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2009年4月

2009年4月30日 (木)

世間は連休?しかし、色んな連休があるよね。そして、色んな生き方が

P1000029 ホンの少し前までの桜の賑わいが過ぎ、ツツジの頃になっている。五月の空が今年は一気に夏の空となるのだろうか?それは無い。暑さと涼しさを繰り返しながら、蒸し暑い梅雨の時を過ぎなければ、盛夏とはならない。

そんな事は分かり切った事なのに、少し暑ければ顔をしかめ、寒いと首をすくめる。人間とはその程度の物だろう。温暖化とかエコ対策と言いながら、本当の環境の変化に気付くのは、暫く先の事だろう。

五月山のツツジはそんな人間様の浅はかさをを、見透かす様に今年も咲き誇る。さり気なくそして存在を示す。

P1000032

この画像では良く分からないが、この大木は上に伸びている。盆栽の様に草木を掛けて居るが実際は違う。

人の生き方もそうだろう。綺麗事を言った処で何も変わらない。それだけでなく事の真実の見誤り。見過ごし。

加えて先入観。人の判断はそれ程に危うい。

それなのにその責任の自覚に欠ける。

親父も今、生きている事が紙一重だった事を思いしらなければならない。この国の100年に1度の危機とやらもその程度かもしれない。

P1000031 これがこの木の全景。こんな木が池田にも在る。

凄いね。そして感動が込み上げてくる。

熱帯にジャングルではない。城址公園の入口。

親父のカメラアングルの良さ?そうかも知れない。

これだけの長きを生きた生命力は何だったのだろう?

偶々(たまたま)です。さり気なく語られる。

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景気の先行きとこれからの暮らし方(凄いタイトル)

Img_0381 お気に入りの喫茶店。

仕事休みの時はpm11時までの、モーニング

仕事の時は帰りにシーフードピラフが定番

こんなに空いているのは珍しいが、タイミング

窓の外が見れるこの位置は指定席。

Img_0380 これがモーニング。この席の前は歩道

駅に、所用に行きかう人を見ていると

昔眺めた風景を思い出す。あの時と親父は

替わったけれど、窓の外は何も変わらない

最近読む新聞はNスポーツ誌とN経済新聞。貧乏になってから定期購読はしていない。

最近の経済指標、政府、経済界の代表、コメンテーターの発言を見聞きすると、景気は

良くないらしい。ではどれ位悪いのかと親父なりに考えて見ると、そこの処が良く分からない

それが実態だろう。景気の指標で企業の業績が悪い事が問題にされているが、これもおかしな話である。経済のイロハは循環であり好況の後には、必ず、不況が在る。

ホンの半年前までは戦後最大の好況と言われながら、多くの人はその実感すら無かった

それがこの変わり様。原因はアメリカの金融危機とか言われているが、本当はこの国の

経済政策、国の財政策にあるのでは無いかと最近痛感する。そう考えるとこの不況も

理解できる。そうして多くのコメンテーター(経済)が語るほど容易ではないと考える。

その事は株価を見ると良く分かる。東京株式市場で売り買いされる1日の株式総数、金額

御存じか?そうしてその取引に外人投資家が占める割合。その事が分かれば今日の

景気のバロメーターが見えてくる。それを知っている経済のコメンテーターが何故、判断

ミスをするのだろう。自分達の景気分析に絶対の自信を持っているからだろう。

その言葉の重みが今こそ、問われた事は無い。(昔からそうだったと言われても同じ)

この国に経済の先を見通す能力があれば、お金に困る事は無いと言われて久しい。

世界の経済大国と言われるアメリカでも同じだろう。金融のプロ達が何故、大きなミスをしたのかは、当事者のコメントを聞くと余りにお粗末である。金融工学ともてはやされた理論は工学でも何でもなく、リスクの(損失)ババ(ジョウカ―)を引かない程度の低いハウツウでしかなかった。

その事を考えれば、事の重大さは小さくない。アメリカの失われた損失は未だ確定せず

今後も拡大する。そんな情勢が進行の時、この国の経済がどうして急速に改善するのだろう

そう考えて見ると政府、経済界、エコノミストのコメントは真に問題の先送りでしか無い。

どんなに景気対策の為に、お金をばらまいてもそのツケを後世に残して、景気が回復した歴史は無い。仮に1時的にV時回復したとしても、次に待っているのは増税でしかない。そんな事が出来るのだろうか?景気回復は求めても税の負担はこれ以上できないでしょう。

景気の回復は誰もが願い、雇用も求める。それでも景気対策の為なら何でも有りの施策を求めてはならない。そのツケを払えない人達が形振り構わぬ大盤振る舞いをしている事に気が付くのは、もうすこし先の事だろう。でもその時では遅い。今でも遅いかもしれない。

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2009年4月29日 (水)

風薫る、五月。薫風の空高く、雄々しくあれ。浜松の凧揚げの時

60の時を越えてもうすぐ競馬場のシルーバーシートの権利を手に出来る。昔(と言ってもそんなに昔では無いのにそんな気がする)、仕事で競馬場の中を検品で飛び回り、貴賓室にも入った事がある。あんなに立派では無くても、曲りなりに急いで人をかき分けなくても座れる。

そんな歳になって来た。このブログは親父のつぶやきと尤もらしいタイトルが付いているが、愚痴、ボヤキ、間抜け、独断と偏見、シツコイと言われても、蛙に小便、ケロッグ、ケロケロです。まあ、その程度に眺めて下さい。でもおもろいと言われる方には、感謝感激雨あられです。この前、浜松、磐田の事を書いたので今日はその続きです。

親父が薫風の空高く、雄々しさを感じる一番は浜松中田島砂丘の凧揚げです。実際はライブで見て居ないのに、バイパス道路から眺めただけなのに、近くで見たかの錯覚に捕らわれる。凄い人出とそれ程の気持ちも無かったのだろう。遠くに車の中で見るだけで充分だった。

それなのに何でこんな気持ちになるのだろう。親父の一番、輝いていた時かもしれない。自慢の車を運転しながら、得意げに何を語っていたのだろう。天竜川河口の、今はすっかり寂れた掛塚近くの旧天竜川堤防の近くの家、そこに住んでいた。

