朝、仕事に出掛ける時、この間まで暗かったのに段々明るくなって来た。駅迄の道もすっかり様子が変わっている。変わらない事と言えば小走りの人と靴音の高い人。人の日常は変わらぬ様で変わり、替わりそうで替らない。親父の歩き方も若い頃と変わっていない。
変わった事と言えばハゲに為り貧相になった。親父の親父から言われた歩く姿勢は変わっていない。田舎の川向うの道を歩く人を見ながら親父は何気なく、それでも確信の満ちた言葉で呟いていた。「人間の歩き方はその人の全てを現わしている。」「あの歩き方見て見ろ」
職業軍人で戦いに負けた失意の時から10年は経っていたが、歩き方、食事の仕方、話し方、生き方については何も変わっていなかったのだろう。親父自身、田舎で過ごした時以上の軍隊生活で叩き込まれた精神と行動規範は、戦いに負けても替わり様が無かったのだろう。そんな親父を見ながら子供心に凄いと思っていた。そんな親父の歳を既に超えている。
親父は職業軍人に憧れて志願した。体には恵まれていたが学力は何処で身に付けたのだろう?それも生まれつきだったのかも知れない。そうでなければどんなに努力をしても志願兵から江田島兵学校には入学は出来なかったろう。それも結婚してからだから。
そんな事を考えて見ると今の無様な太り方は、会わせる顔が無い。それでも親父は厳しい顔の中に笑顔を浮かべながら「先は長い」と笑っているだろう。そんな親父だった。そう、後どれ位生きられるか分からないけれど、これからの生き方は自分の思いで決まる。
口先だけだと笑われても所詮、人の生き方はその程度の物だろう。悲しい事に親父達の様な偉大な先人は若くして国破れ、志を踏みにじられた。そのお陰で生かされている。死んで当然の人が生き長らえ、生きて国と郷土の為に役立つ多くの人が失われた。
今日多くの問題が在り、100年に1度とかの経済危機を口にしているが、どれだけの心意気と先達の思いを噛みしめているのだろう。この国だけでは無いがどんなに政府が、そうして他人が多くの施策を口にして何かを行っても、そのツケは自分達に降りかかる。
今でも多くの人が多くの思いの中で無念の思いをしているだろう。しかし、考えて見れば過ちの分岐点は運、不運もあるが己の不徳とするところだろう。仮にそうではなくてもそう考えれば良い。親父はその事を身をもって教えて呉れた事にこの歳に為って気付く。
昨日、血圧が高めに適したサプリメントが来た。早速お試しセット服用する。敏感な体質が反応する。6粒は効き過ぎ。そんな感じ。飲み続ける事はないだろう?そんな気がする。血圧を下げるには減量しか無い。その為には食についても言われた事を忘れてはならない。
親父は食いものについての執着は余り無かった。それよりも事に処する対応を厳しく説いた。感謝とか思いやりとか絆とかそんな言葉より重い物が在った。「食える事に感謝しろ」その言葉を忘れて食い過ぎていたらそれこそ天罰が当たるだろう。否、もう当たっている。
その事が分かればサプリメントでは無く食の削減だろう。食いたい物を食いたいだけ食うのでは無く、食えない時に食いたい物を眺めて辛抱したあの日の事を、忘れてはならない。食える時に食っておく。これも貧乏人の知恵だが本当の賢さは、その上を行かなければならない。食える時に食えない時をしれ。腹八分に医者要らず。その親父も77で鬼籍に入る。
今、親父は夢枕にも立たず何も言われないが、このままでは長くないと思っているだろう。親父も怪我をするまでは元気だった。その事を考えれば自分の体は自分で管理するしか無い。色んな人が色んな事を言うけれど、胸に手をあてて見れば大同小異だろう。
この国の未来を悲観する人も景気の先行きを嘆く人も、昨今少なくない。その反対に近くのパチ屋で一喜一憂する人も少なくない。朝、7時過ぎ大阪に向かう電車も既に多くの乗客。それぞれのささやかな思いは、それどれで思い計るしかない。その事を忘れてはならない。
今夜は久しぶりに白ネギと鳥のもも肉。鴨にネギならぬ鳥にネギ。フライパンで上手く出来る。鶏肉を白ネギで塩コショウの味付けでした。これも田舎で口にした御馳走。滅多に口には出来なかった。これがレストランで食するとワインの炎が上がるのだろう。
これから精々、足を上げて腹を凹ませれば親父に負けない生き方が出来るかも?無理かな?親父に負けない我儘な生き方を変えるつもりはないが、その為には人も羨む(うらやむ)体力が無ければならない。ストレッチと太極拳。何時まで続くかな?
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