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2008年11月

2008年11月29日 (土)

先見の明を磨く

この言葉が死語になって久しい。目鼻が利くと言われると軽い気もするが、先見の明と言われると何故か賢さと超人的な能力を感じる。多くの出来事が結果論で語られる御時勢、先々の事が分かれば生き方が変わる。多くの凡人に出来ないからこの言葉も実感がわかないのかも知れない。親父の場合、先々を考える事を打算としか思わなかった。

無我夢中の時が過ぎ去れば、この思いがいかに人を不幸にしたかが分かる。繁栄の時には分からない失意の長さと大きさが、その時に成らないと思い知ることが無い。この国では宗教の重みを痛感する人が少ないのも、自己の責任をわきまえているからだろうか?

そうでも無い気がする。この国は単一民族なる発言で大臣を辞めさせられた人もいるが、単一で無くとも多民族でもない。多くの言葉を語らなくても分かりあえる価値観は、是非は別にして目立つ行動と発言にブレーキを掛けているのかも知れない。

サラリーマンの時がそうだった。サラリーマンを辞めても仕事を求める以上はその事に変わりは無い。嫌なら辞めろ。否でもやれ。嫌ならやらなくても良い。色んな言葉を浴びせられどれだけ苦渋の選択をした事だろう。それもこれも先々を見る眼が無かったからだろう。

これからは思いっきり発想の転換をしなければならない。この国の経済も政治も環境対策でも同じ気がする。これまでに常識では不可能と思われていた事が、ひょんな事から大きく変わる事も少なくないだろう。この前のブログにも書いたが、今日の景気後退をどれだけの人が予測しただろう。

アメリカの景気の収縮もこの国のバブルのつけと、共通部分も少なくない。違うのは経済の大きさと国の有様かもしれない。アメリカは世界の富が集中し、日本は裸の王様だっただけかもしれない。貯蓄率と勤勉さがこれ程評価されなくても、当り前になったのはどう考えて見てもおかしいだろう。(遅くなったので今日はココまでです)

今日はお休み。仕事時間が早くなり朝6.30分起床。6.50分に部屋を出て7時ジャストの普通に乗る。7.20分乗り換え、7時25分のバスに乗り7時40分に着く。早い物でこの規則正しい出勤リズムが1月過ぎた。何は無くても何とかやらではないが、決まった時間に朝の勝負が始まる。何もないかの如く電車とバスの中では目を瞑り耳を澄ませているが、何も考えて居ない。雑念は無用の迷いだけで朝の気持ちに馴染まない。(これから洗濯機の洗濯物取り出します)

そんな訳のわからん理由で休みの日でも、早起きになった。早起きは3文の得とは正にその通り。実感できなくても体内時計が元の生活に戻して呉れる。22の時から52の時まで工場の仕事は理屈ではなく時間との勝負だった。始業から就業までやるべき事は決まっていた。

それでもその定例、定量化されていた仕事の中に多くの改善の芽がありその発見と対策が仕事の喜びであり、会社の発展に繋がり目標だった。今はどうなのだろう?景気の低迷で売り上げが減り生産の縮小で人員削減のみがニュースになっているが、実態はどうなのだろう?

景気が悪くなっても車が売れなくなっても、企業と組織の収入が減ってもそれが全ての現象ではない。その事を忘れてはならない。最近の間抜けな事件と報道の仕方を見ると、その事を痛感する。色んな事がありいろんな価値観があり、多様な事象の中でどうして何かを断定できるのだろう?かく言う親父でも君達に危害が及べば、タダでは済まさないだろう。

景気とはそんなものかもしれない。景気が戦後最大の拡大を続けた時、多くのマスコミと見識者が見落としていた事が今、深刻な不況として声高に語られている。「おいおい、それはないだろう」と、どれだけの人が思っているだろう。好景気と繁栄の時、その恩恵は大手輸出産業にあり円安デメリットで国内の中小企業の多くは、逆に倒産の憂き目にあっていた。マスコミの報道はその程度であり、深刻さを声高に叫ぶ滑稽(こっけい)なパフォーマンスに冷静な判断を失ってはならない。

会社の研修で「犬が人間にかみついても大した二ュ―スにもならないが、かみ殺せば飼い主の責任と損害賠償が問われる」と聞いたことがある。最近の犬猫はペットになっているが飼い主の責任をどれだけ認識しているか分からない。その程度である。

これからが本題。でもその前にお食事です。

いつものお弁当は売り切れだった。どうするか思案するまでもなく総菜だけ求める。久しぶりのカキフライ、野菜のてんぷら、そしてもうひと品。お昼にしては豪華。まっいいか。お気に入りの塩味のヌードルを追加して意気揚々と引きあげる。それ程のもんか。食い過ぎ。

№1からオンリーワンが求められて久しい。親父達の工場は今は亡き会長の思いで、静岡西部近くの浜松工場を凌ぐ規模で昭和54に建設された。今でも忘れられない近代的なモスク、イスラムの寺院を彷彿(ほうふつ)させる食堂は南向きで、ゆったりとしていた。

そんな立派な工場も会長の思惑とは違い、仕事が無かった。全国で8番目の工場がその広い敷地を埋めるのに長い期間はなかった。会長の思いは東京、大阪のメイン工場の仕事を減らしても軌道に乗せたいと思っていたのだろう。

そうして広い工場の中には生産機械が1台、2台と増え輝きを増していた。その全ては最新の設備ではなく先輩工場のお古でも、ピカピカに磨かれて活躍の場を待っていた。中には現場を知らない機械屋の見込み違いもあったが、床面迄ピカピカの1年生にはその違いさえ、乗り越えて突き進むしかなかった。

ゴミなし、汚れなし、仕事無しと先輩工場に揶揄(やゆ)されても何とかしたいと思う気持ちに一点の曇りもなかった。時代も味方したのだろう。高度成長の日本経済はあの時、今日では予想できない発展成長を遂げる。それまでの小口輸送を劇的に変える物流の流れも、あの時誕生した。今では当たり前の事があの時は当り前では無かった。

30年前の事、それまでの物流を大きく変え今では無くてはならない小口の宅配も、関係者で無いと分からない多くのシステムとツール(どうぐ)に支えれれている。システムがスタートしても乗り越えなければならないクレームも少なくは無かった。

今でも成長から成熟の時を超え、発展している分野も少なくない。それでも初めの頃は苦難の連続だった。今、困難と試練の時、多くの企業も人も打開の方法に活路が見出せない。何故だろう?誤解と侮りの言葉を無視して言えば「先見の明」の無さだろう。

暫くはリーダーたる者、その事が問われる。どれだけの人がその難関を突破できるだろう。きっと人事の様に感じているのだろう。親父が20そこそこの時、暗殺されたアメリカの大統領ケネディ―は、就任の演説で「国に何かを求める前に、自分に何が出来るか問へ」と述べた。

アメリカの新大統領オバマは何を国民に問うのだろう?黒人大統領の余計な心配しか出来ないこの国のマスコミには、その事を問う資格さえ無いのかも知れない。国民の消費の冷え込みは年末を迎えて斑模様を大きくしている。富める時も貧しき時も優しい心だけではアカンかもしれない。さすがの親父でも信じられない事と人が少なくなくなっている。

付加価値。この言葉も死語になりつつあるが経済の用語としては生きている。「付加価値を付けないといけない。」「付加価値が無くなっている。」付加価値とはなんだろう。価値が付加されている?オイオイ。商品には価値が付いていて当然でしょう。価値の無い物を買う?

これから始まる景気の落ち込みは暗い話も少なくないが、君達にとっては親父世代が歩んだ道の苦難が見えるかも知れない。それだけでも大きな試練かもしれない。何かを為す事は口で言うほど簡単ではない。先見の明を磨くには歴史に学ぶ事かも知れない。

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2008年11月25日 (火)

レット、イッツ、ビー

ビートルズの代表曲。永遠のアイドルスターも今はグループ解散。過去の人にもなっているが武道館公演は親父達が若い頃、親父世代にも大きな影響を与えた。今尚(いまなお)ヒット曲は歌い継がれているが、この歳になるまでこの曲の意味が分からなかった。

先日思いがけなくFM放送のディスクジョッキーが説明してくれた。「在るがままで良いよ」短いブログの書き込みしかしなかった大分の人も、同じような言葉がお気に入りだった。「いいから、いいから」関西弁で言うと「かまへん、かまへん」だろうか。親父の好きな言葉。「ケセラセラ」、何んとか為るよ。でも世の中そんなに甘くは無い。それ故にこの言葉の優しさはスティービーワンダーのI、Just、called,to, say,I、love、youにもつながる。こじつけか?

