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2008年8月

2008年8月28日 (木)

人の為に何かを為すのではなく、己の為に何かを為せ

昨夜仕事を終えて部屋に帰った時、留守電ランプがチカチカしていた。「爺ちゃんに何かあったのだろうか?不安な思いが胸をよぎる。爺ちゃん、あと10日、待っててね。そんな思いで君に電話する。「おい、電話呉れた?」「しました。声が聞きたくて」冗談承知でも悪い気はしない。不安な思いが一気に弾ける。

親父もヨイショをする。「このブログ、君に書いている」。ホンマかいな。半分位かな?何やそれ。この拙いブロゴも多くの検索が在り、多くの人が多くの思いを感じたとしても、考えて見れば親父のつぶやきも成長の跡が窺える(うかがえる)。自分で見直してそう思う。

人の事を批判するのは易しい。難しいのは己の自己分析。そうそう自分の事。政治の事とか経済の事を尤もらしく(もっともらしく)語るつもりは全くなくても、読み返して見ると恥ずかしくなる。それでも君から経済新聞とテレビの受け売りと言われても、これだけのブログは難しい。これからは他人事は別にして、自分の事を掘り起してみよう。

言うは易し、行うは難しは日本のことわざですが、アメリカにも同じ言葉が在る。御存じか?それ程に普遍で誰もが実感しても、行動に移せる人は多くは無い。日本人は語学力に弱く自己主張が強くても、対人に分かりやすく伝える言葉を知らないと言われる。

大阪人が東京で見下され、反対に大阪で東京人が馬鹿にされるのは言葉だけでなく、行動に受け入れられない物が在るのだろう。カルチャーと言われて分からなくても、文化、風土、気質と言われれば、理解できるかもしれない。それでも駄目ならそれはもう理屈でない。

人の為に何かを為す事は容易く(たやすく)は出来ない。自己犠牲と自己奉仕、キリストの教えにそれが在るが今日の日本人には理解が出来ない。今日と断わりを付けたのはこの国が戦争に負けるまではそれが当たり前と教えられていた。国の為、天皇陛下の為、親、兄弟の為。

ペシャワールと言われても知らない人が多い。アフガニスタンの山岳地帯で現地の人に農業を教える。たったそれだけの事で31歳の青年が夢と希望を異国の地に託したのは何だったのだろう。テロとの戦いではなく貧困と無知ゆえの悲劇。何たる現実だろう。彼こそが真の人間であり、肉体は亡びても精神は永遠だろう。静岡掛川の思いでの地に手を合わせる。

それでも親父は人の為ではなく、自分の為に生きてほしい。最近の多くの人は身勝手の輩が多いと言われるが、人の為に何が出来るかではなく、自分の為に何が出来るかだろう。アフガンの地で思いを道半ばで倒れた伊藤氏も、そう思うに違いない。

テロとの戦いをどんなに続けても、世界各地に貧困と絶望の思いが拡大する限り、止む事は無いだろう。そんな気がする。アメリカの経済収縮は人事ではない。それでもこれからのこの国の航海図には、明確な道標はない。あるのは間違いなく棘(イバラ)の道だろう。

仕事は9月の時を迎えても厳しい。昨年の12月から慣れない事を1つ1つ乗り越えて来たが肝心の稼働日が少なくなる。いくら、お金の為だけではないと言っても休みの日が多くては仕事に為らない。人はパンのみに生きるにあらず。金の為だけでも無い。されど月の半分が休みではそれは仕事とは言えないだろう。これからの生き方が問われる。

自分の為に何かを為せ。これは親父に突きつけられた課題です。これ迄も多くの山が有り転げながらしがみつきながら、突き飛ばされながら谷底まで転げ落ちた事を考えれば、これも1つの試練でしょう。親父のこれまでの言葉が問われています。

休みが多くなれば昨年の11月までの生活に戻る気がする。せっかく手にした仕事の苦労も水泡と化すのだろうか?それは無い。休みが多くなれば別の仕事を増やす。そんなに美味い話があるだろうか?ある訳がない。神のみぞしる。

母さんの13回忌が迫って来た。速いものであと10日。10日前は猪名川の花火だった。あの時も三日のお休み。為す術もなく何をしていたのだろう。共に花火を見る訳でも無く音だけを聞きながらブログを書いていた。10日間は短い。母さんも一緒に見ているだろう。

空手の手習いを教えて呉れたYさんは見掛けとは違い、体調を崩している。今は食事も儘為らず(ままならず)と聞いて心と体、肉体と精神の吊り合いの摩訶不思議(まか不思議)を感じる。若い人の体の悩みを心配する前に、親父の不健康を改めなければならない。

しかしこの親父、一人でよく生きて来たと思う。文句言いの何んとかと言われながら生きていたのは母さんがいた頃だけでなく、今でも変わらない。自己主張は死ぬまで変わらないだろう。変わらざるを得なくなった時、辛抱できるのだろうか?出来ないだろうな?

その事を考えると家康の家訓を思い出す。爺ちゃんから書き写して貰った掛け軸の文字。「人の一生は重荷を負いて遠き道を行くが如し、焦るべからず。心に迷い起らば困窮したる時を思い起こすべし。怒りは敵と思え」その先の言葉はさすがに忘れた。

もうすぐ朝です。さすがにもうすぐ秋です。秋の夜は長い。その時が過ぎると今年もあと僅かになる。又、年を重ねる。この歳になると体を鍛えないと裸に為れない。人間、どんなにデカイ顔をしてもこれだけは免れられない。青年は大志を抱け、年よりは体を磨け。余計な言葉でした。ではお仕事頑張って下さい。おやすみです。

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2008年8月26日 (火)

眼から鱗(うろこ) パート2

眼から鱗(うろこ)?知らない、分からない、聞いた事がない。気持ち悪いとも言われた。オイオイ何か勘違いしていないか?ホラー映画でも在るまいし。でもこの言葉日本古来の格言ではない。言われる様に眼から涙なら分かるけど、鱗ではあり得ない。御尤も。(ごもっとも)。

それでもこの言葉、今では物知りか変人でないとあまり口にしない死語になっている。何でだろう?考えてみると自分中心(自己㊥)に考え行動する生活と、人間本能に優しい思考回路と我儘(わがまま)な思いが、必要としなくなったのだろう。

