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2009年1月

2009年1月30日 (金)

ダボス会議の意味?

麻生総理はスイスのダボス会議に出席。とんぼ返りで帰るのだろうけれど、この会議の存在を知る人は少ない。皮肉にもこの会議の別名は世界賢人会議とか。自らそう言ったかどうかは定かでないがどんなに専門的な知識が豊富でも、賢人とは如何なものか?

この国が開かれた国であり、内外の諸問題を世界のリーダー達と語る意義は大きいと、何処かの誰かが言っていた。しかしその知事もお粗末な都政を続けて次は危ない。そう思うのは親父だけで君達にとってはどうでも良い事かも知れない。親父がどんなに口角を尖らせて悪口を言った処で何も変わらないだろう。そう思うだろう。でも本当にそうだろうか?

なんかマスコミの断片的なニュースを見聞きしていると、そんな思いを強くする。口先ばかりと揶揄(やゆ)された親父ですら、そうだから君達にはくだらないとしか思えないかも知れない。そう、くだらない。その程度の話です。そうして一番大事な事を見失っているのだろう。

今、簡保の宿のオリックス不動産の入札を総務大臣が問題にしている。「経緯が不透明」とか「郵政の財産をバナナのたたき売りのように売り渡している」とか今になって何でそんな事を言うのか真意が問われている。郵政民営化とはその程度のものとでも言うのだろうか?

本当にひどい事を尤もらしく声高に叫んだ張本人は、既に政界を引退している。責任の重みとその評価と追及に耐えられないのかと思いきや、そうでもないらしい。さり気なくマスコミに登場して構造改革の意義を平然と語っている。為らばこの景気の墜落は何なのか?

構造改革とは関係の無いアメリカの金融危機。その大波を被っているだけ。アメリカと経済的にも政治的にも繋がりの大きい我が国だから必然的とか。そう言えば未だに選挙の道標さえ指示せない総理も同じ事を言っている。「100年に1度あるかないかの景気不安」。

官から民への構造改革とは一体何だったのか?その言葉に乗せられたお粗末の尻拭いは暫くは出来ない。何かを変えるとはそんな事なのだろうか?オバマアメリカ大統領の支持がどんなに高くても、アフガンにイラクの兵力をチェンジするだけでは何も変わらない。

この国の指導者にはその施策すらない。その総理に多くの主権者がレッドカードを突きつけても居座り、決意も変わらない。この国はその程度の国だとしたら、ガキにジジ呼ばわりする事は何もない。総理もどんな気持でこの難局を乗り越えようとしているのか?それも無いのだろう。

大手企業の決算が発表されても、その経営責任も問われる事はない。他国の所為にすれば自分達の責任は回避出来ると思わないのはトヨタだけなのだろうか?そのトヨタですらどれだけの事が問われたのだろう。この国はその程度の社会的責任しか問われないのだろう。

郵政民営化は為されたと思われるふしも少なくないが、実際はそうではない。株は国が持っている。どんなに選挙を先延ばししても今年の秋までにはその任期も切れる。その時、政権与党の自民党はそのカードをチラつかせたいのだろう。「まだ早いと」。そんな政党にこの国を任せられるのだろうか>野党も大差ない?よく言われた言葉です。その言葉の意味を問い直さない限り、この国の未来は明るくはない。

明るくないと言って嘆く事はない。しかし、関係ないとは言えなくなる。昨年夏までは景気の下支えをしっかりしていると言われていた。その反対の事も言えるだろう。どんなに厳しい状況の中でも大臣の指示さえ無視できる官僚の事を考えると、この国も捨てた物ではないのかも知れない。冗談ではない。何様だと思っているのだろう。エリートとはそんなに偉いのか?

これからその事が思い知らされる。その準備の時かもしれない。

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2009年1月29日 (木)

春の雨?イヤイヤ今は氷雨(ひさめ)の時。暖かさの反動は来る。

明日はこの時期には珍しいまとまった雨とか。今年は厳しい大陸からのシベリア高気圧の力が弱く、全国的に暖かい日が続いている。北陸、東北、北海道の寒さは如何なのが分からないが、例年より暖かくは無いのだろうか?この情報化社会でも本当の事は良く分からない。

しかし、自分の住んでいる周りを見れば明らかに今年の寒さは、厳しくない。人間は勝手な者で寒さより暖かさを喜ぶ。本当は違うのだけど暖かい方が歓迎される。その時は凌ぎ(しのぎ)易くても後になって考えて見れば、まずい事は少なくない。

今言える事は昔の様な寒さは寒冷地しかないのかも知れない。親父が幼かった頃、一般的には暖かいと思われていた南国大分でも、霜柱が立っていた。多くの子供達が鼻水を垂らしながら、皸の(あかぎれ)の手を擦り合わせていた。あの貧乏な時代豊かさは絶対的存在だった。

今日、あの貧しさはない。それでも皆が本当に豊かになったのだろうか?ずるい人、賢い人、恵まれた人、運が良かった人、計算高かった人、色んな人が豊かさを手にしても本当の豊かさは何なのか?これから問われる。この時期暖かいと冬眠の動植物も困るだろう。

仕事場の入口の横に椿の植え込みが在る。「椿咲く春なのあなたは帰らない」そんな歌があるが、もう1ヵ月前からピンクと白の花が咲いている。その花びらを愛でながら手を掛けていると、何時までも多くのつぼみが出て花びらとなる。親父が細い幹を揺らすと身震いしながら綺麗な姿を続けている。何時まで続くのだろう。物言わぬ椿の植え込みと親父の触れ合いは当分続く。

明日まとまった雨が降ると、多くの花弁は落ちてしまう。そして新たなつぼみが又、花開く。人間の思い上がりは知らなくても、手を掛けられた感謝にはきっちりと答えている。この冗談は実話です。自然界の営みは人間の営みである事にそろそろ気付かないといけない。

環境対策とは人に求める事が少なくないが、自分に出来る事も少なくない。その事を忘れるとその代償は小さくないだろう。温暖化対策はその事を教えている。

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大阪は変わっても親父は変わっているのだろうか?変わっているよ

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大阪駅は今、大変身中。ホームの上に建物を建てている。どんなビルが出来るのか知る由も無いが、親父が18の時大阪に出て来た時の面影は既にない。あの時は駅の前に建物は無く、正面に阪神百貨店がデンとしていた。駅前は広くお盆と正月の帰省時にはテント村が出来た。今は切符も予約で済まされているのだろうが、当時と桁が違うのだろう。

次の写真は本社の近く。岡崎橋の交差点。この地は近くに公園が在る。靭(うつぼ)公園。この交差点は写真の左右に市電が走っていた。野田阪神から玉造、緑橋行き。今は一つ南の通りを地下鉄が走る。しかし年寄りにはどうなのだろう?階段の上り下りが出来なくなった時、動けなくなる。高齢化の時が目前に迫っても都市の交通にその配慮はない。

最後の写真は親父の何よりの楽しみ、カレーうどん。おたまで海老とネギを潰しているが肉もたっぷり入って、汁まで残さずにイケる。おまたせと言われてうっかり形を崩す。汁は熱くて紙の前掛けが在るが親父は殆ど使わない。少し汁を温く(ぬるく)してもらっている。そんな気配りが出来るのは店長の優しさだろう。時々、味が薄くなるのは気にならないほど美味い。

景気の急激な落ち込みでその対応が迫られる。誰が?人事では無いのに多くの人はそれどころではない。自分の生活水準の維持で精一杯だろう。それでもこの数年間(実際は5年を超える)拡大を続けた経済の反転は小さくない。

輸出に支えられた国内外の経済は意外に、低所得者の収入を引き上げて居ない。企業の好決算とは裏腹にコストの低減は給与、収入の削減で支えられてきた。これが一気に変わる。企業のコスト削減は更に進み、雇用の現実は政府が言うほど甘くはない。

生活弱者だけでなく多くの人が生き方、働き方、余暇の過ごし方が問われる。近くのパチ屋を覘く(のぞく)事も無い。スーパーの買い物客の買い控えも日常的になるだろう。お金の回りが悪くなった時の景気の閉塞感は、オチャラケでは済まされないだろう。