今日、卵6個食った。3個は親父得意のキャベツとベーコンの炊き込み鍋の中、残りはゆでたまご。食い過ぎか。かまへんかまへん。最近、座って仕事をしているので腹が出てきた。腹が出てくると本当に醜いアヒル。でも本当に醜いのは姿形だけではない。何気ない言葉。何気ない仕草。何気ない表情。その事も忘れてはならない。でも人の本当の醜さは気配りの足らなさかもしれない。母さんが居なくなって干支が一周しても自分中心の生き方は何も変わっていない。でもこの生き方は死ぬまで変わらない気がする。それも良いだろう。

一人で生きるより二人で生きる方がどんなに素晴らしいか、強調されても心が動かないのは自分の生き方に何の価値も無い誇りと信念に、しがみついているからだろう。これからどんなに多くの出会いを迎えても孤高の思いは、何も変わらないだろう。分からないけれど。

昨夜、君と話をして何を言いたいのか自分の心に疑念を抱く。一番仲良しの間柄でも親子では何時の間にか、親父口調になっているのだろう。昔のままの何も変わらぬ毒舌を奮ってもうっとおしいだけだろう。せめてもの反論をしても聞く耳さえ持たねば会話は成り立たない。

兄貴が先日メールして来たが親父の心の中に優しさが無い。本当は無為の思いが正確には通じて居ない。親しくなった多くの人が親父の真意を見抜けないのは、親父自身の言葉使いと馴れ馴れしさが壁になっているのだろう。それよりも思いやりの気概が無いのが一番かも知れない。それも分かっているば何も失うものは無いだろう。

君が暫くは風邪も引けないと言っていたが、親父も自慢は出来ないが一人になって風邪は言うまでもなく、病気はしていない。体調を崩して3日間寝込んだ事はあるが、其の時でも買い物には行けた。金が無くて君に助けて貰ったが今はその心配も無い。

今、何としても病気だけはしてはならない。これは親父達だけでなくどの世代でも家庭でも同じだろう。健康は元気な時は当たり前でも、失われた時の悲劇は当事者で無いと分からない。健康な時疎かにするのは食事と睡眠。量だけでなく質も問われる。それを忘れている

景気の低迷はしばらく続く。個人の財布のひもは緩む気配も無い。政治の無策は解散より景気対策と言いながら為す術すらない。こんな体たらくが何時までも続く訳が無い。景気の後退は年末にかけ深刻さを増すだろう。テレビでは間抜けな社会現象を尤もらしく解説しているが、仕事を奪われた非正規社員の怨念を忘れてはならない。この国も多様な経済階層で支えられている事を思い知るだろう。不景気の中で何を手がかりに生きて行くのか、その事も問われている。

それでもレットイットビーだろう。国の流れ、会社の流れ、組織の流れは個人の思惑を超越して非情に動く。その事も忘れてはならない。今年もあと僅か。体気にを付けて頑張ろう。

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2008年11月22日 (土)

ジャズスコールと言うよりバック、グラウンド、ミュージュック。

世界遺産屋久杉のドキュメンタリーを見ながら、ジャズストーリーを聴いている。黒人霊歌(ジャズ)は日本の民謡に何故か似ている。違うのはリズムのスピードもあるが長さである。同じメロデーの繰り返しでこれほどに人の心を打つのは、楽器の違いだけではあるまい。

我々の先祖と黒人の生活習慣の違いだろう。ベースのリズムと太鼓の音では人に与える印象も異なるが、今日我々がその魅力に惹かれるのはどこかで通じる物があるのだろう。ジャズのリズムを耳にしなくなって久しい。カラオケで喉の奥から下手な歌を歌わなくなっても耳にする懐かしさは忘れてはいない。

アメリカはブッシュからオバマへのチェンジで大きな変革の時を迎えている。何がどう変わるのか?新大統領に求められる事は少なくないが、アメリカの変化は遠からずこの国に大きな変化を与えるだろう。奴隷解放。文明開化、友好信頼から対立。そして同盟。歴史は変わっても新たな関係が出来る事には変わりは無い。

この国にはその準備が出来ているのだろうか?アメリカとは違う閉塞感。これは一体何故だろう。この国には徳川300年の身分の違いが今でも生きずき、アメリカには弾圧と解放のエネルギーの爆発があるのだろうか?時代の変化を見誤ると失われた10年の教訓は生きない。

「失われた10年」と言われてもその実感は余り無い。ジャパンアズナンバーワンとか言われた時代から住宅バブルが弾けた後の10年(1990~2000)。この国はコストと効率の見直しを迫られ。そのしわ寄せと円安、金利安の恩恵を受けるまでに10年の歳月を必要とする。

それでも本当に失われた10年の意味はこれから、多くの人に問題を投げかける気がする。(これから風呂)

2日振りに銭湯に行く。大きな湯船と入り口横の泡風呂はおっさんが横になってデカイ風体を為していた。横目で睨みながら早め時間の入浴を後悔する。いつもは大勢の客が帰った後の最後近くの常連。番台の女将さん、横のマッサージ器に座って薄目しか開けて居ない親父とも簡単な会話するだけ。それで充分。湯船と脱衣場にワサワサ客が居ると気分が悪くなる。

今日がそうだった。ゆったり入れる大きな湯船を横目にして奥の座り風呂に入る。周りを見渡しながら腰に当たる水圧に目を細めていると、知り合いの若者が入ってくる。彼は派遣の仕事をしていたが2ヶ月前に社員と折り合いを悪くして退社。一週間前にやっと仕事を見つけている。親父が色々偉そうにアドバイスをしたが、昨今の雇用の状況は35の若者にもキツイ。

座りながら話を聞いていると入口の泡風呂に居たおっさんが、前も隠さず目の前の湯船ステップで横に為る。全く礼儀も何も有りはしない。最近こんな輩が少なくない。変に声を掛けても開き直るしか出来ない輩。2人で無視しながら話を続ける。これが拙かった。

暫くして体を洗い、大きな湯船で体を温める間もなく、熱めのシャワーを浴びる。この頃からおかしくなる。気分が悪い。胸が締め付けられる程ではないが不快。ソコクサに汗を拭き脱衣場に出る。のぼせ。座り風呂でいい気分になり調子に乗った罰が当たる。

いつもはゆっくりしている若者も親父が出る時に声を掛けていたので、早めに出てくる。グッドタイミングだった。親父の異変に気付く。どうしたの?気分が悪い。吐きそう。マジかよ。それ以上の言葉は無く洗面台でカラ吐きを繰り返す。胃の中の物は無く胃液も出ない。

若者も流石に尋常でない事に気付く。裸の親父に座れと言うが裸では横に慣れない。何とか下着を身に付け座イスに座ると水を持ってくる。ありがとう。口に付けながら目にすると屋久島の縄文水。美味しい天然水をゆっくり飲んでいるとやっと落ち着く。ありがとう。持つべき物は優しい心。だいぶ前に裸のまま救急車で運ばれた太めのおっさんを思い出す。

昨日は午前中仕事。夕方近くの山の麓まで歩いた事がこの時役に立つ。人間万事塞翁が馬。予期せぬ事が起きた時、誰がが誰かを助ける事が出来る。願わくば体を鍛えて自分の事は自分で守りたい。夜、早めに床に付き爆睡したら今は大丈夫です。

寒くなったので今年の悪いインフルエンザ気を付けて下さい。親父はリバウンドしてしまったメタボなお腹を凹まします。食い過ぎと運動不足を解消すればこの歳になってもまだまだ、やれるでしょう。何が出来るかは問題ですがこれからはその事が問われるでしょう。

親父が馬鹿にしたアメリカの格付け会社は、アメリカの経済、来年の春には持ち直すとか?いくらオバマがチェンジと叫んで政策の立て直しを計っても、その成果が出るのは早くて秋でしょう。大体、この格付会社まだそんな事が言えるの?企業業績と投資家の判断はアンタがたドコサでしょう。日本の格付けがアフリカの何処かの国以下を言ったのは何処の誰?

