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2008年1月

2008年1月29日 (火)

全ては自分の為 全てはたが為

今更、たが為に鐘が鳴るとは思いの1%もない。全ては自分の為です。人の為に成る事をこの年になっても何一つした記憶もないが、残り少ない余生を惨めに生きるのではなく、憎まれ口を叩きながら思いのままに生きるにはこれからの生き方が大きい分岐点になる気がする。

何も自分自身の事ばかりでなく、多くの人々に天上天下唯我独尊、語り語られているがどれだけの人にその言葉は届いているのだろう。悩む事も苦しむ事も何もない。全ては自分の為。人の為ではない。仕事の流れとポイントも段々分ってきた。これからは全ては自分との戦い。どんなに不快な思いをしても家康の遺訓を思い出せ。長い間、見失っていた言葉。「人の一生は重荷を背負いて遠き道を行くが如し。心に迷い起らば困窮したる時を思い起こすべし。」 家康嫌いの爺ちゃんが教えてくれた言葉。そんな生き方をしなかった罰を今受けている。

大阪府知事の結果を聞いた時、同じことを思う。大阪の再生はぶち壊されてしまった。親父ごときの思いは完全に吹き飛び、訳の分からない事、出来もしない利権の排除を声高に叫んでも改善の兆しさえ期待できない。何時からこんな大阪になったのだろう?

昨夜の遅い時間、某国営放送で日米の軍事同盟が深まっている一部を伝えていた。爺ちゃんの乗っていた戦艦が金剛。3年前、息子と行った先島諸島の先、台湾沿岸で沈んだ。今この国の在り方が論議されているが、60年たってもアメリカと対等の同盟関係には成れない。

皮肉な事に戦艦金剛は60年の後、イージス艦金剛として甦る。戦艦はアメリカの敵艦だったがイージス艦はアメリカの最新の軍事技術の固まりである。技術は軍事機密であり一隻どれ位するのだろう。日本とアメリカの軍事同盟は多くの人が知らない間に、切っても切れない関係になっている。よきにつけ悪しきにつけこの国のミサイル防衛はアメリカの最新軍事技術なしには成り立たない。

しかしアメリカはこの国をそれほど信用はしていない。軍事技術の多くはブラックボックスであり提供された最新の技術もお金だけで無い事を、どれだけの人が理解しているのか?この国はアメリカのパートナーの域を超え一心同体となりつつあるお墨付きを誰が与えているのだろう。

それでもアメリカは日米安保の担保を持ちながら、他方ではアジアの大国は中国との思いは変わらない。これからますます両国の利権が重なる時、アメリカは日本の思いが必ず重荷となるだろう。その時どんな選択をするのだろう。情けない事にこの国のリーダーにその対応を語れる人がどれだけ居るのだろう。少なくともその時はそんなに先の話ではないだろう。

北朝鮮の日本人拉致の問題の解決に進展がないのも、どれだけの人々の思いの強さがあるのだろう。マスコミの一時のヒステリックな対応に振り回された当事者の悲しみに同情の言葉もない。言葉が踊ると野党を批判する政府与党の取り組みにどれだけの期待が出来るのだろう。アメリカの正義は何処までが本物だろう。

株式市場の混迷はこの国の政治と経済だけでなく、人々の生活に多くの課題を投げかけている。どんなにアメリカが金融の大国と自画自賛しても、今回の信用不安はしばらくは引きずりながら、多くの見直しを迫られるだろう。1つは不安材料の解消。併しこれは日本のバブル解消の時より難しい。表現はよくないが人のフンドシでスモウを取ってはいかん。自前の活力がどれだけあるか、この国と同じ事が問われている。

明日はまだ仕事です。遅くなったので寝ます。

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2008年1月26日 (土)

ガソリン国会 論議は低調

来年度予算の論議が始まっても盛り上がりに欠ける。何故だろう?多くの人の生活基盤が脅かされてもそれでも道路予算の論議しかないのだろうか?地方の知事達は疲弊している経済基盤の立て直しは他にはないのだろうか?こんな代表の言葉を多くの人々は支持しているのだろうか?大阪では明後日府知事の選挙があるが争点は何処にあるのだろう?

皮肉にも総理は今夜ダボス会議に出発した。世界賢人会議に出席の為とか。自分たちはまさか自分たちで賢人と思っていないだろうが、昨年出席した東京都知事はその成果を自画自賛していた。わざわざスイス迄出かけて顔を合わせて何を語り合うのだろう?

今、この国の難題を語る言葉は非常に難しい。福田総理の指導力も問われているが一方でテロとの戦いをしながら、その解決の糸口すら提言も出来ない世界の賢人とはどんな人達だろう。年明けから続いた世界の株安にストップが掛かりひと安心だろうか?

