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2007年12月

2007年12月28日 (金)

親父の今年の感じ

今年を漢字一文字で表すと「偽」とか。この風習は京都清水寺管主が年末に漢字一文字で表わす事から来ている。今年ほど商品の偽装が問題になった年は少ないと言われているが、報道の在りかたを問題にする人は少ない。物事の本質ではない興味本位、のどき見、野次馬根性、面白可笑しければ何でも有りのコメント。報道の役目を終えたマスコミの未来はますます厳しいのかもしれない。

親父の今年一年の漢字は「喝」です。今年の初め、一念発起しパソコン始めてブログも書けるようになり、多くの批判をしましたが、一番だらしのない生き方をしたのは自分自身であり、一番甘い見方をしたのも自分自身でだったかもしれない。幸い、歳の暮れになり仕事が見つかり、今、又心新たに多くの事を勉強しているが、常に己の問いかけは「焦るな」である。

どんなに叱咤激励されても焦ってはいけない。「遅い」「何をしているのか」「早くしろ」と言われて悠然とは出来ないが、人の安全と設備の損害が絡む作業には念には念を入れ、その作業がスピーデーで滑らかでなければならない。これが言うは易く行うは何とかである。

それにしても覚える事が多く不安も少なくないが、何と言われても今は前向きな対応が大事だろう。新人だろうと古株だろうと求められることは適切な対応。だから難しい。人間は賢い動物と言われて久しいが、最近の風潮はどうも一筋縄ではない。非常識、新人類と言われた若者が親になり今は、予想外の事が日常的になっている。誤りを認めない生き方にどんな明日があるのだろう?空気が読めない輩が力関係で平然とクレームをつける。

この道のプロに為るのは予想以上の能力が必要と思われる。この力は何から出るのだろうか?先輩達の仕事の進め方にその秘密が隠されている。このやり方は誰も教えては呉れない。気持ちと己の仕事への思いにいささかの甘さがあれば、叩きのめされる。

この国のモラルは「ラストサムライ」の時とは全くの様変わりで、地に落ちている。その原因は色々だろうが、一言で語れば人の思いを踏みにじる事しか出来ない精神の貧困だろう。厄介な事にこの輩は経済的に貧困ではない。本当の貧しい人はそんな余裕すらない。

やって良い事とそうでない事の教えは誰も出来ない。自由と繁栄の弊害はこれから益々多くなり関心と無関心は一つ間違うと、大きな代償となるだろう。この問題の大きさを思い知るには、価値観の多様化を理解して評論家的考えを述べるのではなく、冷静沈着さだろう。

今年も残すとこあと三日。有終の美を飾るにはやる事が多すぎる。それでも先の言葉を忘れてはならない。そして日、一日と進歩の時であれば良い。一昨日注意された態度と動作に明日からの改善ポイントがある。

自分自身の「喝」。この言葉を忘れてはならない。どんなに不快な思いをしても態度に出さない精神力は親父には無い。何時かは本当の自分が出るだろう。その時の思いを考えると常に自分に厳しくありたい。これからの仕事は地道で安全、確実、安心の提供。やるべき仕事の要領も知らなければならない。

仕事をしていない時、当たり前と思われた事も、実際自分がやってみると大変でもある。年末年始の休みは無くても元気で働いた5年前のスーパー駐車場の交通整理、あの時の思いと翌年の夏の思いを忘れなければ、必ず自分の再生を実現できると思う。

今年の反省と来年の課題を語る人の多くが、己の事を語らない。今、問われている多くの事が自分自身の生き方とどれだけ関わりがあるを考えなければならない。来る年は間違いなく私たちの生活に困難をもたらすだろう。その時、ステップアップ出来る人がどれ位いるのだろう?新たな年の課題は私と同様、漢字で表わせば「再生」です。政治、経済、仕事、人々の生活もこのキーワードでくくられるだろう。

