだろう。それが現実の問題となった時、どんな顔をして手のひらを変えるのだろう。その現実に立ち会えるのは今迄生きてきた証かもしれない。それ程の物でもないだろうが。それ程に激変の時が来る?

今日は盆休み1日目。と言っても2日目になったけどね。昨日夕方6時前、夕立を心配して足止めをしていた。それ程に蒸し暑い時がいっこうに変わらず、雨も無さそうでこれ以上は待てず出かける。何処に?お散歩です。内緒だけれど今日自分の腹、写真に撮りました。

流石に暫くは見せられないけど、そのうちビフォー(以前)アフター(その後)で、公開できるかも。写真の効果は絶大です。百聞は一見に如かず。正に言葉通り。オーマイGod(神)です。アメリカ人はメタボでは仕事が出来ないと言われるが、あれは嘘。日本人は肥満は病気の元と勘違いしている。それでも多くを語る前に自分の姿を鏡に写せ。これからの高齢化社会にに生きる条件は腹構えと思う。無様な腹では長くは生きられない。スリムな体で医者に頼るな。それが最低の条件かも。スリムでも勘違いしている人も居るけどね。

今日この前話したベッドが来る。佐川急便、配達の時間指定感じ悪。午前中。お盆だし時間指定は出来ないとか。ふーん。じゃあ、お待ちしてますと皆、言うのかな。キヤスターうまく取り付けられるかな。一番苦手。口だけは達者?見ておれ。

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2009年8月12日 (水)

猛暑日?でも夜は早や秋の気配。今年もエアコン無しか!ああ

P1000108_3 職場のゴムの樹、夏到来と共に急成長。まだまで行きそう。

中の茎は次の葉を用意している。此処までで今年の分は打ち止めかな。ゴムの樹液は白い。これは観賞用だから自然のゴムの樹はどんな樹液を出すのかな?

長い間、はっきりしない天気が続いていたが、やっと暑くなる。

静岡掛川の甚八さんの鰻は食えなかったけれど、地震の被害が出ている。親父が住んでいた頃から東海沖地震の対策が進んでいたが、今度の地震はそれとは違うらしい。何が違うのか?

メカニズムが想定の範囲で有れば、この程度では済まないとも言われている。

P1000109 職場の入口、靴底土落としのマット。意外に硬い。掛川の保健センターの庭に「お庭踏み石」のコースが在った。あれは13年前の事だが今でも在るだろうか?

関西にはそんな場所を知らない。足の裏、はだしで小石の上を歩く。大した事ないと思うだろうがやってみなはれ。(と言ってもはだしで歩ける場所も無くなったよね)。

人間の足の裏は第二の心臓と言われる。それ程に大事な刺激のつぼが集中しているけれど、現代人は意識する事も無い。歩く機会を無くしているから。一度小石の上を歩いてみなはれ。

丸い石でも刺激が在るけど、尖(とん)がった石の上は歩けない。

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2009年8月10日 (月)

お休み3っ日目。希望の静岡には行けず。明日があるさ。

もうすぐ盆休み。独身の頃、大阪に来て1年目は無理だったけれど2年目から結婚した10年目迄、この季節は半年ぶりの帰省が待ち遠しかった。青い空、白い雲、緑色濃き直見杉、故郷の山と川。年老いた感じの無い父と母。久しぶりに見る成長した弟。大阪から故郷の道は最初は駅前のテント村からだった。今は無い夜行列車の行列。あの頃は今のように予約のシステムが無かった。どれ位の時間並んだのだろう?3時間弱位だった気がする。

それでも廻りの見知らぬ同じような顔を見ながら、何故か満足していた。今年も帰れる。そんな事を考えていたのだろうか?それから数年後特急、寝台、飛行機に変わる。結婚してからはその楽しみは年末だけになった気がする。子供を育てるとはそんな事かも知れない。

今日は掛川の甚八さんの鰻を楽しみにしていた。静岡から大阪に戻って干支がひと廻りしても新幹線で掛川の駅に降り立つ事は無かった。多くの思い出が詰まった浜松安松町、天竜川の河口竜洋町、御前崎の灯台、大東町、そして掛川。2度と行きたくなかった街。今は市町村合併で消えた街もあるが、喜びも哀しみも幾歳月とはこの事かも知れない。

それでも昨夜来の大雨は兵庫の山間の町を押し流す。台風も来ている。親父の生活も新幹線も影響無かったが被災地の事を思うと、センチメンタルな気持ちにはなれなかった。人の不幸に鈍感な人がどんなに多くなっても、それ位の常識の持てる爺になりたい。

胡坐(あぐら)をかいてキーを叩いていると足が痛い。手のしびれは改善しているが左足甲の右側が痛い。サロンパス張っても改善しない。雨が上がれば今日こそ山に行こう。山のお気に入りのコースを歩ければ案ずる事は無い。

嬉しい事もあった。聞けなくなっていたCDが聴けるようになる。原因はCDの有り無しを確認する魚眼レンズの接触不良。なんでそうなったかは分からないが、外国で組み立てをするという事はそういう事だろう。MEIDO、IN、Japanが安かろう、悪かろうと馬鹿にされた時を知らない若者には信じられないだろうが、物作りの基本はそんなもんだろう。