この頃賢さを感じる事例は少ないが、金余りの経済の実態を語れる人が本当は偉いのだろう。多くの親たちは生活の安定を求めるけれど今、次の世代だけでなくこの現世を生きる多くの凡人は賢さとは何かを一度、考えてみる必要がある。

親父の場合、久しぶりに仕事をしてみて若い頃面倒みて呉れた工場長の言葉を噛みしめている。「賢さとは無縁でいい。馬鹿になれ。」この本当の意味をこの年になって分かっても遅いかもしれない。それでもこれからこの仕事を1日でも続けたいなら馬鹿になるしかない。

大阪ではアホ。しかし最近の大阪ではこの言葉は「アホの坂田」しか通じない。面と向かってアホかと言われて笑える人は本当に少ない。それでも賢い生き方はしているのだろうか?大阪の地盤沈下が進んだのは歴史的には関ヶ原の戦い以後でなく明治維新以後かも知れない。文明開化の繁栄は今でも東京一極集中しかないのか?そうではない。その兆しを語れる人が真の賢人かもしれない。

生活必需品の値上げが必須になりつつあるが消費者の買い控えはすでに始まり、買い物客の財布は厳しくなっている。安物買いの銭失いが昔話となり今ではオリジナル(自社開発)代替品を、どれだけ揃えられるかの勝負になりつつある。

経済の常識を見失いつつある今日、これだけ材料と物量のコストが上がっても物価と物流運賃が上がらないのはむしろ異常と言う他ない。そのしわ寄せがコストに転嫁された時、消費者と荷主はどう対応するのだろう。この国の賢者にはその答えにどう対応できるのか?

今日、来月から始まる確定申告の資料(証明)を市役所で貰う。国民健康保険料の支払合計金額。昨年は税務署で要らないと言われたが親父のような年寄りの申告には必要アイテム。年金生活者に給与所得があると源泉徴収票とこれらの手間も惜しんではならない。

今年の春、地方税がびっくり多くなった時、その分は所得税が少なくなると尤もらしい説明をどこかで聞いた事を確認したがどうもわからなかった。それでも丁寧な説明を聞きながら三位一体改革(税の地方移譲)の矛盾を感じていた。(これから住民税、健康保険料の個人負担は低所得者だけでなく多くなるのだろう。これは間違いない)

それでも仕事をしている時は馬鹿にならなければならない。どんなに理不尽な要求をされても対応出来る能力は理屈ではない。今日の顧客には信じられない輩がいる。顧客だけではない。意外に身近な仲間でも信じられない行動がある。上に弱く下に強い。その対応はいかに上手く出来るか否かだろう。悩むことはない。寅さんのドラマが受けたのもそこら辺に答えがあると感じている。どんなに尤もらしい事を云っても優しさの無い言葉は通じていない。

昨日と今日はお休み。ゆっくり英気を養い日曜日から新たな思いでぼちぼち行きます。

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2008年1月22日 (火)

靴買ったよ 足の疲れも一服

仕事にも大分慣れてきました。多くの分からない事も厳しく教わりながら覚えて来ました。同じ間違いをしないようにメモしながら毎日が一生懸命です。この年になって叱責の言葉は堪(こた)えたが全ては自分の為です。この年になっても足腰と頭に柔軟性があれば若い者にも負けない事をこれからの仕事で証明します。

これからの高齢化、少子化社会のキーワードは「多様化」です。歳長けても元気であり続ける為にはどんな形でも社会参加であり、働かなければなりません。まだ1月足らずでもその事は痛感します。どんなに立派な言葉を並べても啖呵を切ったところでこの世の中は助け合いしかありません。人の在り様は立場が変わると大きくも小さくもなり一様ではありません。

まだまだ多くを知るには時間に限りがありこれからです。今までは単純な生き方しか出来なかったし喜怒哀楽をストレートに表わす事に誇りを持っていたがこれからは違う生き方を求められている。それでも優しさと思いやりの心を無くしてはならない。

最初の頃、足が棒になりましたが最近は慣れて来ました。それでも靴底の一部(左足親指の付け根)が凹み休みの昨日、梅田のショップに買いに行きました。最近の靴は耐久性がなく買う度に不満を募らせていたが今回はどうだろう。ABCマートで気合いの買い物のつもりが甲高幅広の親父の足を満足させるにはイマイチだった。それでも決める。決め手は店員の対応。親父と同じ研修生。名札に気づいたのは商品を決めてから。それでも満足です。

東京株式市場の株安が止まらない。2年4か月ぶりの安値、株価の歯止めがないのは株値上がりの要因がないだけ。この流れの要因はアメリカの金融商品のインチキであり日本のアメリカ追随の政策、失敗だろう。この国のアメリカ頼りの政策が変わらないとこれから先も経済までも自立出来ないと言われる。