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2009年1月27日 (火)

猿から学ぶ風邪対策?久しぶりに静岡白ネギを頂きました。

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昨日の敦賀の写真で一番のお気に入りはこれです。

これで見ると積雪は殆ど有りませんが、8年前の仕事の時は辺り一面銀世界でした。

今年はこんな景色でも、春の訪れの前にもう数回は、そんな景色になるのだろう。

このローカル線は敦賀―小浜線。まん中右側が無人駅。電車は1時間に1本。(90分の時もある)。全国何処でもローカル線のお得意は学生と老人。車社会の今日、厳しい現実。

日本全国津々浦々。ローカル線に何処でも見られる踏切。誰からも見向きもされなくなっても、廃線に為らない限りデンとしている。昨日の写真では良く分からないが、右も左も手前に曲がっている。右は4メートル前後の下り。左は少しだけ下がるが線路に沿ってお寺さん迄続いている。そこから先はお寺さんの境内。上にあがると北陸トンネルがある。

この踏切を良く見ると何故か最小限度の通行幅しかない。積雪が多い時は当然除雪されても、脱輪に注意しながら通るのだろう。ライトバンでは気に為らなかった。

Img_0111帰りの特急(サンダーバード)車窓からの風景。予想外に良く撮れている。

琵琶湖の手前、大阪に向かっている。昨日の写真で安曇川の風景とコメントしたが、その相当前(北)だろう。母さんと行った木の本の手前だろう。木の本から敦賀は遠くない。しかし、正面に見える山が高くなリ行く手を遮る。

今は峠道も良くなり鉄路はトンネルとなる。信長の時代、北陸攻めの時この地を治めていた浅井氏に反旗を挙げられ、退路を断たれる。前の敵と後ろの反逆に信長は正面の山の向うを退却する。京への道は意外に近くしかし多くの犠牲を払う。秀吉が命を掛けてしんがりを務める。区画整理された農地にその面影は全く見えず、整然としていた。

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これが北陸トンネルの出口。正確ではないがこの電車は敦賀から出た普通。

大阪方面に向かっている。直線に見えるが緩やかにカーブして登る。すごいね。

このトンネルの技術は明治の中頃には出来あがっている。急勾配のトンネルを諦め円を描いて登る風景は、スイスの登山鉄道で見た事が在るがここはトンネル。こんな技術も今日では忘れ去られている。否、知らない人も少なくはない。知る意味すら感じないのだろう。

今、景気の失速で物造りの原点が揺らいでいる。高い技術も厳しい価格競争に晒され(さらされ)、コスト削減の為に人減らしを余儀なくされている。しかし、コスト削減が雇用の不安を招いた時、消費の落ち込みは誰が補うのだろう。

明治から大正に掛けて全国津々浦々に張り巡らされた鉄道網は、今は新幹線しか注目されない。時代の流れと言うには余りに無策。それでも大政治家(?)の選挙区はこの近くにある。皮肉な事は地方の活性化を口にしながら、地方の活性化が実現しないことだろう。

親父も若い。青い。それでも人並みに咳が出る。今夜は静岡の白ネギ。そして湯豆腐でした。ネギのとろみは風邪に効くのは本当だろうか?猿が口にするのだから確かだろう。親父のお気に入りは母さんが好きだったミカンと言いたいが、ポンカンの方が今はお得です。

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2009年1月26日 (月)

敦賀は思いの外、近かった。そして暖かかった。

Img_0098_2 L特急、雷鳥。27年前と何も変わらず。

変わったのは親父。それでも哀しみは無かった。全ては無常。次の27年は在るのだろうか

そんな事よりどう生きるか?どう死ぬかその事が問われている。合掌。

46年前に来た、大阪駅。今は大規模工事中

このホームもその時は、九州の帰省で興奮していた。今は何処に行ったのだろう?Img_0099_2

敦賀駅正面左側のSL大車輪。

敦賀の駅に来たのは初めて。

大阪駅から意外に近い。

特急で1時間と20分。新快速なら特急料金が要らず。しかし時間は2時間掛かる。

国鉄から民営化されてさびれる一方と感じるのは親父の偏見か?Img_0101_2

このお寺さんの上の山で8年前仕事。

右の駐車場に車を止めた時、大雪で大変だった。住職の計らいに感謝した。

今日は声も掛けられず。御健勝だろうか?

左の登り口も今回は雪も無し。

あの時はひだ上迄あり、ラッセルした。

Img_0102 北陸トンネルの出口。ここはお寺の上。

雪が残っているが寒さは無い。仕事で来た時もそうだったが、長くは続かず寒かった。

親父が若い頃、この出口から入った所で大火災があり、尊い命が失われる。

この写真では分からないが勾配がきつく、トンネルは直線ではなく円を描いている。先人の鉄道トンネルの技術は、凄い。Img_0106_2

これはお寺の前の小浜線。敦賀と小浜を結んでいる。

左の道も仕事の時は、除雪の車が入る。

今年は本当に暖かい。喜んで良いのか?

雪国の景色も春先の様だった。

あの時4トン車で資材を運んできた人は、今何をしているのだろう?Img_0107_2

正面の右が駅。無人駅。

この踏切も積雪の時は、踏み固められて怖かった。市内から四駆、スノータイヤのライトバンで親父が運転手だった。

親父の仕事は運転と力仕事。必死の思いでそれでも結構マイペースだった気がする。

この踏切は右が入口、坂道、下っている。左も同じ。これで雪道なら結構怖い。Img_0108_2

この駅で電車に乗り降りするのも最初で最後。仕事の時はハンドルを握るだけだった。

電車は2両編成。(帰りは1両)。ワンマン。出入ドアーも自動ではない。自分でボタンを押す。オイオイ、これがサービスか?

よそ者を無視しなければ(しても)、利益は出ない赤字ローカル線に未来はない。

これからの年寄りと生活弱者の未来だろう。Img_0110

これが仕事をした山。あの時は来た時は雪は無かった。それが一夜で一変する。

60センチの積雪。親父の仕事が雪かきに変わる。これが重労働。汗まみれ。休むと一気に寒くなる。休まぬように疲れぬように。それが難しい。

この手前の雪なんて眼じゃない。

ちなみにここはゴルフ場。Img_0111_2

これは帰りの車窓から。琵琶湖の北。

安曇川の近く。(そう言われても分からん?)

縄文の昔から人の営みがある。

今は寒いけど春が来ると自然が豊か。

穀倉地帯。でも最近の農家の暮らしも楽ではない。しかし、この風景には歴史が込められている。

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2009年1月25日 (日)

大阪はやっと冬らしくなる。それでも積雪は山からは下りて来ない。

昨日、一時粉雪が舞う。今朝起きて見ると外の吹きだまりに白い物が残っていた。大阪と一括りにしても街中と郊外では様子が違う。積雪が街中に無いと言っても一歩足を北に向けると、景色は一変する。ニュースを見ると多くの事をコメンテーターが語っているが、多くは個人的な意見であり全ては、神のみぞ知るのかも知れない。

昨年の秋、突如として(実は予兆を知らなかっただけだろう)アメリカで金融危機が発生した。アメリカの多くの経済の指導者だけでなく、この国のリーダー達も晴天の霹靂(へきれき)だったのかもしれない。それだけに立て直しは困難がすくなくないだろう。

この国の経済の立て直しも多くの困難の中で、時とお金が居るだろう。政府は成り振り構わず立て直しを計るだろうが、同時に無理と無駄も少なくないだろう。経済の急速な収縮は物造りの大転換と雇用の見直しが伴う。この国には厳しい現実が突き付けられる。

経済の混迷は必然的に雇用の不安となり、消費者の収入が抑えられ消費の盛り上がりも期待出来ない。物が売れなければ販売価格を下げなければならず、価格競争に巻き込まれた力の弱い販売業者は立ち直る事が出来ない。

最近の困難な状況はこの国の各地で見られる。そしてその状況は日に日に改善の兆しが無い。マスコミは尤もらしく不況の嵐を深刻に報道するけれど、その言葉も乾かぬ中に(うちに)次の言葉を続ける。不況の現実は自分達の首を絞めている事にどれだけ気づいているのだろう。二ュ―スソース(ネタの出所)に鈍感な対応を重ねれば、自らの存在価値すら無くなるだろう。