漢字で12月23日付の日経新聞の春秋コラムに「面妖」の意味を知る。最近の活字離れでこの言葉の読み方も知らない輩も少なくないが、親父はこの言葉をパチンコの画面で知る。意味は分らなかった。「めんような」 どんな意味。あまり聞きなれない言葉ですがこの言葉も今年の実態だったのかもしれない。

親父はこの言葉の意味を理解できた喜びは余りない。この言葉の意味は「不可思議、理解できない」その他に摩訶不思議、何と可笑しき事よ そんな嘲りの言葉かも知れない。

最後にこのコラムを紹介して皆様の来る年が良き年でありますよう、私も新たな思いで頑張り亡き人の13回忌を取り行えるようにします。二人の息子達との正月もその時までお預けです。

(12月23日付日経春秋コラム)

知らない人が聞いたらきっとこう思うに違いない。日本の政治家やお役人は、司法の判断をとても大事にする人たちだと。薬害C型肝炎で、患者一律救済の政治判断を避けた言い訳に、閣僚や自民党幹部は「司法判断の枠内で」「法治国家だから裁判所案の範囲で」と口をそろえた。

官房長官は「司法の立場をどうお考えか」と、強気で原告団に切り返していた。はて、面妖な。水俣病の患者救済では、三年前の最高裁判決を、政府は無視・黙殺しているではないか。国の水俣病認定基準は限定的すぎるとした最高裁の司法判断に従わず、基準の見直しすらしていない。

ご都合主義の極みである。水俣病では最高裁判決を軽んじる一方で、C型肝炎では司法判断の枠を盾に、一律救済を拒否した。責任範囲を小さくするためなら何にでも飛びつく官僚のヘ理屈が、高官の発言の裏側に見え隠れする。枠を広げると補償額がとてつもなく拡大すると言い張るのは、役所のいつもの手だ。

原告側は血液製剤の投与を証明できる被害者の一律救済を求めているのに、救済範囲を広げると世の中にはニセ被害者があふれるかのように言いつのるのは、国民を見下している証拠といえる。薬害を繰り返し、放置した役所の責任は重い。第二ラウンドの和解協議の決着は政治判断しか無い。........と。

この後、政治の責任を問われ政府の批判の高まりと共に総理は全面救済を認める。政治判断でなく法律での救済とか。法には法が必要の論理はいかにも高級官僚の考えが見え見えで、長年の薬事行政の反省と責任の取りかたは何もない。日本の役所の判断に誤りを認めないトップのおごりは人の命すら軽んじているのか?

高級官僚の天下り、口利き、利権の温床に与れる輩の明日も又、哀しい。では良きお年を。

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2007年12月21日 (金)

3日間のお休み終了

年末の忙しさが始まる前、3日間の休日。初めの予定に無かった事ばかりのまとまったお休みを終え、明日からの多忙の日々をステップアップしなければならない。今朝、予想外ののどの痛みで目覚める。まどろみの中で原因を探す。扁桃腺。昨夜の耳掃除の時、内耳の粘膜を傷つけたからだろうか?久々にのどが痛い。それでも暖かい床の中でぐずぐずし、起きたのは11時過ぎ。お茶を口にして飲み込む時、咽る(むせる)。ヤバい。顔洗いもそこそこに掛かりつけの耳鼻科にチャりで行く。

暫く、耳内のかぶれと掻き過ぎの出血を見て貰っているので医者も慣れた物。抗生物資の内服薬をもらう。「大した事は無い。大人しくして居なさい」。ガキでもあるまいしと思って見てもこれから寒くなり風邪のシーズンとなる。早めの用心に過ぎたる薬は無い。

午後、年金の話を社会保険事務所に聞きに行く。親父の場合、消えた年金が問題になる前に何度も話を聞いて払い込みの履歴に問題は無かったが、仕事をすると四分の三条項の理解が無いといけない。これが良く分からない。フルタイムで働く時間と日数の係わりだが企業保険と厚生年金に加入しない(出来ない)場合関係無い事が分かる。知り合いの担当から働けるとき、しっかり稼いでねと激励される。考えてみるとこれからの歳月どれ位か分からぬが、何より大事な事は健康と貯え。その重みを噛みしめながら明日からの決意としている。