それでどうして直したの?そりゃ親父も技術者のはしくれ、エラーメッセージの項目を見てレンズを拭いたよ。なんでか絶対に触るなと日本語の表示が有ったけどね。用が無ければ触る訳が無い。CDがセットされてもノーCDの表示をしやがって。今は又、お気に入りのジャズとフランク永井の公園の魔術師が聴ける。ざまーみろ。Sonyの品質も落ちたもんだ。

レベルは違うが東京浦安でこの前、電車が止まる。長時間の不通。昔なら大騒ぎになって火でも付けられるが、今はそんなアホもいない。その原因を聞いて唖然(あぜん)とする。電車のモーターに何らかの原因で過電流が流れて停まったのが原因とか?その箇所を特定できずに長時間対応できなかったと言われる。オイオイ、国鉄の親方日の丸体質と何処が変わったの?コスト意識?コストの管理?それでこんな原因で長時間電車が何度も止まるの?

技術の本質を見失えば競争に勝てる訳が無い。官から民へと声高に叫ばれてコストの削減が出来たと勘違いをさせていないか?民でやれる事を官で平然とやりながら、郵政民営化を推し進めた政策の誤りに対して、誰がどう責任を明確にしたのだろう。消費者庁の初代長官は野田。この人郵政民営化に反対して除名されたのでは。こんな事をしても消費者の為に本当に何かが出来ると思っているのだろうか?責任政党とはその程度の物ですか?

それでも保守の地盤は固いと言われる。今更保守も革新も無いだろうが、爺婆だけでなく若者でも長く続いた政権に期待が出来るのだろうか?如何して政権政党は名も無き人の為に多くの人が豊かになる政策の実現を計らなかったのだろう?それが出来ていたら今回の様(ありさま)はないだろう。

もうすぐお盆。選挙まで20日を切る。政権与党の巻き返しが始まっているが国民は、既に決めている。そう思う。尤もらしい事を言われて期待させて何が出来て、何が出来ていないのか。この期(ご)に及んで4の5はないだろう。責任政党?その言葉の意味すら踏み絵に出来なかった責任は軽くは無い。

反対野党は如何か?それは選挙の後に問われる。今彼らが言うほど生易しくは無いだろう。しかし、政権交代の波は誰が起こしたのだろう?1年前にこの選挙が行われていたら結果は又、変わっていただろう。それをやらなかった判断ミス。同情のの余地も無くは無いが結局そのツケは多くの国民に廻っている事を認識しなければならない。

しかしその事が分かるのは当事者にならないと分からない。何とか生活が出来生活が保障されている時は、その事が分からない。その事を分かりやすく教える人がいない。生きる厳しさは生活の糧を失わなければ分からない事を、この経済と雇用の危機的状況で分かった時は遅い。豊かな時にその事を考えていなければならない。何とかなるは何にもならない。

でも各党の主張を聴いていると難しい。美味しい餌はいくらでもまける。魚釣りの撒き餌か。一票獲得まで。はいそれまでよ。バンザイ、万歳。御苦労さん。ありがとう。誰がやっても一緒。そう言いながら低い投票率とあんまり分からん組織票、団体票、基礎票に無党派の政治に期待が出来ない多くの民意が無視された。まあ、当然の事かも。その事に無党派の投票に行かない有権者が今度は流石に、少しは変わるだろう。そうでないと自分達の生活が出来なくなる。その危機感が皮肉にも立候補者にはひしひしと伝わっている。

民主党には政策に財源の裏づけが無いと政権与党に批判されている。親父もそう思う。しかし、今日の財政赤字はいくらで誰が作ったのか、ちょこっと考えてみれば分かる。責任政党がどれ程に無責任で無能な財務官僚に支配されていたか、現職のナンバー2の財務大臣が今度の選挙で問われる事は落選かもしれない。それ程に無策だった事を思い知る時が来ている。

政治も経済も天候も(芸能など目では無い)深刻な現実をマスコミは正確に伝えていない。眼を疑う集中豪雨の被害は決して他人事では無いのに、当事者でなければお気楽な事にうつつを抜かすのだろう。今度の選挙ではその事も問われている。正面から立ち向かわなければならない。そう言われても断片的な情報では分からないかもしれない。

マニュフェストについて多くの人が多くの事を語る。しかし、あんた達は何をやってきたのか良く分からない。全国知事会?今迄政府に建設的な提案をして何かを勝ち取ったのだろうか?道路建設?何とか記念会館?新幹線誘致?国鉄は民営化されていないの?補助金の獲得に躍起になったのがあんた達では無いの?大阪府知事橋下の本心も良く分からない。

結局マスコミうけ。パフォマンス。肝心の自分の仕事(大阪の再生)はどの程度進んでいるの?マスコミの異端児はいないのだろうか?もっと自分の役割を認識させろ。親父も?それはレベルが違う。