今日の状況は報道されるほど深刻ではないのかも知れない。否、それ以上それ以下ではないのかも知れない。景気の実態はそれ程に深刻で一筋縄では行かないのかも知れない。その実像に迫る事は本当は誰にも出来ないのかも知れない。

反対に考えればその程度の事が、何か大変な出来事であり100年に1度とかの表現になるのかも知れない。それほど大変な事を為すには余りにも不遜で力不足である事を、自覚しなければならない。その思いに些かの(いささか)の思い上がりが在れば、多くの共感は得られない。今日の政治不信はまさにその事を現わしている。

アメリカと日本の株式市場の低迷も、そのアナウンスをしているだけかも知れない。暫くは先行きの見えない混迷の時を重ねても、賢人はその先を見据えながら普遍的な種まきをするしかないのだろう。親父の様な年寄りも今、本当に大事な事は何なのか?見通す透視力が求められている。それが無ければ本当に憐みを乞うしかない。

明日は休みです。少し早起きをして敦賀に行きます。雪景色をカメラに収めて来ます。先日来の冷え込みで積雪の景色を期待していますが、如何でしょう。君が買ってくれた携帯を手にしながら寒い寒い北陸トンネル上の仕事場の後は、どうなっているでしょう?

地方の高速道路網は止め処(とめど)の無い建設工事を続けているが、あの時測量した場所は如何なっているのだろう?まさか道路は出来て無いだろうが分からない。皮肉な事に地方の活性化は高速道路網ではない。どんなに田舎の道路、交通のアクセスが良くなっても過疎の波は止められない。立派過ぎる道路が出来ても生活の基盤を失えば地方は通過点でしかない。その事は地方に行けばよく分かる。

君の体調は大丈夫か?親父はこの通りです。一人で生きていると弱音も吐くが敦賀の写真楽しみにしていてください。寒かったあの時の事をどれだけ思い起こせるだろう。そしてこれからの生き方にどれだけのプラスが期待できるだろう。それは親父の生き方次第かも。

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2009年1月24日 (土)

電車でGo。

パチンコをやる人、やった人なら分かるけれど電車をモチーフにした台が在った。過去形になったのは今は無いからである。電車に乗る時、空いている時は一番前か、後ろに乗る。理由は座れるから。携帯の電源OFF車両だから。それでも最近は無視する輩も少なくない。

親父もインターネットを見ようとして注意された事があるが、バスの中でも同じ事が在る。大体はガランとしている時。そんな時は許されると思うのだろう。それでもアカン。そんな思いが無い。たいがいそんな時は不愉快になる。親父のデカイ態度なんて可愛い。

今日、そんな出来事が在った。電車の一番前。久しぶりに座れる。前が見える。この路線の駅は近いがそれでもレールの流れと沿線の風景は、眼を輝かせる。しかし大概そんな時、ウルサイ餓鬼か、化粧するネエちゃん、礼儀知らずのおっちゃんか爺婆(じじばば)に邪魔される。

きょうもそうだった。それ以上?大阪のオバはんはホンマにあかんわ。もう少しの処で喚き散らす(わめきちらす)処だった。前に座ったおばはんが化粧している。最近の若者ならいざ知らず、ええ年をして恥ずかしくないのか?何で恥ずかしいのと言わんばかりのお化粧。

こちらが不快になる。それでもおかしいもんだな。それなりに見れる顔になる。そこまでなら良くあるケース。その後イキナリ立ち上がりズボンを引き上げ体系を整える。前を見ていた親父が唖然としていた。見て見ぬ振りをしながら内心むかつく。おばはん、腰を振るな。

それに比べて運転手。何気ない動作にソツがない。駅に着くたびに時刻をチェックしている。秒単位の運行。日本の正確な基本動作。その仕事は当り前に思われてもそうではない。弛まぬ(たゆまぬ)日々の積み重ね。それに比べてこのオバはん。この無神経。そうでなければ生きて行けない訳など有りはしない。

子供の頃とパチンコをしていた頃が、一気にフラッシュバックしていたのが引き戻される。まあ色々あり。自分に言い聞かせながら終点で立ち上がる。良く見るとオバはんもそれなりの格好をしている。それでも親父でも人前でズボンは引き上げない。そうなった時は終わりだと思っている。そんな老いぼれには成りたくない。

今、節々に痛みが走る時ゆっくりと体を動かす。太極拳の真似事。ゆっくりと手形を切り相撲の土俵入りの格好をする。拳を交互に突きだし息を吐くと体が呼吸する。激しくやらずに出来るだけゆっくりと。それで充分です。反対に足は一気に上げる。体が驚いて思うようには上がらない。それでも無理をする事はない。今は胸に届かなくてもそのうち肩に迄上がるかも。

如何に元気な親父でも昨日の様に弱気になる。その事を吹き払う為にも己の体は己でコントロールしなければならない。この歳になって筋肉モリモリにならなくても、ガキと不逞(ふてい)な輩に侮りを受ける親父にはならない気持ちがあれば、何でも出来るかも。(甘いね)

今更年甲斐もないと笑われてもこれからの社会は真(まっこと)厳しい。それが思い知らされる前に足を上げよ。手を伸ばせ。肩の凝りを引き剝せ。接骨院で揉んでもらっても筋肉の疲労と老化は止まらない。中国3000年の歴史、太極拳恐るべし。ジャズストーリーを聞いてる。

これから飯です。近くのスーパーで今日はモヤシとコンニャク、魚のマーマレード炒めです。これでも親父にとって何よりの贅沢でしょう。そのうちクエの鍋でも食いたい。その気になれば南紀白浜でも行けばありつけるかも。クエって食った事が無いけど本当に美味いのだろうか?

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2009年1月23日 (金)

残された時は多くない

この歳になるまで、否、この歳になっても残された時を考える事は無かった。思いのまま生きると言えば孤高の生き方とも言えるが、親父の場合そんなにカッコ良いものでもない。失意の時が長過ぎただけでなく、先々を描く展望と希望がなかっただけだったのだろう。

多くの人のお陰で再生の道を歩かされているが、残りの時を逆算すれば残された時は多くない。その事に今更ながら思い知らされる。人は年を重ね肉体の限界を知った時、誰に哀れみを乞うのだろう。好むと好まざるとに関わらず誰にも突き付けられる最後の請求書。

その受け取りは誰もが、ありのままに受け止めるしかないのだろう。最近、年の割に賢くない自分に気付く。一世代前の60を過ぎた人は親父の意識の中には老人でしかなかった。今その年代になって眼に映る風景は、若き頃と何も変わらず熱き思いも衰えていない。

その事がある意味で自分を支えていたが、実際は年相応の生き方をそろそろしなければならないのかも知れない。そうでなければ間違いなく今度こそくたばるしかないのだろう。家康は年老いて思いを遂げる。親父の親父はそうでは無かったけれどこの親父はどうだろう。

それがこれからの生き方で問われる。その事に気付かされただけでもありがたい。そんな年になったのではなく、そんな思いに遠廻りを重ねながら到達したのかもしれない。今週はひどく疲れたけれど、そのうち又、心躍る事もあるだろう。写真も多くなるかも。

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2009年1月22日 (木)

午後から冷たい雨。週末は今年最大の寒波とか。感想は?