大袈裟にするのではなく、大上段でなく音無しの構え。それでも少しづつ己の思いを実現する快感。長い間失われた時の中にさまよいの日々を重ねたのは、これだと思える時は段々少なくなる。それでも社会保険庁の帰り、3年前の駐車場警備の時仲良しだった2人の娘を訪ねる。中2と小4になっても変わりは無かった。これからの社会で年寄りの生きる場は限られる。しかし、健康な肉体と精神が失われぬ限り若者に侮られる事は無い。

今年一年を振り返る特集はあっても来年の課題を語れる人は少ない。限りない繁栄から限りの在る繁栄の時代になっても、人の生き方は何も変わりはしない。政治も経済も生活の格差すらどんなに無責任な輩がもっともらしい事を言っても改善の兆しすらない。

あっしには関わりの無い事と言われた木枯らし紋次郎の決めぜりふがヒットしたドラマは昭和42年の事、今年、そんなの関係無いのお笑いが受けている。人間皆兄弟からテロとの戦いを平然と政治家が口にする時代。テロの取り締まりの現実を何も知らない政治家に出来る事はインド洋の給油支援しかないのか。それでも政治は変わる。長くもない一時の政治家2世の手法もそろそろ終わりだろう。そうでなければこの国の構造改革は後世の審判に耐えられないだろう。

親父が一番今年感動した事は参議院の選挙で与野党の勢力が逆転した事。この事実の重みは来年に為ると分かる。今年の多くの政治と経済の課題は先延ばしにしただけ。、参議院の選挙で財務省の若手は論戦の中に、財政の立て直し論議の無い事にさじを投げていたが、行政の無駄とスリム化の出来ない官僚にそれを求めるのは無理だろう。

来る年の希望は願望でなく、決意で無ければならない。困難に戯れる日々の中に成長と安定、喜びと達成感の中にささやかな感動を多くしたい。今年の残りの日々はそのプロローグでありたい。寒くなるが体に気を付けて。親父は未だにパンツ一丁で寝ているよ。

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2007年12月20日 (木)

久々の野田阪神

じいちゃんは職業軍人だった。明治の日清、日露の大戦に勝利したこの国はその後、アジアの覇権をアメリカと争い、無条件降伏と言う惨めな屈辱を味あう。それだけではなく尊い人命と財産の多くを失い、国土はアメリカのじゅうたん爆弾(この戦争責任は問われていない)で焦土と化す。あの戦争は一体何だったのか?じいちゃんの思いを聞く事は無かった。

それでもじいちゃんは機嫌の好い時、ぽろりと本音を語る時があった。「あんな惨めな戦争をしてはイカン」「人の屍の始末も出来ない戦いの現場を内地(国内)では分からん。」「戦争の勝ち負けは精神論ではなく工業の力、その分析すら出来ない参謀が作戦、指揮する戦いの結果は見えていた」。幼心に38,9で軍人の肩書を失い、失意の日々を過ごす親父に感謝していた。戦後60年、この国の姿を見て何と思っているだろう。

先日、研修中の日当受け取りに大阪市内に出向いた時、親父の戦後を思っていた。この国はアメリカとの戦いに負けた後、平和憲法のもと陸海空の軍隊を持てない国になり、敗戦後暫くアメリカの占領下におかれる。しかし戦いの無い時は長くは続く事もなく、朝鮮半島の南北の戦いと共に保安隊、自衛隊と名前を変えながら再軍備の道を歩む。戦前と違ったのは日米協調と言う名のまやかし。軍隊に侵略を目的と言う国が何処に在るのか?