静岡はこの時期、お茶摘み前の輝きの時。何処の茶畑近くに行っても眼を見張る。静岡工場の廻りは茶畑だった。今でも町の名前は市町村の合併で変わっても、風景は何も変わらず、都会とは違う豊かさも其の侭だろう。新緑と薫風の風に乗って見上げた空は、今も同じだろう。都会に住む便利さと豊かさは人として感じる多くの感動を犠牲にしている。

浜松の凧揚げは子供が生まれて男なら、浜松男児の甲斐性としてそれまでの貯えを吐き出し、大判振る舞いをして来た。今でも同じだろう。昼間は凧揚げ夜は屋台の引き回し。凧も屋台も中途半端ではない。大凧の糸の切り合い、屋台は御殿とも言われる。

親父は他所者で幸か不幸か、天竜川の向うに住んでいたのでそんな金は使わなかったが、今でもその熱気は衰えてはいない。そして連休の時が終わると又、翌年、その為に働く。浜松男児の生き方は他所者の親父には理解できなくても、何の為に働くのかは明確だった。

今日は祝日。メーデーは先だがニュースでは労働組合のおっさんが、働く人たちの連携とやらを尤もらしく語っていた。アホ抜かせ。非正規労働者との連携。そんなのが出来るか?

これからの企業活動は価格の競争で大変だろう。労務費も固定費から変動費に変わる。変わらないのは御前達だけだろう。労働組合の代表?もうそんな時代では無い。「団結したら自分達の生活が変わる?」アホ抜かせ。これからは格差社会を踏み台にするだけだろう。

浜松の凧揚げには団結も地域の支え合いもない。在るのは大金が出せるか。出せないか?これからの厳しい社会は支え合いでは無い事を思い知らなければならない。親父達もそうだろう。景気を国が下支えする。本当にそんな事が出来るのだろうか?出来るらしい。

国の金は政府の金では無い。今回の多額の国債を何処が引き受けて、その利子を誰が払うのか、その事位は知らなければならない。今年の連休は休みが多いがその事位は勉強しなければならない。まあ、この歳になって難しい事言っても仕方ないけれど。

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2009年4月27日 (月)

景気対策を政府に求める人に、財源対策がない。国債の発行はどうするの?

景気対策を多くの人が多くの言葉で語る。100年に1度の景気の底割れと言われて、何をどうするのか一番大事な事が明確にされず、後の世代に財政の再建を押しつけている。財政の破たんが問題にされ、声高に官から民への見直しが叫ばれて間もないのに、再び元来た道に戻っている。一番の問題は自分達の負担は認めず、国の事業なら認めると言う身勝手だろう。

そんな地方の首長は地方分権、地方自治を口にして財源をどうするのか、明確にしない。良く問題を見つめて見ると何かおかしい。地方の負担は無くせ?国が負担せよ?そうでは無いだろう。地方はこれだけ負担する。国はこれだけ負担して下さいだろう。

地方は国に従属とか言いながら、地方に何が出来るのか分かっていない。首長が手をつなげば国を動かせると思って居るのか?そうだとしたら真に滑稽と言わざるを得ない。そんな声が無くてそんなパフォマンスが受ける。そのツケを払わされる後の世代は、何と批判するのだろう。そんな知事が支持されるのはどこか間違って居ないだろうか?

5月危機が遠のくと言われているが、それも一部だろう。一番の問題は企業の先行きに問題があれば、市場も金融機関も看過しないだろう。どんなに政府、行政が支援を口にしても、お金の問題は如何ともし難い。それが市場原理。どんなに口先で尤もらしい事を言ってもこの国は共産国家では無い。市場の暴走を止めなければ資本主義経済の存在も無いが、だからと言って経営効率を無視した景気対策は、成果が期待できる訳が無い。

今、その時だと思うが多くの人々はそうは感じないのだろう?親父の感覚はとてもそうは思えない。次の選挙の審判を待つしか無いのだろう。その時は近い。

地デシカ 地上デジタルを何でそんなに宣伝しなければいけないの?よくわからnai 

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2009年4月26日 (日)

久しぶりの自炊 チンゲン菜とベーコン、卵、モヤシ入り

Img_0377 凄い鍋。久しぶりに得意のチンゲン菜とベーコン。だし汁にいりこだし。宣伝文句につられて買った、新鮮ないわしから作ったいりこならではの甘い香りと深いコク、スティックを始めて使いました。卵3つを落としモヤシを入れ、見かけによらずGoodでした。でも残さなかったので食い過ぎ。О、My、Godです。柏餅(かしわもち)食っていたのでお腹は一杯。

今日はチンゲン菜でしたが、キャベツでもイケる。最近は自炊は殆どやらず、お気に入りのお店と総菜屋さん、果物屋さんで済ませている。一人で生きていると食事が偏ると言われるが、その通りだと思う。しかし、人間の体は凄いと思う。偏食と粗食に平然としていると、肉体から赤信号の点滅を受ける。肉を食う事は殆ど無くても豚や鳥でも文句は言われない。

それでも食事は体力の源でもある。食事に鈍感になれば体力の衰えを痛感する。そんな年になった。これからの10年どう生きるか、問われている。最近の景気悪化のニュースを聞きながら、そうして自分のこれからを考えた時、大きく左右するのは健康だろう。

安心と安全を人に求める前に、何を為すかを考えるのは自分自身だろう。メタボな親父が口にするのもおこがましいが、病気になれば薬と検査と外科的手術に頼るしか無いだろう。どう生きるか、それは食との関わりで決まる。

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2009年4月24日 (金)

風薫る五月、連休の時は近いね これから暑くなるけど、お酒も程々に

親父は酒には弱いので分からないが、自分の体のコントロールが出来ない時、人は全く無様になる。お酒だけでなく人として自分を見失った時、助けて呉れるのは誰だろう。その事が人の事なら批判は出来ても、自分の事になると、全く危うい。

その事を今回の事件でも思い知る。酒の失敗は多くの場合、笑い話で済むが人気タレント、責任ある立場、政治家はそれでは済まない。暫くは謹慎。人の噂も90日?3月もすればほとぼりは冷めるだろう。その程度の事でしょう。当事者はその程度では済まないけれど。

