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2008年10月18日 (土)

高級住宅地、そしてそこに住める住民、文化と香り

東京杉並浜田山の行列のできるお店と憧れのマンションとモデルルームが紹介されている。分譲価格6000万~4億とか。どんな人が住むのだろう。景気の後退が心配されているが、住むべき世界が違うとはまさにこの事だろう。

大阪にもあこがれの街、憧れのマンションがあるが東京と大阪ではこれ程までに、文化の香りが違うのだろうか?田舎の高校を卒業した時心に描いた将来の目標は、「自分の可能性への挑戦」だった。抽象的で具体的ではない精神論は、大阪の現実の厳しさに叩きのめされる。あの時は21の冬。高度経済成長の時代の流れとは裏腹に苦しく、哀れであった。

「苦労はお金を出しても買え」とか言われるが、お金の出せない苦労は余りに切ない。出口が全く見えない時、挑戦の方法を変える。口下手で恥ずかしさと自信の無い営業から、物作りの原点、親父の性格にもあった現場の職場に変わる。単調な作業の中で遣り甲斐は無かったが、生活は安定する。それでも当時の給料は今から考えて見ても、安かった。

会社は時代の流れに乗り順調に成長の軌跡を辿る。親会社から独立したカナダ、М社との合弁会社は東京、大阪、九州に拠点の工場を造り時代の先端を走る。ビジネス、フォーム。今でも聞き慣れない言葉。企業の大型コンピューター、タイプライターの連続帳票製造技術は意外に難しかった。40年以上経った今でもこの技術は進歩を続けている。

あの頃は大量の情報を大型コンピューターで処理していた。今日の様にパソコンがビジネスの中心と為るまでは、大企業は言うまでもなく中小企業でもコンピュターとタイプの部屋は、別室に為っていた。そこで使われる大量のプリントは短片(シート)ではなく連続だった。

この流れが変わったのはコンピューターとプリンターの技術革新、改良からだろう。大型から小型化。インパクトからノンインパクトへの変化だろう。今日、何の不自然も感じずこうしてキーボードが打てるのは古い事ではない。パソコンとコンピュターの汎用化が進んだのは最近の事である。

連続帳票の物作りを完成させた現場に暇な時は無く、納期に追いまくられた。今でも会社は成長を続けているけれど、当然ながら製造品種は様変わりしている。あの頃の事を考えると今の出来事も夢物語かもしれない。

歳を重ねて、あの頃と同じ困難の中に入るけれど眼を見開けば、雲レイの差かもしれない。何がどれだけ違っているのか?歳の差だけで無い人生の重みを噛み締めなければならないのだろう。親父にチャンスを与えて呉れた好意に感謝し、来週から新たな研修が始まります。

(雲レイの言葉の意味が辞書にない。漢字も無い。親父の感覚では大きな差の意味だが違うのだろうか?それともこの言葉は親父の勘違いだろうか?そうではあるまい)。何事も案ずるより生むが易し。親父の全てをさらけ出せば失うものは、それこそ何もない。

関西の高級住宅地は昔、帝塚山、箕面、芦屋。今は何処だろう?。間違いなく言える事は全ての人が上流社会人ではなく、思いやりの在る人でも無く、余裕のある人でも無い。その当たり前の事すら意識の中に強くなければ、これからの困難に立ち向かう力はないだろう。

今週からJRA(日本中央競馬会)の秋のG-1戦線が始まる。多くの競馬ファンの夢と欲が交差し、エキサイテングな時を迎える。予想屋さんの言葉を聞かずにどれだけの人が当たり馬券を手にするだろう。本当に勝ちたければ馬券は買うな。買ったつもりで次週の軍資金にすれば良い。それを2,3回続ければ5,6万は固い。これが競馬の必勝法です。親父はこれで勝ちました。パチンコは何時でもどこでも出来るから、同じ方法で大勝出来るよ。

最後の落ちはお粗末です。楽してお金は貯まらない。その事だけは間違いない。

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