夕方、カップめん食ってウオーキング行ってきました。近くの何時もの場所で自転車の取り締まり?のおまわりに声を掛けられながら歩く。城址公園までの近道ではメタボ対策にもならないが、足には心地よい。何気なく足元を見るとガニ股。これではお腹は凹まない。

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芝生の庭園は立ち入りOK。礎石に腰を下ろすと流石に罰が当たる?その事も配慮して腰かけの石もこの位置に大きいのが在る。こうして緑の景色を独り占めしていると、殿さまの気分になる。新鮮な空気を思いきり吸い込めば、なんとなく満ち足りた気分になれる。

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2009年8月 9日 (日)

ブログ件数365達成。アクセス総数1万件。日々の想いの積み重ね。

今年の夏は全国的に天候不順だけれど、親父の知識は断片的でしかない。マスコミも有名人の麻薬問題とか大騒ぎしているが、それ程の物なのだろうか?確かに麻薬は人体を破壊するけれど、あの騒ぎはどう見ても馬鹿が騒いでいるとしか言えない。レポーターだけでなく報道のレベルが問われる。まあ、テレビの報道の仕方とはそんなもんだろうけれど・・・

最近、バスの中、電車の中でもじゃかましいのが多い。野中の一軒家にでも居ると思っているのか?そうではない。馬鹿なのよ。人の事が分からない。(アンタも一緒)お前に言われたくない。そう言われれば公共のマナーも誰も教えてくれないからだろう。我が物顔。それでもいかついおっさんが肩いからせながら、ガニ股で歩けば少しはおとなしくなるのか?

最近、全く訳のわからん輩が少なくない。人の迷惑顧みず挨拶も出来ない。そんな輩を不快な思いで見る時、最近欲しくなる物はヘッドホーンプレヤー。電気屋に行くと色んな物がお手軽価格であるが、残念ながら親父世代では良く分からない。お気に入りの最近手にしたラジカセもCDが聴けなくなった。

そんな中で書き溜めたブログ365件。どれだけ伸びるだろう?これからは自分の思いをもっと説得力ある言葉で、書き綴りたい。それから画像の挿入。乞うご期待です。明日はお休み静岡掛川行けるかな。天気が気になります。

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2009年8月 8日 (土)

夏の日の思い 若き日の思い そして親父の今年の夏

P1000106 遅れた梅雨明けを待ちわびた様にゴムの樹は、成長しています。下のピンクの葉はハートマークをして、何を伝え様としているのだろう。予想とは違い葉の大きさは小さい。

上の葉がこれまでの葉と同じ大きさ。これが本命か?茎も成長を止めていない。今年の夏が終わるまでこの勢いを続けるのか?

今年の夏は異常気象とか言われているが、この観賞用のゴムの樹ですらそんな事にはお構いが無い。そうだろう?人間様がどんなにデカイ顔を押して近未来の予測をしたとしても、関係無い事かもしれない。

長い間、厚顔、令色、少なし仁、そんな生き方をして来た。これから身の振り方を考えないと、是までと変わらぬ生き方しか出来ない。美しいハート形と大きな葉っぱはその事を教えている。

今日から高校野球が甲子園で始まる。久しぶりにテレビで開会式を見る。甲子園で見た夏の暑い日。指折り数えて見ても正確ではないが今から44年前。男二人で眠れぬ夜を服部の緑地で過ごし、始発の電車で球場に行った。(服部緑地は今でも在る。最近は行った事は無いが阪急宝塚線梅田から5番目。当時、1つ手前の庄内に友が住んでいた。)

親父も大阪に来たのは18の時、最初は福島区会社の仮眠所だった。デカイ会社の奥に在った。仮眠所と言っても立派な建物、1階に多くの仮眠室があり2階が研修室とホールだった。同期の仲間とここで研修をした。庄内の会社借り上げのアパートに変わったのは間もない頃

当時の庄内はこの前のブログにも書いたが、ヤクザさんと飲み屋のネーちゃんの街と言われたが20前の親父には、優しい街だった。ガギがネーちゃんと自転車に乗ってるだけでタダでは済まなかった。当然、そんな馬鹿はいなかった。寮の近くの銭湯でヤクザのおっちゃんに「困った事があったら何時でも言いな」と言われた言葉は、田舎の親父を思い出させていた。それ程に厳しかった親父、背中に入れ墨は無かったけれど人の道を踏み外す事は許さなかった。親父が死んだのは77の時。あの時のおっちゃんはどうだろう?

此処で昼飯休憩。

44年の年を重ねて庄内の街も変わる。それでも今も庶民の町。環境的には大阪伊丹の空港が近く、ジェット機の着陸音がうるさい。今はジャンボのエンジン音も消音技術の進歩で当時の迫力は無いが、それでも一貫性の無い航空運輸行政は関空が出来ても、この街中の飛行場を廃止する事は出来ない。利便性?交通アクセス?関空造った時そんな事、言っていた?