今日は葉書を頂きありがとうございます。白癬菌のブログ。言われる様に塗り薬では一時凌ぎでしょう。しかし、親父の考えは変わらない。近くの医者から勧められた首の骨の血管圧迫の牽引もせず、魚と海産物を多めに採る様にして手の痺れも、マシになっています。

指の白癬菌で皮膚がカサカサになっているのも、不節制の表れでしょう。ダマリンは凄いよ。親父は下痢には正露丸。頭痛はバッファリン。高血圧血しょうにはイワシの煮干しです。今お腹がポッコリとして無様な下腹部を、凹ませるために太極拳の真似事をしています。これは効きますよ。(それよりも食い過ぎ、カロリー多過ぎを止めないとアカン)

景気の話は多くの人が多くの事を語り、多くの対策が求められているが、暫くは落ち込みが進むだろう。今求められている本当の改革は、100年に一度の景気対策では無くて一人一人が何をするかだろう。そんな気がする。

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2009年4月23日 (木)

桜前線は弘前まで、岐阜と富山の境の荘川はどうだろう?

近くの花壇の花です。名前は分からない。

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見るも無残、つめに白癬(はくせん)菌が入り、白く浮いてかじってる

爪を噛むのは良くないわ。そんな歌詞を聞いた事がある。懐メロだから知らないと言われても不思議ではない。でもまじまじと見て見ると(そんなに見なくても)オーマイゴッド。神にも見放されている。そうではない。右手の親指の爪だけは存在を歴然としているから。汚い、何気ない仕草が、白癬菌で白く浮いた爪を噛みちぎっているのだろう。悪い癖、直さなければ人前に手が出せない。(それでも平然として出しているのは恥も外聞もないのか?)

そんな事考えていたら両手の腹、表、指先までの皮がポロポロとむける。白癬菌の勢いが戻っている。親父の元気の無さとは裏腹に。痒くも痛くも無いが余りに不潔、汚い。此れではイカン。近くのドラッグストアーに急ぐ。

白癬菌は通称水虫菌。親父の肌は余程美味いのだろう。長い間お得意にされているから処方の薬も迷う事はない。T社のダマリン。この塗り薬は一日一回。親父には良く効く。一発です。足の痒さもこれで落ち着く。様見ろ。

爪は数年前、首の骨が曲がって血管が圧迫されていると言われた時、爪の白癬菌の薬を紹介された。あの時処方をお願いしなかったのは自分で治せると思ったからだろうか?薬代が高かったからだろうか?今はあの時よりも悪い。それでも爪は六ヶ月で生え替わる。

かじらなければ半年で綺麗になり、一年で厚さも半分になる。人の体もそうだろう。何時までも変わらぬ肉体はない。不老不死は無くても人の生き方は、その場にならないと分からないのだろう。何時までも有ると思うな親と金、無いと思うな人の情けと運、不運?違うな。

親父の爪だけでは無い。形振り構わぬ景気対策に政治不信の思いも風向きが、変わっているとか?親父はそうは思わないがそうかも知れない。そうして政策の間違いも正される事無く、国家の財政も変わらないのだろうか?それは無い。どんなにオチャラケでノウ天気な生き方をしたとしても、この国は資本主義の国であり財政の破たんはあり得ない。その事が理解されないまま何時まで綺麗事が言えるのだろう。水虫菌の様に税金が食い物にされている。

ダマリンの様な特効薬は無いにしても、税金の無駄使いが無いとシャーシャーと言える根性だけは叩き直さないと、この国に未来は無い。漢字検定のもうけ過ぎ?そんなのは氷山の一角だろう?お金は天から降って来ると思うな。そんな事を言って見た処で屁の突っ張りにも為りはしない。アーァ、幸せのトンボが舌を出して笑っている。笑われている。

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2009年4月22日 (水)

いつの間にか、季節が変わりが変わっている

P1000017 これはこの前も紹介した仕事場横の八重桜。

綺麗で一時の疲れを癒して呉れた。思いの外、小振りで

それでもしっかりとと自己主張をして、今は葉桜となる。

来年の姿は見れるか分からないけれど、日本各地の

知られざる桜を考えると、それも良しかもしれない。

今年も岐阜の薄墨桜、荘川桜を見れなかったけれど

命あれば、巡り合いも一層の感動だろう。

P1000018 近くの銀行の植え込みのつつじ。写真を取っていたら

警備員に注目される。通帳記入の序(ついで)

最近、不景気で銀行の植え込みの手入れもイマイチと

思いきや、そうでもない。半月早い季節を先取りしていた

季節は行きつ戻りつしながら、確実に暑くなりその内

悲鳴を上げるのだろう。温暖化、ヒートアイランド、エコ

久しぶりの言葉が顔を出す。

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2009年4月20日 (月)

中小企業、資金繰り対策?信用保証協会?

中小企業の信用緊急保証?今迄の借り入れプラス2000万?ホンマかいな?嘘です。そんな綺麗事を景気対策としてどんな顔をして言えるのだろう?マジ?やらないよりマシ?本当にやるつもり?融資して返済出来ない時如何するの?石原東京都民銀行と同じ事を政府がやるの?景気対策にも為らないだろう?なるんです、それが?。景気対策はそんな物ですか?

何も知らないと言われても返す言葉も無い。本当に政府に景気対策が出来るとは思って居ない親父に知ったかぶりの政治批判を聞かされる君も、うんざりだろう。しかし、今日の景気後退はこの国の経済構造の改革が問われている事でもある。

経済の発展はこの国の社会と企業、そして私達の生活を大きく変貌させた。全ての人が満足は出来なくても、東京や大阪、大都市の目覚ましい発展と成長はその証でもある。問題は自分達の廻りと地方や低所得者との格差の広がりだろう。

別にどんなに生活に困窮して仕事に着けなくても、それだけを問題にする事は何も無い。ある意味自己責任、自分が蒔いた種でもあるから。問題はそんな人が多くなった時、経済にダウンブローの様に効いて来る事に鈍感ではいけない。

敏感になったとしても何も変わらず、何も得も無いと言われるだろう。それよりも関心すら無いだろうか?関心が無くても関係ない。関係ないと思われていた事に気付くのも、もうすこし先にならないと分からないかも。それはそれで良い。しかし、その代償は小さくは無いだろう。?