親父は貧しい生活の中で二度と軍隊で生計を立てず、健康を取り戻すと土方仕事で日銭を稼いでいた。これから暫く同じ人生を歩むけれどあの頃の親父の苦労を考えると、比べ物に為らない。幼いガキの中で戦後に生まれた弟が可愛かったのも、当然の結果だったろう。

それでも2男の私に大阪に出る時、「自分の人生、親の事は心配するな」と言ってくれた。今とは違って帰省の時は盆と正月。初めての年末、背広を買って帰省した時の柔和な顔を忘れる事はない。あの時19の時、白黒のテレビで見た紅白をこれから見る事は無いだろう。

あの時、大阪の街も薄汚れていた。地下鉄は御堂筋線だけで市電が街中を縦横に走っていた。あれから45年、大阪の街中は綺麗になっているが地下鉄の長い階段を、どれだけの年寄が歩けるのだろう。そんな事考えながら懐かしい道を本町から川口町、野田阪神まで歩く。

何度も若い頃見た風景とはすっかり様変わりしているが、市電が無くなり地下鉄に変わったからだろうか、地上に人影が少ない。車がやたらに多い。大阪の地盤低下が叫ばれて久しいが自分の足で歩いて見て実感する。これでは年寄りや障害者は生きれないだろう。

これから健康弱者は車いすで手軽に都市に出かけられだろう。野田阪神の駅の周辺は放置自転車で一杯になり見苦しく、管理の責任が明確でない。駅までの足が自転車しか無いのなら何らかの手は関係者は打てないのか?懐かしい駅は繁栄と無管理の中に在った。

地方も国も財政難の中で多くの手が打てないが、余りにもお役所仕事でこの国の未来が案じられる。こんな時生活弱者は何に活路を見出せばいいのだろう。親父(自分)もこのブログで多くのボヤキを書き連ねたが、今年もあとわずか、来年の事は分らぬが良くなる事は無い。本当に悪くなるのは弱者のみ。だからその事を忘れてはならない。

親父は知らないと息子から言われるが、息子達が知らない事も少なくない。大阪のおばちゃんは元気と言われているが、その元気さが何故、大阪の地盤アップにつながらないのか?本音の話だけではお笑いであり、食い物や買い物の話だけでは能が無い。大阪だけでなく日本各地の低迷は余りにも先々への未来図が無いのかもしれない。

本町で美味いカレーうどんを食す。海老入りで780円。親父の定食屋さんがまた1つ出来た。ポッケに一杯の小銭から100円玉を8枚重ねて支払いを済ます。店員の元気が味の良さを証明していた。

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常駐警備、現場研修終了

お陰さまでどうにか仕事の流れが分かり、曲がりなりにも一人で出来そうになりました。最終のチェックを隊長にされながら短い間の多くの苦労を思い出しながら、夢中になっていました。断念ながらと言うより当然の結果に汗をぬぐいながら、最後の作業でミスをしました。

それでも3つの異なるキーを使い分けながら、多くのドワー、シャッター、エスカレーターを手順通りに施錠、下降、停止出来た事は何よりの喜びでありこれからの自信に為るだろう。それでも予期せぬトラブルへの対応と確認の事前対応、これが出来なければ任せられない。

毎日の研修で分からなかった事、間違い、不手際をメモしながら教わりながら確認した事にこれからは自分の知恵を入れながら、事故と損害と危険予知に集中しなければならない。人の作業と不慣れな行動にミスはつきものであることを肝に銘じて更なる進歩が求められている。この仕事の責任の重さを痛切に感じながら仕事が出来る喜びが沸いている。

しかし、日々の仕事にそんな甘さは無いだろう。絶対にしてはならない過ちは多くは無い。事故と怪我、お客の損害、不快感。それらを排除するためには確認と予知、そして、明るい態度と余裕のある仕事ぶりだろう。親父も18の時から多くの体験をしているが、事故と怪我だけはしてはならない。この3日間の休みの時を生かして更なる進化が求められている。

