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2009年7月

2009年7月31日 (金)

明日から8月、8月のイメージは酷暑。でも今年は違うらしい?

今日はお休みです。そして明日からは8月。8月のイメージは「暑い」。今年はどうだろう?エルニーニョの所為で今年は冷夏とか。ほんまかいな。気象の予報は景気観測と同様?エルニーニョの言葉も最近覚えた。スペインかポルトガルの言葉で、「元気な男の子」とか。

南米大陸西の太平洋の海水温がこの時期、高くなる事を言うらしい。エルニーニョの現象で太平洋高気圧の日本への張り出しが弱くなれば、梅雨明けが遅く暑くならない?ホンマです。そうらしい。九州北部、中国地方の集中豪雨は本当にお気の毒ですが、異常気象の影響はこれからも続くでしょう。

それにしても人の生き方は愚かです。賢い生き方をしたいと思っても凡人にはその術さえも分からず、愚痴か不満か、自己主張しか出来ないのでしょう。人の迷惑顧みず。日曜日の夜の電話も親父の一週間の思いを一方的に吐露しているだけかもしれない。

それが分かれば生き方を変えて下さい。しかし、この歳になると人から何と言われても自分の思いを変えるのは本当に難しい。若い時、面倒を掛けた工場長に「馬鹿に成れ」と言われた意味がこの歳になってやっと分かる。これがホンマの手遅れだろう。

しかし、嘆き哀しむ事は何もない。それが分かっただけでも生きた甲斐があったのかもしれない。「自分の可能性を探る」。若き日々の思いはあの時の積乱雲の様にモクモクとして、天高く何物も恐れ無しの青雲の勢いだったのかもしれない。

若さの可能性、若さの無力、若さの甘さを知った時は、大阪に来て間もない時だった。18から28の時。希望と絶望の淵を彷徨いながら(さまよいながら)、求めていたのは何だったのだろう?幸せ?遣り甲斐(やりがい)、歓び、歓喜だった気がする。

今、多くの人が多くの思いの中に生きている。政治家はひと括り(くくり)に高齢化対策、少子化対策、年金対策、保健対策、雇用対策、etc.何とか対策と言うけれど、言葉と政策では語り尽くせぬ物が少なくない。その事を親父も知らなければならない。

8月の終わり、国政選挙がある。「政局より選挙」と国民の審判を先延ばしした総理の判断がどうだったかが問われる。今日の流れを見ればどう考えて見た処で判断ミスは間違いない。それでも当事者はそうは思わないのだろう。何を如何頑張るのか知らないけれど、総理に頑張れと声を掛けている人も高齢者ばかりではない。4年前の選挙がそうだった。小泉総理の熱狂的応援と比べるにはちょと淋しいが、無為無策のリーダーでもリーダーには違いないのかもしれない。彼らにとって総理とはその程度のものでも、この国の顔である事をどれ位自覚しているのだろう。そんな事は分からない。甲子園のバックネット裏でテレビの画面に手を振るおバカ程度だろう。あれは自分達のお間抜けを公共の電波に晒している以外の何物でもない。

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懐かしいバスに乗り ,懐かしい姉妹に会いに行く。お盆とお正月のランデビュー。親父が6年前、働いていたお店の前の姉妹。会えなくなったのは4年前。それからの歳月は会う度に親父は歳を取り、娘達は成長している。今は高一と小4.何時まで会えるだろう。今年も優しい笑顔は変わらず。それでも会えなくなる時は遠くない。娘だもんな。親父も歳取るし。

Img_0635 娘達の写真は撮ったがアップは出来ず。

流石の親父でもそれ位の配慮は必要。

その代わりに喜怒哀楽の思いを重ねたバス停前のアメ車整備工場が取り壊されていた。これが現実。綺麗事は通じない。

景気回復?底割れはない?

Img_0636 帰りに阪急の駅前でアイスコーヒーとチーズケーキ。このアングルに自己満足。でも無愛想な店員に見せても反応イマイチ。

そんなもんだろう。この店も雰囲気は変わらなくても、年を重ねた。そのうちリニューアルカ?余計な御世話でした。

この店も長くは無い。

Img_0637_2 この風景(電車と駅舎、ホーム)も45年前と変わらず。年金制度が如何だとか政権交代が如何だとか言われても、世の中そんなに変わらない。親父世代が如何だとか、子供の世代が如何だとか、そんなもん、あんまり関係ない。それでも時代は間違いなく変わる。

その事も忘れてはならない。それが生き残る術だろう。

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2009年7月28日 (火)

この木何の木気になる木 咲くやこの花、花では無い?

P1000093_2 P1000097 仕事場の樹。1週間に1度しか水を貰えないのに、そうして先端をこんなに綺麗にしても、花では無い。

葉っぱを包みながら、最後はつぼみを広げて役目を終える。一体何の為の綺麗な色だろう。

人間の生き方にも自己主張があるがこの膨らみは、何を主張しているのだろう?

あと数日でつぼみが開いた時、役目を終わる。優しくピンク色に包まれた茎も摘まれてしまう。

観葉植物の宿命とは言え、余りに果敢ない。ピンクのつぼみが開いた時、全ては終わる。

茎が摘まれた時の白い樹液は、せめてもの抵抗の涙だろうか?皮肉にもそのお陰で生命力を保っている。

P1000094 ピンクのつぼみの裏側です。

少しずつ弾けている。

未だ弾けていない下の部分が切れた時その役目を終える。果敢なさと切なさが重なり、一気に弾けた時がその時。

柔らかな茎も其の儘、伸びる事は無い。

観賞植物とは所詮そんな物なのか?

それにしてもこのはち切れんばかりの生命力。今度ばかりは摘み取れないかもしれない。人の世もかくの如し?

天地人とは某国営放送の大河ドラマだが、親父の信条は天地仁。天知る地知る己知る。

己の不徳を嘆け。人の世の習いは咲くやこの花が教えている。

P1000095 少しピンボケ。でもこの木分かりました。ゴムの樹。吉野さんに教えてもらいました。でも南方のゴムの樹とは大違い。何処が?スケールが?

でもゴムの樹の性質は失われてはいない。新芽の葉っぱを折ると白い樹液が出る。一時だけどね。

ピンクの葉っぱの裏側の開きがもうすぐ終わる。その後は更に開いてその役目を終える。何の役目?

それがこの写真で分かる。しっかりと包まれていた新たな茎は、しっかりと大きく成長している。今度は折れない。

吉野さんは藤棚、蔦の様に伸びる話をしていた。それはまずいがそうなるかもしれない。まず無いだろうが・・・

さやえんどうの様に立派になった茎、これは違う展開になるかも?今度は折られずに立派に成長するだろう。

如何かな?毎日見てるか?

P1000099 もう一度、良く見てて。

ピンクの包みの裏側。

このえんどう豆のさやの様な膨らみ。

これが葉っぱです。

今迄摘み取られていた。

今回は何とか残りそうです。

理由?そんな気がする。

そんなもんです。

人の世も又、かくの如し。

流れ、水の流れも時の流れも同じ。

写真撮影の為にクルクルと、鉢を回していたら、ピンクの包みが落ちてしまう。

葉っぱの赤ちゃんの誕生。

葉っぱなのに何故かみずみずしい?