親父の様に年を重ね艱難辛苦(かんなんしんく)(この4文字熟語も死語になっている)の体験が無ければその実感はないのかも知れない。それでも眼から鱗の意味は、見えていなかったものが見える。分からなかった事が分かる。知らなかった事、知りたくても知り得なかった事が分かると言われれば、あなたの気持ちも少しは突き揺り動かされるかも知れない。

分からなかった事、これからも知らないで生きたであろう事が分かると何か大きな得をした気がする。忙しい仕事から解放されてぼんやりとした思いの中で、見知らぬ人を雑踏の中で何気なく観察していると45年前と何も変わらぬ事と、変わった事が見えてくる。

変わらぬ事は街並み(建物と風景は全く違う)と地下通路、変わった事と言えば若い子の人の眼を憚らない(はばからない)・気にしないジャカマシサとイチャツキ。大阪のオバチャン顔負け。外人さんには見せたくない光景も日常だろう。しかし、若さと恥知らずの時も一時の陽炎。そのツケを忘れた頃に請求されてどんな顔をするのだろう。その術(すべ)は神のみぞ知る事を何時、思い知るのだろう。

今日本社に顔を出し、帰りに得正でうどんを食う。これも昨年の12月から定例になっている。変わった事と言えばカレーうどんが茄子の天ぷら、大根おろしの冷しとビールになった。うどんは熱くても冷たくても腰が勝負と言われるが、腰って何だろう?のどごし、腰折れ、腰砕け、腰抜け、腰って感覚、味覚の領域で個人差があるけれど、美味い物にはそれもない。

前置きはこれ位にして今日の本題。それは10年後の自分です。恥ずかしながら親父の生活信条は「1日1生」でした。一日が一生であり一日を無様に生きる事は許せない事でした。真面目さと不器用を誇りとし、妥協を許さない頑固さは何の支えにもなれず、この有様です。

それでも長い間、大事なものを失ってもその事に疑問さえ抱かなかったのは、自己否定になるからだったのでしょう。どんなに愛する人から,大切な人から指摘されても、それだけは認めたくなかったのは何だったのだろう。今、この歳になってどんなに後悔しても後戻りは出来ない。

その事だけを考えていた。しかし、考えてみるとその思いだけでこれからを生きるとしたら余りに惨めかも知れない。幸せな事は残された時間がこれからの生き方で変わる。何かが変わり何かが変わらない。その僅かな分岐点は自分の心の中に在り、自分が変われば全てが変わるかもしれない。それでも変れないのが多くの凡人であり自分かも知れない。

ぼんやりとした思いの中に久々に歩くなにわ筋の息使いを感じていた。路が立派になり高いビルが建ち並木の木々が伸びたのも、埃に塗れた(まみれた)原風景は誰も知らない。これからどれだけ生きたとしても、何時までも元気でいるとは限らない。その為に何を為すべきか?今、その事が問われている。

先日、少し早起きをして空手のかたの練習に行く。流石に60の手習い。昔取った何とかとは言へ、よたよたしている自分が、恥ずかしかった。これからどれだけ続くか分からないが腰と心が安定すると良いな。空手の道は精神の修行に繋がる。

親父のの場合、太り過ぎて恥ずかしながら正座が出来ない。短足、ガ二股だけのせいでも無いだろう。当面の目標がクリヤー出来るのは早くて10月の終わりかも。それよりも遅いかもしれない。それでも良いんです。親父にとって空手の形は太極拳です。

景気対策?当面は試練の時であり身から出た錆びと言うより、経済の流れの必然でしょう。景気が悪いから政府の財政出動をどんなに求めても、今までとは違う政策を求める声が足りないのは、人の褌(ふんどし)(これも死語か)を当てに出来る選挙が近いからだろうか?

アメリカもこの国も新興国と言われる中国、インドさえマクロ(大きな流れ、大勢)的にはこの景況感は暫く続く。大事な事は個人的に何が出来るかだろう。この国の多くの人達がいまだに信じている意識は、甘い。何とかはならない。何とかしなければならない。及ばずながら自分に何が出来るのか考えていないと、そして行動に移さなければもはや、自分は中流ではない。「下流」です。その重みをひしひしと感じる。

これから10年先の自分の姿を鏡に写せ。10年も先の事が分からなければ5年、5年が分からなければ3年、3年位先を見通す鏡を手にしないとお先は暗い。どんな思いをしても自分を支えて呉れる優しい人は簡単に手に入らない。お金も健康も同じです。努力が無ければ何も実現は無い。文句ばかり言いながら生きている親父に浪速の路は、優しく囁いていた。 

季節は巡り本当に涼しくなりましたが、これも一時の事であり本格的な秋の気配は暫く先の事でしょう。体と心を見つめ直して新たなる秋の探索の時が始まります。親父のつぶやきもネガからポジに変わりそうです。(わからん言葉を使うな?)否、君なら分かるでしょう。眼から鱗(うろこ)パート2でした。 

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2008年8月21日 (木)

大気に秋の気配?でもまだ8月

先日から大陸の冷たい風の影響だろうか急に涼しくなる。ほんの2,3日前までは暑い暑いと口にしていた事が嘘に感じる。1年前のブログを見ても26日頃には秋風を感じている。季節は間違いなく変わっても変わらないのは、多くの人々の生活だろうか?