研修中に学んだ事は店内の巡回と閉店時の入り口でのお客様への対応。親父はかっぷくが良いから防犯上は好いが、威圧感がある。これが良くない。どんなに少ない買い物でもお店に入る人はお客様であることを忘れてはならない。「ありがとうございます」「いらっしゃいませ」なかなか出ない言葉も慣れて来るとそうでもない。自分が買い物客の時を考えると良く分かる。お客の苦情、これも理屈ではない。対応の仕方で逆も有りこの事も忘れてはならない。

次にブログを書けるのは来週に為るが、その頃は年末の慌ただしさの中に在る。その時でも初心貫徹、更なる高見を目だして居るだろう。体に気をつけたい。

昨日、17,8年ぶりに時計を買う。5年前に息子から携帯買って貰ってから不要になっていた。3年前手回しのリュズがつぶれそのままになっていたが、何時かはオメガと思っていた。さすがにそれには手が出せなかったが,歳に似わわずシチズンのG-SH0CK(ショック)電池ソーラー、音波時計。18900円。仕事先の店内ショップで予算の範囲内だから無理も言わず手にする。文字盤の大きさと周りにでかいリュズ(ねじ、ボタン)の無いのが気に入る。

これで時間気にしながら携帯を見る事もなく馬鹿にされる事もない。親父が初めて腕時計を手にしたのは高2の時。バアチャンが行商の少ない稼ぎで買ってくれた。親父との約束で負けたから。実力テストで10番以内の賭けだった。結果はギリギリの10番。バアチャンは笑いながら約束の時計を出して呉れた。この時計見ながらあの時と同じ思いを重ねている。

ばあちゃん心配掛けてるが見守ってください。あの頃と何も変わってない気がする。努力は報われる。報われないのはやり方が悪い。貧乏な生活の中で苦労して育てて呉れたあの頃の気持ちを今でも忘れてはいない。親孝行の時は一時で死んでしまったがこれからの生き方で万分の一でも、恩返しの思いを強くしている。苦しい時、悲しい時、虚しい時、この時計と夜空の星を見ていたら、元気が出てくるに違いない。親父に女々しさは似合わない。

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2007年12月14日 (金)

失敗は成功の源 成功は恥の大成

親父の研修も第二週が間もなく終わる。今日は二回目の休日。毎日が日曜日の時とは違う新鮮な思いが何ともこころよい。年金生活の時、辛抱しながら買えなかった物が買える思いも働かなければ分らない。母さんが専業主婦でどんな思いをしながら買い物をしていたのか思うと、最近の若い女性の結婚観も理解できる。今も政府の景況感は悪くないが家庭の主婦が、どんな思いをしながら買い物はしているのか分っているのだろうか?このままでは生活格差が間違いなく進むだろう。

親父のこれからの仕事は皮肉な事に、サービスとは何か、それが仕事に為る。買い物客が気持ち良く買い物が出来る。当たり前の事が当たり前に行われ、気持ちの良い触れ合いが出来る。その為に確実に行われなければ為らない手順と作業をマスターしなければならない。毎日、多くの事を経験しながら汗と恥をかきながら成長している。

まだ半人前でも仕事の流れが分かり、先輩に指導されながら店内巡回の姿勢と眼の配り、動作も慣れてきた。閉店の作業も間違いをメモしながら同じ誤りはしてはいけないと心に決めている。焦らず、ミスは繰り返さず、体に気を付けて成長体験を重ねたい。

今年も残り少なくなりお店にも活気が出ているが、こんな時こそ心に余裕を持ち安心と安全に心掛けて有終の美を飾りたい。どんな仕事でもやってみると分からない事だけでなく、予想外の事も少なくない。そんな時、相手の気持ちが分かれば対応が早い。歳を重ねる事は無駄ではなかった事が、これからの仕事の中で証明したい。

親父の歳で仕事が出来る喜びは限りなく大きい。この歳になると本当に仕事の機会が少なくなる。若い頃、仕事の喜びは少なく責任感と達成感のみの追及が当たり前の事と思っていたが、それだけでは足りなかった事がこの歳になってやっと分る。

