
ここは今日綺麗に出来なかった公園センター通路の出口の溝。ここにゴミが溜まる。落ち葉も溜まる。だから週に一回は蓋を開け中のゴミを綺麗にしなければならない。しかし公園清掃のシルバーのおじさんたちはそんな掃除はできない。それだけの細かい作業は求められていない。明日ここを開けるとゴミと落ち葉が詰まっている。それを掻き出す。そんな感動的な仕事はプロでも出来ない。無視されている。

ここも何度も綺麗にした所。その綺麗な状態をこの公園の清掃担当は見ていない。いくら綺麗にしても直ぐに汚れる。それでもその対策はない。対策は毎日綺麗に掃くだけ。そんな事は誰も求められていない。ここをいくら綺麗にしても何も変わらない?それが変わるとしたら奇跡?ミラクル?そうでは無い事をこの公園の利用者は知らない。綺麗にしてもしなくても関係ない。そう思われている?そんな事も思わない。
だとしたら自分で綺麗にするしかない。そう思って無報酬で綺麗にした仕事もそろそろ終わりです。いつまでもやっていられない。
体は本当に正直です。今まで出来なかった事が「眼からウロコの」の様に落ちてくる。(目からウロコが落ちる訳がねえだろう)ありません。これは物の例え。そんな例えも知らない。これからの年寄りはそんな生き方が迫られる。無理だな。それが出来なければ哀れな余生が待っている・よしてくれ。縁起でもない。そうその演技は多くが振る舞えない。そんな事も知らない、教えも乞わない?そんな事はあり得ない。

ここはタイルの上にこれだけ土が流れ出している。雨が上がると水は蒸発してこれだけの土が残る。この土の上に落ち葉が溜まる。ここは何度も掃除をしているが土の流れ出しを停めていない。それを止めるとここは汚れない。そんな仕事をしていない。
明日はそんな仕事が出来るのかな?今月が終わると現場の仕事はきっぱりと止める。しかし能書きは止まらない。その為の仕事は倒れるまで続けるに違いない。倒れたら何も出来ない。その事を考えると残された選択肢は多くない。どうする家康。それは神のみぞ知る、
そんな事も知らない?家康は戦国武将の中では長生きをしているが関西人からはあまり評価されない。それは何故?タヌキジジイだったから。なるほど。支持される訳がない。関西は商人の街?食い倒れの街?ただ綺麗なまちづくりの成功例は知らない。

ここは公園内の通路で階段。この階段は全く掃除をされなかった汚れても見向きもされなかった。この階段は結構の人が通り過ぎても通過点に過ぎなかった。その階段の一番下の段差に今。石を入れてそれを重いハンマー(げんのう)で叩き割っている。
公園の通路で拾い集めて置いている石。拾い集めて近くに積み上げる子供も手頃な石が少なくなる。親に注意をしても開き直る親も少なくなかった。そんな親にも注意をする必要がなくなる。そんな石はこれから片っ端に拾い上げてここに持ってきて叩き割る。ここは綺麗な砂利道になる。げんのうの力恐るべし。そううまく行くのかい。それが終わらないと卒業できない。何時迄もやれない。やってられない。

この通路のゴミも簡単に捨てられ様にしてもこの意味が分からない。ここを綺麗に掃き取って隣に捨てるだけ。この程度の仕事が休みの土日に残される。これには情けない。しかし誰もそうは思わない。ミラクルは起きない。ミラクルは信じられない出来事。この場所がどんなに綺麗になってもその継続は容易ではない。そんな事は誰も知らない。
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