いえ、そんな事もない。徒然草で言われるまでもなく「行く川の水は絶えずして、しかも元の水にあらず、流れに浮かぶ泡沫(うたかた)はかつ消えかつ結びて、久しくとどまりたる試しなし。人の世も又、かくの如し。」 鴨 長明。行く川の水は絶えず。人の世も同じと言われる。

昨年の今頃、景気は長い低迷の時を抜け更なる繁栄の時が期待されていた。あの勢いはどうしたのだろうか?しかし、良く考えてみると国民全てがその恩恵を受けていたのではない。それどころか利益を海外とコストの切り下げに求めていた国内の景気は曲がり角に在った。

景気は緩やかに下降して居るとか居ないとか、訳の分からない景気動向の分析に行政が追われている頃、市場は金余りから金はがしと変化していた。事実を正確に伝えるべき報道の責任が、オチャラケと食いもん、興味本位の絶叫と自己満足に蔑ろ(ないがしろ)にされた。

基本的にテレビや新聞報道に関心が無ければ、今日の有様は抵抗がないのだろう。しかし間違いなく某国営放送の番組向上の取り組みには疑問符が付き、民間放送は論外だろう。テレビを見る時間の多い親父も流石に、見切りをつけた。アメリカのマスコミがスポンサーの広告塔となったように、この国の放送基準も視聴率を超える事は出来ないだろう。

これからはテレビだけでなく、今まで以上に選択と選別が行われるだろう。果物、野菜が買い物客に品定めをされる様に、自分の生き方と考え方、仕事と生活のレベルが問われる。常に緊張感と目的意識を持ち、学習能力を持ち続けても一瞬のミスで水泡と化す事を忘れてはならない。大変な時代に生きる知恵は本を読む事。知識に戯れる事だろう。

アナログの時代からデジタルの時代となっても、人間の賢さは学習する事でしょう。猿でも出来る反省を忘れた輩も少なくない。猿が街中に出て来れば大騒ぎをしても、人間としての必要最小限の行動規範がなくても平然とする感覚は、無視するしかないのだろう。

ならず者、ろくでなし、無頼漢、自己中心、クレーマー(この仕事をするまで知らなかった言葉)…意味は聞くまでもない。クレームを付けて己の気持ち、感情、立場を相手に認めさせる。有無を言わせない。最近は義務教育、行政の場にも少なくないとか。医療の現場にも問われているが、事の本質はそれどれに違う。これからは専門の担当が求められるだろう。

サービスとは何か?問われるまでもなく相手の気持ちを良くする事。言うは易し。行うは難しだろう。求められる事は多種多様。さり気無い言葉と行動の裏には、常識では推し量れない事と予想外の事も少なくは無い。相手が求めている事は、自分の予測の域を超えていると考えて間違いはない。誤解を与えぬ対応は更に学習しなければならない。ホンマに大変です。

明日は暑い日差しの中に秋の雲が見える爽やかな1日でしょう。朝は涼しく心地よい目覚めの時。と言われても親父の起床はお昼前。仕事は14時からです。仕事のレベルはまだ低いけれど、多くの事を学習しています。今日はお休み。今頃の時間、9時前、そろそろ忙しくなります。休みの日でもこの時間、何をしているか、何がポイントか、忘れた事は無くなっている。ホンマに外人さんには理解できない事かも。

日本人はそれ程に多くの事が求められて当たり前です。反面、役人と政治家に求められている事は何と間抜けている事でしょう。経済の立て直しと対策が求められても、政治の思惑と政党の利害が優先するのでしょう。暫くは夏バテと福田おろしの思惑に振り回されるのでしょうか?アメリカの株価と日本の株が更に下がらなければ、政府には打つ手さえ無いのかも。

秋風とサンマ漁の不況は政局に大きな波紋を与えるだろう。サンマ漁だけではない燃料費の高騰は一時の幻で高止まりもなく、ぼこぼこにされる。経済の常識を無視した思惑はその代償を誰に求めるのだろう?買い控えでなく買えなくなった価格にどれだけの時があるのだろう?頂点からの落ち込みは予想以上に早いだろう。

夕方、インスタントラーメンしか食っていないので腹が減る。女子ソフトは2対1で勝っているがこのままでは終わらない気がする。終われば凄い事だが勝負の世界も甘くない。一寸先は闇。勝負も仕事も下駄を履くまで分からない。

これから買い物に行きます。帰ったらソフトの結末もでているでしょう。その時のコメントを入れて今日のブログは御終いです。

買い物から帰って来ました。夜9時を過ぎていましたが、仕事帰りのサラーりーマンとガールで結構賑わっていました。仕事帰りの買い物は結構侘びしかったのは、親父が長い間そんな経験が無かったからでしょう。帰れば夕飯の支度が在り、風呂に入れる事が当然だったからでしょう。もう2度とあんな贅沢は出来ないでしょう。

買い物のポイントカードもやっと作りました。何時も現金で買い物するのを見ていたレジの人から声を掛けられたが、ポイントが割引制度である事が理解できていません。それでもこれからは「カードお持ちですか」とは言われないだろう。

女子ソフトおめでとう。運にも味方されなければ勝負にも勝てない。仕事もそうだろう。いくら自分で片意地を張っても、支えて呉れる人の想いが無ければ何も出来ない。これからはその事が問われるだろう。母さんもその事が今、一番気懸りかも知れない。?

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2008年8月19日 (火)

サブプライムからオルトA

親父の借りた住宅ローンは国民金融公庫と静岡銀行だった。静銀から借りたのは買った家が静岡だったから。大阪と京都の境目の大山崎にアパートを借りたのが新婚の時、静岡浜松に転勤したのは子供達が2歳と9ヶ月の時、一戸建ての家を用意すると言われてその気になる。実際は甘くなかったが賃貸のアパートは会社の補助もあり住み心地は悪くなかった。

あのアパートは銀行の支店長が家主でしっかりしていた。上下左右の物音や振動もなく快適だった。2年住み、そろそろ家をと思った頃天竜川の対岸に38.5坪で1000万の物件あり。28坪位のパナホーム2階建新築、迷う事は無かった。(昭和54年)

大阪では免許も車もなかったが浜松では車通勤は当り前、親父の様に自転車通勤、3キロ足らずの道でも信じられないと笑われた。転勤して間もない頃、経験の無い現地採用のメンバーと夜勤をしている時、夜の国道でパトカーに止められる。「免許証」「げー浜松では自転車でも免許証が要るの?」 不審者と思われたのだろう。

この話は事在る毎に話のネタになる。あの時、夜勤をしながら半年掛けて免許を取る。天竜川の対岸、竜洋に家を買った時には車も手にしていたから問題は無かったが実際は通勤が大変だった。会社、工場が浜松側に在るので天竜川を渡るのが一苦労。あの混雑は今でも変わらないのだろうか?川のこっちと向こうでは住宅価格と環境に大きな差が在った。

でも済めば都、会社も仕事量の目途が着くと一気に拡大する。転勤から2年後、家を買って間もなく新工場が浜岡の手前、大東町に建設される。大阪から転勤した先輩と共に移籍、再びの新工場立ち上げに苦労する。苦あれば楽もあり。通勤は天竜川とは逆方向となる。それでも片道40分のドライブコースは快適でも息は抜けなかった。

