早起きは3文の得・・・?
日曜は8月の終わりから空手の形の練習に行っていた。先月の中旬、仕事場が変わり勤務時間が早くなり、一時中断した。この歳で今更空手も無いだろうと冷ややかな目線も気にせず、健康管理の一環と思っていたので残念だが、何かのプラスになれば良い。
仕事も昼間の勤務、一週間(実質4日)無事終わる。一人でやってみると思いの外プレッシャーが掛かるが、戦力外通告の思いをバネにすれば困難と試練は高いハードルではない。それよりもこれからの生き方が問われている事を痛感する。
今朝はいつもの時間に目覚まし無しで眼が覚める。床の中でグズグズしていると隣の部屋の音が気になる。おっさんも1人暮らし。朝から食事の用意だろうか?御苦労さん。そしてアホかとも思う。朝から菜っ葉の味噌汁は無いだろう?コーヒーだよコーヒーと訳の分からぬつぶやきと共にトイレに向かう。
親父の朝飯は何時ものパンが無い。ペットボトルのお茶を口にして出掛ける。どちらに?競馬場。アンビリバブル。信じられない。止めたんとちゃうんか?違いません。ウオーキングです。そんな見え据えた言い訳をしないで部屋を出る。
10時前。近くのパチ屋の前に行列がある。キチンと並ばず歩道を塞いでいる。見慣れぬ顔だけど無視してと売り抜ける。その先に知り合いの顔を見る。目線は合うが言葉はない。そのまま進んだ時、懐かしい顔を見る。昨年の12月のその前から見なくなっていた。
如何していた?元気だった?まだやっている?止めた。短い会話の中に多くの思いが重なる。勝ち負けの自慢話が出来たのはむかしむかしの話。今は負けるパチンコでも止められない、止らない人も少なくない。パチンコも競馬もサイコロ賭博と何も変わらない。
その事が分からなければあの快感は忘れられないだろう。そんな事を考えながら駅までの短い道が何故か遠い。足が痛い。前の職場で痛めた右足の土踏まず。痛い。加えて指の表まで。何でだろう?新しく足にした靴が小さいのか?靴ひもを緩める。
競馬場の路は途中までは仕事場の道と同じ。乗り換えがバスで無く同じホームで仁川迄。通い慣れた?道。失意と希望が重なり無表情の中に、多くの道が見えていた。天国の懸け橋にはならなかったが、あの頃の心の支えは何だったのだろう。何もなかった気がする。
仁川の駅は朝が早かったからだろう。改札を出て地下に降りるエスカレーターも空いていた。今週はビッグレースも無いから空いているのだろう。そんな事を考えながらスポーツ新聞の予想を眺める。予想。反対に読めばウソよ。多くの予想が余り変わらない。
そんな予想を真剣に見ていると不思議な事にそんな気になって来る。何かその馬が勝ちそうな気がするのは親父だけではあるまい。その馬が凡走しても自分で納得するのは真剣に考えたからだろう。競馬に必勝法があるならば余り考えない事だろう?
冗談でなく競馬に必勝法は無い。有るとしたら2頭軸のマルチ。競馬をしない人には分からない買い方です。でもこの買い方は買い目が多くなり大勝は難しい。先週の天皇賞はこれで勝ち馬をゲットしたが取って負け。それでもそのお陰で今日来れる。
競馬場は場外販売だけ。レースは京都。今日のメーンレースは何だったけ?新馬勝ちの内容と大物の風格で一番人気はオッズ(倍率)2倍以下。買う気はなし。東京のメーンレースも人気馬にヒラメキがない。勝てそうな気がしない。
朝飯は何時ものおにぎり2個。お気に入りのラーメンをリクエストする。(オイオイ、メタボ)おにぎりにうま味が無い。形で固められている。米粒に勢いが無い。ラーメンも40円の値上げ。救いは味。シンプルな中にうま味が失われていない。
レースは淡々と進んでいた。4レース、障害競走、未勝利、一番人気馬が最終障害で落馬。追い上げられて焦ったのだろうか?馬券に関係なく馬が心配。そんな事は余り気にしていない。競馬は夢でもロマンでの無い。記憶と記録と調教、展開、騎手、血統、多くの要素に恵まれても勝てない。勝つのは余程の力の差か展開に恵まれた時だろう。
今日の勝負は新馬戦。5レース。単勝千円。運だめし。外れ。納得。次のレースも新馬戦。ダート1800㍍。クロフネの息子、騎手はアンカツ。3000円で勝負。楽勝。これで今日は終り。後のレースに未練はなし。折角来たのだからメーンのレースか最終レースぐらい買えよと思いながらも閃きが無い。勝ち逃げ。金額は小さくても勝ちと負けでは大違いだろう。
そうして見ると競馬もアホか天才で無いと勝てないかも知れない。どちらにも為り切れないから多くの人は勝てないのだろう。帰りの時間は早くても充分だった。この時間に帰れば電車も空いていると思いきや、そうでも無かった。
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