飛行機の利便性は乗って見ると分かるけど、関西の狭いエリアに3つの空港は入らんやろう。関空の税金で造った国際空港は減便が続き、完全に伊丹と神戸に食われている。どないすんのやと大阪府知事に怒鳴りこまれても、為す術も無い。

これから少し歩いてきます。

今日は本当に暑い夏。歩くだけで息が詰まる。こんな暑い週末でも駐車場の交通誘導をしたのは、昔の話ではない。休憩時間、多くの水を一気飲みしたが顔は真っ黒になっていた。生きる為には何でも出来る。多くの優しさと少しの侮りを受けながら働いていた事が、今では信じられない。人の生き方とはそんなもんかも知れない。

これから厳しい雇用の不安の時を迎える。景気は回復基調にあるとか最悪の時は過ぎたと言われる。親父もそう思う。それでも政権交代が行われた時、失業対策は子育て支援、農家の所得支援同様難しいだろう。働く機会と能力開発。政権の重みは軽くない。

そんな訳で歩きも手抜き。街中を通り抜けて住宅地の坂を登るだけで、あごが上がる。先日の健康診断の結果は最悪。要治療の項目が並ぶ。太り過ぎが半端で無くなっている。大阪に来た時68キロ、結婚した時が68キロ。それが今、何たる無様88、78キロ。8が4つと喜んではいられない。飯が何不自由なく食える喜びを錯覚している。このままでは長くは生きられない。

このブログを始めた1年と半年前、左手薬指と小指がしびれることがあった。検査結果は首の骨の曲がり。整形外科で首のけん引を勧められたが2,3回で辞めた。首の養生は自分で心がけた。お陰で今も普通に使える。肥満も同じだろう。食事量法やります。(療法)ではない。

これからサウナに行きます。

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2009年8月 6日 (木)

ナイターの無い日は何してる?そう思いながらテレビのチャンネル、変えて見る。どれも馬鹿にしている。結局、お気に入りのエフエムのジャズを聴いている(笑い)

君達は知らないと思うが親父が若い頃「国民白痴化」なる言葉を、某評論家が口にした。初め解説が無いと意味が分からなかったが、テレビは大衆の娯楽に大きな影響を与え、事の本質を深く考えられなくなる。そんな意味だった。当時、多くの意見が在り馬鹿にされたが最近、その意味を思い知らされる。色んな人がいろんな言葉で多くの事を語るが、本当にそう思うのかと思うと、そうでもない。そうでもないのかと思うとそうでもないらしい。

その代表例が今度の選挙だろう。前回の小泉郵政選挙でもそうだったが、国の多くの問題と方針を決める国政選挙が単純な言葉で語られて良いのだろうか?如何考えて見ても郵政の利権の大きさからみて勝てないと思われた選挙で大勝し、一番、困惑したのは構造改革を推進しこれまでの古い抵抗勢力をぶっ壊すと叫んだ小泉前総理本人だったのだろう。

数年前の突然の引退声明もそう考えてみると、一番良く分かる。政権交替など有り得ないと真剣な面持ちでどんなに叫んでも、当事者が引退しその政策を批判した政権がやろうともしなかった事をやりますと言うのは、如何考えて見た処で論理に矛盾がある。

支持者にとってそんな事はどうでも良い事で、自分達の思想信条まで変えられる事が許せないのだろう。そんな事は出来る筈も無い事を知りながら。信じられない事だが政権与党の大物が落選する事も珍しくは無い。それでも影の総理と言われた人が危ういと言われる。

何故だろう?国民は自分達の生活がこれ程までに痛みを押し付けられると、思っても見なかったのだろう。何とかなる。何とかして呉れる。何とかしなければならない。そんな声なき声を無視した請求書を今、突き付けられているのだろうか?そうでもない気がする。

その事は某国営放送を見聞きすると本当によく分かる。多くの国民が眼にする定時放送。その項目はどんな基準で誰が決めているのか?コメントをする人の選択も誰がどんな基準で決めているのだろう?何気なく見ている国の形も案外違う見方も無いのだろうか?

普通に考えれば今度の選挙は前回の小泉選挙の裏返しだろう。民主大勝。自民大敗。その他オマケ。そんな感じがする。違う事と言えば選挙結果ではなく政策の洗濯がどれ位出来るかだろう。(選択ではない。)綺麗事は何とでも言える。問題は現状の厳しさをどれだけ明確にして伝え、信任を得るかだろう。この単純な過程を乗り越える事は決して容易ではない。

今の政権与党が野党になれば当然、立場は変わる。問題はその数だろう。今度の選挙で問われる事は以外にその事かも知れない。半減はやむを得ないとしても三分の一になれば抵抗勢力すらにも成れない。その為にはなりふり構わぬ捨て身の覚悟が在るのだろうか?