イヤイヤ、植物の方が人間様より

初々しいのかもしれない。

この木何の木、気になる木

ゴムの樹でした。

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2009年7月27日 (月)

元気ですか? 梅雨明けは未だだけど決定的瞬間です

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幼い時、近くの神社で見かけた風景。休み3日の最後、雨の合間を見て山に出かける。この決定的瞬間は意外な所で出会う。城址公園の下、道が平坦になった所の街路樹。其処に停まった主人公も戸惑っていた。「鳴くべきか、鳴かざるべきか、それが問題だ)。親父のカメラの接近にも無視してじっと静止していた。夕暮れ時、梅雨明け前の街中の風景でした。

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雨上がりの城址公園入り口。本当はこの前をパスして山麓のバス通りを横切り、山に入るのだけれどその勢いなし。でも其れもまた良し。この趣のある風景、タダです。正面の石像見えますか?画像125%拡大すれば分かるかも。右側の樹の紋様は蔦(つた)の絡みです。

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城址公園の思い出の樹。静岡掛川の家で入居後、間もなく買った葉に棘のある樹。

Img_0619いかにも人工的な水の流れ。それでも水の流れは人の心に安らぎと開放感を与える。

Img_0621礎石は歴史的根拠はない。でもこの芝生の空間は間違いなく本丸の後?

Img_0622 Img_0620   

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Img_0614_3 上の写真が不気味に成りましたが、左の可憐な花達で心を和まして下さい。でも現実は上の鬼百合?かもしれない。

鬼ヤンマ(とんぼ)、鬼何とかを少なくなり

一見平和だけれど、現実は厳しい。

この写真はその事を、教えている。

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2009年7月26日 (日)

政権交代、景気対策、そして健康診断?

先週の火曜日、衆議院は解散され来月30日投票日。多くの思惑が重なり暑い時、熱い戦いが1ヶ月を越して行われる。ブログを見ても多くの人の関心が政権交代。でも麻生総理が言うような政権交代より政策論議の盛り上がりは無い。何故だろう?それ程にこの国の人たちは政治に関心が無く、自分達の身近な問題しか興味は無いのだろうか?そうです。

親父達が若い時、そうして働き盛りの時、指導的立場の時、当時と基本的には何も変わっていない。政治に関わりを持ち体制の維持を計る人は、反体制の個人と組織を攻撃し改善を計る事は無かった。徹底的に叩き潰し自己の勢力拡大と利権の保持を計った。

それが出来ない心優しい人はその体制から外され、そうして経済的にも精神的にも多くの挫折感を味わう。(理想や理念だけでは飯は食えない)そう侮られても何も言わず今に見ておれと思うだけだったのだろう。哀れと言うには余りに非情。しかし、敗戦国から世界第2位の経済大国になり(ジャパンワズナンバーワン)と言われ始めた頃から、この国はおかしくなる。

それでもそれまでの蓄積された力は小さくは無かった。バブル経済の崩壊、失われた10年多くの試練の時も他に例の無い勤勉さと技能の高さ、パート、非正規労働者の作業改善、無駄の排除がこの国の経済を支える。それが崩れたのが昨年後半のアメリカの金融危機。

皮肉な事に問題の火種がアメリカの一部の関係者の責任の様に伝えられているが、そうではあるまい。どんなに規制の網を被せても中国の様に共産主義国家で無い限り無理だろう。その中国ですら経済体制が激変し政治体制との矛盾に平然と口を拭う。

綺麗事を言うな。政治体制も経済体制も所詮その程度の物で在り、それ以下も以上も無い。今でも信じられないが政権与党、利権体制、官僚、検察、警察、公安のそれどれが簡単に政権交代を黙認するとは思えない。なりふり構わぬ抵抗と阻止に全力を挙げるだろう。

良く人前で平然と(誰がやっても一緒)と言い放つ輩がいるがそうではない。余りにも自分達の生活が豊かなのかそうではないのか気付かないだけだろう。この国の庶民の生活が鎖国時代だった時とは違い、今は余りにも政治が日々の生活に入りこんでいる。関係無いのではなくそんな生活で精いっぱいでしかない。政治に関心を持てば自分の生活の程度が分かる。

もっと個人も地域も国も豊かになるにはどうすればいいのか?政治に関心は無くても自分の生活には関心があるだろう?そのレベルで考えれば良い。どっちもどっちと言うほど関心が無ければこれからの逆転の時代を生き延びる術がいる。それも無ければグッドラック、幸運を祈しかない。それも無いかもしれない。

逆転の時代。下剋上。この国はアメリカには叩き潰されたが歴史上、長い間他国に支配された時は無い。神国と言われた時は1945年まで。親父が生まれた時までは、そう教えられていた。神国が負ける事は無い。そう言い続けた時はそう昔の話ではない。

若者達、現役世代がその事を知らなくても親父達はその事を静かに語らなければならない。日曜日朝のテレビを見ていてそう痛感する。どんなに現状の問題を説いても政権交代の流れは変わらない。それ程に民意が変わったのは他でもない。改革の本質を見間違えた小泉改革だったのだから。

せっかくここまで読んで呉れたお礼に親父の独断と偏見を許してもらえれば、自公の330議席は間違いなく半減、東京都議選の関心が国政選挙にも在れば100を割るかもしれない。いくらなんでもそれは無いと言い切るのは難しい。小泉チルドレンと政治長老はアカンやろう。

景気回復を政治に求めるのは無理だろう。景気の回復は消費の盛り上がりしかない。失業者が増え企業内失業者が600万人を越えたと言われても、他人事だと思われているだろう。地方は疲弊していると言われても日々の生活には、都市より裕福かもしれない。

橋本大阪府知事は地方は中央の奴隷と言われたが、それは言い過ぎだろう。大阪と地方の知事では条件が違う。それをひと括りにして威勢の良い事を言っても、パフォマンスとしか見られない。地方分権の理解を政党のマニュフェストで採点すると言ったと頃で何も分からない。自民党支持とでも言うつもりだったのだろうか?(アンタの支持母体何処?自公では無いの?)

まあ、親父の選挙予想が外れた時は笑ってください。所詮予想ですから反対もあるかも。よそう、うそよ、それは無いか。景気予想、株価予想にもセンチメント指数なる用語が在るとか。なんのこっちゃと調べてみると「人の気持ち、思惑、思い入れ」とか。なんのこっちゃ。

景気なる言葉がそうだろう。正確には景況感。実体経済は人の思惑で左右されるのではなく需要と供給の大きさと重なり具合だろう。アメリカの金融工学の誤りと欺瞞(ぎまん)は単なるリスク管理、それ以上に人の思惑を都合よくコントロールできると誤認した事だろう。

人の思惑は目先の利害に翻弄(ほんろう)され、みんなで渡れば怖くないのだろう。金融危機から派生した世界経済、日本経済の危機は当面の底割れは避けられても、この先はなかなか予測できない。本格的に動き出せるのは政権交代した政権がどんな指針を明確にするかそれからだろう。暫くは一喜一憂の時が重なるのだろう。また、熱くなるのだろうか?