政府、担当行政には打つ手がないと言っているがこのまま株価が下がるとそうは言えなくなる。アメリカの景気の低迷はしばらく続くと見るのが正解だろう。日本のバブルの教訓を冷ややかな目で見ていたアメリカの景気失速は大統領候補選挙の加熱と共に一段と大きくなるだろう。残念な事に最悪のシナリオを回避する手立てを誰も今のところ手にしていない。

この処、国内消費の数値も芳しくない。多くの人の懐具合に温かさがない。それなのに政治の関心が低いのはなぜだろう。政権の交代は多くの期待ではない。本当の処はどうだろう?これからはもう少し賢くなければならない。アメリカの教訓はこれからのこの国に多くの事を教えている。アメリカ経済の最大の過ちは経済理論を無視した格付け会社の思い上がりであり、この代償はあまりに大きい。

この国の経営者にも緊迫感に疑問が感じられる。政治家同様糾弾されないようにしなければならないだろう。今週、あと3日間注目しなければならない。親父の今週の仕事は2日間です。明日は新品の靴でお仕事です。

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2008年1月17日 (木)

北風小僧の貫太郎

今年も山から下りてきた北風小僧の貫太郎。ヒュルン、ヒュルンと寒風吹きすさぶ北国の生活を知らない都会の人々にとってもこの寒さは身に沁みる。人間様は言うまでもなく昨今のマスコミの報道もこの寒波にからきしだらしがない。暑さ寒さは季節の移ろいでありもっと感謝しても罰は当たらないだろう。その思いを忘れた都会と文明社会に今、温暖化と言われる環境破壊が始まっている。

親父の子供の頃、小学校に行く道には霜柱が立っていた。今でも田舎の山間部に入れば珍しくない事が都会の風景にはない。どんなに便利な世の中になっても自然の摂理を知らない生き方は間違いなくその人自身の生活破壊となる。少しでも後の世に生きる人の生活を考える優しさは自己中心の生き方では育たない。かといって施しの思い上がりも鼻もちならない。

北国の生活は予想を超える厳しさの中にある。それでも薪から石炭に変わり石油に依存しなければならない生活はこの原油高の中でどんな日常を迎えているのだろう。マスコミの報道は断片的で真実と現実をどれだけ伝えているのだろう。いくら原油市況の値上がりが原因とは言えそこには思いやりの政治は何もないと言われても言葉もない。暫定の揮発油税がなければ地方の道路も作れないと声高に叫ぶ輩にはこの現実にどう答えるのだろう。

地方の道路の財源はいつまでも続かない。国家も個人も厳しい財源の中でやりくりが迫られている。経済の常識を超えた高い原油価格はいつまでもは続かない。同様に暫定の税金に頼る地方の道路建設も見直しの時期に来ている事を知らなければならない。

昨年は暖冬で多くの影響を与えているが今年の寒さはどうだろう。大阪の水がめはいうまでもなく琵琶湖。この水質が年々悪化している。原因の一つに冬の気温が関係していると聞いて驚く。暖かい年は湖面の温度が水面近くしか下がらず、湖水の循環が足らず結果的に水質の悪化を加速しているとか。この現象は琵琶湖だけでなく世界的現象と言われている。

大阪人で琵琶湖を知らない人は少ないが直接湖岸道路を通る人も少ない。太古の道は大陸朝鮮からこの国の礎を築いた文化と技術の伝来の道であるが、湖岸に迫る比良と蓬莱の山々は日本海を吹き抜けた寒風を吹き下ろす役目をしている。古代の人々がこの地で生きる営みを始めたのも豊穣の湖のお陰だったのだろう。

その湖の水質が悪化しても大阪人は不自由を感じることはない。親父の若い頃大阪の水はカルキが効き過ぎて飲めなかった。それが今では浄化の技術が進み美味しい水として売られるまでになっている。このまま温暖化が進み琵琶湖の水質が悪くなっても今生きている人々には何の影響もないのかもしれない。

同様の事が春先のスギ花粉にも言える。都会人の中には元凶の杉の伐採を声高かに叫ぶ輩もいるが、今山林の荒廃も多くの人の常識を超えている。林野行政の失敗の責任はこの国の森林資源を台無しにしている。多くの林道と公共投資をしても肝心の木材のコストを考えなければ当然だろう。皮肉な事に最近になって木材の価値が韓国で見直されているがこの国の中での、間伐材と建築木材の見直しが進んでいる。

環境の問題を考えた時、これまでの行政が進めた施策に多くの成果と失敗は当然でありこれからの取り組みに生かさなければならない。今の行政にその期待が出来るのだろうか?政府の確固たる指針がなければ小手先のごまかししか出来ない気もする。