選挙まで3週間と2日。そんな見方も面白いかもね。親父は関係ないけどこれまで選挙を棄権した事は無い。どんなにおバカにされても参加しなければ論外だろう。テレビニュースでおっさんが選ぶ人が無いと言っていたが、これからは誰が何と言おうと2大政党の時代。

政党より政策とか党より個人と言われても難しい。無党派で前回の選挙で惜敗のKさんは応援しているから、何としても当選してもらいたいが微妙。政権交代の錦の御旗はそれ程に大きい。今更、錦の御旗と言われても分からない人も少なくないが、江戸幕府を倒す。

たかが旗。されど旗。湾岸戦争の時、この国の旗を明確にしろとアメリカに迫られた事があった。今では如何だろう?責任政党と言った処でその程度だろう。その旗頭が問われている。

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2009年8月 5日 (水)

久々のスコール。ゴムの樹の成長も合わせて、見てね

P1000105_2 久々のスコール。でもこの写真ではその様子がよく分からない。携帯のカメラではこの程度だろう。暫くの間、コンクリート面を水が流れる。想い以上の雨も一時を過ぎると満水となった地面も、嘘のように水が引いて蒸し暑い。少しは涼しくなるかと思ったがそうでもない。東京砂漠が全国に拡散しているのだろうか?

今年の夏は各地で梅雨明けが遅れ、太平洋高気圧の張り出しがやっと本格的になる。暫くは暑い日が続く。遅い梅雨明けの影響はこれから出てくるが、もう少し足元を見て行動しないとお天道様に仕返しを受ける。間抜けな芸能人、裁判員制度、景気判断、環境対策、そして国政選挙。

今、問われている事の本質を誰がどの様に判断するのだろう?

言い訳ばかりしていないで、頭を丸めて出直さないとアンタが言った様に、何も変わらないかもしれない。それにしても外交の麻生は責任政党の何かを理解しているのだろうか?アメリカと北朝鮮の直接交渉?この国の総理も拉致にどれだけの事が出来たのだろう?

P1000104 この木何の木気になる樹、ゴムの樹は暑い夏を迎え、順調に成長しています。ピンク色の葉の上に大きな葉が姿を現す。この葉が本命の大きさを主張するのだろうか?

明日はお休み。明後日再会した時には、ピンクの包みが取れ姿形を見せて呉れるのだろうか?そして暫くは変化を止めるのだろうか?そんな気がする。

コーヒーの飲み方が変わっていると言う。景気の低迷で高いコーヒーでは無く、安くて飲み易い物が売れると言う。コーヒーは香り、安らぎ、語らい。親父が口にした京都の小川コーヒーは今でも、変わらぬ味と香りがするのだろうか?

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2009年8月 4日 (火)

梅雨明け10日、奥飛騨の山は如何かな?

P1000102_2 日一日と成長しています。誕生間もない葉っぱも今は赤ちゃんと同じ色。

この木何の木気になる樹、ゴムの樹は次の葉を既に準備している。凄いね。

一週間に一度だけ。2リットルのペットボトル3分の2前後の水しか貰えなくても、どっこい生きている。この生命力。

今回は折られずに此処まで来ました。これから一気に先輩の様に、堅い葉っぱに為れるのだろうか?

今日は本当に暑い一日でした。こんな日でも外で働いている人もいます。本当にお疲れ様です。

今年はエルニーニョの影響とかで、太平洋高気圧の張り出しがイマイチでしたがやっと本格的な夏になりました。

奥飛騨の山々は私の様に新たな命の再生を育んで(はぐくんで)いるだろうか?元気な時にもう一度、見れるだろうか?

失われた10年では無い。その気になれば何時でも見れると思っても、機会が無ければ再びの時は無い。ああ、無情。

P1000103 親父の仕事を支える「和風ジャコ弁当」仕事の時は何時もこれです。飽きもせず感謝しながら、食っている。400円。

食べ物に執着が在る親父の意外な側面。しかし、一人で生きる時が長くなれば、そんな我が儘(ママ)も言えない。

夕食も近くのスーパーで買うか、お気に入りの店で同じ物を食う。食えるだけでマシ。食えなくなった時を思えば贅沢は言えない。

暫くは暑い日が続く。顔をしかめながら過ごすのも一日。笑って過ごすのも1日

親父は暑さにも寒さにも強い。今年の夏は何としても掛川甚八さんの鰻を食いたい。(それ以上精を付けてどうする)。    

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2009年8月 3日 (月)

10年ひと昔、46年前は如何だった?

P1000100_3 新しい葉、新しい芽生え。先日のブログの後記です。新しい葉はすくすくと成長しています。それにしてもこのアングル。眼を見張る。別の角度から見ると良く分かる。物事の見方もそうかもしれない。

それにしても最近、許せぬ出来事が少なくない。街中でも眼を疑うおかしなカップルがゴロゴロしている。キーちゃんやユーリの様に素直で無垢の子供も少なくないが、何かが変わっている。

何だろう?親の存在感。そんな物は過去の遺産となったのか?親達、大人達から見放されたガキ達の未来は在るのだろうか?そんな事を考えていたら衝撃的記事を目にする。

P1000101 この葉がこれから成長する。赤い幹の包みは新たな葉を包んでいる。この包みが取れる時又、新たな葉が姿を現す。この繰り返しを重ねながら幹は成長する。何時まで続けるのだろう?