先日のテレビの特集でアメリカの金融危機の?を当事者がコメントしていた。君が言うように本当の当事者では無いかもしれない。しかし、そこがこの国とアメリカの違いかもしれない。アメリカの金融理論は金融のプロでは無い数学のプロが英知を結集して作り上げた。

理論数値の結集したリスク回避の知恵は、人間の欲望が台無しにしたのかも知れない。リスクを回避すべき当事者が競争の為に、その一番大事な物を見失ってエンゲルスの言うprofiteer(不当利得者、悪徳商人)に為り下がったのだろう。

この国でも同じ事が行われていないだろうか?景気対策の為と大上段に構えて、なりふり構わぬ大盤振る舞いの恩恵が何処まで浸透するのだろう?今一番大事な事は安心と安全な社会と言われてもそれを実現する活力は、容易ではない。

具体的に何を為せば良いのだろう?その事が自分自身に問われている。

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2009年4月17日 (金)

5月になれば少しは変わるのだろうか?景況感

先日の夜の経済ニュースで懐かしい街とシャッター通りを目にする。しかし、そのニュースには輝きが有った。間違いなく光の原石。これから賢人の先見の明で活力が見いだせるのだろうか?親父が幼い君達と何度も行った街。思いでの街は日本全国何処にも在る寂れた商店街となっていた。町の名は磐田。この字を読める人は漢字力のある人だろう。

イヤイヤ、サッカーファンなら知っている。そうです。ジュビロ磐田。岩田なら読めてもこの同名は読めない人が多い。親父が大阪から浜松に転勤したのは32の時。その頃のこの街は活気に溢れ、君が御世話になった耳鼻科もこの商店街の中心に合った。

経済ニュースによれば、この街の北を走る東名高速のインター(そんなの在った?)出口の前に大型のショッピングセンターが来月オープンするとか。それがどうして全国ニュースになるの?それだけ関係者の注目を浴びている。

このお店は今までは関東と関西にしか無く、地方都市(とは言えないよね)は始めてとか。しかもインターの出口は立地条件が珍しい。このお店が成功すると今後の展開が面白いとか。そう言われても凡人には分からないが、この企画の責任者には成功体験しか見えて居ないのだろう。其処が凄い。景気対策を政府に求める前に自分達に出来る企画、それが先取りされている。間違いなく今後に大きなインパクトを与えるに違いない。

今、都市の大型ショッピングモールが不況の波をものともしていない。大阪も例外ではない。しかし、全てがそうではない。良く見ると本当に何が売れるのか?何が求められているのか?何をしなければお客の購買意欲を引き出せないのか?よく分析され見直しがされている。そうでなければ賢い消費者の関心を引き続ける事は出来ない。

磐田のお店も中心地とは離れている。駅前から国道迄の綺麗だった商店街も当時の面影は無かった。閑散として廃業に追い込まれた商店主は、車社会の時代の流れを主たる要因としていたが、それだけではないだろう。磐田は旧東海道見付の宿であり見るべき文化遺産も少なくない。5月に出来るお店にはレンタルで安く利用できる電動自転車を用意するとか。

そんなもんで何も変わらないと思うか、思わないかそれは如何でも良い。大事な事はその企画力、何の役に立たなくても宣伝効果だけでも充分だろう。多くの無駄使いをさせながら尤もらしいコメントをしているコメンテーターより、地域と景気に大きな影響を与えるだろう。

景気の下支えと言うには余りにひどい税金の無駄使い。その代償は余りに大きい事に多くの人は気づいていない。近く行われる選挙で何も変わらない気がする。それだけの問題認識が官僚と政府与党にあれば、改革の思い等、ちゃんちゃらおかしいのかも知れない。

いくらなんでもそれは無いだろうと思っていたが、先の選挙で問われた官から民への動きなど何処かに行っても、そんな事は如何でも良いのだろう。消費者庁?消費者の為に何かが出来ると思っているのでは無く、パフォーマンスとしか思っていない。それ位分からないのだろうか?間違いなく官僚に出来る事はその程度だろう。間違い?では期待して下さい。

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2009年4月14日 (火)

良いお湿り。異常な暑さも一段落。ありがとう。

昨日の写真を良く見ると不思議な桜木の幹の形に気付く。V字の右が無残に切られている。写真を撮る時には全然意識しなかった。意識した花弁が意外に清楚(この言葉も最近死語?)。直接目にする艶やかな色彩とは異なり、既に若葉が多くなりその色が重なっている。

そして画像を良く見ると幹が切られている。何年か前にこの先が枯れたのだろうか?そうではない。すぐ先に或る仕事場の通路に掛かり切られたのであろう。桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿と言われても仕事の邪魔になれば、それも止むを得ぬ事だったのだろう。

このアングルでは分からない左奥の枝と幹は、今年は色違いのピンクの花びらを着けることもなく、無為の春を終える。来年はこの幹同様、V字の形だけ残して切られるのだろうか?そんな事を予感させている。今日の雨で明日からは葉桜の時を、楽しませて呉れるのか。

一昨日、君と例の意見の違いで不快の思いをしたが、この写真を見ているとこれからの景気と経済が見事に表現されている。幹はVの形をしているが暗くて歪(いびつ)。自然体の伸びやかさがない。景気回復の方法を見誤ればこんな形になるのかも知れない。

それでも間違いではないのかも知れない。何もしないで手をこまねくよりは遥かにマシだと言えるかも。でも一番の間違いは問題の原因と対策を明確にしていない事だろう。桜の木なら兎も角、後の人達に尻拭いをさせるだけの政策に如何して、評価ができるだろう。

難しい事は分からないと言いながら、難しい事に何かを学ぶ事の出来ない親父達の世代が馬鹿にされて久しい。しかし、100年に一度の景気後退の原因が全てアメリカに在り、この国の経済と政治の政策に誤りが無かったと誰に言えるのだろう。