2建目の家は新工場も順調になった6年目、仕事は親父の出番も少なくなっていた。それだけ寝食を忘れ必死の思いで、先輩工場に無い生産方式を作り上げていたのだろう。はっきりと物を言う仕事のやり方は激情型で、全く経験のない新人も1人前になるのに時間は掛からなかった。それでも怒りと反発の想いは少なくなかっただろう。

それでも迷う事もなく自分の為でも無く、会社の礎を固める事に全力を成していた。当時の管理者は今は居ない。現代工場の管理者は当時の新人、現地採用者である。今日多くの企業が目覚ましい発展をしているが、同様のケースは稀であり今後同じ事例は無いだろう。

工場の立ち上げの時は本当に苦しく、ゴミなし、汚れなし、仕事無しと共に最初の工場を立ち上げた同僚からも揶揄(やゆ)された。広い広い工場の片隅でお裾分けされた仕事を新人と目を吊り上げながら仕事をしていた頃が疎ましくもある。自分は何一つ手にしていないからだろう。(仕事の評価はそんな物かも。それでも他人には妬ましく思われたのだろう。)

2件目の家は建て売りでは在ったが、広くて快適だった。68坪、木造2階建て38坪?あれは阪神タイガースが優勝した昭和60年。会社では親父の居場所は品質保証だった。今でこそ品質保証の会社での評価は高いが当時、クレーム処理と対策に追われていた。

そんな時の高い買い物、仲間は「何処にそんな金があるの?」。ハトが豆を食らった様な顔をしていた。給料も少なくは無かったが有り余る金もなかった。有ったのは竜洋の土地と建物。1000万足らず(頭金100万)の不動産は6年足らずの間に1.5倍に成っていた。

今日のアメリカの住宅バブルは親父が美味しい思いをした当時とは違う。あれから多くの年が流れても人の思惑は、国境を越えて金融の専門家?を巻き込み国家の在り方さえも危うくしている。経済の専門家と言ってもこの程度であれば笑いものだろう。

この国の住宅ローンの審査は「失われた10年」の前であっても、今日のアメリカ並みではない。昨年の夏頃まではエコノミストの1部しか囁かれず(ささやかれず)、今でも多くの人が知らないアメリカの住宅ローンのバブル。この国のバブルが弾けてもうすぐ20年。アメリカの代償は暫くは続き、この国の経済にも計り知れない打撃を与えるだろう。

昨夜の経済ニュースを聞きながら、我が世の春を謳歌(おうか)していただろう関係者の昨今を思う。資本主義社会の矛盾、過信、そして横暴。金融工学ともてはやされた理論は、机上の楼閣ならぬ砂上の楼閣だったのだろう。構造改革を声高に叫び、このままではアメリカとの経済格差が更に進むと尤もらしく力説していた学者さん、今、どんな口実を考えているのだろう。

最後になりましたがサブプライムの意味がやっと理解しかけた親父に、オルトAなる言葉が加わりました。信用力がサブプライムより在る借り手とか。このクラスのローン返済もとどこうりが多くなれば、アメリカに金融危機は更に深刻になるのだろうか>日本の株価は大丈夫?親父もやっと学者に負けない経済理論が見えて来た?もうすぐ朝です。また明日。

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2008年8月17日 (日)

政府の効果的な経済対策?

親父の夏休みは君の様に多くは無かったけれど、今日で終わり。明日から気を引き締めてやらなければならない。暫くは暑さも続くけれど季節の変わり目は近い。暑い暑いと言いながらペットボトルラッパ飲みをしていると、ロクな事は無い。汗一杯掻きながら蔑みの眼差しと仕打ちを受けた4年前の夏を忘れてはならない。あの時も君に助けられたな。

昨夜は花火祭が在り近くのコンビニで若者に見所を聞かれる。花火は何と言っても近くで見る事、親しい人と見る事、感動と無心な心になれる事、親父の余計なお世話に相槌(あいづち)打つ。今年の花火は家で音を聞きながらテレビを見ていた。あの若いカップルはどんな思いで見ただろう。花火は見る人の想いが夜空に弾ける。だから美しいのだろう。

景気に陰りが現れ政府の効果的なテコ入れ?が求められても、具体的な対策は難しい。言うまでもなく景気動向には好と不が在り、現状は不の入口だからだろう。長い間企業の金余りの時が過ぎ、金不足の時が来たからと言って政府がお金をばら撒く余裕すらないだろう。

お金に執着心が足りなかった親父がこの歳になって、どんなに節約しても多可が知れている。それでもこれからの社会は益々厳しくなり、お金が無ければ生きて行けない時代になるのは必然だろう。社会も企業も国家すら同じだろう。景気が悪ければ良くするのは政府ではなく、国民一人一人だろう。何時までも誰かに頼っていれば何とかなるのは無理だろう。

昨年の今頃仕事をしていなかった頃、稼ぎの種はパチンコだった。今年も御盆も勝負とかそそのかされて近くのパチ屋にはお客が少なくない。盆と正月はお店にとっては稼ぎ時、最近の台はきっちりかっちり、なけなしのお金を巻き上げる。インチキでも何でもない。大当たりの確率が低くてもあの大当たりの感覚が忘れられないからだろう。

政府の経済対策にも同じ事が言えるかも知れない。今日の経済の状況に政府がいささかの責任を感じるとしたら、地方の知事の道路財源の陳情だろう。あの責任は軽くはないだろう。あの時のガソリン価格、灯油の価格を道路財源の為にどれだけ上乗せさせたか、今となっては忘れ去られている。道路財源の確保の為に景気は完全に失速したとは、夢にも思わぬ事だろう。

皮肉な事に地方の赤字空港は、ジェット燃料の値上がりで不採算路線が廃止される。何たる皮肉、何たる無策、何たる無様だろう。関西空港ですらその例外でない。それでも地方の知事達は地方経済の活性化の為に多くの無駄使いを陳情し、自らの肥満体質の改善には取り組まないだろう。何たる無様、何たる有様だろう。