衝撃的事件は46年前に住んでいた豊中市庄内で起きていた。経済新聞の3面記事の片隅のそれは、残酷なものだった。親父と大差ない生き方をしていると思われる62の男性が、鉄棒で殴られ片目が失明していた。

原因は通行中のトラブル。親父が若い時過ごした道幅は変わらず3メートル前後。詳細は20のガキが逃げているから分からないが、些細な事だろう。親父の様に正義感の強いおっさんが2人乗りのアベックを怒鳴り付け、仕返しをされたのだろう。

触らぬ神に祟り(たたり)なしと言われ、ガキや訳の分からないおっさん、おばはん、兄ちゃん、姉ちゃんに殆どの人は見て見ぬ振りをしているだけ。任侠、ヤクザ、堅気の生き方。46年前は当然それが明確だった。あの頃の庄内では考えられないガキも間もなく捕まるだろう。その時罪の大きさにどれだけの償いが出来るのだろう。その時の感情さえコントロールできない輩を叩きのめす正当防衛の術は、もう少し足挙げが出来て攻防の構えが出来ないとアカンだろう。止めて下さい。いい年をして。本当の強さはそんなもんではない?

本当の強さは見れば分かる?イヤイヤ何処にどんな災難が転がっているか分からない。その事を忘れるな。

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2009年8月 1日 (土)

後出し、じゃんけん

どんなつもりか知らないけれど、今月末の選挙、誰が何と言おうと争点は「政権交代」と思ううのだけれど、そうでもないのかもしれない。今更、政策論争と言った処で出来もしない政策の不毛の論争をした処でと思うのだけれど、そうでもないのかもしれない。

国民主権と言った処でそれは建前、現実は政治と行政のプロがこの国の主権者だろう。言うまでも無くこの国の主権はアメリカとの戦争で無条件降伏の後、憲法で保障されている,平和憲法、基本的人権の保障と共にアメリカから与えられた。戦争に負け多くの尊い人命と財産を失い、手にした憲法の重みを知らない国民も少なくない。

日本国憲法はアメリカから押し付けられたもので、自主憲法では無いと批判する人も少なくないけれど、自主憲法とは何を持ってそう言えるのだろう。戦争に突き進んだこの国の歴史の反省も薄れた時、憲法改正をどんなに口にしてもその実現は難しい。

それ故に改正ではなく時代に合った解釈の仕方、司法の判断で対応をしている。戦争に負けた時が1945年、現代が2009年。親父と同じ年を重ねればそれもやむ負えぬ事かも知れない。それにしてもアメリカに押し付けられ無ければ、手には出来なかった国民主権の重みを今、噛みしめる人は少ない。戦争に負けるまでは国の為に死ねる事は「誉れ」だった。

今は人の為に何かを為す事ではなく、自分の為に何が出来るかが問われている。それさえも出来ないと嘆き、自暴自棄(じぼうじき)になる人も少なくないがそれは違う。一人の力は蒸発をして大地に浸み込まなくても、それが多くの人の思いで在れば大河と変わる。

私達にはその感動が無い。過激な言葉を使えばこの国にそんな歴史が無い。尊い若き命さえも国の為に購(あがなう)われた事はあっても、結果的には国の為では無く、当時の指導者の煽動(せんどう)でしかなかった。今はそんな事を言われたとしても、無視されるだけだろう。(表面的には)(現実は段々、厳しくなってはいるけれど。)

オーバーに言えば(決してオーバーでは無いのだけれど)、今度の選挙でその事が問われている。どっちもどっち、誰がやっても同じ、興味も関心も無い。今はお間抜けが多くなり平然と馬鹿笑いをしているが、その無責任な言動は後になって取り返す事の出来ない代償となる。

その事が分からない。分かろうとしない。そのお陰でこの国は長い間、外国から「経済は1流、政治は2流」と揶揄(やゆ)された。簡単に言えば馬鹿にされた。いまでもそうだろう。日本には金さえ出して貰えば良い。政治的な事にはアメリカのおまけで良い。

国内的には流石の名ばかり国民主権も変わりつつある。否、既に変わっているのだろう。その事に多くの人が気付いて居ないのだろう。麻生総理の言動を見聞きする度に、そう思う。昨年の今頃、如何だったかを考えてみるとその事がよく分かる。

政治の世界は衆参のねじれ現象で、国民の信を問われていた。その事を痛感したから福田前総理は麻生現総理に「解散」を条件に政権を移譲したのだろう?あの時解散をしていたとしても政権交代はあったかもしれない。それでも今日の状況とは大違いだったと思う。

マスコミは自民のマニュフェストが出て、有権者はこれで政策の比較検討が出来るとコメントしているがそれは違う。野球、サッカーの試合で審判から退場を宣告された選手の言い分を聞いてやるだろうか?それと同じ。その認識か無い。余りに酷い(ひどい)プレーが無ければ良い勝負が出来たかもしれないが、それも後の祭りだろう。

