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2009年3月25日 (水)

今日もお休み。ワークシュアリング?(これは冗談)

先週山陰の旅の暖かさが嘘のような寒の戻りです。気の早い桜見物の馬鹿騒ぎも今週末は無理でしょう。(親父はそんなに無酔ではないけどね。桜の花は綺麗だけれど、静かに飲めるお酒も悪くはない。酒のみの気持ちは酒のみで無ければ分からない。)

人の気持ちは多種多様。それなのに尤もらしく人に意見をするのは可笑しいのだろう。人間の器はそんな時笑いながら、相手の気持ちを推し量り自分の気持ちを押し殺すのが、問われるのだろう。それを思えば親父のつぶやきもその程度だろう。

それにしても見聞きする事、体験する事は「阿吽(あうん)」の思いを越える事が少なくない。一番苦々しく思う事は無礼、無粋。言葉使いが悪い。それはあんたでしょうと開き直る輩を見れば叩きのめすしか無いのかも知れない。流石にそれは出来ない。口で負けて手を出すのは最低だと分かっているから始末が悪い。今でもヤクダさんの出番があるのは良く分かる。

極道と言われる人に悪人はいないとも言われるが、堅気の人間に極道にも劣る最低な輩も少なくない。彼等、彼女等に無いのは義理、人情かも知れない。(古い)。古い人間とお思いでしょうが・・・昔、そんなヒット曲が有った事すら知らんだろう。

ワークシュアリング?この言葉も耳慣れないが、親父達が若い頃には仕事量が多くてどれだけこなせるか(消化)が問われていた。何時まで出来る?どれだけ出来る?品質は大丈夫?その事だけが問われて来た。その事を考えると何と様変わりな事か?

高度成長の時がバブルと金融の危機で砂上の楼閣となっても、人の生き方は何も変わらないのかも知れない。それでもワールドシリーズの最後でイチローが言った言葉は、今後の教訓かもしれない。「神が下りて来た」何処から何処に?その言葉の意味がこれから問われる。

自分には何も出来なくても「日本人で良かった」と涙する単純な気持ちはなくても、生きていて本当に良かったと思える時を実感できるには生活の質の向上だろう。人はパンのみに生きるのでは無いとも言われるが、不自由なくパンが手に出来る当たり前の生活が、実はそうではない事を噛みしめて居なければならない。一億総中流と言われた時は過去の話になる。その事が分かっていないと当事者にならなければ分からない。(お前に云われるまでも無いか)。多くの人が多くの思いの中で生きているのはそれ故かもしれない。

昨年のアメリカの金融破綻は金融工学の間違いではなく、この国の住宅神話がバブルであったようにそれ以上の価値の毀損だった事が分からなかっただけかも知れない。大体、金融工学なる理論がおかしかっただけで実体経済のサイクルを無視した永遠の繁栄など有り得る筈が無い。そんな当たり前の事を見逃したエコノミストの信頼性は後世の笑い物である。その反省も未だ明確ではない。政府の援助を受けた企業の幹部にボーナスとは間抜けなほどにも、歩度がない。アメリカの繁栄とはその程度の物だったとしたら、そのアメリカに大きく輸出と金融を依存しなければならないこの国は、同じ穴の狢(むじな)とも言える。(コラ、非国民…この言葉も戦前の国策を批判した人に浴びせた言葉。でも本当の非国民は間違った軍国主義者だった。)。今、改めて国の在り方とそれぞれの生き方が問われている。

でも実際はどうなのだろう?政治と経済、日々の生活の問題が明確に出来る人は少ない。こう言っただけで「あんたはどうなの?」と揶揄(やゆ)される。関西弁で言うとちゃちゃ。この言葉の意味も悪くは無いが自分の足りなさを相手に転嫁している。

今、景気が悪くおおきく仕事量も少なくなっている。当然手取りも少なくなり夫婦共稼ぎも珍しくない。残業で稼がなくても基本給だけで食える人は少なく、その基本給さえカットされては生活の基盤が揺らぐだろう。しかし、本当に苦しい人は生活弱者だろう。

生活弱者?実際は生活強者なんて少数だからこの言葉もおかしい。自分は生活弱者の認識が無くても年収200万以下は強者とは言えんだろう。その事が分かって無い。この事が人事の様に思われている。生活弱者とは何も非正規労働者、ホームレスだけではない。