マスコミや政治経済のリーダーにその問題提起が何も無いのかと思いきや、今日の日経のコラムに我が意を得たりと思われる記事がある。「株高の影に見えるのは」コラムニストは前田昌孝氏です。

大手金融機関の8000億規模の公募増資。氏はこのコラムに書いていないが何処の投資家が損失の為の穴埋めに応じるのだろう。アメリカの金融危機はわが国には大きな影響が無いと言ってビジネスチャンスと公言していたのは何処の政治家と経営者だったのだろう。

政府の景気対策にも問題があると説く。2009年度の国債発行額が42兆円を越し、税収を上回ると言われる。前回の衆議院選挙で圧倒的に大勝した小泉改革では、国債発行が30兆を超したら財政規律は維持出来ないと議論されていた。そんな事は言えないのだろう。

今回の経済対策は世論調査でも評価されている。しかし、この国の財政は間違いなく破たんし消費税を10%にしても当該年度の支出を税収では補えないだろう。財務省は難しい言葉で財政の危機を口にしても今年の選挙では、口が裂けてもその事は言えない。

多くの有権者も政権交代は望まず保守と公明の政権与党に期待している。多くの高額所得者ならイザ知らず日々の生活に困窮する低額所得者にも、その思いは少なくない。多くの人が安心して働ける社会、生きて行ける社会が資本主義ではないのか?

その事を明確にせず綺麗事でどんなに安全安心と口先だけの言葉を並べても、後世の人は冷笑するだけで無く、評価しないだろう。今日の経済対策程の規模では無かったが、同様の事は過去、何度も行われた。景気対策の名の元に行われた多くの税金の無駄使い。ふるさと創生事業、今でも行われている費用対効果を無視した公共事業、対外援助。

そのツケを後回しにして舌を出して笑っている人は誰だろう?その事を考えるだけではなく舌を出しして笑われないような知恵を学習しなければならない。人は何時か終焉の時を迎える。どんなに権力者であろうと金力者であろうと、ましてや永遠の繁栄を期待したとしても。

しかし、国家はそれでは困るだろう。それなのに自分達の利害しか考えられないとしたら余りに情けない。それでも国家も例外ではない。個人同様、この国の2000年の歴史は繁栄の時ばかりではない。その事が分かれば親父の愚痴もその程度かもしれない。

最後に前田氏のコラムの結びを紹介する。

「あれこれ脆弱(ぜいじゃく)な問題を抱えている昨今の株高。中国の3月の銀行融資の増加額が28兆円に達したと言われる。」何時まで続くのだろうか。」

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2009年4月13日 (月)

季節外れの暑さも明日は雨。大地も草木もクールダウン

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明日の雨で葉桜。今年の気候は波乱万丈の予感がする。

気候だけでは無いだろう。世の中が,

一寸先は闇。

経済も景気も雇用も人々の生活も、そんな気がする。

それなのにこの平穏な日々は、何なのだろう?

危機感の欠如は安心社会実現会議のメンバーを見れば分かる。

この国の安全と安心がこれ程に深刻な問題となっても、この程度のメンバーで何をどのように変えられるのだろう?

そんな事は誰も期待していなくても、そうは思って居ないのだろう?

可憐な小手毬の花弁がピンク色に変わる。

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2009年4月11日 (土)

暑い一日。酒田の海も初夏の色?

Img_0372最近のささやかな楽しみはイチゴです。今日の様に暑い日はビールと行きたい処ですが、お酒が無くても納得です。親父が小さい頃はバナナが高級品でしたが、今はイチゴでしょう。之は2段重ねの下、上は水洗いもせず加糖練乳も掛けずヘタだけ口で外せば、ニンマリです。

今日の食い物の豊かさは目を見張るものがある。それでも都会人は本当の食を豊かさを知らない。そればかりか食の本当の 味を知らない。食の喜びは田舎に有り地産地消と言われる。田舎の食の豊かさは特産品に有り新鮮で安価、美味い酒があれば他に何を望むのだろう。

このみずみずしさと何とも言えぬ食感は、露地物ではない。温度コントロールされた温室栽培。油を燃やして一年中季節感の無い食物を口にしても、本当の感動は無いかもしれない。それでもこの国の農業は(漁業も)、国際競争力が無いと言われる。

安い食い物を口にしながら食の安全を口にする。その矛盾にすら矛盾を感じないこの国の消費者とは何たる不遜、何たる見識だろう。これから高齢化社会になった時、その代償の大きさに気付いたとしても、手遅れに違いない。後悔先に立たずとはこの事だろう。

今、皮肉な事に景気の落ち込みで農業が見直されているが、漁業は如何なのだろう?農水省に100年の計は無くても、この国の農業、漁業で生計を立てている人の反乱は無い。それ程にこの国の食への飽くなき追求は屁垂れだろうか?最後の晩餐。この国の農業もその重要性もこれから問直されるに違いない。

今日は暑い一日でした。全国的に初夏の気候になったとか。

涼しさを海に入れたり最上川。芭蕉

酒田も暑い一日だったのだろうか?少し北に目をやると鳥海山が見える。眼を輝かせながらハンドルを握っていたのは平成が始まって間もない頃だったのだろう。何時の日か最上川の川下りをして酒田の海が見れるだろうか?無理だな。しかし地方の道路は良くなっているから元気で居れば可能かも。

では又、明日。

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2009年4月10日 (金)

今年は咲いたが来年はどうかな?上の松は先に逝ったけれど

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青春とは人生の或る期間を言うのでは無く、心の様相を言うと言われても生きとし生けるもの宿命は、老いが有り終わりがある。親父を驚嘆させた桜と松。前者は生命力とは何かを教え、後者は痩せた土壌、環境でも生きれる事を教えてくれた。

桜木の空洞には糸こん状の養分吸い上げ樹根?があり、ヒョロヒョロと伸びた松は根元のガレキを物ともしていなかった。山に来る度に機会ある毎に眺めて撫でていた。昨年までは何とも無かったのに。松は枯れ桜は幹の上を失ってしまった。

でも2本の老木は逞しく生きて、そして枯れ今も生きている。これが自然界の掟(おきて)。自然界の道理。人間様がどんなにデカイ顔をして、我がもの顔に不遜な生き方をしても、いずれ己に降り掛かる未来を暗示している。環境がどうだとか景気がどうだとか言った処で、所詮人の未来もそんなもんだろう。それでも元気に桜や松に負けない生き方をしなければいけない。