アメリカの低迷は暫くは世界に大きな混乱と低迷、そして生活弱者も中流も上流もガチャガチャにして、訳の分からない事が正当化されるでしょう。今、自分達の生き方だけでなく国の在り方が問われています。当然ながら企業の社会的責任と財務体質は車の両輪でしょう。

今はチェンジの時だとは思わなくても、多くの潮目は変わるでしょう。それが分からないから混迷の時を迎えても、先見の明があれば雄々しく生きられる。先見の明は容易には手には出来ない。どんなに苦難の道を歩んでも道標が無ければ迷うだけです。

しっかりと道標を手にして着実に歩を進めよう。風邪引くな。

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2008年11月21日 (金)

休日の過ごし方。

昨日買った掛け布団は暖かかった。最近は床について明朝の事が気になり、寝返りを打つ事が多かったが、昨夜はそれも無かった。君は夜すぐいびきもかかず爆睡していたが、今でも変わらないのだろうか?寝る子は育つとか言われるが何かに引かれると、悶々として来る。

昨夜はそれも無かった。不思議に思う事は人間の体は生まれながらのリズムがあり、年を重ねる毎にそれが変化する。どんなに不老不死の薬草を手にしたとしても、快適な睡眠と目覚めに勝る事はないだろう。

美味い物を食らい一生懸命に仕事をして、快眠、快便、快感の思いが重なれば人は他に何を求めるのだろう。ステイタス、マネー、信望(英語で何と言うのだろう)、etc.。醜い事に人の欲望に限りはない。強者に弱く弱者に強い愚かな人の行いは天罰を受けるまで分からないのだろうか?親父の様にそれすら手に出来ない老いぼれでも、同じ穴の狢(むじな)です。

いやいや謙遜でしょうと慰められても自分の胸に、手を当てて見ればそんなに大きな差はない。人は他人の事は声高に非難と批判が出来ても、己の生き様に謙虚になれるのはそう多くはない。医者に社会的常識が無い人が多いと言われて、猛烈に怒りのこぶしを上げれる人がどれくらい居るのだろう。政治家も同じでしょう位の切り返しがどうして出来ないのだろう。(その程度の人ばかりではない事も少なくは無いけどね)

今日はお休み。それでもいつもの起床の時間は体内時計が教えて呉れた。「今日は良いの」言い聞かせて何か大きな満足感を手にしていた。起きたのは10時過ぎ。今日は予定があった。健康保険と住民税の支払。口座振り込みにしていないツケを払っている。

お昼は仕事していない時とお休みの時に欠かせない近くの惣菜屋さんのお弁当。500円。安くは無いけれど一人暮らしの親父が、唯一口に出来るお総菜と魚のフライ。いつもは80円の紙カップの緑茶、今日は買い忘れ。いつもは買わない経済新聞に気を取られたのだろうか?

その経済新聞、経済通?の親父でもパラパラと見るだけ。最近の経済の深刻さが見えてこない。何でだろう?経済はそんなに難しいのだろうか?それとも実態はもっと深刻なのかもしれない。その解説と見通しは自分で立てなければ誰も教えては呉れないのかもしれない。

昼から市役所に行き保険料と税金の支払、今年の春買った防寒ジャンバーの汚れが目立ちクリーニングに出す。1200円。高。700円位の見込みとは大違い。それだけの価値を認めて貰うのは出来上がりで評価するしかない。個人のお店もコストアップと客離れで大変。でもこのお店はお気に入りだから複雑な思いで、お金を払う。一瞬?と思ったけれど。

これから個人のお店は生き残りが難しい。行きつけの床屋も風呂屋も総菜屋さんも大変だ。生き残りの術は何だろう。他との差別化しか無いと言われても高いお金が払えなくなっている。このままでは益々。価格だけの厳しさだけが問われるのだろうか?

仕事も同じだろう。当たり前の事を当たり前にやると言われても、当り前とは何かが問われる。当たり前とは求められる価値感。期待感、他に何だろう?安心感だろうか?これは中々難しい。何故なら何を求められるかが明快ではないからかもしれない。賢い人はその見定めが出来るからだろう。阿吽(あうん)の呼吸。息を合わせる。それは相撲の立会だけの話ではない。

夕方、近くの山に登るつもりがズルして仮眠。お楽しみの経済ニュースを見ていたら、行く気を失くす。最近、楽をしているのだろうか?それともストレスが溜まり食い過ぎだろうか?減量のリバウンドが出て山歩きしないとアキまへん。その代り室内でストレッチしました。

明日から3連休プラス1.明日は少し繋ぎの仕事がありますがこの貴重な時を運動に費やせるかな?風邪が流行っても親父達には生活の保障は無い。自分の体と生活は自分で守るしかない。ささやかな喜びと大きな試練は人それどれで異なるが、天秤棒のバランスは大きく傾く事は無い。世の中、美味く出来てるな。

これから買い物です。今日は湯豆腐。美味しい昆布だしが出るといいな。豆腐はお気に入りがあり白菜の美味さは如何だろう?食の安全が求められているが親父には関係のない話に聞こえる。食い物は目で確かめ舌で味わい胃袋で感じるものだろう。、

信望、英語では信用(コンフィデンス)。ニュアンスはちょと違う。ポピュラーでもないし日本語は難しいね。最近のギャルには辛抱と信望の違いすら分からないだろう。ギャルにも賢い人が居るから一括りには出来ないし、親父世代も同じかもしれない。おまけでした。

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物つくりの未来。製造業の近未来。

物つくりの未来を語るには歳を取り過ぎた気がする。親父の人生の終わりは自給自活が夢です。健康で足腰がしっかりしていればそれも夢ではないと思っているがどうだろう?歳たけて又越ゆべきと思いきや命なりけれ小夜の中山(西行)、ならぬくにの直川は夢の又夢か?

あんたの言う事は難しすぎる。西行の生き方は自己中心、その意味でも足元に及ばないけれど乾坤一擲(けんこんいってき)載るか剃るかの大一番の時は、意外な時かもしれない。今日書き込みをくれた君も、同じかもしれない。就職活動頑張って下さい。君の目標もどんなに高くても若さの証は「飽くなき挑戦」です。この前のブログにも書きましたが「求めよ、さらば与えられん」。青いと言われても春の言葉が繫がればそれが青春です。旨い。座布団一枚。

就職活動どうですか?昨今は3回生の秋から勝負とか。親父的にはチョト違うと思うけれど少しでも早くと思う企業と学生の思惑が、合致した皮肉な結果かもしれない。皮肉の掛け算をすれば企業の求める人材は、その程度かもしれない。

景気が一気に反転している。戦後最長の成長とか言われた時がアメリカの金融危機で、無残にも崩れ落ちている。これから本当の貧しい暮らしが多くの人を直撃するのに、人事の様に感じるのは何故だろう?直接的には自分とは関わりが無いと思っているのだろうか?

テレビの報道を見ているとその思いを強くする。この国は何時からこんなになってしまったのだろうか?ミサイルの迎撃実験失敗。62億の無駄?そうではないらしい。でも失敗でしょう。ミサイルの迎撃は信頼度が限りなく低い。その信頼性を左右する条件は情報探索の速さとか。そのシステムの完成は何時になるのか、今は定かでない。

今、都会でも地方でも物つくりの現実は厳しい。生産者と消費者の垣根は高く、求める価値感が違うと言われて来たけれどそうだろうか?そうは思わない。安くても高くても物には価値があり、価値の認識が足りないと大きな間違いが発生する。今日の食の問題はその問題提起と思われる。そう思いませんか?

思わない。そうかもね。食の安全について表示の事が声高に語られるが、安全な食品は生産者、流通業者に求めるのではなく、消費者の求め方だと思う。安売りと輸入に頼る物の買い方、そんな時代が長く続くとは思わない。何故ならお金は天下の回りものと昔から言われた言葉を忘れて居ないからです。自己防衛はもっと違う事だと何時になれば分かるのだろう。

アメリカの車メーカーの損失補てんを政府に求めている。その経営者は自家用機でワシントンに乗り込み、議会で厳しい追及を受けている。当然だろう。今は日本でも構造改革の中身が問われているが、自らの無駄と浪費をそのままにして、政府の保証を求めても無理だろう。

日本の物ずくりが変わるのもこれからだろう。就職活動のヒントは食品でも商社でしょう。これから物流も大きく変わる。何時までも市場のセリで価格が決まる事はない。間違いなく生産地で価格が保障され、流通が決まる産地と消費地の直結。その役割が商社に求められる。バイヤーのプロになって下さい。

物つくりのプロはこの国に少なくない。その殆どがオンリーワンの企業になっている。大量生産、大量消費の時は終わったと言われて、コンベアー生産が見直されても、この国の物つくりの大勢は基本的には何も変わってはいない。国内の消費が輸出で支えられる時は既に過去の話では無いの?そうでもないのが自動車産業かもしれない。

今から来年の話をする必要はない。今こそこれからの自分の生き方と生活保障を考えないと大変です。今夜は掛け布団を1枚買いました。明日朝はゆっくり出来るし嬉しいな。今夜から電機代の安いストーブも付けました。これから始まる寒さの時を雄々しく行きたい。

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2008年11月19日 (水)

ビッグスリーの救済はどうなるのか?