環境に優しい物作りが叫ばれて久しい。しかし素人に分からない事も少なくない。政治家の責任は官僚の作った原稿をアナウンスするだけでなく在るべき姿とその到達の道筋を語らなければならない。今の内閣と大臣が支持されないのはその資質に欠けるからだろう。

リサイクルの問題は今年の年賀状の紙質の再生割合に象徴されるように、ごまかしも少なくない。再生紙の割合が少なくても100%バージンパルプで無ければいいのだろう。いかんのはもっともらしい言い訳だろう。再生紙の技術は年々向上しても出来る事と出来ない事を区別できなければ社会的責任を果たしているとは言えない。

この国の環境とリサイクルの技術はこれからの国際競争の大いなる力だろう。金融や政治の世界ではジャパン、パッシングとか言われているがこの国の物づくりはこれからも続くだろう。自動車、精密機械、ナノテク、印刷、工業機械、電子部品、多くの業界で培われた物作りの技術はこれからの産業の基盤であることに間違いない。この国の物作りの強さはこれからも留まるところがないだろう。

外人投資家がこの国の構造改革に失望して日本離れをしていると言われているが、アメリカの金融の混乱が続く限り必ず世界経済はこの国の力を無視できない。そのためにも更なる技術革新が求められている。

この国は資源小国で多くの天然資源を輸入し加工して貿易大国、経済大国となっている。しかし原材料の暴騰と共に状況は大きく変わるだろう。今は信じられなくてもリサイクルの技術の進歩とともにこの国は資源大国に変わるかもしれない。

明日から3日間の仕事です。先日の教訓を生かし一つ一つの作業は確実にこなしたい。どんなに侮りの言葉と態度を受けても冷静に対応できる事が最大の課題と思っていたが、休みの間よく考えてみるとそんな思いをさせる方にも問題がある。

この世の中で傍若無人に生きる輩だけでなく自分の行動と態度に疑問を持つ人も少なくない。ささやかな事の中に人の思いを無視しているのかもしれない。彼らを見て共通の行動は自己主張、自己顕示、その事を意見されたりする事を納得しない。

最近の若者にも分別のある青年おっさん爺婆にもしゃべくりが多いのもその顕れ(あらわれ)だろう。誰もが自分の存在を無視されたと感じた時、予想外の行動に走る事に気づく。この事を理解して行動すれば親父の第二段階も終了出来るだろう。

人は誰もが己の存在を主張し、その思いを否定された時感情のコントロールが出来なくなるのだろう。この当たり前の事に気づいただけでも成長したと思っている。(単純)明日はまだまだ寒い。それでも敦賀と島根木次の冬を知る親父には何の事もなく、トイレ小便間隔が狭まるだけだろう。ちびるな。お粗末でした。

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ガキの育て方 親父の謝り

謝る事は何もなかった。事の発端は親父の知識と技能に問題があり、その謙虚さ不足と言うより持ち前のでかい態度が鼻もちならなかったのだろう。年老いて育てられた若者の屈折した思いに親父の無神経な言い方が火に油を注いだのかもしれない。

それにしても失うものは何もないと息巻いていた表情にはさすがの親父も、言葉を飲み込むだけでなく唯、謝るしかなかった。情けないと思いながらもそれでも親父には多くの指導を受けた人の思いを無視できなかった。喧嘩も出来ないのかと蔑みを受けながら怒りに火をつけた軽率な言葉の意味を考えていた。人を見て法を説けとは正しくこの事だろう。

親しき仲にも礼儀あり、とか言葉は剣より強しとも言われる。それほどでもないが空気を読めないとはこの事です。調子に乗っていたのではなく親父とガキの生きた時代の違いだろう。そう思えばこれからの仕事のやり方に警告を与えてくれるのだろう。

言葉の重みを感じない人との会話は楽しい。それでもそんな人ばかりではない。今まではそれでも良かったのかもしれないがこれからはそうはいかない。年寄りの生き方はガキと違って失う物が余りに多い。これからは益々その思いが募るだろう。残された人生まだまだと思ってもこれからの時は大事にしなければならない。

この前のブログに書いたが「商売繁盛で笹もて来い」の意味は分かりました。神主のHさんに教えてもらいました。大阪西宮神社の十日戎のこの掛け声が今年は通じていない。今年の商売繁盛は一体どうなるのだろう。この国の経済も親父と同じ謝り方しかできないのか?