その為には節制。我が物顔で生きるな。謙虚な気持ち。感謝の気持ち。人を思いやる気持ちを忘れてはならない。その為には健康でなければならない。健康のバロメーターは山に登れるか?サウナに入れるか?汗のにじんだ顔を純白のタオルで拭いてみるが良い。どれだけの汚れがあるか?それを見ていれば人の営みが分かる。

尤もらしい事を言った処でその程度の物だろう。フランク永井の歌で(公園の魔術師)がある。政治家も親父も言葉が多すぎる。公園の銀杏が手品師となりカードを撒く時、親父はどんな顔をして流れる雲を見ているのだろう。願わくば新たな力が沸き上がっていると良いな。

雲が流れる公園の、銀杏は手品師、老いたピエロ。

口上は言わないけれど、なれた手つきで、ラララン、ラララン、ラララン

カードを撒くよ(まくよ)。秋が行くんだ、冬が来る。

銀杏は手品師、老いたピエロ。  作詞、宮川哲夫 作曲、吉田 正、

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2009年7月25日 (土)

ムーンライト、セレナーデ

以前、嘆きのセレナーデについて書いた事がある。しかし、セレナーデの言葉の意味は男性が女性を讃える歌とか。最近はそんな女性も少なくなったがそんな意味では、嘆きではなくムーンライトの方が情感があるかも。飛行機で日が暮れた伊丹空港に着陸する時の感覚ではなく、四国室戸の南上空から見える陸地の明かりかもしれない。

でもそんな時も過ぎ、親父にとってセレナーデにぴったりの言葉はやっぱり「嘆き」かもしれない。親父だけでなく日本人にとって女性は対等ではなく、愛の言葉を囁く(ささやく)輩は、女誑し(たらし)の侮り以外の何物でもなかったのかもしれない。

最近、これも親父の独断と偏見だと思うがオカシイ輩が少なくない。マスコミは特にその傾向があるから振り回されてもいけないが、自分の思う儘に生きる。その為なら一時の感情に左右されても何ともないのだろう。それにしても行動に甘さがあり逮捕のされ方、罪の重さの認識がない。余りにお粗末。逃げ切れると思っているのだろうか?思っているのだろう。

警察もなんかおかしくない?事件を起こさないと逮捕できない?逮捕できなくてもガキに舐められる事は無いだろう?多くの間抜けは知らないが国家権力の強さ、警察権力の強さ、公安の厳しさを事件の予防に使わなければならない。警察は天才バカボンではない。

バカボンの漫画の世界を知らなくても、警察の社会は国民主権では無い。国家主権、組織主権、官僚主権、。事件を犯した時、その厳しさを思い知るのでは遅い。顔を隠しても罪の重さを隠せない。これが本当の後の祭りだろう。

女誑し(たらし)の意味が違う?そう。本当の誑しは言葉で狂わす事だろう。(男の風上にも置けない)。 最近はサラリーマン社会だけでなく政治の世界でも、例外ではないらしい。

お気に入りの(麺つくり)「濃厚とんこつ」極細麺を食う。期間限定の信州高原ミックス浅漬けの野菜が上品にマッチする。インスタントのラーメンでも馬鹿に出来ない。多くの人は其処(そこ)を見誤っているのだろう。選択と選別、その事が問われるのはアダムとイブの世界だけではなく、政治も経済もこれからの生活も同じかもしれない。

ムーンライト、セレナーゼ、この曲は昨夜のジェット、ストリームで知る。深夜0時のFM放送。親父が若い頃から知っていたJALがスポンサーの番組。数ヶ月前迄の渋い伊武正刀からパーソナリティーは変わったが、選曲の素晴らしさは変わらない。今迄はその曲を調べる術がなかったが、分かる。凄い親父の執着心。執念か? 番組のホームページに入りその日、放送の曲をチェック出来る。これでお気に入りの曲が買える。レコード店。君から紹介されたアマドン、ドット、コムではお買いもの出来ない。何故?買う前に聞いてみたいから。お店でもそんな厚かましさは無いくせに。(トホホ)

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2009年7月20日 (月)

お休み3日目、明日から仕事、気合を入れて山歩き?それ程でも

昨夜来の雨が上がり、爽やかな一日?ならず。湿気が多い?蒸し暑い。じっとしてても汗が出る。でも朝起きは遅くは無かった。お休みの日でも前みたいに遅くはならない。それでもお世辞にも早いと思えない朝食は10時を廻っていた。近くの喫茶店。モーニンング。450円。

P1000089 お昼はお弁当。御飯が温かい。おかずも総菜屋さんの心配り。

この花は山登りの入口にある温室の物。名前は分からない。

でも、自己主張がある。最近、人間の世界では歓迎されない。

何故だろう?その割には喫茶店でも電車の中でも、バスの中でも

じゃかましい。たわいなも無いお喋りは出来ても、賢い話は出来ないのか?そうでもない気がする。気品が無い。美しさが無い。モラルがないのだろう。(アンタに言われたくない?失礼でした。)

P1000084 この道は山麓の道からハイキングコースに、入る道。

これまではアスファルトの道で鉄のアーチも無かったが、モザイクのレンガの道になる。家の近くの歩道もこんな感じだが、コスト的に安いのかな?部分的な手直しが簡単なのかな?

鉄のアーチは両側のバラが伸びた時、ツルのトンネルになる。

これからの年寄りは歩かなければいかん。歩け歩け。

暑いとか寒いとか尤もらしい理屈を並べていると、こんな道には出会えない。願わくば足に優しい柔らかさが欲しい。耐久性を考えると無理?行政もこの道が散策の道とは考えてないのだろう。

P1000087 赤とんぼで無く何トンボ?トンボ博士教えて。

でも、谷に掛る高い橋。さりげなく撮らせて頂きました。

(水、飲んでたのかな?身動きもせず、羽も動かさず)

親父のように年寄りかな?でも違うのはスリム。ガリ。シャープ。

一心不乱に何に集中していたのかな?

親父の為のポーズ? まさか。

欄干の幅が異常に大きい。トンボが小さいからそう見える?

P1000090 温室に戻る。浜松フラワーパークの大温室には、比べ様も無いが、ビューティーフル。入場者無し。入場料無し。監視員無し。大丈夫かな?監視カメラだけではアカンやろう。

花の命は短いと言われるが、それも人間様の勝手だろう。

生きる者の思惑を越えて咲き誇る美しさは、息を呑む。

物言わぬ花達もそれで充分だろう。充分過ぎる。

人の思惑なんて所詮、その程度だろう。

P1000091 山道は昨夜の大雨で、綺麗になっていた。写真ではぬかるみに見えるが、道は乾いていた。3週間振りだと言うのに息が上がる。

歩くのをサボると体は正直、一番楽なハイキングコースでも展望台まで一気には上がれない。息を切らせながら一歩、一歩、歩を進める。下の休憩所で静岡のお茶、ペットボトル手にしたのは正解。3回休んでやっと上り詰める。汗びっしょり。裸になっても誰も来ない。

このコースは幼稚園生のお散歩コース。最近のガキは元気が良い。それとも大人の体力と暇がないのだろうか?