景気対策の中に金融の貸し渋りがある。多くの人は無縁でも東京都の都民銀行は大幅の赤字を抱えている。その原因は金貸しの素人が融資審査をして来たと言われている。金融のプロが厳しい審査をしても貸し倒れが少なくない。そんな企業に税金を投入されても景気対策と言われれば、為す術もないのだろうか・

テレビを見ていると日曜日は競馬がある。中央競馬。国の競馬?親父も馬券を長い間買っていた。正確には勝馬投票券。負け馬投票券ではないのにどれだけ投票しただろう。ドブに金を捨てるとはこの事でも、珠に当り馬券を手にすると止める事は出来なかった。

どんなに額に汗せず何たら感たらと尤もらしい事を言っても、1度でも万馬券(100倍)を手にすれば、尻の穴の毛を抜かれても止めるには無一文になるしかないだろう。負けても負けても競馬場に通える人は、ある意味恵まれているのかもしれない。しかし、幸福には手が届かない人が殆どである。それでも止められないのが競馬であり、パチンコである。

人は何か楽しみが無ければつまらないとか。それも人それどれだろう。飲む、打つ、買うとか言われた時は久しく、今は食う、寝る、遊ぶから通帳の残高を眺めながらニンマリするのがナウいのかもしれない。最近の若者はマスコミで言われるほど経済活力に欠けているのだろうか?これも2極化が進んでいる。世間の風は言われるほど冷たくは無い。そして暖かくもない。

小倉最終12レースが終わる。親父の得意な1200メートル。勝ち馬は逃げた馬か、差した馬。馬券を買っていないのに緊張して画面を見つめている。美味しい配当。多くの馬券が紙くずになっている。暫くはこの国の景気も先手必勝かもしれない。劇的な一発逆転は無いだろう。

足が相変わらず痒い。部屋が西日を浴びて扇風機も涼しくない。テレビでは涼しげなマンション風景が紹介されている。ガラスコンロ(ドイツ製)、高い天井、ゆったりとした居間、今となっては別世界です。それも又、必然の事でしょう。願わくば終(つい)の住家は故郷の生まれ育った様な家でありたい。どんな家?それはこれからの生き方で決まる。

お腹がすいてきました。久しぶりにサウナに入りそれから買い物です。夜、又、お会いしましょう。

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2008年8月16日 (土)

アメリカの軍事力、経済力、そして金融力

昨日は先の戦いでこの国が連合国に(実際はアメリカ合衆国)に無条件降伏した日。戦後63年も経つとその悲惨な歴史すら風化する。「戦争を知らない子供達」と歌われた親父世代が、年老いてくると今日の若者達は、何と呼ばれるのだろう?

格差社会と言われてもその言葉の意味が、多くの人の生き方と考え方の中に深刻には受け止められていない。正確に言えば何時の時代にも生活と仕事、生き方すらも格差が在り社会も企業も地域もその影響下に在る。

資本主義社会の基本的条件が格差であり、競争社会である。持てる者が豊かになり持たざる者は悲惨である。手をさしのべる優しさは空(あだ)であり、下手をすると自分の命取りになる。その事が分かればどんなに高貴な方でも袖(そで)で、顔を隠してその場を立ち去るしかない。

この国の一番の間違いは天下賦武、江戸時代の長過ぎた間抜けな武家社会だろう。経済の成り立ちは武力では断ち切れない。親父の親父が戦艦の砲手で戦いに負けた時、どんなに惨めな思いをしたかを語ることは無かった。

その親父が機嫌の良い時に口にした事は「物量作戦」だった。昨夜のレイテの戦いを見ても精神論では勝てないだけでなく、戦い以前の問題でもある。物量に物を言わせて尊い人命を叩き潰された戦争責任は何処に行ったのか?その事を明確にしないから悲劇は繰り返される。

あれから63年。多くの年を重ねてこの国は目覚ましい経済発展を遂げる。アメリカは当然、それ以上だろうが国民の幸せは如何だったのだろうか?朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラクの戦い。テロとの戦いが今後も続くのか?

この国の平和は軍事的にはアメリカの核の傘で守られていると言われている。親父もそう思う。軍事力を持たないと憲法で定めても国の安全は、日米安保条約のお陰だろう。当然、その代償も求められている。横須賀、立川、岩国、佐世保、沖縄、各地にアメリカの基地は在り、財政の思いやり?も少なくない。これが現実である。

そのアメリカの経済力に陰りが出れば、この国はその補完を強く求められるだろう。しかし、経済のそれがこの国に出来るのだろうか?アメリカの世界的な軍事戦略にこの国が今より深く関わる事に、どれだけの支持が得られるのだろう?

アメリカは好むと好まざるとに関わらず、経済的には日本より発展の可能性の大きい中国との関わりを求めているとも言われるが、果たしてそうなのだろうか?軍事的にはその可能性は暫くは無いだろう。先の戦いで憎しみの思いを重ねた日米が、これから一層の結びつきを求められるとしたら、これも歴史の1ページなのだろう。先の大戦で尊い命を亡くした先人はこの有り様を何と思っているだろう。

金融には金持ちしか関係ないと思っていたが、アメリカの今日の有様はチョツと違う。アメリカンドリームとか経済の基本を無視して低所得者のなけなしの金をかき集めて我が世の春を謳歌していた。この国にもそんな時代が在った。バブル。泡。実態の無い金儲け。

そんな物は長くは続かない。金融の収縮は暫くは続きその代償は600兆を超えるとか。さすがアメリカ。この国とはスケールが違う。この国の失われた10年の代償はどれ位だったのだろう?せいぜい国の1年分の予算位だったのだろうか?