そうではないだろう。株式市場の下落はアメリカの金融市場の混乱であり、日本政府の無策しかない。いくらこの国の経済基盤は安定していると言ってみても、唯手をこまねくしかないと投資家に判断されれば市場の思惑に左右されるしかない。今日の有様は正にこの状態だろう。市場の問題は市場に聞けと言われるがこの国の経済の舵取りが問われても、高級官僚にはなす術すらないのかもしれない。

この国の経済はグローバル(世界的規模)な社会で成り立っている。円安が歓迎され輸出企業がどんなに繁栄しても消費に活力がなければ、その国の経済の繁栄はない。そんなことは分かり切っているのに、景況判断に誤りがあり政府、行政と多くの経営者の判断の甘さは何なのだろう。。この流れは政治の鈍感さと国民がもう少し政治に関心を持たないと続くだろう。

親父のこれからの生き方は健康であるが、今年は間違いなく価値観が大きく変わる。ねじれ国会とか言われているが根拠がなくてねじれているのではない。その実態を見失うと大きな代償を払わなければならないだろう。それが分かれば弱音を吐くことはない。

お店の売り場、買い物客の入りと出方を見ても本当に細かくなっている。商売繁盛の奇策は何処にあるのだろう。それの無い所は如何すればいいのだろう。地道な努力とアイディアの勝負かも知れない。こんな厳しい状況でもガソリン、軽油、灯油の価格の下がりはない。それでこの国の経済は成り立つわけがない。こんな事がいつまで続く訳がない。

仕事して無い時、新聞はスポーツ新聞だった。同じパターンの中身の無い情報から得る物は何もなかった。今は経済新聞を読んでいる。30年来の新聞の中身も変わりないが経済の先を見通す記事も多くはない。それでも親父の好奇心に変わりが出ている。

マスコミの情報は当事者が語るほど客観的とは言えない。コメンテーターがもっともらしくコメントしたり記者の名入り記事も個性が少なくなっている。これからは訳の分からないニュースの中にヒントがあるのかもしれない。テレビの間抜けな番組にうつつを抜かしていると本当にオマヌケになるだろう。

親父の仕事の第二段階は厳しいスタートですが、決意は真剣です。昨日と今日の休日を生かして心新たに頑張ります。

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2008年1月12日 (土)

第一段階終了 第二の課題

一昨日は十日恵比寿でした。「商売繁盛で笹持ってこい」未だに意味が分からないが心地の好い掛け声。同じ職場の優しいHさんに意味を聞いて見よう。この年になっても恵比寿大黒の有難味が分からない。それにしても今年の出足の景気低迷は一体どうしたことだろう。

世界経済の中で経済評論家は無責任でも良いかもしれないが、この国の景気の舵取りの無さは如何ともし難い。どうした事なのだろう?無力の原因は長年の政権、利権、情報の管理に変化がないことだろう。アメリカの影響と保護の中でないとこの国は生き残れないと、未だに信じて疑いのない多くの見識は何時まで続くのだろう。

アメリカの世界制覇は政治経済の中で多くの出来事と影響力をこの国にも与えている。しかし歴史的に見ても経済的にも一国の覇権が長く続くことはない。世界通貨として通用しているアメリカのドルも経済の信用に絶対的な強さが無い。

その経済に陰りが出て金融の不安が表面化すれば、ドルの下落は当然だろう。日本経済の評論家は言うまでもなく見識者にこの国の未来図はどう描かれているのだろう。親父の今年の景気見通しは悪くないがこのままでは間違いなく、この国の経済を支えている中小、家内企業は大企業の下請けすら出来ないだろう。

安倍内閣が政権を投げ出し福田政権が誕生しても景気に改善の兆しさえない。テロとの戦いではなく景気立て直しの戦いが出来なければ、間違いなく秋までの政権はない。国内の景気は一段と悪くなり政府の対策には効果がなければ、これからの地方の選挙で勝てるわけがない。

親父の仕事の研修もバッチは外れたがまだ1っヵ月足らずの経験と知識。これから第二段階にいる。何の仕事でも初歩から始まり、中級、上級、最上級と続く。一通りの事が出来るようになっても更なる高みを目指さなければならない。難しくなくても中々出来ない事、それは正確で安心できるスピードだろう。

今のレベルはなんとか一人で出来る様になっただけで、クレームがないだけ。それはそれで大変な事であると短期間の理解のレベルに感謝しているが、人はそうは思わない。自分の仕事の出来に反省と謙虚な思いが無くなると喜びはない。人の仕事にクレームをつけるだけでなく常に改善の思いが重なれば、次のステージに間違いなく進めるだろう。

原油価格が100ドルを超した時、親父の思いは複雑だった。オイルショックは今から35年前、あの時は原油価格だけでなく物価も賃上げも狂乱とも言われた。あの時代を知る世代には今の原油価格は狂乱ではなく破たんです。さすがに今の価格はあの勢いもないが当然だろう。そんな価格で買えないと判断された時、賢い人は細かくなるのです。それが何時の間にか忘れ去られている。化石燃料と共存出来る社会に投機マネーが流れてもそれは一時の事だろう。

