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2009年1月 5日 (月)

穏やかな仕事始め。心は穏やかでないけれど・・・。

穏やかな仕事始めでした。地球温暖化がこんな形で出て居るのかどうかは分からないけれど、仕事場の窓の外は静けさの中にたおやかな陽光が広がっていた。それでも今日は小寒、デスクの横の電気ストーブは切られる事は無かった。

一昨年の5月から書き溜めて来たこのブログもアクセス総数が8000件近くになっている。それでもこのブログは人に見せる為に書いているのではない。親父の日常とつぶやき。そこには親父の個人的思い込みと偏見しかない。綺麗事を言わず一方的な言葉、しかし重ねて言葉を重ねればその中身には、親父の独断と偏見しか無く間違いも少なくない。当たり前だろう。その程度の事でありその事は今年も変わらない。周りは大きく変わってもこの親父は変わらないだろう。それでも此の儘では惨めな生き方しか出来ないだろう。

変わらなければいけないのは親父達だけではない。永年言われ続けた「変革」、英語ではチャレンジが今年のキーワードになる。人に何かを求めるな。求めたとしても不快な思いしかない。何でそれが分からないのかと息巻いた処で蛙に小便、釈迦に説法だろう。(釈迦程の賢人で無くても人は誰でも自分が正しいと思っている。本当は裸の大将でも)。

そう考えて見ると変われない事に自分の誇りと存在感を感じていたのかも知れない。理屈や明確な現実を突きつけられても変わらない体質は、親父だけではないと自己弁護を重ねていた。どんなに尤もらしい言葉と現実を突きつけられても戦略が欠けていた。その思いが許せないと思われたのかも知れない。それなら分からない事もない。

今年は多くの事が問われている。それでもその事は親父だけでは無い。勘違いはお互い様と言われたがこれはそんなレベルの事ではない。多くの人がその事を問われても殆どの成功は望めない。しかし、人の事ではなく自分の事と思えれば挑戦の価値があるだろう。

今年は初詣には行ってないが、仏壇に手を合わせればその事を教えて呉れて居る。「そろそろ、腰を上げよう。何時まで逡巡の時を重ねるの?」永い冬眠ではない。挫折、失望、そんな思いとはかけ離れた無為無策。そんな時からそろそろヨ―ソロだろう。錨を上げて出港の時だろう。安全航海は望めなくてもその時は目前にある。

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