昨日の画像挿入如何でしたか?まだ手探りですが手順は君が作ってくれたマニュアルを見ずに出来るようになりました。我ながら自我自賛です。それでもシステムが分からないので手直しを掛けると、いきなり苦労が水の泡となります。それでも同じ轍(てつ)を踏まなければ少しずつですが、ニンマリと出来ます。歳を取ると感激の体験も少なくなりますが、この学習はその思いも暫し(しばし)、忘れさせて呉れるだけでなくスキルアップ(能力向上)に繋がるでしょう。(如何でも良いけれど、その差には歴然たる物を感じさせてくれる)。

その証を最近痛感する。百聞は一見に過ぎないとは正にこの事だろう。人はどんなに現状に満足しても、していなくても不満は少なくない。最近は人の醜さのまま行動しても自分の問題とはしない。自分は違うとどんなに思って見てもそうではない事に気付くだろう。

今年は本格的な冬将軍の到来がない。親父が住んでいる北摂は能勢の山を越えると丹波篠山。その北は日本海を越えた寒風が吹き荒ぶ(すさぶ)。6年と5年前の時、スーパーの駐車場の出入り口で今頃の時、寒風と粉雪に全身を揺さぶられていた。

温暖化は確実に進んでいるのだろうか?人間は勝手な者で過酷な条件を拒む。自分達だけでも大寒の時でも、暖かい春の日を悦ぶ。どんなに北国、雪国、日本海側の寒さがニュースになっても他人事にしか感じられない。ほんとの寒さを知らないからである。

大阪でも少し足を延ばせば雪景色が見れる。何も好き好んで寒い所に行く事は無いと言うだろうが、琵琶湖の湖面温度が年々、厳冬のこの時でも下がらない。(昔ほど)比叡おろしが少なくなっている。大阪の水道水の水がめ、琵琶湖の水質と寒さが関係するとは殆どの人が知らない。今、湖底の酸素濃度は殆ど無い。死の湖になっても何も困らないと思っているのだろう。流石にそれは無いでしょう。知らないだけ。分からないだけ。何とかなると思っているだけ。そうです。何とかなるんです。親父達と今の大人が生きている間は。

奈良のお水とりが在るまでは、京の街も奈良も大阪もサムーないとアキまへん。そうでないと本当の春は来ない。その意味が分からず温暖化が進んでも関係ないのだろう。そうです。関係ないのです。自然の営みと豊かさの調和が崩れた時、人間の傲慢さも叩きのめされる。

琵琶湖の湖面温度が下がらないと何で水質が悪くなり、飲み水に影響が出るの?

これは親父の聞きかじりですが、琵琶湖だけでなく世界の湖でも深刻な問題とか。冬の寒い時に湖面温度が下がり、湖の水質は暖かい部分が湧きあがり水の循環が行われるとか。親父も知らなかった自然界の摂理。これは違う方法で海でも行われている。(北極海の冷たい海流が大西洋を南下しインド洋、太平洋の底を流れ、湧き上がる)

まあ、温暖化とか言われても現代の生きる糧を蔑ろ(ないがしろ)には出来ないけれど。大寒の時ぐらい我慢して、寒さに立ち向かえ。寒さの時は一時。雪国の凍れる月影を思えばこれ位の寒さには耐えれるだろう。無理?そうだろう。暖かい冬は暗い未来が待ってるがそれまでは生きて居ないだろう。

最近、運動不足。肩がバリバリこっている。首筋の筋肉脂肪。つかんで揉んでもらうと心地よいだろう。それでもクロールの真似をして手を動かすと、首筋が悲鳴を上げている。今夜は近くの炭酸泉(銭湯)でゆっくり両手と首筋を伸ばそう。

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2009年1月21日 (水)

この夕日はお気に入り。親父の今の姿かも。日は又沈み、又昇る。

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この木は根っこは1つ。珍しく立ち止まる。樹齢どれ位だろう?どうしてこんなに別れたのだろう?木に聞いても何も答えない。答え様が無いからだろう。この道を辿りながらどれだけの人が振り返ったのだろう。親父がこの道を歩き始めたのは10年前から。その当時の面影は正面の丘が見えなかった。この右上に前のブログで紹介した展望台がある。

最近、この谷の山桜が手入れされ枯れた大木は伐採された。その所為で明るくなっている。この道は展望台から帰りの始まりの時。ここから谷を2つ超えなければならない。誰と語る事無く独り言を言うでもなく唯、黙々と歩く。しかし、幼き頃の田舎の山道を追い求めている。

時々出会う人は大概、御同輩。この道を親父に教えられた姿勢で歩くと、何時までも何処までも歩ける気がする。昔の人は草鞋(わらじ)ばきでこんな道を歩いていたのだろう。人間は文明の利器を手にした時から、2足歩行の武器を失くしたのだろう。何と皮肉な事だろう。

それでも文明の利器のお陰でこうしてブログが書ける。アメリカの新大統領誕生の大きな要因にネット社会が在ると言われる。この潮流はこの国でも始まるだろう。アメリカの変化はこの国の多くのコメンテーターも理解していない。

オバマ大統領の就任式の熱狂が覚めた時、この国の変化が始まる事を、誰が予測出来るだろう。新大統領の就任演説はこの国の指導者の言葉と違う。演説とはこうあるべきだろう。何が出来るのかではなく、何をやらなければならないのか、その問いかけはこの国では、答える術もない。それでもその時は必ず来るに違いない。

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Yes、we, can アメリカの変化、この国の閉塞感

Img_0080_2 先日の五月山、高原コースは一番しんどい。余程の事が無ければ思いは挫折する。久しぶりに昨日、挑戦したのはカメラで撮りたかったから。手前味噌になるが結構良い。それでも最後の編集で色気を出したのが悪く、肝心の展望台からのアングルが抜ける。白状すれば未だ手探り中。途中で気が付いた時には画像が消されていた。後の祭り。

今日、もう一度その部分だけ補充です。天気晴朗ならば正面に大阪梅田の高層ビルが手に取るように見えます。雨上がりの空気が綺麗な時は淡路の島影も確認できます。このスナップは今のこの国の閉塞感を、写し取るかの様です。スモッグが払われた時、どんなに気持ちが晴れ晴れとするかは、又のお楽しみにして下さい。

この景色を見ていると何時も何も考えていない。唯、感嘆の思いのみです。音の無い風景とは某国営放送の番組名ですが、何も聞こえず何も人の想いも感じられません。それでも間違いなくこの景色の中に、多くの人の思いと喜び哀しみがてんこ盛りです。

もう一枚、オマケの引き延ばし。これはお気に入りです。上手くはめこめるかな。アウトです。

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2009年1月20日 (火)

今日はいい天気でした。明日は午後から又雨?冬の寒さは週末

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ここはオーバーブリッジ。下は温水プールの水が流れています。写真中央下に看板が在りこの前に立つと、せせらぎの音が聞こえる。

写真センターの黒いアーチに、せせらぎの音が反響している。実際は小さな堰(せき)が在り、その音を反響させている。凄い知恵。

正面の山が五月山。今日は何としても行くぞ

この時迄は元気半分、迷い半分。何故かよだきい。(気がのらず、おっくう、しんどい)。それでも引き返す気はなかった。Img_0075_2

ここが登り口。ハーフコートが邪魔になる。天気が良くて汗が噴き出していた。

この階段の上は桜木のトンネル。花見のシーズンは心浮かれるが、今日はそんな余裕はない。メタボな体に鞭打ちながら一歩、一歩と歩を進める。

この上で休憩。お気に入りのサンドイッチが有るよ。

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この道は誰がどんな思いで作ったのだろう。

行政の力だろうか?役所で聞けば教えて呉れるかな?こんな立派な遊歩道がある事も余り知られていない。

冬枯れの時でも自然の息吹は既に始まっている。もう少しの時が過ぎれば今年も華やぎの時を迎える。春夏秋冬。自然界の営みは人の眼に触れる時ばかり

ここが展望台。冬の一日だと言うのに風がなく、正面に梅田の高層ビル群が見えない。

雨上がりの空気が澄み切った時、淡路島が見える。人生の晴れた喜びの時は多くはない。それだけに多くの人に感動を与えるのだろう。今日は見えないけれど必ず見えるその日の為に、とっておきます。

日の日常もそうだろう。曇りの日ばかりではない。上が切れた感じのこの写真がそう教えている。Img_0079

ここも展望台の右側。松の木が切られているが失意の時、見上げていた枝はもうない。

展望が開けてもあの時の思いを忘れてはいない。この場所は来る度に多くの思いが在る。喘ぎながら登って来る証も其処にある。

歩く力が無くなった時、ここに来る事はない。

カラスはこの山を塒(ねぐら)にしているが人の思いと哀しみは分かる術(すべ)もない。Img_0081

山裾がVの字になっている。大きな木の枝がタクトに重なる。木が踊っている。暖かな日差しの中で春の時が遠くないと教えて呉れて居るのだろうか?甘い?そうかも知れない。

しかしVと二本の木は重なり合っている。

ここから直進すれば上の駐車場。今日は歩きだから左に折れる。

帰り路も結構歩く。でも下りだから楽。Img_0088

ここから写真は露出オーバーになる。何でだろう?どこか触った?分からん。夕日がうしろにあるから?