アメリカの金融不安の実態は報道以上と言われているが、この国が経験したバブル経済と似ている。損失の先延ばしが出来なくなったとき連邦政府にどれだけの保障が出来るのだろう。金利をいくら下げてもデフレにインフレの懸念が重なり難しい景気の舵取りしかない。

これから歯医者に行ってきます。

近くの歯医者さんは昨年の春まで仕事場に通っていた自転車道の途中にある。何時行っても患者は少ないが先生の腕と見立ては悪くない。こんな先生が繁盛せず近くの駅構内やビル内の医者が繁盛する。それはそれで仕方のないことだがこれからの健康管理は掛かり付けの医者と仲良くすることだろう。一人暮らしの親父も年寄りの仲間入りの時も近い。

その日の為に自分の体は自分で知らなければならない。子供の出産の時位しか保険証を使わなかった人が先に逝って、自分の体の不調をわめいていた親父が言うのだから間違いない。正確に言うと生死の分岐点は些細な注意と関心だろう。人体の不思議さは元気な時には分からないのかもしれない。体調を崩した時、手遅れとなる時も少なくない。

歯の診断は幸いに一回の処置で済んだ。この先生は余計な事をせず必要な事を適格に確実にやってくれる。昨年の夏、白熊くんのアイスを食ったとき取れたブリッジも付けてくれた。この愛しのブリッジも20年来の付き合いで、次外れたら入れ歯の宣告を受けている。

この国の医療費は半端ではない。高齢者、高額医療の世界は目前に迫っても我儘な生き方をしている人も少なくない。親父もそうだった。母さんが元気な時でも先に逝くのは自分だと思っていたから、突然の別れを受け止めることは出来なかった。あれから13回忌の時を迎える事も夢幻の感がする。

一人になって大病しなかったのは短い看病の時があったからだろう。唯、見守りだけで何も出来なかったけれど二人の心は別れの長い孤独の時を見据えていたのだろう。今でも悪いことができないのはその所為かも知れない。しかし、あの人はせせら笑っているだろう。「文句言いのあんたらしくない。好きにすれば好いのに。私のせいにしないでよ。」か。

健康は当り前ではなく体調の変化を素早く知ることだろう。これは言うは易しで中々出来ない。同じ生活をしながら何故分からなかったのかと言われても仕方がない。少しづつの変化は毎日顔を合わせていても分からない。自分の体は自分で知るしかない。

人の命は本当に果敢ない。それ故に愛する人達はいたわりの思いを強くしなければならない。親父にはその資格がなくなったのだろう。こればかりは偶然でなく必然かもしれない。今日の日経プラス1に若く見える条件が11ありその最後に異性への関心がある。

年老いて異性の関心は女性より男性が強いと言われるが、本当に健康である為には毎日の食生活だろう。メタボは注目されても痩せ過ぎは問題ではない。高脂肪、高血圧と同様その反対も万一の時手術も出来ないことを知らない人も少なくない。

若さの秘訣は好奇心と肌の艶だろう。どんなに化粧しても心と表情の陰りは隠せない。人間の一時の思いは悲しいほど哀れであり長く続くことは少ない。この仕事を始めて多くの人を見ていると若さの条件は目標であり、夢見る心だろう。外見的には姿勢と歩き方だろう。

長くなりました。息子から親父のつぶやきは自己主張が長いと言われても変わらないのは年寄りの何んとかだろう。今年も明るく生きたい。その人の存在は個性であり感性かも知れない。多くの共感がなくても自分らしさが輝きの時を迎える時まで努力の時を無くしてはならない。明日から3日間の仕事です。

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2008年1月 9日 (水)

今日出来る事を明日しようと思うな

この言葉は言うは易し、行うは難(がた)し。限られた時間と能力の中でその日の問題をその日に片付ける人は、どれだけ居るだろう?多くの凡人のみならず自分の事は棚に上げて、部下と弱者にその言い訳をさせない輩が多くないだろうか?おやじの生き方は意外に違っていた。(と言っても厳しさしか持ち合わせのない性格だから息子でも信じないだろう)

仕事の間違いは自分で気づいた時点で同じことを繰り返さなければ、ほぼ改善されている。多くの問題は間違いの認識がなく、他人に指摘されても言い訳しか出来ないか、事の本質、重大性の認識がない。昨日、閉店間際に初老の親父に捨て台詞を言われる。

「エレベーターの動きがおかしい。上りのボタンを押しても止まらない。どこのメーカー?。」咄嗟には答えられなかった。恥ずかしながら考えてみても確認するだけで点検の約束をする。親父さんは強烈な言葉を残して立ち去る。「警備員だろう?それくらい知っておけ」

