暑き日を海に入れたり最上川
芭蕉は奥の細道でこの句をどんな思いで詠んだのだろう。今と違って最上川の水量は多くその勢いは、酒田の暑さをも日本海に押し込んでいると感じたのだろうか?大阪は明日から天神祭、暑い暑いと言いながら大川の流れにはその勢いは無い。うだる様な暑さの中に一時でも清涼感を感じるのは皮肉にも、サウナの後の一杯ではなく白ブドウとナタデココのゼリーかも知れない。
久しく納涼の旅には出ていない。暑い都会の眠れぬ夜から解放される時は、その気になれば何時でも出来る。出来ると思っているから出来ないのだろう。きっちりかっちり日時と場所を決めなければ、今年の夏も又、これまでと変わらぬ暑い夏に終わるだろう。
子供達が幼い頃から夏の日の思いでは山と川だろう。山と言えば飛騨高山と奥飛騨温泉郷西穂高ロープウエー。川と言えば大井川、杉川、気田川。いづれも過ぎし日の幻であり、陽炎(かげろう)でもある。あれから多くの年が流れ年は取っても自然は何も変わらず、再会の時を待っているに違いない。必ず行こう。必ず老いの時を迎える前に。そう考えれば日々の苦労も大いなる支えに違いない。
昨日と今日は仕事は休み。明日一日仕事で金曜日と土曜日休み。それから3日仕事。そして2日の休みで今月は終わる。最近は不手際と不規則発言が重なり厳しい叱責を受ける。多いに凹んでいるがこれしきの事に弱音は吐けない。今までの事を思えば之もまた、試練である。
最近、痛感する事は「己のミスは人に転嫁してはならない」。人の所為にするからムキになる。自分の言葉と態度に問題があり、その事を指摘されている。それが分かれば態度も変わる。仕事は真剣勝負。食うか食われるかである。その事を今一度、問われている。
自分を余り追い込む事は結果的に逆の効果となる。肩の力を抜いて今一度、自分の仕事の有り様を変える。その事が求められている。人の事を考える余裕は無い。国の無様な姿も今年の夏と同じだろう。親父のつぶやきも何の支えにもならないだろう。
「何かが変わる」「全てが変わる」そんな歌があった。そんな思いを強くした事もあった。親父は単純だから自分の思いを平然と口にする。結果と相手の思いもあまり考えていない。これもこれからの仕事を考えれば変えた方が良い。自分の思いに相手の思いが重なるのは奇跡かも知れない。鶴の恩返しの意味が最近になって分かって来た気がする。
今日は禿頭の散髪に行って来ました。本当は剃髪(ていはつ)の気分でしたが、それ程の髪の長さと黒さもなく変わり映えもなく、気分一新とは行かずそれでも心は日々あらたです。暑い夏、夏バテしないで美味い鰻でも食いましょう。
ナイターが終わりました。阪神の完敗です。しかし、勝利の女神は相手にほほ笑んだだけで今シーズンの優勝は時間の問題でしょう。これほどの圧勝の予測はシーズン前にどれだけの人が出来たでしょう。勝負の世界は事ほど左様に厳しい。況や(いわんや)仕事でも。
経済的事情で公立高校の中退者が多くなっていると言われる。親父達の時代とは様変わりとなっている。世の中はどんなに変わっても人々の生きる時代と生き延びる時代は変わらない。大事な事は不撓不屈の精神かも知れない。
明日も暑い一日になりそうです。無事仕事が出来る様に精進します。
| 固定リンク


コメント