老眼鏡のレンズ紛失
10年前に新調した老眼鏡が昨年親父の不注意で片側のレンズが外れた。それ以来しばしば外れて昨日ついに紛失した。フレームから外れて何処かに行った。買い替えの最後の抵抗だったのかもしれない。長い間のお付き合いに感謝しながらメガネ屋に行く。
しかし今日は祭日。先客がいた。簡単には作れない。今はメガネがないと新聞も読めないので100均で100円のメガネを手にする。「老眼鏡は100円でも良い」これは嘘だと実感する。100円には100円の価値しかない。10年前は3万のメガネを買ったが今度はいくらにするだろう?1万以内で決めたい。
今、この国の経済の先行きにイエローのシグナルが点灯している。しかしその実感はほとんどの人にない。どうしてだろう?人事だと思っているのだろう?それともそんなの関係ないと思っているのか?イエイエ関心はあっても如何ともし難いのが実態だろう。
それにしても今年の景気動向は、景気のリード役をしてきた輸出企業の足踏みが影響してしばらくは良くないだろう。政府、行政には多くの期待が寄せられても打つ手は少ない。考えてみれば選挙の度に国の財政に多くの事を期待する団体、組織の圧力が景気の足を引っ張っているのだろう。
これからのこの国の景気は一括りでは語れない。どんなに景気が良くても悪くても関係ないと言える人も少なくないだろう。しかし間違いなく経済的に余裕のある人は多くはない。国内経済は良くなる要素は小さい。アメリカの経済に活力がなければこの国の経済は一体どれくらいの明るさがあるのだろう?
その答えは残念ながらない。そんなアホなと思いながらもこの国にはアメリカの様なダイナミックな力はないのかもしれない。よきにつけ悪しきにつけアメリカには政権交代があり、この国にはそれがない。黒人の大統領が万が一ではなく現実の問題となってもこの国の多くの人は政治に無関心を決め込むのだろうか?
そんな気がする。若い人と話が出来る親父があまりに少ない。これからの政治も経済も景気動向さえ左右するのは50代以下の世代の動向だろう。今春の労使賃金交渉の注目点を日経でアンケートしているが笑えない厳しさがある。「賃上げなければ消費切り詰める」
どんだけの賃上げが期待できるのだろう。この国のナンバーワン企業トヨタの賃上げ要求でも1500円と言われる。実態は生活だけで余裕のない消費動向はしばらくは続くだろう。そんな中で仕事が出来る人は本当に感謝の気持が大事かもしれない。だろう?
感謝の気持ちと言えばこの言葉の意味は本当に深い。なんのこっちゃと思う事が少なくない。人の非難を平然としながら己の思いを語っても感謝の気持ちは伝わらない。本当の感謝の気持ちに理屈はない。誰にも在る思い。それは悪意を感じさせてはならない。
この2ヶ月の体験の中で学んだ事は人の思いは様々で単純ではない事です。色々な思いの中で力関係を敏感に感じ取りながら話をしている。今は士農工商の身分もいわれのない差別も死語と思われていたが、そうではない。その事を毎日噛みしめながらマイペースで仕事が出来る様に心している。
口は禍の元と言われるがそうではない。謙虚さと頭を下げる誠実な思いがなければ誤解を生む。完全無欠な人はいない。足らざれば補うべし。毎日が学習です。少しづつ慣れて来たが調子に乗るな。毎日、手帳に書くミスも少なくなっても気持ちはまだまだです。
お客の財布のひもが締まればお店の売上は下がるだけでなく今の仕事のスキルを上げないと生き残れない。この事は親父にも大きな刺激となる。生意気な態度は許されない。しばらくは人の振り見て我が振り直せです。
お休みの今日、前住んでいた所の大家さんちに行きました。久々に心開いて大笑いのネタは親父が提供していました。短い間に人間が変わったのではなく違いの部分が可笑しかったのでしょう。人は幾つになっても童心に帰れるのでしょう。涙を流しての笑いの種は親父の高いテンションでした。「いらっしゃいませ。ありがとうございます。」親父の変り方が余りにも可笑しかったのでしょう。人間は幾つになってもチャレンジの心があれば心の底から笑いの思いが込み上げるのかもしれません。
明日も休みです。今月はそれから休みが少ない。明日はメガネ屋とズボンの寸法直しに行きます。ブログも暇があれば書きます。では又。
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