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2008年1月26日 (土)

ガソリン国会 論議は低調

来年度予算の論議が始まっても盛り上がりに欠ける。何故だろう?多くの人の生活基盤が脅かされてもそれでも道路予算の論議しかないのだろうか?地方の知事達は疲弊している経済基盤の立て直しは他にはないのだろうか?こんな代表の言葉を多くの人々は支持しているのだろうか?大阪では明後日府知事の選挙があるが争点は何処にあるのだろう?

皮肉にも総理は今夜ダボス会議に出発した。世界賢人会議に出席の為とか。自分たちはまさか自分たちで賢人と思っていないだろうが、昨年出席した東京都知事はその成果を自画自賛していた。わざわざスイス迄出かけて顔を合わせて何を語り合うのだろう?

今、この国の難題を語る言葉は非常に難しい。福田総理の指導力も問われているが一方でテロとの戦いをしながら、その解決の糸口すら提言も出来ない世界の賢人とはどんな人達だろう。年明けから続いた世界の株安にストップが掛かりひと安心だろうか?

この頃賢さを感じる事例は少ないが、金余りの経済の実態を語れる人が本当は偉いのだろう。多くの親たちは生活の安定を求めるけれど今、次の世代だけでなくこの現世を生きる多くの凡人は賢さとは何かを一度、考えてみる必要がある。

親父の場合、久しぶりに仕事をしてみて若い頃面倒みて呉れた工場長の言葉を噛みしめている。「賢さとは無縁でいい。馬鹿になれ。」この本当の意味をこの年になって分かっても遅いかもしれない。それでもこれからこの仕事を1日でも続けたいなら馬鹿になるしかない。

大阪ではアホ。しかし最近の大阪ではこの言葉は「アホの坂田」しか通じない。面と向かってアホかと言われて笑える人は本当に少ない。それでも賢い生き方はしているのだろうか?大阪の地盤沈下が進んだのは歴史的には関ヶ原の戦い以後でなく明治維新以後かも知れない。文明開化の繁栄は今でも東京一極集中しかないのか?そうではない。その兆しを語れる人が真の賢人かもしれない。

生活必需品の値上げが必須になりつつあるが消費者の買い控えはすでに始まり、買い物客の財布は厳しくなっている。安物買いの銭失いが昔話となり今ではオリジナル(自社開発)代替品を、どれだけ揃えられるかの勝負になりつつある。

経済の常識を見失いつつある今日、これだけ材料と物量のコストが上がっても物価と物流運賃が上がらないのはむしろ異常と言う他ない。そのしわ寄せがコストに転嫁された時、消費者と荷主はどう対応するのだろう。この国の賢者にはその答えにどう対応できるのか?

今日、来月から始まる確定申告の資料(証明)を市役所で貰う。国民健康保険料の支払合計金額。昨年は税務署で要らないと言われたが親父のような年寄りの申告には必要アイテム。年金生活者に給与所得があると源泉徴収票とこれらの手間も惜しんではならない。

今年の春、地方税がびっくり多くなった時、その分は所得税が少なくなると尤もらしい説明をどこかで聞いた事を確認したがどうもわからなかった。それでも丁寧な説明を聞きながら三位一体改革(税の地方移譲)の矛盾を感じていた。(これから住民税、健康保険料の個人負担は低所得者だけでなく多くなるのだろう。これは間違いない)

それでも仕事をしている時は馬鹿にならなければならない。どんなに理不尽な要求をされても対応出来る能力は理屈ではない。今日の顧客には信じられない輩がいる。顧客だけではない。意外に身近な仲間でも信じられない行動がある。上に弱く下に強い。その対応はいかに上手く出来るか否かだろう。悩むことはない。寅さんのドラマが受けたのもそこら辺に答えがあると感じている。どんなに尤もらしい事を云っても優しさの無い言葉は通じていない。

昨日と今日はお休み。ゆっくり英気を養い日曜日から新たな思いでぼちぼち行きます。

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