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2007年10月21日 (日)

農業の在り方、林業の在り方

タイトルに書けなかったがこの国の在るべき姿が問われているのは、農業、林業だけでなく漁業も同じだろう。それでも多くを語るには現場を知らなければならない。問題を解決する手法として物作りの現場では、3現主義が問いかけられていた。それなのに何故、農林水産の世界ではそれが行われなかったのだろう?この国の工業製品の品質が良く価格が安いのは何故なのか?それを考えてみるとこの国の在り方とこれからの農業、林業、漁業の明日が見えてくるかもしれない。

因みに3現主義とは現場を見て現物を手に取り現認して、改善の方法を考える。日本の物造りの現場は日々競争にさらされている。その結果競争原理が働き経済の力が大きくなった。売れ筋の商品は出来るだけ改良しながら、売れる期間を長くした。

今、農業の所得補償が論議されている。所得の保証は共産主義の国でも無い。それなのに何故、資本主義のこの国で農家だけ所得の保証が論議されるのか?これには訳がある。その事を知らなければならない。知る気持ちも無い輩も少なくないが少なくともこの政策には1兆円近くの予算が要ると言われている。

この政策は民主党の選挙公約で来年度予算には盛り込まれてはいない。しかしいずれ政権交代が行われた時、これは現実の問題になる。他にも財政支出の伴う公約がある。是からその事を理解しなければならない。今、国会でテロ特阻関連のインド洋の給油が問題になっているが、マスコミは面白おかしく伝えるばかりです。前にも書いたが親父達はもっと賢くなければならない。あなたも同じですよ。

農家の所得補償については親父も良く分からない。民主党も選挙に勝つためには地方の農家に美味しい事を言っているのかもしれない。しかし自民党の農業政策は失政に終わり、無駄な農地改良、区画整理、農道整理、等の土木事業は農民の生活基盤の安定には役に立っていない。今の農林水産の事業の失敗を認めず、大臣をいくら変えても役人がそのままでは何も変わらない。その人たちの責任はこれからも有耶無耶になるのだろうか。

政府、与党は票田の農家を保護し農家は自民党を長い間、支持してきた。野党の力も弱く農政は米の価格保証と津々浦々の農協組織の利益を代弁した。それでもいくら米は主食とでかい顔をしても需要と供給が逆転し、在庫が多くなれば価格は下がる。資本主義の原理。しかしこの自明の原理すら生産者は理解せず、圧力で何とか凌いで来た。何時までもそんな不合理が続くわけが無い。都会の消費者の生活サイクルも変わり米からパンになれば更に、米の消費は少なくなる。こんな当たり前の事が長い間放置されたのは、農政に良き指導者がいなかったからだろう。政治家は農家の未来など考えず、農家も又、目先の利益しか考えていなかった。

今、地方の農家は深刻な状況に追い込まれ何とかしなければいけない。でもそれは違うでしょう。何とかしなければならないのは農家だけでなく、多くの国民です。一部の日々の生活に不自由が無い人を除いて。 国に助けて貰うのではなく自分たちに何が出来るか、考えるしかない。そうして変えて行くしかありません。

これからの農業は頭を使うしかありません。農業だけでなく全ての人々がこれから生き残りを賭けて、知恵を出す時でしょう。親父も体調に異常を感じた時痛感した事は、食の大切さです。毎日の食べ物は欲求を満たす為の物だけでなく、体のバランスを取るためでもあり命の源です。この当たり前の事を忘れた時人は健康な体を失うのだろう。

忙しい日々を口実に食の大切さを忘れていないか?美味ければ訳の分からない物を食っても満足していないか?同じ食い物に偏って居ないか?手抜きしていないか?気をつけよう。是から高齢者、一人暮らしの若者が多くなる。美味しいおにぎり、美味しい味噌汁。美味しい漬物(但し、塩分控えめ)そんなお店多くなるかも。しかし採算は?

巨人は負けたけど勢いには勝てない。全てが上手く行く事は無い。負け戦の中に勝因を見つけた人が生き残り、そうでなければ廃業しかない。それが資本主義だけれど…アメリカにも政府の保護政策があるらしい。この国でもそうなのか?そうなら分かるけど・・・

このままでは農業も林業も漁業も駄目になる。否、既に進行している。農地の休耕が進み農業の未来に展望が開けなければ後継者もいなくなる。それも関係無いが仮にそうなった時、田圃の姿はどうなるのだろう?それも関係無いか?それまで生きてないだろう?それでも次の時代を生きる人達は真剣に考えてほしい。今、なんだかんだ言っている年寄りはその時生きていないのだから。林業も漁業も同じです。この国は今、そんな事が問われている。

母さんが病気になり一か月に一度の通院の帰り、近くのコンビニでおにぎりを買い農道の隅に車を止め、田植えの後のすくすく成長している稲の緑を飽きることなく見ていた。心の中はお互いに不安な気持ちはあっただろうに何も考えていなかった。あれから12年、今年も刈り入れの時は過ぎ、稲わらのなんとも言えないかおりの実が満ちているだろう。

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