大阪は変わっても親父は変わっているのだろうか?変わっているよ
大阪駅は今、大変身中。ホームの上に建物を建てている。どんなビルが出来るのか知る由も無いが、親父が18の時大阪に出て来た時の面影は既にない。あの時は駅の前に建物は無く、正面に阪神百貨店がデンとしていた。駅前は広くお盆と正月の帰省時にはテント村が出来た。今は切符も予約で済まされているのだろうが、当時と桁が違うのだろう。
次の写真は本社の近く。岡崎橋の交差点。この地は近くに公園が在る。靭(うつぼ)公園。この交差点は写真の左右に市電が走っていた。野田阪神から玉造、緑橋行き。今は一つ南の通りを地下鉄が走る。しかし年寄りにはどうなのだろう?階段の上り下りが出来なくなった時、動けなくなる。高齢化の時が目前に迫っても都市の交通にその配慮はない。
最後の写真は親父の何よりの楽しみ、カレーうどん。おたまで海老とネギを潰しているが肉もたっぷり入って、汁まで残さずにイケる。おまたせと言われてうっかり形を崩す。汁は熱くて紙の前掛けが在るが親父は殆ど使わない。少し汁を温く(ぬるく)してもらっている。そんな気配りが出来るのは店長の優しさだろう。時々、味が薄くなるのは気にならないほど美味い。
景気の急激な落ち込みでその対応が迫られる。誰が?人事では無いのに多くの人はそれどころではない。自分の生活水準の維持で精一杯だろう。それでもこの数年間(実際は5年を超える)拡大を続けた経済の反転は小さくない。
輸出に支えられた国内外の経済は意外に、低所得者の収入を引き上げて居ない。企業の好決算とは裏腹にコストの低減は給与、収入の削減で支えられてきた。これが一気に変わる。企業のコスト削減は更に進み、雇用の現実は政府が言うほど甘くはない。
生活弱者だけでなく多くの人が生き方、働き方、余暇の過ごし方が問われる。近くのパチ屋を覘く(のぞく)事も無い。スーパーの買い物客の買い控えも日常的になるだろう。お金の回りが悪くなった時の景気の閉塞感は、オチャラケでは済まされないだろう。
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