右は谷。それでも足を取られる事はない。

左上にはドライブウエイが走っているとは思えない散策の道です。

少し暗くなったので先を急ぐ。Img_0089

夕日が綺麗に取れました。ブログの終わりにもピッタシ。 露出もオーバーではない。

展望台でゆっくりしていたので日暮れは近い。

それでもこのコースは心地よい足の疲れを感じるだけでなく心が癒される。

この夕日が撮れただけでも今年は春から縁起が良い度。お粗末でした。      

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2009年1月19日 (月)

昨日の議論は面白かったよ。

Img_0071_2 今夜のおかず、カット野菜と沖縄豚の薄切りの炒めでした。味はマーマレードが合わずイマイチ。塩コショウの方が良かったかも。写真もイマイチで如何にもまずそう。母さんの手料理に文句を言っていたが、料理も仕事も手抜きは駄目だね。まあ一人では文句も言えないけれど。体は資本の時は過ぎ今は命そのもの。自分で労り(いたわり)の思いを持つしかない

最近、片手なべの野菜と魚か肉の炒めものが多い。皮肉にも肉より魚が多くなったのはその方が安くて美味いからかもしれない。母さんが苦労して作っていた頃は見向きもしなかったのに。魚もホッケとか輪島の一夜干しで充分。ボイルのホタテもモヤシと合う。

それでも流石に家庭料理は作れない。どうしても食いたい時は近くの総菜屋さんで買えば良いが、最近はスーパーの地下専門になっている。食事は体の源だから気を付けないといけないが、こんな食事で良く持っている。大事な事は食への飽くなき探究かもしれない。でも本当に大事な事は感謝の気持ちだろう。生産者は見えなくなって当たり前の事が失われた。

今、景気の落ち込みが大きく食への関心も薄れているが、安全、安心だけでは無く感謝の心が無くなれば、本当の健康は手に出来ないだろう。感謝の気持ちが一番ない親父が言うのだから説得力はないだろうが・・・。言い訳をすれば親父の本心は君にも理解できないかも知れないが。親父ほど単純で短気なお馬鹿はいない。森の石松が生きていた頃、意気投合したに違いない。最期は騙し討ちに合ったろう。それ以上。それ以下は無い。

昨日の議論の核心は非常に面白かった。この国の景気対策に多くの言葉が語られているが、民主主義の基本、主権者の信任のない言葉ほど意味のない物はない。この国の政治レベルがアメリカ、ヨーロッパの知識人に揶揄(やゆ)されるが、この国ほど礼儀正しく、律儀さを失わない国民は他に例を見ないかも知れない。(言い過ぎか)

確かに工業後進国や発展途上の国では珍しくなくても、これほどに貧富の差のある国では珍しい事だろう。第二次世界大戦、アメリカとの戦いで廃墟と化したこの国が、経済力が先進国でナンバー2となったのは政治が骨抜きとされても、仕方無かったのかも知れない。

それ程にこの国は貧しかったのだろう。300年の太平の世の中で鎖国の時代を生きた先人の知恵は「安定」それ以外には何もなかったのかも知れない。それが黒船の到来で叩き壊されても戦いの時は一時で武士の世が天皇の世に変わっただけだったのだろう。

その時代も軍隊、参謀に利用されアメリカに叩きのめされる。天皇制から国民主権。政治の体制は変わっても何時の世も、この国には政治体制の大きな変化はなかった。その国が今大きく変わろうとしている。アメリカ追随の政治、アメリカの力だよりの経済が今、音をたてて崩れ落ちている。この変化に対応出来なければこれからの社会は益々厳しい。

君からどう在ればいいのか問われても親父のレベルでは分からない。それでも間違いなく言える事は親父を含めて年寄りは、世代交代をしなければならない。何時までも古い考え方ではなく新しく建設的で想像力豊かな感性が求められている。モアー、ダン、ベスト。その事が問われている。

親父の独断と偏見で時代の流れを見れば、100年に1度の経済の危機同様、政治の変革が迫っている。このまま何も変わらず現代の政治不信が続く事はない。アメリカに黒人の大統領が誕生すると誰が予想しただろう。イラクの戦いもテロとの戦いも終わるだろう。

どんなに勇ましい事を言っても人の心の奥底までは、軍事力で押さえる事が出来ない。この国の物造りも変わるだろう。真似の出来ない物造り。真似の出来ないサービス。真似の出来ないテクノロジー。そして真似の出来ない農業と漁業、林業、環境対策だろう。

その事が出来た時、この国は大きく変わる。(無理かな)

クローン牛が安全?学者の論理はこの程度なのだろうか?何でそこまで言い切るのだろう?そこまでして畜産農家の経営を無視しなければならないのか?学者が安全性を保証してもそんな肉は高くて買えないだろう。今でも美味い肉は高くて口に出来ない。

今、スーパーでも肉の売れ行きはしんどい。何でや?高いからで国産が求められるから。学者先生、ご存じか?(知ってます。これは学術的見解です)。飛騨牛食ったのは何時の事?家族で行った奥飛騨の時だろうか?あの時は食ったなあ。あれ以来あんな幸せな思いは無い。飛騨牛ってそんなもんだろう。クローンなんて食えるか。(親父は怒りまくっている)

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2009年1月18日 (日)

冷たい雨、敦賀はまだ雪が積もっているだろうか?

洗濯物取り込みに出たら、冷たい雨が降っている。日本海側は雪だろうか?寒波が一段落したので敦賀も冷たい雨かもしれない。8年前の時は大阪で寒いと言われる度に思い出す。関西の寒さはしれている。本当の寒さはこんなもんではない。と痩せ我慢が何時まで言えるのだろう。なんだかんだ言っている内に2月の時を過ぎると、春が来る。困難の時も同じかもしれない。今が一番寒い時と思えばそれも有りだろう。

今日靴を買う。親父の足は甲(こう)が高くて幅広。この難儀な足にあう規制品は余り無い。最初に皮靴を買ってくれたのはオフクロ。就職の時だった。田舎の町の靴屋さん。日本製。45年前の時は中国製はなく、合皮でもなかった。あの当時3500円。今のお金で6~7万。今日、国産メーカーが国内で物造りが出来ない理由が分かる。今日買った価格が5000円。

この程度の価格ではすぐ駄目になる。原因は靴底。ウレタンの靴底はすぐ凹む。何故か左足。親指の付け根が凹む。足底にそれだけ体重が掛かるのだろう。親父はガ二股。右足ではなく左足に重心が在るのだろう。靴修理屋さんで笑われる。「ウレタンは駄目。」

本当に心地よい靴は皮靴で靴底がコルクで、適当に体重の衝撃を吸収する物だろう。そんな靴は国産でハンドメイド(手作り)でないとできないだろう。靴の職人に作って貰うしかないとしたら文句は言えない。これからの本物はそんなもんかもしれない。

なんかこうして写真にとって見ても、もう型崩れしている。如何にも安物。でも親父の足にもう馴染んでいる。これからよろしくね。今は安い値段で買えるけれどお袋はどんな思いで、買って呉れたのだろう。あの時負けて呉れなかった靴屋も今は無いかも。世代交代の荒波に淘汰されたか?時代の流れに翻弄されたかそれは分からない。地方の商店街も今は往時の活気もないだろう。

地方の活性化がどんなに叫ばれても、今の時代の流れは真に厳しい。都会の繁栄もこれからは長くは続かないだろう。生き残りの為に何が出来るか?この靴がその事を教えている。

  Img_0067

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2009年1月16日 (金)