仕事の喜びは可能性への挑戦、働ける喜び、生活を支える糧を得る、他にも一杯あるだろう。それどれの人がそれどれの思いでそれどれの生活を支える為に、働いている事も忘れてはならない。

明日からは4日間仕事です。その後3日間休み。日一日と寒くなるが風邪は引かないように頑張ろう。

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2007年12月11日 (火)

現場研修6日終了。でもまだまだ

先週の3日から始まった研修も座学1日、現場実習6日が終了した。8ヶ月仕事していなかったので体の体たらくは予想外にひどく、足腰は悲鳴を上げている。それも一日一日、体は楽になっているが閉店業務は、覚える事が多くて完全ではない。この事が出来なければ任せられない。自分で先輩にチェックされながらやらないと覚えられない。限られた時間でドアーの施錠、エスカレーターの停止、シャッターの下降が出来ないと、焦りの思いが重なり汗が出てくる。すべての作業に手順と要点があり確実、スピードが求められている。

時間に余裕の在る作業はメモを見ながらできるが、15分の連続する作業は時間との競争、やるべき事が一番多く、まだ頭に叩き込まれていない。明日の作業前に今一度、イメージトレーニングをしなければならない。昨日の作業でまごついた箇所の確認は休みの今日出来た。明日はこの箇所を確実に慌てずクリヤーしたい。そして明後日、完成させたい。

「肩の力を抜く。体と頭で理解せずすべてと向き合う」、これは文化財修理技術者の言葉ですが困難に戯れながら成長の喜びを実感したい。すぐに出来る、すぐに慣れると言われた隊長と先輩の期待に答えるべき成果を出さなければならない。

感謝の生活の実践、今迄、口先だけの言葉をこれからは本当に実践しなければならない。幸いに体調は良いので、体に気を付けて頑張ります。では又。

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2007年12月 5日 (水)

研修2日目

昨日の座学に続いて今日は研修2日目。現場実習。予想以上にしんどい一日でした。何事もそうだと思うが楽をして得る物は少ない。おまけに8ヶ月も仕事をしていなかったので体が鈍っている。それでも先輩、上司が優しい。苦労するのはこれからだと思うが、慣れて来るとこれほど楽な仕事は無いかも。そう言えるように多くの事を一日も早くマスターし肩の力を落として戦力になりたい。これから又、一日一日が学びの時です。

この歳になっても働ける喜びを噛みしめながら感謝の心で、採用の機会を与えて呉れたこの出会いを大切にしなければならない。昨日、研修の時優しい言葉を掛けて呉れた講師の言葉もこれからつらい時の励みにしなければならない。体に気を付けて頑張ります。

本当の仕事はこれからですが一人の力は弱くても、多くの力が集まれば強力になる。上に立つ人の力はこれほどに大きい事を今更に痛感する。日本企業発展の力はここに在った事を久しぶりに痛感する。もっと多くの言葉を書き残す思いは多いが今日は久しぶりに働いたからだろう疲れを口実にこれ位にします。今、耳の中に綿棒の傷があり腫れているので気に為る。近くの医者で処置してマシになっているが気をつけます。喉も痛い。でも大丈夫。

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2007年12月 1日 (土)

面接合格おめでとう。頑張って。

PM6.00過ぎ1人の侘しい夕食をしていたら電話が鳴る。この時点で昨日の成果を確認する。今年の4月からの失業。年金生活で何とか凌いで来たが親父の元気さと行動力があると、まだまだ隠とんの生活は早い。お陰でパソコンのブログは書けるようになったがこれでは生活の足しには出来ず、蓄えも減るばかりだった。母さんがもう一度チャンスを与えて呉れたのだろうか?否、昨日の電車の中から見えた優しく穏やかの日の光が、助けて呉れたのだろう。今度の出会いを大事にして困難の道も雄々しく進みたい。「捨てる神あれば助ける神あり。天知る地知る己知る」の言葉を忘れず頑張りたい。

久しぶりに日経新聞を買う。環境経営製造業ランキングが発表されていた。関係者には大きな意味のある順位だろうが、世界と国内の環境破壊の一因の自動車メーカーが一番とはどうだろう?評価の基準が優れていたのが要因だろうが、2番がタイヤメーカと言うのも首を傾げる。自動車もタイヤも売ってしまえば製造責任はないのだろうか?