そんな事を思い知らされる。一見しっかりしている親父の歯茎が痩せて来た。「歯茎が痩せる?」そうです。歯茎は成長しそして痩せ細る。嗚呼。老いの時は着実に迫っている。歯が抜けたら入れ歯で良いと思っていたら、どっこいそんなに甘い物ではない事を知る。

教えてくれたのは掛り付けの歯医者さん。この先生は医は算術とは思って居ないのだろう。如何すれば儲かるかではなく、如何すれば患者の為になるかを考えているのだろう。当然の事とは言え今時の医者には例外かも。何処で儲けているのだろう?人事ながら気になる。

御世話になったのは20年以上前に治療した奥の上差し歯、これが大阪に来てすぐ抜けた。その時、賃貸アパート近くの歯医者から引導を渡された。次、外れたら駄目です。それが今の先生に3~4回入れ直して貰っている。「使えるだけ使いましょう」「入れ歯はそれからです」

その噛み合わせとなる下の奥は新婚の時、了解も取られず麻酔を掛けられ抜歯された。今の先生とを大違い。あの時の医者は今は死んでいるだろう。歯は命であり食も又同じ。眼も頭も足腰も内蔵も全て同じだろう。健康は医者の見立てではなく、自分の注意に或る。

多くの人がその事を理解していない。歯茎が痩せるなんて誰も何の事やら分からんだろう。歯茎が痩せれば上の松の写真の様に歯がグラつく。歯がグラつけば水が歯に沁みる。歯だけではなく歯茎に沁みる。歯茎に沁みると違和感があり気になり痛い。

先生は養生しか無いと言われる。養生凄い言葉。反対の不摂生な生き方は出来ても、こんな生き方はなかなか出来ない。親父の様にシイハーシイハー楊枝を使わず、うがいと丁寧な歯磨き。それしか無いと言われる。意外にも市販の薬でも充分ではないとか。

血圧でも頭痛でも下痢でも、最近はメタボでも対処法は薬に頼る。薬ではない体質改善。同じようなもんだろう。仙人の生き方をしたいと言って笑われたが花粉症とかボケ防止とか、是からの老いも若きも生き方を変えないと体質は如何ともし難いだろう。

親父の腹も姿見の鏡に映せば真に哀れ。真に無様。良くそんな姿で生きて居られると思う。何も好き好んでこんな腹になったのでは無いから、腹を凹ませるには足上げが一番と思っているが、本当は君が言うようにカロリー取り過ぎを改善する事だろう。それも今、挑戦中。

自慢ではないが自慢すれば親父の凄さは、人に云われるまでも無い。自分がその気になれば大概の事は出来る。出来ないのは己の心に危機感が足りないからだろう。口先だけとか言われても恥じる事は無い。どれだけの人が人に自慢できる生き方が出来ているだろう。

「何も出来なくて人の批判をしているより、何かをしてそして恥をかく人間の方がどれだけマシだか分からない」と教えてくれた守屋先生も今、どんな生き方をしているのだろう。親父達の団塊の世代はこれから老いとの戦いとなる。戦いではなく試練だろう。其処には勝者も敗者もない。在るのは安心安全でもなく己の肉体との壮絶な葛藤かもしれない。

今日はお休み。隣の馬鹿も居ないと思いきや、ガタガタうるさい。親父よりナンボも若くても仕事が無ければ、人の迷惑顧みず我が物顔の生き方しか出来ないのだろう。最近、景気の低迷だけではないマナーの無い輩が、本当に多い。何処かの誰がが言っていた100年安心の保証。そんな仕組みがある訳が無い。景気対策も同じだろう。

何かを為すには人の為に成せとは過去の言葉だろう。今は景気の為には何でも有りか?多くの赤字国債をばら撒いても、問題の大きさと対策を明確にしなければ何も変わらないだろう。何もしないで問題の先送りではなく、この国の在るべき姿と形を明確にしなければ、後世の批判には耐えられない。その事をどれだけ理解しているのだろう?

この国の金融は(金融機関の財政基盤)アメリカの金融ショックの影響は少ないと公言していた、そして今でもその言葉を信じている人達は今後の推移をどう説明するのだろう?所詮この国の役人と政治家、銀行屋さんの見識はその程度だろう。

親父達に言える事、多くの危機を体験した教訓はこれから生かさなければならない。その為に生きている。それが出来なければ下向いて鏡を見れば、10年後の醜い自分が見える。その事を忘れてはならない。尤も其の保障は何も無い。 ああ、無常です。

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2009年4月 9日 (木)

仕事場の外の桜も満開になりました。イチゴでお祝い?

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これが仕事場の桜です上は五月山の桜です

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花見のマナーが問われている。ガスコンロでバーベキュー。何考えているんだろう?

何も考えてはいない。考えている事は美味しいお酒、美味い食い物、そしてわめく事。

自分達が良ければ、自分が満足出来れば、それで良いのだろう。最近、そんな輩が

多いね。お前もそうだろう?そう言うだろうと思ってイチゴです。イチゴといなりがあれば

充分です。しかし、今年も一人で痩せ我慢の花見です。

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2009年4月 7日 (火)

満開の時は今週末。でも近くの山は春爛漫でした

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Img_0317 今年も咲いたよ。

今年も見て呉れました?見させて頂きました

花の命は本当に短いけれど、本当の美しさは

葉桜の時だと言えるのは可笑しい?イイエ

Img_0323 今年も咲いたよ。

枝葉に排気ガスが大分付いたが・・・

それでも負けずに今年も咲いたよ。

アングルも良いね。天気も最高。イエイ、イエイ。

Img_0367 山に上がって下りて来た時は暗くなっていた

フラッシュは駄目だな。少しボケている。

でも其れもまた良し。街灯の灯りが良い。

これで今年の桜も見納め?出来る事なら

京都御室仁和寺の遅咲きの桜、見たいな。

Img_0354 Img_0352 最後の2枚はオマケ。公園の風景

このクスノキはこう見えてもでかい。

今は根元を飾られているが、何時もは

こうではない。質素。親父の是からを

暗示しているのかもしれない。

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2009年4月 6日 (月)

のど元過ぎれば何とかとやら、お馬鹿は何処にでもいる?