お盆のUターンが始まっているとか。まだ早いと思うが戻って1~2日自宅でゆっくりしたい気持ちも分かる。兄弟と行っても赤の他人がいればお互い気も使うだろう。ご苦労様です。大阪も暑い日が続き、暫くは熱帯夜でしょう。親父は掛け布団を抱き込みながら寝ています。

昨日は久方ぶりに正午の時報の後、戦没者と爺ちゃんに黙祷しました。爺ちゃんの賢さは隔世遺伝で兄貴に引き継がれていますが、仕事に求められる事は阿吽(あうん)の呼吸でしょう。問われるまでもなく答えられる信頼感は並大抵には勝ち取れないかも。侮る無かれ。

難しい話になりました。でも戦争の話は悲しい物語です。その記憶と歴史をないがしろにすれば、人として生きる価値さえないかもしれません。今日と明日、お休みですからもう少し面白い話を考えてみます。ではおやすみです。

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2008年8月13日 (水)

仏壇の埃(ほこり)あー無常。

このばち当たり、仏壇のお供えが絶え毎日のお祈りが無くなり、立派な飾棚も埃に塗れている(まみれている)。その中に心掛けを変えないと身の丈を超えるそれは、安眠の無抵抗のこの身を打ち砕くに違いない。願わくば一撃でこの不心得者の脳天を叩き潰して貰いたい。、そんな思いを見透かすかのように母さんと御本尊様はこの12年間、哀れな親父を見守ってくれた。生きる事の何かを常に問い掛け、悲しい時も空しい時も悲嘆の想いの時も、力を与え微かな(かすかな)息使いを吹き掛けて呉れた。本当にありがとう。感謝と合掌です。

お盆の墓参りは出来ないけれど、仏壇位は綺麗にして夕食の買い物の時、最後まで口にした巨蜂とミカンを買ってきます。この暑さの中でも多くの生き様と想いが在ります。、暇つぶしにテレビを付けているとオリンピックか高校野球ですが、手を合わせて亡き人の事を想うのもこれからの生き方に、何かの力にはなるでしょう。為らなくてもそう思えば良い。 

景気動向に明確なシグナルが出ている。「赤信号」悪い冗談で皆で渡れば怖くないとか。そう言われて思い浮かぶのは、大阪人のマナーの悪さ。信号無視は当り前。流石に大通りでは少ないが、近くの道では最近、平然と自転車でも行われる。親父も夜、銭湯に行く時やっている。アカンで死ぬでと思っても当人は安心している。(何で車が来ないのに待つの?)

自転車置き場も同じ。これは関西だけでなく東京も最低。(みんなで止めれば怖くない)。行政もいくら片付けても何の策にもならない。決めては徹底的に金を掛ける。それしかない。駅前、商店前、コンビニ前、チャりの放置は当たり前になり、撤去されても引き取りに来ない。

放置の理由は色々あるが一言で切り捨てるなら自己中心。他人の迷惑は無視。その癖、逆は許さない。自分の立場を最大に協調し、相手の立場は考えない。ばち当たり。こんな輩とまともな話は出来ない。見て見ぬふりしかない。最近、弱い人を平然と殺傷しても罪の意識がない。自分達はどんなに関係ないと思っても、災難は相手を選ばぬ事を忘れてはならない。

どんなに罪を憎んで人を憎まずと言われても、当事者には関係ない事だろう。親父がこの歳になっても青臭い精神論と感情の吐露が出来るのは、ある意味幸せでありお目出度いのかもしれない。この国が素晴らしい国だと信じている人に是非見て貰いたいドキュメンタリーがある。8月15日PM10.30分NHKスぺシャル。人はどれだけ無知であるかが分かる。

それでも親父達には戦争体験は無い。憲法9条で陸、海、空軍の保持が認められず、国際紛争を解決する手段として放棄されたのは何であったのか、今一度、考えてみると良い。暑い夏は唯、単に暑いのではなく、若くして死んでいった多くの人の思いでもあるのだろう。

この戦争の無い時代に生きる一人一人が、人の命の重みを軽んじた時過ちは繰り返される。眼には眼を、歯には歯を、テロとの戦いでイラクでは今も尚、尊い人命が失われている。遠い過去のこの国の南の戦いが、どれほど悲惨で無意味であったか映像は語るだろう。

京都五山の送り火を観光バスで追った夏の日は、どれ位前の事だろう?今年は暑い部屋で暑い思いをしているでしょう。お盆と正月は田舎で過ごす事が多かったが、一人になって帰った事は無い。帰る場所は二人揃ってでないと無い。来月の13回忌を終えると次は何時になるのか、今はそれも分からない。空手の形がある程度出来る様になれば、親父の終(つい)の住家は山間か谷間になるかもしれない。(それまでは頑張れ)

お腹が減ったので買い置きのわかめラーメンを食ったら、仏壇を綺麗にして買い物に行きます。明日は仕事。暇があったらまた書きます。

買い物の前に銭湯に行き汗を流す。先客は少なかったけれど刺青の般若が視界を妨げる。親から貰った大事な体を粗末にしては閻魔大王の面接には受からない。それでも平然とした態度に多くの思いが感じられ哀れでもある。「余計な御世話」その通りでもある。

買い物は巨砲と桃、母さんは桃には余り関心は無かったが、寿司は好きだった。親父は半額の寿司は買うが定額のそれはほとんど買わない。酢の効いたシャリと新鮮なネタは専門店でないと期待できない。それでも寿司はスーパーでも贅沢品かも知れない。味は期待外れ。680円ではこんなもんだろう。反対に久々のビールとナムル(韓国の漬物?)セットはОKでした。

消費者の買い物指向は単純です。良い物が安くと言われたのは高度成長の昔話かも。今はトレンドとか感覚、そして気持ちだろう。安物にはそれだけの価値しかなく、高い物には値ごろ感が求められる。良い物はお金を貯めて買い、安物には中々手が伸びない。これが今の実情だろう。政府とか行政に求められる事はそのお手伝いしかない。何か主と従に思惑の違いが平行線のまま、重ならないのは何故だろう?皮肉にもこの現象は暫く続くだろう。

景気は思惑に左右されるが、基本的には収支のバランスと先行きの安心感だろう。この国の財政と政治の在り方にどんなに外人が理解できなくても、世界的にはアメリカに次ぐ経済大国である事に間違いはない。アメリカの経済の失速はこの国にも大きな余波となるだろう。それ位の事は普通の経済知識があれば分かる。その事が現実になった時、どんな生き方をすれば良いのか問われるだろう。今はその大筋すら分からない。

仏壇は綺麗になりました。大雲院の大和尚が御本尊様に魂を入れて呉れた日が思い出される。あの時は静岡で仏壇買って間もない時、あれから多くの時が流れ今日が在る。優しかった大和尚は天上でどんな生き方をしているのだろうか?いずれ会える。その時までのお楽しみかもね。

それでは巨峰のお裾分けを頂いて再チェンです。またお会いしましょう。

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2008年8月12日 (火)