その時は?もあったが無事閉店出来ると気懸りの思いが湧いてくる。「明日の開店前に早番担当に確認してもらおう」申し送りのメモを残す。

今日は休みだったがお店は近くだし携帯も忘れていたので、開店前に顔を出す。申し送りは確認されていた。それでも念のため時間を潰して客として入店する。エレベーターの近くにお店の責任者がいた。お店も不具合を確認していた。即、メンテナンス業者が点検する。

閉店間際迄、問題がなくても何が起きるかわからない。捨て台詞は厳しかったが人命が絡む安全と安心を保障するのが警備の仕事だとあのおやじは教えてくれた。この教訓を忘れず生かしていきたい。

この仕事初めて1月、やっと一通りの事が出来る様にになる。これまでの必死の思いから少しは慣れてきた。隊長から言われてきたが「習うより覚えろ。決められた事が確実に出来なければ任せられない。習うより慣れろ」 一時はどうなる事やら不安も多かったが案ずるよりなんとかである。

それでも何の仕事でもそうだが、見るとやるとでは大違いでこの寒い時大汗の時も少なくなかった。これからは一つ一つの事を噛みしめながらスキルを高めなければならない。何事も軽い思いでは己を高めることはできない。親父の自己満足度は低くない。誇りは無くしてはいけないが語るものでもない。これからの年寄りは卑屈でなく暖かさが求められている。

何事も議論や理屈で語らず、相手の思いを差別なく聞き取る力が身につけば、己の思いも相手に通じるだろう。通じなくても水の流れ、自然の成り行きと同様、逆流は摩擦しかない。余りにも自己主張がなければ成長に欠けるが、おやじの年になればそれも不要かもしれない。これからの課題はもっと確実に、もっと正確に、もっとスムーズにだろう。

謙虚に体に気をつけてこれからの困難に立ち向かいたい。

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2008年1月 6日 (日)

人間の紋様(表と裏)

人間の紋様とは何でしょうか?正月元旦、店内入口の様子を見ながら感じていた。お店の入り口だけでなく表の通りを歩いていても、最近は乗らないバスの中でも、珠に利用する電車の中でも、それだけでなく多くの情報で目にする世相にも人間の紋様が見える。

多くの人がそれどれの思いの中に利己の思いが優先し、暖かな心の襞(ひだ)が中々見えない。それでも多くの人が福多きを願い、禍は歓迎しない。当然の思いだが禍福は表裏一体であることを忘れてはならない。

仕事を再開して早一ヵ月、ようやく仕事の流れがわかり一つ一つの仕事の重みを理解した。これからは自分の表の顔と表情で規範と優しさに満ちた仕事をしなければならない。アメリカ人が日本人の理解できない一つに心の中とも言われたが、何を考えているのか相手に覚られる単純な生き方しかできなかった親父の鍛錬が、これから始まる。

日本人の口べたも同一民族で多くを語らずとも理解が出来た事が要因だろうが、これからは一層それでは通じない。いかに多くの情報を知り、いかに多くの表現が出来るかが問われるだろう。親父は日本経済と時を同じくして遠回りの生き方しかできなかったが、今年こそは変わらなければならない。変われるか否かは冷静な判断力だろう。

去年の今頃、額に汗して働く人が報われる社会と検察の高官が大見えを切ったが、歌舞伎の社会ではない。この世の厳しい資本主義社会は多くの裏があり、その潮流は検察の大義すら押し流している。大体、現在のグローバルな金の流れを浪花節的表現で片付けるその感覚がおかしいことを、この金余りの世界経済は証明している。

この世の中の額に汗して働いているどれだけ多くの人が報われているのだろう?この世の中はそんなに単純で浪花節が通用する社会ではない。そんなことはガキでも理解できる。新年早々、株価が大幅に下落しているがアメリカとの結びつきの大きいこの国が、政治も経済も自立できるのはいつの日だろう。それが出来ずしてどんなにもっともらしいおお見えを切っても茶番にすぎない。

今、アメリカの予備選挙が行われ、民主党の代表が現ブッシュの後継者になると言われている。8年ぶりの政権交代。その民主の代表の有力者クリントンが苦戦している。いくら女性初と言われても前大統領の夫人では若さに欠ける。民主主義の国アメリカの選択は今後の世界の政治と経済に多くの影響は与えるだろう。クリントンの苦戦の原因は支持層の年代にあると言われている。今までアメリカの世界覇権と経済の繁栄を、疑いもなく支持した働き盛りの世代の失望感は我々の予測を超えているのかもしれない。

翻って(ひるがえって)この国の政治はどうだろう?今月末、大阪府の選挙がある。お寒い限りです。表向きは民主野党の候補が当選でしょう。一時期(今でも)有力視されていたタレント弁護士はオチャラケ感がマイナスとなるだろう。どうして大学の教授が支持されるのだろう。いづれ選挙公約が発表されるだろうが新幹線を大阪乗入?こんな感覚で当選するのか?今、大阪に求められていることはこの国と同様、財政の立て直しです。