誰だって名指しでお馬鹿と言われれば気分の良い物ではないだろう?かく言う親父でも「アホ」は許せても馬鹿と言われれば2度と口を利きたくないだろう。しかし、良く考えて見ると面と向かってこれだけの悪口を言える人は、本当は物事の真意を曲がりなりにも考えているのかも知れない。親父もその口だから自己弁護になるが、最近の出来事を見聞きする度にそう思う。

一つは国の安全について。もう一つは景気動向についての見解。電車、バスの公共機関でのマナーの悪さ。誰でも良いと平然と言い危害を加える輩。目つきのおかしい人が普通の人。極道が使う言葉を若いネエちゃんがチャラチャラとデカイ声で話す。これは最早、何かがおかしいと思う方が当然だろう。

この国の安全は何に委ねられているのか?政府?自衛隊?国連?戦前は帝国陸海軍だったが参謀本部の戦略を、アメリカの物量豊富の戦力と先端技術の差で叩き潰される。その教訓?を活かした平和憲法も綺麗事では成り立たない。某独裁の国家からミサイルを叩きこまれない保証は何も無い。

国民の多くが飢餓と貧困で援助を受けても感謝と恩恵を現わさない国が、日本海の向うにあっても自国の安全は他国に守って貰うのか?今回の脅威に対しても実感のない国民も少なくないが、いつの間にかそんな訳の分からない国の守りになっている。

流石にこれでは国の安全が保たれないと言われているが、今日の軍事技術では敵のミサイルは100%撃ち落とせない。宇宙の平和利用とかきれい事ではない軍事的脅威に対して、如何在るべきなのか、明確に出来る政策が求められている。

それなのに国の安全をどう守るのか、明確にされないままアメリカと軍事同盟を保つしか無いのだろうか?間違いなくアメリカは同盟国であってもこの国はアメリカの一部ではない。平和の保障は綺麗事では済まない事に、そろそろ方針の転換が有っても良くは無いのか?

廻りが煩いのでこれからお花見です。今日はお休み。桜の写真お楽しみにして下さい。

五月山は先週と大きな変化はなし。桜の花はそれなりに綺麗でしたが満開ではなく、月曜のせいもあり静かでした。夜になるとお馬鹿な酒のみが近隣の迷惑を顧みず、馬鹿騒ぎをするのでしょう。一年に一度の桜木の命の吹き出しに、感激の思いを重ねる謙虚な思いは無いのでしょう。宴の後のゴミの山。そんな事は関係ないと思うのだろう。罰当たり。

写真撮りました。次のブログで公開しますから見て下さい。親父の花見も今年はこれで終わりかも。本当は岐阜と富山の県境近くの荘川の桜見たかったのだけれど、休みのタイミングが悪くて来年のお楽しみかも。皮肉な事に飛び石の休みは在り一日休めば充分だけれど、そんな事をしても積年の思いは歓迎する訳が無い。又の来場をお待ちしてると言われている。

景気の動向も一時期の最悪の時を抜けて居るとか?そうではないだろう。今朝、お気に入りの喫茶店だった店でモーニングAセット食ってのんびりしていると、中年のスーツの二人組が尤もらしく景気の話を始める。ホント尤もらしく。マスコミの景況判断のオオム返し。

聞く気にならなくても声がでかくて、耳に障る。親父の一番嫌いな楽観的見方。この手の話の多くに日本人の悲観的見方の批判がある。景気判断の論理的分析ではない。この国の政治は2流と外人に批判されても経済は一流だった。その経済の根底が崩れている。

経済の循環は当然、好不の循環を繰り返し需要と供給のバランスで保たれる。資本主義経済とは市場の動きが全てを決める。市場の収縮は必ず原因が有りその問題が解決されない限り、問題の解決はない。そんな定石が何時の間にか踏みつけられて、悲観的とか言われても問題のすり替えでしか無い。この国の多くにそんな間違いが少なくない。

100年に一度の景気悪化と言われて深刻な危機を迎えている。政府も当然対策を予算化しているが、その費用対効果の評価と改善の施策が無ければ効果が出ない。税金の無駄使い。お役所仕事、現場を見て居ない卓上の空論。この国が何度も経験した失敗が繰り返されても、政治家とエコノミストは自己満足を口にするのだろう。

経済の回復には政策の大幅な転換が求められている。しかし、生活給付金とか高速道路の通行料金の大幅値下げ、他に何があるのだろう?多くの事が言われても生活に密着する値下げは民間しか無いだろう。その民間が倒産の危機に直面していくら円安と言っても、株高は無いでしょう。それが有るんです?それだけお金は有る所には在るのです?

深刻な表情をして深刻な景況判断ではなく、楽観的見方を求められても暫くはアカンでしょう。間違いなく景気の底は今で無く暫くは底を這う(はう)だろう。今は問題の深刻さが本当には理解されずに、このまま進むと思われているのだろう。甘くは無いか?その事が問われるのがこれからだろう。

もうすぐ日が変わります。今日はお仕事。画像のブログは又明日。お休みです。

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2009年4月 2日 (木)

満開の時はもう少し先、でも写真撮影はうまくなったね。

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桜は咲き始めた時、親父を何度も励ましてくれた松が枯れた。それでも今は葉先と枝先だけ。そのうちヒョロヒョロと伸びた細い幹も朽ち果てるのだろうか?感謝の思いは誰にも言えずそれでも長い風雪に耐えた生命力に感嘆する。

これから枯れ果てるまで見届ける。親父の生き方も見据えて下さい。お願いします。

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満開の時は一週間先、でもウグイスの初鳴きを聞いたよ

Img_0290 なんか痛々しい姿になったが今年も幹から突き出した枝に清楚な花を付ける。なんか一気に幹の上が無くなったが大丈夫?大丈夫。でも長くは無いかも?オイオイ。頑張れよ。