アドレスブック

母さんが作ったアドレスブック。名前と住所、電話番号が記入されている。二人で居る時には見る時は余り無かったけれど、改めて見てみると多くの人と母さんの繋がりが分かる。それだけでなく親父の仕事場、連絡先、子供の親友の名前が書いてある。

一人になって今年で丸12年、余り見たくない自筆のアドレスを余程の分からない事が無い限り、眼にする事は無かった。今日、久しぶりに仲人のお母さん(通称)の電話を調べる為に見る。予想に反して記入は無かった。書くほども無かったのだろう。それでも御爺さんの名前とお父さん(仲人さん)の電話番号は、しっかり書かれていた。それで充分だった。

久しぶりに電話をする。話をしたのは3年前の梅雨の時、義理の母が亡くなった時だった。電話の声は元気だったけれどお互いの歳を重ねて、今はあの時の若さは無い。結婚したのは28の時だからそれも言わずもながか(言うまでもない)。母さんの月命日に言葉を交わしていた義父も入院した。

数年前に亡くなった大雲院の大和尚から言われた言葉を忘れていない。「人には寿命が在り、何人も定めに逆らう事は出来ない」「どんなに悲しい思いをしても、反対に嬉しい思いをしてもその事は忘れてはいけない」。義父も愛しい娘と連れ合いを亡くしてどんなに悲しい思いをしただろう。記憶と記録をなくした人は今、何を思っているのだろう。記憶の片隅に来月の13回忌は在るのだろうか?その時までは何としても頑張れ。非情と言われても掛ける言葉は他に無い。

暑い日が続いている。それでもこの暑さも涼しさに変わり、寒さの時を迎えるのも遠い先の事ではない。人間万事塞翁が馬(この言葉の意味は本当に難しい)。左程に私達の廻りには些細な事が多すぎて振り回されているのかもしれない。

昨日と今日、お休み。昨日、空手の形の練習を見に行く。感想?一言で言えば凄い。親父がこの歳になってもやりたかった太極拳に似ていた。体と心の飽くなき戦いは自分自身だろう。無様な体形は半年で変えられる。煙草を止めパチンコを止めた親父がガンジーになった時、親父を知る人は唖然(あぜん)とするに違いない。それは来年の春、証明されるだろう。(生きていれば・・・)(生きているよ・・・あんたはしぶといから)母さんの囁きが聞こえる。

日中の暑さは半端ではない。西日の当る部屋は扇風機の風が熱風になっている。さすがの親父も夕方からサウナに出掛けている。一時、体調が変調しサウナも止めていたが、肌のベトベト感と痒み(かゆみ)を取るには湯船では駄目。そんな口実を付けてサウナ入浴を正当化している自分が可笑しい。

それでもサウナは間違いなく元気でないとしんどい。親父は意外にも首の関節に詰まりが在り、左手に痺れが出て久しい。近くの整形外科で診断されて2年近くになるが関節のそれは牽引するしかないらしい。余りに短純で今はやらなくてもしびれも改善されている。それがサウナに入ると首が重くなるから面白い。人間の首は健康な時には実感がなくても、頭と心臓を一身で支えている事を忘れてはならない。

そんな訳でラジオ体操壱の首の運動に余念がない。先日の空手の形の練習でも準備運動でやっていた。首の運動は欠かせなくなってもサウナは欠かせない。暫くはそんな暑さが続くのだろう。暑い暑いと言っても余計暑いだけ。願わくば暑さ対策を身に付けるべきだろう。

御盆休みを迎えて株価に復調の動きが在る。福田政治の内閣改造も僅かながら支持率を回復しているとか。円高から円安の動きも加速し、ドルの価値が見直されている。景気予測は難しくても間違いなくアメリカの信用収縮は収まっては居ない。

何も変わらないのではない。何かが間違いなく音をたてて廻り始めている。その物音と足音の確かさに気付く感性が求められても、僅かにしか答えられないだろう。その答案用紙に明確な答えが書けるのはどれだけだろう?それが求められている。

難しい話をしていたら、本当に首が固まりつつある。「おーいお茶」をラッパ飲みしても変わらないので今日は早いけど床に着く。心配しなくても横になりお気に入りの枕を首に差し込めばノー、プロブレムです。大丈夫かな?大丈夫です。今日は仕事です。では又。

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2008年8月 8日 (金)

暦に上では立秋、これからは残暑です?

これからは残暑と言われてもそんな感じはしない。酷暑と言われても驚きもしない。暫くはそんな時が続くだろう。今年の夏は久々に暑い。夏と言えば積乱雲がモクモクと迫り出し、蝉の声と照りつける日差しが滴る汗を加速していた。そんな暑さとはイマイチ違う熱風。地球温暖化の言葉を身にしみて感じても、一般市民には他所の国の取り組みにしか感じられない。

3日間の勤務を終え昨日はお休み。今日から2日間仕事の後、20日まで休みは多くなる。暑い夏、暑い暑いと言いながらそれでも確実に秋の気配を感じる時も、そう遠くは無いだろう。一か月前の健康診断の結果が出る。中性脂肪が多い。この夏の終わりには少しは少なくしなければアカン。体重と胴周りは着実に減っている。後は食い物だろう。

景気の先行き不安が深刻化している。賃金収入に増加が無ければ消費の伸びもなく、景気の下振れは当然でありこれから暫くは不透明の時を続けるだろう。そんな事は関係ないと思っていたが日々の生活にその現実は、確実に現われて世知辛くなっている。

優しい心、思いやりの心、相手を思いやる心、この国の世界に誇る賢さは何処に行ったのだろう?何時でも出来る事を先送りにしながら、痛みだけは平然と弱者に押し付ける政治と経済は今に始まった事ではない。そして何時までも続く事でも無い。

今年の夏は久々に暑いが、アメリカ経済はもっと暑いと言われている。ニクソンショック、ブラックマンデーより深刻な経済危機は、日本経済にも大きな影響を与えるだろう。しかし、世界のどの国よりも危機対応能力?が高いこの国は間違いなく克服するだろう。何を?それが問われている。年老いた老い先短い感性でなく、若き瑞々しい(みずみずしい)心が問われている。しかし、この国にそんな活力が残っているのだろうか?いずれ歴史が証明するだろう。

一刀両断。良い言葉で親父の好きな言葉です。一太刀で真っ二つに断ち切る。速やかにハッキリした処置。複雑怪奇な世の中で多くの利害が絡み、中々そうは行かないけれど気持ちの良い仕事はそう有りたい。惜しみながらも惜しまない。良い言葉ですが行うは難しです。

仕事のレベルは少しづつですが上がっています。自分で言うのもおかしいが、この年でもその気になれば出来る。出来無い事は自分の作った壁です。両手を真上に上げると良く分かります。自分で出来ると思っている事がどれだけ正確でないか、心と体はそれだけ不確実です。常に自分に厳しくそして優しくありたい。では又です。

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2008年8月 3日 (日)

500円玉19個。後どれ位?