親父の健康のバローメーター。健康診断は此処に来れば分かる

マネー資本主義の教訓。これから夕食の食材を買いに行く時間なのに、注目の番組が始まる。今回は最終回。ゲストが面白い。漫画家の西原さん。さりげなくFXで1000万の損。

金融工学、金融商品、リスクの軽減、西原(さいばら)さんの表現面白い。パチンコでフィバー中に辞める人はいない。その通り。どんなに尤もらしい事を言っても金儲けは所詮、ギャンブル。リスクの無い(損の無い)金融なんてある訳がない。

年金の話、年金の運用、ヘッジファンドへの投資(プロの投資集団)企業年金の破たん。

元金保証の無い投資、そのリスクを運用責任者は取れるのか>取れないだろう。

アメリカの金融政策の間違い。市場原理。ドル高政策、市場の過熱、アメリカの金融政策の間違いが言われても、この国の低金利政策の間違いを指摘する人は少ない。

そしてこの国のリーダーの一部には今回の危機はアメリカの問題と平然と言い放つ。

違うだろう。これからその事を思い知る。

新たな基軸通貨、I、M、F(国際通貨基金)がアメリカの利益に左右されていると言われても何も変わらないのは、戦後の政治経済体制の崩壊が始まった時、どうこの国は対応するのだろう。丁度良い。程々でよい。自分より恵まれない人の為に生きる。そんな生き方が出来るのだろか?

明日、衆議院は解散されこの暑い中、厳しい選挙戦が続く。多くの有権者もこの時だけはでかい顔が出来るが、こればかりは昔と何も変わらない。(お願いします)(力を貸して下さい)オイオイ、反対だろう。その事をどれだけの人が認識しているだろう。それ以上に低い政治的関心。今度は流石に今迄とは違う流れが見えるが、どうだろう?

親父はすっかり西原さんのファンになりました。

お金を得ようとするなら損失は当然。そのリスク管理が出来なければ所詮、敗者。

その言葉も正論です。セイフティーネットもこれから問われるだろう。

金儲けの経済からもう一度、物作りの経済が問われる。西原さんの言葉は多くの人が生きて行く道標だと思う。マネー資本主義の崩壊の先に在る者、それは人の生き方かもしれない。番組終わりました。これからダイエーです。飯はお好みの巻き寿司と野菜炒めかな?

お買いもの、行ってきました。以前、10時半までの営業が10時で閉店。今日行ったのは9時過ぎ、お目当ての巻き寿司は売り切れ。安くて美味しい物は誰も同じ気持ちか。他の巻きものと比べて決して安くは無い298円。シンプルで巻き物と海苔のさっぱり感が受けるのか?

手にしたのは明太子と野沢菜ご飯(これは飯が冷たい。固まっている)。これにアツアツのお湯を掛ける。久しぶりにこれにする。他に何かとみていると先日買えなかった鹿児島ウナギのひつまぶし、出来たて半額。これに騙される。まあ、良いか。昨日のウナギ、食えなかったし、今年も炭火焼の掛川甚八さんのウナギは期待できないし。案の定、ひつまぶしのウナギ細切れで味?半額349円ならしょんないか。御馳走様でした。

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2009年7月18日 (土)

梅雨明け10日 この言葉も関係ない日常 ああ

日本人の平均寿命がニュースになっている。親父の信条は「元気で楽しく生きる」。でも最近の多くの年寄りは幸か不幸かそうではない。仕事も無く体も不自由になり夢さえ失う。そんなのは嫌だと思っても親父も20年もすると分からない。20年どころか数年先かもしれない。

それだけは無いと信じて体を動かしてはいるが、自己流の太極拳や素足のジャンピング、足挙げ、四股踏み程度では内臓、血管、血圧、血流の改善には程遠いだろう。しかし、人の事はどうでも良いから自分に出来る簡単な事、それを重ねたら体の衰えを抑えられるかも。

歳がいも無く元気なのも如何かと思う。人の一生は意外な事の積み重ねかもしれない。信じられない弱さ、信じられない自己暗示、信じられない恐怖と不安、生き生きとした生き方が出来るのはそんな弱ささえも持ち合わせていないのかもしれない。ところが例外もある。

人間の弱さは強さの裏返しでもある。人の体は半年で入れ替わる。爪を見ると良く分かる。しかし、生まれながらの体質、生まれながらの肉体の弱さもある。親父の場合、生まれながらの不整脈(心臓に細かい穴がある)、首の骨の詰まり。この歳になると、影響が出てくる。しかし、人の生命力は医学と医療の常識を変える。親父が元気な訳は生まれながらの血管の強さと診断された時、亡くなった親父とお袋に感謝していた。

今の健康な体を持続するには明確な目標と幸運の重なりが、必要だろう。その事も忘れてはならない。元気な時に人の体調は揶揄(やゆ)しても、何時までも元気な保証はない。その事も忘れるな。得意げにでかい声で人前で世間話をする輩を見ると、不快な思いをする。(それはお前だろう。)爪楊枝(つまようじ)でシーはシーはするし。面目ない。

梅雨明け宣言も無い。今日はお休み。これからお盆の休みに掛けて休みが多い。暑い日が続き炎天下の駐車場の出入り口、交通誘導の仕事をしていた5,6年前の事を考えると有り難い。生きる為とは言え地面からの反射熱と天上から照りつける強烈な日差し。当事者でないと分からない苦しみ。しかし親父はそれでも仕事が出来るだけで充分だった。

人間の賢さと愚かさの証明。今の仕事をしていてもその事を忘れてはいない。ベンツの車で優しい言葉をかけて呉れた奥さんと旦那さん、そして子供達。親父のこれからの生き方に真似は出来なくてもあの優しさを忘れてはいけない。反対の事もあった。侮りと勘違い。人の生き方に気品と品の無さがある事を知ったのも、あの時だった。

梅雨明け10日の意味は山の天気が良い表現。穂高の山も晴天が続くのだろうか?飛騨と長野の山々は今年もまた、青く天高いのだろう。奥飛騨の温泉に浸かりビールを飲みながら飛騨牛に舌づつみを打つのも、昔々の話となる。今年はどうだろう?無理だな。

今日から3連休・関係無いけど親父も休み。今日は暑さに負けずに寝ていた?疲れていたのだろうか。今年の夏は暑そうだからクーラーが無いと駄目かも?でも気持ちだけは強く持ち(暑い暑い)とわめく事はしない。気持ちで楽になれる事もある。それでも静岡、杉川の涼しさは出来る事ならもう一度。無理だな。

明日は土用?丑の日は何時か分からないが今年は何として静岡掛川甚八さんのウナギを食いたい。大阪から掛川は近くて遠い。ウナギを食いたいだけではちょと無理か?それだけの価値はあるけど甚八さん、やっているかな。松竹梅の松、あの炭焼きのうな重は巨人の阿部ではないが「最高です」

今年の夏は一杯の思い出とは行かなくても、良い事を重ねたい。水着見れるかな?

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2009年7月17日 (金)

カチカチ山の教訓?親父もよく知らなかった

先日のブログに書いたカチカチ山の教訓。調べてみました。

日本昔話。(今は語り継がれていないけど、童話の中に人の生き方を教えている)

昔、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。(昔話はこの語り口で始まる)

(あるところってどんな所?…何処にもある処)・・・・ふぅーん。

おじいさんとおばあさんが一生懸命に畑仕事をしていると、悪いタヌキが邪魔をする。

困ったおじいさんとおばあさんは知恵を働かせて、タヌキを捕まえ夕食の汁に入れようと考える。タヌキもそれはさせじとおじいさんが用事をしている空きに、おばあさんに嘘をつく。

(心を入れ替えてお役にたちますから、私の縄を解いて下さい。) おばあさんはすっかり信用して騙される。タヌキはおばあさんを自分の身代りにしておじいさんにタヌキ汁をごちそうする。……残酷。昔話も結構怖い。いくらなんでもタヌキとおばあさんでは肉質が違わない?