ビッグスリーと言われても知らない人も少なくない。親父世代は若い頃(20代前半)国産車メーカーがアメ車との力の差を強調していたので、今昔の思いを強くする。おごれるもの、久しからずと思いきや、国内大手の車メーカーも大幅減益にさらされている。

ビッグスリーとはアメリカの自動車メーカー大手、GM(ゼネラル、モーターズ)、フォード、クライスラーを指しているが、車の売上不振で大幅赤字の計上だけでなく、企業の存続が危うくなっている。アメリカの金融危機は車社会の根底から揺さぶられている。

銀行のローンの審査が厳しくなればお金が借りられず、車も買えない。アメリカの経済は物作りは外国に任せ、金融と農業、軍需産業とハイテク技術だけで成長のスパイラルを重ねていたのではない事に、改めて感じさせられる。

この国の多くの人は対岸の火事ではなく、関係ないと思っているが事の深刻さはこれから改めて思い知らされるだろう。アメリカの景気後退がこの国に深刻な影響を与える時はこれからだろう。その意味ではビッグスリーの経営危機は対岸の火事ではない。新大統領が来年就任するまでは、この危機的情況は一進一退を繰り返すのだろう。

お間抜けなテレビはその事をどれだけ知らしめているのだろう。事件、事故、深刻に報道するだけでは事の本質は見失われる。景気対策、2次補正、選挙より景気対策と言いながら何をどうするのか、見えてこない。政治の世界は一気に金髪ではなく緊迫するのだろうか?

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今年も来ました。木枯らし紋次郎。

暑い、暖かい、温暖化とか言っていたのが暫くは関係なくなるのだろうか?そうでは無いらしい。寒ければ暖房の灯油とエアコンの電気代がCО2の排出量を多くするのだろう。そう言えば昔の田舎は寒かった。霜柱が立ち鼻水をすすりながらあかぎれの手をこすりながら、背中を丸めて学校に行っていた。今と違うのは皆が貧しくそれでも、助け合って生きていた。

今はどうだろう?。電車バス、公共機関を利用する度に、そんなシーンは中々お目に掛かれない。それでも昨日、母親と一緒の子供に先を譲ったら「ありがとう」と会釈をされた。今朝は空いた電車の斜め前方で、若い女がわめいていた。どちらも同じ女性。違うのは優しい心。

親父が若い頃、大阪の電車、バスでわめくのは「アホ」と言われた。今は知らん顔をするのが当たり前。モラルの無さとか言った処で聞く耳すらない。これからは道を歩くのも命がけ。ボヤっとしていなくても当てられる。それだけでなくひき逃げ。こいつ等の心は犬、畜生にも劣る。運転マナーを言える柄ではないが、ハンドルを握ると人間の優しさが消えるのだろう。

親父の考え方、生き方は人を不快にさせると言われてきた。実際顧みて自己批判をして見ても思い当たる。見方が暗い。表情が良くない。ネクラ?貧乏神?理屈が多すぎる?色んな言葉を投げつけられても、生き方が変わらず多くの友?を失くした。それでも不撓不屈。嘆くべきか、喜ぶべきか?言うまでもなく前者であるが馬鹿は死ななければ治らない。

それでも良く見てごらん。今日の政治と経済。もっと現実的な日々の暮らしでも、どれだけの人が賢い生き方をしているだろう?間違いなく年末の経営破たんと個人の財布のひもは固くなっても為す術もない。これからの賢い生き方はどうあるべきか?シェクスピアに聞いても笑われるばかりだろう。自分の道は自分で切り開くしかない事を思い知れば分かるだろう。

日本の金融機関の損失も膨らんでいる。金融資産の濡れ手に粟の思いはどんなに堅実な取り組みをも、排除して来た。社会的責任、コンプライアンス。そんな物は建て前です。これからその代償を求められる。そのツケはもう預金者には回せず、貸し剥がししかない。

こんな状況でもアメリカやヨーロッパに比べるとマシなのだろうか?親父にはそうは思えない。これから日本も大変だと考えた方が良い。親父的にはくたばるのはまだ早い。これから寒くなるけれど自分に厳しく他人に冷たい生き方をしなければならない。

先見の明次章はまた明日。

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2008年11月17日 (月)

先見の明、今、問われている事。

景気の後退が明確になった?政府のコメント?いえ、役人のコメントです。国民総生産の数値が2四半期連続して落ちたから?役人の認識はこの程度ではないのだろうが、誰が考えても今の状態は景気が良いとは言えないだろう。だからこそ景気対策が求められても、為す術は無いと言った方が正確だろう。

それでも景気の低迷は国内だけでなくアメリカとヨーロッパはもっと深刻と言われても、これから年末の状況はもっと厳しくなるだろう。その状況に耐えられる対応はどうするのだろうか?先の事は分からないけれどオチャラケテレビでうまい事を言っていた。

アメリカはチェンジだけれど日本は攻守交替。そのタイミングを逃したら景気も政治も大きな変化の大波を被るだろう。・・・・と。親父もそう思う。君はどうだろう?親父がいくらボヤいても何も変わらないと言われて久しい。しかし、競馬も当たったし原油の暴落も当てたし、流石に株式の1万割れは予想できなかったけれど・・・。

政治経済の事はボヤキしか出来なくてごめん。それでもこのままでは大変だろう。先見の明の意味すら知らない人も少なくないが、事が起きる前にそれを見抜く見識、それはこれからの自分の武器になるだろう。自分の未来は自分で切り開くしかない。

今週の日曜日のGー1はマイラ―ズカップ。1600メートルの激闘。(又、競馬の話)そうです。興味が無ければ能書きだけ眺めて下さい。親父の話はギャンブルではない。己の生きた証です。(それ程でもない)

8年前、このレースは天竜川の上流の山間の民宿で見ていた。その年の8月の終わりから始めた土方仕事で、疲れた体を休めながら眺めていた。馬券を離れて見る大レースに淡々としていた。結果はアングリ。雨上がりのターフを駆け抜けたのはダート得意のアグネスデジタルだった。人気馬は馬場に足を取られ馬場実績のない穴馬が、大外を駆け抜けていた。

あの村は喬木(たかぎ)。静岡にいた頃、山崩れで集落が消えたその跡かたを目前にした時、言葉はなかった。ニュースで見た災害の現場は何事も無かったかの様でも、山が崩れる恐怖は目の当たりにしなければ、分からなかった。あの時感じた暗澹たる思いは、その後の生き方を暗示していたのかもしれない。デジタルの勝ち方はそんな勝ち方だった。

あの時、教えて貰った事、それはホーキングの登山靴の感触に満足する事ではなく、生き方そのものであった。あの時感じた必死の思いも寒さの中では如何ともしがたく、喉元過ぎれば何とかやらで生かされる事もなく、大きな代償を払う事になる。

それでもその時は分からなかった。あの時先見の明が無かったのは慣れぬ肉体労働で、それど頃ではなかったのかもしれない。何しろ云われるがままの仕事だったけれど、手を抜く事はなかった。あの時はそれで精一杯だったのかもしれない。

あれから9年。今年のウイナーは誰だろう。そんな事を考えていると先の事が見えてくる。

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2008年11月16日 (日)

FM放送にハマっている。オチャラケとつまらんテレビより癒される。

FM放送を聴きながら定額給付金の話を聞いている。久しぶりに聞くラテンのリズム。懐かしいなあ。親父が若かりし頃、大阪のフェスティバルホール、厚生年金ホール、サンケイ会館のコンサートを思い出す。分かりもしないリズムに共感が在ったのは何でだったのだろう?