後出しじゃんけんはその時点で負け。どんなに立派な事を言っても勝てない。問題は関係無いと言いながら投票行動すら出来ない無党派の動向だろう。それも今回は変わる。それ程に貧しい人が多くなった事の証しだろう。景気の回復は都合のよい指数だけのつまみ食いでは、実現しない。失業者が多くなり有効求人倍率が下がれば政権与党の失速は小さくない。

今朝は凄い雨が降っていた。それも床の中で小便を辛抱しながら稲光と共に聞いていた。久しぶりに昨日、5年前の職場を訪ねてユーリとキーちゃんに合ったからだろうか?そうではなく唯、単に疲れていただけだろう。6年前、慣れぬ職場を2つ経験した後、1年と9ヶ月体験した職場はさびれていた。それでも姉妹の成長は時の流れを充分に感じさせてくれた。

それだけで十分。お店の裏に出来たマンションンもくたびれていた。あの時、我が物顔の振る舞いをした若い母親も如何しているか分からない。5年の歳月はそれだけの短くも長い時間の重なりだったのだろう。何時までも在ると思うな、親と金、無いと思うな人の怨念だろう。自分の思いのまま生きられると思うな。本当の人の優しさはさりげない言動だろう。

帰りに近くの床屋で顔そりをしていると、近くの百姓がスイカを一玉抱えて入ってくる。スイカを割るから包丁を貸せとマダムに言いながら、暴言を吐く。最初は聞き流しながら一層激しくなる言葉にムカムカしてくる。遠慮がちに小さい声でブツブツ言うと声が届く。「流石、親父」

百姓は正面のミラー越しにしか見えなかったが、親父の様にメタボではなく痩せていた。それでも目を合わせる事は無かった。「客は2人。じゃかましいのが分からんのか?」どすの利いた言葉に、素直に独り言を言いながら出て行く。包丁を振り回す事も無かった。

そりゃそうだろう。ハゲ頭に逆らっても貫禄負けが関の山。この歳になっても血の気の多さも変わらない。その代償に体を痛めつけなければならない。最近、ハゲ頭の地肌に汚れを感じる。トニックシャンプーを頭皮が求めているのだろうか?これからサウナです。

サウナ行ってきました。サウナでこの時期汗を掛ける事は非常に嬉しい。反面、この歳になると体力的には苦しい。元気で無いと気分が悪くなる。長い間、思いっきり汗をかき水風呂に飛び込んでいたが、今は流石にそれは出来ない。サウナで汗をかくのは平気でも水風呂には一気に入れない。膝まで腰までそして胸まで。前の様に潜る事は無い。そんな事をしたら間違いなく脱衣場で倒れるだろう。そんな歳になった。あんたも例外にはならない。

銭湯からの帰り近くの自販機で100円の「大山の天然水」を一気飲みをする。これは最高。最近、職場でも「富士山のバナジウム水」を愛飲している。夏はこれが一番。大阪の水道水は以前のようにカルキ味は無い。それでも富士山、大山の天然水は体に浸みる。

このブログでも何度も書いたが流石の親父も、麻生総理の健康管理の真似は出来ない。あの人に言われるまでも無く、年寄りは医者に掛る前に健康とは何か、考えなければならない。病院で検査をして薬を一杯飲むようになったらアウト。最近気になる事は年老いての田舎暮らしは無理かもしれない。これからの年寄りはどう生きるのか、それも問われている。

今度の選挙でその事も考える?冗談ではない。国や行政に何かを頼るな。子供にも頼れず伴侶にも先立たれれば、残る術は金か?金があっても五体満足でなければ厳しい。健康な時、多くの人は病の不安を知らない。でかい顔をして、でかい口をあけ、でかい態度を取っても一度、体調を崩せば不幸は一気に膨れ上がる。その事を知らない。知った時には手遅れで在ればもっと謙虚な生き方をしなければならない。

今夜は流石にビールで一杯と思いながら、近くのスーパーに買い物に行けない。阪神ー巨人の試合が始まり今、8時23分、試合終了にならないと腰を上げられないだろう。今夜は美味いビールが飲めそうにない。バックネット裏のファンもふてくされている。

夕食は昨日の買い置き豆腐を湯煎して、みょうがのすりつぶし、青じそのスーパードレッシングが豆腐の拙さをカバーする。豆腐も安くなったが味が悪いと2度と買わない。その反対も在る。少し高いと思っても美味いと思えば買ってくれる。その感覚はプロで無いと分からない。

最近、消費の低迷で安売りが目立つ。安物買いの銭失いの格言は今は死語か?違うだろう。その認識に誤りが在れば消費の低迷は続く。それ以上に消費者の財布の中身は軽い。景気の回復は美味しい指数のつまみ食いで、金融危機の反省がどれだけ生かされているのだろう?失業者が多くなっても景気の回復は間違いないのだろうか?