タヌキの汁と思って美味しく食べたのが、おばあさんだったおじいさん。どんなに嘆き悲しんだだろう。そんな時仇討を考えて呉れたのが親しくしていたウサギだった。(何で?なんでも)

ウサギはおじいさんを騙したタヌキを山から呼び出す。(しば刈り、薪刈りでお金儲けが出来る)。タヌキはすっかり信用して背中に背負いきれない程のしばを手にして引き上げる。

その時、後ろでカチカチと火起こしの音がする。さすがに不安に成りウサギに見てもらう。

ウサギもさる者。すましてこの山がカチカチ山。山が鳴っているのでしょう。騙されたタヌキの背中はウサギから火を付けられ、大やけどをする

大やけどのタヌキもウサギの罠(わな)とは知らず、見舞いに来たウサギに更に騙される。

やけどに効く薬と言われトウガラシの塗り薬を塗る。…このあたり因幡の白ウサギにもあり。

知らないでしょう。因幡の白ウサギ。皮を剥がれて丸裸。

話は火傷(やけど)では終わらない。働き者のおばあさんを自分の身代りにし、おじいさんを嘆きの底に叩き落としたタヌキは、最後にも欲を出し泥舟に乗り水におぼれる。ウサギは助けを求めるタヌキをオールで叩きおとす。

カチカチ山の昔話は今は知る人も少ないが、良く調べてみると結構残酷な教訓。

でも昔の人は残酷な話をさりげなく語っている。今日の情報社会に生きる現代人は、何を語れるのだろう。尤もらしい話をしながら尤もらしい生き方も出来ずに、何を糧に明日に光を見ようとしているのだろうか?淡淡と生きる。尤もらしくもっとも哀しい生き方しか出来ないのかもしれない。

これまで声高に叫ばれた構造改革、郵政の民営化が出来なくて何が出来るのかと問われた前回の選挙。その代償が皮肉にも自公の政権崩壊なのか?民主の圧勝では無い。余りにひどい政権の判断ミス。親父は現政権に解散の判断は出来ないと思っていたが、そうでもない?現状では間違いなく自民の惨敗。民主が圧勝して大きな変化は無いとしても、ひどすぎない?ひどくない?甘い。国の形が変わる意味をどれだけが認識しているのだろう?

カチカチ山の教訓。昔話ほどワルでは無い政権与党が何故、有権者に見放されたのだろう?。やる事がそんなにも拙かったのだろうか?拙かったなあ。一番拙かったのはやるべき事が全て裏目。解散の時を見誤ったのは総理の資質に欠けたのか?側近が駄目。

カチカチ山のお話は作り話でも今度の選挙は歴史に残る。それに勝るとも劣らない多くの人の生き様。その証人にならなければならない。関係無い?そうは行かんぜよ。

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2009年7月15日 (水)

梅雨明けの前に熱帯夜、けったいな感じ、うんだー(私)嫌…大分弁 女の甘え

うんだー(懐かしい故郷の方言。でも今の若い人は使わないかも。若い女の甘えた感じ)。関西でこいさんが死語になった様に、大分でも「うんだー」はないかもしれない。みいちゃん、沖縄ではどうかな?今年の夏は大阪も東京も沖縄と暑さだけは、変わらないかも。

暑い夏、大阪の梅雨明けは今週末になりそうだけど、政治の世界も熱いね。熱いのは当然だとしても炎上したらどうするのだろう。その事すら見えなくなってしまった混迷。いずれにしても政権の重みを軽くした人気取りの代償は、限りなく大きくそして計り知れない。

近い将来、間違いなく政権が交代しても多くの国民は何の事だか分からないだろう。政権与党の影響力は小さくないのだけれど、一般庶民はどれだけの喜びを感じるのだろう。その事はアメリカに行けば分かる。アメリカの今日の実態が分からない親父が言うのだから、間違いだろうがこの事もそのうち分かるだろう。明治維新を成し遂げた名も無き平民達の、維新後の不遇を思えばその落胆の思いも和らぐかもしれない。政権交代の光と影、その偉大な力の大きさに多くの人は為す術すらない。

だからどんなに安定を求めても、その時は為政者だけでなく一般庶民にも容赦は無い。見て来た様な事を言うなと言われても嘘ではない事を、そのうち思い知るに違いない。保守、革新と言われたイデオロギーの違いも失せれば、政治に関心と無関心とに拘わらず、大差はない。

この期に及んで政権与党の内部抗争は、一段と加速しているがサイは投げられた。この言葉の意味も知らない人も少なくないが、政治家先生もカチカチ山の教訓すら知らないのだろう。あなたも知らない。お尻に火が付いてじたばたしても泥船では、沈むしかない。

今度の選挙、多くの人は知らないけれど静岡知事選の全国版になりそう。自民党の看板が重しになってまともな選挙が出来ない。ゴルフをやらない人は分からないけれど、逆風の向かい風を切り裂く力強さが無ければ大敗する。その事を予感すれば今年の夏は暑いなんか言えないのだろうが?無理だな。この国の政治意識は政治家だけの責任ではない。

今日はお休み。国民健康保険の保険料が決まり、納付通知書が来る。予想通りの金額。でもなんでこんな金額になるのかは理解できない。君達は組合健保で会社が半額負担しているが、親父達、自営業者、非正規労働者にはそれが無い。全額負担。

企業がコスト削減の為、社員を多くしない。少なくする意味が分かる。親父が働き盛りの時から言われた成果主義、成果に見合う報酬の必要性が声高に叫ばれたが、企業の体質はどれだけ強くなったのだろう?経営者(オーナーではない。サラリーマン)の報酬だけだろう。

企業の体質は強くはならず、マネーの暴走に振り回されるとはどれだけの人が、予感しただろう。今日、アメリカの金融危機のみが100年に1度の経済危機の原因とも言われるが、それだけではない。管理職すらも例外ではない手取りの大幅減少。雇用の不安。非正規の切り捨て。そんな事をしていたら会社がおかしくなる事を考える余裕すら無くなっている。

国民健康保険料を払えない人が多くなっている。アメリカからも感嘆の思いで見られていた国民皆保険、その保険制度の破たんが進行している。国保だけではない。組合健保も多くの会社が赤字になる。親父達が現役の時には考えられなかった支出増、収入の減。

なんでそんな事が現実の問題になったのか?高齢化社会、少子化社会、多くの事が尤もらしく語られているが、事務の合理化、無駄の排除、健康増進の取り組み、健保の親方日の丸、どれだけの改善がなされたのか?多くの問題は覆い隠され足りない金は取れる処からしか取るしかない。

景気の先行きが見えない。そうではない。見る眼が無いだけ。景気の先行きは間違いなく暫くは混迷の時。先行きが見通せれば苦労は無い。先行きが明確になるのは今年は無理。

地方自治のパフォーマンスも立ち消え。国の大きな変わり目の潮目も自民の人気取りではアカンだろう。そんな事は当たり前。私が出れば負けない。アホカ。もうそんな時代ではない。知事会で支持政党を決める。アホカ。自分達を何様と思っているのだろう。

今回も政治の話が多くなりましたが、親父も自分の事をもっと真剣に考えないとアカン。太り過ぎ。食い過ぎ。脂肪の廻しがへその上に10センチの幅。この重石を取らないと本当にヤバイ。

Img_0604 こんなにお腹出ていないが、太り過ぎ。

食い過ぎは健康の源ではない。

不健康の始まり。内臓に脂肪が溜まり、

醜さに気付いて居ない。脂肪の廻しです。

Img_0605 そう、これ位。これでも太り過ぎ?