今年の世の移り変わりはおやじのボヤキとは異なり、劇的に変わるだろう。その大いなる変化は去年以上に激しいだろう。相も変らぬ動きの中に進歩と退廃があり、喜びと感激があるのかもしれない。政治も経済も自分たちの生活もその人の表と裏の結果かもしれない。

今月は結構休みが多い。今度は3日働いて一日休み。毎日、毎日が日々新たです。多くの人の顔と心意気を推し量りながら、信頼の絆を深めたい。

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2008年1月 3日 (木)

人間の紋様が変わる時

昨年の12月初めからこの仕事を始めてから、当然の事ながら土日、お正月の休みが無くなる。以前は初売りも3日が始まりだったがいつの間にか元旦1日から。百貨店は今年も2日からだったが来年はどうだろう。そのうち正月の風物詩も無くなるのだろうか?否、お店の中に着物姿の婦人が少なくなり、日本髪の髪飾りも成人の日に取られるだろう。

警備の仕事にはだんだんと慣れてきた。儘成らぬ事はメモし同じミスと罵声を浴びないようにしながら、自分で言うのもおかしいが日毎に成長を感じる。分らない事は恥じる事無く聞いて自分でやってみれば理解できる。理解は出来ても実行できるかは別だが、理解が無ければ何事も前には進まない。「人は人に笑われながら成長する」サラリーマンの研修の時、罵声を浴びながら学習した守屋語録をこの歳になっても忘れていない。

何の仕事でも同じ事は基本に忠実であり、賢くなければならない。同じ事を何度も根気よく教える人は少数で、同じ間違いを繰り返さなければ大概の事はさほど困難ではない。難しい事は習うより慣れろであり、馴れ馴れしさでないことだろう。謙虚さを忘れず誠実な態度を取れれば、先輩同様の仕事が出来る日も近いだろう。そうでなければプロと呼べない。

この短い期間の学習を土台にして、更なるスキルアップをしなければならない。今年の景気の占いを多くの見識者が行っているが、親父の感じは悪くないと思う。国内の多くの指標とエコノミストの判断も厳しいが、彼らは評論家であり当事者でない事を忘れてはならない。

アメリカの影響が大きいこの国の政治と経済であるが、今年はアメリカの大統領選挙の年、間違いなくブッシュ現大統領の退陣は決定的でも、経済の退陣は出来ない。昨年の後半から景気の後退が懸念され、信用不安の金融界も政府のテコ入れを強引に迫るだろう。

問題はこの国の政治と経済の立て直しだろう。この国の多くのリーダーは真剣に現状の問題を国民に語ろうとしないが、彼らの言葉を聞くまでもなくこの国の未来は暗い。出来もしない事を語り今すぐにもやらなければならない事を明確にしない。何故だろう。

出来もしない事、それは何だと思いますか?生活格差、地域格差、医療格差、教育格差、多くの格差は明確な原因と理由があり、その排除と改善が無ければ出来る訳が無い。本当に生活格差を無くせると思ってない組織と官僚が舌を出して笑っている。

環境問題も同じかも知れない。今年6月北海道洞爺湖で行われるサミットで、日本には多くの事が求められているがどれだけの影響力を指し示せるだろう。世界の環境、温暖化問題、2酸化炭素排出改善の総論に賛成しても、それどれの国の利害が絡む数値の押し付けに反対だろう。しかし、このままの環境破壊はこの国でも国と企業の存在すら問われている。その厳しさを思い知るのは誰なのだろう?後の世代であってはならない。

親父の世代は間違いなく終わる。80も90にも手が届く老骨が年甲斐もなくこの国を憂うのではなく、現役の世代が考えるしか無い。3年前の小泉劇場は改革の意味を履き違え、その反省すらない。「民に出来る事を官がやる必要が何処に在るのか」と声高に叫んだ政治家が今は何処に行ったのだろう?何とか法人・・・。何とか機構・・・。防衛省の接待疑惑。何もマスコミだけに声高に叫ばれる事は無い。

正月草々ブチ切れに為る前に親父の景気判断で締めます。今年の前半は一進一退。後半はアメリカの景気も持ち直し、ハイテク、環境、技術が牽引となり永年の苦労が実る?石油の値上がりも春の到来と共に値上がりの思惑が外れ80ドルを割るかも知れない。選挙の時も春。政権交代は福田総理の巻き返し次第だろう。今のままではアメリカと同じかも。

お粗末でした。今年は実り多き一年でありますように。親父の再生の土台を与えれ呉れた機会と幸運に感謝し、一人でも多くの人と良き出会いがある事を信じながら、困窮したる時を忘れず、日々の糧を大切にする決意です。体に気を付けて着実な前進を祈念しています。

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