失業率も今5%の前半?でも企業が抱えている今日の余剰人員を考えると失業不安は小さくない。もうすぐ4月で新年度が始まれば状況は変わる?急速な回復は暫く望めないとしたら、如何するのだろう?。そうならない為にも政府施策の景気対策が求められているが、経済の知識が有ればこの不況の大きさは、是までのアメリカ頼りの政策に比例する。

先週末から今週に掛けて株価が大幅に上昇しても、景気の回復はこの国の経済構造が変わらなければ難しい。そう考えれば数年掛かるかも分からないこの不況。その事が分かっていない。その代償の大きさにどれだけ耐えれるか?その事がこれから問われる。

ワークシャリング(仕事の分かち合い)。この意味も自分の都合で理解されているに過ぎない。本当の仕事の分かち合いはどんなもんだろう。それぞれがそれぞれの能力と働ける時間に合わせて、持ち味を生かす。それで生活が成り立つ。それが本物だろう。

今、多くの事が尤もらしく実態の深刻さに目を向けないで、それとも分からなくている。とっくに国民の支持を必要とした政治家は、100年に1度とかの言い訳をしながら切れ目のない景気対策に奔走している。でもその対策とやらは民間の活力が出るまでは歯止めにすらならない。

アメリカの金融危機の取り組みも毀損(きそん…失われた損失)金額が確定していない。この国のバブル崩壊後の低迷が10年掛かったが、その時政策の無策を揶揄(やゆ)された。そのアメリカが払う代償は今言われている金額(1兆ドル)の10倍を超えるとも言われる。

アメリカンドリーム、消費大国、金融大国、経済大国、アメリカは軍事力を背景にした世界に類を見ない経済大国です。その国の経済発展が破たんした時、政府がどんなに税金を投入うしても、その補てんは限定されている。これからその試練との戦いが始まる。

今、ニュースを見ているとキャスターが喜々としてワールド、ベースボールを優勝し帰国した選手にインタービューしている。確かに素晴らしい。しかし、これから勝負のシーズンが始まる。何時までも喜んでばかりは居られないだろう。他に伝える事は無いのか。ラジオを聴きながら馬鹿にされている。

本当の景気対策は国民が何を求めているかだろう。これが難しい。更にそれが明確になったとしてもそもそも景気対策とは環境造りだろう。景気が悪いのはお金の廻りが良くないからだろう。良くお金は天下の廻り物と言われる。どれだけのお金が何処から何処に廻っているのだろう?

景気対策とはそんなもんだろう。政府が生活給付金とか高速道路の通行料を1000円とか、そんなもんではないだろう。労働組合も組合員の利益の代弁しか出来なくて、何が雇用の安定だろう。この国は社会主義でも共産主義の国でもない。金が無ければ仕事が無ければ食えない事にどれだけの人が気が付いているのだろう。

皮肉な事にこの小さい街でも年度末の予算の使い方とその報告で、多忙の時を行政は追われている。公務員に無駄は無いと嘯いた(うそぶいた)行政の改革は何も出来ない。それがこの国の実態である事にどれだけの人が気付いているのだろう。

サムライジャパン。野球の選手達は本当によくやったけれどこの国のリーダー達は、何をやっているのだろう?1日でも早く国民の支持を問い本当の景気対策を期待する。無理だろうけれど・・・。今日は何日25日か。4月になればペナントレースが始まる。

もうすぐ4月。桜の満開の時を迎える。庄川の桜。知らないだろう。知る由も無いか。何時かは行きたいと思い始めてどれだけの歳月が流れただろう。岐阜の山を越え富山に入る途中のダム湖の上に移植された大木は其処にある。多くの思いが込められた桜の老木は其処にある。

満開の時は4月の中旬。今年は今は寒の戻りだけれど満開の時は早い。インターネットで検索して見てもその華やぎは分かる。しかし、本当の感激は湖上を吹き抜ける風を感じながら見る桜花だろう。4月5日には阪神仁川で桜花賞が行われるが、その興奮に勝るとも劣らない感動。今年もまたその喜びは先延ばしになるのだろうか?名古屋から富山の桜の街道もバス路線の廃止と共に忘れ去られるとしたら、急がなければならない。

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