歳、たけて胴のくびれは、何だろう。

運動と食事の成果を、実感しないとイカン。

健康は歩いてこない。だから歩いて行く。

遅くなったけど明日は仕事。最近、睡眠時間が不足して目覚ましの反応が敏感でない。朝の時間はその日の仕事を決める。その事をもう1度、噛みしめなければならない。スナップの場所はお気に入りの喫茶店でした。

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2009年7月13日 (月)

暑い、暑い、暑い、でも汗を流せばさっぱりするよ。

昨日のブログ、一杯見て呉れてありがとうございます。馬鹿にならないといけないと言いながら真面目なブログを書いて居てはどんこんならない。(大分弁でどうにもこうにもならない)。どんこんならんと言えば今度の選挙もそうだろう。先日の東京都議会選挙の結果を見るまでもなく、民意を問うタイミングが遅れ何を今更の感もあるが、この期に及んでは如何ともしがたいのだろう。選挙の顔となるべき総理が景気対策の為に解散のタイミングを失ったのは、何とも皮肉な結果である。

親父のつぶやきをでかくすれば、今度の選挙は民主の圧勝。政権交代は間違いなくても中途半端ではないだろう。麻生総理が景気対策の具体策は自公で無いと出来ないと言われても、有権者はそうは思っていない。そこが奢れる(おごれる)者の判断なのだろうか?

政治の世界は一寸先は闇と言われるが、親父達の生活、君達の生活も同じだろう。解散の時期は来週と言われても首をかしげる。景気の先行きが分からないのだから、政治なんて分からないのが本音だろう。今週の動きが注目される。

難しい話はそれ位にして今日も暑かった。事務所はガラス張りで朝から日差しが眩しかった。朝から温度計の目盛りは30℃を簡単に越えた。エアコンの温度設定は簡単には下げないから汗まみれだった。でも汗は健康のバロメーター。その事を思い知れば暑さも少しは和らぐかも?これから暑くなる。今年の夏はどんな夏になるだろう。楽しい事が待っているかな?

今週17日、京都祇園祭、山鉾巡行。月末25日?大阪天神祭。関係無いな。水着見れるかな? 浜松と掛川つま恋のプールに行けず、山に行って川での水遊び。あの時はlong long a go だに(静岡弁です。標準語でもです。)

明日もう一日頑張れば、明後日はお休みです。次はおもろいネタ期待してください。

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2009年7月12日 (日)

最近、ブログも手抜き、1年前の記事を見直す。面白い。

暑い日曜日。廊下の温度計を見ると目を疑う。ホンマカイナ。32℃を越えている。しばらく目を凝らすが変わらない。貧乏な親父の6畳1間の部屋にはエアコンも無く、換気扇と扇風機がフル回転している。そのうちオーバーヒートするのでないか、少し気になる。まだ梅雨明けもしていないのに、今年こそへそくりをはたいてウインドーエアコン買う?冷蔵庫も無く良くやるよ。それでも自分に負けず元気でやれたのは、親からもらった五体が満足だったからだろう。難しい言葉だけれど「人間万事塞翁が馬」、その事を忘れてはならない。(意味不明)…中国のことわざ。良い事ばかりは無い。悪い事もある。一喜一憂することなく淡淡と生きよ。

暑いと言えば山に行き、冷気に浸る。川に行き水に浸る。海に行き木陰で頬なでるそよ風に浸る。そんな生活とは、程遠い都会の貧しい生活も長くは無い。あとどれ位続けられるのだろう。その事を忘れてはならない。その時の為に生きていると思えば暑さもしのげるだろう。

大阪の夏も年年歳歳暑くなる。親父が18の時体験した暑さも半端では無かったが、一番違うのはエアコンが増えた事だろう。どれくらい増えたか分からないが、当時エアコンは喫茶店、食堂、事務所、会社しかなかった。その涼しさは格別で少ない手持ちの金しか無くても、冷たいコーヒーを口にしながら一息ついていた。今の営業さんも同じ?車の中で缶コーヒー。ああ、それも在りか。その事を思えば今は格別の感あり。それだけ老いたのか?

老いても精神的には何の成長も無い。若き頃の志を忘れず日々の精進とは行かなくても、良く頑張っていると思う。本当は独り身になった13年前、此処まで生きれるとは思っても見なかった。人の一生は重荷を負いて遠き道を行くが如しと、家康に言われるまでもなく重い重い人生だったと思う。人の冷笑、不信、妬み(ねたみ)嘲り(あざけり)醜さ(みにくさ)を噛みしめる度に、どれだけ苦渋の思いを呑み込み自分に檄(げき)を飛ばした事だろう。

これからはその屈折した思いを開放し、思いのまま明るく生きなければならない。嘆いても悔しさをどんなに自分にぶつけても、何も変わらず状況は改善しない。若い時恩師から言われた言葉がこの歳になって良く分かる。「馬鹿になれ」。馬鹿になれば廻りが助けてくれる。

自慢ではなく馬鹿では無い生き方しか教えられ無かった親父の幼き頃を思えば、それも当然の事だっただろう。その朴訥(ぼくとつ)とした風貌に似合わぬ訥弁(とつべん)、口下手、それが目的を達成すると格好の弱点となる。組織の中ではそれが明確になれば、梯子(はしご)を外される。今となっては全てが冥土の土産。亡くなった掛川の和尚も笑って見ているだろう。暫くは馬鹿になれる。馬鹿に成り切れば生き方が変わる。無理かな?三つ子の魂、百までとも言われるからな。

夕方になり涼しくなる。静岡気多(けた)杉川の水の流れも、上高地梓川の水の流れも、故郷道越の川の流れも、君と行った西表のマリウドの滝の水も変わらないだろう。(行く川の水は絶えずして元の水に非ず、流れに浮かぶ泡形(うたかた)は、かつ消えかつ結びて久しく留まりたる例(ためし)なし。人の世も又、かくの如し。) 方丈記 鴨 長明

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2009年7月11日 (土)

伝統の一戦、でも今年の阪神は何かがオカシイ

午後10時を回り鳴り物入りの応援が出来なくなっても、テレビで見る球場の熱気は冷めていない。2日続けての延長12回。昨日は巨人がこの12回に2点を追加し、阪神が負ける。首位の巨人と15ゲームの差をつけられ、今季の優勝は絶望しされてもファンの思いは熱い。

多くのファンが息をひそめて試合の成り行きを見つめている中、バックネット最前列の妙齢女性が試合の進行そっちのけで、同伴のおばはんと真剣に話をしている。カメラを意識して不自然な動作も不快だが、何の話をしているのか気になると思っていたら席を立つ。