親父の田舎と何故か通じる物があったのだろうか?貧しさと哀しみをリズムの中に押し込んで感情の高ぶりを淡々と表現するリズムに一時の郷愁を感じたのだろうか?眼を瞑りながら思い出すのはあの頃の何とも言えない快感。今は当時の面影もない。歳を重ねるとは今更ながら哀しいものです。それでもリズム感を無くしていないのは流石?アホか。

定額給付金の話、マスコミの報道の仕方がおかしい。麻生総理の思惑は公明党の顔を立てただけで、後はよろしくではないのだろうか?本当にやる気があるのなら地方に丸投げなどしないだろう。選挙の事は頭に有ったとしてもこれほどの問題提起を、肝心の身内からされるとは思っても見なかっただろう。

マスコミは他に話のネタは無いのだろうか?もっと地道な事に報道の種は無いのだろうか?景気対策が求められているとか、景気の実態は予想以上に大きいとか言われても、どれだけの人が厳しい実態を認識しているのだろう?かく言う親父も同じようなものだけど・・・。

定額給付金の話は国会で第2次の補正予算案が提出され、議決されないと実現されない。それなのに何で大騒ぎするのだろう。麻生総理は諦めではなく戸惑いの思いを強くしているのではないか?それにしても余りにお粗末で一気に政権末期の様相をしている。

明日はエリザベス女王杯Gー1レースが京都淀競馬場で行われる。親父の狙い目は16番リトルアマポーラです。理由は名前です。父はアグネスタキオン、騎手は名手ルメール。問題は若さと外枠。勝ちと負けは本当に髪一重。明日は雨で馬場も大きなファクターになるでしょう。

明日はアメリカ大統領が金融サミットの合意事項を発表するが、市場の反応はどうだろう。規制の強化と自由の政策の合意は難しく、無難な線引きしか出来ないだろう。他国がどんなに批判をしてもアメリカの影響力に玉虫色の合意しか出来ないのではないか?

市場の反応は余り変化が無いかもしれない。いずれにしても暫くは厳しい試練の時が続く。間違いなく言える事は大きな時代と経済の潮目が大きく変わる事だろう。その認識が無ければこれからの生き残りは難しい。マスコミやエコノミストは競馬の予想と同じ。結果論も言えないコメントに影響される愚かさに、そろそろ気付かなければならない。

仕事は多くの困難がありますが、親父の求められる事は分かるようになりました。君も自分に求められる事を明確にして頑張ってください。でも出来る事と出来ない事も忘れずに。人は自分の事は棚に上げて、多くの事を部下に求めます。その事を当たり前として取り組めば、道はおのずと開かれるでしょう。「求めよ、さらば開かれん」。誰の言葉だったかな。

仲良しクラブでどこから切っても金太郎が求められた時は、過去の話です。取り巻きに支えられた麻生総理を見るまでもなく、裸の大将は少なくありません。これから彼等にも厳しい試練が待ち受けています。窒素同位元素、炭素同位元素、人の成り立ちは意外に単純です。

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2008年11月13日 (木)

市場万能主義にメスが入るのか?オイオイ経済の実態はそんなに甘いもんやオマへん

明日からワシントンで20ヶ国の経済サミットが行われる。総理も参加されるが日本に求められる事は国際協力。今でも多くの人は知らない、忘れ去られた国際金融基金(IMF)。何をしているのか、分からないけれど国際金融の旗振り役。?知らない。分からない。関係無い?それはアカンで。しかし、この基金の役割は市場万能の今日、役割は終わったのと違う?

昔大蔵省、今は財務省が為替の介入が出来ない。国際基軸通貨のドルがアメリカの景気の落ち込みで下落しても(円高になっても)為す術が無い。それ程に市場規模は大きくなっている。アメリカの経済の信用不安で世界の経済がおかしくなっても各国の協調、政府の介入の余地は少ない。

今回の経済の落ち込みはアメリカの景気の実態が明確になるにつれ、容易ならざる不安と実感が明確になっている。これから暫くは更に悪材料が重なるだろう。その時、どうするのか?それはアメリカの実態と新大統領の政策が明確にならないと分からない。

先日、本社の帰り行きつけの大きな本屋に行く時間が無く(これは口実)、ターミナルの本屋に寄る。ホームの下で客は多くても何処に何があるのか分からない。アメリカ経済の本も多くは無かった。経済も政治も環境も日本だけ見ては何も分からない。

明日もう一日仕事です。今夜はサッカーを見ながら転寝をしたので眼が冴えているけれど又、明日。

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2008年11月12日 (水)

景気の落ち込み?政府の対策?厚顔無知少なく無し?

景気の落ち込みがひどいと言われても多くの人々には実感が無い。当事者(関係者)にとっっては死活問題なのにそうでない人には人事に映る。何でだろう?。この国の人達は何時からこんなにアホになったのだろう。アホの坂田は大阪の芸人だが、皆がアホになってしまったらこの国の先行きは、どうなるのだろう。親父が心配しても何も変わらないが、自分の事は自分で賢くなるしかないのだろうか?何かそれも違う気がする。本当に普遍的価値観は無いのかもしれない。何が良くて何が悪いのか?それもその時々の惰性で変わるのかもしれない。

それにしても2兆円の景気対策?子供2人の夫婦で64000円。親父の様に1人暮らしだと12000円政府が支給するの?そんなお金がどこにあるの?バラマキとか言う以前の問題を仮定の話でなんに使うとかどうして言えるの?日本人は何時からこんなにあさはかになったのだろう。大した問題でも無いと考えているのだろう。そのツケを子供達に払わせると誰が考えているのだろう。まあ、実現の前に選挙の洗礼を受けて下さい。

今日の大阪は本当に気持ちの良い快晴だった。仕事場のガラス張りの窓の外には広い構内の上に、真っ青な空が広がっていた。雲ひとつない青空に飛行場を離陸した機体が、大きく旋回と上昇をしながら視界から力強く消えていた。

国内外の景気落ち込みを感じさせない風景は明日も続きそうだけれど、経済界は暫くはしんどいだろう。この困難な時を打開する力は何だろう?それが分かれば苦労は無いかも。今回の景気の落ち込みはアメリカの金融危機の影響が大きいが、それだけだろうか?

それだけではないと言った処で何の支えにもならないが、ひょっとするとアメリカの金融危機は起こるべくして起きた結果なのかもしれない。アメリカが戦後一貫して世界の軍事と経済の王者として君臨出来たのは、敵対国を叩き潰したお陰だろう。

今日でもその圧倒的な力は変わらずとも、必然的に綻び(ほころび)は出ている。何時までも繁栄の時が続く歴史は一度たりともない。在るとしたらこの国の鎖国の時。この時は300年の太平の世と歌われたがペリーの黒船で叩き壊される。それでもその時は未だ鎖国の時が終わるとは思われていなかった。

アメリカの今日は正にこの時ではないのだろうか?経済の原理原則は金儲けだけではない。利益の源は物作り。物作りを粗末にして金儲けの必勝法を考え出すと、必然的に金融工学なる理論武装が必要になるのだろう。こんなインチキが何でまかり通ったのか?不思議でならない。

今、ヨーロッパ(正確に言えばイギリスとフランス)で経済の市場任せの見直しが始まろうとしている。こんな出来もしない事が真しやかに論議されている。規制。言葉は素直でも実態はそんなに甘くはないだろう。アメリカと同様金融で国家の存在を為している国に、そんな事が出来るのだろうか?出来るとしたら活力が無くなった時だろう。

今週末、ワシントンで先進国?の景気対策が論議される。グローバル、スタンダードなる訳の分からない世界標準が何時の間にか、見直されて協調なる言葉が踊る。そんな言葉で今日の金融危機が収まると、誰が考えているのだろう?それとも何もやらぬよりはマシと位にしか考えていないのかもしれない。

今日は難しい話になったが親父のつぶやきは、いづれ当たりか外れが分かる。その時は褒めてやるかけなして下さい。これから風呂です。

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2008年11月 9日 (日)

早起きは3文の得・・・?