この前のリベンジに行って来たよ

Img_0059

親父が先日、山登りを断念した登り坂です。写真では良く分かりませんが左のフェンスが

登りを現わしています。この先を喘ぎながら上り詰めると階段があり、山懐の入口です。

写真正面の山が六甲山。夕焼けの下が神戸市街です。

今日はこの後、階段を登り詰めた所で夕暮れ。山中には入れませんでした。

次の機会に「高原コース」を紹介します。このコースは結構しんどい。でも健康を実感出来る。足腰がしっかりしていないとアゴが上がるよ。体調が気になる時ここに来れば、自己診断が出来るよ。最近、体力も気力も知力も無い時ここに来ると、その程度が分かる。

如何ですか?画像のサイズも大きくなったでしょう。でもこのレイアウトもイマイチ。

そのうち、お気に入りのブドウのテンプレートトもお別れです。このレイアウトでは画像と

記事の配置が良くない。それでもブログの管理サービス、コールセンターのお姉さんにはお世話になりました。親父のレベルで分かるように説明するのは大変でした。

しかし、何事も努力に勝るものはありません。飽くなき挑戦。これは親父だけの課題では無いでしょう。今日の政治も経済も自分達の生活でも同じです。目標を見失って長い歳月が流れましたが、今年は反転の糸口を掴まなければ今迄の生き方が水泡となる。

それ程の生き方もしていないし、人の侮りを受ける生き方だったかも知れないが、それも親父の生き方ではない。しかし、人間どん底を味あわなければ本当の惨めさは分からない。

これからその事が問われる。その立会いが見れる事は生きる証かもしれない。

そんな時に多くの人が多くの事を語って行くが、本当は何がどうなるかは誰にも分からないだけでなく、多弁になるか無口かどちらかである。どちらであれ傍観者にはなれない。

どんなに自分は関係ないと思って見た処で、そうはイカンでよとは坂本竜馬に言われるまでもない。

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2009年1月15日 (木)

お馬鹿の代償

紅白の歌合戦、視聴率は良かったとか。この国はマスコミが深刻に景気を嘆くほど、悪くないのかもしれない。親父はそうは思わないけれど・・・・。最近耳にしないけどテレビばかり見ているとお馬鹿になるよと言われた言葉を思い出す。年越しの夜ぐらい一家揃ってテレビの前の時が懐かしい。一人になって干支が一周したけれど、親父の懐は一向に大きくはならない。それでも良いんだ。人の生き方は千差万別。何もお馬鹿の代償を気にする事はない。

公共放送の体たらくは今に始まった事ではない。今、テレビの売れ行きがイマイチなのはハード(機器)が高いとか安いが問われているが、内容の押し付けと軽薄、お馬鹿さを考えればデジタル放送の意味も理解されないかもしれない。見識が問われていると誰も感じないのではなく、テレビその物が多くの見る人の興味に迎合しているのだろう。

そう思えばお金を出してまで見る物でもなく、公共性とか難しく考える事もない。最近、ラジオとFM放送を聞く時間が多くなった。ラジオは定時のニュースだけ。FMはジャズだけ。聞き流すにはこれで充分。うっとおしくなればスイッチを切るだけ。テレビはそうはいかない。何故だろう?映像は頭に摺り込まれるからだろうか?そうではない。断片的でありオチャラケと食いもの、旅番組が余りにも多いからかもしれない。

最近、ニュースの特集は合っても何か違うと思うのは、何でだろう?問題の本質は自分で見極めるしかない。これが難しい。君にも言われるが親父の知識、見識等、屁みたいなもの。うさん臭いだけでもっと勉強しないと駄目だろう。

それでも親父は親父なりに成長しているのかも知れない。ブログの内容も今年は文字から画像中心にします。百聞は一見にしかず。先人から言い継がれた言葉は正にその通りでしょう。唯、人に見て貰う為ではなく親父の独断と偏見です。これは今年も変わらないでしょう。

明日、ブログのレイアウトを変えます。やっと画像が挿入出来るようになり様式を変えないといけなくなったからです。ブログの管理者のアドヴァイスでどれだけ旨く出来るか、乞うご期待です。ではお楽しみにして下さい。

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2009年1月14日 (水)

残念。写真撮る前に食ってしまったよ。上出来でした

この時期になると何でだろう、鰤(ぶり)大根が食いたくなる。鰤(ブリ)と言えば氷見。氷見と言えば富山と即答できる人は、相当の食通かもしれない。空手の2段の葉さんが見かけとは違って、体質が弱いと知った時、鰤(ぶり)の栄養価を強調していた。本当は安物のブリしか口にしていないのに・・・。それでも料理はアイデア次第で美味く口に出来る。

最近の自慢は何でも片手なべで作ってしまう。不思議な事にコンニャクとモヤシにお気に入りの、高知馬路村のゆず茶マーマレードを小さじ一杯入れるだけで御馳走になる。少し上等の豚薄切り肉をこんがり焼くと、星3っの献立が出来る。味は保証します。

高知馬路はゆずで村おこしと地域振興が出来た村。殆どの人は知らないがこのマーマレードは高級品。製造者は馬路農業協同組合。販売者は広島の会社。410グラム入りで大瓶。しかし値段はちょと高い。親父の買値は800円弱。なかなか主婦では手が出ない。

氷見のブリも馬路のマーマレードも安くは無い。それでも口に出来る人は幸せだろう。氷見のブリは海の幸、そして天然の恵み。富山の地形が生み出す魚の王。親父の故郷大分、佐賀の関の関サバ、関アジ。大分府内城下カレイと臼杵のフグ。そして地元の県南の魚。

テレビで美味い物、安い物が紹介されても、日本各地にはまだまだ知られていない特産物が少なくない。それなのに何で地方の漁業、農業、林業までもが立ち行かないの?農産物のグローバル化が進み価格競争のなれの果てなのだろうか?親父には行政の無策としか思えない。生産者保護の行政が地方の農業も漁業も衰退させたとしたら、その責任は誰が取るのだろう?誰も取りはしない。舌を出して言い訳をするだけだろう。

高知馬淵村の村おこしは皮肉にも、行政への追従では無かった。行政指導に従っていたら今の活力が無いとしたら、余りに皮肉と言えよう。都会では考えられない地方の限界集落。地域に産業と若者の活力が消えた時、無人の廃墟となるのは必然の事である。

地域活性化の取り組みは遅まきながら始まっているが、その勢いを凌ぐ時代の流れは若者の地域離れ。田舎に産業と働きの場が無ければそれも必然の事かも知れない。高度成長の時代は当たり前の事が、これからは当り前ではなくなる。都市にも高齢化と低所得者が増えれば、今迄の生き方が問われる。これからの生き方は地方の再生だろう。

その為には健康でなければならない。健康は貧乏でも金持ちでも金ではあがなう事が出来ない。健康でなければ何も出来ない。その為には歩く事。足を上げる事。片足で眼を瞑って立てること。腕が伸ばせて突きが出来る事。今より腹を凹ませる事。それが出来る人は多くはない。パチンコ加山雄三はない。

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2009年1月12日 (月)

嗚呼、不覚。展望台までは行けず。

(v^ー゜)ヤッタネ!!Img_0053

五月山、展望台迄行けず。

この写真は山の手前の城跡公園です。

良く見ると右上に山肌が見えていますが其処が、高原コースの展望台です。山の稜線下にドライブウェイがあり、車で行くと何の事はありませんが、歩いて行くには小一時間掛かります。今日は気合を入れて行きましたが、あきませんでした。すねの外側が痛んで断念。

先日の足上げが効いて、まだ回復せず無理をしたら、歩けなくなったかも。嗚呼、何たる不覚。口ほどに体は若くはない。

Img_0057 それでもきれいでしょう。山は近くてこんな綺麗な公園があれば、文句は言えないかも。

今回は複数の写真が紹介出来ました。これも簡単な様でそうではないんです。やり方が分かれば簡単でも、やらずに諦めてしまう事も少なくないもんね。

年を取る事は本当に惨めである事が、体の動きが証明している。この親父は異端児だからこの歳になっても、体と心に未熟さを抱えているが、その内それも出来なくなるのだろう

その日の為に今から準備しなければならない

Img_0056

この写真、影が親父です。日差しに手をかざしているのではなく、写真を取っている姿です

枯れた芝生の中の石は礎石。城の跡ではなく単なる造形でしょう。人の一生もそんなもんかもしれない。池田の城は落城ではなく廃城。

移転の為とは皮肉な話かと思いきや、そうでもない。交通と交易の要が平野部と西国街道に移ったからだろう。その伊丹の城もその後この城と同じ運命を辿る。(たどる)