四万十川のり佃煮、醤油味、空瓶の500円玉貯金?19個入る。貯金に?が付いたのは正確に言えば親父の思い入れが詰まっている。どんな思い入れ?それは内緒と言いたいがそれ程の物ではない。平成19年の刻印入りを入れていたが、中には昭和五十九年とかありその内に思いでの年が入るかもしれない。

この瓶にギッシリ詰め込めば前にも書いたが、100個入るだろう。そのまま、銀行に持って行くのはつまらない。何かにつけ、枚数を数えながらニンマリするのだろうか?昨年の暮れからこの仕事を始めて痛感する事は、何気ない言葉と態度に多くの反応と言葉が重なる。

それでも間違いなく確実に前進している。仕事に面白さと喜びを感じる余裕は未だ無いが、それまで分からなかった事、厳しい言葉を浴びた意味が体にしみ込んでいる。仕事に求められる事は絶対的信頼度。ささやかなミスと不規則発言が許されない。

経験不足の時、怒鳴られている意味が分からずに聞き返した事もあるが、さすがにそれも少なくなりマイペースで仕事が出来る様に成っても、不慣れな時を忘れてはいけない。それが出来た時、表情と行動に微かな(かすかな)余裕が出れば良い。

人は愚か(おろか)です。自分の及ばざる事を棚に上げ人のそれをあざ笑う。自分が失敗の体験を重ねても本当には人に伝える事は難しい。今、その試練と戯れている(たわむれている)。間違いと人に指摘された事に謙虚であれば、どんなに愚かでもミスを繰り返す事は無い。それが成長と信頼の証かもしれない。

暑くなると人を思いやる気持ちが少なくなる。これから暫くはそんな時が続く。皆んな暑い暑いと言いながら、汗を拭いながら水分補給をしている。親父は4,5年前、駐車場の出入り口で交通誘導をした経験が在るので、言われるほど気にはならない。水分補給も少なめ。今年の暑さは例年になく厳しい。汗を掻きながら(かきながら)進歩したい。

景気はバカンスの時を迎えこの暑さとは裏腹に、大きな変動は無いだろう。オリンピックは注目されても中国の1部分しか分からないだろう。アメリカ、日本の経済成長とは異なる大国は世界に向かって何を発信するのだろう?。これから暫くの間は目が離せない。関係ないとは言えないだろう。

内閣も改造されたが国民の為に何が出来るかではなく、自分たちの生き残りの為だろう。政治に求められる事は単純明確、財政の立て直しだろう。多くの事を求められても先立つ金が無ければ歳出カットしかない。小泉改革で声高に叫ばれた構造改革は一体何だったのだろう?福田政権の支持が回復はなく早ければ今年の暮れは政権交代だろう。間違いない。

それ程に景気と財政危機は切迫している。自分が買い物をしてみればよく分かる。消費者は2極化され圧倒的に財布のひもが閉められている。締めるしかないのだろう。商品のコストが上がり20~30円の値上がりで買ってもらえない。已む無く(やむなく)元に戻す。

ガソリン価格にもこの傾向が在る。さすがに仕事に使う車にはそれも限度が在り、やむなく給油していたがそれすらも儘為らぬ(ままならぬ)と言われる。仕事に車を使えぬならどうするのだろう?大体、何処かの政治家が言っていた「環境の事を考えると今のガソリン価格は安い」あの言葉は政治不信以外の何物でもないだろう。

暫くは大変だろうが(そんな状況ではない)、これこそが皮肉にも声高に言われた構造改革だろう。高速道路の車が少なくなり、プロドライバーは走り易くなっていると思いきや、高速道路代も払えぬ中小の運送会社も少なくないと言われている。運転手の年齢も年寄りか若者しか居ないのだろうか?暑い夏、運転手も命を賭けてこの時も走り続けている。

自分の事ばかり考えていると本当に多くの事を見失い、罰あたりの生き方をしてもカエル(蛙)に小便だろう。(ケロケロ)。失礼。

これからラジオのお買い得と9月の旅行カバンを買いに行って来ます。(気に入れば)帰りにフランスパンとコーヒー、出たばかりの幸水梨を求めて来ます。今日はお休み。明日から3日仕事です。西日が当たるこの部屋も流石に暑い。新築マンションのビデオを見ながらどんな人が住めるのか、考えています。30年ローンと年収000以上でしょう。お呼びでない?

ラジオはヴィンテージとは名ばかり。電波は入るが子供だまし。1千円では安すぎる。旅行カバンは買わなかった。これも5~6千円では安すぎる。気に入った物を手にするには、それなりの対価も必要だろう。パンはブドウパンしかなくそれなりに満足。柔らかい生地にブドウが一杯。コーヒーは買わなかった。

今夜も質素なご飯。備後漬物のえびキムチだけ。しかしこのキムチは要チェックです。白菜とアミエビの辛みが何とも言えない。これだけで熱いご飯があれば充分です。メタボなお腹も最近は凹んで来た。つくづく感じるけれど自分の体は生き方そのもの。心掛けで何とでもなる。(出来ない事もあるけれど・・・)

最後に夏バテと熱中症対策…天然水の1ℓペットボトルに適量の蜂蜜を垂らしシェイク(混ぜる)。シジミのインスタントみそ汁。これにフリーズドライのきざみゆずをパラパラと入れる。君の対策はどうですか?これから桃食って早めの銭湯です。サウナと行きたいのですがイマイチ首周りの血の巡りがすっきりしないので止めています。体の変化には自覚が必須でしょう。

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