そんな事考えていたら国内の自動車の販売は低下していると言う。そうだろう。親父も7台の車を乗り継ぎ今は免許証しかもっていない。車の本体価格は言うまでもなく維持費、ガソリン代、税金、駐車場等々考えるとこれから先も購買者は限られる。その意味では車とタイヤの製造技術はこれから皮肉にも環境技術に役立つかもしれない。

大量生産、大量消費の代名詞とも言われた自動車産業、タイヤメーカー。親父の下取りされた車は既に廃車になりリサイクルされているだろうか?この国のリサイクルの技術はどれ位車のダストで生かされているのだろう。携帯電話は不要になってもリサイクルの輪が成り立っていると聞いたことがあるが車ではどうなのだろう?タイヤは最近まで野積みの写真見た事があるが今はどうなの?まあこの国の環境経営と言っても宣伝の一部分かも知れない。

それでもこれから環境に対する取り組みは、企業の社会的責任として厳しさを求められるだろう?排気ガスをまき散らしながら都会の生活環境を破壊しているトラックと車。この国の排ガス規制は経済の発展を優先して生活者の健康すら保障する事が足りなかった。

これからは環境の時代と言われ、その問題を世界的な取り組みとして京都議定書が今、再検討されている。国際的な取り決めは1997年の12月、京都国際会議場で出来上がり日,米、EUは2008年から2012年の間に1990年比で日本は6%、アメリカは7%、EUは8%温暖化ガスの排出量の削減で合意している。しかしこの合意をアメリカは批准せず日本もその達成は難しい。親父的には10年間の日本政府の取り組みの甘さと排気ガスの規制に問題があったと思う。その政府の姿勢を来年の洞爺湖サミットで問われた時、日本政府はどう説明するのだろう。だからこそこの国の多くの人、先進国、発展途上国を問わず、環境に対する見方は厳しくなければならない。

厳しいのは企業の当事者だろう。今のマスコミは真実とは何かではなく興味本位の追及しか無い。例として日本の謝り方、問題の認め方、誠意の表わし方が問題になる。「お騒がせして申し訳ありません」「ご心配をおかけしました」「ご迷惑おかけしました」そうではなく、何が何して、どうだったでないと納得と支持が得られない。その為に多くの努力が必要であることを理解できるか,否かだろう。

12月になり大阪は寒さも一段落しているが、厳しい寒さを迎える北国の灯油の値上がり、度重なるガソリンの値上げ、今月は生活物資の値上げラッシュが続くらしい。原油の値上がりだから当然とたかをくくっていると、とんでもなくなるだろう。こんな時素早い対応を取るのが政府と行政の長ではないのか?北海道の女性知事は大阪で少子化対策の女性大臣と懇談しているが、これはもう北海道の死活問題で猶予ないと思うがどうにもならないのだろうか?灯油からマキストーブに変えられない人は少なくないだろう。

原油依存の経済と生活は多くの人々に豊かさと便利性を与え、その日々に何の疑問も感じさせなくなった時牙を剥く。安い価格で経済の発展と日常生活に利便性を与えて、その恩恵に感謝する気持ちも少なくなった時、この様変わりにはどう対応すればいいのだろう。それが国のかじ取りをしている政府、行政の責任ではないのか?この緊急の時適切な手立てが取れない代償は小さくない。高いガソリンを何時までもどれだけの個人と会社が買えるのだろう。

これから風呂に行く。また明日。

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