« 穏やかな仕事始め。心は穏やかでないけれど・・・。 | トップページ | 一年の始まり、それにしても何かおかしくない? »

2009年1月 6日 (火)

ぽっかり浮かんだ白い雲。寿命は後、どれ位?。

窓の外を眺めていると工場倉庫の上に青い空が広がっている。音の無い風景。白い雲がファリと浮かんでぷかぷかと流れている。何処かで見たようで少し違う。何故か空が低い。親父の記憶の中の白い雲は遠く、高く、そして静止していた。しかし、一時眼を瞑っていると雲の位置はずれていた。あれは静岡県大東町、静岡工場食堂外の風景。今は静岡掛川市大東とか。親父が見ていたのは今からどれ位前だったのだろう?昔、昔、一昔?それ程前の事ではないが、指を折って数えて見れば30年も前の事。親父はあれから同じ歳月を生きて来たが、どれだけの物を手にしたのだろう。余りに愚直、余りに不器用、余りにお人よし?だったのだろうか。そうではない。先見の明が無かったのだろう。今では信じられないほどの口ベタ、あの頃今ほどに喋りが出来ていたなら人生は違っていたかもしれない。

行く川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず。流れに浮かぶ泡沫はかつ消えかつ結びて、久しく留まりたる試し無し。鴨、長明。ああ無情です。親父は優しい生き方が出来なかった。必死の思いで人を育てても未だに思って呉れる人は木口しかいない。

考えて見ると平成の時も21年。後どれ位、元気で生きられるのだろう?10年?それ位は可能かも?。10年ひと昔と言われたのは昔の話。30年とは言えなくてもその半分の時は余り変わらない。親父の人生もそれくらいかもしれない。それ以上生きれたとしても地に足が着いていなければ哀れでしかない。その事を新年早々、思い知らされる。

年賀状が来ていなかった中学の無二の友が昨年の8月、亡くなっていた。奥さんの知らせに愕然とする。親父よりきっと長生きすると思われたバンカラは、昨今の景気失速に経営者として心身を擦り減らしたのだろうか?知らないくせに予見で物を言うなと言われても慰めの言葉もない。何たる不覚。何たる時の流れだろう。親父も頭を上げ眼を見開かないと残りの時は容赦のない流れに翻弄されるだけだろう。決して例外のない現実の厳しさを忘れてはならない。

そう考えて見ると今年は大きな転換期だろう。大きくなくても手にする物はしれていても、変わらなければならない。変われる訳がないと自分で決め付ける前に手足を突き出さなければ何も変わらない。自分が変われば周りも変わる。周りが変わらなくても自分が変わればそれで文句は無いだろう。親父のつぶやきが決意に変わる時、そして口先だけで無い事が実践できた時、少しは喜びの時が実感できるかもしれない。

|

« 穏やかな仕事始め。心は穏やかでないけれど・・・。 | トップページ | 一年の始まり、それにしても何かおかしくない? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 穏やかな仕事始め。心は穏やかでないけれど・・・。 | トップページ | 一年の始まり、それにしても何かおかしくない? »