一等席。当然別のサラリーマンが座るが熱戦の決着はつかず、解説の福本氏は「重たい」の一言。今シーズンの阪神の戦い方だけでなく、首位を走る巨人にもその感が強い。絶対的な強さで無くチームの総合力の差だからだろうか?勝っても負けても爽快感がなく、見ていて疲れる。

久しぶりに大分水車食品の(ラッキョウ甘酢漬け)を口にする。ラッキョウは血液の流れを良くすると信じているので、大瓶一杯の仕込みでも良いが独り身ではそれも儘ならず、小袋か小瓶しか買えない。最近はらっきょうも中国産が多いが、親父の好みは鹿児島産。これが安くは無い。鳥取のラッキョウも有名だがスーパーでは高すぎて売れないのだろうか・

食品も安くて美味い物が人気で売れるが、本当は中国産が多く産地偽装が問題となるが、国産の食品の値段を聞いて、二の足ならず手が出ないのが本当だろう。食品の安全と安心が問題となり消費者庁が出来ても、問題は何も変わらないだろう。世の中そんなに甘くない。

明日は東京都議会議員選挙。前回の投票率が45%前後とか。今回の予想は52%前後。選挙結果は国政選挙に関係ないといくら予防を張られても、自公の過半数が割れると一気に政権も割れる。麻生総理が解散すら出来なくて退陣となり政権の末期が加速するだろう。

関係無い?今回はそうは行かない。今迄のツケを一気に求められる。国の財政はいつの間にか破たんしても、自分達の生活には関係ないと思っているお間抜け達も、政権が変わればそうは行かない。政治は変わらなくても生活は変わる。その事が実感されないだけ。

この国では長い間、政権の交代が無かった。それだけにその実感が無くても当然だろう。しかし、この国にも短い間で何も大きな変革の時を実感する間もなかったけれど、その時が全く無かった訳でもない。知らないだけで気付く事も無いだけで、それでも着実にその時は近付いている。これからその歴史的瞬間に幸か不幸か立ち会える思いを、どれだけの人が実感するだろう。

東京都議会選挙で民主党が第一党になり、間もなく行われる衆議院選挙で政権交替をしても、何も変わらないだろう。それでも自民党の大敗は何を意味するのだろう?その事が問われて答えを見出す人は少ないだろう。それが分からなければ自民の大敗の意味がない。

政局は2年前の参院の選挙で野党に傾き、この動きは更に加速している。その事を政権与党は敏感に感じて、何とか打開策を計るが打つ手がなかったのか支持の回復は無かった。当然の事とは言えその問題の大きさは、大物と言われた派閥の頭にも例外とはならない。

それ程にこの国の為政者は貧困に喘ぐ有権者を、ないがしろにして何処を向いていたのだろう?目先の利益、目先の利害、そうして官僚の有能な知識を我が物にした。それでも経済が成長していれば、国民の不満も吸収できる。経済が最悪になれば政治基盤のもろさは、結果で思い知るしかないだろう。総理のリーダー資質が問われているが、総理だけではないこの国の政治体質と国民の愚かさが、今日の状況だろう。

しかし、案じる事は無い。この国の政治意識はそれ程に脆弱(ぜいじゃく)ではない。甲子園の試合は重かったが、都議会議員の選挙結果はそのことを証明するだろう。民主主義のバロメーターは民意とは何かを感じ取れる感性で在り、この国の未来を案じる人も少なくないが、親父は馬鹿だからそうは思わない。

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2009年7月 8日 (水)

賢い生き方、賢い選択

日本経済新聞のコラム記事に「賢い政府」の文字を目にして、首をかしげる。何を基準にして賢いとか愚か(おろか)と言えるのだろう。賢いと思えた政策、選択がどれだけそうではなかった事を、この新聞編集者は理解していないのだろう。このマスコミのコマーシャルを聴いていても、おかしいんとと違うと首をかしげる。最近、100年に1度とかの景気低迷の所為では無かろうが、何かオカシイ。その事にすら気付かぬ輩も少なくない。

衆議院の解散のタイミングを最後まで見誤った裸の大将は、今、これも何の役にも立たないサミットやらで、大事な時にこの国を留守にしている。居ても何も出来ず居なくても存在感は既にない。全ては今週末の東京都議会議員選挙の結果待ちと言われているが、これも?

多くの有権者にとって政権政党の重みはとうの昔に無い。政権政党だけでなく政権すら手に出来ない野党にも期待する物は多くは無い。それがマスコミの思い違いだろう。新聞の影響力が失われて久しいと思っていたが、テレビも同じ轍(てつ)を踏んでいるのだろう。

そんなテレビの情報ではなくもっと深く正しい分析を手にするには、自分の感性で物事を語るしかない。(オイオイそれでは完全に自己主張。自己満足。)自分の判断と見通しが正しければ親父のつぶやきから予言に変えるか?まさか。まさかがまさかでなくなればどうする。

どうもしない。そうでしょう。それくらいの気持ちで眺めて下さい。今日は休み。半月分の日当を手にして何時ものお店で中西君と話をして、美味いうどんを口にする。店長が別のお店を開店し、一人で頑張っていた。最近の景気の話をする人の口に、こんな人の努力はない。

景気の下げ止まり。景気の底打ち。政府の景気見通しは政権交代が間近となっては説得力無くても、日銀迄もかと思う。全国の支店長を税金で集めて会議をする。この費用対効果の損失を誰がカバーしていると思うお粗末な分析。景気の下げ止まり?当たり前だろう。

補正予算を何度も繰り返し、景気対策の名目でどれだけの歳出をしたのだろう?生活給付金の他は親父達にどれだけのメリットがあったのか、分からない。景気の下支えを本当に出来たのか?その分析をこの国の中央銀行はどれだけしているのだろうか?

先日、静岡の知事選があり民主系が勝つ。と言うより自公支持の女性候補が負ける。その差は小さく今後の政局に与える要因は少ないと言われているが、現実は予想以上に厳しい。理由は当選した民主系は立候補が遅れ、野党は分裂、与党の候補も自公支持を抑えて県民党とか訳の分からない、千葉の成功事例をまねた。つまり自公では勝てない事を証明した。

東京都議会選挙も投票率が60%を越えれば、野党が勝つ。55%でも自民の現状維持は無い。自公が負けない唯一の条件は都民の関心の低さだろう。投票率はそれだけ選挙結果を変える。政治に関心が無いのではなく、政治の変化が自分達の生活とは関係ないと、思っているからだろう。どうでも良い?そうではない。今度の選挙の結果が自分達の生活を変えれ事に、気付いていないからだろう?

だから住宅支援機構なんて訳の分からないコマーシャルを聴く。この組織旧住宅金融公庫。親父も家を買う時、金を借りた。今は民間会社?違うだろう?政府系金融機関?そんな会社がなんで金利が変わらない宣伝をするの?民間の銀行だってやってるよね。

もうそんな生活とも関係無いけれど。この不安定な雇用と給与の状況でお金が借りれるリスクを、どんなに美味しい言葉で宣伝してもその手にどれだけの人が、乗れるのだろう?この国のお役所仕事に無駄は無い?これでも無駄なこととは言わないのだろう?