今年は何とか枯れずに済んだが来年は分からん。展望台近くの松の様に枯れるかも。親父さんとも十年近くの付き合いで色々あったけど、終わりだな。何時かはあんたも同じだ。本当にお疲れでした。今は満開で無いけれど満開の時を必ず残して置くから。そう言い聞かせる

Img_0301 この画像では枯れた姿が分からないほど青空に映えている。松ぼっくりも一杯着けているが残念ながら葉先に緑の新芽が伸びて居ない。でも一見して親父には分かる。葉先と枝先が茶色になり終焉の時は迫っている。君には助けられた。本当にありがとう。

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爆睡、分県地図、バス、電車内の非礼、無礼、ムカつき、そして無言

昨日、早い夕食の後、午後からの頭痛も重なり久々に鎮痛剤2錠を口にして、横になる。寒の戻りで室内は寒く遠赤のストーブを弱にして、毛布と枕を用意する。最近、体の衰えを気にする度に太極拳の真似事をしたり、足上げ、体のねじりを心掛けているが睡眠不足のシグナルは如何ともし難いのだろう。四の五の言い訳をせずに素直にダウンする。

テレビは消していなったから音声は流れていた。微かに聞こえる歌謡曲にも全く反応せず意識が飛んでいた。気付いたのは何故か民法の番組で親父の好きな鯖街道を、お笑いのタレントが歩いていた。これまでも有った小浜から京都出町柳までの80キロ。歩き。

この道程を一人になって何度も車で走った事があるが、流石に歩くと一昼夜24時間掛かる。単純に計算して1時間4キロ。昔の人は8時間で40キロが普通と言われているからそれを考えて見ても容易でない事が良く分かる。そんな事を考えているとこの道を重い鯖を運んだ先人の難儀が分かる。そんな事を考えながら食い物を探す。

こんな生き方をしているからメタボな腹周りは変わらないのだろう。でも爆睡の効果は有り。歯磨きをして布団に入る。午前0時のジェット、ストリュームを聴きながら起床時間のタイマーをセットする。寝る子は育つと言われたのは昔の話。今は健康のバロメーターかも知れない。

分県地図は岐阜県を昨日買う。何で岐阜?この前の桜の記事で字を間違えたから?そうではないがまずは訂正。庄川ではなく荘川。親父は長い間間違えて覚えていた。それでも自慢ではないがこの地を知る人は相当の桜への思いの深い人。大概の凡人は知る由も無い。

岐阜の地理も不案内だけでなくその事を当たり前と思う人も少なくない。多くの人にとって関係ない事だからでもある。親父の様に長い間静岡での仕事の経験が無ければ、関西人にとっても無縁の地かも知れない。

それでも親父にとっては地図を広げるだけでワクワクしてくる。それだけではない。8年前の仮設の土方仕事の最初の現場が岐阜と滋賀の境。半月弱の宿の座敷の壁に垂らされていた額縁に入れられていた特攻の青年の別れの葉書の言葉は、今でも忘れられない。

「先行く不幸をお許しください。そして何故こんな戦争をしなければならなかったのか、幼い弟達にしっかりとした教育を受けさせてください。」親父の仕事と生活の不安をぬぐい去るだけでなくこの家の亡くなった親父さん、お袋さんの思いを考えた時、言葉が無かった。

あの時仕事が終わって大阪に戻る時、親父が仕事用のバンを運転していて道を間違える。近道をしょうとして山中に迷い込む。その先は行き止まり。当然引き返す。3人で仕事をしていた責任者から怒鳴られたのも懐かしい。今、何をしているだろうか?関係ないか?

その現場の先にビックなダムがある。徳山ダム。多くの税金の無駄使い。なんでそうなるのか殆どの人は知らない。長い間その論議が繰り返されたが結局はダムは完成し、問題はうやむやにされただけ。水力発電もしない治水ダム。今はその存在さえ知る人も少ない。

この近くに薄墨桜がある。1500余年咲き誇るこの桜の由来はピンク色の桜が散り際に薄墨色に変わるからだと言われる。本当だろうか?でもその風景は眼を瞑るだけで容易に鮮明になる。葉桜の前の一時だろう。それにしてもその生命力に感嘆するのは何時の日だろう。

荘川の桜は御母衣(みほろ)ダムに沈む桜の大木を移植した。昔の役人には偉い人がいた。今はどうなのだろう?桜木の大木にはそれだけの生命があるのだろう。そうでなければ何時までもこの物語が語り継がれる事は無いだろう。そう言う親父も未だこの地を見て居ない。東海北陸道。名古屋から富山迄の桜のトンネルの時はもうすぐです。

明日は休みです。今日から新年度。テレビを見ていると新生活のスタートが始まっている。しかし、前途多難とはこの事だろう。どんなに多くの事を語っても問題の本質は未だ、明確ではない。難しい事は分からないと言いながら、どんなに多くの事を語っても的外れになる事は言うまでも無い。大体、支持されていないリーダーが国民の信を問えないで何が出来るのだろう?景気対策と言いながらどれだけ景気が良くなるのだろう。

景況感は最悪と言われても本当に多くの人が難儀をするのは、これからだろう。生活給付金と言われても後世の人は評価しないだろう。土日の高速通行料何処まで行っても1000円。喜んでいる人が泣きを見るのは目に見える。目に余るとは正にこの事だろう。

車が売れない。当然だろう。車が生活の必需品とステイタスシンボルからその地を追われて久しい事を、どれだけ認識しているのだろう。車は金が無ければ買えない。仕事で雇用の心配が切実な庶民にそんな余裕が何処にあるのだろう?派遣切りは暫くはどうなのだろう?

親父達も元気な間は使えるが口先だけでは役に立たない。どんなに不快な思いをしても最後に笑うのは肉体と健康。そして生活に困らない生活費。生活給付金でどれだけの活力が出るのだろう?選挙が終わるまでその事が問われ、難儀な事は倍になる事を実感するのだろうか?そうならない為にも心意気だけは失ってはならない。

ジェットストリームのナレーターが替わった。大沢たかお。伊武正刀さんの渋さが無い。親父が若かった頃の城、卓也の心に到達するには暫らく掛かるだろう。選曲が変わるとアカンでよ。たのまっせ。今夜はアカン。ではお休み。

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