そうは思わない。勝ち組と負け組の差は一層明確に成り貧乏、生活困窮者が多くなる事だけは間違いない。自分の道は自分で切り開け。それが出来なければ座して施しを受けるしかない。その本当の厳しさを知った時道は開ける。甘いか。そのうち分かる。それが人の生きる道だろう。

人の生きる道。それは受動ではなく求道でなければならない。今でこそ人として何が大事な事か問われる事も少ないが、幼い時、義務教育の時、高校時代、そして18にして働き始めた時から今迄、教えられ学び取ろうとして、どれだけ歓びを感じただろう?理想と現実の狭間で苦渋の選択しか出来なかったのは、自分の力の不足以外何物でもないと思っていた。

最近になってやっとその間違いに気付く。爺ちゃんもばあちゃんも余りに真面目な人だったから仕方がなくも無いが、世の中そんなに単純ではない。結果的に墓に入る時は同じでも生きている時は千差万別。一人として同じ生き方は無い。真面目に生きる事は当然であり、それだけの価値しかない事も認識しなければならない。

それがこの歳にならなければ分からなかったのかと思うと、砂をかむ思いが強い。それでも爺ちゃんもばあちゃんも親父達の先輩は、多くの人がそうだったのかもしれない。殿の為、国の為、人の為、自分の幸せを犠牲にして何の為に生きたのかと思えば年老いたとは言え気付いただけでも遅くは無いのかもしれない。これから自分探しの道です。

年たけて、又こゆべきと思いきや、命なりけり小夜の中山。(西行)

高齢化社会、後どれくらい生きれるか?それはこれからの自分の生き方ではなく神のみぞ知る?それも違うだろう。アメリカの大統領が変わってもテロとの戦いが終わらない様に、人間の思い上がりは叩き潰されないと分からないのだろう。大体、テロとの戦いを武力で行わなければならない皮肉をどう考えるのか?期待され登場したアメリカの指導者もその事を思い知るだろう。武力で対抗できる事にも限界がある事を知らなければならない。

先日、熟慮の末通販でベッドと敷きマット、かけ布団、枕、シーツ一式を注文しました。フランク永井の歌ではないが13800円。47年前の親父の初任給です。物の値段は飛躍的に安くなったと言われますが全てはまやかしです。国内の職人が作ればこんな値段では買えない。

それだけの事です。安い物は人件費の安い所で造り高くてもそれに見合う価値が在れば、国内で手間暇掛けて作る。それだけの事でしょう。その為に何が出来るのか?その施策を考えるのが賢い官僚でしょう。それが出来なければ景気回復も無いだろう。

その事が問われるのが今回の選挙かもしれない。官僚任せではなく政治主導?これもインチキ臭いが問題山積の時、何とか審議会、何とか委員会では無く何とかせん会、何とかする会が求められる。財源が無ければ無駄を無くせ。無駄はありません?どこかの責任政党がそんな事を言っていたと笑えるかな?微妙?そんなもんかも。さあ、山登りです。

今日から8月。先日と今日、早朝にまとまった雨が降る。その割には蒸し暑い。今年はエアコンが無いとアカンと思いながらそのままに為っている。アパートの各部屋も暑いのだろう。隣の馬鹿は入口の戸を完全に閉めていない。開けっ放し。テレビの音は高いし部屋で料理をするので臭い。生活音と言いながら改める様子も無く管理人も注意しない。その程度だろう。

金も溜まったし住む所も考えようと思いながら、部屋に入れば狭いながらも楽しい我が家。外がうるさくてもラジカセを掛ければ、気になる事は無い。田舎暮らしまでどれだけの年が掛るか分からないけれど、それまではこの生活が続くのだろうか?それも無い気がする。

そんな事を考えていると山登りの気持ちが変わる。「サウナに行こう」。さすがの親父もこの暑さに負ける。汗をダラダラかきながら尾根(おね)道を一気に登れば最高だけれど、その元気も無い。気持ちが変われば急ぐ事は無い。ゴルフの石川遼の優勝を見届けて腰を上げる。

銭湯のサウナは満員御礼。10人も入れば満室の部屋もそれ以上の人。その中ででかい声のおっさんが韓国のカジノの話をしている。最悪。ゆっくり汗もかけない。最近こんな輩が少なくない。良い年こいで人の思いを推し量れないアホがホンマ多い。家でもつまはじきにされているのだろう。(以外にそうでもない。この手のおっさん、親父とはタイプが違う。)

サウナはそんな具合でゆっくり出来なかった。でも其れが正解だった。ゆっくりしていたら其れこそアウトだったろう。「ノボセ」。稀に脱衣場の腰かけに裸のマグロが腰にタオルを掛けてくたばっている。横目で見ながら馬鹿にしているが何時かは当事者になるのだろうか?

それだけは止めて下さい。裸で救急車はシャレにもならない。知らない人もいると思うがお風呂の事故は少なくない。年とってお風呂で倒れるのは最高では無い。最悪。それでも90越えたらされも有りか。西行法師は桜の下で最後の時を願ったが親父は風呂場かも分からない。

でもそれこそ身勝手だろう。残された人の事を思えばもっと違う方法も在りか?コラコラ。明日から又、仕事。暑さもこれからだろうが元気で頑張ろう。これから食事です。今夜は何にするかな?お気に入りのそうめんと巻き寿司、レザートに梨。そんな処かな。、

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