問題のレベルが低すぎてコメントのしょうがございません。嘆くな野村。楽天の実力はそんなもんではない。阪神の低迷も巨人の独走も一時の事。勝負の世界も政治の世界も一寸先は闇。奢れる者(おごれるもの)もそうでない者も、何時までも笑ってはいられない。

大阪では阪神の悪口は言えないが、最近の巨人も何かがおかしい。何だと思う?勘違いだよ、勘違い。ビリに負けてもその負け方が余りにお粗末。復刻版のユニフォーム。相手に失礼だろう。負けてくじけず、勝って奢るな。

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2009年7月 1日 (水)

国の在り方、地方の在り方、会社の在り方、自分の在り方

親父が34年間のサラリーマン時代。始まりはフランク永井の歌ではないが、基本給13800円からのスタートだった。入社して最初の給料が定期昇給で15000円。それから税金、保険料その他を引かれて手取りはどれ位だったのだろう。それから寮費を引かれて手取りは1万を切っていた。最初の配属は営業。外回りをすると身なりや食費にも金が掛り何時も貧乏だった。それでも故郷を後にして貧しくても志を高く、希望に燃えていた。

会社は印刷会社。当時も現代も日本を代表する企業だったが、社会的評価は一般的には必ずしも高くは無く、新規開拓の時、中小企業の経営者だけでなく従業員にもバカにされた。凸凹印刷ですか、間に合っています、今は忙しい。お馴染みの断り文句に汗をかきながら、セールス・トークを返しながら事務の合理化?を進めていた。レジフォーム、タブフォームと言われても分からない当時の事務管理者に、システムの売り込みをかけていた。

今でも関係者で無いと分からない言葉。レジとタブ。フォームは今ではそこそこ知られても、レジはスーパーの代金支払い位しか頭に浮かばない。タブは今ではプリンターのアウトプット連続用紙。そこまで言われても分からない位だから、当時の営業は大変だった。

この話はこの国のコンピューター発展を予測し、印刷会社、印刷の概念を越えた技術開発、アメリカ(カナダ)M社と合弁会社を設立した、先人の開拓者の偉業に繋がる。当時親父に熱く語り、10年後昇格試験の面接をしてくれ、その後も労使の対立ではなく、地域との協調を語って呉れた社長、会長、顧問、相談役は今は無く会社も親会社、子会社となる。

合弁会社の設立は昭和40年、静岡浜松の会社設立が昭和51年。あれから多くの年が流れたが経営信条の毎日唱和の言葉は、今でも自分は何を為すべきかの道標かもしれない。

経営信条 三益一如(さんえきいちじょ)

Ⅰ・ 社会益 私達は事務革新のパイオニアとなり、日本経済発展の為に、寄与します。

2・ 会社益 私達は事務革新のパイオニアとなり、会社の発展向上の為に、尽くします。

3・ 個人益 私達は事務革新のパイオニアとなり、自分の幸福を築く為に頑張ります。        

社会と会社、個人の益が同じだとちっとも思わないまま、どれくらい唱和しただろう。それでも気持ちだけは事務革新のパイオニアであり、この国の経済発展の為に、寄与したいと思ったのだろう。親父世代の多くの人の思いはそうだったのかもしれない。

国が発展する事と会社の発展、個人の生活の向上が同じである筈がなくても、そう信じていたのだろうか?馬鹿だと言われてもこの国の発展も会社のそれも、親父世代が黙々と働いた結果であり、その事は否定出来ない。

国の在り方や地域の在り方を語る前に、自分の生き方を語れと言われる。親父は君達に言われるまでもなく自己中心な生き方しか出来ないから、それは出来る。しかし、親父世代の多くの人はそれすら見失うか、否定して多くは語れない。

親父は多くの人に誤解されているが、会社の中でも個人益の凹みに断固反対したが、社会と会社の利益の追求に背を向ける事は無かった。今の若者、壮年、老年にその思いはどうなのだろう?今度の選挙でその事も問われるが、どれだけの人にそれが出来るのだろう。

今日も仕事が休みで郵便局で用事を済ませた時、意外に時間が掛る。手にしていた経済紙の隅から隅まで見直し、それでも時間を持て余していると面白い見開きの記事を目にする。国会議員総員の取得と資産の公開。親父が着目したのは当選回数と所属の政党。

所得給与、金額の大小にも目を見張るがこれだけの税金を手にする美味しさは、一回やれば辞められないだろう。この言葉も嘘ではないだろう。今回の国民の審判は前回の小泉選挙の結果とは天地の差が出るだろう。その時、当選者も落選者も愕然とするだろう。

前回の選挙は郵政民営化が是か非かと言う単一テーマで明確であった。郵政の民営化が出来なくて何が出来るのかと為政者に声高に問われた時、有権者の判断は単純明快だった。その投票行動は与党に圧倒的議席を与え、改革は着実に進むかに見えた。

しかし、小泉改革の問題は単純には進まず悪い事に問題を先送りし、小泉総理自身が退陣する。2年後の参院選挙で大敗し民意を見失う。旗頭の総理をすげ替えても問題の改善は進まなかった。最後の機会は1年前、その時側近が判断を間違う。選挙より景気対策。

どんなに景気対策の名のもとに税金を投入しても、失われた信頼の回復とは行かず逆に最悪の状況になる。総理の専権事項(解散権)迄今は危うい。こんな状況を許した世論、マスコミも他人事の様に尤もらしいコメントしか出来ない。

国の在り方を問われる時は外野席で勝手な事を言って居ても、何も変わらない。この国が未曾有の経済危機にある時、誰もが門外漢ではいられない。いわんや現役世代も失業者もそうだろう。この国が豊かである為に多くの事を切り捨ててきた事は、少数の政策決定の立場に居た人達の責任だけでなく、無関心を貫いた無党派層の責任でもある。

景気は持ち直す?個人消費が伸びなくても?雇用の切り捨てが進んでも?これから厳しい時が来る?今までだってそうだっただろう。東国原宮崎県知事が大臣?政権与党はこれで少数与党になるだろう?政策を変えられなければ国民の信を問う、この政治の王道を踏み外したツケは誰がどんな形で購う(あがなう)のだろう?鳩山民主党主の政治資金疑惑?そんな問題ではないだろう?退陣か解散か?君はどう思う?関係無いか?そうかもしれない。

議会制民主主義?この言葉も過去の話となり今は地方の知事がいくら尤もらしい事を言っても、高崎山の猿軍団と大差ない事をこれから思い知らされる。(飴、食うか)森元総理の言葉も今度の選挙で叩き落とされる。大分別府の猿のボス軍団にも厳しい試練がある事を、今度こそ思い知らされるだろう。国民の支持を失った元総理が今でも影響力を持ち、総理のすげ替えが出来る派閥の集団は今後も、確固たる地位を占めるのだろうか?その事もいずれ明確となる。

この国で重大問題の決定をするとその内閣は潰れると、あまり好きではないコメンテーターが断言していたが、それも違うだろう。宮崎の知事が何故、アッピールするのか?大阪の弁護士知事が人気があるのか?政治家もコメンテーターもその事をもう少し、学ぶ必要がある。

しかし、国政選挙を単一のテーマで争う間違いは繰り返してはならない。今度の選挙で問われる事は地方の復権だけではない。国の容(かたち)をどうするのか?選挙公約を今度こそ明確にして実りのある論争をしなければならない。その事が問われるけれど君はどう思う。

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