日曜は8月の終わりから空手の形の練習に行っていた。先月の中旬、仕事場が変わり勤務時間が早くなり、一時中断した。この歳で今更空手も無いだろうと冷ややかな目線も気にせず、健康管理の一環と思っていたので残念だが、何かのプラスになれば良い。

仕事も昼間の勤務、一週間(実質4日)無事終わる。一人でやってみると思いの外プレッシャーが掛かるが、戦力外通告の思いをバネにすれば困難と試練は高いハードルではない。それよりもこれからの生き方が問われている事を痛感する。

今朝はいつもの時間に目覚まし無しで眼が覚める。床の中でグズグズしていると隣の部屋の音が気になる。おっさんも1人暮らし。朝から食事の用意だろうか?御苦労さん。そしてアホかとも思う。朝から菜っ葉の味噌汁は無いだろう?コーヒーだよコーヒーと訳の分からぬつぶやきと共にトイレに向かう。

親父の朝飯は何時ものパンが無い。ペットボトルのお茶を口にして出掛ける。どちらに?競馬場。アンビリバブル。信じられない。止めたんとちゃうんか?違いません。ウオーキングです。そんな見え据えた言い訳をしないで部屋を出る。

10時前。近くのパチ屋の前に行列がある。キチンと並ばず歩道を塞いでいる。見慣れぬ顔だけど無視してと売り抜ける。その先に知り合いの顔を見る。目線は合うが言葉はない。そのまま進んだ時、懐かしい顔を見る。昨年の12月のその前から見なくなっていた。

如何していた?元気だった?まだやっている?止めた。短い会話の中に多くの思いが重なる。勝ち負けの自慢話が出来たのはむかしむかしの話。今は負けるパチンコでも止められない、止らない人も少なくない。パチンコも競馬もサイコロ賭博と何も変わらない。

その事が分からなければあの快感は忘れられないだろう。そんな事を考えながら駅までの短い道が何故か遠い。足が痛い。前の職場で痛めた右足の土踏まず。痛い。加えて指の表まで。何でだろう?新しく足にした靴が小さいのか?靴ひもを緩める。

競馬場の路は途中までは仕事場の道と同じ。乗り換えがバスで無く同じホームで仁川迄。通い慣れた?道。失意と希望が重なり無表情の中に、多くの道が見えていた。天国の懸け橋にはならなかったが、あの頃の心の支えは何だったのだろう。何もなかった気がする。

仁川の駅は朝が早かったからだろう。改札を出て地下に降りるエスカレーターも空いていた。今週はビッグレースも無いから空いているのだろう。そんな事を考えながらスポーツ新聞の予想を眺める。予想。反対に読めばウソよ。多くの予想が余り変わらない。

そんな予想を真剣に見ていると不思議な事にそんな気になって来る。何かその馬が勝ちそうな気がするのは親父だけではあるまい。その馬が凡走しても自分で納得するのは真剣に考えたからだろう。競馬に必勝法があるならば余り考えない事だろう?

冗談でなく競馬に必勝法は無い。有るとしたら2頭軸のマルチ。競馬をしない人には分からない買い方です。でもこの買い方は買い目が多くなり大勝は難しい。先週の天皇賞はこれで勝ち馬をゲットしたが取って負け。それでもそのお陰で今日来れる。

競馬場は場外販売だけ。レースは京都。今日のメーンレースは何だったけ?新馬勝ちの内容と大物の風格で一番人気はオッズ(倍率)2倍以下。買う気はなし。東京のメーンレースも人気馬にヒラメキがない。勝てそうな気がしない。

朝飯は何時ものおにぎり2個。お気に入りのラーメンをリクエストする。(オイオイ、メタボ)おにぎりにうま味が無い。形で固められている。米粒に勢いが無い。ラーメンも40円の値上げ。救いは味。シンプルな中にうま味が失われていない。

レースは淡々と進んでいた。4レース、障害競走、未勝利、一番人気馬が最終障害で落馬。追い上げられて焦ったのだろうか?馬券に関係なく馬が心配。そんな事は余り気にしていない。競馬は夢でもロマンでの無い。記憶と記録と調教、展開、騎手、血統、多くの要素に恵まれても勝てない。勝つのは余程の力の差か展開に恵まれた時だろう。

今日の勝負は新馬戦。5レース。単勝千円。運だめし。外れ。納得。次のレースも新馬戦。ダート1800㍍。クロフネの息子、騎手はアンカツ。3000円で勝負。楽勝。これで今日は終り。後のレースに未練はなし。折角来たのだからメーンのレースか最終レースぐらい買えよと思いながらも閃きが無い。勝ち逃げ。金額は小さくても勝ちと負けでは大違いだろう。

そうして見ると競馬もアホか天才で無いと勝てないかも知れない。どちらにも為り切れないから多くの人は勝てないのだろう。帰りの時間は早くても充分だった。この時間に帰れば電車も空いていると思いきや、そうでも無かった。

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2008年11月 8日 (土)

競馬中継を眺めながら・・・?

関西は季節の変わり目を迎えている。11月の初旬。今年は長い間暑い時が続いたけれど、やっと何時もの肌寒さを感じる時となるのだろうか?。昨年はまだ仕事をしていなかった。毎日が日曜日で結構ですねと皮肉を言われながら、内心これではイカンと思いながらも如何にもならなかった。本当に仕事をやる気があるのなら、もっと真剣に探せと自分に言い聞かせながらも、誇り高きこの親父は近くの山に登るか、仁川(阪神)の競馬場に行くしかなかった。

少ないお金を握りしめながらターフ(芝)とダート(砂)を駆け抜ける馬達を、必死の思いで見つめていた。本当に競馬で勝ち抜くには資金が足らず、仮にあったとしても所詮ギャンブル勝てるハズもなく、帰りの電車の中で反省を繰り返すだけだった。

それでも人間の生きる証は事の善悪は別にして、凄まじいと感じる事も少なくは無かった。競馬場と場外(ウイング)馬券売り場、それから電話投票で動くお金は1日関東と関西で200億を超える。その多くがJRA(日本中央競馬会)の取り分でも、的中の感動は味わった者で無いと分からない。

多くのタバコを吸わない人から嫌われる「愛煙家」。彼等もまた同じ輩(やから)だろう。体の健康と綺麗な空気を汚す煙は一体何なのだろう?これも嗜好品とか言われて国の公認。パチンコも同じだろう。全国津々浦々。公認ギャンブルが規制のなれ合いで今や20兆を超す産業になっている。

生きる事は綺麗事では済まされない。生きる事は希望であり喜びであり手を合わせる事であるが、それ以上に絶望が在り哀しみがあり多くの苦しみがある。勝つとか負けるとか言うレベルではなく、どれだけ困難に負けない不屈の魂があるかであろう。

日常の変化の少ない退屈な日々は、その当たり前の事さえ分からない感性を育てるのかもしれない。反対に忙しさと抱えきれない雑用に追いまわされていると、優しい思いやりの心すら失せてしまうのだろう。

人と違う生き方は出来ない。大きな流れに逆らう事も困難が伴う。しかし君は体感した事が無いだろうが、ハズレ馬券を口惜しい思いで見ていると当たっている。見間違いと何度も見直すが間違いではない。踵(きびす)を返して負け組の人の流れを横目に見ながら、笑いと不安な思いを押し殺しながら引き返す。勝馬投票券の払い戻しの為に。

この歳になってそんな大それたことを考える間抜けさがあるのは、さすがに多くは無い。それでも全くないかと言えばそんな事も無い。人はいくら歳を重ねても賢さだけでは生きてはいけない。どんなに笑われても人は自分が思うほど賢くはなく、その証拠が今日の景気である。

車が売れなくてこの国を代表する物造りのメーカーの利益が大幅に減少し、株式市場は立ち直りの腰を折られている。株式市場はアメリカの金融不安が直撃して乱高下を繰り返しているが、暫くは市場の思惑と実態経済の落ち込みが重なり、上がり下がりを繰り返すのだろう。

自動車業界の売上不振はアメリカも日本も深刻になる、会社の経営悪化は労働弱者と下請け、孫請け、中小企業の経営を直撃する。労働者に強も弱もないと思うが何時の間にかそんな状況が作られ、企業の労働コストと生き残りの為の調整弁になっている。不況になれば一番に調整され好況の時は最後では、弱者と呼ばれても当然かも知れない。

日本の物作りの現場は強者だけで作られたのだろうか?その経営判断が間違っていたとは認められないが、この国の経済が国内消費で成り立たなければ、輸出に頼り円の安さで利益をあげる経営が幅を聞かせて当然だろう。

今、その経営の基本が揺らいでも相も変らぬ企業の論理は変わらない。派遣と期間労働者の整理をして下請けの仕事と価格を見直さねば、生き残りは難しい。この論理は間違いではない。しかし、自分で自分の首を絞めている事に気付いていない。

自分達が必死の思いで労働コストと製造コスト、下請けのコストを下げて作った車を誰に買って貰うと思っているのだろう。安定した収入と仕事が確保されている人がどれだけ居るのだろう?本当にその人達だけで会社の経営は安定すると思っているのだろうか?