人の世もかくの如しかも。哀れと無常の姿は何処にも見当たらず。静かな午後でした。

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真価が問われている。しんどいけれど頑張ろう。

景気の落ち込みと消費者の買い控え?で衣料品の売れ行きが鈍っている。スーパー百貨店の売り上げも食料品を除けば、その傾向は顕著になっている。働き者で気持ち優しいマリアも苦労している。親父に許せない思いをさせている若者達も、親には言えない苦労をしているのだろう。買い控えではない。将来の蓄えでもない。買いたい物が無いのでもない。そんな個人の貧しさが、親父の地盤と看板と後援会までも引き継いだ2世議員には分からない。

特別給付金、定額減税ではない国からのお布施?。政経分離と言いながら、税金も払えない低額所得者給付金が何で、高額所得者にも給付するの?意味がないだけでなく真面目に働き、少ない稼ぎの中から多くの税金と保険料を納付している親父達だけでなく、若者達まで愚弄している。

それでも多くの国民の貧しさを無視した予算と関連法案が明日、衆議院で混乱の中、可決されるだろう。政府与党は言うまでもなく、多くの国民は景気対策を盛り込んだ政府の施策を求めている。一日も早い景気対策を求めている。しかし、2兆円を超える血税のバラマキは求めてはいないだろう。一度決めた事でも状況が変われば、平然と見直しをして来た政策の変更がないのは何故なのか?それを明確にしないから、出来ないから支持されない事にどうして国民はレッドカードを突きつけないのだろう。大体支持率が20%前後に落ちた政権に乾坤一擲(けんこんいってき)の策など在りはしない。

その事が明日衆議院の混乱の中で明確になる。一見整然と、そうして淡々と事は進行してもこの国の政治屋さんが如何に、事の本質を踏み外している事に無知であるか、明確になるだろう。今、政治的に求められている事はアメリカの例に見られるように、変革だろう。

この国の基盤、国の成り立ち、政治と経済を支える物は何?その事が問われている。親父達がガタガタ言った処で何も変わらない、貧乏人は何時までも麦飯を食えと言った元総理もそれが本心ではなく、その言葉はそれが嫌なら所得倍増の施策しかない例えだった。

今、恵まれた生活をしているのは政治家と経営者、事業家、投資家、医者、その他多くの一部だろう。一生懸命努力してその地位を極めた人にはそれは必然的な報酬だろう。しかし、今、信を問われた時どれだけの人が支持されるだろう。その事が問われている。

そんな事は言われるまでもない。そんな事は誰でも分かっている。問題はそれが現実の紋様と言われて、親父も返す言葉も無い。しかし、天地仁、昔からの倣い(ならい)は誰もどんなに普遍と思われていた事が、簡単に崩壊する事を忘れてはならない。

昨年秋のアメリカの金融危機を予感した人は、殆ど居ない。結果的にどんなに尤もらしく問題の大きさを語ったとしても、当時はその危機意識が冷笑された。それが現実である。唯、その時がいつであるかは誰にも明確には出来ない。親父が口先だけで無い事を思い知るだろう。その時が何時になるかは多くの人が信じて居ない神のみが知る。

タバコを止めて5年を過ぎた。最近無性に一服の誘惑に駆られる。頭が疲れた時、体が求める。何とも言えない思考回路の停止と解放。あの快感は喫煙者で無いと分からないのかも知れない。煙草を吸わない人間には分からない神経は、煙草を止めた人間が良く分かる。それでもこの歳とこれからの生き方を考えると、とてもではないが健康の証を担保には出来ない。マリアも煙草は止められないだろうが、その事に気付くのは暫く年を重ねなければならないかも知れない。

これから近くの山に行き、一番きつい高原コースを歩いてきます。このコースがきついのは街中を抜け山の手前に急な坂道と階段があり、山に入っても一気の登りが重なる事です。上の展望台迄小一時間、息を弾ませ足を引きずりながら歩いてきます。

智に交われば角が立つ。情に竿差せば流される。意地を通せば窮屈と、かの文人は言った。その言葉の意味を噛みしめながら、メタボな体に鞭打ちながら歩いてきます。写真撮れたら又、学習の成果を見せれるかな?

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2009年1月10日 (土)

やっと出来たかな?画像の取り込み。

Img_0048_9やっとここまで出来ました。

画像の取り込みは個人レッスンで教えて貰いました。それでもまだまだです。

これから自分で色々触りながらマスターして、行きます。色々教えて貰いながらそれでも実際自分でやってみると、なかなか大変です。

それでも今年の目標の1つは、長ったらしい自己表現ではなく、一目で分かる親父の目です。

過ぎたるは及ばざるが如しとはこの事です。

如何に多くの言葉を並べても、それは自己満足に過ぎない。同じ事が自分の生き方についても、言えるかも知れない。阿吽(あうん)の呼吸。それは理屈で無い。絶対的な息使い。

そんな思いのままに生きれる桃源郷はないかもしれないが、最後の目標には出来るかも。

次は思いのままに画像のハメコミが出来ると、Goodです。どれ位掛かるかな?

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2009年1月 9日 (金)

一年の始まり、それにしても何かおかしくない?

久しぶりに月曜から金曜まで働く。そんなの当たりめえと言われるかも。当たり前ではないんです。当たり前と思われている事が当り前ではない。当たり前と当然の様に思われている事が、些細な事でぶち壊される。これまで何度思い知らされた事だろう。

今週末はやっと本格的な寒さの到来とか言われているが、チョト違う気がするのは親父だけだろうか?最近の気候は間違いなくおかしくなっている。今も昔も変わらぬ事とは言え冬の寒さはハンパでは無くなっている。何でだろう?六甲の山にも人工で無ければ雪は積もらない。それでも吹き下ろしている寒風は身を震わせるのかも知れない。

景気の後退で雇用の切り捨てが始まっているとか言われるが、マスコミが騒ぎたてる今日的課題は別に目新しい事ではない。景気が悪くなれば力関係の強弱で弱い立場の人が、真っ先に首を切られる。そんな事は今日、昨日の問題ではない。国会の論議を聞いていてもオイオイそれは違うだろうと思うのは、親父だけだろうか?

そうではない。訳が分かっていないだけ。そうでもない。分かって言っているのだろう。それだけに始末が何とも締まらない。どんなに啖呵を切った処で落とし所は決めている。まあ、競馬で言えば出来レースかも知れない。もっとガチンコの真剣勝負が出来ないのか?

大体、尤もらしく政策の問題を口にしても支持基盤の代表だろう。今回の景気の落ち込みは簡単には改善しない。原因は単純明快。企業の儲けも生産活動も収縮したら、個人の懐が豊かになる訳がない。雇用の切り捨ては暫く続き消費の低迷は云わずもがなだろう。

それ位の事は誰でも分かるが、そうでもない。間違いなく国民の多くの支持を失えばどんなに多くの事を語っても、見向きもされない。人の世の倣い(ならい)だろう。それでも景気対策を口にして選挙の先延ばししか出来ない政府に、レッドカードが出る気配すらない。

口先だけとなじられても怯む事は何もない。親父達のこれからの生き方は「ふてぶてしく、怯むことなく、自分の事は自分でやる。」しかない。何の為に生きているのかとか女々しい事を口にする時は過ぎた。好むと好まざるとに関わらず年寄りは孤高であれ。そして雄々しくあれ。その事を痛感する。

これからその事を思い知るだろう。景気の回復は皮肉にも政権の交代しかない。親父達だけでなく老いも若きも男も女も、今年は全く違う価値観が問われ弱肉強食は日常茶飯事となるだろう。上司に文句は言えなくてもデカイ態度が取れるの益々、当り前になる。嫌だね。

それでも今年は失意の時から抜け出さなければならない。ラストチャンスだろう。口先だけになるかもしれない。今週の仕事をしながら考える事があった。その事を噛みしめながら一つ一つで良い。心に迷い起らば苦渋の時を思い起こせばよい。どんなに苦しい時でも支えてくれた人を忘れてはならない。男気とはそうでなければならない。

仕事場のチェンジで出来なくなった空手の蹴りを久しぶりにやる。足が上がらない。体の芯が崩れている。ふらつきの体に苦笑しながら繰り返していると、少しずつ出来てくる。良い年をしてと笑われても、足が肩ぐらいまで上がると腰の痛みも無くなるだろう。

この親父はつぶやきが決意に変わる時、大きく変わる。変わらなければならない。そうでなければ余りに哀れだろう。親父は謙虚さが足りないと言われたが、日本人の美徳も時代の流れに翻弄され、コケにされても平然と出来るふてぶてしさも必要だろう。

明日はパソコンの個人レッスンを受けて来ます。画像の取り込みが思いのまま、綺麗に出来ると良いな。このブログ教えてくれた先生、元気かな?