そうではないだろう。キリストの教えを乞うまでもなく富める者も貧しき者も、それなりの生活が出来なければ共存はない。資本主義社会、自由主義経済、その根底は何だろう。お金が全ての社会の中で豊かな人がそうでない人を支える。自由で活力のある経済。利権と公正が損なわれる社会ではない。そんな社会で無ければこれからの生き残りは難しい。

今日の今世紀最大とも言われる不況も人事と思っているこの現実。自分達は関係ないと思っているのだろう。アメリカの深刻な状況を断片的にしか伝えず、相も変らぬお馬鹿さんを演じているテレビの責任は計り知れない。

競馬とパチンコ、国内外の経済をごちゃ混ぜにするにはいくらイモ煮の頃とは言え、不謹慎だろう。でもよく良く考えて見ると共通点も少なくない。この国の競馬と経済の貧しさ、外国人に理解され難いパチンコ。今、問われているこの国の在り方、経済もその程度のものかもしれない。(アホか、そないもんやオマへんで・・・)

そうでっしゃろか?最近あまりお金を出してまで買いたくない経済新聞でも、多くの同様の記事も少なくない。競馬もパチンコも自己責任。経済も同じだろう。企業の救済。公的資金の投入。財政援助?バラマキと言われても何と言われ様と、なり振り構わぬ景気対策、しかし、お金は天下の回り物でも降って来る物ではないだろう。

車が売れなくなった原因は単純明快。高い買い物が出来なくなっただけ。車のステータスシンボルが無くなっただけ。経営者の経営戦略が間違っただけ。ガソリン価格が130円になった時、ターニングポイントだった。あの時声高に自動車税の必要性を叫んだ地方の声に、為す術が無かった時、今日の危機は暗示されていた。(これは結果論?)競馬もパチンコも同じです。全てが結果論です。この流れは市場の不安が証明している。

それでもこの国の多くの豊かな人もそうでない人も、身の丈に合った生活が求められる。景気は良くなる気配すら見いだせないだろう。政治のイニシアチブ(主導権)が求められても、国民の支持が問えない内閣に期待できるものは、多くは無いだろう。

仕事の方は朝の一発が勝負です。目覚ましは念には念を入れ時間との勝負。決めている電車とバスに乗れれば後は問題ありません。お店と違ってやるべき事は明確で、親父の性格にはぴったりです。人間には得手と不得手があり、合性もあるのでしょう。

色んな事を言われましたが、何が正しくて何が間違いかは結果論です。結果が良ければ全て良し。悪ければ判断の間違いです。今の景気の低迷はアメリカの影響が少なくありませんが、原因は円安と国内の豊かな生活を後回しにしたツケでしょう。

その事が理解される事は無いでしょう。経済と経営の問題を明確にせず、成り行き任せの政治と景気に左右されない判断は暫くは期待出来ないかも。尤もらしい言葉に惑わされずに自分のやるべき事が明確に出来れば、失うものは大きくは無い。

そう言えば今年の始め、失うものは何もないからかかって来いと言われたが、あの若者は何をしているだろう。社会はそんなに甘くは無い。親父の生き方を馬鹿にしていたが金は貯めれたか?この世の中で間違いなく言える事は金が無ければ、何も出来ない。その事だけは間違いない。これから寒くなるけど昨年同様、パンツ一丁で頑張りたい。

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2008年11月 6日 (木)

sole music (ソール、ミュージック)を聴きながら。

最近はトランペットとベース、そしてドラムのリズムをジャズと言っても、SOLE、MUSICとは言わないのだろうか?黒人の魂のほとばしりと高揚。今やそんな表現がおかしいのだろう。黒人霊歌、黒人の音楽と言うより人の心を突き動かす音。久しぶりに昔の友に合った気がする。FMの音は小さくても昔ジャズ喫茶ででかい音で聞いたそれと何も変わらない。

このCDも聴けるラジカセは本当に音が良い。洗練された音が心地よい。部屋がもっと広くて音を大きくしても、音が割れる事も無いだろう。日本の物作りの技術は安物では手にする事が出来ない。これからその事が問われるだろう。残念ながら物の安さにはそれ以上のものは無い事を、どれだけの人が痛感するのだろう。

暫くは懐(ふところ)の寂しい消費の盛り上がらない時が続くのだろう。長い長い底堅い景気の拡大が続いた時でも、個人の消費はイマイチだった。景気の先行きに陰りが出れば言わずもがなだろう。この国の政治変革は先延ばしになったが間違いなく、この国も大きく変わる時はそんなに先の事ではないだろう。

景気回復の為に?政府が何かが出来るとしたらこの国の改革だろう。長い間言われ続けて出来なかった事。それはお役所仕事だろう。民間の会社では考えられない無駄使い。官僚達の勘違い(税金は自分達が使う)。この国に本当の民主主義があったのは何時の頃だろう?親父達が君達と同じ頃から、否、もっと前から言われ続けている。

それでも悲観する事も嘆く事も哀しむ事も何もない。何も変わらないと思われていた事が、否、変わらないかもと思われた事が雪解けの時と同じように一気に進む。アメリカの様な多民族国家でも黒人の大統領が誕生するとは、この間迄考えられなかった。

アメリカの凄さはそこに在る。多くの解説者の言葉に足りない事はそこに在る。どんなに尤もらしき事を言っても世界の富の多くはアメリカにあり、日本はつぎである。どんなに問題点を指摘してもそれは紛れもない事実である。アメリカはこれから大きく変わる。この国はどうだろう?

君はどう思う?今、日本シリーズのうるさい解説のボリュームを小さくしてラジオを聴いている。アナウンサーと解説者がどんなに声高に実況しても、勝負の女神は真に気まぐれ。どちらが勝っても負けてもその差は大きくない。その小さい差が勝敗の分水嶺となる

日本シリーズ5戦は巨人が勝ち3勝2敗。優勝に大手が掛かる。試合に勝って勝負に負けるのではなく、勝負は下駄を履くまで分からないとはこの事だろう。最初から力の差は歴然としていた。西武にひと押しの力があれば完全に粉砕だったろう。これが勝ち負け。仕事も同じだろう。些細なミスが取り返しのつかないチョンボとなる事を忘れてはならない。

これは総理から壱市民迄、全てに関わる試練でもある。人事ではない。その事を忘れてはならない。全国的にこれから寒くなる。この時期でもまだ暑い事がどれだけのものか、これから思い知るに違いない。ジャンバーを着ながら日中は団扇(うちわ)が要る。これは異常としか言い様が無い。こんな時も間もなく終わる。これから寒くなる。寒さに負けるな。

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2008年11月 5日 (水)

ボサノバを聞きながら・・・。

帰りの電車を乗り過ごす。始発の駅で乗り込み最前列の車両で外の景色を見ていたが、何時に間にか熟睡する。一時の事で乗り過ごした駅も1駅だったが、何事も無かったかのように反対側の電車に乗り換えて戻る。余程疲れていたのだろうか?否、朝が早くなり睡眠が足りなかったのだろう。仕事はお店の内容とは180度異なり、何もない事が求められている。

何もなくて当たり前。何かが在ってはいけない。工場の守衛の仕事とはそうだろう。お店の出入り管理も基本的にはそうだろうがやるべき事、やってはいけない事が親父には合わなかった。人は他人の事は平気に批判出来ても自分の事は分からない。自分が一体何者なのか?何をしているのか?何を為すべきかは人の意見を聞く寛大な心が求められても、なかなか簡単ではない。平気に人の思いを踏みにじり、自分は正しいと誤解している。

先週までの研修の時とは異なり、一人でやる事は分からない事が少なくない。お店の時もそうだった。勝手な判断をするなと言われたが、間違いは正解と紙一重、その事が何故分からなかったのだろう。これからはそれだけは無いと断言できる。何故なら余計な事をしない。余計な事は云わない。間違いは成功の元ではなく失敗の元である事を、忘れてはならない。

一人で仕事をしていると多くの事が見えてくる。一人では何も出来なくても日常の仕事は一人に任されている。お店の仕事でもそうだったが多くの事が求められ、多くの事をそつなくこなす事も求められている。無難に確実にこなすには求められている事をする。それしかない。その事が分かればこれからの仕事に確実に生かせる。そう思う。

この国の選挙は先延ばしになったが、アメリカの次期大統領はオバマに決まる。多くの人が多くの立場で色々な事を言ったが、全ては客観的分析ではなく主観的希望的観測だった。皮肉な事に新大統領が就任する前から、多くの事が期待され変革が当り前になっている。そんなに甘くはないだろう。これからは市場も変革の時を迎えるだろう。インチキは何時までもは続かない。間違いなく金融の収縮は暫く続く。この国の経済と政治の世界も同じだろう。

親父も暫くは緊張の時が続く。肩の力を抜いて仕事をする事が求められている。これから寒い時を迎えるけれど、心と体は熱くなければ支持される物は何もない。その事だけは忘れてはいけないと今回のアメリカのチェンジは教えて呉れている。

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2008年11月 3日 (月)

嗚呼(ああ)何たる不覚 せっかくの減量がリバウンド

3日間の束の間の休息日。近くの放送局のFMを聞きながら近況報告です。ほんの1月前まではテレビの番組を見るとも無し、聞くとも無しに付けていたのは部屋の外の雑音を、耳にしたくなかったからだろう。その目的を達するならばカセットデッキで丁度良い。

最近、音響メーカーの売上不振が続いているが、音楽の本当の喜びが失われているのだろう。かく言う親父もそうだった。テレビのチャンネルを替えながらただ(無料)で手にする価値の無さを嘆いていた。何も親父だけでなく多くの人に共通する思いかもしれない。

今、テレビで一番面白いのは通販の番組。便利だけでなく本当にその気にさせる。寅さんも顔負けの効能と口コミの宣伝。面白くも無いお笑いの押し売りより参考になる。流石に何も買ってはいないがそのうち病みつきになるだろう。

今聞いているラジカセはコンパクトでCD、ラジオ、テープが聴ける。親父が若い頃手にしたラジカセはこの半分の大きさだったが、スピーカーの大きさ、音量の豊かさを考えると不満は無い。これから好きな音楽が思いっきり聴ける。親父は演歌しか聴けないと思っているかも知れないが、親父にも若い頃があり当時のジャズ喫茶で分かりもしないジャズを聞いていた事は知らないだろう。今は全く耳にしないスティビー、ワンダーのしわがれた声は忘れていない。(I just called to say I love you )  君は知っているだろうか? 親父の今の心境かもしれない。母さんが元気だった頃、あんな優しさがあったのは何時の時だったのだろう。

昨夜、銭湯で体重計に乗った時計りの表示を見て、愕然とする。折角70㌔台になっていた体重が83㌔に戻っていた。先月の15日近くのお店の仕事を辞めて楽をしていたからだろう。昨年の暮れから今年の10月まで、毎日神経を張りつめ心も体も一杯、一杯だったのだろう。

親父の態度と言葉使いがお店の仕事に合わなかったが、体重をすり減らしながら頑張っていた事が今更ながら哀れに思う。生きる為とは言え仕事をする現実は余りに厳しい。生活の糧を得る為とは言え卑屈になる事は何もないと思った処で、そんな自己満足は何の支えにも為らない。そう考えて見るとこのリバウンドは何なのだろう?運動不足、楽のし過ぎ?

確かに朝は早くなったけれど、直帰すれば6時前には帰れる。元職場で買い物をしささやかなそして寂しい夕食も早々に終われば、あとは横になって暇つぶしのテレビを見るだけ。守衛の仕事は出入り管理だけ。お店の様に忙しくも無い。巡回もない。座っている時が長ければ運動不足は必然だろう。休みの時、これからは近くの山にウオーキングしなければならない。今、体に手をやると皮の下に皮下脂肪が付いてくる。完全なメタボ。

人の事は言えないが自分の体の醜さは姿見の鏡に写せ。どんなに痩せていても自慢は出来ないが、その反対も間違いなく内科のお世話になる確率は高い。それよりもこれからの時代、何よりの財産は健康で鍛え上げられた肉体と精神、そして知識と生きる知恵でしょう。

(これから山に行きます。又、読んでください)

山に行って来ました。久しぶりです。五月山は笑っていました。体の何処かにしんどい所が無ければ見向きもしないのに、今日はどないしました?。足腰がアキマセン。太りましたんや。腹が又出ましたなー。途中までしか歩いて来ない親父を見ながら励ましていた。

部屋から阪急の高架下を通り国道を渡れば市役所の前、警察前から右に折れ小学校のグラウンドを見ていると掛川の同じ夕暮れの時を思い出す。あの頃は学校にも自由に出入りが出来たが今は門が閉ざされている。そのうち学校も常駐の警備が必要になるだろう。

この先は左に折れ一気に山に向かう。それでもしばらくは住宅地。中学の入口を左に折れ間もなく右に向かうと大木の枝葉のトンネルを抜ける。左は旧美術館。今は閉館となり少し離れた所に新館の工事中。阪急の創設者の館。お金持ちはスケールが違う。

親父もこれからの歳たけた歳月を考えると、お金より大事な事は言うまでもなく健全なる肉体と精神。それも支えられる生活力がなければならない。これからはサバイバルの時代。生き残るのは確かな先見の明だけでなく、最後に笑うのは健康な肉体だろう。

その大事な体に老いの影が落ちている。どんなに若いと思っても年相応の肉体しか手には出来ない。煙草を止め酒は飲まず健康な生活と思いきや、肥満の体質を変えなければ長くは生きれないだろう。その為にもう一度五月山のハイキングコースに戯れなければならない。

食の安全?偽装?この問題でも議論は分かれる。誤解と不快の念は恐れずに言えば自分が口にする物は自分で選ぶしかないだろう。何を買えばいいのか分からないとか言われても誰も相手にはしない。本当に口にしなければ生きてはいけない。

今、都会人が口にしている物は殆どが生産地が分からない。誰が何処でどんな思いでどれだけのコストを掛けて作られているのか分からなくて、安全だけを口にする。それが時流だろうが食の安全にはコストが掛かる事をどれだけの人が、理解しているのだろう。

自分の事しか分からない人が多くなれば、売る人も買う人も大変だろう。一時はガソリン価格が180円になりそれでも未だ上がると言われていた。それが今やⅠ30円。まだまだ下がるだろう。人間の思惑なんてそんなもんだろう。人とは違う見方が出来る人、そんな人がこれからの時代、生き残るのかもしれない。

明日から日勤の一人立ちです。予期せぬ事もあるだろう。困難に直面する事もあるだろう。それでも自分との戦いです。自分には厳しく他人には優しくなる必要はない。自分の足らざるを知り補う事に謙虚であれば失うものは何もない。その事だけは忘れてはならない。

最近、朝飯にトーストとコーヒーを取るようになり以前口にしていた「小麦の味」何んとか4枚切りにハマっている。宣伝文句ではないがこれはイケる。それに加えて高知馬路のマーマレード。これは高いけどお勧めです。安い商品では味わえない味と満足感。これは一度経験して見ないと分かりません

明日からの元気の源はマーマレードのゆずの皮だろう。そんな気がする。果肉ではない。皮。皮に秘められたエネルギー、その計り知れない力と言うにはオーバーだけれど、まろやかでハチミツ入りと囁かれれば、その気になっても不思議ではない。

最近、下腹部に小水が溜まる。頻尿感ではない小水の溜まり。これも何かのシグナルだろう。前の職場では小便さえ辛抱していた。その後遺症だろう。小便は辛抱してはいけない。出す物は出す。入れる物は入れる。そうしないとこうなるのかもしれない。

明日から新たな日々です。肩の力を抜いて伸び伸びとやりなさいと誰かが囁いている。爽健美茶をラッパ飲みしながらそんな事を考えている。アホやなあ。アホで良いから元気でやりや。どんなに尤もらしい事を言っても本当に賢い人は、何かを変えれる人だろう。

景気の悪化でその下支えを政府が求められている。国際的には11.15日にG-20のサミットで国際協調が求められている。何も作られていない人達に何かを求める事が時代遅れである事を、これから思い知らされるのだろう。それが賢人の生き方かも知れない。

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