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2009年1月 6日 (火)

ぽっかり浮かんだ白い雲。寿命は後、どれ位?。

窓の外を眺めていると工場倉庫の上に青い空が広がっている。音の無い風景。白い雲がファリと浮かんでぷかぷかと流れている。何処かで見たようで少し違う。何故か空が低い。親父の記憶の中の白い雲は遠く、高く、そして静止していた。しかし、一時眼を瞑っていると雲の位置はずれていた。あれは静岡県大東町、静岡工場食堂外の風景。今は静岡掛川市大東とか。親父が見ていたのは今からどれ位前だったのだろう?昔、昔、一昔?それ程前の事ではないが、指を折って数えて見れば30年も前の事。親父はあれから同じ歳月を生きて来たが、どれだけの物を手にしたのだろう。余りに愚直、余りに不器用、余りにお人よし?だったのだろうか。そうではない。先見の明が無かったのだろう。今では信じられないほどの口ベタ、あの頃今ほどに喋りが出来ていたなら人生は違っていたかもしれない。

行く川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず。流れに浮かぶ泡沫はかつ消えかつ結びて、久しく留まりたる試し無し。鴨、長明。ああ無情です。親父は優しい生き方が出来なかった。必死の思いで人を育てても未だに思って呉れる人は木口しかいない。

考えて見ると平成の時も21年。後どれ位、元気で生きられるのだろう?10年?それ位は可能かも?。10年ひと昔と言われたのは昔の話。30年とは言えなくてもその半分の時は余り変わらない。親父の人生もそれくらいかもしれない。それ以上生きれたとしても地に足が着いていなければ哀れでしかない。その事を新年早々、思い知らされる。

年賀状が来ていなかった中学の無二の友が昨年の8月、亡くなっていた。奥さんの知らせに愕然とする。親父よりきっと長生きすると思われたバンカラは、昨今の景気失速に経営者として心身を擦り減らしたのだろうか?知らないくせに予見で物を言うなと言われても慰めの言葉もない。何たる不覚。何たる時の流れだろう。親父も頭を上げ眼を見開かないと残りの時は容赦のない流れに翻弄されるだけだろう。決して例外のない現実の厳しさを忘れてはならない。

そう考えて見ると今年は大きな転換期だろう。大きくなくても手にする物はしれていても、変わらなければならない。変われる訳がないと自分で決め付ける前に手足を突き出さなければ何も変わらない。自分が変われば周りも変わる。周りが変わらなくても自分が変わればそれで文句は無いだろう。親父のつぶやきが決意に変わる時、そして口先だけで無い事が実践できた時、少しは喜びの時が実感できるかもしれない。

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2009年1月 5日 (月)

穏やかな仕事始め。心は穏やかでないけれど・・・。

穏やかな仕事始めでした。地球温暖化がこんな形で出て居るのかどうかは分からないけれど、仕事場の窓の外は静けさの中にたおやかな陽光が広がっていた。それでも今日は小寒、デスクの横の電気ストーブは切られる事は無かった。

一昨年の5月から書き溜めて来たこのブログもアクセス総数が8000件近くになっている。それでもこのブログは人に見せる為に書いているのではない。親父の日常とつぶやき。そこには親父の個人的思い込みと偏見しかない。綺麗事を言わず一方的な言葉、しかし重ねて言葉を重ねればその中身には、親父の独断と偏見しか無く間違いも少なくない。当たり前だろう。その程度の事でありその事は今年も変わらない。周りは大きく変わってもこの親父は変わらないだろう。それでも此の儘では惨めな生き方しか出来ないだろう。

変わらなければいけないのは親父達だけではない。永年言われ続けた「変革」、英語ではチャレンジが今年のキーワードになる。人に何かを求めるな。求めたとしても不快な思いしかない。何でそれが分からないのかと息巻いた処で蛙に小便、釈迦に説法だろう。(釈迦程の賢人で無くても人は誰でも自分が正しいと思っている。本当は裸の大将でも)。

そう考えて見ると変われない事に自分の誇りと存在感を感じていたのかも知れない。理屈や明確な現実を突きつけられても変わらない体質は、親父だけではないと自己弁護を重ねていた。どんなに尤もらしい言葉と現実を突きつけられても戦略が欠けていた。その思いが許せないと思われたのかも知れない。それなら分からない事もない。

今年は多くの事が問われている。それでもその事は親父だけでは無い。勘違いはお互い様と言われたがこれはそんなレベルの事ではない。多くの人がその事を問われても殆どの成功は望めない。しかし、人の事ではなく自分の事と思えれば挑戦の価値があるだろう。

今年は初詣には行ってないが、仏壇に手を合わせればその事を教えて呉れて居る。「そろそろ、腰を上げよう。何時まで逡巡の時を重ねるの?」永い冬眠ではない。挫折、失望、そんな思いとはかけ離れた無為無策。そんな時からそろそろヨ―ソロだろう。錨を上げて出港の時だろう。安全航海は望めなくてもその時は目前にある。

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2009年1月 4日 (日)

明日から仕事、今年も頑張って。

   

Img_0041まだ、あきまへん。

画像の取り込みが旨く行きまへん。

そのうち、学習してうまく出来るようになります。御本像様にモザイクが掛かっています。今の親父の心境でしょう。

しかし、何と言われようとその内、綺麗な写真貼り付けられるでしょう。それが親父です。何と言われ様が変われずに生きた親父が今更、変われるのだろう。

このモザイクがその事を示している。

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2009年1月 3日 (土)

今年は変革の年、口先ばかりではない。見ておれ。

Img_0034 やっと画像の貼り付けが出来ました。

謹賀新年です。

今年は写真の様に光の差し込む年にしたいと願っています。

教えて貰った事がこの程度出来ました。次はこの画像の大きさを思いのままに、変える方法を教えて下さい。今年も新年早々、穏やかな気候とは裏腹の滑り出しですが、君の思いは親父の思いであり、怒りの心は人間万事塞翁が馬です。どんなに許せぬと思った処で人の思いは、その程度でしょう。親はどんなにアホでも生きている限り親であり、子は子です。

口先だけだと言われても怯む事はない。これが親父の間抜けなところだろう。

老いては子に従えと格言は教えている。しかしこれからの親父達の生き方は死ぬまで親父であれだろう。その為には健康でなければならない。不撓不屈。言うは易し、行うは難しだろう。口先だけで無い気持ちと生活の安定。その事が出来なければ惨めな明日しかない。

今年はアメリカのチェンジだけで無い。この国の全てが問われる。今まで当たり前と思われた事が当り前ではなくなる。長い間、本当に惨めな生き方をして来たが今年は違う事を証明しなければならない。親父の今年に駆ける思いです。

禍転じて福となせ。新年早々の親子の葛藤は神のお告げだろう。

これが親父の正月でした。折角の帰省。本当にお疲れでした。感謝しています。今年も体に気を付けて頑張って下さい。

体が健康でも心が健康でなければ本当で無い?心は移り気で普遍的な物は無い。人の心ほど慶福な物は無い。それ位の事が分からなければ人を理解は出来ないだろう。不快なコメントは簡単に消せる。何時でも何処でも思いのままにいくと思うな。

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